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スマートを追及しよう!「ストリート・スマート」という言葉

ビジネスで経験を重ねる上で、キーワードになっているが、日本では耳慣れない。今のアメリカ大統領がまさにその人らしい。彼は確かにアカデミックではない。言う事もいい加減な印象があり、自分の都合で前言を翻したり、困った人。マスコミには格好なターゲットだ。しかし、彼の政策は実はアメリカ国民の期待には忠実で、移民の問題や中国の狡猾な手口に対してはオバマもクリントンも、ブッシュも無策で、国民はイライラしていた。

「ストリート・スマート」という言葉を初めて聞いた人は、ちょっと意味が分かりにくいかもしれない。まず対極にあたる言葉を考えた方がわかりやすいでしょう。

「アカデミック・スマート」「スクール・スマート」といった言葉。学術的な知識がある人、学校の勉強ができる人、という意味です。これらはアメリカでは、どちらかというとネガティブな意味で使われることが多い。学歴はあるんだけど、仕事ができない人。よく勉強して知識だけは沢山あるけど、ビジネスの現場では結果が出せない人。


これまで多くの人たちと仕事をしてきた中で、頭でっかちでウンチクばかり並びたて、結局仕事は何一つ前に進められない・・・という人が周りにいませんか。20代でアメリカの大学院に留学しMBAをとっても、帰国した後、日本では力を発揮出来ない人がいます。ビジネスで問題があった時、焦って○○論という本をたくさん読み漁ったけど、頭でっかちがさらに加速するだけ。結局、アカデミックな勉強で直接仕事に生かせない。

今振り返ると、環境にでも適応して力を発揮できたスキルや知恵というものは、分厚いアカデミックな教科書から得たものでは決してない。もっと生々しく、現場で揉まれ、サバイバルメカニズムで身についたもの。あるいは、良いプロジェクトに数多く参加することができたりで、学び得たものが多いのではないか。

 トランプはこのことをよく知っている。彼は最初は大統領選挙に勝てると思っていなかった。ところが当選してしまい色々な問題を決断しなければならない。本で読んだ知識や大学での勉強は役に立たないことは百も承知だ。そこで最初は政治のプロのバノンや、軍のマチスを起用したが今の時点では不要な人材なのである。


# by katoujun2549 | 2019-05-20 20:40 | Comments(0)

スマートを追及しよう!

「ストリート・スマート」という言葉。


ビジネスで経験を重ねる上で、キーワードになっているが、日本では耳慣れない。今のアメリカ大統領がまさにその人らしい。

「ストリート・スマート」という言葉を初めて聞いた人は、ちょっと意味が分かりにくいかもしれません。

まず対極にあたる言葉を考えた方がわかりやすいでしょう。

「アカデミック・スマート」「スクール・スマート」といった言葉。学術的な知識がある人、学校の勉強ができる人、という意味です。これらはアメリカでは、どちらかというとネガティブな意味で使われることが多い。

学歴はあるんだけど、仕事ができない人。

・よく勉強して知識だけは沢山あるけど、ビジネスの現場では結果が出せない人。


私もこれまで多くの人たちと仕事をしてきた中で、頭でっかちでウンチクばかり並びたて、結局仕事は何一つ前に進められない・・・という人が周りにいませんか。


20代でアメリカの大学院に留学しMBAをとっても、帰国した後、日本では力を発揮出来ない人がいます。ビジネスで問題があった時、

焦って○○論という本をたくさん読み漁ったけど、頭でっかちがさらに加速するだけ。。

結局、アカデミックな勉強で直接仕事に生かせない。

今振り返ると、環境にでも適応して力を発揮できたスキルや知恵というものは、分厚いアカデミックな教科書から得たものでは決してありません。もっと生々しく、現場で揉まれ、サバイバルメカニズムで身についたもの。良いプロジェクトに数多く参加することができたりで、学び得たものが多いのではないか。


# by katoujun2549 | 2019-05-20 20:40 | Comments(0)
浅草寺の山門
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賑わう仲見世
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5月17日は浅草寺三社祭りの宮出しの日で賑わう。亀戸で墨田川高校のクラス会があり、その前に行ってみることにした。凄い人出だ。雷門から仲見世、周辺の商店街も人だらけ。分かっていたが、やたら中国人が多い。三社祭は3日間で150万人の人出が見込まれる。初日の大行列にも、多くの見物客が訪れた。おはやし屋台を筆頭に町を練り歩いた。18日は浅草氏子44ケ町の町内みこし約100基の渡御が予定され、にぎわいが予想される。三社祭は19日まで開催。

# by katoujun2549 | 2019-05-19 06:01 | Comments(0)

映画フラッシュゴードンは駄作か?


最近、トヨタのCMで懐かしい、フラッシュゴードンのテーマがバックで流れている。昨年のボヘミアンラプソディーの大ヒットにあやかり、クイーンの作曲だったフラッシュゴードンを流したもの。この映画、映画館で見たが、DVDでも何度も見た作品。映画批評家はこの1980年の映画を天下の駄作と酷評するのだが。確かに、主人公のキャラが弱い。スーパーマンやスパイダーマンのような超能力もなく、ニューヨークジェツのTシャツを着てるだけ。アメリカンフットボールの技も見せるわけではない。しかし、ゴードンの相手役や宇宙皇帝ミン役はマックスフォンシドーなど豪華な配役で、主人公サム・J・ジョーンズがいまいちだが、その他メロディアンダーソン、トポル、ティモシーダルトン、オルネラ・ムーティなど豪華。制作費は大きく、その分批判も厳しかった。衣装もやたらキンキラキンで、ストーリー展開も荒い。しかし、何故か、不思議な魅力を感じた。それは、この作品をスターウォーズなど、CG技術によってリアルな宇宙ものと比較したからだ。これはあくまで、クイーンのオペラであり、舞台を映像化したものとして見ると全く趣きが違う。映画批評家はあくまで映画としてしか見ていない。この作品は同じ頃に出たthe WhoTomyなどよりエキサイティングな作品。音楽を聴くだけでも充分に楽しめ、普段クイーンがライブで演奏しない内容であるだけに、素晴らしい印象である。


# by katoujun2549 | 2019-05-16 22:33 | 映画 | Comments(0)
1.犬食
 シーザーミランのDogNationはBSチャンネルやナショジオ番組でよく見る。犬のしつけや問題犬を魔法のように飼い主にコーチする。アメリカの愛犬家のスターである。
 この番組で、今回、閲覧注意、一部に不快な映像が含まれますという表示が出た。珍しいいことなので一体何かというと、問題犬ルークは足が1本無い。実は、アジアの食用犬から救出された犬なので、人間に恐怖心が消えない。足も残酷に切り落とされたのだ。このルークをミランはノーマルに飼い主に従う素直な関係にしつけようとする。飼い主は可哀想なルークに過剰な愛を注ぐのでルークは散歩やリードのガイドに従わない。そこを、普通の関係に見事に戻すのである。いつものシリーズと違うのが、食用にされる犬たちのことをクローズアップさせたことで、これは閲覧注意となったのである。そこで、WEBで犬食ー「犬食祭り」で検索すると衝撃のレポートとなっていた檻に入れられ屠殺を待つ犬たちの絶望的な姿、丸焼きになった犬、犬鍋になった犬肉の写真が次々と現れるではないか。愛犬家にとっては卒倒しかねないようなシーンである。
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WEB cite 犬食祭から転載 この絶望した屠殺前の犬たちの姿
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            中国人、韓国人の好きな 犬鍋

アメリカの愛犬団体はこれらを救出するプロジェクトを行っている。救護団体の男性マークチンが涙を流して犬食の悲惨さを訴える。この団体は2,000匹を救出した。毎年王林で開かれる犬肉祭りの映像も紹介される。こうした犬食に関し王林市は犬食用に養殖された犬であることを強調するが、中国ではトイプードルなど小型の愛玩犬が盗まれ、売買されており行政の言い逃れである。

2.人権保護は犬猫から
 
 中国の人権問題も、人間からではなく、犬や猫の命を守ることを国際的に要求することから始まるべきだ。かつて、日本が生類憐れみの令を将軍綱吉が行ったことを暗愚な将軍の例にあげる人がいたがそれは間違いである。戦国の混乱期は終わったが、当時、日本人の心は自分さえ良ければ弱者の苦しみはどうでも良いという混乱期の心理から抜けることができず、幼児虐待、捨て子の放置、姥捨山、行き倒れの放置、旅人の病人を宿場から放置したり荒んだ社会であった。儒教倫理からも綱吉は見過ごせないことだが、いくら条例を出しても効果が薄いので犬猫の保護から始めたのである。今の日本でも、犬猫の虐待は禁じられているし、地域における凶悪犯罪の兆候として警察は注意喚起している。
 韓国も犬食の国、オリンピックの時など犬食料理屋の看板を撤去させたり隠蔽にやっきとなった。まるでヒトラーがベルリンオリンピックの時にユダヤ人差別の看板や表示を撤去させ、隠蔽させたのと同じだ。犬食は野蛮な行為であることを政府も認識しているが中国、韓国、カンボジャ、ベトナムなどでは犬食は文化だと規制しない。しかし、これは戦争や植民地支配と飢餓といった人権無視の時代の名残りなのである。多分アウトロー世界からの賄賂などが政治家に流れているのだろう。
 日本やアメリカは中国や韓国の国際常識にそぐわない外交攻勢にはこうした犬食という野蛮なことをやめさせるよう、国の指導者に恥をかかせることから始めれば良いのだ。
犬や猫が悪くて牛や豚、鶏は何故良いのか?というのは屁理屈である。家畜とか野生の生物は人間との感情や愛情が希薄であり、場合によっては危険であったり害になることも多い。しかし、愛玩用の動物は人間に従順だし、人間の愛情を求めている弱者である。そうした弱者を虐待したり、食用に殺害することは人間の尊厳の破壊につながる行為だ。中国、韓国、ベトナム、カンボジャ、アフリカ諸国はペットの商用を禁止すべきなのである。こうした行為を見逃すような社会は暴力や不正、虐待、人権侵害にも無神経な社会であり、国家である。


3.犬食の実態

中国は世界一の犬肉食大国だ。世界で食用に殺される犬は年間2000万~3000万頭。うち1000万頭が中国で処理されている。犬肉の生産量は年間9万7000トンに及ぶが、この数字は中国の食肉生産全体(年間8000万トン)に比べれば微々たるもの。


犬肉産業が中国経済全体に占めるシェアもわずかにすぎない。中国の就業者数は7億7600万人だが、犬肉生産の就業者数(

犬集めから輸送、食肉処理までを含む)は100万人足らずだ。

犬や猫を食べることは戦争や飢饉といった危機的社会のなかで行われた。アメリカの開拓地やフランスでも行われた。坂本竜馬が食べた記録もある。日本でも半世紀前まで行われた。


実は中国では猫も食べられている。
何と100万匹という。
Wikipediaによると次の通り

現地の動物保護に詳しい弁護士によると、中国国内の猫肉取引は禁じられており、2007年の法律でも「国内で通常食されない食物」の取引には特別な許可が必要としている。華南の飯店で出される猫肉は主に、許可を得たブローカーが安徽省江蘇省から仕入れたものである2010年1月26日には中国政府が、動物保護の観点から初の取り締まりに乗り出したしかし、許可を得て行うものではなく全面禁止すべきではないか。

中国ではペットとしてのネコの飼育が増えるにつれ、猫食文化への風当たりが強まり、抗議行動も起こるようになっている[7]。2006年6月には深圳市の有名な猫肉料理店が40名ほどの活動家から襲撃を受け、営業中止に追い込まれたこうした変化は中国動物保護ネットワーク傘下の中国愛玩動物保護ネットワーク (CCAPN) 結成のおよそ2年後に始まった。40以上の団体が加わったCCAPNは2006年1月、広州市をはじめとする10以上の都市で犬食や猫食に対する抗議運動を行った2008年にも犬食・猫食が増えていた広州で同様の騒擾が発生し、メディアで報じられた。


# by katoujun2549 | 2019-05-16 10:27 | Comments(0)

イギリスのEU離脱問題が今日
大きな国際問題だが、イギリスは歴史的には民族移動によって出来た国。20世紀にも大英帝国はアジア、アフリカを支配し、多くの多民族を受け入れてきた。世界大戦もインドやアフリカ、インドなどの支援を受けてのりきってきた。英国はイングランド、スコットランド、北アイルランド、ウエールズといった固有の文化と歴史を持った連合国家である。この国は歴史的にも孤立して単独で発展したことはない。今さら何なのか。
イギリス人の分離派は自国の歴史を知らないのではないか。しかし、今のEUはドイツの影響が強い。かつてイギリスはドイツに屈したことはないから、国民のプライドが許さない。ナポレオンのフランスにも侵攻を許さなかった。それが、移民問題に関して大陸側が無力であるからイギリスのコントロールが効かない。それがネックなのだろう。ギリシャの財政危機においても、ドイツとフランスが軸になっており、通貨の違うイギリスの発言権は弱かった。そうしたジレンマからブリグジットは始まった。しかし、スコットランドは分離反対、北アイルランドも勢いの良いアイルランドと合併したい。イギリスが中世のようになるリスクを抱えている。イングランドとウェールズでは軍事問題を解決できない。イギリスの過去を振り返ってみる。

1,イギリスの侵略と異民族の侵入の歴史

イギリスのストーンヘンジはドルイドというケルト人が築いたという説があったが、最近の研究ではもっと前、ビーカー人が作ったものという説からさらに遡り、紀元前3000年以上前というのが有力である。巨石はどこから運んできたのか分からないが、当時氷河期に運ばれた巨石が多く平原に残されていたという説もある。宇宙人説などよりは説得力がある。ケルト人はその後ローマ帝国が支配した時代はブリトン人と言われた。グレートブリテンの語源であるが、イギリスは民族的な祖先はローマ帝国が衰退した時にドイツ北方のザクセンから移動してきたサクソン人と、一緒に逃げてきたアングル人に起源を持つ。アングル人の存在は古代ローマの時代から知られていた。5世紀になると到来したデーン人から侵攻され、同じ西方系ゲルマン人であるサクソン人・ジュート人とともに北海を渡ってブリテン島に上陸し、先住民であったブリトン人を圧倒した。ブリトン人はあまり戦争が得意ではなかった。そこで、アングル人とサクソン人を傭兵にしようとしたら乗っ取られてしまった。その中でもノーサンブリア王国、マーシア王国の王族はアングル人を祖とするとされる。やがてブリテン島には後世七王国時代と呼ばれる群雄割拠時代を迎えたが、この時代の初期はアングル人の王国が優勢だった。
アングル人とは系統が異なるゲルマン系の集団であるサクソン人の建てたウェセックス王国により七王国は統一されたが、北欧からデーン人の進攻を受け、守勢側となった。この新たな侵略者デーン人(ノルマン人の一派)に抗して、アングル人は近い系統(ゲルマン人)の民族のサクソン人と同化し、後にアングリアに住むサクソン人、すなわち、アングロ・サクソン人と呼ばれる集団を構成するようになった。彼らに追われてフランスに逃げた集団はブルターニュといわれる地名を残した。
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2.バイキング

VikingというシリーズDVDのドラマが凄い。既にキリスト教はイギリスに修道院を築き文化的には豊かな時代を築いていたが、バイキングはいきなり海からやって来て無防備な修道院、村や町を略奪しつくした。その残虐なシーンは目を覆いたくなる。DVDにはその当時の姿が念入りに考証されていて、あまりにも壮絶でバイキングに扮したキャストに共感できないほど。8世紀にユトランド半島のデーン人バイキングやスカンジナビアのバイキングが頻繁にイギリスに侵攻し、一時はイギリスはデーン人に支配された。バイキングの侵略は恐怖であり、数十隻の大船団で突如侵攻し、彼らの武力に圧倒された。これを取り返したのがアルフレッド大王であり、イギリスの中世文化の基礎となった。映画では残虐な集団ばかりが強調されている。実際は武力を背景に商業を軸に植民もしていた。馬を使った戦法や、船団には女や子供、家族をのせて侵攻していたようだ。デーン人は都市を攻撃しない代わりに金を要求し、ヨークなどは払う金が底をついてしまった。


3.ノルマンジー公ウイリアムのイングランド侵攻以降

イギリスへの異民族の締めくくりとなったのが1066年のフランスからのノルマン人の侵攻であった。サクソン人の王国は敗北し、イギリスは王室がフランス化する。又イギリスはフランスの内部に領地を持つことになり、英仏100年戦争となってジャンヌダルクが登場し、スチュアート朝まで大陸とは深い関係にあった。カトリックと離別したチューダー朝のヘンリー8世、エリザベス女王によって独立した国家形成となり、さらに清教徒革命などでその後の大陸の干渉を排除した国となった。しかし、内部ではスコットランドやアイルランドとの緊張関係は19世紀まで続いた。20世紀も北アイルランド問題は多くの犠牲やテロを生んだことが記憶に新しい。イギリスの分離独立騒動はスコットランドの出身であるブレア首相から始まった。保守党のサッチャー時代は中央集権的であった。サッチャーがEU加盟においても、ポンドを守り、ユーロを同意しなかったのは賢明だった。


# by katoujun2549 | 2019-05-14 19:07
1.日本のキリスト教会

日本のキリスト教人口は100万人くらいだろうか。そのうち、プロテスタント系は20万人ともいわれ、40万人いる共産党員の数より少ない。多いのはカトリックである。カトリックは聖職者も入れて452千人。ふしぎにも共産党員数と同じくらいの数である。ついでだが、赤旗を取っている人は260万人くらいだそうで、シンパは6倍以上いる。今、日本人の女性で結婚式をキリスト教式でおこないたいと考える人が80%もいる。そうした意味で、洗礼は受けていないがキリスト教に共感を持っている人は600万人ぐらいいる。しかし、教会の日曜礼拝に行くというキリスト教徒の条件を満たす人は実に少ない。全部合わせても人口の1%はいない。かつて、1世紀前、賀川豊彦が日本でクリスチャン100万人を目標としようと言った事があり、あたかも、達成したかのように言う人がいるが、当時の人口からすると1%を超えようということで、その目標は全く達成出来ていない。こうした実態に対して、特にプロテスタント教会も、その中心と自認する東京神学大学もあまり反省の態度が見られないのが残念である。その原因は何か。自分の行っている教会は近年高齢化が著しく、特に大学生の礼拝参加者は殆ど消えてしまったと言っていいくらいである。しかし、こうした現実に対して、教団では真剣な議論が起きたという情報は自分には聞こえてこない。

2.若者が教会に来ない

 自分は、団塊の世代として、大学生が急に教会に来なくなった時代を眺めてきたつもりだ。我々の仲間が次々と教会を去って行った。若者が続かなかったということは自分達にも責任の一端はあると自戒する。高度成長時代に大学生になり、マスプロ教育に失望、さらにベトナム戦争や旧態依然とした大学経営に失望した学生は反乱を起こしたが、教会はそうした若者の悩みに答える事が出来なかった。多くの学生が教会を去ったという失敗に対して教会は無能であった。去る者後を追わずというのは上昇時にしかあてはまらない。そんな事態ではない。
 団塊の世代が学園紛争をはじめとする状況の変化に4年間まともな勉強ができず、社会の矛盾に悩んでいた。大学生が教会に行かなくなった事は、大学生の期待に教会が答えてこなかったことにもある。そうした若者の苦悩に答えるメッセージが聖書には多く含まれているにもかかわらずである。高度成長後のオイルショックに直面、団塊の世代は企業に入って必死に働いた結果、日本は見事に危機を乗り切り、経済大国になった。当時の大学生は、今のように世代人口の20%以下だったから、今日のように高校生の50%が大学に行く時代とは違う。今の方が大学生の数は遥かに多い。それでも教会に若者の足が向かない。一方、お隣の韓国は4人に一人がクリスチャンである。今の教会も、そうした新しい若者の動向にも対応せずだが、無関心とは言わない。むしろ苦しんでいる。

3.現実にどう向かうか

 東京神学大学で、長い間学長を務められた故松永希久夫先生のキリスト論を読んでみたが、そこにヒントがあるような気がした。先生はこうした教会の危機に対して、キリスト論、教会論を基盤にした教会形成ープラットフォームを呼びかけており、なるほどと思う所が多い。不振おの原因も垣間見える。
 松永先生は、近代以降、イエス理解が多様化する中でイエスを
①体制の否定者 改革者 =ローマ帝国ー政治経済の体制否定者、革命拠点としての教会形成
②社会福祉家 人道主義ヒューマニスト 自己犠牲ー社会福祉センター
という整理をし、これらは教会の本来の姿としては除外する印象がある。
 さらに結論としてあるべき姿である
③信仰告白にもとづく教会形成におけるイエス
 罪の贖い主 復活のイエスによって新しい命を与えられる。イエスキリストへの感謝と賛美による教会形成といった整理をされています。キリスト教の歴史が130年程度の日本ではそこに人々の理解が進むのは大変なことである。欧米でもキリスト教の神学が社会全体に受け入れられるまでに何世紀も要している。その間、大殺戮や戦争、宗教改革や疫病による社会崩壊の危機などを経ている。そこで今思うことだが、国家権力を持たない日本では個人の奮闘に頼るしかない。そのためには、

 教会の構成員である信徒が、イエスキリストの使徒として、福音書に描かれているように野に出て福音を述べ伝える努力をしなければならない。何も、職場で伝道しろと言っているのではない。自分がよりどころとしている福音をためらうことなく世に訴える、あるいは告白する機会はどこにでもある。家庭でもいいし、友人関係、されには自分がキリスト教徒であることを隠さずに、イエスの復活と聖霊の働きが世に存在し、それによって生きていることを周囲に分かってもらえればいいのである。そうした信徒の日常の戦いを牧師が知り、説教において応答していけば、礼拝はもっと聖霊の導きが豊かになる。言い換えれば情熱を伝えることができるし、感動をもって礼拝参加することができる。それができるならば、これまでの努力も花開くのではないかと思うのである。今は、木を見て森を見ず、葉を見て木が見えない。そして、一所懸命育てているが一向に実を結んでいない。それがプロテスタント諸教会である。

4カトリック

 カトリックの場合、ローマ教皇がすべての権能を持っており、そのメッセージは信徒の手の届かないところから発してくるが、全世界に張り巡らされているネットワークにより、その対応は驚くほど現実的である。そのメッセージも多くの信徒が直面している諸問題を逃さない。神父たちも礼拝においてはさらにわかりやすく噛み砕いた説教をする。昔、カトリックの説教はラテン語で行われ、信者は何を言っているのか理解出なかったが、その代わり、神父は信徒にじかに向かい合い、信徒の抱えている問題に取り組んできたのではないか。教育の世界を例にとれば、カトリックのミッションスクールは受験校が多く、有名校である。偏差値も高い。一方、プロテスタント系は人間教育を言い訳にして、学力というか、偏差値の向上に対して不熱心な学校が多い。カトリックの学校の大学受験成果は彼らの二千年の教会形成の成果でもあると思う。プロテスタント諸教会はこれからの教会のあり方に関して転換期を迎えているのではないか。日本のキリスト教主義学校は女子高に成功例が多い。これもヒントだ。

5.強みは女子教育と幼児ー今すべきこと

そのために何をすべきか。自分は教会生活のなかで、様々なプロテスタント教会の素晴らしい部分を見てきた。ひとつは子供、特に幼児の教育に熱心であったことだ。教会学校は大きな岐路に差し掛かっている。少子化によって地方都市の子供も教会学校の担い手になる若者が減少し、教会学校が廃止されている。子供が居なくなった訳ではない。少年サッカーや野球など隆盛である。しかし、女子のクラブなどは少ない。音楽や語学など女子のニーズを掴んでいくこと。又、日曜礼拝で子供も参加する礼拝や、礼拝中に幼児の世話をする仕組みも必要だ。世話人は礼拝に参加できないではないかと反論する向きもあろう。しかし、ブルートゥースのヘッドフォンで説教は聞けるし、4人いれば交代で幼児の担当をこなせば月に1回の不自由ですむ。要は子供を連れて礼拝に参加する仕組みを作れば良い。もうひとつは女性の強さだ。礼拝に来る信徒の7割が女性である。中高生などは全員が女子。キリスト教は女性の味方なのだ。
教会の会堂を使った音楽会も試みている教会も多い。礼拝に参加する人は少ないとぼやく向きもある。しかし、教会のコンサート行ったからといって礼拝に行くかどうか、それほど信仰への道は安易ではない。そんなことよりも、キリスト教会に好意を持ってくれる共感者が増えることが大事だ。野球場の観客で実際に毎週野球をする人など1%もいない。結婚式など教会に親しみを持つ人を増やすことが大事で、何も皆が礼拝に来ることを期待するのは思い込みが過ぎるのである。キリスト教会がより親しみの持てるような企画や試みを考えることが大切。今のキリスト教会はオリンピック選手ばかりを育成しようとして大きな基盤を失っている。先は女性を獲得するには何が必要かだ。女性の好きなものは育児からの解放、花などの美しいもの、背の高い外国人の男、音楽、お菓子、グルメだ。これらには目がない。嫌いなものは、暴力、議論、権力、金の無いチビハゲデブのオッサン。
キリスト教は世界に受け入れられるまでに多くの犠牲や戦争、先人の努力が積み重ねられてきた。酷い話だが8世紀、カール大帝はサクソン人をキリスト教にしようとしたが、拒否したもの4500人を殺戮した記録がある。一朝一夕ではない。ヨーロッパのキリスト教は国家権力によって定着した。福音を理解するには旧約聖書からイエス・キリストの受難や復活、使徒達の書簡なども学ぶ必要がある。南無阿弥陀仏といえば成仏というような仕組みではない。だからこそ、教会学校があるし、それはイスラム教も同じである。自分は日本のキリスト教復活の原点は幼児の教育に在ると思う。幼児に女性はつながる。日本にいる600万人のキリスト教に好感を持つ人々に提供するものは何かを考えるべきではないか。幼児と女性を味方につけることから日本のキリスト教は繁栄する。


# by katoujun2549 | 2019-05-03 02:35 | Comments(0)

ジュリアノジェンマ主演の1977年後期作品。ミケーレルーボ監督の名作である。マカロニウェスタンはニヒルで暴力的な主人公が登場し、周りの人物も褒められないタイプの人格で、たまに高潔な人物が出てくるとたいてい殺される。処女地を開いて新しい国を作った国アメリカの誇り高い西部劇とは正反対。
南軍の元兵士はマイケルと名乗っていた。彼は故郷へ戻る兵士ウイリーと旅を続けていたが、好青年ウイリーは冷酷な賞金稼ぎに殺される。南北戦争直後のミズーリ。伝説の早撃ちガンマン“カリフォルニア”は、軍のコック、マイケルだと身分を偽る。マイケルは彼の死を伝えるため、遺族の元を訪れる。ウイリーの姉ヘレンはマイケルを気に入り、ふたりはやがて結婚。しかし彼女は一味にさらわれてしまう。ヘレンを救うため、マイケルは一味に潜入する。南北戦争直後の荒廃したアメリカの開拓地が舞台。荒野の大自然と開拓地が興味深い。映像もハリウッド作品とは違うヨーロッパ的な美を感じる。インデアンは出てこないが悪党がゾロゾロ出てくる。ロケ地はアメリカの何処かではなくスペインで撮られた。荒廃した西部が舞台。賞金稼ぎの仲間にはいるまでの経緯が複雑でこれまでのアメリカ映画にはないドラマ性が興味をそそる。ガンプレーを期待していた人はこれが物足りないかも。クリントイーストウッドの後にジュリアノジェンマが出たのは気づかなかった。昨日の敵が急に味方になったり、ドライな人間関係がコミュニズムの影響を受けたマカロニウエスタンの特徴ではないか。ブルジョワ的なヒューマニズムを排除し、目的のためには手段を選ばない。正義とは何か。昨日の敵は今日の友。誘拐されたヘレンはついに見つかるが心を病んでしまう。ヘレンを誘拐した賞金稼ぎと壮絶な格闘に勝利し、二人は故郷に帰るが、最後のバトルがガンプレイではない。荒野の1ドル銀貨に始まるジェンマ作品との違い。荒野の用心棒に始まるクリントイーストウッド作品の後を次ぐ作品となった。

# by katoujun2549 | 2019-05-01 12:51 | Comments(0)
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4月18日(木)如水会館で剣道部のOB会が開催された。47年卒業の自分たちが幹事になって3年下の代までをメンバーに懇親会を行った。同期の仲間とは毎月のように集まるのだが、後輩や先輩たちにはなかなかお目にかかることが少ない。小松崎先輩の提案で4学年が毎年1年ずつづらしつつ一番上の学年が幹事になって年1回会合する企画で今年で13回目になる。卒業以来初めてお目にかかるOBもいて懐かしい集いとなった。来年は48年が幹事になり、51年までを集めた会を行う。当時、剣道は中学校の体育に取り入れられたり、赤胴鈴之助というTVドラマと漫画が人気だった。同期は27人が入部した。ところが90%が初心者で皆防具を持っていない。防具の数になるまで猛練習が行われ1年で半数になってしまった。さらに翌年の学園紛争で部活に疑問を持ち退部するものが続き、卒業時は11
人に減った。試合もなかなか勝てずに苦労した代だったが、団結心は強かった。そんな時に師範の交代があり、中倉先生が1月から着任となった。先生は週に2~3回稽古に来られ貴重な体験となった。内藤や自分が七段を取り、稽古を今でも続けるきっかけとなった。
# by katoujun2549 | 2019-04-26 09:17 | Comments(0)
自分の信仰の原点       加藤順

1972年大学卒業の直前、国立教会の宍戸牧師に導かれ、信仰告白した。就職後、市川の実家に帰ったので父が長老を務める牛込払方町教会に転会した。幼児洗礼は祖父が牧師をしていた福岡県田川市の日本キリスト教団田川教会であった。牛込に幼児のころ両親と最初に訪れた時の記憶は今も残っている。入試に失敗し、浪人をしていたとき、東神大の北森先生の講演に来ないかと父に誘われて久方ぶりに教会に行った。当時、小田兄と田坂兄、足立姉、青木さんご夫妻がおられた。東大の学生も磯、吉岡、篠原、鈴木、河野他6~7人いて独特の雰囲気だった。あの時から50年が過ぎたのだ。半世紀にわたる教会生活を原稿用紙4枚に書くのは自分の文章力では無理なので、あまり語ったことの無い信仰の出発点である祖父について書きたい。

 祖父米倉次吉は自分の信仰の出発点である。次吉が長崎の鎮西学院で洗礼を受けたのが1909年で、教師を勤めた後、2年後に関西学院の神学部に入学、伝道者としての道を目指した。彼はそこで出会った賀川豊彦の活動に参加した。神戸新川のスラムに入りイエス団という奉仕と伝道活動を行った賀川豊彦は関西学院の神学生だった祖父に影響を与え、その後の伝道活動の基盤となった。当時、祖父はイエス団を支え、スラム児童の世話に、また伝道によく奉仕した。イエス団は今日も社会福祉法人と学校法人として幼稚園、保育園など38の施設を持ち、神戸、大阪、京都など関西地区で活動している。その後、メソジスト教会牧師として九州各地を23年で巡回した。大分県臼杵で6年杵築では7年在任し、仏教王国の中で困難な農村伝道を行った。杵築は士族屋敷も残る封建的な土地であるが、山路を超え、徒歩で農村をまわり僻遠の地で「草の根」の信徒を訪ね、共に聖書を読み祈る伝道活動であった。農村神学校の活動も賀川氏の提唱する活動で、禁酒運動にも熱心であった。困難な中、田舎臭い祖父に導かれた人々と、家族の団結は彼の宝であった。祖父が受洗に導いた信徒は素晴らしい方がおられた。

 中でも、杵築中学で教鞭を取っていた澤正雄先生は祖父から導かれ、受洗した。彼はその後熊本の回春病院で救ライ活動で有名なエダ・ライト女史を支え、後に新宿高校、桜美林大で英語教師として活躍した。

祖父は1938年に福岡県直方、3年後に田川市と27年間炭坑町の牧師として奉職し、70才まで炭坑に働く人々の伝道活動に情熱を注いだ。祖父のひたむきな伝道への情熱には家族全体が軍隊の一小隊のように応援せざるを得なかった。交通も不便な時代で、どこへ行くのも徒歩であったから、祖父は根気良く賛美歌を詩吟にして歌いながら伝道した。母恭子はオルガニストとして女学校時代から礼拝を支え、母や他の姉妹も付属の幼稚園の先生になるべく、清和などのミッションスクールに行った。当時としては先進的な幼児教育を行っていた。長男の叔父、米倉充は九州大学の哲学科から、アメリカのドゥルー神学校に留学し、長崎の活水女学院や関西学院の教授を勤めた。79年に芥川賞を取った主婦作家、重兼房子さんも田川教会で祖父から受洗した。叔父も田川の実家に帰ると教会学校の教師もしていたから、まさに家中が祖父の伝道に巻き込まれていた。父が戦後復員し、三井鉱山の田川鉱業所に転勤し、祖父の教会に来るようになったが、その時母と結婚したのである。自分はその祖父の教会で昭和22年に生まれ、父の転勤で3才で上京し、千葉県市川市に住んだ。祖父が教団の仕事で上京して来たとき、高校生の時に九州に行くと、食事のときや、寝る前等普段は適当にやっていた自分に取って、いつも祈るよう要求された。困った記憶があるが、その体験が今の信仰生活にも生きている。父曰はこの田舎牧師の次吉をとても尊敬していた。だから、自分にとって聖職者はいつも貧乏で、世事に疎く、無私の存在で、クリスチャンというのは皆そのようになるもの、自分のような俗人は到底信仰生活は無理だと思っていた。自分にはそうした祖父のようなキリスト者は荷が重かった。

 自分は祖父の姿に疑問も持っていた。明治の男の特徴だろうか、妻や子供の迷惑は顧みない。大目標のためには祖父を支えた祖母やその家族は献身的に協力せざるを得なかったが、同時に田舎の炭坑町で戦争中の家族の苦難には無関心であった。戦争中に特高につきまとわれたこともある。祖母は牧師婦人として6人の家族と教会員の世話や雑務を支えたから、家族にとっては祖母は聖人であった。祖父は牧師という職業人ではあるが、善き家庭人ではなかっただろう。自分が信仰に入ったのは祖父のことから一歩距離を置くようになってからである。自分は生まれたときからイエス様の祝福を受けた幸いに長く気が付かなかった。

 田川教会には三井鉱山の幹部の家族も多く、田舎の社交クラブでもあったから、スマートな説教を望んでいる信者もいて、そうした信者の不満に悩んでいた。その万事につけて不器用ではあったし、都会の教会に招かれる事は無かった。叔父の充は次のような思い出を書いている。「いつも黙々と行動し、地味で目立つ事の無い人柄の彼は醇朴で正直な農村や鉱山の人々の間にいるときが最大の喜びであり、慰めであった。不思議な事にこのような人々から、いつも変わる事の無い尊敬と愛情を受けたが、これは田舎牧師の特権であり、天与の賜物であった。」祖父が牧師を引退した年齢に自分もなってしまった今日この頃である。父もそうであったが、信仰者として自分を見つめ直す時に思うのは祖父の思い出でである。



# by katoujun2549 | 2019-04-13 23:45 | Comments(0)
昨日、4月10日BSNHKで久しぶりに西部劇、「弾丸を噛め」を見た。1975年作品。リチャードブルックス監督作品で出演がジーンハックマン、キャンディスバーゲン、ジェームスコバーンと懐かしい俳優が揃っている。そのために予定を変更して見てしまった。結構素晴らしい内容に驚いた。最近 西部劇を見なくなって久しい
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最後に見たのはケビンコスナーのダンス・ウイズ・ウルブスくらい。これは1991年作だからもう28年も前。最近は西部開拓のデカプリオ主演のレヴェナント蘇りし者2016年があったがこれは見ていない。西部劇というとインデアンと騎兵隊が定番だったが、アメリカでは開拓時代はインデアンをホロコーストしようとした犯罪的行為が明らかになり、国内ではインデアンが登場する映画は作られなくなった。人種差別問題になるのだろう。そのせいか、西部劇はめったに見られなくなった。この「弾丸を噛め」というのは妙な邦題だが、原題Bite the bullet を直訳したから馴染みのない題名になってしまった。この作品は1981年テレ朝の日曜映画劇場でもテレビ放映されている。あまり話題になっていなと思うが割と地味なストーリー展開だからかもしれない。インデアンも戦争も、保安官や騎兵隊も出ない。

西部劇の面白さは、アメリカの大自然の美しさ、過酷さの中で、繰り広げられるフロンティアスピリットだ。ガンプレイや馬の疾走も見もの。南北戦争が終わり、その生々しい記憶が残っている時代から、さらに米西戦争を経た20世紀初頭のアメリカ。既に大陸横断鉄道がかなり敷設されている。セオドアルーズベルトも話題に登場する。西部劇としては幌馬車とか、シェーンより後だろう。既にサクラメントまでの大陸横断鉄道は開通していた。

物語は1906年ウエスタンプレス新聞社が開催した2000万ドルの賞金をかけた西部横断レースが舞台である。このレースに参加した個性ある連中が味のある演技を見せている。乱暴に動物を扱う青年を演じたジャンマイケルビンセントが無名の頃だが光る個性を見せている。彼は2年前に亡くなった。キャンディスバーゲンは大女優だが、今はデブのおばさんのようだ。昔の生きの良いネーチャンぶりと美しい顔立ちが懐かしい。戦争のはらわたで印象の深いジェームスコバーンも故人となったがジーンハックマンは今も89歳でお元気。
リチャードブルックスは大監督で1992年に79歳で亡くなっている。十字砲火、熱いトタン屋根の猫、カラマーゾフの兄弟などの文芸者が得意。1985年ギャンブラーが最後の作品。これだけの名俳優が絶頂の時に揃ったのは彼ならではのことだろう。おかげでギャラだけでも相当だったろうし、大規模なロケでコストがかかりすぎとの評もある。しかし、アメリカの森林や砂漠、山の中で展開される野趣あふれる競争劇は見る者を飽きさせない。特に馬の好きは人は人馬一体となったレースの過酷さに目を奪われる。途中で力つきる馬、足を怪我して射殺される馬、砂漠を横断するため汗が塩となって馬の体が白く粉を吹く姿など臨場感があふれていて見る者を引き込む。
馬による横断レースという単純な物語に、男の友情、女の浅はかさ、囚人との戦いなど様々な意外な展開に物語に引き込まれる。最後にコバーンとハックマンの男の友情が素晴らしい結末として描かれ爽やかな終わり方であった。

# by katoujun2549 | 2019-04-11 16:52 | Comments(0)
最高のテノール:マリオ・デル・モナコ
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かつてパバロッテイが存命のころ、三大テノールの音楽会が催され、多くの聴衆に感銘を与えたが、ドミンゴもカレイラスも及ばない名歌手としてマリオ・デル・モナコを知る人は少なくなった。ソプラノのマリアカラスに匹敵するテノールの名歌手であった。彼の声量と澄んだ声の質は黄金のトランペットと言われた。伝説も多かった。彼は飛行機が苦手で、海外公演は船でいき、飛行機では行かなかった。日本にも1959年にイタリア歌劇団とオテロや道化師を演じ、聴衆は総立ちであった。当時はカラーテレビがなかったのが残念だったが、白黒でNHKが中継した。母親と一緒にオテロを堪能したのが思い出に残っている。モナコの絶頂期であった。道化師の名演技のみならず、トスカのRecondita Armoniaも凄い。マリアカラスも1974年に来日したが、すでにピークを過ぎた感じがあり気の毒な思いで聞いた人はいたのではないだろうか。幸いなことに、モナコの歌声も絶頂期のマリアカラスもyou-tubeで聞くことができる。Mario Del Monaco last film in interview で1978年の晩年の姿を写したものも見ることができる。彼の凄さは引退の直前まで衰えをみせなかったことであった。1982年に心筋梗塞でこの世を去った。マリアカラスとデルモナコの共演は舞台では幾つかあり、売り出し前の1951年メキシコでの「アイーダ」、1955年ヴォットー指揮ミラノ・スカラ座での「ノルマ」等などあります。アンドレアシニエでも共演したとWebのQ&Aに出ていました。録音は二人の専属レコード会社が違うので共演したものが無いのだそうで、残念です。


# by katoujun2549 | 2019-03-29 21:49 | Comments(0)
1.カルト集団に乗っ取られたドイツは崩壊した

国家というのは個性がある。歴史を背負っているのだが、それ以上に誰が国家権力を握っているかが国家の命運を握る。ナチスドイツというヒトラー率いるカルト集団にドイツという新興国家が乗っ取られてしまったことが悲劇の始まりであった。
ドイツは長い間領邦国家の集合であったが、プロイセンという辺境国がドイツを統一、ホーエンツォルレン家が支配した。ところが、この国の国王は戦争好きでビスマルクという優秀な政治家を使って産業革命を進展させ、近代化を図った。近代化と軍事は一体であった。日本の長州が政権を握り明治時代を支配したのに似ている。というより、日本はプロイセンを参考に国家形成を図った。ところが、この体制は第一次世界大戦で大失敗する。カイザーウイルヘルム二世は亡命し、国家は新しい理念を模索した。ワイマール共和国は民主主義国家であり、議会制を尊重する現代人から見て理想的な体制であったが、敗戦の賠償やインフレ、世界恐慌といった大きな変化に対応できず、国民はより強力な指導力を求めた。社会主義であった。そこで、共産主義か、ドイツ社会主義民主党ーナチスかを決定することになる。これらは国家統一には不充分であった。1933年、国会議事堂が放火され、ナチスは共産党を危険集団として宣伝、ロシアの恐怖政治を背景に反対勢力であった共産党を壊滅に導いた。そこに第三帝国を標榜するヒトラーの独裁が始まった。ところがこのナチスというのはとんでもないカルトであり、狡猾な暴力集団であった。ナチスは民族主義によって帝国を統一しようとした。そこで始まったのがユダヤ人の弾圧であった。少数民族の差別化、ハンデイを負う人々の排撃であり、巧妙な弾圧の仕組みを作った。ユダヤ人の排除だけにとどまらず、ロマ、身体障害者、精神障害者、同性愛者などを排除し、アーリア人という定義のもと、ヒトラーに忠誠を誓う統一国家を1年ほどで達成してしまった。プロイセンという辺境国家がドイツを支配したように、ミュンヘンから生まれたカルト集団がドイツを統一し、第三帝国として再び破滅の道に向かった。初期のナチスの経済政策は成功したように見えた。しかし、それは民族差別やメフォ債券の発行による見せかけの繁栄であった。では、独裁国家は常にそのような道をたどるかと言えばそうでもない。トルコ、スペインなどはそうはならなかった。

2, トランプは独裁者ではない

アメリカの民主主義は英仏などのヨーロッパとは異なるが、広大な国土と多民族の共同体を統治するための仕組みが特徴である。資本主義と市場経済の権化のような国家であり、強力な権限を握る大統領を選挙で選ぶ。宗教や言論の自由、権利の平等、人権の尊重が国家原理である。アメリカの大統領としてマスコミと対決したトランプは珍しい大統領。アメリカの民主主義はマスコミが支配してきた。トランプは民主党政権の批判や国民の不信をエネルギーに民主党のヒラリーを抑えて大統領になった。民主主義国家として日本と異なるのは公約の実行に関して厳しい評価があり、利益集団の代表のような日本の総理大臣とはまったく違う。イラン制裁解除、シリア派兵、アフガニスタン進駐など、民主党の妥協を重ねる外交には国民はうんざりしていた。オバマ大統領は貿易赤字、北朝鮮の核に対しても無策であった。違法移民に対する壁の建設は民主党の反対で頓挫している。世界中に軍を派遣してきたアメリカは財政的にも方針を変えなければならない。イラクの派兵はそもそも、間違いであったが、フセイン政権の後継を育てることにオバマ元大統領は失敗し、ISISの台頭を招いてしまった。CNNやアメリカのマスコミがトランプを叩いてもアメリカの各州は三分の二がトランプ支持である。トランプの公約には人権、民族問題に関して極端な内容があり、当初物議をかもしたが、アメリカ人の素直な期待を代弁し、今、トランプは公約の実行においてはオバマ政権より熱心であり、アメリカ人の評価は高い。彼が2期目に再選される確率は高い。アメリカの嫌う独裁国家、社会主義は自由を拘束し、全体主義の種である。
多民族国家アメリカは広大な国土と異なる文化の集合であり、マスメディアの果たす役割は大きい。トランプも対決することでマスメディアを活用してきた。トランプ自身テレビタレントだったのだ。今のCNNなどとの対決姿勢は主導権争いである。
これまでの大統領と異なるのは親トランプのマスメディアを持ち、ツイッターも活用して発信することである。東洋経済ON Lineによるとアメリカでは現在保守派メディアの再編が起きている。「ウィークリー・スタンダード」のような、これまで保守主義に多大な影響を持つ論壇誌がつぶれ、新興の「アメリカンアフェアーズ」今まで隠れたようなCRBのようん論壇誌が注目を浴びている。保守派メディアとして影響力を振るってきたFOXテレビや伝統的保守派雑誌「ナショナルレビュー」も一種の転向を遂げてトランプに擦り寄っている。これら旧来の保守メディア大御所は、かつてはトランプを「保守」とは認めていなかったが、今はトランプ支持者らに見捨てられるのを恐れている。」トランプの人気は日本のマスコミが思う以上に高い。
 アメリカ合衆国のマスメディアはユダヤ系である。アメリカのイスラエル寄りの政策の理由はそこにあり、イスラエルとの結び付きはトランプ以降急速に強化された。アメリカにおけるマスメディアは大統領と世論形成に関する激しい主導権争いが繰り広げている。強力な権限のある大統領が独裁者にならないのはマスメディアがパワーを持っているからだ。先日トランプはゴラン高原のイスラエル領有を認めた。

3.独裁国家は生き残れるかーAI社会主義が始まった

中国は共産党の一党独裁国家である。市場経済と共産党の一党独裁を並行させ、経済発展を計ってきた。共産主義の統制経済の弱点は分配のメカニズムがニーズとマッチしないことである。自動車や化粧品、高級食材などは今も中国は苦手な商品である。鉄鋼や部品等の製造物もダンピング的な大量商品供給でアメリカの顰蹙を買っており米中貿易摩擦の火種である。14億の人口と広大な国土と多様な民族を統治するためには強権が必要というのが中国の支配原理である。中国は急速にIT大国になった。HUAWEI に対するアメリカの警戒に代表されるが、情報通信分野では今後も世界中で摩擦を起こすだろう。しかし、中国は国家や経済の支配原理としてAIを活用し、国家の原理に組み込む世界史になかった試みを始めている。ビッグデータや人工知能による国民の管理と、分配の機能を権力の中心に据えて国家権力を掌握、共産党の支配を貫徹しようとしてきた。富の再分配という機能をテクノロジーで達成しようとする。共産主義と市場経済の共存をベトナムも挑戦している。北朝鮮も将来的には目指したいのだろう。イラクのフセインやリビアのカダフィは失敗したがその反省をもとに独裁国家は生き残りをかけた自己主張を続けるだろう。崩壊した独裁国と今の北朝鮮や中国、ロシアの違いは、ITを活用した情報統制であり、国家をあげてのハッキングや情報通信の権力的な発動である。日本のビットコイン、コインチェックは北朝鮮のハッキングによって55国連の報告で550億円もの流出をした。日本が北朝鮮の核開発を結果的に推進してしまった。アメリカの大統領選挙ではフェイスブック等の世論形成に介入、中国はHUAWEI を使って世界の情報基盤を制覇しようとするだろう。資本主義の情報公開や言論の自由は資本主義の根幹であるが障壁でもある。それを制御されたらどうなるか、独裁国家が目指しているのは新しい国家発展の形である。それが国民に幸せをもたらすかどうかは別である。AI社会主義による国家管理が市場経済と結びつき、国民を統制し、分配を管理することができるかである。経済の根幹は人の心にある。それはまるでバベルの塔のような試みでいつかは瓦解するはずであると思うのだが。

# by katoujun2549 | 2019-03-21 13:43 | Comments(0)
北朝鮮はアメリカがシンガポールでトランプが交渉の場に出てきたのは当に核兵器のお影と自信を持った。ところが、ハノイではアメリカの核廃棄に対する厳しい姿勢に面食らった。アメリカと北朝鮮の格の違いを見せつけた。これを糊塗しようと、外務次官の記者会見で、アメリカが北の提案を受け入れなかったことに関する一方的な弁解をした。
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本来、事務折衝の中で認識の違いを整理しなければならないのだが、北も、アメリカもトップ会談で議論の対象としての廃棄すべき核施設の範囲と解除すべき生死の範囲に認識の違いがあったことが、最期まで整理できなかった。金正恩としてはロシア疑惑や、顧問弁護士の証言に揺れるトランプを甘く見ていたのかもしれない。北の外務次官の崔とアメリカの強硬派ボルトンの正面衝突という形で会談は壁にぶつかった。しかし、これは当初から予想されたことであり、トランプは今回合意に至るとは思っていなかっただろう。北は隠蔽していた施設もアメリカが対象にしているとは思わなかった。北は核とミサイルにからんだ国連制裁がこれまでの制裁に加えられたことで苦しんでいるので、これらを制裁の一部として段階的に解除してもらいたかった。アメリカはこれを解除したら今までの制裁が必ずしも機能してこなかったのだから、国連制裁を解除すれば元の木阿弥て全面解除に結果的には等しいと見た。安部総理はトランプに北の裏表のある手口について助言をしている。核施設やロケット工場を稼働させている彼らのごまかしも止めることができない。核実験やミサイルの試射を抑えるにとどまるなら経済制裁は3年前に戻るだけであろう。今回韓国の文の助言や調整がないまま、アメリカは2月末を迎えてしまった。

 北朝鮮は、今なお核兵器もミサイルも開発を継続している。制裁解除は得られなかったが現実はそう甘くないこともわかっていたろう。トランプはアメリカの制裁継続や核廃棄要求を継続すれば良いだけ。現状と変わらない。北の要求に安易に応じなかったと国内にもアピールできる。相変わらず平行線の現状と要求の認識違いが確認されただけだが、3回目のの会談が可能なまま互に引いた。そのお情けが、米韓合同演習の中止である。金の周囲には軍や核開発によって安泰でいられる利害関係人が多くいるから、金正恩も全てを掌握しているわけでもない。その核交渉の担当代表崔 善姫外務次官。彼女はある意味においては貧乏くじ。失敗の可能性の高い交渉を担わされている。なんとなく、貧相な風貌の理由がそこにあるのだろう。彼女は北では名門の出だし語学も堪能、有能で金の信頼度も高い。記者会見を仕切っていた。
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一方、戦争をしてでも北の核を廃棄したいのがボルトン。トランプの本音としては子供のような金に振り回されたくはない。これまでの大統領のように騙されはしないぞと格の違いを見せつけたのである。ポンペオとボルトンでトランプが暴走しないよう役割を分担した。だから、トランプの記者会見はポンペオとの二人三脚になった。


# by katoujun2549 | 2019-03-06 19:33 | Comments(0)
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アップルウォッチ4を手に入れました。実は1月に夜中にトイレに行こうとして転倒し、頭を柱に打ち付け、昏倒してしまった。長男が心配して、アップルウォッチを買って、身に付けてくれという。手につけ、ディスプレイを色々変えたり、様々な機能
を楽しみ、使ってみた。転倒して動けなくなると、然るべき人に通報する仕組みも。1日の使用カロリーなども表示される。電話も可能だが、小さいので1回長男と交信したのみ。転んだり、倒れたときに自動で状況を判断し、救急に連絡をしてくれる機能を搭載している。ユーザーが転倒したことを検知すると、画面上に転倒したことを確認するメッセージが表示され、そのまま反応せずにいると1分後に救急に自動通報してくれるのだ。3と4が出ている。違いはCPUの能力で、倍になり、かつデザインやサイズが新しくなった。厚みも薄く、装着しやすい。しかし価格も4万円近く安く、自分にはアップルウォッチ3で充分。長男の好意に感謝。

「大げさな……」と感じる人もいるかもしれないが、さまざまな理由で転倒したり、事故に遭うリスクは誰にでもある。そのため、いざというときに「Apple Watch Series 4」を着用していれば、命が救われる可能性があるのだ。いまのところ筆者は、実際に試すようなケースに見舞われてはいないが、日々、着用するだけで安心感を得られている。


# by katoujun2549 | 2019-03-04 16:12 | Comments(0)

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YouTubeでバロックの演奏をサーチしていたら、トランペットの名手Alison Balsom アリソン バルサムが出てくる。

美人女性トランペット奏者であり、実力も凄い。バロックや古典からモダンまでこなして、ロンドンの毎年の音楽祭、プリムスにも出演している。パリ音楽院を卒業、気さくに様々な演奏家と共演した。世界には天が二物も三物も与えられ人材がいる。

彼女は古楽器のトランペットから、コルネットのような高音の出るものまで、3種くらいを自在に扱っている。

スタイルの良さと美形の顔だちも評価すると無敵なのだ。日本でいえば、松下奈穂さんが、ピアノの上手な女優さんとファッションの良さで輝くが、更に演奏家としてトップであることが、アリソンの凄いところ。下の写真は古楽器のトランペット。右端の女性がアリソン。彼女はイギリスの音楽祭、プロムスの常連出演者。トランペットはバロック音楽の主役。AlisonBalsom-trumpet というYouTubeで彼女の演奏とバロックトランペットを堪能できる。

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# by katoujun2549 | 2019-03-03 02:21 | Comments(0)
 堺屋太一さんが先日83歳で亡くなられた。今となっては人口論や、世代論は月並みだが、堺屋太一さんが早くから今日の少子高齢社会を予測した「団塊の世代」はベストセラーとなった。1970年代オイルショックからの再生に苦しんでいた経済を前に、昭和22年から30年までの間に生まれた世代に着目し、この層を中心に時代が変化したことを示した。堺屋さんは危機感と、新しい時代を生むエネルギーに期待した。しかし、実は何も生まなかったのである。堺屋太一さんの死は団塊の世代への明るい期待の終焉を意味するのではないか。我々の次の世代は年金勝ち逃げ世代として冷ややかに見ている。

堺屋さんはいつも未来を見つめていた。それに対し、我々の父親の世代を中心に未来を築いた人々が城山三郎であった。我々団塊の世代は城山三郎の教訓を背に、堺屋太一の未来に向かって進んだはずだが、実はバブルやリーマンショックから生き残ることで終わってしまった。何も残していない。

近年、国も社会も変なことが多い。野田の小学生虐待、統計の誤魔化し、レオパレス21の手抜きといったマスコミに出る以前に一体日本という国に何が起き、始まっているのか?一言で言うと劣化だが、無責任な概念だと思う。変化も劣化も必ず起きるが、何も仕組みが機能しないから事故も起きている。野田の児童保護職員は父親が脅して来た時に何故警察を呼ばなかったのか?こんなにデタラメな世の中を作ってしまったのか。我々団塊の世代に責任があるかもしれない。親の代は戦後の復興を目指し、懸命に生きていたようだ。我々は何を残してこの世を去っていくのか。


社会を形成するための哲学やビジョンが無かった。ガタガタになった社会を子供たちに残してしまったのかもしれない。子供たちが安心して成長する街づくりが出来ていない。学童クラブや習いごとで忙しい。今公園をみても遊んでいる子供を見ない。レオパレスアパートは中野にいると至るところにある。本社は家から5分のところ。レオパレスは我々の世代が作ったのではないか。あの手抜きはビジネスモデル転じて詐欺に近い。作り手も指示どおり作りましたと言いたいが、断熱材が入らない家を作って平気。手抜きの安アパートにレオパレスではないが、我々の孫が受けた児童虐待、オリンピックに何で予算オーバーを許すのか?誰が責任者か分からない。統計のインチキも理由がわからない。最初に仕組んだのは誰だ、発見した人を攻めても仕方がない。あの頃我々が現役ではなかったか。団塊の世代が残したものはどこか変。重要な法律が議論も無く通ってしまう。小泉も菅直人も、鳩山も同世代。都知事小池百合子とか名古屋市長の河村たかしも団塊世代。競争社会に生きてきたせいか。哲学はないが機を見るに敏だ。鈴木宗男もそうだ。彼らが引き継いで今の政権がある。同世代の政治家は他に舛添要一、田中眞紀子。安部首相は次の世代、嘘つきのリーダーに相応しいデタラメ情報。日本がどうなろうと、選挙で勝てば良いのか、小選挙区制も我々の世代が作ったようなもの。後の世で後ろ指を指されるかも。

今回の野田の事件は何とも悲しい。言葉にならない。昔に比べて今増えているのかどうかは知る術がないが、家庭内暴力というのはいつの時代も洋の東西を問わずあったし今もある。世界中にありドイツでは子供の虐待死は日本の3倍だという。野田の事件はサイコパスの父親が一線を越えてしまった。これは「病気」が原因だから隔離する以外に防ぐ方法がない(ドイツは親権ではなく子供の権利を最優先に厳しく隔離するようだ)。瞬間湯沸かし器のマスコミが今原因を並べ立てても直ぐに萎んでしまう。やはり、平凡な言い方だが、警察等を含む行政が如何に厳格に手だてを講じるかにかかっている。福祉医療機構が子供シェルターのNPO向けセミナーを開催している。

自制心の劣化は環境変化がもたらしたものでしょう。つまり、核家族化、終身雇用制度の終焉、グローバル化による収入格差、小売店消滅・シャッター街化(スーパー→コンビニ→アマゾン)でなどなど様々な人間を取巻く物理的環境の変化が個々人、特に若い世代で精神の化学反応(不満、不安)を生み自制心の劣化に大きな影響を与えていることは間違いない。AI,IOTによってこの傾向に拍車がかかる。昔は正義感ぶった朝日や地上波が疑似北朝鮮の如くそれなりの秩序を守る役割を果たしていたが、正偽混濁した情報が溢れる中、この一線は越えてはならないという精神の基準がなくなったことが原因。大企業でも検査不正が多かった。この1年、日産、神戸製鋼、東レといった大企業も例外ではなかった。

外資では「ない」とはいえないが日本企業に比べると圧倒的に少ない。これは、やはりコンプラとか内部監査意識が終身雇用ではない外資では効くことの証明。日本企業で未だに多発するのは、転職がし難いという雇用環境のなか将来の雇用に安心感を生む「終身雇用」へのむなしい期待心が残っている証拠。

# by katoujun2549 | 2019-02-11 12:36 | Comments(0)
韓国で、今日のような「反日感情」が生まれたのは戦後のことである。初代大統領、李承晩(イ・スンマン)が史実を捻じ曲げ、反日歴史観を国民に強制したことが大きい。(夕刊フジ)

 彼が歴史を歪曲(わいきょく)した理由は3つある。産経ニュースよると、

 1つは、「政権の正当性」の確保だ。本来、日本から独立するなら、日本と併合条約を締結した大韓帝国が復活すべきである。だが、戦後最高権力を握った李承晩氏は李王朝の復活を許さず、韓国は共和国となった。そのままでは「朝廷への謀反」となるため、つじつまを合わせるべく歴史を改竄(かいざん)する必要があったとされる。

 2つ目は、国民の「日本時代への郷愁」を断ち切ることだ。

 戦後、日本と分断された韓国は世界の最貧国へ没落し、日本時代を懐かしむ雰囲気が国中にあふれていた。日本時代が「地獄」だったことにしなければ、新政権の存在意義が薄らいでしまう。

 3つ目は、朝鮮戦争前後の李政権による自国民虐殺事件を糊塗(こと=取り繕う)するためだ。

 1948年に済州島で発生した「四・三事件」では、3万人近くの罪のない民間人が共産ゲリラ幇助(ほうじょ)の疑いで、政府軍に虐殺された。朝鮮戦争が始まると、左翼からの転向者を再教育するために組織した「保導連盟」の加入者を「敵性分子」として虐殺した。少なくとも10万人以上が殺されたという説もある。さらに、北朝鮮ゲリラ討伐の過程で、全羅道や慶尚道の山村では、女子供を多数含む民間人を「共産ゲリラ協力者」と見なして数百人から千人単位で虐殺している。

もうひとつのルーツはアメリカである。アメリカの戦略空軍のリーダー、ルメイは太平洋戦争の戦略爆撃の責任者だ。朝鮮戦争で朝鮮国民の20%が犠牲となったことを認めている。共産主義との戦いでやむを得なかったと正当化している。アメリカはこの犠牲の張本人となることを避けるためにも、戦前の日本人の支配を捏造し、憎悪を日本に向けることに積極的だった。元々、戦前では独立を願う気運もあったが日本への憎悪は無かった。独立を願いつつ日本と一体となって多くの軍人や民衆が日本に協力した。戦後の李承晩の政策とアメリカの戦略支援とが合間って韓国の世論としての反日が完成し、その象徴が竹島と慰安婦、徴用工問題の捏造なのである。

こうした背景もあるが、今回のレーダー照射は異質の事件。文政権は北朝鮮のエージェントと化している以上に軍内部では北との連携こそ、自らの安寧につながることと思い込んでいるし、軍こそ親北の張本人だということだ。文在寅が軍に対して絶大な権限を持っているとは思えない。彼の立場は軍の意向に逆らえば、命も危うい。韓国には反共機関。KCI Aがあったが、今は廃止され国家情報院となっている。文在寅政権が誕生後、詳しい日時は不明なものの、国家情報院において徐薫国情院長から「北朝鮮に対する一切の工作活動を禁止する」と命令されたという。今は逆に北ともつながっている。大統領も逆らえない権力構造があるとは思えない。しかし、軍を今の大統領は把握しているのだろうか、軍んを把握するには人事からであるが、1年では無理である。反日教育が世代を超えて韓国軍に浸透している。アメリカは韓国が北朝鮮と通じて国益に反する行為にどう対応するだろうか?

# by katoujun2549 | 2019-02-06 10:44 | Comments(0)
野田市で起きれた10歳の小学生虐待死事件では、関係者の教育委員会、児童相談所、小学校などが批判の対象とされている。栗原容疑者の妻も共犯者として逮捕されてしまった。アンケートの写しを栗原容疑者の手に渡してしまったことが、虐待を加速させたことも想像できる。マスコミでは正しく対応していれば救えた命という通説が横行している。共犯者となってしまった妻からは壮絶なDVの状況も伺え、彼女を擁護する声も多い。野田市教育委員会は針の筵であろう。非常識且つ想像力を欠いた容疑者への対応が事件を加速させたことは非難に値するし、野田市のHPでは市長がお詫びの声明を出している。いったい誰に向けてなのか。亡くなった子供に対してだろうか、失われた命は戻らない。しかし、この事件の異常性が報道されるが栗原容疑者の実像がほとんど伝わってこない。一般的には児童虐待の場合、被害者は父親とは血縁のない配偶者の連れ子であることが多い。ところが今回は実子なのだ。ここに事件の異常性が見える。事件は一人のサイコパスに周囲が騙され、振り回されたのだ。精神異常者というのは一見して分かるものではなく、異常者は正常を装い、周囲をだまし、目的を達成しようとするからだ。

Wikipedia によるとサイコパスに次の説明がある

オックスフォード大学の心理学専門家ケヴィン・ダットンによると、サイコパスの主な特徴は、極端な冷酷さ・無慈悲・エゴイズム・感情の欠如・結果至上主義、である[1]。現状では、チェックリストのみが診断基準であるので医学的にサイコパスと同じ状態であっても反社会性がなければサイコパスとはならない。反社会性などの診断基準を満たす者は幼少期からの素行問題など行動面の異常を示すことが多い[2]

日本国の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第5条に、「この法律で『精神障害者』とは、統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう」と定義され、精神障害者に該当しつつ、保護の対象者と成る事を法的に認めているが、必ずしも全てが該当するとも言えず、時代相応の医学(科学)的な診断結果に基づいて判断される。

サイコパスの主な特徴は、極端な冷酷さ・無慈悲エゴイズム・感情の欠如・結果至上主義、であり、サイコパスの人間の大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者であるとされている。

しかし中程度以下のサイコパスであれば、社会的成功を収めることも多いとされている。サイコパスはその定義上、悪人とされる[3]。そして彼らが悪事に手を染める理由にはありとあらゆるものがあるとイェール大学の心理学専門家ポール・ブルームは断定している[3]


加害者の父親は日常、職場などでは真面目で異常性を感じさせない人物だったという。この二重性をどう説明するかである。彼は周囲を騙し、自身も被害者と思い込んでいるかもしれない。あきらかに、サイコパス、精神異常なのだ。ところが、これを警察は認めたくない。裁判にも影響するからだ。このことは裁判まで世の中に公表されないかもしれない。弁護側は栗原容疑者の精神異常を減刑の論拠にするだろう。しかし、犯罪にまで至る正常な感覚の喪失を警察は認めたくない。日本では精神病に対するハードルが高い。

しかし、マスコミがこのサイコパスの問題触れようとしないとうことは不可解。これからも同様の事件は起きるだろう。サイコパスという人物の知識がなさすぎる。栗原容疑者の執拗な子供会の執着。自己正当化、そしてDV。どう見ても異常だ。教育委員会も、児童相談所も彼がそのような人物だということが全ての原因であることを見抜けなかったことこそ問題なのである。

# by katoujun2549 | 2019-02-05 11:17 | Comments(0)

大坂なおみ、凄い!

126日の全豪オープンの大坂なおみ対クビトワの決勝戦は素晴らしい戦いだった。第1セットのタイブレークに勝ち、第2セットでのクビトワの逆転、そこから切り替えて、クビトワの追撃を振り切り、大坂なおみの絶妙なリターンが決まり、最後は鋭いサービス、優勝を日本人の皆が胸のすく思いで見たに違いない。ハイチ人の父親と日本人の母親の間に生まれて、アメリカでテニス修行したが、日本人としてのアイデンティティを求めている姿が健気。日韓関係の悪化、日露交渉の不調、皇室の縁談トラブルなど、ロクな話題が無い中、嬉しい衝撃が日本を駆け抜けた。サッカーアジアカップも是非勝って意気消沈気味の日本に活を入れて欲しい。方やクビトワ選手はウィンブルドンを二回も制し、手の障害を乗り越えての決勝進出で、流石に勝負への並々ならぬ執念を見せた。偉大な選手である。大坂が3セット目に5ポイント取っても全く予断を許さない。しかし、ここでは気持ちを奮い立たせた大坂に勝利はやってきた。気力のぶつかり合い。見応えある試合だった。大坂は日本人には無い恵まれた体格と、抜群のセンスで、しかも21才と若い。コーチ陣も優秀だから、これから、何処までのびるか分からない。アメリカでは無名の頃、見向きされず、日本の吉田コーチやヨネックス、連盟が彼女を逸材として注目し、ここで開花した。日本の大坂なおみなのである。日本語が苦手だが、懸命に表現しようとするところが共感を招いたし、英語のコミニュケーション能力は問題無いから、コーチ陣や世界での自己主張も上手だ。アメリカ人からむしろ、変な英語と言われても、そんなやっかみは放っておけば良い。


大坂なおみがテニスを始めたのは幼児のころで英才教育を受けたとはいえ、21歳で全米全豪2タイトルを取ることは並々のことではない。サーシャコーチの存在は大きいが躍進の秘訣はその背後のスタッフの存在も大きい。スポーツの場合監督コーチの選手に対する個人指導が行われる。しかも、大坂の場合恐らくメインは4人だが10人は関わっているだろう。様々な角度から専門家が大坂に目標を与え、客観的科学的に指導し彼女もそれに答えていく。この2年ほどで大躍進した秘密はそのスタッフの能力におうところも大きい。

剣道の場合、個人指導は殆ど行われない。一流選手になってはじめて監督やコーチ、同僚が助言指導するが、一般には選手の個人的な努力に負うところが大きい。野球やテニスのようなプロスポーツはその辺りがシステマティックである。では、剣道ではそのようなことを普通の人はできないのだろうか。一流選手や高段者は似たような環境を自分で作っている。周囲がシステムとしてその選手を集中的に指導するのではなく、自分を中心として環境を作らなければならない。道場の師範、仲間、他道場や自分を評価する友人、家族などで構築している。


小室圭さんの手紙がマスコミに渡り、公開され、当事者の母親の婚約者から反論が出た以上トラブルになる。問題は更に拗れた。そもそも、真子様が学習院に行かず、ICUに入学した時からこのリスクはあったから、秋篠宮も小室さんをとやかく言いにくい。普通の家庭なら、何とか世間に知られずに済むことも皇族ともなれば、そうはいかない。一般人の小室さんの家庭の事情があからさまになってしまった。

貧乏を知らない真子様の世間知らずが招いた混乱、真子さんが諦めれば良いのだが、そうはなっていない。恋愛関係にあるから困る。辛いのは真子様。しかも、圭君はどこまで本気か分からない。俗物の自分の想像では小室圭さんは嫌気がさしているはず。とんでもない大物を釣り上げてしまったジゴロ釣り師といったところ。もう、釣り上げるのは諦め、糸を切りたいのが本音だろう。この際、愛はあるんか?と問うた上で、何とか、結婚させてあげたい。嫌になれば離婚も良い。家柄だとか、姑がウザいとか言わず、圭君は普通以上の能力があるんだし、真子さんも打算より愛があるみたいだから。小林よしのり氏は400万円なら、自分が買おうとした自動車を諦め、小室さんにあげたいと言っている。前沢はどう?400万円何ぞ耳垢見たいなもの。圭君は、誰か助けてくださいとは言いにくい。母親の婚約者は金が返ってくるのなら黙る。皇室を自分の権威に利用したい人は不本意だろうが。

驚くべきは小室さんの上昇志向。真子さんからアプローチされたにせよ戸惑うか遠慮するのが普通の感覚。一般的には恵まれた東京三菱UFJの丸の内支店勤務に飽きたらない。真子さんの婚約者として銀行員では不足だったのか。銀行には未来がないと見たなら優秀。大学院卒業と国際弁護士というポジションで未来を切り開こうとした。これも大したものだが、これは婚約発表された後、パラリーガルをしていた法律事務所の助言と支援で決めた進路。無事アメリカの弁護士資格を得て渉外弁護士を目指すのだろう。ただ、未来の保証はない。返済不要の奨学金を得て留学できたのも大したものだが、生活費は事務所に返済しなければならない。また借金が増えた。

婚約者は何をしたいか分からん人だが、小室さんの皇室との縁談になってはじめて表沙汰にした愚痴だろう。一方、発表された文書から垣間見る図々しい母子家庭特有の態度。父親が不幸にも自殺という不運に、多分周囲の同情を得て生活してきたのだろう。「世間」に不義理を重ねて暮してきた。

同情すべきは女一人であそこまで圭君を育てる苦労。親族や友人の支援を得、そうした支援者の好意のストックを使い果たしたか。婚約者はいいタマだった。このトラブルは親の関係だが、圭さんが原因の要素でもある。あの二人は支援者に感謝の気持ちをいちいち示すような精神は失っているようだ。残念なことに小室さんは中途半端に法律を学んでいる。婚約者は金を貸した証拠が無いのだから、裁判では勝てない。だから、借金はしていないと通すことも出来る。だから、解決済みとした法的戦術。圭君にしてみれば、絶対借りたとは言えない。もらったが、返すと言えば良い。ある時払いの催促無しの金。

金を返してもらいたい婚約者は嫌味を言って、二人の不義理を重ねて訴えている。これもどうかと思う。毎月の10万円は諦めるべきだ。しかし、圭君の学資に使った分は圭君が働いて返す、母親を通して返せば世間は納得するだろう。婚約者からの支援の内容や金額が明らかになった以上、皇室の縁談がある以上、裁判ではなく、示談の条件を小室家は示してトラブルにならないようにすべきでしょう。既にトラブルになっている中、解決済という文書を出すことは相手に感情的に不快な印象を与えて示談の道には外れる。自分の印象として、国際派には勝手な合理主義者が多い。しかも、国際感覚という厄介なセンスが自らに正当性を生んでいる。こんなのは世界では通用しないさという感覚。圭さんが、法律を学び、国際センスを学んでいるなら、日本人の感性を忘れない人物に育って欲しい。自分の学資にトラブルがあるなら、その分は母親の為に働いて返すのが真っ当な感覚。韓国人じゃない。

また、自分の知り合いも母子家庭には義理の踏み倒し常習者がいる。野口英夫も有名だ。なるほどなぁという印象。あまりマスコミでは言いにくいこと。国民は嫌な現実を見せつけられている。

# by katoujun2549 | 2019-01-25 17:11 | Comments(0)
韓国経済新聞の記事が目にはいった。文政権の対日姿勢を彼らも危惧している。半導体の製造に必要な6フッ化水素の製造が日本からの輸入に頼っており、これを止められると韓国の半導体産業は危機的状況のようだ。これは核兵器に繋がるイエローケーキの原料でもあり、韓国が密かに北朝鮮に横流ししている噂も韓国から流れている。日本は何も制裁していなくとも彼らが恐怖心を持っていることがわかる。もし、韓国が実際に横流ししていることが本当であれば日本は国連制裁決議に基づき実際に輸出をストップせざるを得なくなり何も徴用工問題や、レーダー照射の報復でなくとも韓国経済の息の根を止めることになる。今の日韓関係に恐れをなしているのは韓国自身だ。
フッ化水素にみる韓国経済の脆弱性・日本依存性〜本当に謙虚になるべきは文大統領あなたの方だという記事
(引用)
韓日関係が崖っぷちに突き進んでいる。強制徴用賠償判決と慰安婦和解・癒し財団の解散、そして「レーダー事件」と新日鉄住金の韓国国内財産差し押さえと続きながら悪化する様相だ。ぎくしゃくした両国関係は国防白書にまで反映された。数日前に出された「2018年国防白書」は韓日関係と関連し、「自由民主主義と市場経済の基本価値を共有」というこれまでの表現をなくした。また、周辺国との軍事交流協力順序もこれまで韓日、韓中、韓ロの順だったものを韓中、韓日、韓ロの順に変えた。

日本も強硬に対抗する局面だ。安倍晋三首相は強制徴用賠償判決が「国際法に照らしてあり得ない判決」としながら具体的措置を取ると明らかにした。安倍首相は先月開かれた韓日議員連盟合同総会に祝辞も送らなかった。

問題はこうした両国間の対立が経済問題にまで広がり始めたという点だ。日本は強制徴用賠償判決が下されから1週間後に韓国政府の造船産業支援が不当だとして世界貿易機関(WTO)に提訴した。続けて最近では韓国政府に過去10年分の詳細な支援内訳を提出するよう要求してきた。造船業界に対する公的資金支援が公正な国際競争を妨害し日本企業に被害を与えたという主張だ。

関連業界では日本が今年世界1位を奪還した韓国の造船産業を牽制するのと同時に、強制徴用賠償やレーダー事件などと関連して韓国を圧迫する手段として通商問題を持ち出したとみている。せっかく回復の機会をつかんだ造船業界の困惑はただごとではない。ややもすると韓国政府の造船会社支援に支障が出るだけでなく日本に相殺関税を払わなくてはならない状況がきかねない。

重要なのはこれが終わりではないかもしれないというところにある。韓国は素材、部品、装備の面ではまだ日本に依存している。1997年11月初め、日本は韓国から100億ドルの資金を回収していった。当時の対外債務1200億ドルを考慮すると相当な金額だった。それなりの事情があっただろうが韓国はほどなくIMFに救済金融を申請した。外交では名分も重要だがこれにばかり執着していてはさらに大きな実利を失いかねない。韓日関係の不協和音がさらに大きな経済ブーメランとして返ってきてはならない。
※本記事の原文著作権は「韓国経済新聞社」にあり、中央日報日本語版で翻訳しサービスします。
# by katoujun2549 | 2019-01-22 06:58 | Comments(0)
 文政権は日韓関係は未来志向といいながら、慰安婦問題、徴用工裁判など、過去の問題ばかりを政権維持のために利用しているように見える。2月には竹島問題がまた取り上げられるであろう。今回の自衛隊機レーダー照射事件も日米韓の連携を無視するような行為であり、日本政府も国民も結果的に日本を挑発するような韓国政府の対応に戸惑うばかりである。
 先は韓国には今の親北、親中路線には舵を切ってもらいたい。日米韓の連携こそ最も韓国には幸せをもたらすことだという認識を復活していただきたいと願うのである。中国は朝鮮を属国として位置づけているし、北朝鮮は統一という名目で韓国を併合したい。日本やアメリカは韓国を対等な国として外交を続けてきた。今や韓国の輸出のうち日本は9%となった。意図的に中国に経済が傾斜したからだ。中国の経済が下降リスクを高めている中、今でも既にその影響下にある。朴政権以来の間違いだ。民主主義や市場の自由化、人権の尊重という理念を共有していることを評価していないのが文政権ではないかと思うほどだ。韓国の国民は気がついてきたのではないか。
 
 文政権は親北親中である。

盧武鉉(ノムヒョン)政権の幹部であった文はその後継者であり、北朝鮮を民族的な同胞として国民の支持を得ようとする。昔の社会党が親ソ連で組合の支持を得ようとしたことに似ている。一部の財閥と経営者に牛耳られた韓国の庶民は苦しんでいる。彼らの歓心を買うために、反日は常套手段となっている。慰安婦問題や徴用工、竹島も日本の反応を使って国内世論を経済から逸らし日本が挑発に乗るのを待っている。日本があまり強い反応を示さないのは政府がそれを分かっているからだ。

 日本は正面から韓国に正論を通しにくい。歴史認識にしても、レーダー照射の事実認定も彼らは自分たちの正当性にこだわる。彼らを目覚めさせるには国交断絶くらいのインパクトが必要だが、彼らの反発を招くだけかもしれない。日本は世界における情報戦に負けてはならない。少なくとも欧米においては彼らの歪曲した日本を貶める行動を厳しく監視し、SNSなども動員して反論すべきである。中国との歴史認識の桎梏となる南京事件の轍を踏んではならない。南京事件はアメリカにおける中国人のキャンペーンの結果無実の罪を着せられている。中国は日本軍閥をナチスと組んだ犯罪集団と同一視し、キャンペーンを展開した。このことは開戦時の外務省の宣戦布告ミスと並ぶ日本の大失政であった。韓国は日本にとっては理不尽、かつ愉快なところの少ない、嫌な相手だがこれが世界だと思って耐えて行くしかない。

# by katoujun2549 | 2019-01-16 10:53 | Comments(0)
チャングムの誓いで自慢げに韓国は料理の国のごとく描き、えらくご立派な食文化のようだが、宮廷料理とかいうのは大して美味くない。大体、一般韓国人はそんな料理の存在すら知らなかったのではないか。朝鮮の人々は、かつて肉もなかなか食べられず、穀物とキムチで生きてきた。チャングムの誓いも大王四神記も単なる彼等のドリームなのだ。李氏朝鮮時代は、衣装も殆ど白ばかり。それは白という純粋な色が好きだったのではなく、単に染料とか、着色技術が無く、作れなかった。その証拠に韓国陶器には色絵は無い。倭冦で襲って来る日本人の華麗な衣装を敵視していた。何故、今の北朝鮮の金王朝が崩壊しないかというと、人々は昔からあんな国だったから慣れている。
 このことはモンゴル史の宮脇淳子博士がyou-tubeで説明してくれる。
http://www.youtube.com/watch?v=dazJbEyRq8w&feature=youtu.be
韓流歴史ドラマのターゲットは実は日本人である。韓国は400年前、こんな素晴しい文化を持っていた。それを破壊したのは日本人だと言いたい。ソウルの景福宮などに行くと、秀吉が元の建物を破壊したと必ず看板に説明がある。ソウルの総督府の立派な建物は取り壊された。韓国人が最も我慢のならない現実が次のことである。韓国の近代化に貢献した日本の役割である。これは全て否定したいが、無理、無理。
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 日本が統治出来たのは、日本の方が庶民にとって彼等の生活レベルが上がったからだし、ハングルを普及させた日本の政策により、国民の識字率が上がったことは支配者も都合が良かった。伝染病の予防や出生率の増加、教育施設では皇民化教育、日本語やハングルの教育が進められた。天皇崇拝の強制と創氏改名は民族的屈辱とされるが、変えない人は40%もいた。当時は合理的理由があった。これだけ、李氏王朝の横暴から人々を解放し、日本人と同等の教育を与え、戦後はきちんと賠償した上、何度も謝罪、そして、今は製造業を伝授して韓国料理を愛し、韓流ドラマを楽しむ日本に韓国は感謝こそしても、日本に謝れとは言える義理ではない。民族のプライドを傷つけられたのではなく、これを植え付けたのは日本であり、彼等は日本人の愛国心を見て目覚めたのである。今の韓国人はこのことに気づいているのだろうか。国民国家の意識を高めたのは3.1独立運動あたりである。その独立宣言は何と日本にいた留学生が中心であった。神田猿楽町の韓国YMCAにその資料がある。彼らの国民としての宣言の起点は日本だった。この事を彼らは何処まで知っているのだろうか。

 韓国に行ったのは、もう8年前の事。韓国の剣道クラブと楽しく懇親したことが思い出される。韓国剣道連盟は、剣道は韓国がオリジナルであると主張しているが、本家の我々には一切そのような発言は無かった。実は彼等も知っている。歴史に真実を求めている訳ではないのだ。歴史なんぞ常に支配者が自分の都合で書き換えるもの。人の生き死にも都合でどうにでもなってしまう。北朝鮮の拉致被害者の問題はまさにそうした感覚の結果であるが、都合が悪ければ生きている人間も死んだことになったりするお国柄。連盟とか団体の論理になるとさらに極端になり、白も黒となる。彼等は剣道をオリンピック種目にして、何とか日本に勝って、韓国こそ剣道の本家になりたい。全く寝耳に水みたいな話だったが、結構マジなのだ。それは理由がある。韓国では、日本からの文化流入には警戒感が強いから、そうした理屈が必要なのだろう。しかし、現地に行けば日本の剣道は敬意を持って受け止められており、全体の水準はそれほど高くはなかった。何と、近年、若い人達の技量は向上し、日本から大学生が遠征すると負けて帰って来る。来年の世界選手権では日本の優勝はかなり危ない。とにかく彼等は日本を常に意識し、日本との競争で勝つ事が国際的な地位を向上させ、彼等の産業も向上すると思っている。その割りには日本を貶めることに熱心だ。国際社会では何も総力戦をしているわけではないので、局地戦で勝てばいいと思っている。ただ、一人一人の国民感情はそのような単純なものではない。ところが、韓国のマスコミや政治家の態度は、いつも日本に対しては鬱屈したものがあるらしく、過剰だ。特に、海外に行くと日本を叩いてのし上がろうという輩は多い。これがあまりにも目にあまるなら、韓国人は犬を食べるのが大好きだということを犬好きのイギリス人やドイツに言いふらして国際的認識を改めてもらえばいい。

 アメリカで日本料理と称し韓国人経営のレストランが似て非なるものを平気で出す。剣道はKUMUDOと称して韓国がオリジナルであるようなデタラメを宣う。彼等のテコンドは韓国産だが、これは沖縄空手を習った韓国人が自己流で換骨奪胎したものであることを全く韓国人は知らない。特に海外ではそうだ。心あるアメリカ人はちゃんと知っているが、アメリカ人に取ってそれほどの差を感じないのかもしれない。でも、いくら為替の影響で、韓国の白もの家電が安いからと言って、アメリカ人は買ってびっくりするだろう。いくら洗濯しても汚れが落ちない洗濯機、すぐに壊れる掃除機など。
 連中はやたらアメリカのいい子になって日本を蹴落とそうとする。彼等の狙いは虎の威を借りる狐である。これは宗主国を抱いて来た民族の宿命である。しかし、本当はアメリカ人はそうした韓国人を馬鹿にしている。米韓FTAで先を越されたといって慌てる必要は無い。油断は禁物だが。

 先日韓国とアメリカとのFTAで李明博大統領が訪米し、オバマ大統領とのレセプションで日本の和牛ステーキと寿司(カリフォルニア巻きらしい)が出た事を、韓国のメディアは屈辱と抗議していた。サムゲタン出せばいいのに、キムチも出なかったのか、気が効かねー。自業自得ではないか。韓国の肉はうまさの点では遥かに日本に及ばない。韓国人も寿司は大好きで韓国でもお店は多い。では、コンソメスープやキャビアはいいのか。くだらないではないか。そうしたインチキ論理を振りかざす韓国人のメンタリティが嘲笑の対象なのに気がついていない。アメリカはそのことを気にして、レセプション前日は焼肉店でのオバマと李との食事を演出したが、そのことは報じない。さらに毎日の韓国焼き肉連ちゃんがアメリカ人に酷ということに気づかない。実は韓国の焼き肉は在日韓国人が朝鮮半島に戻って普及させた。今どこにでもある無煙ロースターは日本人のアイデアです。




More2.8独立宣言 Wikipediaから引用

深井智朗著 プロテスタンティズム

宗教改革から現代政治まで  中公新書


 深井智朗氏は1992年にアウグスブルクに4年留学し、ドイツのプロテスタントについて思いを巡らせた。ルーテル派ードイツ福音派について宗教改革から今日に至る歴史とナショナリズム、保守主義、リベラリズムなどを概観した。彼の説明は難解な神学ではなく、時代に応じて分かり易い関係者の見解や受け止め方を説明に加えている。例えば、ドイツ留学中の森鴎外が、当時の教会と国家の関係を理論的に位置づけた学者ハルナックのことを、鴎外の「かのように」に書いていることである。

 一方で、ルターの改革と並ぶカルバンのジュネーブにおける長老派の改革、スコラ哲学などにはあまり説明がない。また、日本の事例にも触れていない。明治の日本の伝道を行ったクラークやヘボンはアメリカのピューリタン。しかし、アメリカのプロテスタントの本質的な特徴については今日の国家観への影響について簡潔丁寧に説明している。日本のプロテスタントは主にアメリカから伝わった。ルーテル派はドイツの福音教会だが、アメリカ経由である。ところが、神学はドイツとイギリスから学んでいる。日本のプロテスタントが普及しない理由の1つだと思う。

 世界史の授業で学んだ宗教改革が如何に中途半端な内容だったか。95カ条の掲題をウィッテンベルグ教会の扉に打ち付けたというのも根拠が無く、フィクションの要素が強い。学生時代にマックスウェーバーのプロテスタンィズムの倫理と資本主義の精神を読んでも、そもそも何がプロテスタントでルターがどんな改革をしたのかが大学受験程度の知識のままだった。

宗教改革は1555年のアウグスブルク宗教和議により、プロテスタントの改革志向をやめ、保守化する。その後、再洗礼派、クエーカ、など改革的なリベラルなプロテスタントが生まれ、ピューリタン達がアメリカに渡り、自由や個人の信仰に基づいた教会形成がなされ、更には社会の仕組みを作るようになる。ドイツに始まった宗教改革が保守化し、ドイツの福音教会は今日まで国家と結びついた教会となっている。かたやアメリカに渡ったプロテスタント諸派は多様な定着を果たした。その歴史的変遷を分かりやすく描いている。プロテスタントとは何か、という問いにはトレルチの言葉で結んでいる。「神的な生は私達の現世の経験では一ではなく多なのです。そしてこの多の中に存在する一を思うことこそ愛の本質なのです。」


(1)ルターの宗教改革

 プロテスタントはカトリックからの定義である。カトリックはルターの後継者達を「福音主義」と呼ぶことを避ける為に、問題ある宗教が抱える起爆剤を抑える為に、あらゆる文脈にプロテスタントという否定的な表現を使った。その反抗的な態度を違法という意味合いも込めて盛り込んだ。

 ルターは時代が求めた変革をもたらした。宗教改革はこの時代に突然起こった唯一の教会改革の運動でも、ひとりの宗教的天才による、新しい宗教運動の始まりでもなかった。それは数世紀前から始まっていた様々な教会改革運動、正確には再形成運動のひとつであった。しかし、この時代の制度疲労がいくつものほころびや亀裂により崩壊寸前であった堤防が意図せざる仕方で破壊してしまったという点で決定的であった。

 1555年アウグスブルグの帝国議会で宗教紛争を収めるために、ルター派とカルヴァン派は法的地位を得た。それは領主の信仰に従うことであり、自由な信仰選択は無かった。この伝統は今日のドイツで、教会税のような制度で残っている。筆者はこれを古プロテスタントという。現代の人権、良心の自由、抵抗権、民主主義に繋がる改革は後の再洗礼派(アナバプテスト)、などの新プロテスタントの勃興を待ち、メノナイト、アーミッシュ、クエーカーといったピューリタンのアメリカでの教会形成を待つことになる。


(2)スイス*ジュネーブの宗教改革

 カルヴァンの改革派とルター派との決定的な違いは正餐の解釈であった。改革派は正餐のパンと葡萄酒が象徴的なものであるのに対して、ルター派はカトリック教会がパンをキリストの体、葡萄酒を血とするのに対して、キリストが何らかの呪術的な神秘的な力で宿ることを否定しなかった。ルター派はこの面でも改革派と相容れなかった。ドイツではルター派によって受け入れられなかったが、フランス、オランダのユグノーの誕生、更にはスコットランドで長老派として受け入れられた。


(3)改革の改革

 国家体制の中に組み込まれたルター派と改革派に対して、新たに洗礼の解釈、特に幼児洗礼の意味を否定した新たな改革が再洗礼派によって提唱されると、国家や従来の教会から脱皮した個人の信仰の自由を基盤にしたバプテストやメノナイト、スピリチュアリズムの運動を生んだ。トーマスミュンツアが指導した農民戦争をルターが非難したのは国家や領主への反逆者としてのみならず、再洗礼に関する嫌悪もあったと思う。新たな新プロテスタントの勃興とユグノー、スコットランド改革派はアメリカ大陸への移住という形で新たな展開を見せた。

(4)聖書解釈の自由

 ローマ教会が一方的に聖書の解釈を行い、聖書をラテン語、ギリシャ語であった。それまでは、聖書劇、絵画、彫刻によって聖書の内容は伝えられた。ルターはドイツ語に翻訳し、人々が読めないものであった時代は終わった。その代わりプロテスタント各派は自由に解釈し、これまでローマ教会と違った解釈を異端として処罰することは無くなった。その代わり、時代に応じ、様々な解釈が自由に行われ、新たなプロテスタントが生まれた。今の日本でもプロテスタント各派は100を超える。カトリック教会は聖書の翻訳を禁じ、説教もラテン語、貴重な聖書の写本も普通の人は読めなかったのに対しグーテンベルグの印刷術は聖書をドイツ語で印刷、一般人も読めるようになったからこそ様々な解釈が可能になった。また、イラストのような版画も多く印刷され、字の読めない庶民もルターの主張を知ることが出来た。


(5)プロテスタンティズムと国家

 ドイツのルーテル派 福音教会は宗教改革以来、国家的アイデンティティの形成と共に歩んできた。ルターの宗教改革はカトリックの贖宥状販売の神学的な論拠に異を唱えたもので、カトリックの内部的な問題提起だった。ところが、カトリックは財源を失うことを恐れたローマ教会と、ローマの支配を嫌う領邦諸侯、信仰の覚醒を聖書の印刷で得た民衆のエネルギーはルターの思いを超えて大きな潮流となって次の歴史的な方向をもたらした。

 世界史では人権や自由、平等、抵抗権など近代市民社会の基本はフランス革命に原点を置くが、ドイツではむしろそれらを宗教改革により説明している。これは、後々ドイツのビスマルクによる統一国家の原理となり、更にはヒトラーの統治、戦後の東西ドイツの統合まで続いた。ドイツの大統領はワイスゼッカーなど牧師のような位置づけだし、今のメルケル首相は東ドイツの福音教会の牧師の娘である。

 ドイツのプロテスタントは保守というが、それはルター以来の政治の作法を逸脱した勢力の活動や発言に否という意味である。2016年のシリア難民を排撃する極右勢力を強く否定したメルケルの政治判断に現れている。 ドイツでは学校教育において宗教は必須科目である。近年、移民が急増し、宗教は選択制になりつつある。週によって違うが、イスラム教のコースもある。

 一方で、メイフラワー号以来、アメリカのプロテスタントは国家からの信仰への介入を拒絶する形となっており、精神や信仰の領域に国家が管理することを否定し、憲法においても保証された権利となった。ヨーロッパで異端とされた再洗礼派、メノナイトなどはアメリカで自由を得た。アメリカは個人の自由を基盤にした社会。アメリカの銃規制が困難な理由はそこにある。己心の思想信条の自由は銃を持つ個人によって国家の支配を超える。マックスウェーバの指摘にあるが、これまでの二重予定説は逆転し、この世の成功は信仰の証となる。アメリカのプロテスタント教会は自由競争である。ドイツのように管理されていない。だから、何千人もの会員を要するメガチャーチが生まれるのである。アメリカとドイツというプロテスタンティズムの影響を強く受けた国の歴史も国の形もこの説明で理解できる。



# by katoujun2549 | 2019-01-10 12:51 | 書評 | Comments(0)

 新年早々、韓国海軍のレーザー照射に対する韓国の反応に関するニュース。韓国の(政府、海軍、メデイア)の対応は子供の屁理屈のような内容。韓国は日本のように軍出身者がテレビで解説などしないだろう。これを聞きたいところだが、本当のことをテレビで言ったら非国民扱いにされるので出ないというのであれば、かつての日本で軍の片棒を担いで新聞が国民を煽ったのと同じ構図で韓国の報道の自由というのはその程度のもの。


昨今の日韓の関係悪化をキャスターやコメンテーターが善人ぶって「子供の喧嘩」は止めてほしいような反応が感じられる。今回の事態は子供の喧嘩などではなく「煽り運転」と言った方がいい。知識人ぶった彼らが垂れ流すテレビで世の中の多くの人が洗脳される。これでは、心ある人は地上波や新聞からそれでもまともなBSやネットに移るわけだ。


韓国、特に今の政権は「核を持った」南北統一国家を目標としたいのが国民感情ではないか。そうなれば「統一朝鮮」は日本には圧倒的に優位な位置を確保出来、更には、中国に対しても言いなりにはならないという姿勢を貫くことが可能になる。金体制については、中国を真似て政治は一党独裁(若者に抵抗感のある共産党という名前を避け新社会主義とかいう名にして)、経済は自由資本主義というご都合の良い体制をイメージして、韓国の文もそのような下心を抱いているだろう。韓国人の多くは経済活動の自由が維持出来れば案外これを受入れるかもしれない。虐げられるということは100年経っても忘れないというが日本は厄介な隣人をもったものだ。虐げられたというのもかなりの部分が虚構だというのに。


日本人は、中国人や韓国人とは穏やかな日本語のトーン、謙譲の意識、羞恥心など多くの点で異なるが、必ずしも我々の美徳は世界では通用しない。大震災の時に見せた被災者の対応など世界は見ていて感銘を与えたのだが。

人気の無い文政権の姿勢は国民感情に追随せざるを得ない。韓国人が統一、統一と宣う裏には北の核をバックに居丈高になりたいゲスな感情がある。アホな軍人にはそんな輩が多いのだろう。しかし、それはとんでもない妄想。このことを理解している良識派に訴えることだと思う。文政権が自らの人気取りの為、北に擦り寄る事に嫌悪している国民感情もある。彼らもバカではない。暴力団の兄貴がいる事を恥じることを忘れて、周りを威圧する人もいるが、誰もそんな人物とは親しくはならない。とんでもない連中のメンタリティだ。日本にとって、北は全くマイナスの存在でしかない。彼らは現在20機ほどあるとみられる核弾頭を廃棄することはない。韓国も期待しない事。日本の哨戒機を同盟軍の協力と思わず、敵視する韓国海軍の姿勢は今に始まった事ではない。合同演習で海軍旗を拒否したり、李承晩政権時に日本の漁船を拿捕し、竹島に軍事基地を作ったりしてきた。世界で第4位の海軍である日本への妬きもち心もある。アメリカは韓国海軍など沿岸警備隊くらいにしか見ていない。 彼らのヒーロー李舜臣は日本の朝鮮出兵では勝つどころか、戦死したのに、韓国ではネルソン並み。嘘で固まっている彼らの歴史には未来は無い。気の毒な国。


大事なことは日本の築いた世界での信用。これを韓国にさらわれたくはない。日本の哨戒機が国際法上間違いを犯していない事を世界に発信することで良い。彼らの嘘を暴いたり、恥をかかせる事でもない。この国際発信を怠ってはならない。

日本はアジアでは利に聡く、嘘つきの韓国よりはるかに敬意を持たれている。マレーシアやインドネシア、ベトナムなど、仲良くする未来ある国を大切にしたい。日本人は尊敬されている。韓国人は軽く見られている。だいたい、唐辛子は秀吉軍が熊本から持ち込んだし、焼肉だって日本で生まれたもの。韓国料理は焼け跡から生まれたコジキメシ。不思議なこと美味いんだが。彼らはワインもウィスキーも作れない。北と一体になって、彼らは何も得をすることは無いことを諭せないだろうか。日本は韓国人の文化的侵略にもっとデリケートでありたい。韓国ドラマ、特にデタラメ歴史ドラマは見ない。オリンピックではテコンドーには出ない。剣道は絶対に、負けない。特にアメリカや世界で日本は押され続けている。優秀ではない、優勢な韓国人社会をのさばらせないことだ。彼らの不正や嘘を許してはならない。



友人に勧められて、百田尚樹の本を永遠の0以来久しぶりに読んだ。この一見歴史書のようだが、百田氏の思い込みの強い内容である。自分の論理に都合の良い歴史を切り貼りし、適当に引用している。しかし、彼の文章は平易で読みやすく、興味深いエピソードが織り込んであり、一気に読んだ。複雑な明治維新の幕府や薩長の動きを分かりやすく解説した部分は見事だ。250年にわたる江戸幕府や当時の日本の素晴らしさを見事に説明している。残念なのは引用元等の注釈が無いため、彼の主観を裏付ける他説の引用が勝手に行われている。こんな歴史の見方もあると思いながら読んだ。司馬遼太郎の歴史観が読者を満足させるために特定の人物を高く評価したり、現代の感覚で過去を説明しているのと同じだ。だから読みやすいのだろう。特に、日本国憲法の誕生や東京裁判、靖国問題において、この特徴が出ている。この本の特徴は半分が日本の近代史であることだ。彼の目的はと軍備増強と憲法改正の世論を作ること。朝日新聞を敵視し、今日の日本の困難を幾つかの諸点でまとめており、現政権の姿勢に一致している。江戸幕府の誕生以前の部分は高校生の大学受験知識に毛のはえたていどの内容だから飛ばし読みしても良い。要は大学受験のバイブル、山川の日本史を批判的に解説している。日本人の精神的な特徴が何かを追求している点は好感が持てる。小説家らしい読みやすい内容。一方、敗戦から数年、サンフランシスコ講和までに現代の風潮が決まったような言い方や、平和ボケの批判、軍事増強など、安倍政権寄りの主張は頂けない。多分この本を読んで一番感動しているのは安部首相に違いない。

日本は敗戦で多くをまなんだ。小説家や評論家は支配者に批判的、反権力的であるべき。自分も朝日新聞はとんでも新聞だと思う。しかし、そこをもっと掘り下げてもらいたい。朝日を皆が読んでるわけではない。今は言論が酷く統制され、海外からも批判されている。百田氏は権力側の思想を代表している。彼の主張が強く出ているのは最後の200p位である。やっぱりというところ。日本の敗戦は軍部や天皇には責任がなく、アジアの欧米植民地主義からの解放をもたらしたという古典的な右翼の主張。戦後利得者の左翼系知識人や文化人によって歪められた歴史を正す。これを歴史修正主義といい警戒すべき論理。日本人の精神はGHQの政策と「WGIP」洗脳者によって踏み潰されたというのは右翼の妄想。日本人の精神はそんなに柔ではない。日本は負けたのだ。ソ連や中国に支配されたら今の日本はない。それを言うなら戦争を始めた愚を批判すべきだ。日本人のDNAは2000年の歴史を持ち、決して滅びないということだ。とはいえ、急にDNAという分子生物学を持ち込むレトリックがせっかくのわかりやすさを損なっている。今更自画自賛してもなにも出てこない。自己満足の歴史随筆。


More 右翼の妄想 WGIP Wikipediaから抜粋
浦安のイオンシネマでボヘミアンラプソディーを見た。エイドライブでのパフォーマンスが圧巻であった。映画の1985年のライブは実写の合成だとは思うが、あの時代の熱気が伝わって来る。何度も見たり、エンディングで涙する人もいるらしい。自分はロックは不案内だが、ロックユウとかチャンピオンは知っていた。ロックという音がどのように作られるものかが興味深い。自分は感動した。クイーンのメンバーは自分と同世代だ。ビートルズは上の代。そのあたり、同じ時代を駆け抜けた親近感がある。
クイーンの天才ボーカル、フレディはインド人移民の子。音楽に夢中のフレディは家庭では孤立。はぐれ学生のスマイルにボーカルで入って大爆発する。そのブームは今回で3回目。最初のデヴュー時期のヒット、次はフレディが亡くなった時、そして、今回。この映画世界で6億ドル、日本でも12月時点で320万人の観客を動員、44億円の興行収入である。主演のレミ・マレックはアカデミー賞最有力候補である。観客動員はすごいが、批評家の判定はイマイチである。クイーンに詳しいマニアックなファンからも厳しい見方があるかも。この映画の成功は中心をクイーンの音楽に置いたことで、フレディの心の闇に重点を置くと奇妙な映画になっただろう。そこが連中には気に入らない。
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彼は天文学や歯科医の大学生のはぐれものバンド、スマイルにボーカルのシガーソングライターとボーカルで売り込み、一緒にクイーンを編成する。
アルバムを自主制作し、その様子を目に留めたEMIのジョン・リードは彼らをスカウト、ポール・プレンターが担当マネージャーとなる。フレディはさらに名字を「マーキュリー」に改名、デビュー・世界各国でのツアーとクイーンが躍進する中、フレディはメアリーにプロポーズする。
やがてクイーンはEMIの重役レイ・フォスターからヒット曲「キラー・クイーン」の路線を踏襲する曲を制作するよう命じられるが、同じことの繰り返しを嫌う彼らは反発する。フレディはオペラをテーマとしたロック・アルバムを作ると提案し、郊外のロック・フィールド農場のスタジオでの曲制作とレコーディングが始まる。その時彼がレコードをかけるのだが、マリアカラスのカルメンであった。メンバーの喧嘩を交えつつも、熱意を注いで完成されたアルバム『オペラ座の夜』の出来に彼らはおおいに満足する。しかし6分という長さと斬新な構成の曲「ボヘミアン・ラプソディ」のシングルカットを、フォスターは「ラジオでかけてもらえない」と認めずクイーンと徹底的に対立。しかしフレディ自らラジオに出演し、「本来ならラジオで聴けない曲」と同曲を独占放送、マスコミには酷評されるが大ヒットする。フレディ役ラミーマレックの演技が光る。
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ロックバンドの成功に並行してフレディの孤独とゲイであったことの苦悩が描かれる。インド人の親は何とゾロアスター教徒。彼は猫好き。シリアスな物語のなかに猫が可愛いらしく描かれる。死を覚悟した最後にはゲイを隠さず、エイドライブは彼の人生最後の気合の入ったパフォーマンスだったことが分かるyou-tube;
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1985年のライブエイドでのパフォーマンスは圧巻であった。
1991年45歳でエイズでフレディ死去。彼がゲイであったため婚約者エミリーとの別れやクイーンの仲間との確執と友情が熱く描かれる。バンド仲間の様子も実物そっくりで好演技であった。フレディ・マーキュリーは晩年をスイスのレマン湖畔で過ごした。彼の遺産は元恋人のメアリーが相続した。
後日談だが、ギタリストのブライアン・メイは天文学をインペリアルカレッジで学び中学の教員をしていた。決して落ちこぼれではない。インペリアルカレッジはイギリスの理系のトップ校で、マハトマガンジーも卒業生。15名もののノーベル賞を取った卒業生がいる。彼はフレディの死語博士号を取っている。
概略次の通り。

  1. ^ 動物愛護団体PETAから2012年のパーソン・オブ・ザ・イヤーを受賞
  2. ^ 博士論文のタイトルは“A Survey of Radial Velocities in the Zodiacal Dust Cloud”(黄道塵雲における視線速度の調査) - WorldCatロックバンド『クイーン』のメイ氏、天体物理学の博士論文を出版(WIRED.jp、2008年8月6日) より。


# by katoujun2549 | 2018-12-12 21:50 | Comments(0)
この世からネズミやハエを一掃することは難しい。もし、殺虫剤、毒ガスや放射線を使って一掃しようとすれば人間も消滅してしまうだろう。同様にISやタリバンをこの世から葬るには核兵器を使用するしかないがそれでも、絶滅は無理ではないだろうか。山の中や砂漠やジャングルに封じ込めておけば良い。アメリカ大統領トランプは撤退したい。ところがアメリカはこの封じ込めに成功していない。昔と違い、ISの残党は民間航空機で世界中に行ける。あの9・11の悪夢は消えない。絶対に必要なことは首領級、ザワヒリを抹殺することーーーーーー「タリバンがアフガニスタンを制圧したら......イラクとシリアを苦しめてきたジハード(聖戦)の大勝利になる」「聖戦士の一部の故郷だから、その意味は大きい」
ニューズウィークによると、ウサマ・ビンラディンの後継者アイマン・アル・ザワヒリが「アフガニスタンに到着したか、既に滞在している」という「証拠」もあるという。

そんな悪夢のようなシナリオを示せば、トランプも米軍の完全撤退を再び断念し、CIAや民間の軍事会社に頼る「深入りしない」方法を選ぶかもしれない。ボブ・ウッドワードの『FEAR 恐怖の男──トランプ政権の真実』(邦訳・日本経済新聞出版社)によれば、CIAは今も約3000人のアフガン戦士を動かしている。2001年以降アメリカ軍の犠牲は2800人近い。現在、アメリカは年に約450億ドルをアフガニスタンでの軍事作戦に投じている。これまで8410億ドルから(退役軍人の心身ケアなども計算に入れれば)1兆700億ドルとされる。

軍隊の疲弊も激しい。どれだけの兵士がアフガニスタンに何度派遣されたのか、正確な数は分からない。だがランド研究所によれば、01年の同時多発テロ以来、合計277万人の兵士が世界各地(主として中東と南アジア)へ、延べ540万回も派遣されているという。7月末までにアフガニスタンで2372人の兵士が死亡し、2万320人が戦闘で重傷を負った。

だからといって反乱軍に勝てるわけではない」と、アフガニスタンでの経験が長い元CIA工作員のアルトゥーロ・ムニョスは本誌に語る。「こんな戦略では勝ち目はない」現地でCIAを指揮していたケビン・ハルバートも同じ意見だが、少数精鋭の特殊部隊やCIA部隊が残れば最低限の目標を達成できる可能性はあると言う。アルカイダやISIS(自称イスラム国)が「私たちへの攻撃を計画し、兵士を訓練し、テロを実行する基地を作る」のを阻止するという目標だ。「そういう事態だけは避けたい」

アフガニスタンの将来に関しては、タリバンも重要な鍵を握る。「反体制武装勢力の専門家の一致した意見は、とりわけ外国が絡んだ場合は、戦争の泥沼化が武装勢力にとっての勝利となるということだ」と、ジョンソンは言う。「これまでの歴史を見れば、軍隊を送り込む側の国民は、果てしなく続く血みどろの膠着状態は支持しない」
「タリバンはそれを承知だ」と、ジョンソンは言う。「彼らに言わせれば『アメリカ人には時計があるが、こちらには時間がたっぷりある』のだ」
<本誌2018年12月11日号掲載>
現代文明を維持するには、その恩恵にあずからないグループの妨害を抑えるコストを覚悟しなければならない。文明対野蛮の対決である。これを共通認識にいかに世界が連携するかである。テロの温床となる国家、テロリストに乗っ取られる国家はあってはならない。

# by katoujun2549 | 2018-12-11 20:58 | Comments(0)
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1.内村鑑三のキリスト教

 向ヶ丘遊園にある登戸学寮が無教会主義の人々によって建てられたことを知ったのは最近のこと。これをきっかけに無教会について考えてみた。無教会派は内村鑑三が生んだ教団である。聖書学者として、内村は日本人の心にキリスト教を同化する思考を重ねた。まるで、パウロがパレスチナの一ユダヤ教分派のキリスト教を地中海世界に受け入れられる基礎を作ったように。東大の教員や学生に支持され、矢内原忠雄や多くの学者に支えられた。旧約聖書学の関根正雄も有名。サザエさんの作者、長谷川町子も家族で信者だった。新島穣の会衆派にも近い。教会員の直接民主制に近い制度を採ることが特徴で、各個教会の独立自治を極めて重視する。イギリスで発生した平信徒運動でブレズレンとよばれるキリスト教のグループや、ヨーロッパで起こったメノナイトなどの再洗礼派(アナバプテスト)運動などが、その礼拝や理念、信条など無教会主義に近いとの指摘がある。また、同じくイギリスで起こったクエーカーと無教会主義のキリスト教徒との類似点を指摘する研究者は多い。内村自身、米国留学以来クエーカーとの交際があった。今は、東京のキリスト集会なども類似の教会形成である。聖書と向き合って、それ以外の形式を排除する。礼拝とは言わずに、集会としてオフィスや民家などを場とし、建物としての教会を持たない。カトリック、ルター派、聖公会のような監督制、ピラミッド的なガバナンスを避け、30人程の小さな共同体を形成する。

2.無教会と学校

 内村は学校教育に力を注いだ。アメリカから帰国後新潟の北越学館中学校に赴任したが3ヶ月で退職した。アメリカの教団の派閥抗争や勢力拡大に伴う混乱を見てきた内村は日本のキリスト教宣教師の伝道意図に疑問を持ったのである。アメリカの教団から宣教師の給料が出ておりその独立性に疑問を持った。北越学館事件として内村の主張が現れている。クェーカー系の三田の普連土学園設立にも新渡戸稲造と関わった。学校として、山形県小国の独立学園が無教会派の学校である。小さなコミュニティ的な学校である。小国という豪雪地、山深く、学校の前の小川ではイワナが釣れます。町までは車で10分はかかる。自分のいた敬和学園の高校の教頭が歴代校長で1学年25人の共学。何と、5年前にはパイプオルガンを備えた礼拝堂を作りました。2億円かかったそうです。まるで魔法です。無教会のリーダーには内村鑑三の卒業したアメリカのアマースト大学を出た人が多い。教育のクオリティも高いから定員も確保しています。島根県江津市のキリスト教愛真高校、神奈川県川崎市多摩区の登戸学寮、世田谷区経堂の春風学寮などが無教会の経営によるものです。日本のキリスト教に多大な影響を与え、内村の無教会の精神は消えることは無いと思うが、残念ながら、縮小の道を歩んでいる。独立学園は徹底した自主運営で寮も運営している。ひたすら、教職員の情熱で支えられている。これは教育においては大切なことで少数教育で生徒一人一人に向き合う。しかし、学校の規模が大きくなるとそうはいかない。

3.無教会に関する自分の思い

 自分はかつては内村や賀川に心酔した時期もありました。高校生の時、内村の「余はいかにしてキリスト教徒となりしか」を読んで感動した。同時に躓きの石でもあった。いきなり、ヒマラヤに登ろうとしたようなもの。内村や矢内原の本を読んでも近づきがたかった。キリスト教は音楽、絵画、説教、礼拝といった要素で構成される。これを除いてしまうのは残念。人間の欲求を否定しすぎる。美を感じない。今は無教会派には魅力を感じません。彼らの教祖は内村鑑三で彼の著書はバイブルのようになっている。戦前のクリスチャンは武士階級出身が多く、大衆におもねらない素晴らしい信条を持っていますが、反面、主知主義的傾向があり、日本のプロテスタント低迷の原因のひとつだとも言われています。パウロの嫌ったグノーシス主義や中世のカタリ派の匂いがします。ユダヤの一宗教だったキリスト教を地中海世界、ギリシャやローマに広めたのはパウロの功績ですが、内村もその役割を担っています。

しかし、原点は聖書。キリストの霊性やサクラメントを形式として排除する傾向がある。儀式や形から入る道が宗教にはあるが、それが見えないと人を惹き付けないし、長続きしない。何も無教会がプロテスタント教会の低迷の原因というわけではない。今の日本ではカトリックの方が安定した信徒数だが、理由はもっと他にもあり、複雑です。無教会には組織拡大の仕組みが無い。内村はアメリカの教会が信者獲得に競争する様を見て深いに思ったのだろう。だから、無教会はその機能が乏しい。これは、各教会の独立性が高く、合同の力にならない日本のプロテスタント教会の傾向でもある。無教会に既存の教会は耳を傾けるべきだが、日本のキリスト教界では万年野党のような存在ではないか。日本のキリスト教が教育の分野で信頼され、多くの日本人がキリスト教を知っている現実から出発すべきだと思う。自分は内村が教育の分野で、新島襄と共に貢献し、賀川豊彦が社会事業で貢献したことを再認識し、再構築することから日本のプロテスタント教会は勢いを取り戻すべきである。
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内村鑑三



# by katoujun2549 | 2018-12-05 13:16 | キリスト教