カテゴリ:医療介護福祉( 93 )

2週間前のニュースで、IPS細胞を使ったパーキンソン病の治療の臨床試験が始まったことが報道された。京都大学で、世界で最初の試みが始まる。臨床試験は3段階あり、3〜5年くらいかかるが、長い間パーキンソン病に苦しんでる患者に朗報です。もう少し頑張っていれば恩恵を受けられる。 アメリカでも行われるかもしれない。

治験は時間がかかるが、最近は国際的なエリアで行われる。政府もIPSの研究は力を入れている。インターナショナルな治験になったら、アメリカでも、モラル面で先進的なカリフォルニアやネバダ州などは受け皿になるかも。治験における問題はIPS細胞は癌化する確率があること。これまで慎重だった。動物実験で目処がついたと聞いている。治験の失敗は補償はあるが、脳内のことだからわからんことが多い。IPS細胞の癌化防止の研究は阪大医学部が進んでるから、京大と連携出来ると良いが。医学部は結構壁があるのが気になる。

治験は第1相が安全性、第2相が効果、第3相が広範囲な安定安全調査だ。それぞれ1年から2年はかかる。アメリカならもっと早く出来るはず。しかし、アメリカは生命科学に慎重。その理由は宗教にある。

アメリカの福音派など聖書を字句通りに解釈するグループが政治的にも影響力があるからだ。ヨーロッパのキリスト教は柔軟である。ところが、不思議なことだが、宗教としては教会は衰退する。頑迷さが信仰上は力になる。生命の発生は神の領域と解釈し、堕胎も殺人であり、犯罪とみなそうとする。カトリックもそうだ。アメリカは優生学の盛んな国で人種差別も激しいから不思議。流石に国として進化論を禁止するところまでには至らないが、州によっては進化論教育が裁判で禁止になった。アーカンソーとか、その州は生物学を必修にしない。だから、その州は医大が無いと聞いている。IPS細胞は進化論に繋がっているからね。

1991年に行われた「ギャロップ調査によれば、47%のアメリカ人(大学卒でも4分の1)は「神がこの一万年のある時点で人間をほぼ現在の形につくった」と信じている」という。1990年代にも反進化論運動は衰えていなかったといわれている。今の政権も議論を避けている。アメリカではなんでもありにすると、とんでもない輩が酷いことを正当化するから、仕方ないだろう。日本で治療出来るならハッピー。

生命科学の世界で、国際的連携がなされて、臨床への応用が進むことを願っています。



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NHK 明日も晴れ 人生レシピ「解消 膝の痛み」キャスターは賀来千香子さん。2012年12月の再放送を見た。

変形性膝関節症は運動で治るというもの。剣道の高段者で、年配の方に膝が曲がらないとか、痛みに苦しんでいる人が見受けられる。

 蹲踞ができない、また、剣道形7本目の膝を落としての胴打ち後の残心が取れないといったことがあり、自分も心配している。
 幸いにまだそのような症状はないが、時々寝ているときに針で刺したような痛みが走ったときもあり、自分も危ういような気がする。

変形性膝関節症は推定患者2500万人とも言われる。何と高齢者のほとんどではないだろうか。加齢肥満、膝の酷使、O脚、X脚などで膝の軟骨が減ることが原因で骨が擦れて激痛が走る。自分は15キロ以上体重オーバーだからやばい。

膝の関節痛で外出や運動もできなくなり、動かないと、さらに症状が悪化する。膝の使いすぎが原因であるとされ、医師によっては痛み止めの処方だけで済まそうとすることもあるが、専門医師によって解決出来ることがわかる。

帝京大学整形外科 中川匠教授の指導で軽い症状は解消されることが番組で紹介された。自分も昔、腰痛が足上げ体操により内筋を刺激するだけで解決したことがあり興味を持ってみた。
近所の流行りの整形外科は高齢者で満員、医師の診断では椎間板ヘルニアといわれたが、別の病院ではM RIで検査、脊椎管狭窄症と診断されリハビリ医の指導を受けた。ヒアルロンサンの注射とか、針治療などは対症療法だ。

この道の名医は様々な症状の程度に応じた治療を行っており、専門医の差を感じた。膝とか、腰の整形外科には医師の能力差が大きい。

身体活用術の甲野善紀先生は、関節の使いすぎで膝や関節が障害を起こすというのは間違いといっている。そもそも、人間の生体反応として、使いすぎたらダメになるという単純なものではないことがわかる。バランスの良い負荷は生体を活性させるということもある。しかし、特にに女性に膝関節症は多い。骨粗鬆症はホルモンの影響もあるのだろう。必ずしも剣道が原因というわけではない。しかし、年配の八段の先生でも全く膝の悪くない方とそうでない方がおられる。剣道家の比率は少ないのではないか。

骨というのは筋肉に比べて成長が遅いし、年齢で衰えやすい。とくに、女性は骨阻喪症になりやすい。骨の劣化は確かに存在する。しかし、剣道の稽古で膝や骨の成長にはプラスになる部分もある。剣道の振動が骨を固く締まったものにする。膝の痛みは軟骨がすり減ると、小さな軟骨の破片が炎症の原因になる。 免疫システム が反応するという。動かさないときでも、骨の破片が原因で免疫システムが作動し炎症が起きる。どうも自弁の痛みはこれではないかと思った。

軽度の場合は大腿四頭筋 中でん筋 腰の筋肉強化で 膝の負担を減らす。 筋力の低下も膝の関節負担の原因なのである。
体操として、
膝を椅子に座り足を上げる20回1日3回、椅子から中腰の屈伸10回、2回/日で改善が見られる。
O脚の方は靴の足底板(保険適用 義足技師に作ってもらう)
重い荷物を持つ仕事を長くつずけた方は重症者になる場合もある。その場合は
人工膝関節手術 リハビリが必要だが、症状の重い人は驚異的な改善が見られる。
とても、興味深い番組であった。

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Phase1 逆流性食道炎

今年の正月は逆流性食道炎とインフルエンザの両方に見舞われ、最悪の事態となった。正月の3日、咳き込んだとたんにいきなり朝食を戻してしまった。咳が止まらない。下痢までしてしまった。最初はノロウイルスに感染したかと思い、消毒薬を買った。1日寝ていた。胃袋が石になったように違和感がある。咳はあっても吐き気は消えた。しかし、咳が止まらない。喘息のような咳は逆流性食道炎の症状のひとつであることがネットで調べ分かった。胃の消化力が弱ると腸に影響し、下痢を引き起こすらしい。変わらず咳が止まらない。10日になっても咳が止まらない。胃から胃酸が食道に漏れている。すると気管も胃酸で刺激されて喘息状態となる。胃酸の分泌をおさえるプロトンポンプ阻害剤を飲むと症状が和らぐので、大塚医院に行って咳の薬と胃腸薬を処方してもらった。早速飲むと咳が和らいだ。効果覿面。

Phase2 インフルエンザ

ついでに熱を測ったら37度で微熱が ある。家に帰る途中、COCO一番でカレーを食べたが食が進まない。夕方熱を測ると38度もあるではないか。体がだるく全く食欲がない。こりゃあインフルエンザだと思い、大塚医院に電話をしたら、発症後12時間くらいたたないと検査が判定できないから明日来て下さいという。熱はどんどん上昇、38.5度になった。検査などしなくともインフルエンザに違いない。熱のせいか体の節々が痛い。早くタミフルを飲めば回復も早い。翌朝、9時の開院を待って大塚先生に見ていただいた。細い試験用の綿棒を鼻に突っ込まれた。この検査一瞬だが痛いんです。結果はA型の+判定。待合室に戻れず、別室の治療ベッドに移され、タミフルをもらった。家に帰り早速飲むと、夕方には熱が下がってきた。これも効果覿面。一日ベッドで寝ながらテレビばかりを見ながら過ごした。多少食欲も出てきた。お餅とパンを食べた。タミフルをもう1錠飲むと、夜中には平熱に戻っているではないか。これで、一件落着か。とにかく、人に移さないように5日は接触を避けねばならない。
今年の正月は逆流性食道炎とインフルエンザのダブルパンチでノックアウトとなりました。

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 この本では現在のガン治療の現実と、標準治療の限界。それを行う医療の責任と患者の対処法を語っている。実際にガンで家族を失った人には身近であるが思い出したくない記憶が蘇る。
自分の体験だが家内を乳がんで4年半前に天国に送った。そのとき、今でも後悔しているのは、最後の1年間新しい抗がん剤を使ったことである。本人の希望もあったのと、胸水が溜まるので、進行を少しでも遅らせたかった。しかし、本人は頑張ったが、頭の毛は抜け、生活の活動レバルは落ちてしまった。抗がん剤が体力を落とし、がんに対する抵抗力も奪われた気がした。終末期には多分、一気にガンは拡大するから、最後の1ヶ月は変わらなかっただろう。しかし、延命とういう観点からは何ヶ月かは違っただろうと思っている。
 この本を読むと、末期のガンでは、生存し続けることは無理だが、進行を遅らせ、延命することは可能である。これを第一に考えれば抗がん剤の標準治療は無駄ということになる。そして、ガンという病の正体が明らかになる。Ⅲ期、Ⅳ期のガンで延命のための治療、緩和ケアが行われると死を免れることはできない。5年生存率という言葉も、6年目に死んでしまえば空しい。ガンの進行を遅らせる新薬は次から次へと生まれる。中でも、大腸ガンの末期に使われるアバスチンの問題はすでに10年以上前から問題になっていた。一ヶ月100万円かかるが、延命は数ヶ月である。イギリスでは保健適用から除外されていた。近年は乳がんにも、日本でも認められるようになった。しかし、ガンの進行を遅らせるためにこれだけのコストを使う価値があるかという議論は続いている。末期癌の患者は藁をもすがるつもりで新しい薬に希望を抱き、苦しんで亡くなっていく。これで良いのかということである。2015年に肺がんの延命のために認可されたニボルマブという高価な薬の薬価が問題になった。生存期間中央値を3ヶ月伸ばすために、3300万/年かかる。高額医療制度で本人負担は少ないが、差額は国民負担である。人の命はお金では測れないとはいえ、政策上は大変な問題だ。統計的に中央値で判断するということで、これを使っても数ヶ月で亡くなる人もいる。中には2年くらい頑張る人もいるかもしれないが、それまでである。アバスチンは副作用はそれほどではないが、大抵他の薬と併用するから副作用がなくなることではない。患者には抗がん剤の標準治療は辛い。この本で根拠になるのがカプランマイヤーの生存曲線(死亡曲線)という2000人を対象に表した治験データである。誰も、この曲線の現実から逃れることはできない。ガンという病気に向き合う患者の人生観の問題でもある。近藤医師がガンと闘うなかれという宗教家のような問題提起は科学的ではないが、患者や家族においては無視できない。疫学的、統計的な観点からも政策面は配慮が必要である。

参考
Kaplan-Meier法
全観察対象を死亡または打ち切り時間の小さい順に並べ、死亡発生ごとに生存率を計算する。
サンプル数が少数のときに用いられる事が多い。階段状のグラフができる。
2群の生存時間に差があるかどうかの検定として、Cox-Mantel検定、一般化Wilcoxon検定、Log rank検定を用いることができる。
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 服が合わなくなっている。毎年、5月になると夏物のズボンが合わず、恐怖の春である。とにかく、冬の間の運動不足と、部屋にこもって自炊と飲酒、車に頼りきりになることが原因であることは分かっている。地元の人はそれなりに対応しているのだろうが、未だに対策ができていないまま、新潟生活の4年が経過しようとしていた。5月の連休で東京に戻ったのだが、とにかく、体重を落さないと命にかかわる問題と自覚しているつもりだ。新潟県新発田市の大学勤務中、部屋にいてデスクワークだったから、その間の運動への努力不足であることは確かだ。万歩計で新潟では1日2000歩程度だった。冬の間はコンビニにいくにも車で行っていたツケだが、横殴りの雪と歩道に積んだ雪で歩くことは危険なのである。

 月曜日に御茶ノ水の百練館道場に剣道の稽古に行った。家から買い物に行ったり歩いたが、何と9,000歩に達していた。横断歩道を渡ったり、防具を担いで階段を上ったり、東京都内は必ずしもエレベーター、エスカレータ完備ではない割に坂道と階段が多いのである。引越しの荷物を開けて、家の二階に運んだりしたことも手伝い、膝がガクガクになっていた。

 

 中野の青梅街道の交差点を自転車で渡ろうと赤信号が青に変わるのを待っていた。青になったので、急いで渡ろうと自転車のサドルを跨ごうとしたら膝が上がらないではないか、「ありゃー」と驚いて焦ったのが悪かった。勢いのない自転車は傾き始め、左足で支えようとしたが一瞬遅れた。「ズッデーン」とひっくり返ってしまった。自転車からも放り出され一回転。右膝と左足のかかとを硬いアスファルトの道路に強打してしまった。痛いのをこらえ、立ち上がるのもひと苦労で周りの人もびっくり。お腹の出たダルマさんが一回転でイタタと倒れている。ハゲじいさんが転んだということで、側にいた若者が抱きかかえようと近寄ってくれた。恥かしいのなんの。大丈夫ですかと声をかけてくれたのは嬉しかった。日本の若者も弱者に優しい。世の中捨てたもんじゃないと思いつつ、「大丈夫です」とやせ我慢。おじいさんが転んだわけだから手を差し出していただいとことに感謝。


 どういうわけか左足親指の付け根が腫れてきた。右膝をついたので膝のお皿がどうなったか心配だったが、こちらは一箇所に青あざが出来た程度。どうして、左足が痛くなったのか見当がつかない。その話を友人にすると、腕で支えようとしたために腕を骨折した人がいますよとか、頭を打たなくてよかったですねと、慰めてくれた。その日の夕方、体の痛みをおして、剣道の稽古をした。なんとかできたので、骨折はないだろう。骨が折れていたら痛くて動けないはずだ。それにしても、まるで、「ダルマさんがころんだ」姿に見えただろうと想像し、悔しい思いは今も消えない。


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最近、2010年より新規糖尿病治療薬として、DPP‐4阻害薬が発売され、治療の選択肢が増えた。インスリン分泌を促進する消化管ホルモンであるインクレチンを増やし、血糖コントロールを改善させる。この薬は腎機能に障害のある患者は使えない。副作用が少ないので、境界型には特に有効だ。以前は運動と食事管理で対応するしかなかった。インクレチンという物質はアメリカ毒蜥蜴のヨダレから発見された。これは血糖を増加させるグルカゴンの分泌を抑制し、体重を増加させないなどの好ましい効果もあり、期待されている薬剤である。自分も9月にHgA1cが9になり、治療が必要と宣告されてしまった。そこで処方されたお薬が新薬「ネッシーナ25mm」である。毎朝25mg1錠だが、2か月で1.5下がった。効果は高い。その事は動脈硬化の進行も抑える。血液中の糖分により血管が硬化するからだ。その薬理は次の通りだ。

食事をするとグルカゴンというホルモンが小腸から出て血糖値が上昇する。すると、健常者はインシュリンが分泌され、血糖値を下げる。しかし、高齢になると、また、肥満になるとそうしたインスリンの働きがうまくいかない。このあたり高校生でも知っている。そして、糖尿病の人はこのインスリンの量が不足するので、注射でこれを補給しなければならなかった。また、食事療法や運動で消化することも合わせて行なってきた。ところが、近年、インクレチンという血糖値が高いときだけ分泌されるホルモンがあることが分かった。血糖値が上がると、様々な障害が発生し、特に、血管、特に動脈が硬化してしまう。このインクレチンはGLP1とGIPという二種類のホルモンからなる。GLP1は膵臓のβ細胞にあるGLP1受容体に結合、GIPも同じく、膵臓のβ細胞内にあるGIP受容体に結合する。すると、細胞内のATPがアデニル酸クラーゼという酵素によってcyclicAMPに変換される。これがカルシウムチャンネルを開き、カルシウムイオンを細胞内に入れることによって細胞内インスリンを分泌するインスリン分泌顆粒を刺激し、インスリンを分泌する。また、GLP1は肝臓のグリコーゲンを分解してグルコースを作り出す「グルカゴン」の分泌を抑制する。インクレチンはDPP-4(ジペプチジルペプチダーゼ-4)という酵素によって分解されます。そのため、このDPP-4を阻害することができれば、インクレチンの濃度を高めることができます。その結果、糖尿病を治療できるようになります。そして血糖値を一定に保つ働きをするホルモンであるインクレチンを分解する酵素(DPP-4)を阻害するのがネッシーナです。/span>ところが、このインクレチンは血糖値が80mg/dl以下になるとその作用がストップするために従来の薬のように低血糖にならないという利点がある。この薬が、アログリプチンー武田製薬の商標名ネッシーナである。


山田祐一郎(秋田大学)先生論文より引用
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 医療費は約36.7兆円から40兆円になろうとしている。そのうち薬剤費は約8兆円にもなり、年々増え続けている。もし、特許が切れた新薬をすべてジェネリック医薬品に替えれば、国の医療費が年間約1.7兆円も抑えられる。医療費を抑えるためにも、ジェネリック医薬品は役立つが、残念ながら、我が国では24%しか使われていない。ドイツやOECD諸国では60%がジェネリックである。何故、普及しないのか。ジェネリック医薬品とは、特許が切れて製造が自由になり、創発薬と同等の成分で効果と安全性が確保された医薬品である。何故、こんな結果になっているのだろうか。安部内閣の骨太の方針では後発薬の使用ベースを80%とし、これによる費用削減効果は約4000億円とみている。
 
 最大の理由は、我が国の世界でも優れた仕組みである、国民皆保険制度にある。3割負担であれば、30%安い価格も10%でしかない。1割負担なら3%程度である。それでは使う方は、ジェネリックにこだわるより、以前から実績のあるブランド品を使うだろう。また、薬局も敢えて安いジェネリックを使うメリットが無い。処方を書く医師も、昔から使っている薬の名前を書いてしまうだろう。ジェネリックを発売している医薬品メーカーMRの力不足もある。診療報酬制度の見直しも必要である。

 Wikipedia ジェネリック医薬品で見ると、次の記事が注目すべき内容である。
 2008年に行われた小規模な調査(医師600人、薬剤師400人)[10]では、半数の医師が「後発品への変更不可」とした事があると答えた。医師が「変更不可」とした薬剤で最も多かったのは抗癌剤、次いで降圧薬、一方、薬剤師が「変更可」でも先発品を選ぶ薬剤で最も多かったのは、抗精神病薬・向精神薬・抗うつ薬、次いで抗癌剤となった。その一方で、「後発医薬品への変更不可」の指示はオーダリングシステムによって誘導されているとの指摘がある。後発薬になぜ変更不可なのか、実態を精査すべきときに来ている。

 日本人の権威主義的傾向もジェネリックを拒んでいる。医師も患者も名前の通った企業の製品が安心だと思い、また、好きである。医師サイドで19%が後発薬への変更を認めていない。そもそも、ジェネリック医薬品はゾロ新とは違う。先発医薬品が出た時に、少しばかり成分を変えた類似品でゾロ新という薬が、ぞろぞろと名前を変え、後発品として出て来る。ジェネリックは治験などの課程を経た先発薬と同等の薬であるが、製薬会社も無名であることが多く敬遠され易い。
 しかし、やはり後発薬は実績の点で不利であることは否めない。そこで、海外では様々な普及策が行なわれている。医薬品は医師と調剤薬局の判断で決まる。後発薬が選択されるような誘導策がとられている。ジェネリックは院内処方の採択が低い。2015.8.27付日経経済教室 飯塚敏晃東大教授の論文で明らかにされている。日本医療データセンターのレセプトデータで調剤薬局の後発薬置き換え率は47%であるのに対して、院内処方は39、DPCではさらに36となっている。調剤薬局の利益配分を調整することが手っ取り早いが、医療側のメリットも求められよう。

 製薬会社はジェネリックのもとになる創薬でたっぷり儲けているので、その製品の売上げが下がっても仕方が無いし、それで売上げが落ちる覚悟は出来ている。問題は薬局と利用者のモチベーションなのだろう。我が国では、保険財政に関する患者の理解は殆ど無い。単なるメリットでしかない。皆でジェネリックを使えば、保険財政の健全化につながるという認識が薄いのである。<

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 夏のキャンプ場などでブヨに噛まれて痒い思いをした方は多いと思う。しかし、このヌカカはその痒みとしつこく治りがわるいことで群を抜いている。7月26日の日曜日の夕方、暑くてたまらないので、車でひたすら日本海沿いの国道を北上し、村上の瀬波温泉から、笹川流れの景勝地も越え、山形県に接する府屋海岸まで行ってしまった。

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このテトラの下あたりにヌカカが潜んでいるのではないか

 その海岸で、キスを釣ってみようと投げ竿を持って海岸に下りてみた。荒い小石混じりの砂地でいかにもキスがいそうなところ。サンダル履きで波打ち際を歩いたのがまずかった。成果も無く、日が暮れて来たので、車に乗ろうと、砂まみれの足を洗ったのだが、足がちくちくしてすっきりしない。家に帰ってから足を見て、ありゃー何か虫に食われている。片足30ヶ所くらいだ。それが、やたら痒いのである。掻けば掻くほど酷くなる。赤くなったところは掻いてはいけない。一部は水ぶくれになっている。気になるとたまらない痒さだが、他のことをやっていると忘れることが出来た。翌日、府屋を知っている釣りの好きな人に聞くと、それはブヨですと教えてくれた。投げ釣りでも、長靴が必要なのだ。2日たっても3日過ぎても痒い。ブヨにしては酷い。何か別の生物かもしれないと思いネットで調べると、どうも、ヌカカというハエの一種が犯人である事が分かった。ツツガ虫という怖いダニも新潟にはいる。ネットで調べれば、海辺で釣や海水浴で同じ目にあった人が結構いたのである。

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こんな幼虫が砂中にいたとは
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 「ヌカカ」とは直径1㎜チョイと「糠」(ぬか)の粒のごとく小さく、その凶悪さは「ブヨ」以上。コイツに比べたら「蚊」など可愛いものです。また「ヌカカ」は海辺だけでなく川や湖にもいる。ちなみに海辺と言っても風を遮る場所のない「砂浜」には比較的少なく、磯やテトラポッドの周り、堤防などに多く分布している。この虫は体が小さく飛翔音がほぼ無いので、刺されるまで存在に気がつく事はほとんどない。胡麻粒くらいなので腕に止まっても刺されるまで分からない。「そして刺されると例によって例の如く「痒み」とともに腫れてきます・・・
体質にもよりますが、刺されてから3日から一週間くらい痒みが続きます・・・
「ブヨ」に比べると腫れ具合は小さめですが、それでも直径5~10㎜くらいの跡がしばらく残ります。」とある。その通りだった。ハエ目(双翅目)・ヌカカ科(Ceratopogonidae)に属する昆虫の総称。体長が1mm-数mmほどの小型昆虫で、一部の種類のメスはカと同様に吸血動物となる。糠粒のように小さい蚊」という意味からヌカカ(和名)と命名された。地域によってはイソヌカカ(磯糠蚊)やヌカガ(糠蛾)、と呼ばれている。夏の水辺などをひと塊になって飛んでいる。上から見た感じは黒ゴマの粒のように見え、よく観察すると薄く透明な翅に、黒い斑紋を装うものが多い。
 しかし、そんな虫が波打ち際に飛んでいたとは全く気がつかなかった。さらに調べると、砂の中に線虫のような幼虫がいて、これも吸血するのだそうで、多分これにやられたのではないかと思った。両足首の波打ち際で砂にもぐった部分に集中しているのだから。新潟から山形、秋田にかけて、「ツツガムシ」という恐ろしいダニがいる。これも水辺の藪などに住み、刺されるとかゆみどころか発熱し、時には死にいたる場合もあるという。まあ、ツツガムシではないと思うが、痒さは尋常ではない。ヌカカは他の昆虫の体液を吸ったり、さらには小型の昆虫を捕食するという性質を持っている。そのためヌカガの体内ではたくさんの病源菌が繁殖していて、結果的に多くの寄生虫や病源菌の媒介者となっている。このように書けばヌカガは非常に危険な生物であるという認識を与えるかもしれない。 医療機関では、炎症やアレルギー反応を抑える錠剤、痒みを抑える錠剤とプロピオン酸クロベタゾール軟膏を処方することが多い。虫除けとしては、ジエチルトルアミド(ディート)を配した虫よけスプレーが有効といわれる
この小さな虫が悪さをする
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足首に集中しており、砂の中に足首まで沈んでいたから、多分、敵は砂の中にいたのだろう。
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住居論―家というハードが生活に及ぼす影響について

 
 和辻哲郎の風土という随筆に、人間の営みとしてその土地の歴史や気候、植生、農業にその文化やライフスタイルが形を定められていく様が書かれて興味深い。これはある種の地政学的な戦前の日本の戦時体制にもつながる影響のあった考え方。戦後は忘れられたが、高度成長後再び見直された。
ちなみに、地政学(geopolitics)はカントに始まり、軍事戦略論でもあり、カールリッター、フンボルトの伝統を受け継ぎ、ドイツでは人種論やハウスホーファーの地政学が一国の政治を左右した。何も風土論が直接関係があるわけではないが、こうした地政学はその国の文化、哲学、政治経済など広範囲に結びつきを持って語られることが多い。

 鷲田清一さんの身体論にあったが、居住と人の心とは密接なつながりがある。
 鷲田さんが介護空間に関して書いている。「木造家屋を再利用したグループホームという空間では、ひとのふるまいが制約されているということとひきかえに、伝統的な暮らしを取り戻す可能性がある」「木造家屋を再利用したグループホームという空間では、そこで暮らす者にとって、身に付いたふるまいを残しつつ、他者との出会いに触発されて新たな暮らしを築くことができる」。木造家屋に残された過去の暮らしに失われた記憶を蘇らせ、痴呆の改善効果を狙っている、建物との関わりによる治療効果、あるいは進行抑制効果があることは、介護、精神医療の世界では認められつつある。

 自分は、住宅の仕事を以前やっていたこともあり、住宅の持つ可能性には関心がある。東京医科歯科大学での修士論文にも書いたのだが、慶応大学の渡辺朗子先生の研究(頭の良い子が育つ家)では、有名お受験校、慶応、開成、麻布、櫻蔭、女子学院などの合格者では、個室で勉強していた子供が極めて少ない。むしろ、自分なりの勉強場所を見つけており、それもかなり多様である。学習空間を自分の方法に合うように選択している。社会は家族のいる場所、算数は自室とか、学習の内容によって変化している。しかも、結構「ながら族」も多い。むしろ、家族のいる空間が多い。それは、最難関校受験は、子供だけの思考ではとうてい解けないレベルの問題もあり、時事や、思考レベルを大人と「同期」し、小学校での受け身の学習やただの暗記から脱していなければ、他の強豪受験者から1歩ぬけだすことは出来ないということなのである。これは介護空間でも同じことである。自分の長男が法曹を目指して頑張っていたが、その時も、大学受験や司法試験のときも家の勉強部屋を使っている姿を見たことが無かった。家を勉強の場として考えていないのである。聞くと、図書館とかロースクールの勉強部屋、あるいはドトールやサイゼリアなんだそうである。自分が落ち着く空間というのは自分で見つけることなのである。

 要介護者を個室の限られた空間、たとえば病院の個室などに長期間寝かせておくことは、介護する側は楽だが、患者に取っては生きるための多様な刺激を遮断してしまう。だから、むしろリビングのような開放空間で、周囲の目が注がれるところが、精神的にも、病気への抵抗力、免疫力の増進にも効果がある。これは重介護の典型であるALSの患者を介護するには、そうした、家族に囲まれ、また、外部の訪問看護が容易にアクセスできる環境が患者にはむしろ必須であることからも分る。患者もテレビを見たり、食事をしたり、本を読んだり、また、家族との語らいなど、行為は連続しているのであって、それを遮断する空間は、重篤な要介護者には好ましくないと思う。鷲田氏の身体論にはどのようなことがかかれているのか興味を持った次第である。
 
介護の問題にもふれ、彼のサイトにこう書かれている。「ケアの現場って自由じゃないものばっかりでしょ、死とか、病とか。しかもケアする方は、特に家族の介護とかいったら、もう奴隷みたいに感じることもある。なんで私がここまでしなければと、ケンカになったりもする。息子夫婦がケアを通じて危機に陥ったり、別れることになったり、そんなのいくらでもあって。ある意味では、他にしたいことがあってもケアだけは、職業であれ家族であれ、どうしても、仕方なく、と、必然の世界と思われていたけれども、「弱いものに従うことこそ自由である」と。だから「めいわくかけてありがとう」、そういえるような関係に、自分が入れた、すると本当の意味での自由に自分は触れた、というふうにつなげていきたい。こっちにたこ八郎がいて、こっちにパスカルがいて(笑)。そういうモチーフが、いま、僕にはあるんです。」  
 バリアフリーという言葉が介護では常套句である。しかし、家というのは、便利であるというだけではない。家具も含め、そこに住む人の思いや、柱や梁、欄間、床の間や棚など人の思いがこもっている。しかし、そこで転んで頭を打ったり、浴室で滑って大怪我をするのは困る。大たい骨骨折など高齢者が時々半身不随になる原因である。しかし、建築において敷居とか、階段は大切なデザイン空間だ。ツルンとした事務所のような空間が良いとは限らない。デザインや壁の色、家具など、アメリカのアルツハイマー高齢者のホームに行くと1960年代のポップなアートやコーラのポスター、マリリンモンローの写真などが壁をにぎわせ、入居者の過去の記憶を甦らせるよう工夫されている。高齢者の過去が遮断されない工夫が求められる。高齢者の場合は照明の明るさなども課題である。照度が足りないと、目が夜も活性化して眠れない人が出てくる。バリアフリーというのは歩行に不自由を抱える高齢者、車椅子介護という課題解決のための方策と考え、高齢者居住には様々な工夫が必要である。

 アメリカの認知症高齢者ホーム:レトロな過去を蘇らせる工夫
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では、若い人の住まいはどう考えたらよいのだろうか。特に、17~18歳になると、
どうも、1人住まいにあこがれるようである。田舎から都会に行くということとアパート住まいというのは同義だったかもしれない。今日問題となるのは、部屋から出てこない「引きこもり」である。そこで、ゲームやSNSに一日取り込まれて、外からの人間関係を拒否する若者が増えている。こうしたグループが一方の極とすれば、学生寮とかコミュニティリビングといった集団生活の楽しみを期待する連帯派もいるのである。学生寮というと、個室の生活が優れているかのように思うが、今の大学生はそうした個の生活に思いのほかなじんでいない。誰かの部屋に入り浸ってしまったり、折角の個室から抜け出そうとする若者が実際は多い。だから、その作り方が難しい。痴呆高齢者のグループホームに行くと、個室で生活を楽しんでいる姿より、コミュニティスペース、談話室に車椅子で集合してしまっている。特に問題なのがライフスタイルとそれに伴う身体的な変化である。ある設計者の話だが、今の人は年配の人でも和室に正座、または胡坐でも、10分もたない。例えば、旅行で和風旅館に行っても、背もたれが無ければ我慢が出来ないし、大抵横になってしまう。だから、昔のように旅館で宿泊の部屋で食事をすることも減っている。さらにトイレではもう、昔の和式トイレは嫌われていて、ウォッシュレット付でなければ我慢が出来ない人が多い。昔は女性はかまどで火をおこし、トイレもしゃがんでいたから、背筋とひざの関節が強かった。ところが今はそのような姿勢が殆ど無い。これが最大の原因である。そうした身体的変化の影響が居住には大きく影響するのである。若い人はワンルームなどベッドと机さえあれば後は、ベッドをソファー代わりにしたりする。また、かえって、和室一間というのは便利。万年床で家に帰ればごろりとなるだけというライフスタイルもある。まあ、あまり格好の良いものではない。自分もびっくりだが、学生などはお風呂に入らないでシャワーだけで平気である。これには自分も驚きであるが、親は何かと子供の入浴を気にして、風呂風呂というが、実際は後の清掃とかが嫌で、あっても使わないそうである。今の子供は、昔のように風呂の掃除だとか薪割りなんぞはやらない。確かに自分のような貧乏人がする海外旅行ではホテルに風呂が無いところが結構多いことに気がついた。

 病院の療養病棟などはナースステーションの横の廊下などで、高齢者が車椅子に乗ったままボウーっとしている光景を見た方があるのではないだろうか。病院もそうだが、同じベッド、同じ机ではそこにいる個人の存在感を失うのだろう。マイスペースをどこかに作る用意が必要で、それは窓辺であったり、バルコニーであったり、様々なのである。合理的な空間は無駄が少ないだけ息も詰まってくるに違いない。

 人間が生活する上で、最も大切な事は「衣食住」である。もちろん、心の世界における満足、家族関係、友人や地域、職場での人間関係が人の幸不幸に関わってくることは当然である。しかし、これらも「住生活」の中で行なわれている。昨年の日本の自殺者は何とか3万人を超えなかったが、毎年3万人を超える自殺者が10年以上続いた。その原因も、居住という問題とは無縁ではない。自殺者が多いのは冬の雪深い山形県や新潟県である。そこで高齢者は閉ざされた空間で鬱状態になりやすい。また、近年、高齢者を中心に、何と、溺死が毎年14,000人もあり、これはバスタブが平たく、足を伸ばせるようになったから発生する現象で、昔のように風呂桶であった時は膝を曲げて入っていたら発生しない事である。実は自分の祖父も、叔父も風呂場で亡くなっている。この自殺者と溺死者、交通事故死を合わせると、年間5万人、10年で50万人である。これは戦争でもあったかのような犠牲者である。これはアメリカの南北戦争に匹敵する死者であろう。かなり、改善されたが、新建材や接着剤から出るホルムアルデヒドなどの気化ガスによるアレルギー現象、いわゆるシックハウス症候群といった問題は、建築基準の改正でも今も無くなっている訳ではない。また、ひところ、高島平団地が自殺の名所になったことがある。団地の画一的な空間が「死」を誘うのである。箪笥にゴンという有名なコマーシャルもあったが、家の中、インテリアなども時には凶器になる。死なずとも、机の足につまずいて痛い思いをしたり、骨折したりする人は多い。子供部屋なども、引きこもり症候群とか、家族の幸不幸に大きな影響を与えている。家というハードが人間の心や健康にどんな影響を与えているのだろうか。衣食足って礼節を知るとは言うが、家あって死を招くとは誰も気付いていない。ホラー映画でも「死霊の館」とか、ヒッチコックの恐怖映画「サイコ」でもモーテルとその隣にある怪しい家が一役買っていた。最近は在宅医療、在宅での看取りという言葉が語られる。そこでどんな家が必要なのだろうか。家は死の世界にも近いのである。

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エボラ

 エボラ出血熱の起源ー最初の事例は既に1976年にスーダンで見つかっており、この感染者の男性の出身地付近である、当時のザイールのエボラ川からこのウイルスの名前はエボラウイルスと名づけられ、病気もエボラ出血熱と名づけられた。過去何度か感染と流行の兆しが見られたが今回ほど大きな広がりを見るに至ったことは21世紀の大事件であった。2014年の流行の端緒となったのはギニアの子供で、その病気を癒す祈祷師が感染して死亡。その埋葬に立ち会って感染した患者のウイルスの解析から、祈祷師はギニアで流行し始めていた2種類のウイルスにかかり、これがシエラレオネ流行のルーツになっていることも明らかになった。インフルエンザもそうだが、ウイルスはヒトからヒトへの流行が始まると、ウイルスの変異速度は増大し、ウイルスを形作るタンパク質の要素となるアミノ酸の変化につながる遺伝子変異も多く起こる。ウイルスの性質が次々と変わっていく。この、ウイルスの正体は少しづつ分かってきた。当初はウィルスの変異から、アメリカの生物化学兵器の研究から生み出されたのではないかという疑いもあった。そもそも、中央アフリカでは猿の内臓、コウモリ、蛇などを干してその肉を食べる習慣があった。最初はそうした野生の生物から感染したとみられるが、これは仮説である。
 今回の流行の発生源は、リベリア、シエラレオネ両国との国境に接するギニア南部のゲケドゥ県の村落とみられている。注目すべきは、この地域では食用のためのコウモリ猟が盛んであることだ。今回の流行の最初の感染患者とみられている2歳男児の家族は、食用コウモリの狩猟に従事していた。
 一旦感染力を増したウィルスは西アフリカの奥地、特に医師のいない地域で拡大し、都市に流れ込んできた。これらの感染地の政府支配の及ばない地域は内戦もあり、防染の施策を取りにくくこの事が感染拡大の原因にもなった。かつて、ドイツで30年戦争が起きたとき、ペストが大流行したのと同様の事情があるようにも見える。ゴリラやチンパンジー等の霊長類が人への感染源になっているが、ウイルスの保有宿主ではなく、人間と同様に偶発的に終末宿主になったと考えられている。エボラは2007年にフィリピンでも豚や猿が感染したことが報告されている。

2008年のコンゴ民主共和国での流行では、32人が感染し14人が死亡した(死亡率44%)。2011年から2012年にかけてウガンダで流行し32人が感染し22人の死亡が報告された。

2014年2月からギニア、シエラレオネおよびリベリアにおいて、エボラ・ザイールが流行し、さらに、2014年8月24日、コンゴ民主共和国(旧ザイール)政府は、ギニアなどで流行中のものとは違うエボラ・ウイルスで、24人が感染し、13人が死亡したと発表した。そのうち確定例は2例だが、異なる種類だという。

2014年9月18日、国連安全保障理事会はエボラに関する緊急会合を開き、決議2177号を出した。 2014年9月21日現在WHO発表、感染5カ国合計・・・・感染者15,936名、死亡者5,689名。WHOは未報告例が多いことを認め、CDCは実数は約2.5倍(1.5-2万)であろうと推定している。

2014年9月末、国連総会が開かれ、エボラは2大議題の一つとなった。

今回、アメリカに帰国した感染者のうち、医療従事者は回復し、きちんと早期に対応すれば完治することも可能である事が見えてきた。日本の富士フィルムの関連企業、富山化学のインフルエンザ治療薬アビガンが効果があるとして、未承認薬であるが使用され始めた。また、回復者の血液による免疫療法やワクチンも開発されている。アフリカの中には感染者が出ていない国や、入国のチェック体制がしっかりした国も多く、アフリカ全般に起きていることではない。課題はそうしたチェック体制や、医療の受け入れなど一国の政治力の問題でもある。国連世界食糧計画(WFP)などは17日、エボラ出血熱の感染が集中している西アフリカのギニア、リベリア、シエラレオネで、食料事情が大幅に改善しない限り、2015年3月までに100万人以上が深刻な食料不足に陥る恐れがあると訴えた。かつて、マラリア、天然痘、ペスト、コレラなど文明に深刻な影響を与え、帝国が崩壊したりする原因にもなった。今日においては、国民国家のリスク管理、統治力、存在意義が問われている。統治機能がしっかりした国ではパンデミックにはならない。エボラはイスラム過激派と同様、国境を簡単にすり抜け、社会を破壊していく。アフリカの食糧事情、政治の空白、医療の遅れや教育の貧困など様々な問題の故に起きた災禍である。


 


 

 


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