カテゴリ:国内政治( 87 )

 日大アメリカンフットボール部の内田前監督は心労のあまり入院してしまった。被害を受けた関学の選手は練習に復帰しているというのに、加害者側が何で入院なのか笑いを誘うが、さらに波紋は広がる。テレビのニュースでは関学と日大の試合の暴力事件が毎日続いて炎上している。おまけに名前が似ている日体大もとばっちりを受けているらしい。これまでの教育機関の枠を超えたそれいけドンドン経営は終焉を迎える。この学校の理事会は理事長が相撲部で体育会的体質なのである。経営上は相撲協会のような鈍感な対応しかでき無い。暴力団の方が手慣れた対応をするだろう。結果論だがこれは最初から刑事事件として処理することから始めた方が良かった。相撲協会の日馬富士事件同様の村社会事件が大事件に拡大したケース。昔から大学には暴力事件や殺人、飲酒事故、不正問題があり、大学内部の問題で済んだこともある。ところが、今回は他校が被害者であることや初期対応のまずさから騒ぎが拡大した。

今回、驚くのが、監督とか、コーチがルール違反を誘発することを主導し、これを懸命に隠蔽しようとし、その言い訳が彼らの無能を晒したことである。そして、その中でパワハラのような権力的で、理不尽な指示が行われたことに、マスコミも炎上したのであある。


 これほどまでに騒がれる理由は日大のマスコミ対応のまずさにもよるが、日大の規模の大きさ、社会的影響力の大きさもあると思う。かつて、1970年前後の日大紛争は全国の大学に影響を与えた。2015年度の収入規模1,882億円は私立大学全体で第1位であり、2016年5月時点での生徒数については大学定員62788人に対し、学生数70677人の巨大校、日本の大学全体で第1位である。卒業生は114万人。付属の中学高校もあり、今回のアメリカンフットボール部前内田監督は人事担当の常務理事であり、経営上は理事長に次ぐ権力がある。日大の経営は仮に学校の入学者が1%定員を超えたとしても、7億円の純利益が上がるのだが、実際は10%を超えており、莫大な利益を上げてその規模を拡大し続けてきた。この一体育会の部活がこれほど大きな社会的影響を持つということは、スポーツの力の大きさを感じさせる。

社会に対して、事件が発生した場合、その責任を曖昧にしようと、嘘をついたり隠すことは時には全体に波及する。マスコミ以上にSNSで拡張する。

今回の監督の行動は、組織防衛行動で辞任発言や事実の隠蔽を行っている。体育会の一部門アメリカンフットボール部という小規模な「ムラ」だが、その中で感情に駆られた防衛行動が自身にとってさえ有害無益な結果を招く。しかし、理知による予測と説明が要求される。ところが、理は情より弱いので、感情にかられて起きる小集団防衛行動の制止は難しい。


 日大の場合、文字通りのマンモス大学であるから、ステークホルダーは規模が大きい。現役学生約7万人は、日本一を誇り、このほかに通信部や短期大学、さらに付属校などがある。卒業生は116万人、会社社長として活躍する卒業生の数は2万人を超え全国1位。ほかに、教職員や、学外関係者、卒業生を採用する企業なども広義の利害関係者に含まれよう。日本の国全体で見ても、有数である。

 もし、組織防衛の単位を、この巨大な単位で考えるなら、組織を守る行動は、非は非と認め、原因を解明し、今後の改善を図ることである。しかし、認識する組織が、当人から顔の見える範囲にとどまれば、問題を糊塗あるいは矮小化して、批判の目から隠したいという行動にもつながる。実際に暴力事件を起こした若者に指示をした、しない、言った言わないという記者会見に終始しようとした。若者は失うものは少ない。そこが権力側との認識のズレを生じさせる。権力側の失うものはあまりにも大きいのである。

 森友学園や加計学園の問題も似たところがある。権力者を守るためには嘘やデータの捏造も辞さない。かつて、ナチスはユダヤ人絶滅を指示したデータを隠滅し、指示においても最終的解決という隠語を使った。オウム事件もそうだし、暴力団の組長の抗争指示も似たところがあると思うのは自分だけでは無いだろう。

 学問の府である日本大学が我が国の権力者の貧困と同質であったというところが悲しい。日大には医学部や薬学、芸術学部など社会的にも良い働きをし、影響の大きな分野が沢山ある。おそらく、内田前監督も井上コーチもその影響があまりにも大きいことに当惑し、記者会見での言葉も容易に選択できないのである。当事者として対応力の無い面々が右往左往しているのが現実である。


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新潟の幼児殺人事件に思う報道の危うさ


容疑者が逮捕されて一安心だが、流言飛語を煽るマスコミは反省しない。


新潟の小学生殺人事件についてテレビ報道は連日続いている。容疑者が逮捕されたが、それまで、近隣や小学校関係者の噂のような情報で、不審な白い車、サングラスをかけ、黒づくめの服を着てマスクをした怪しい男の情報が何度も話題になった。この報道を聞くたびに笑ってしまったが、いかにも、想像の変質者である。このような事件では、意外な人物が犯人であることが多い。PTA会長が犯人であったり、近所では挨拶をきちんとする青年であったり、いかにも普通の人間が異常な行為をするのである。犯罪を行う人間は外見では分らないのである。


白い車などどこでも走っているし、黒装束の人がいたとしても今更そんな人物は同じ服を着て現れるわけがない。まるで、忍者の姿ではないか。全く無意味な犯人像であり、そんな話は疑わしいことを報道すべきだ。捜査上は、こうした犯罪は殺人に至るまでに、近隣居住者で不審な行為や逮捕歴、前歴のある人物から洗い出すことは常道であり、今回も事件の発生直後から警察はそのような不審者の洗い出しを行い、その成果が出たのである。幼児に対する特殊な変質行為の前例やプロファイルの想定ならわかるが、何の責任もない小学校関係者の妄想のような犯人像をいかにも実際にあったかのような表現で報道するのは安直としかいいようがない。今回の逮捕された容疑者にしても供述もあいまいで、問題は自白の強要があったのかとか、証拠のなかで、指紋の一致とか、証拠品の不明など真犯人に至る曖昧な情報を問題とすべきであろう。マスコミの調査とか、瓦版版レベルの報道の仕方に唖然としてしまった。キャスターの誰もが報道に疑義のある発言をしていない。彼らは皆、原稿を与えられ発言もコントロールされているのであろう。


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 師走のマスコミは相撲協会の日馬富士暴行問題に端を発した、貴乃花理事と相撲協会の対立問題に終始し、北朝鮮関連と合わせて、推測ばかりが先行した時間つぶしだった。相撲協会は公益法人であり、自分もある公益法人の役員をしているので他人よりは興味がある。貴乃花理事は改革派であり、調整形の八角理事長とは波長が合わない。まぁ、普通理事長というのは順調な時はそのようなもの。しかし今回の事態は異常時、そこでは理事長の意見は全く聞こえず、高木危機管理委員長や、池坊評議員会議長の貴乃花に対する手続き論的な責任問題に終始し、事件の本質は取り残され、社会も当事者、被害者も取り残された。公益法人といっても、改革においては何も目新しいことができるというわけではない。とにかく、相撲協会は大相撲の人気、NHKの放送料、スポンサー料、観客席収入が命。改革と言っても協会が相撲以外の仕事やこれまでと全く違う仕組みづくりをするのはマイナス面もあり、又、力士達の理解が得られないでしょう。貴乃花もそんなことを望んでいたわけではない。しかし、経営がきちんと出来ているとは思えない。まっとうな経営と正しい措置が行われなければ相撲という競技が衰退してしまう。暴力問題に関する今回の相撲協会側の取り組みが十分だったとは思えない。相撲は国技では無いが、公益性のある事業。


 未来を考えると、マイナスチェックや秩序維持の意思決定ばかりをしていたら、次第に縮小し、若い人が相撲から離れ、モンゴル人相撲ばかりになってしまう。大相撲というのは相撲としての競技水準が一番高い、プロだから当たり前だが、アマチュアスポーツにも相撲はあり、こちらは独自の発展がある。あくまでも、興行の世界。マネージメントに関して問題は人材である。最近は相撲界にも大卒の関取が増えたが、おそらくスポーツの中でも選手の教育レベルがもっとも低い世界ではないか。幸いなことに、相撲は他のプロスポーツより、暴力団との関係は薄いだろうが、そのものが暴力集団では困る。


 大相撲はビジネスである以上、経営とは何かです。答えは、経営とは時代に合った中長期計画、そして市場や世に受け入れらビジョンがあること、そしてそれらを実現する努力をトップが行うかです。多分、貴乃花のジレンマはそこにあるのでしょう。今の理事会や評議員会からそのような意思を持って運営しようとする人が居ないように見える。暴力の無い、より知的な、相撲道とは何か、きちんと議論出来る場が理事会には無い。本来、理事会とはそのような議論の場ではないか。マスコミで発言した経営陣は皆相撲の素人ばかり。このような傾向は日本の非営利組織や法人には良く見られる。相撲協会だけではない。大企業の役員会でも良くある事。ワンマン経営の二代目になると創設時の熱気や情熱は失われて、出る杭は打たれて、現状維持になる。手続きはかりが議論され、事務局や理事長、一部の権力者が仕切る理事会となってしまう。それだったら発展は無い。おそらく、貴乃花理事の理想を実現するには、貴乃花部屋が日本最大の相撲部屋になり大きな影響録を持つに至るしか無いだろうか。あるいは、国際化によってモンゴルに頼らない体制を作ることである。



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1小池旋風


この1年、小池百合子の大活躍の年であった。舛添氏の下らない不祥事のお陰で、舞台に躍り出た。中高年女性の星として都知事選は勝利し、1992年日本新党から転じ、新進党、保守党、自民党と権力の海を渡ってきた。その感度は抜群。細川、小沢、小泉と渡り、サーカスのように上昇した。環境大臣もつとめ、クールビズとか、新味があったが実はマスコミを使ったというより支援を受けた。残念ながら防衛大臣は辞任で防衛問題に見識があるとは思えない。安部石破対決においては石破についたため、安部から干され、未来の女性総理候補は稲田、野田の後塵を配する事態だった。


2キャスター出身の彼女


マスコミの依怙贔屓の支援は今も続いている。マスメディアの動きと民衆の反応にあれほど敏感な政治家は少ない。第二自民党ではなく希望の党こそ第一保守であると豪語する。今なお

衆議院選挙の目玉である。凄い!その権力志向は際限がない。顔に表れた三白眼は挑戦的、今なお総理の座を狙っている。野田とか、稲田のような小娘が何言ってんだよ・・とばかりに、二階や石破を恫喝し、民進党を解体に導き、細野、若狭などはぶっ飛ばし、民進党首の前原を骨抜きにしてしまった。自分を見限った安部には挑戦状をたたきつけたのだ。無能の代表、前原は民主党の中で弥次郎兵衛のように浮遊し党首にまでなった。無所属で自分の選挙はクリアーできても自民党一派閥のような希望の党に吸収されて存在感がない。昔はこのような人物はバルカン政治家といった。ユーゴやセルビアのような複雑な状況を泳げることが存在感であり、国民を幸せにする政策があるわけではない。言うだけ番長というアダ名もあったが、今回大決断をしたのは良いが、大失敗。結局は自己中心なのである。小池は今回都知事の職を放棄することが自分に不利になると悟ったとたんに、衆議院選挙参戦から手を引いた。お陰で、かつての日本新党ブームや小泉チルドレンをイメージした新人候補は軒並み落選する。あの時は党首が首相候補だった。勝ち馬なら乗ろうとする党首に信頼感がない。都知事選のような風は吹かない。


3選挙の行方


旧民主党で地盤がある政治家も希望の党で苦戦している。今回の選挙は旗色鮮明にした立憲民主党が反自民票を集め、希望の党に行った旧民進党員は割りを食う。自民は善戦するだろう。一体何のための解散総選挙だったのか、安部政権の無駄使いに上乗せ、北朝鮮の危機を煽り日本を危険にさらす嘘つき政治、アメリカのトランプに追随し、かつての日独伊三国同盟に便乗した叔父貴の岸信介の道をたどる。消費税を上げ、軍事費をかさ上げ、国民経済は疲弊する。教育無償化を餌に、消費税を上げ、財政再建は忘れて軍事費に回す。北朝鮮の危機が口実である。我が国の借金地獄は物価上昇で隠蔽する腹は黒田日銀総裁との悪巧み。ヒトラーがシャハトを使って見せかけの財政改革をやった手口を真似ている。要は借金踏み倒し政策なのである。小池氏は情報公開、ストッップ安部とかのたまうが、実際は自分の権力欲を満たすための方便なのだ。


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 寅さんで有名な柴又帝釈天。金町から京成線で一駅だが、金町の駅前も50年前に行った当時の記憶もなかったので、全く交通感覚がなく、駅前のバス停から小岩行のバスに乗って帝釈天前で降りた。昔、市川から金町の三菱製紙の工場勤務だった叔父の家に何度か遊びに行った。京成高砂から金町線に乗り換え、ハスの田んぼの中を単線路で2両連結の小さな電車で行ったものだった。車窓からは江戸川の土手と蓮田の緑が美しく、夏になるとハスの花も咲き、白鷺が舞う、夢の世界のようだった。江戸時代の旅人もそんな感慨を持ちながら、帝釈天参りをしたのだろうと思う。今はすっかり埋め立てられ、住宅地の中を走っている。帰りは京成線で金町に行き、当日予定していた亀有のモルドバ料理店に行った。帝釈天はアベックやカメラを持った参拝客で盛況であった。
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(水元公園の写真だが、こんな風景も電車から見られた)

 当山は経栄山題経寺(日蓮宗)と言い、寛永年間(1629)に開基され、開山上人を下総中山法華経寺第十九世禅那院日忠(ぜんないんにっちゅう)上人とし、その弟子の第二代題経院日栄(だいきょういんにちえい)上人が実際の開基である。


板本尊の出現
 この寺にはには昔より日蓮聖人御親刻と言われる帝釈天のご本尊が安置されていた。江戸中期の一時所在不明となっていた。安永年間に至り当山の第九代亨貞院日敬(こうていいんにちきょう)上人は此の寺のお堂が荒廃したのを歎き、その復興を計ったところ、安永八年(1779)の春、本堂改修中の梁上にこのご本尊を見出し、ついにご本尊の再来の法悦にあったのである。その吉日が庚申(かのえさる)に当たったことが、当山と庚申の結縁の始まりになったという。
 
寅さんの映画にある寺と同じだが、参道の商店街は映画の雰囲気と違い、より古色蒼然としたところがある。寺の前には仏具とかだるまのお店とか、駄菓子屋さんがならび、駅に近いところには名物草だんごの店、煎餅や飴、うなぎ屋などが軒を連ねている。こちらの方が寅さんの世界、店員は白い上っ張りを着ていて、映画に出ている店員そのままである。倍賞千恵子さんも白い上っ張りや白いスカーフを頭に着ていたと思う。境内も映画よりは広く感じ、本堂の伽藍にある木彫が素晴らしく、江戸文化を感じさせてくれる。中にある木彫は観覧の対象で有料である。
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 産経ニュースによると、ビルの駐輪場で立ち小便をしたとして、軽犯罪法違反罪に問われた男性(36)の控訴審判決公判が7日、大阪高裁で開かれた。裁判長は、現場が公共スペースに当たらないとして無罪とした1審大阪簡裁判決を破棄、現場は「街路に当たる」として科料9900円の逆転有罪を言い渡した。現場の駐輪場が、同罪で規定する「街路または公園その他の公衆の集合する場所」に当たるかどうかが争点だった。また、女優の早見優と松本伊代が京都で線路に侵入したことが妨害罪で書類送検された。これがテレビのニュースで何度も取りあげられた。これらのニュースで共通しているのが、一体誰が警察に通報し、また、ブログに反応したのかが不明である点だ。立小便は古典的軽犯罪で時と場合によっては逮捕されても仕方がないが、高裁まで争うというのは異常だ。線路侵入も京都府警は書類送検までなぜ行ったのか、厳重注意とか、場合によっては、その場で誰かが注意すれば済む話である。立小便判決の場合、多分、被告側が偏執的で納得しないのだろう。素直に謝れば済む話だったのではないか。また、線路立ち入りの場合は、ブログの炎上とか、有名人に対するバッシング、場合によっては苛めである。ご両人は列車の運行を妨害したり、止めようという意図があったとは到底思えないし、鉄道側には何の損失も無い鉄道営業法違反などということが犯罪であることを認識している人の方が少ない。もちろん良いことではないし、観光客が多いところだから、今後真似をする人が出ると困るというなら、その時の話ではないか。写真で明確な証拠がある以上対応しなければならないのもわかるが、マスコミはむしろ、ネット上のいじめ的な炎上を問題にすべきである。こんなことに敢えてコメントを書いたのは、日本の警察やマスコミに対する不信感が湧いたからだ。この程度のことで、毎朝30分もワイドショーで取り上げるのはマスコミの自主的な、個人に対する社会的制裁が過剰にならないような配慮が欠けた行為に見えるからだ。線路立ち入り事件に関しては、ご両人が書類送検を不服として裁判所に提訴したらニュースになることではないか。両人も気の毒なくらい謝っている。こんなことでは、今国会で問題になっている、共謀罪などが、とんでもない方向に解釈され、警察が市民を脅かすことも考えられる。むしろそうしたことをマスコミは取り上げて警告すべきなのに、かえって煽っていることが異常なのだ。こんな報道機関は、学校のいじめ問題に偉そうな口を叩く資格はない。
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1.二回試験から弁護士の道へ
 司法修習生二回試験というものがあります。毎年12月その結果が発表され、昨年の合格者ははれて法曹に入るのです。合格者が発表されるのではなく、不合格者が発表されるという何とも懲罰的な発表です。正式名称は「考試」または「司法修習生考試」です。司法試験合格者は1年間の司法修習を修了することで,裁判官・検察官・弁護士(いわゆる法曹)になる資格が与えられますが,その司法修習の最後に行われる試験が「二回試験」であり,修習生は合格しないと,法曹資格は与えられません。 現在の二回試験は,例年11月下旬頃に行われ、昨日12月15日発表がありました。試験は民事裁判・刑事裁判・検察・民事弁護・刑事弁護の5科目,一日1科目で5日間行われます。 試験時間は1科目あたり7時間30分という長丁場で,100頁ほどある事件記録を読ませ,法律上の問題点について論じさせたり,実務上必要な書面の起案を行なう。受験生は自らの答案を時間内に紐で綴って提出しなければならず,試験終了の合図までに紐綴じが終了できなければ,それだけで答案を提出できなかったものとされ一発不合格にされてしまうという厳しい試験です。難関の司法試験合格者が最後に行なわねばならない関門、誰でも通る決して楽な試験ではない。そもそも、二回試験のレベルは,要するに司法修習の効果を確認するためのものであり,真面目に修習を受けていれば通常合格できるものですが,今年は33人が不合格になっており,前年は42人が不合格になったとのことです。二回試験に落ちてしまった修習生は,それまでに就職先が内定していても内定取消しとなってしまうのが一般的であり,一年後にならないと再受験もできません。さらに,二回試験には3回までという受験回数制限が設けられており,二回試験を3回受験しても合格できなかった修習生は,もはや法曹になることはできません。全員司法試験合格者が受け、一定の学力はあるので、本来は落ちることは珍しいのです。しかし、修習生の中には試験の出題の意図を無視して自分の見解を主張したり、テーマと関係の無いことを書いたりする人がいたりします。点を付けられないので落とさざるを得ない。仕事を覚えたかどうかを試験するのです。一定時間内に決められた書式を作らなかったりしても落されるわけで、試験当日の修習生は目の色をかえて取り組むのです。 昨年も今年も1800人程度が司法試験に合格しました。旧試験より易しくなったかというとそんなことはないでしょう。むしろ、ロースクールに行かねばならないし、予備試験は100人に一人。昔も論述試験まで到達する人の数は今の論述考査の対象人数と同じくらいです、また、昔は何度でも受けられたのですが、今は5回までですから、それに耐えられる環境が無い人は最初から法曹には行きません。だから、ロースクールの定員割れが増えているのです。二回試験を突破し、司法の道に入った勉強の虫達は、その後法律事務所や裁判官、検事の道を歩む。彼らはどんな生活をするかというと、おそらく、人にもよるが、毎日終電車で帰り、土日も出勤というブラックな日常が何年も続くことを覚悟しなければならない。世の中ではエリートと思いがちだが、実は、大企業の同世代サラリーマンより低い年収と過酷な勤務を強いられるのである。しかし、彼らは、夢を実現した喜びと、司法の世界に入って、直面する様々な課題に果敢に挑戦し、やりがいのある日々だという。司法試験に合格しても、年が多かったり、精神的に問題のある人物は必ず5%くらいはいるし、独立志向の人もいる。一般社会に比べて、標準的(25~30歳)な修習終了者は何とか就職している。新聞は激烈な競争を勝ち抜いてきた若者は東大生といいたい。マスコミではやたらクイズ番組などで東大や京大の学生や卒業タレントを持ち上げるが、司法試験や上級試験はさらに勉強することが必要で、マスコミに入る人よりは知的レベルは高い。学歴社会を批判している新聞が実は東大を頂点としたヒエラルキーを煽っているのである。そこに嫉妬を混じった批判をすることが彼らの憂さ晴らしなのである。テレビタレントになった弁護士や、少し美人の女性タレントがくだらないお笑いタレントと同列になって笑いを誘うことで彼らの地位を貶めている。それがマスコミの連中の狙いである。医師や弁護士というのは彼らの目の敵なのである。司法試験を経て、二回試験もクリアした若者の失業は殆どない。収入も400万円以下というが、これは名目賃金や収入で彼らは確定申告し、低く抑えている。現実を無視して弁護士は人気がないとPRしている。社会において必要な仕事を蔑む卑しい行為である。

2.新たな展開
 近年、民法改正や情報社会化において彼らの仕事は急速に変化している。昔の人権弁護士をはじめ、新しい環境変化には年配の弁護士はついていけない。医師もそうだが、若い力は大いに期待されているのである。むしろ彼らの知的財産を保護し、専門家になるための莫大な労力と投資に報いる待遇を確保することは当然である。頑張れ若き法曹家、医師達である。マスコミのデタラメに左右されてはならない。高校生、大学生諸君、勉強を一生続ける気持ちがあるなら、医師、司法試験、弁護士にチャレンジすべきである。頑張れ、若者、目標をもって志を高くしよう。弁護士を目指す若者は厳しい勉強をこなし、理想を持ってチャレンジしている。
 弁護士になれば、9時5時の生活と言う人もいる。5時と言うのは明け方の5時である。事務所によっては違いがあるが、中規模の事務所やイソ弁になると何でもこなさねばならない。また、ボス弁の下作業や指示に従って何年も修行するのだから、丸で徒弟制度のようでもある。大きな事務所だと安定しているし、研修もきちんとするが、断片的な仕事を何年もこなさねばならず、小さな事務所だと、個性的な上司や事務員などとの折り合いをつける必要があり、不本意な結果も我慢しなければならない。司法試験に合格する能力があれば一般の大企業などに入ることもできただろうが、そうした同期と比べて当初は給与も低い。しかし、社会の公器として、医者同様必要な仕事であり、社会の公正や法律家として役に立っているという高い志を持っている。大変だがやりがいがあることが彼らの支えである。

3.新米弁護士頑張れ
 弁護士というのはあまり人を使う仕事ではないのか、何でも自分でやらなければならない。FAXの送信からコピー、連絡など、他人まかせにできない。しかし、法律事務所に入り2年くらいは何でも先輩パートナーの下請けをすることも併せて自分の仕事は後回しになる。議事録や面談記録など手間のかかる仕事は新米の仕事になる。金バッジを付けて仕事に行くと、金ピカだといかにも初心h者マークのようで、依頼人も、こんな新米よこしやがったと不満をたれることがある。国選弁護人になって、犯罪人から、何だ新米じゃねーかと馬鹿にされたり悔しい思いをするが、とにかく仕事の内容で認めてもらうしかないのだ。法律の改正やPC、語学など新しい知識が必要な仕事があるため、若い新人の方がうまくいく場合も多いのだが。毎日終電車帰りで、時には泊まり込み、土日も簡単には休めない。依頼者は土日の方が来るくケースもあるからだ。最近電通で残業100時間を超え、自殺者が出て大騒ぎになったが、サービス残業を入れて150時間やっても弁護士の仕事量にはかなわない。仕事のために鬱になるのではなく、職場の様々な環境、パワハラ、家庭環境などが原因で精神を病むのだ。それにしても、一般サラリーマンは労働組合もあれば、労働基準監督局もあるが、弁護士は労働者ではなく、専門職だから労働の基準は無い。嫌なら辞めるしかない。そこを悪用してブラックな職場環境を奉仕している法律事務所も多い。1年以内に何人もやめるような事務所は避けたほうがよい。パートナーがワーカーホリックの事務所や、実際精神を病んでいる弁護士も多いと聞く。事務所選択の場合は何とでも就職したいだろうが、事務所をよく観察し、評判を聞くことが大事だろう。社会の弁護士に対する評価は高いし、自己案件を手掛けると収入も上がる。人から感謝される仕事であることは医師とも似ている。世の中に5%くらいは必ず変人もいる。弁護士だって心を病むのだ。結婚とか、自分の将来設計とか仕事をしながらこなさねばならない。弁護士というのは人を通して成長するのだから、できるだけ人間を好きになる工夫をすれば他人からも好かれるし、その分意欲も湧いてくる。好循環になるように自分で設計することができる。これは会社員でも同じではないか。出世や他人の評価ばかりを気にしていたら体が持たない。ゴルフでもよいし、蝶の収集でもよい。空手や武道、釣りでもよい。何か趣味の輪を持っていることが新しい人間関係につながるだろう。

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うっすらと冠雪した由布岳
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朝の金鱗湖は湯気で幻想的な風景
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年末1年半ぶりに湯布院の別邸を訪れた。5月の熊本地震で湯布院も大きな被害を受けた。家の中にあった本箱はひっくり返り、戸棚も倒れ、上等なガラスや陶器が破壊されたと叔母から連絡があった。行ってみると、家のモルタル外壁に亀裂が入っており、風呂場のタイルも剥がれ落ちたところがある。しかし、住めないという程度ではなかったので一安心であった。しかし、今後の補修にどれだけ費用がかかるのか心配である。とりあえずは、隣地とのブロック擁壁の補修は済んでおり、本箱の整理もかたが付いていた。

湯布院の名所、金鱗湖周辺は驚くほど人が出ていた。団体の旅行者だが、韓国語と中国語が飛び交っている。7割がたが外国からの観光客。連日すごい人出だ。
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どうも、地震の被災地に出された復興補助を使って韓国を中心に多くの団体客が訪れているのだそうだ。韓国や中国のめざとい旅行業者が復興割引の権利を買い占めて人を集めているらしい。地域再生のための支援で国民の税金で補助されているのだが、この復興割は日本国内では入手が難しかったのではないか。こんなところで大にぎわいになっているとは驚きであった。地元にとっては使わないより、多くの観光客に来てもらったほうが有難いのだろう。金鱗湖の周りはスマホの自撮り棒を持った韓国人で溢れている。前から多かったが、こんな賑わいになっているとは。二日前から天気が悪く雨と寒風でコンディションは悪かったが、それにもめげず人の群れに土産物店はホッとしている。昨日の雨は由布岳では雪になり、美しい冠雪風景となった。
暇があったのでポケモンgoをしながら散策したが、ここは全くのポケモンの巣。次から次と出てくる。ところが、ポケストップが少ない上、そこから出るモンスターボールがしょぼい。1日17個しかポケストップで取れなかった。反対に、ポケモンは42キャッチした。ポケモンを獲得するにもすぐに弾切れになってしまう。ここのポケモンはコイキング、ヤドン、コダック、ポッポ、コラッタ、ピジョン、イーブイなどの低CPが
やたら多い。ここのイーブイはくせ者で、さんざんボールを消耗させてドロンだからボールの損傷が酷い。ヤドンやコイキングからもバカにされ、逃げたり、ドロンされるからタチが悪い。温泉地だからか、しかし、おかげでステージ25まで行ってしまった。当然ながら、中野では買った事のないコインを何回も買う羽目になった。

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 埼玉県の川越は小江戸と呼ばれ、昔ながらの蔵や、なまこ壁の商家などが保存され、周辺から多くの人が訪れるようになった。昔の町並み保存は日本各地で行われている。京都はその中でも、もっとも大規模で国際的にも高い評価を得ているが、金沢、飛騨の高山、秋田の角館武家屋敷も有名である。
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 川越は立派な山車で街を練り歩くお祭りがあるが、実はこの山車は江戸の天下祭りであり、神田明神の祭りの山車だったものもあるのだそうだ。かつて、神田明神の祭りは徳川幕府からも支援を受け、山車も江戸城に入ることも許されていたほどであったという。ところが、明治になって幕府の保護もなくなり,
電線の邪魔になるとのことから、山車の維持が神田の町ではできなくなったので、山車を川越に引き取ってもらい、神田明神の祭りは氏子の担ぐお神輿のみになってしまった。本来の神田明神の祭りは天下祭りとして豪壮なものだったようである。明治以前に作られた人形には仲秀英、原舟月などの江戸の名工の作品が多く残る。現存の天下祭当時の江戸型山車が曳かれる祭では江戸で使われなくなった山車や人形を譲り受けたものが多いのに対し、川越は天下祭の山車を作った職人に直接依頼して作らせている。また、祭の発展とともに多くの山車が廻り舞台を採用するようになり、山車の舞台から上が360度回転させることができるのも特徴である。
 
(川越祭りHPから転載)
今の川越は昔の街並みに行くためには、商店街を通って15分くらい歩いたところの街道沿いに行くことになる。自分が行った当日は連休であったこともあり、多くの観光客でにぎわっていた。なぜか、煎餅屋とか、うなぎ屋が多い。土産物店も多数あり、様々なグッズが売られていた。江戸情緒豊かな飴細工があったり、大学いも、団子、煎餅などがあったが、ソフトアイスの店も多かった。タイ焼き屋もあったが、にわか作りの商売であまりおいしくは無く期待外れだった。
 昔の街並みは東京にこれほど近いところによく保存されたという感慨を持った。最近地方都市では昔の街並みを売りにしようと整備に力を入れ始めたが、なんせ村上市などは一部は酒屋の店舗とかもあるが規模が小さく
なかなか人を集めるところに至っていないのが現実ではないか。街づくりの担当者も、無駄な整備をする前に
全国の街並み保存状況を見学し、観光上競争力がどれだけあるかを確かめないと期待外れになるような気がする。
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 トランプは日本を防衛しないというかもしれない。日本はその事態に備えねばならない。今までアメリカに基地を提供したおかげで日本の国防費は膨れ上がらずに済んだ。国防負担の少ない部分が産業育成に回り、今日の国の形ができた。日本はブレーキの弱い国だ。オリンピックの青天井予算を見ればわかる。高齢化と社会保障で日本に金がない。このまま、自主防衛を続けたら戦前の日本のように軍事大国の道が待っている。そうしなければ国外での継戦能力がない。

軍事大国の道はない。 その時は、最小の予算で最大の効果を出さねばならない。日本は核を持つ3つの国に囲まれている現実を見なければならない。どうしたらよいか。そのために、北朝鮮や中国の核の脅威から我が国を守るために、核武装は実際にはいつでも可能という能力は保持する必要は最小限ある。先制攻撃はしないという体制だ。従って、今日行われている戦略の延長だが、島嶼防衛を中心に、上陸した敵は全滅させる強い攻撃力が必要。敵前上陸阻止ではなく、引き込んで撃つ。フィンランドやロシアの戦術だ。海軍は上陸した敵の補給線を断つ。日本は硫黄島や沖縄で戦った経験を生かすのだ。そこでは敵も核は使えない。海は対潜と攻撃型潜水艦で、空は最先端のミサイルとレーザー兵器で防衛する。上陸した敵の補給路は潜水艦と空爆で絶つ。垂直離着陸型の次世代のステルス戦闘機を開発する。これらは山岳地帯の多い我が国の地形を生かし、各所に配置する。短距離でよいからアメリカのA10なみの攻撃力が必要。移動可能な手動ミサイルで撃ち落とされるヘリでは限界がある。

 歴史上空母を使った海戦を経験した国は日米しかない。連携すれば中国もロシアも敵ではない。空母はクジラのようで、攻撃には弱いから護衛艦群を必要としている。
 陸上戦闘能力は常時臨戦訓練が必要である。積極的に国連出動し、腕を磨く。特に対戦車対策は必要で、国土の狭い日本の地形では大規模な戦車による侵攻や平地での戦車戦は想定する必要がない。市街戦で戦車が無力なのはシリアやスターリングラードで証明済み。小型の対戦車ミサイルで充分。10型戦車は制圧用である。空母は小型を日本海に2隻、南シナ海に2隻、太平洋に2隻配置し、イージス艦の護衛艦隊を4群10隻は備えて侵入を阻止する。原発危機に備えて、周辺の防衛はロボット兵器で固める。空からの攻撃には防空ミサイル群を整備し、宇宙からの核ミサイルの攻撃にはレザー兵器とミサイルで防衛する。沖縄の米軍は全て引くことはない。10兆円くらいで可能ではないか。ところが、これだけを維持するだけでも膨大な軍事費を要するから日本は支えきることができるのだろうか。

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