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1.キリスト教


世界史で今日もなお近代の出発点として影響をもたらす出来事は宗教改革、フランス革命、アメリカ合衆国の独立である。ハロウィンの日にルターが95か条の掲題を発表し、宗教改革が始まって501年目。日本は人口の1%しかクリスチャンはいないから、キリスト教について知らないことは仕方がないとは思うが、世界では最大の信徒数、国際的な活動上ある程度の知識は必要だろう。

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                 パイプルガン



日本には仏教(創価学会含む)、神道、キリスト教、その他金光教などの民間信仰があるが、毎日の宗教生活を送っている人は少ない。キリスト教やイスラム教は毎日の祈りの時や礼拝など信仰の時間があり、生活に密着したもの。日本が国際的な活動を進めるためにはそうした宗教について知る必要があるが、実際は機会も無い。我が国の学校では教えないがクリスマスとかハロウィーンなどの形だけはかなりの人は知っている。林先生初耳学で、ホテルなどのキリスト教式結婚式の牧師がアルバイトということがクイズに出て、流石、林先生はご存知だったが、タレントの皆さん、エーエーと初耳。これには驚いた。牧師が結婚式の司式を行うのはキリスト教徒に対してだけである。キリスト教会員は皆知ってること。カトリックや一部のプロテスタント系では、教会員の家族等未受洗者に何度も講習や聖書の勉強を義務付けした上で司式することもあるが、かなり特別。ホテルの教会は単なる建物であって教会ではない。これだけ多くのキリスト教式結婚式があっても、本当の牧師が行うことが稀で、全く聖職者では無いバイトが多い事に気づいていない。結婚式の8割がキリスト教式であるから、このことを日本では気にしない人が多い。結婚式はキリスト教式で葬式は仏式。坊さんがバイトだったらどうなんだろうか、外国ではあり得ない。とにかく日本人は形で理解するが本質は避ける。


2.カトリックとプロテスタント

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    マラッカのザビエルのいた教会内部


 自分はクリスチャンである事を言うと、よく、カトリックですか、プロテスタントですかと聞かれる。しかし、カトリックがどんな仕組みかを知る人は普通は少ない。カトリックには多くの会派、修道会がある。ましてや、プロテスタントがどんな派があり、何が違うかは普通は知らない。ローマ法王がトップの組織であり序列の枢機卿とか、シスターのことは知っているだろう。それ以上はミッションスクールで学んだ人でも知らない人がいるのではないか。世界情勢を知る上でアメリカの福音派とドイツのそれとはどう違うかは理解が必要。クリスチャンでも、ルーテル派、聖公会、ホーリネス、バプテスト、長老派教会がどう違うかは知らない人がいる。ましては、普通の日本人は知る由も無い。聖書中心、信仰義認、全信徒の祭司性(ローマ法皇の権威否定)はプロテスタントの三大原理であるが、教会、教団の運営手法は派によってかなり違う。キリストの復活、神・キリスト・聖霊三位一体の要素を信じることがクリスチャンの条件であり、これを否定するエホバの証人、モルモン教団は異端である。プロテスタントではあまりこの異端という言葉は使わない。


3.宗教改革


深井智朗著 プロテスタンティズム

宗教改革から現代政治まで

中公新書


深井智朗氏は1992年にアウグスブルクに4年留学し、ドイツのプロテスタントについて思いを巡らせた。ルーテル派ードイツ福音派について宗教改革から今日に至る歴史とナショナリズム、保守主義、リベラリズムなどを概観した著作を2017年3月に書いている。以下、その内容を紹介したい。
彼の説明は難解な神学ではなく、時代に応じて分かり易い関係者の見解や受け止め方を説明に加えている。例えば、ドイツ留学中の森鴎外が、当時の教会と国家の関係を理論的に位置づけた学者ハルナックのことを、「かのように」に書いていることである。
 一方で、ルターの改革と並ぶカルバンのジュネーブにおける長老派の改革、スコラ哲学などにはあまり説明がない。また、日本の事例にも触れていない。明治の日本の伝道を行ったクラークやヘボンはアメリカのピューリタン。しかし、アメリカのプロテスタントの本質的な特徴については今日の国家観への影響について簡潔丁寧に説明している。

 世界史の授業で学んだ宗教改革が如何に中途半端な内容だったか。95カ条の掲題をウィッテンベルグ教会の扉に打ち付けたというのも根拠が無く、フィクションの要素が強い。学生時代にマックスウェーバーのプロテスタンィズムの倫理と資本主義の精神を読んでも、そもそも何がプロテスタントでルターがどんな改革をしたのかが大学受験程度の知識のままだった。


(1)ルターの宗教改革


プロテスタントはカトリックからの定義である。カトリックはルターの後継者達を「福音主義」と呼ぶことを避ける為に、問題ある宗教が抱える起爆剤を抑える為に、あらゆる文脈にプロテスタントという否定的な表現を使った。その反抗的な態度を違法という意味合いも込めて盛り込んだ。


ルターは時代が求めた変革をもたらした。宗教改革はこの時代に突然起こった唯一の教会改革の運動でも、ひとりの宗教的天才による、新しい宗教運動の始まりでもなかった。それは数世紀前から始まっていた様々な教会改革運動、正確には再形成運動のひとつであった。しかし、この時代の制度疲労がいくつものほころびや亀裂により崩壊寸前であった堤防が意図せざる仕方で破壊してしまったという点で決定的であった。

 1555年アウグスブルグの帝国議会で宗教紛争を収めるために、ルター派とカルヴァン派は法的地位を得た。それは領主の信仰に従うことであり、自由な信仰選択は無かった。この伝統は今日のドイツで残っており、教会税のような制度で残っている。筆者はこれを古プロテスタントという。現代の人権、良心の自由、抵抗権、民主主義に繋がる改革は後の再洗礼派(アナバプテスト)、バプテストなどの新プロテスタントの勃興を待ち、ピューリタンのアメリカでの教会形成を待つことになる。

(2)スイスジュネーブの宗教改革

カルヴァンの改革派
ルター派との決定的な違いは正餐の解釈であった。改革派は正餐のパンと葡萄酒が象徴的なものであるのに対して、ルター派はカトリック教会がパンをキリストの体、葡萄酒を血とするのに対して、キリストが何らかの呪術的な神秘的な力で宿ることを否定しなかった。ルター派はこの面でも改革派と相容れなかった。ドイツではルター派によって受け入れられなかったが、フランス、オランダのユグノーの誕生、更にはスコットランドで長老派として受け入れられた。

(3)改革の改革

国家体制の中に組み込まれたルター派と改革派に対して、新たに洗礼の解釈、特に幼児洗礼の意味を否定した新たな改革が再洗礼派によって提唱されると、国家や従来の教会から脱皮した個人の信仰の自由を基盤にしたバプテストやメノナイト、スピリチュアリズムの運動を生んだ。トーマスミュンツアが指導した農民戦争をルターが非難したのは国家や領主への反逆者としてのみならず、再洗礼に関する嫌悪もあったと思う。新たな新プロテスタントの勃興とユグノー、スコットランド改革派はアメリカ大陸への移住という形で新たな展開を見せた。

(4)聖書解釈の自由

ローマ教会が一方的に聖書の解釈を行い、聖書をラテン語、ギリシャ語であった。それまでは、聖書劇、絵画、彫刻によって聖書の内容は伝えられた。ルターはドイツ語に翻訳し、人々が読めないものであった時代は終わった。その代わりプロテスタント各派は自由に解釈し、これまでローマ教会と違った解釈を異端として処罰することは無くなった。その代わり、時代に応じ、様々な解釈が自由に行われ、新たなプロテスタントが生まれた。今の日本でもプロテスタント各派は100を超える。カトリック教会は聖書の翻訳を禁じ、説教もラテン語、貴重な聖書の写本も普通の人は読めなかったのに対しグーテンベルグの印刷術は聖書をドイツ語で印刷、一般人も読めるようになったからこそ様々な解釈が可能になった。また、イラストのような版画も多く印刷され、字の読めない庶民もルターの主張を知ることが出来た。

(5)プロテスタンティズムと国家

ドイツのルーテル派 福音教会は宗教改革以来、国家的アイデンティティの形成と共に歩んできた。ルターの宗教改革はカトリックの贖宥状販売の神学的な論拠に異を唱えたもので、カトリックの内部的な問題提起だった。ところが、カトリックは財源を失うことを恐れたローマ教会と、ローマの支配を嫌う領邦諸侯、信仰の覚醒を聖書の印刷で得た民衆のエネルギーはルターの思いを超えて大きな潮流となって次の歴史的な方向をもたらした。
 世界史では人権や自由、平等、抵抗権など近代市民社会の基本はフランス革命に原点を置くが、ドイツではむしろそれらを宗教改革により説明している。これは、後々ドイツのビスマルクによる統一国家の原理となり、更にはヒトラーの統治、戦後の東西ドイツの統合まで続いた。ドイツの大統領はワイスゼッカーなど牧師のような位置づけだし、今のメルケル首相は東ドイツの福音教会の牧師の娘である。
ドイツのプロテスタントは保守というが、それはルター以来の政治の作法を逸脱した勢力の活動や発言に否という意味である。2016年のシリア難民を排撃する極右勢力を強く否定したメルケルの政治判断に現れている。 ドイツでは学校教育において宗教は必須科目である。近年、移民が急増し、宗教は選択制になりつつある。週によって違うが、イスラム教のコースもある。

 一方で、メイフラワー号以来、アメリカのプロテスタントは国家からの信仰への介入を拒絶する形となっており、精神や信仰の領域に国家が管理することを否定し、憲法においても保証された権利となった。ヨーロッパで異端とされた再洗礼派、メノナイトなどはアメリカで自由を得た。アメリカは個人の自由を基盤にした社会。アメリカの銃規制が困難な理由はそこにある。己心の思想信条の自由は銃を持つ個人によって国家の支配を超える。マックスウェーバの指摘にあるが、これまでの二重予定説は逆転し、この世の成功は信仰の証となる。アメリカのプロテスタント教会は自由競争である。ドイツのように管理されていない。だから、何千人もの会員を要するメガチャーチが生まれるのである。アメリカとドイツというプロテスタンティズムの影響を強く受けた国の歴史も国の形もこの説明で理解できる。

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クアラルンプールのメソジスト教会
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インドとの経済交流を進めることが安部政権の戦略であえう。中国の一帯一路政策に対抗しようとするのだが、気になるのが安部政権お追従議員が企業に政策的リーダーシップを発揮して、大失敗を引き起こさないことを願っている。経済交流は文化交流なども伴う人間交流であり、相互の文化理解が必要である。ところが、自分はこれを語れるほどインドのことを知らない。敢えて印象的なことだが、インド人の多いマレーシアで感じたことは、日本人にインドとの交流が到底無理ではないかと思われた。インドの巨大な人口、科学技術力、経済圏を見ると凄い可能性があると見るのは当然である。しかし、相当な研究と覚悟が必要である。

インド人はマレーシアに第三の勢力として定着している。クアラルンプールのバトゥケーブはヒンドゥー教の東南アジアの最大の寺院である。日本人はインドのことはカレー、雑貨、東京裁判のパール判事、ガンジー、核保有、イギリスの統治くらいしか知らない。インドの宗教はヒンドゥー教で民衆の生活習慣の基盤。アジアの宗教が無宗教国の日本人は宗教がどれだけ世界の人々の生活に密着した役割を果たしているかを理解しなければならない。
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1月31日はタイプーサムというヒンドゥー教の大きなお祭り。身体中に針や釘のようなものを刺す。奇祭である。インド国内では針を刺すのは禁止だがクアラルンプールでは自由。
ヒンズー教には重要な祭りが2つある。ディパバリというヒンズー教の新年を祝うための祭りとこのタイプーサムである。南インドのタミル族にはタミル暦という暦があるが、その暦の中で「タイ」とは「幸運の月」を意味し、「プーサム」とは「幸福の星」を意味する。つまり、幸運の星プーサムが天頂に達する幸運の月、満月の日に祭りが行われるから、タイプーサムと呼ばれている。月の運行によるため開催日は毎年異なり、今年は1月31日の開催だった。

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インドのモディ首相は2001年から2014年までグジャラート州首相を務め、3度再選され、同州の経済成長を実現した。清廉潔白であることも知られている。ヒンドゥー至上主義反イスラーム主義的言動でも知られ、一方で、後述する2014年のインド総選挙後には、「全国民とともに」という表現で、イスラム教徒への配慮を行うことを示唆した柔軟な政治家。核保有国だが、アメリカにIAEAに非加盟なのに批判の矛先を逸らすよう外交策で対応するしたたかさ。


NPTに加盟せずに核兵器開発を続けているインドと「国際原子力機関(IAEA)」の部分的保障措置協定を承認した8月1日のIAEA理事会で、オーストリアは協定の問題点を鋭く指摘しました。同国は、理事会での承認は、包括的保障措置協定を結んでいない国との原子力協力を禁じている。


2014年5月に開票された総選挙でインド人民党が勝利を収めたことにより、5月26日、第18代首相となり就任式を執り行った。インドの歴代の首相として有能な政治家で、日本の安倍晋三とも良好な関係。日本はスズキの車の輸出が好調で重要な、貿易相手国だ。中国の一帯一路政策に対する牽制において軍事的にも大切なパートナーである。しかし、自分はインドにやたらと目を向けたがる自民党議員が安倍の対中牽制策を忖度して、インドに取り入ろうとすることには不快だ。かつて、日本軍がインパール作戦死体の山を築いたことを思い出す。


インドと仲良くするのは悪いことでは無い。しかし、その特異なヒンドゥー文化や首相が熱烈なヒンドゥー教徒であり、さらに、日本人がどこまでインドに馴染んでいけるか、想像がつかない。マレーシアに行くとインド人が中国人の次に多く、そこで見たインド人は自分には馴染めなかった。バトゥケーブは東南アジア諸国最大のヒンドゥー教の一派の寺院。その極彩色と、祭の音響、怪しい神々に圧倒された。インドの街には神聖とされる牛がはべり、牛糞がまう。インダス川で死体を流し、その中で口を漱ぎ、沐浴する人々には辟易としてしまう。

一方で、彼らの理数教育や先端技術は著しい成長を見せている。アメリカにも医者.コンピュータ、ITCの技術者は移民も含め主要なポジションを占めている。日本ではカレーレストランがせいぜい。従業員は大方ネパール人である。インド商人は印僑とも言われ、巧みな交渉術で有名。そんなジャングルのような社会にいくら親日だからといって日本のペースで入っていけば、忽ち食い物にされてしまう。スズキの成功は罠かもしれない。企業にとってリスク対応は当然だし、採算の合わない事業はしないから政治家の思惑通りにはいかない。



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by katoujun2549 | 2018-10-08 10:30 | Comments(0)