このシーンでトムクルーズは
全治4カ月の大怪我をしたという。
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トムクルーズが大活躍するシリーズ最新作。台風13号で剣道の稽古が中止なので、八幡のコルトンプラザにある東宝
シネマズでミッションインポシブルを見ることにした。
丁度、5時20分の回があり、席もかなり空いていた。
ストーリが結構複雑で、人間関係が良くわからないのには閉口した。ただ、アクションシーンは凄かった。これを見るだけでも価値があるのはいつものこと。ありえない、白昼の大活劇、トムクルーズは絶対に死なないから安心して見ることができる。要は娯楽映画に徹している。
世界を裏で支配する陰謀集団に対抗するIMFのメンバーがいつものように登場する。ラークという謎のテロリストを探す。しかし、前回現れた美人のM8のエージェントがなぜイーサンハートを攻撃するのかわけがわからない。一緒に行動していたCIA要員がなぜ核爆弾のスイッチを握っているのかも最後になるまでわからない。美人のエージェントは恋人になり核爆弾を探すIIMFの協力者になる。イーサンハートの元妻も登場。かれの謎、とにかくCIAはIMFとは競争関係にある。イーサンに不信を持つ CIAは監視役の敏腕エージェントのウオーカーをイーサンにつけるのだが、かれの役割が謎なのだ。彼を採用したCIA長官はバカ丸出し。実は彼こそラークだった。イーサンの人生を説明するがこの伏線は不要。アクションは単純だが、ストーリーがイマイチ複雑すぎて物語への興味を半減させた。最初にターゲットの狂信的テロリストの人物とトイレで大格闘し、相手を射殺してしまうが、先はそこから分からなくなる。IMFは3つの闇のプルトニウム受け渡しに失敗し、パリの影のグループに奪われてしまう。いつもイーサンたちが戦うシンジケートの残党は既に逮捕されているが、彼を奪取しようとするグループとの戦い。これも一体何者かがわからないが、連中もテロリストを追っている。結局、テロリストはカシュミールの国際医療援助村に核爆弾を設置し、これを起爆させないために、断崖絶壁の山中でCIAの男とくんぞほぐれつのアクションを展開する。パリ、ロンドンとカシュミール(実はニュージーランド)の山中での大追跡劇で、世界旅行が楽しめるし、普通はいけない宮殿の屋根裏とか、パリの地下水堂など満喫できるのである。だから、何が何だかわからなくなっても結構楽しめるので絵ある。
監督は前作と同じクリストファー・マッカリーである。前回も出た謎の女がすごい美形のレベッカファーガソン。CIAのエージェント実はラークを演じたテロリスト(ヘンリーカヴィル)は実に迫力があった。スタントを使わず、飛んだり走ったりのトム・クルーズには脱帽である。
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# by katoujun2549 | 2018-08-09 15:41 | Comments(0)

2週間前のニュースで、IPS細胞を使ったパーキンソン病の治療の臨床試験が始まったことが報道された。京都大学で、世界で最初の試みが始まる。臨床試験は3段階あり、3〜5年くらいかかるが、長い間パーキンソン病に苦しんでる患者に朗報です。もう少し頑張っていれば恩恵を受けられる。 アメリカでも行われるかもしれない。

治験は時間がかかるが、最近は国際的なエリアで行われる。政府もIPSの研究は力を入れている。インターナショナルな治験になったら、アメリカでも、モラル面で先進的なカリフォルニアやネバダ州などは受け皿になるかも。治験における問題はIPS細胞は癌化する確率があること。これまで慎重だった。動物実験で目処がついたと聞いている。治験の失敗は補償はあるが、脳内のことだからわからんことが多い。IPS細胞の癌化防止の研究は阪大医学部が進んでるから、京大と連携出来ると良いが。医学部は結構壁があるのが気になる。

治験は第1相が安全性、第2相が効果、第3相が広範囲な安定安全調査だ。それぞれ1年から2年はかかる。アメリカならもっと早く出来るはず。しかし、アメリカは生命科学に慎重。その理由は宗教にある。

アメリカの福音派など聖書を字句通りに解釈するグループが政治的にも影響力があるからだ。ヨーロッパのキリスト教は柔軟である。ところが、不思議なことだが、宗教としては教会は衰退する。頑迷さが信仰上は力になる。生命の発生は神の領域と解釈し、堕胎も殺人であり、犯罪とみなそうとする。カトリックもそうだ。アメリカは優生学の盛んな国で人種差別も激しいから不思議。流石に国として進化論を禁止するところまでには至らないが、州によっては進化論教育が裁判で禁止になった。アーカンソーとか、その州は生物学を必修にしない。だから、その州は医大が無いと聞いている。IPS細胞は進化論に繋がっているからね。

1991年に行われた「ギャロップ調査によれば、47%のアメリカ人(大学卒でも4分の1)は「神がこの一万年のある時点で人間をほぼ現在の形につくった」と信じている」という。1990年代にも反進化論運動は衰えていなかったといわれている。今の政権も議論を避けている。アメリカではなんでもありにすると、とんでもない輩が酷いことを正当化するから、仕方ないだろう。日本で治療出来るならハッピー。

生命科学の世界で、国際的連携がなされて、臨床への応用が進むことを願っています。



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8月2日木曜日1新幹線日帰りツアーで長岡花火大会に行く。今年はセブンイレブンで82日のチケット購入となった。信濃川左岸の席はいくつかあったが、右岸の席は2週間前では売れ切れ。昔はもっと早く無くなっていた。右岸にこだわるのは日帰りで新幹線最終には左岸から橋を渡ると間に合わないからだ。仕方ないから、右岸のフェニックス席を確保した。長岡花火のハイライトはこのフェニックスという大仕掛だから。これを見ればあとは似たようなもの。ベスビアス超大型スターマインと称する大型花火の数々、天地人とかも見もの。この超大型のスターマインはこれでもかとばかりに長時間連続する。最後は大きな光の炸裂が天空を覆う。とにかく、長岡の花火大会は秋田の大曲、土浦と並ぶ大花火大会。それぞれ個性があるが、規模が大きい点では日本一だ。ちなみに、土浦は10月6日、大曲は8月25日である。新幹線を予約しておけば、東京から日帰りで楽しめる。新潟観光を兼ねていく手もある。自分は4年間新潟にいてほとんどの観光地には行ったから、日帰りで充分。955分の新幹線に乗れば帰りは11時40分には東京駅に到着、満杯の旅館を無理に予約して高い飯を食わないで済む。今年はフェニックス席だから、メイン会場からは遠いが、綺麗に全体が見渡せる。風向きが逆風になっている。大花火が煙で霞んだが、風向きが後半変わりよく見えるようになった。9ヶ所から同時に大型スターマインが長時間打ち上げられるフェニックス花火のときは圧巻でした。正面の空を覆い尽くす大花火に感動した。しかしながら、とにかく今年は暑かった。帰りの新幹線に乗るまでは汗だく。会場から駅までは歩いて40分はかかる。新幹線最終に座席指定を取ったが駅は入場制限がかかっている。間に合ったが、蒸し暑い。タオルが汗でぐっちょりになった。

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この長岡花火大会は2日にわたり行われ、8月3日も7時からJ;COMテレビでも中継された。実物は大きすぎるが、中継は全体がきれいに見え、余計なタレントのオチャラカもないので静かに昨日の感激を再確認できた。今年は実際の大会観覧とテレビ中継と二度にわたり堪能した。


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# by katoujun2549 | 2018-08-02 22:53 | Comments(0)

日大の理事長、監督、ボクシング連盟理事長、相撲協会の理事会の対応など、まるで暴力団のような風貌と対応に驚く。ちょっと普通の人なら敬遠したくなる感じ。格闘技だから狂暴な雰囲気はリーダーとしてしかたがないのだろうか。今話題になっている山根会長が会場に来場したときの迎え方はまるで日活映画にある組長の来場ではないか。しかし、いずれも法人であり、その責任者の対応が、常に隠蔽や揉み消し、虚偽の会見など共通している。中には暴力団とのつながりを噂される人物もいるのだが、特徴的なのが運営の手法が暴力団的であること。それは彼らが由とするのが家父長支配なのである。本物の暴力団は一見してわからないように偽装していることが多いが、山根会長はファッションも含め、それらしい雰囲気丸出しで周囲を威嚇する。韓国の同族財閥企業の家族の横暴を笑えない。問題は内部の暴力、不正、団体の私物化、パワハラ、人権侵害である。だからマスコミのターゲットになることに当事者は気がつかないようである。普通の人なら、あの悪相に引く。彼の功績はその対策を奈良で果たしたから。かなりその道に近いから皆敬遠しまうのだろう。

非営利法人というのは学校法人、財団法人、社会福祉法人、医療法人、宗教法人などがあるが、その運営、マネージメントに関しては自治体や所管官庁が統括している。また社団法人になると、経営に介入しない。一定のルールのもとに決算予算、財務など健全な運営やコンプライアンスを守るようにチェックを受ける。法人傘下の業務責任者、学校で言えば校長や学長、学識経験者が理事になり、監事などが会計監査、業務監査を行う。しかしながら、理事のうち現場の実権を皆が持っているわけではなく、理事長は理事の互選や投票で選ばれるので全てを把握しているとは限らないのである。ましてや、部活などは優勝の報告を受けるくらい。

今回の日大のアメリカンフットボール問題にしても。ボクシング協会にしてもマネージメントが適正に、民主的には行われているとは思えない。というか、民主主義がマネージメントルールや指導理念があるわけではない。親分子分の関係、暴力団組織のような貸し借りの支配構造、オウムのようなナチスばりの縦社会官僚機構などマネージメントの手法は自由なのである。企業の営利法人の場合、マーケットの原理があり、また株式会社においては市場公開など、民主的運営が社会的な認知や評判につながり、採用やサービスの売れ行き、業績にも直結する。これが機能しなければ、韓国の航空会社のような独占的財閥経営にある奇妙な統治に陥る。非営利法人は経営の評価が行われないことから常に問題が生まれる。


今回の日大や、ボクシング協会などは、そのマネージメントがまるで暴力団のような団体統治手法で行われている。新しい形の暴力団支配なのではないか。恐らく理事会の構成員にも本物の舎弟がいるのではないかと勘ぐりたくなる。彼らの支配構造は家父長的な家族主義である。そこに問題がある。だから、違法なルールや人権侵害のようなことが頻発するのである。昔は非営利法人の中には理事等の幹部に舎弟が入り込んだ法人があったが最近は、警察も監視が厳しい。そこで法人自体をまるで暴力団の経営のようにしてしまえば良いのである。彼らのマネージメント力はすごいのである。


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# by katoujun2549 | 2018-08-01 18:21 | Comments(0)
7月29日のTVタックルは最近起きた新幹線殺人や富山の交番襲撃殺人、新幹線殺人、大口病院終末期病棟殺人事件といった、普通の若者のような彼らが何故大量殺人や無差別的犯罪に走るのか、犯人に関する突っ込んだ分析を行っていた。久保木容疑者が看護師として何故大量殺人に類する犯行を重ねたか。ビートたけしと阿川佐和子の掛け合いだが、一般にこの手の司会は無知蒙昧な立場で専門家に投げ掛ける質問が空振りになったり、専門家の一般論で終わってしまうことが多い。ゲストの皆さんと犯行の異常にビックリして終わるような結果が多い。
しかし、今回は

常識的な立場から長島一茂、庶民感覚の大沢あかね、犯罪専門の吉川祐二ー 元刑事

尾木直樹ー 教育評論家、木村好珠このみ)ー 精神科医

ジェイクデルスタイン記者、土井隆善 筑波大学教授といった真面目なゲストだった。

そのため、ゲストの解説が的を得ていた。単なる環境論で犯行に至った推定のような理由付けではなく、根元的な犯人の人格形成に関する評価が冴えていた。こうした犯罪を起こす人は生育過程において親、友人等周囲の愛情が薄く、疎外感を重ねた結果である。だから、こうした犯罪は必然的に起きるというのである。人間は誰でも愛されたい。しかしそれが果たされないと、支配欲で代償し、反社会的行動に結果的に陥るという。ジェイクデルスタインー氏は看護師の毒物混入集団殺人は世界的にはよくある事件で、アメリカでも50人以上を毒殺する事件があったことを報告していた。共通しているのは生命に対する尊重の観念が乏しいことだという。このような人は結構どこにでもいて政治家であればヒトラーやスターリンのような犯罪的な結果を引き起こすのである。


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# by katoujun2549 | 2018-07-29 13:47 | Comments(0)

如水会館から神保町まで歩いたが、あんまり暑いので、岩波ホールの映画を見ることにした。ナチス政権の宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスの秘書を務めたブルンヒルデ・ポムゼルが、終戦から69年の沈黙を破り、撮影当時103歳にして初めてインタビューに応じたドキュメンタリー。1942年から終戦までの3年間、ゲッベルスの秘書としてナチス宣伝省で働いたポムゼルは、「あの時代にナチスに反旗を翻せた人はいない」と話す一方で、「ホロコーストについては知らなかった」と語る。彼女は皺くちゃのおばあちゃんだが、記憶も話し方もしっかりとしてる。ソ連に5年も抑留された苦労が彼女の皺を深くした。近代史最大の戦争犯罪者のひとりであるゲッベルスに誰よりも近づいた彼女の30時間に及ぶ独白を通し、20世紀最大の戦争における人道の危機や抑圧された全体主義下のドイツ、恐怖とともにその時代を生きた人々の姿を浮かび上がらせていく。


作品データ

原題

A German Life

製作年

2016

製作国

オーストリア

配給

サニーフィルム

上映時間

113


原題はA German Life

岩波ホール創立50周年「ゲッベルスと私」


彼女のユダヤ人の友人ハンナはどうなったか、戦後調査し、データを見つけて1945年死亡とされたが、彼女は1943年にアウシュビッツに送られていたことが分かる。神も正義も無いが悪魔は存在する。ゲッペルスは清潔好きで爪の手入れが行き届いた好感度な立派な人物に見えていたが、彼が何故演説をする時人が変わったような態度になり、大きな声を出すのに

びっくりしたと彼女は言う。普段は激昂することが無い人だった。彼女は悪人と一緒にいたのかもしれないと思うが、あの体制からは逃れようもなかったという。後からマシな対応が出来たという人はいたが全くそんなことはあり得ないという印象だったという。映画の題名がGermanLife。ゲッペルスの秘書ですら普通の生活をしていた。ユダヤ人の友人は何故いなくなったのが分からなかったのだろうか。命令に服従することが社会規範だった時代、何故と問うことができない社会の恐ろしさである。



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# by katoujun2549 | 2018-07-20 21:32 | 映画 | Comments(0)

小学生の熱中症死に思う


小学生の熱中症死という痛ましい事故が起きた。中高生の部活の熱中症による病院搬送は茶飯事。教員には非難が集中し、校長先生はペコペコ頭を下げることになる。先生め児童も予測不能だから起きこと。気の毒な事故。今年の七月の連日の猛暑は異常だが、何も今年に始まったことではない。特に小学生は夏休み直前で、例年はまだ梅雨期でもあり、学校も授業がある。最近の学校はエアコンのある場合もある。しかし、今回の事故には日本の教育の欠陥が垣間見える。必然的に起きた出来事という意見はマスコミも言わない。それは、日本の義務教育は団体訓練を中心に構成され、個人の一人一人には対応していないし、それを全く軽視している。そこに様々なトラブルが発生している。事故や今回の熱中症死も団体行動の中で発生していた。歩いて20分ほどの公園での学習がそれほどの負荷とは思えない。教員も業務上過失致死を問われるほどではない。報道では、その子供の体質や持病の有無などの情報が無い。もし、教員が一人一人の体調に配慮してその子を先に返すとか、参加を配慮したら、この悲劇は避けられたはず。


また、異常気象に対する教育委員会の指導があるかという情報もない。部活や団体行動の中で暑さを原因だと思う事故はかなり起きているにもかかわらずである。日本の教育は集団を統制し、平均値を軸に全てが組み立てられている。社会は個性ある人材を求めていることとは裏腹である。学校の先生に鬱病が多いのは今に始まったことではない。モンスターペアレントの登場も保護者の過剰な期待に応えてくれない学校に対するフラストレーションだが、何もこれを教員一人が背負うから、頭が壊れてしまう。特殊な事象に教員側も対応していない。特殊な事象は専門家やチームで対応する仕組みがあるなら心の痛みは和らぐはず。これは学生や児童も同じことだ。優秀な学生はそれなりに苦労している。例えば帰国子女で英語力が抜きん出た学生は同級生の嫉妬や場合によっては教員のターゲットになる。学習能力の無い落ちこぼれや、ADHD、発達障害、LGBTの子供は気の毒だ。受けザラは少ないし、親も気がつかない場合もある。解決策は少ないが、少なくとも対象を認識することから始まる。この平均集団の育成にこだわった教育は少子化の時代には害がある。100人を教える仕組みで、30人を教えては、受け入れる児童や生徒は教員に対する親近感も湧かない。号令ばかりでは、せっかくの小集団のメリットが無い。にもかかわらず、教員は少数教育を要求している。彼らもそのような状況に対応した教育の仕組みを研究すべきだ。アクティブラーニングやフィールドワークなど、新しい仕組みに一番抵抗するのが教員なのである。


今の教育制度は明治以来の富国強兵策によって出来上がり、そこに戦後民主主義が導入された。奇妙な接ぎ木が行われて大失敗しているのに国も教員も認めようとしない。塾や予備校、家庭教師ビジネスといった奇妙なビジネスが栄えるのである。昔の寺子屋は5才くらいから12才までが混在し、先生も子供達も相互扶助の仕組みで学習し、それが効果をあげていた。先生の能力も高く、武士が副業としていたし、先生は生徒と逆の位置から文章の添削も行っていく技術があった。先生の能力も論語、算盤、読み書きを目的にしていたが、これでは軍事技術に通じる能力には繋がらないと政府は考えた。実際は文盲のいない世界稀有の軍隊であったのだが。


また、寺子屋を国民全体、地域を越えて村落にまで制度化するのは無理だった。日本の教育全体が軍隊のようになってしまった。これは落ちこぼれを押さえ込む仕組みである。軍隊では落ちこぼれは全体を危機に落とすからである。軍国主義からの解放と個人に対応した教育技術こそ日本の教育課題なのである。


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# by katoujun2549 | 2018-07-18 11:37 | Comments(0)


ジュラシックワールド炎の王国を新宿ピカデリーで見ました。猛暑で上高田の剣道の稽古も無いから、映画に行くことにした。5時40分の回で空席が多少あった。3D吹き替え版。前日公開作品で、既に10億ドル稼いだ成功プロジェクト。この作品は、2015年公開のアメリカ合衆国のSF映画。『ジュラシック・パーク』『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』、『ジュラシック・パークIII
』から続く4作、ユニバーサル映画。

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ジュラシック・パークが崩壊したイスラ・ヌブラル島が火山噴火の危機に見舞われ、遺伝子工学でよみがえった恐竜を救おうとするオーウェン(クリス・プラット)、クレア(ブライス・ダラス・ハワード)らの奮闘がスリルとスペクタクルたっぷりに描かれる。前作に続いた出演だがよいキャラクターだ。前作のお馬鹿な支配人クレアは賢明な恐竜保護主義者に成長し、アホな子供たちとは違う頭のよい館に住む子供、ロックウッド財団の孫娘が登場。彼女の養育係のおばあちゃんはジェラルディチャップリンが演じた。自分としてはたっぷり楽しんだ。ハリウッド映画特有の、ガンで人が撃ち殺されるシーンは無く、やたら恐竜に噛み付かれ、食い殺されたり、踏んづけられたりだが、結構子供も楽しんで見られる。登場人物で怪しからんと思う奴らは大体恐竜に食われてしまう。子供は大人たちがやっつけられるのが好きだから。

ハリウッド映画は最近、見たくなるような作品が少ないような気がします。スターウォーズ、エイリアン、ブレードランナー、ミッションインポシブルなどヒット作の続編が出るが、そのようなテーマ作品の方が、オリジナルのものよりも安心して見られるから、つい見てしまう。いずれも巨額の資金を投入した作品。筋書きは単純で、主人公は絶対に負けない。勧善懲悪で、悪漢は必ず滅びる。ジュラシックワールド、炎の王国もその典型。前作はジュラシックワールドの恐竜が柵から暴れ出し、多数の観客が被害を受け、中の従業員達が脱出して終わる。今回はその舞台になった島が噴火し、恐竜達が絶滅の危機に陥って彼らを救出することが、前半のドラマ。しかし、後半は救出を企画した会社の責任者がオーナーのロックウッド一族の意に反して、捕獲した恐竜達を軍事利用や競売にかけて一儲けしようと画策していた。恐竜を守ろうとするハモンド家の孫娘はその陰謀に気がついていた。子供だが賢く、抵抗する。ハモンド家の館は北カリフォルニアの山奥にあり、巨大な宮殿のような建物。自分は昨年、サクラメントから、レークタホ、ヨセミテなどを巡り、森と雪を抱いて雄大な自然を満喫したが、まさにその世界だ。いつものシリーズのように、ラプトルやティラノザウルスが脱走し、ビジネスに恐竜を利用していた連中はことごとく、恐竜達に食い殺されてしまう壮絶なシーンが見もの。今回はラプトルの改良型のインドミナスレックスが大暴れする。ブラキオザウルス、トリケラトプスはいつもの配役。海の最強恐竜モサザウルスも健在。主人公が閉じ込められるが、隣の部屋にいた、パケキファロザウルス、石頭の頭突き恐竜を手懐けて、壁を破壊し、脱出する。今回は今までになかった恐竜が結構活躍して、火山の噴火シーンから、北米の自然、ハワイで撮影したと思われる海岸など、素晴らしい景色も堪能出来る。前作を超えているという評価がある。恐竜に関心がない人は面白くないかもしれない。

全世界興収約167100万ドルという大ヒットを記録した前作から、3年ぶりの続編で三部作になる。次作は脱走した恐竜達の物語だろう。冒頭のシーンとエンドがそれを予感させている。



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# by katoujun2549 | 2018-07-16 14:13 | 映画 | Comments(0)
文部科学省の次官候補の次男が東京医大に裏口し、入学の見返りに大学研究ブランディング事業の補助金を獲得した贈収賄事件が起き、文科省のエリート官僚が逮捕された。1977年に、奈良県立医科大学が過去11年間の入学者600人のうち3分の1以上の裏口入学を認めていたことが表面化した事件があった。また最近では、2012年に「医学部への裏口入学を斡旋する」として受験生の親から総額1億を詐欺する事件もあった。それからは私大の裏口は無くなったように思えた。昔から新興の医大は政治家などの利権の種であった。政治家にとって私大は利権の種で、加計学園などは安部はこれから育てていく腹で、今利用しようとしたわけではない。

ところが、近年医学部志願者が急増し、これまで3流といわれた医大も難関校になり受験偏差値が急上昇した。東京医大もそのうちの一つで、学校法人側は旧態依然の感覚で理事長は裏口入学を仕切っていたと見られる。先端医療による健康長寿社会の実現を目指した低侵襲医療の世界的拠点形成というのがテーマで5年間の補助金をもらえる。

東京大学に入っても将来が保証される訳でもない。官僚になっても、テレビのニュースで頭を下げたり、マスコミに叩かれる。難関の司法試験を通り弁護士になっても、必ずしも高収とは限らないし、法学部を卒業してもロースクールや司法修習で3年以上はかかるし司法試験に受かる保証はない。医師なら大学受験を乗り越えれば医師の資格試験は8割程度の合格率で将来安定した職が得られる。そんなことから医大入試は大変な人気なのである。医大というと大学受験の神的存在が東京大学理科Ⅲ類、そして京大などの旧帝大と東京医科歯科大から旧医専系の国立大、千葉大、新潟大、信州、岡山、長崎等が名門校であり難関校だが、慶応大学の医学部は別格、東大や医科歯科大に並んでいる。戦後は各県庁所在地に国立や県立の医大が生まれた。新興の公立医大は陸軍の軍医学校を母体にしている。医師他私立では慈恵医大、日本医大、日大医学部、北里医大そして問題の東京医大と続くが、順天堂、昭和大も負けてはいない。かつては私大医学部は東京大学や京大から教授を迎え、帝大医学部の植民地であった。しかし、近年はその構造は崩れ、各校の出身者が教育にあたるようになりつつある。順天堂などは、心臓外科の天野医師や須磨医師を迎え、また、入学金を下げて学費負担を公立並みにして優秀な学生確保に方針を変えることで偏差値の急上昇に成功、昭和大学も2年生までを全寮制にして学力の向上を目指し、国家試験の合格率を上げている。私大の経営努力による成果である。
そんな最中に起きた東京医大の不正入試の報道は衝撃であった。

医学部の勉強のみならず、実際は社会に出てからの勉強と努力が大切。それが医師の成長につながり、何も受験だけが全てではない。しかし、厳しい大学受験勉強をやり抜く忍耐力や知能は医師の修行にも無縁ではない。医師や弁護士には高い学習能力を必要としている職業なのである。


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# by katoujun2549 | 2018-07-13 15:44 | Comments(0)
スターウォーズの代表スター、ハリソンフォード演じるハンソロの若き日を描いた作品。監督はロンハワード。実はこの映画、製作中に監督が交代した。その割には成功したかもしれないが、スターウォーズファンにとってはイマイチ悔やまれる出来だろう。市川のコルトンプラザ東宝シネマズで18時10分の回で見た。3割程度の入りだった。

主役のオールデンエアエンライクはハリソンフォードを意識する必要もなく、良い持ち味を出していたが、何と言ってもハンソロの相棒チューバッカーとの出会いと活躍が見もの。スーパーエネルギーの争奪をめぐり、宇宙ギャングとの個装が描かれる。ストーリーは一言でいうと宇宙西部劇。いまいち盛り上がらないのが悪漢たちである。皆あまりにも弱い。
かつてのダースベーダーの衝撃はない。ハンソロがランドカルジリアンからミレニアムファルコン号を奪い取り、鉱山に侵入するシーンが盛り上げに欠け眠気すら誘った。前半の列車強盗シーンは圧巻だし、ブラックホール状のエネルギーホールから脱出するシーンの迫力、海辺の美しさなどの映像美が凄いのだが、悪の巣窟の平凡さがいただけない。自分としては結構楽しめたのが救いだがスターウォーズファンには不満が残る。ローグワンの成功に対比されると厳しい評価もあろう。
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このスターウォーズ、ミレニアムファルコン号などのすごいテクノロジーガあっても何十年もの間テクノロジーが全く進化しないのと、社会は無法地帯、かつ帝国の奴隷支配、カリブの海賊のような悪漢の登場などまるで16世紀の世界なのである。テクノロジー進歩が止まり、社会は16世紀に退化するという皮肉なのだろうか。

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# by katoujun2549 | 2018-07-13 10:28 | Comments(0)
70歳歳を過ぎ、暇人になり、毎日テレビを見る時間が増えた。ドラマは見ないが、ニュース番組を毎日見る。バラエティー番組になっていて、レギュラーメンバーもお笑い芸人、落語家、学者、そして必ず弁護士が入っており、ニュースの内容に応じ、医者、元警察官など、専門家が登場する。構成は似たり寄ったりだが、バイキングなどはお笑い芸人が中心。気になるのは、ニュースの分析や対象が大体、皆同じで、独自の取材が少い。また、CMが多く、ニュースの流れが分断される。以前は加計学園、森友問題、最近は日大のアメフト反則問題、和歌山のドンファン死亡事件、サッカーワールドカップ、文科省や財務相の不正が繰り返し特集される。制作側もニュースソース、特ダネの確保に苦労しているのだろう。面白くなければ見なければよいだけなのだが、暇だとつい見てしまう。
流石にNHKは独自のスタイルをとっており、解説や特集番組、ニュースウォッチ、クローズアップ現代などの構成を持っている。問題は民法だ。多分、放送記者、関連スタッフも少なく、新聞報道を越える内容は乏しい。というより、日テレは読売、朝日放送は朝日新聞だから当然、新聞に情報を分けてもらっている。しかし、災害や火事、事故になるとテレビの中継力は遺憾なく発揮される。西日本の洪水は格好の材料。
今はタイの洞窟に閉じ込められた少年の救出、西日本の水害ニュースが延々と報道される。この辺りはテレビの真骨頂だ。しかしこれも、キャスターの話は殆ど視聴者が自分の頭で考えればわかるようなことが多い。刑事事件も警察はテレビを警戒して情報を流さないから、憶測報道がやたらに多い。

マスコミ報道では彼らの自己防衛で、報道を避ける内容がかなりあり、そこが事件の真相を覆っている。犯罪では、暴力団、精神病、部落問題、在日、人種などの要素はきわめて慎重である。また、最近ではハラスメントやタレントの暴言などは必ず被害者の側に立って報道される。

麻原彰晃の処刑が行われたが、精神医・小説家の加賀乙彦さんは麻原は拘禁ノイローゼになっており、治療すべきという。死刑にしてしまっては真実がわからない。裁判所は死刑を実行するために、麻原は正常であるとした方が都合がよい。死刑判決にした以上、執行すべきという意見もある。真実の究明は法的に解決したと見なしたいのであろう。そこはテレビで討論してもらいたい。民放報道では加賀氏インタビューがあり、問題提起をしていたのが良かった。ほとんどのテレビ報道が事実だけを報道した。記者クラブで流された情報をまとめて放送すれば良いという感覚である。キャスターも皆が頷くような意見ばかりで反論しにくい雰囲気。ゲストも含め反対意見をいう人がいない。

キャスターみんなが一緒に笑ったり、付和雷同するようなニュース番組は見ても時間の無駄である。ニュースをお笑いにするのはお笑い番組でやって下さい。


最近は和歌山の野崎さんの話題が消えた。県警からの情報がないんだろうか。横浜の看護師による界面活性剤点滴混入事件はまれに見る大量殺人事件かもしれないが、西日本の洪水とタイの洞窟遭難事故で霞んでいる。ケービングの専門家がいかに危険かを叫んでいるが、現場の動きは先をいっている。司会が聞きたいことだけを専門家に聞くから真相がわからない。不勉強な司会は無知蒙昧な視聴者を代弁するのが方針なのだろう。自分のような脳梗塞寸前の痴呆視聴者が対象なのだ。いろんな専門家が登場するもんですね。ポンペオ長官が米朝協議をした結果も同様。


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# by katoujun2549 | 2018-07-09 10:52 | Comments(0)
 FIFAワールドカップ日本ポーランドの対戦が行われるボルゴグラード=スターリングラードはチュイコフ中将率いる第62軍が守る街にパウルス大将率いるドイツ第6軍が1942年9月から包囲戦を展開、120日に亘った戦いとなった。ドイツ軍は激しい空爆と砲撃を行い、街は灰塵と化した。このスターリングラード攻防戦はあまりにも巨大で、その実態を掴むのは容易ではない。ジューコフを中心に100日をかけて準備した逆包囲作戦が成功。12月にドイツ軍は完全に封鎖され、パウルスの第6軍は1月末に降伏した。
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 ドイツ映画では戦線の0815、ルーマニア映画、ドイツ映画は1956年壮烈第6軍最後の戦線、ドイツ・アメリカ合作スターリングラード、イタリア映画ではデシーカ監督のひまわり、ハリウッド映画 J.アノーのEnemy at the gate(邦題スターリングラード) などで描かれ、記録映画が公開されているが、その複雑な経緯、何故、ドイツ軍は失敗し、ソ連軍の作戦が勝利に結びついたかに関しては多くの著作もある。しかし、悲惨な有様は兵士の犠牲だけではなく、一般市民が退避できず、60万人いた市民が、終結時には9千600人になっていたことである。脱出に成功した市民もいたのだが20万人は死亡したと言われる。第6軍と枢軸国軍30万人は壊滅し、9万6千人が捕虜になったが、強制収容所に送られるまでにチフスなどで5万人が死亡、戦後帰国できたのは6千人程度であった。傷病兵などで包囲中に救出されたのは2万5千人。
 ドイツ軍はルーマニア、ハンガリー、イタリア、クロアチア軍も含め85万人を投入した。ソ連軍も120万人と言われる戦死者を出した。戦傷を含めるとスターリングラード攻防戦を通じての人的損害は、ドイツ陸軍総兵力の4分の1にあたる150万人におよび、3500両の戦車・突撃砲、3000機の航空機が失われた。コーカサスからの撤収に成功したクライスト上級大将の第1装甲軍なども、膨大な重火器と車両を遺棄しており、数ヶ月分の生産量に相当する大損失となった。モスクワ攻略失敗後、デミャンスクの包囲から空軍力で脱した成功体験をもとに、ゲーリングが安易に空軍で救出出来ると進言し、大失敗した事も敗因だった。ナチスの打つ手がことごとく失敗し始めた。ヒトラーの誤った作戦指揮とソ連軍の奮戦と犠牲によってドイツ軍は体勢を立て直せぬまま後退を続けた。独ソ戦の転換点であった。ベルリン陥落までさらに1年3ヶ月を要したのである。モスクワ攻略に失敗したヒトラーの挽回策は打ち砕かれ、この後暗殺計画もあり、彼の正常な生活や健康も失われた。あらゆる決断が誤るようになったのである。
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 6月24日のサッカーワールドカップの強敵、セネガルについての薀蓄。セネガルは中央アフリカの西端にある国。かつて、フランスの植民地であり、共通公用言語はフランス語である。奴隷貿易が盛んであった時代にここのダカールからアメリカ大陸に奴隷が積み出され、三角貿易の基地であった悲しい歴史がある。首都はパリ・ダカールラリーの最終地点で有名である。ダカール沖のゴレ島の要塞が悲劇の出発地である。ここから出港した奴隷の6人のうち1人が航海中に死んだ。

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 この中央アフリカは、部族が多く、言語も皆違う。真っ黒な肌の色の人が多い。身体能力に優れ、セネガル相撲も伝統の競技で、かなり激しい。さらに東京外国語大学の先生の話では、言語学習能力が極めて高い。異なる部族の言語は皆体系が違っており学習が難しく、彼らはそうした社会環境の中でいやがおうにも、言語学習には並々ならぬ関心とトレーニングを行う習慣がある。彼らは言語を学校で習うのではなく、独学で習得する。日本語などは、テレビで覚えてしまうそうである。漢字とか、文字に関しては不明だが、会話の能力が驚異的に高いのである。2002年の推計によれば、15歳以上の国民の識字率は39.3%(男性:51.1%、女性:29.2%)である[21]

 タレントのウセーヌジャーニュさんというセネガル出身の方が今回の対戦の下馬評解説に登場しているが、その日本語の上手さに注目したい。セネガルだけではなく、中央アフリカのカメルーン人も同様だという。wikipedia によると現地語としてウォロフ語セレール語プル語ジョラ語マンディンカ語などニジェール・コンゴ語族に属する各民族言語があり、とりわけウォロフ語は事実上の共通語として、北部を中心にセネガル全土で通用している。川を一つ越えると言語が違う。このあたりが経済発展のネックになっている。 この国には今もフランス人の官僚が中核に残っており、利権を抑えている。セネガル人の留学生の70%はフランスの大学に行くのである。フランス語ができないとエリートにはなれない。

松本仁一著 アフリカレポート(岩波新書)によると、旧宗主国のフランスが援助の名目で「コーペラン」という行政顧問を送り込んだ。現地の官僚は彼らに頼り切り、行政は実質彼らの主導権のもとにある。そこにフランス企業が乗り込み、行政情報を先取りして、全ての果実をさらっていく。フランス語圏はアフリカに14カ国あり、新たな植民地政策をたくらんでいる。フランスには多くのアフリカ人が移民し、低賃金労働から抜け出せない。今回のワールドカップで決勝トーナメントに進出すると彼らの給料が30倍になるそうだがそれでも年収300万円だそうである。
 
これらの民族語国語として格上げしていこうという動きもあるが、現実的な施策としては進展していない。あまりにも種族毎の言語が多いのである。民族語の表記法は伝統的にアラビア文字で行われていたが、現在では公式にはラテン文字で表記され、アラビア文字表記は非公式な民間の表記法として存在している。

11世紀に始まったセネガルのイスラーム化の流れは、18世紀から19世紀にかけてセネガル全土に広まった。この影響でイスラーム的知識人階級が植民地統治の直前には既にセネガルに存在しており、彼らによるアラビア語文学が宗教詩を中心として花開いた。セネガルの民族語は伝統的にアラビア文字を使用し、アラビア語の語彙を受け入れてきた。セネガルの各民族に属する庶民も、日々の礼拝やコーランの教育などを通じて、多少のアラビア語の知識を持っている。セネガルの人口の94%がイスラーム、5%がカトリック教会を主とするキリスト教

学制は小学校6年、中学校4年、高校3年、大学4年の6-4-3-4制。義務教育は小学校の6年間と中学校の4年間である。教授言語は小学校からフランス語であり、旧宗主国であるフランスの教育制度を基本的に踏襲している。



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コミュニティリビングに関して考えてみる。 2001年に放送された朝ドラの「ちゅらさん」は沖縄の小浜島から上京して、病院看護婦となった国仲涼子扮する古波蔵恵理が東京のコミュニティホーム風の下宿生活を送る。余貴美子やメルヘン作家役、菅野美穂演じる、ちょっとずれた個性豊かな住民が描かれていた。そのドタバタ劇が何とも人気で高視聴率だった。下宿一風館の管理人丹阿弥谷津子は93歳で存命、母親役の田中好子、おばあ役の平良とみは他界した。不思議なことに、ここでの生活や人間関係にはひと昔前のノスタルジーがあった。

       一風館のシーン 国仲涼子と平良とみ 古風な洋館


 懐かしいドラマだったが、このNHK好みの疑似家族は虚構である。というのは、居住においてプライバシーや生活への不干渉というのは必須事項であるのに、この一風荘では全く守られていない。住まいの基本要素であるプライバシーの無い人間関係は現代においては成立しないからだ。一風荘の個性豊かな住人との交流の舞台設定であり、あくまでも、ドラマを盛り上げる道具としてのリビングなのである。


 有名な漫画家が育ったという「トキワ荘」というのがあった。手塚治、石ノ森章太郎、藤子不二雄、赤塚不二夫といった漫画家が豊島区の木造賃貸アパートに暮らし、今日の漫画文化の礎を築いた。インキュベータとしてのコミュニティリビングである。居住が成功への足がかりになった例として話題になる。今日トキワ荘プロジェクトというのがある。奇跡のような成功漫画家を生んだトキワ荘にヒントを得て、プロを目指す若手漫画家低家賃住宅〜シェアハウスを提供し、彼らがプロとして自活できるように、アルバイトの時間を減らし、自己投資や勉強に専念できるようにすることを目的にしている。そこでは講習会や仕事の斡旋仲介を通じ、切磋琢磨できるコミュニティを形成しようとするのである。トキワ荘のようにうまくいっているかどうかは不明である。柳の下にドジョウはいない。トキワ荘に入るには、寺田ヒロオを総裁とする新漫画党に入ること。共同のトイレ、炊事場があり、4畳半一間のユニットで相互扶助が可能であったが、プロとしての技量、情熱、協調性などを基準とする入居条件があり、多くの人気作家を生むことは必然であったという説がある。


トキワ荘(1956~1958年頃)の住人まとめより引用 http//www.matome.naver.jp


 阪大の学長であった鷲田清一が身体論で述べている。「木造家屋を再利用したグループホームという空間では、ひとのふるまいが制約されているということとひきかえに、伝統的な暮らしを取り戻す可能性がある」という。「木造家屋を再利用したグループホームという空間では、そこで暮らす者にとって、身に付いたふるまいを残しつつ、他者との出会いに触発されて新たな暮らしを築くことができるという。このトキワ荘では各住戸は個室、プライバシーは守られている。共通の食堂などはない。

 16人の小さな学生寮というのは、コミュニティリビングという居住スタイルを取ることができる。4年間の大学生活で何を得るか、多感な若者の成長に寮というハードがどう関わるかを考えたい。同じ志を持つ若者たちが、集い、磨き合う機会を得ることが出来るなら幸せである。寮に入って様々な人格に触れて、時には傷つき、又共感され、理解し合う。寮が虐めや暴力の場になるリスクもある。実際、学生寮でも事件は起きている。

 大学生であれば問題解決は学生同士で行わねばならない。予測可能なトラブルを未然に防ぐ仕組みが必要である。

 4年の学生生活という人生における貴重なひと時をこれまでの家族から離れて共同生活をする。その象徴が、イエスを中心としたガリラヤ伝道集団であり、使徒達である。信仰共同体として生活を供にした集団として、ユダヤ教のエッセネ派があり、死海文書の発見とともに明らかになった。


 福音書の中にはイエスを中心に様々な時や場所で食事を囲む集いがあり、御ことばが語られていた。カナの婚礼から最後の晩餐に至るまで食事を囲んでのエピソードが多い。イギリスのパブリックスクールでは定例の食事が儀式化されたものもある。コミュニティにとり、全員が揃って食事をすることが大切な生活の要素であることは世界共通である。新たに改装された寮においてはそうした空間が豊かに準備されなければならない。


 近年、家庭において孤食化が増えたことは家庭のコミュニティが崩壊していることの象徴である。女性の就労や子供の塾や部活などの事情もあるが、家族の団欒は大切だと思う。ファミリーレストランや回転すし屋ビジネスは家族関係を取戻し、家族を認識しする場、喪失しつつある団欒の外食による代償行為でもある。コミュニティリビングでもこれを再構築する試みがなされている。学生寮も近年、共同キッチンを設けて自炊を軸にコミュニティを形成する施設が増えた。


家庭の団欒や食事を共にするという今は失われた家族コミュニティの要素が寮という共同生活の中で復活し、若者の成長に寄与するのである。孤食という現実に妥協するのか、共同体の原点に回帰し、食育といった教育効果を狙うかは寮運営のポイントとなる。

 共同生活をより快適にするには何が大切か。イエスは伝道旅行の中から使徒達の行動などからもヒントを得ていたと思う。弱きものに従う、小さなものを大切にすることは福音書のメッセージだがこれはコミュニテイを良くする原則である。その逆であったらその集団を支配するのは何であろう。強いもの、優秀なもの、豊かな人が中心になる。そうした力が支配する学生寮は世の中には存在する。社会人になればそれは常識かもしれないがそれでは幸せな社会にはなれない。寮の中心に聖書があり、イエスキリストが見守るならば、それによって学生の生活は守られるのである。クリスチャンが全くいない時代においても、国立の寮では聖書研究会が守られてきた。キリスト教主義の学生寮は今も守られている。

 こうした秩序を守るためには寮母の役割は大切である。もちろん男性でも良いが、食事の提供とか清掃、清潔の維持を守るには女性の方が好ましいと思う。寮母の役割は何も食事を作ることに特化する必要はない。しかし、メンバーの一人として、全員が揃って食事をするマネージメントは是非行って頂きたい。21世紀の学生寮のあり方を今後も追い求めていくのが一橋キリスト教青年会の役割である。


英国独立学校の監督生制度に関する一考察
―変容するプリフェクトに焦点を当てて―
古阪  肇 著
早稲田大学 教育・総合科学学術院 学術研究(人文科学・社会科学編)

寮運営の長い歴史を持つイギリスのパブリックスクールと現代に至る変遷について述べている。
学生寮を統治するため、自治の仕組みとして優秀な生徒をプリフェクトとして選定し、特権を与え、生活面の監督を行うもの。
過去においてはファッギングという付き人制もあり、リーダーシップを磨く仕組みとなっていた。日本では体育会の上級生の新入生支配に類するもので、生活上の雑務をこなすと共に徒弟的人間関係が形成された。イギリスのパブリックスクールは厳しい規律で統制され、勉強とスポーツに集中した生活を強いるもので、食事も貧弱で、苛めや男色の巣窟にもなった。豊かな貴族階級の師弟を鍛え上げる仕組みとなっていた。プリフェクトは食事中は食卓の端にいて世話や監督をする。校内室内の指導監督と火気の取り締まり、集会の指揮指揮と点呼、生徒間の紛争の仲裁解決仕事内容とする。今はプリフェクト制度の良さは評価されているが、ファギングは苛めや奴隷的使役の温床と批判され消えている。
20 世紀になっても依然状況の悪さが垣間見える描写が記録されている。1920 年代にリース校(The Leys School)に学んだ池田潔は,自著の中で,生徒が生活するハウスの様子を「教師の室と病室を除いては学校中に暖房設備というものがない。室内を吹き荒ぶ木枯に一夜が明けて,朝,目が覚めると毛布の裾に薄く雪が積っていること」もあったと懐述している。また,池田が独立学校に在籍した時代には学校で夕食がなく、パブリック・スクールの食事は「質からいえば,この食事はイギリス人のもっとも貧しい家庭の一歩手前のそれであり,量の点では,夜食が全然ないことからいっても,その標準にすら及んでいないといえるであろう」 と記している。無論 21 世紀現在は食事事情についても改善され,寄宿生は毎日 3 食の食事がハウスや食堂で提供されている。この報告では現代に至るプリフェクト、ファギング制度の変遷が焦点であり、パブリックスクールの前向きな記録は池田潔の「自由と規律 イギリスの学校生活」に詳しい。

お茶の水女子大学 高等教育と学生支援 2010 年 第 1 号
アメリカの大学の学生寮視察調査
―本学の学生寮への提案―
The investigation of dormitories at American universities:
A proposal to dormitories of Ochanomizu University
赤坂瑠以 (Rui AKASAKA)
お茶の水女子大学 学生支援センター

アメリカの学生寮では、寮生と教職員が連携してイベント等を企画・運営していることが1挙げられる。また、イベントは娯楽的なものばかりではなく、弁論大会、異文化交流等の教育的なイベントや、スポーツ大会等、多様なものが実施されている。このように、多様なイベントを実施し、間口を広くすることで、寮生が自分の興味の持てるイベントに参加できるようにし、様々な活動を通して、生活を充実させると同時に、新たなチャレンジを通して、将来の選択肢を増やすことが可能となるものと考えられる。一橋大学では、これまでは、教職員と学生とが連携してイベントを企画することはなく、寮生が主体的に実施しているウェルカムパーティなどのイベントや聖書研究会、クリスマス等が伝統として受け継がれてきた

 ハーバード大学では、学内で様々なイベントが催されており、多くの寮は学内にあるため、取り立てて寮
に限定したイベント等は行われていない。ただし、学内の寮では、寮生が個人個人で主体的にイベントを企画したり、参加したりすることがあり、寮にもよるが、寮内での交流は概ね行われている。また、上級生と下級生の交流も特別に企画されてはいないものの、寮生が集まる食堂で、授業の課題について教え合ったり、就職や進学の相談をしたり等、日常的に関わりをもち、助け合っている。
 大学からの特別な働きかけがなくても、このような交流が自発的に行われる理由として、一つには、学生が自立を目指し、寮でも主体的に生活する姿勢をもっていることが挙げられる。自宅からの通学距離の関係もあるが、アメリカでは、大学生になると親元から離れて寮で生活することが一般的である。そのため、学生も寮生活を通じて、自立していく意欲をもっており、寮内で、何か問題が起こった場合には、自分たちの責任として捉え、できるだけ当事者同士が話し合って、問題解決するという意識を持っている。

イギリスの学校生活 自由と規律 岩波新書 池田 潔著
 
 食事事情の悪さについては,小遣いで食べ物を購入することや,親から届けられる差し入れの食料,さらにそれらを友人と分け合うという経験を通し,友人の選び方を学び,親への感謝の心を育ませるという狙いも見られるため,予め教義に基づいて意図された訓育であると捉えることも可能であろう。20 世紀以降も英国独立学校の生活条件は,現在に比して劣悪であった。著者の池田潔は、三井財閥と日銀トップを務めた池田成彬の二男で、第1次世界大戦直後から満州事変直前の時期に、17歳で渡欧し、英国のパブリック・スクールのリース校、ケンブリッジ大学、独ハイデルベルク大学に、通算11年間学んだ。
本書は、英国の伝統的精神がいかにして育まれるのかを記した名著
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ユナイテッドシネマず豊島園でピーターラビットを見た。2018年コロンビア製作のどたばた劇。結構楽しく見た。

このピーターラビットと来たら結構な悪がき。一家を挙げて女性画家のピアの潔癖性のお隣さん、彼女の恋人マクレガーを痛め付ける。ビアトリクスポターの絵本で見る平和な田園野うさぎ一家ではない。ハリウッド映画になるとこんなに暴力的になってしまうのか。まるでバックスバニーである。マクレガー役はドーナルグリーソン、ピア役ローズバーン


バックスバニー
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ピーターラビットは穴ウサギという種で愛玩用のネザーランドドワーフとは違うらしい。日本でも飼われており、飼育しやすいので人気が出ている。特に毛並みが柔らかくおとなしいので女性に人気がある。猫と違いなまえを呼ぶと反応する可愛いさが
人気のもとで、トイレもしつけられるそうである。
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出だしから物騒。ピーターの父親はマクレガーの叔父さんに捕まってパイになってしまったのだ。その復讐もありマクレガー一家には一物ある。マグレガーは叔父さんからの相続物件を受け取り維持したい。隣地の女性ピアはピーター達を可愛がっていた。マグレガーとピーターラビットと仲間達の抗争はエスカレート、彼はダイナマイトを使ってピーター達を攻撃する。ビアトリクスポターが見たら怒り出す設定だ。平和な湖水地方が破壊の場になる。お隣さん同士の恋はピーターラビットの家がダイナマイトで爆破されることで破滅。しかしピーターラビットの反省でロンドンに帰ってハロッズに勤務する几帳面で出世志向の彼を説き伏せ、ピアとの恋を再度開花させることに成功する。何とも騒々しいピーターラビットであった。
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# by katoujun2549 | 2018-05-30 21:14 | 映画 | Comments(0)

1.ママレード作り

七十になり、毎日に暇な時間がある。

館山のカニタ村から甘夏みかんが段ボールに詰められて送られて来た。20個はあり、一人住まいの自分には多すぎる。さりとて、人に配るには古いタイプの夏みかん。無農薬とはいえ、最近の柑橘類は皮を剥き易いし、甘いから、かえってご迷惑かもしれないと思い、自分で食べることにした。酸っぱい中に甘さを感じるのは嫌いではない。昔は遠足となると、もっと酸っぱい夏ミカンは定番。バナナは高級で、今の10倍くらいの値段であったような気がした。これも高級品のチョコレートを先に食べてしまうと、ことの外、顔を歪めるほど酸味が効いた。何故か分からないが、食べると汗が出る。タオルで拭くほど。昔はイチゴも甘くなかったから、砂糖やコンデンスミルクをかけて食べたもの。高度成長期になると、甘夏みかんが出るようになり、父親は朝、2つに切り、砂糖を切り口にかけて、グレープフルーツを食べるようにスプーンで食べた。グレープフルーツが安くなり、先のギザギザになったスプーンで食べるようになったのは更に後のこと。最近、自分は心臓が悪いから、薬の食べ合わせには気をつけている。不整脈の人はワルファリンを飲むが、納豆を食べると効かなくなる。グレープフルーツも食べると効きが悪くなる薬が多い。カルシウム拮抗薬(高血圧や狭心症等) ・カルブロック(アゼルニジピン) .不眠症治療薬(寝つきを良くする) ・ハルシオン(トリアゾラム) 免疫抑制剤(免疫反応を抑える) ・ネオーラル(シクロスポリン) .高脂血症治療薬(コレステロール値を下げる) ・リピトール(アトルバスタチンカルシウム水和物)


ところがオレンジや甘夏みかんは食べ合わせの問題が無い。


いただいた甘夏みかんは懐かしい味。毎日食べて飽きない。両親が生きていた時代の団欒の食卓の記憶が戻ってきた。父親2がつに切り、砂糖をかけて食べていた姿を思い出した。夏ミカンは日持ちがする。甘いミカンは一週間もすると青カビが出るが、このミカンは一向に痛まない。小ぶりのやつが、6個残っていたから、これらを、ママレードにすることを思い立った。


一個の皮を、十字に切り込み、皮と実を剥がし、袋の薄皮から中の実を取りだす。これらを水につけて1日置いて、次に砂糖を500グラム入れて煮る。皮は煮る前に柔らかくなっているから、千切りにする。とにかく柔らかくなるまでグツグツ煮る。ミカンの皮は簡単に剥くことが出来るが、果実の薄皮から実をほぐすのが、6個ともなると時間がかかる。煮込み始めたら、後は焦がさないようウオッチし、時々かき混ぜればよい。黄金色のママレードができた。明日はパンに着けて食べよう。沢山作ったから子供達にもわけてあげよう。


朝食に頂いたが、絶品でした。無添加風味でしょうか。余韻が残る味。甘夏ピールはヨーグルトに入れて食べました。

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2.大失敗

土曜日、市川八幡の家に帰って、冨貴島道場での剣道の稽古に行った。時間が遅かったので、家で稽古着を着た。近隣の皆さんにはそのように着装は家でしてくる人もいる。急いで稽古に行き、中学生相手に休まず元立を務め、汗をかいて家に戻った。ドアを開けて汗を流そうと思って鍵を探したが見当たらない。防具袋に放り込んだと記憶していたのが間違い。これは、体育館に落としたかなと急いで戻ったが、最悪の事態になりつつあった。既に玄関の明かりは消え、門の鍵も閉まっているではないか。ぎょ!家には誰もいないから、中に入れないし、携帯も財布も置いてある。おまけに、稽古着を着て家の前をウロウロするしかない。何度防具袋を開けて探したが、無いのだ。ヤバイ!締め出された。家の駐車場の車の前に立ったら、何とドアのランプが点灯し、中に入れるじゃないか。鍵のセンサーが効いたということは、玄関の前あたりに落としたのか。必死に探してみた。暗くてよく見えない。通行人は妙な稽古着を着た男が、はいつくばっているから、不思議な顔をして通り過ぎていく。仕方ないから、車の中に入って今日は過ごすか、中に入れるだけでラッキーと思い座席横のボックスを見たら400円あった。何とスタートボタンを押すと、エンジンがかかる。なんじゃ!車の中にキーが無ければありえないが、探してみる気にもならない。そうだ、飯田橋にいる妹のところに行ってスペアキーを借りに行く事にした。妹が家に居ないと困るから、運転しながら、公衆電話ボックスを求めたが、携帯時代の昨今、なかなか無い。両国までに1箇所だけであるが、見つけて電話したら、幸いに出たから安堵。45分後には着いた。妹はジュースを持って待っていてくれた。入れるものが無いから、キーを受け取って懐に手を入れたら、何と太った脂肪に覆われたお腹に車のキーと一緒に紛失した家の鍵があるじゃないか。車が動いた時に気がつくべきだった。馬鹿みたい‼︎ これで落着。とはいえ、夕食を食べる間も無く、汗に濡れた稽古着のまま車で帰宅したのは12時前。無益な時間を過ごしてしまった。シャワーを浴び、インスタントラーメンを食べてその夜は幸せ気分で寝た。翌日の日曜日は朝から昨晩のことが頭に浮かぶと、虚脱状態で何もする気にならなかった。教会も国立の稽古も休みとなってしまった。


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# by katoujun2549 | 2018-05-30 01:49 | Comments(0)

 日大アメリカンフットボール部の内田前監督は心労のあまり入院してしまった。被害を受けた関学の選手は練習に復帰しているというのに、加害者側が何で入院なのか笑いを誘うが、さらに波紋は広がる。テレビのニュースでは関学と日大の試合の暴力事件が毎日続いて炎上している。おまけに名前が似ている日体大もとばっちりを受けているらしい。これまでの教育機関の枠を超えたそれいけドンドン経営は終焉を迎える。この学校の理事会は理事長が相撲部で体育会的体質なのである。経営上は相撲協会のような鈍感な対応しかでき無い。暴力団の方が手慣れた対応をするだろう。結果論だがこれは最初から刑事事件として処理することから始めた方が良かった。相撲協会の日馬富士事件同様の村社会事件が大事件に拡大したケース。昔から大学には暴力事件や殺人、飲酒事故、不正問題があり、大学内部の問題で済んだこともある。ところが、今回は他校が被害者であることや初期対応のまずさから騒ぎが拡大した。

今回、驚くのが、監督とか、コーチがルール違反を誘発することを主導し、これを懸命に隠蔽しようとし、その言い訳が彼らの無能を晒したことである。そして、その中でパワハラのような権力的で、理不尽な指示が行われたことに、マスコミも炎上したのであある。


 これほどまでに騒がれる理由は日大のマスコミ対応のまずさにもよるが、日大の規模の大きさ、社会的影響力の大きさもあると思う。かつて、1970年前後の日大紛争は全国の大学に影響を与えた。2015年度の収入規模1,882億円は私立大学全体で第1位であり、2016年5月時点での生徒数については大学定員62788人に対し、学生数70677人の巨大校、日本の大学全体で第1位である。卒業生は114万人。付属の中学高校もあり、今回のアメリカンフットボール部前内田監督は人事担当の常務理事であり、経営上は理事長に次ぐ権力がある。日大の経営は仮に学校の入学者が1%定員を超えたとしても、7億円の純利益が上がるのだが、実際は10%を超えており、莫大な利益を上げてその規模を拡大し続けてきた。この一体育会の部活がこれほど大きな社会的影響を持つということは、スポーツの力の大きさを感じさせる。

社会に対して、事件が発生した場合、その責任を曖昧にしようと、嘘をついたり隠すことは時には全体に波及する。マスコミ以上にSNSで拡張する。

今回の監督の行動は、組織防衛行動で辞任発言や事実の隠蔽を行っている。体育会の一部門アメリカンフットボール部という小規模な「ムラ」だが、その中で感情に駆られた防衛行動が自身にとってさえ有害無益な結果を招く。しかし、理知による予測と説明が要求される。ところが、理は情より弱いので、感情にかられて起きる小集団防衛行動の制止は難しい。


 日大の場合、文字通りのマンモス大学であるから、ステークホルダーは規模が大きい。現役学生約7万人は、日本一を誇り、このほかに通信部や短期大学、さらに付属校などがある。卒業生は116万人、会社社長として活躍する卒業生の数は2万人を超え全国1位。ほかに、教職員や、学外関係者、卒業生を採用する企業なども広義の利害関係者に含まれよう。日本の国全体で見ても、有数である。

 もし、組織防衛の単位を、この巨大な単位で考えるなら、組織を守る行動は、非は非と認め、原因を解明し、今後の改善を図ることである。しかし、認識する組織が、当人から顔の見える範囲にとどまれば、問題を糊塗あるいは矮小化して、批判の目から隠したいという行動にもつながる。実際に暴力事件を起こした若者に指示をした、しない、言った言わないという記者会見に終始しようとした。若者は失うものは少ない。そこが権力側との認識のズレを生じさせる。権力側の失うものはあまりにも大きいのである。

 森友学園や加計学園の問題も似たところがある。権力者を守るためには嘘やデータの捏造も辞さない。かつて、ナチスはユダヤ人絶滅を指示したデータを隠滅し、指示においても最終的解決という隠語を使った。オウム事件もそうだし、暴力団の組長の抗争指示も似たところがあると思うのは自分だけでは無いだろう。

 学問の府である日本大学が我が国の権力者の貧困と同質であったというところが悲しい。日大には医学部や薬学、芸術学部など社会的にも良い働きをし、影響の大きな分野が沢山ある。おそらく、内田前監督も井上コーチもその影響があまりにも大きいことに当惑し、記者会見での言葉も容易に選択できないのである。当事者として対応力の無い面々が右往左往しているのが現実である。


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新潟の幼児殺人事件に思う報道の危うさ


容疑者が逮捕されて一安心だが、流言飛語を煽るマスコミは反省しない。


新潟の小学生殺人事件についてテレビ報道は連日続いている。容疑者が逮捕されたが、それまで、近隣や小学校関係者の噂のような情報で、不審な白い車、サングラスをかけ、黒づくめの服を着てマスクをした怪しい男の情報が何度も話題になった。この報道を聞くたびに笑ってしまったが、いかにも、想像の変質者である。このような事件では、意外な人物が犯人であることが多い。PTA会長が犯人であったり、近所では挨拶をきちんとする青年であったり、いかにも普通の人間が異常な行為をするのである。犯罪を行う人間は外見では分らないのである。


白い車などどこでも走っているし、黒装束の人がいたとしても今更そんな人物は同じ服を着て現れるわけがない。まるで、忍者の姿ではないか。全く無意味な犯人像であり、そんな話は疑わしいことを報道すべきだ。捜査上は、こうした犯罪は殺人に至るまでに、近隣居住者で不審な行為や逮捕歴、前歴のある人物から洗い出すことは常道であり、今回も事件の発生直後から警察はそのような不審者の洗い出しを行い、その成果が出たのである。幼児に対する特殊な変質行為の前例やプロファイルの想定ならわかるが、何の責任もない小学校関係者の妄想のような犯人像をいかにも実際にあったかのような表現で報道するのは安直としかいいようがない。今回の逮捕された容疑者にしても供述もあいまいで、問題は自白の強要があったのかとか、証拠のなかで、指紋の一致とか、証拠品の不明など真犯人に至る曖昧な情報を問題とすべきであろう。マスコミの調査とか、瓦版版レベルの報道の仕方に唖然としてしまった。キャスターの誰もが報道に疑義のある発言をしていない。彼らは皆、原稿を与えられ発言もコントロールされているのであろう。


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NHK 明日も晴れ 人生レシピ「解消 膝の痛み」キャスターは賀来千香子さん。2012年12月の再放送を見た。

変形性膝関節症は運動で治るというもの。剣道の高段者で、年配の方に膝が曲がらないとか、痛みに苦しんでいる人が見受けられる。

 蹲踞ができない、また、剣道形7本目の膝を落としての胴打ち後の残心が取れないといったことがあり、自分も心配している。
 幸いにまだそのような症状はないが、時々寝ているときに針で刺したような痛みが走ったときもあり、自分も危ういような気がする。

変形性膝関節症は推定患者2500万人とも言われる。何と高齢者のほとんどではないだろうか。加齢肥満、膝の酷使、O脚、X脚などで膝の軟骨が減ることが原因で骨が擦れて激痛が走る。自分は15キロ以上体重オーバーだからやばい。

膝の関節痛で外出や運動もできなくなり、動かないと、さらに症状が悪化する。膝の使いすぎが原因であるとされ、医師によっては痛み止めの処方だけで済まそうとすることもあるが、専門医師によって解決出来ることがわかる。

帝京大学整形外科 中川匠教授の指導で軽い症状は解消されることが番組で紹介された。自分も昔、腰痛が足上げ体操により内筋を刺激するだけで解決したことがあり興味を持ってみた。
近所の流行りの整形外科は高齢者で満員、医師の診断では椎間板ヘルニアといわれたが、別の病院ではM RIで検査、脊椎管狭窄症と診断されリハビリ医の指導を受けた。ヒアルロンサンの注射とか、針治療などは対症療法だ。

この道の名医は様々な症状の程度に応じた治療を行っており、専門医の差を感じた。膝とか、腰の整形外科には医師の能力差が大きい。

身体活用術の甲野善紀先生は、関節の使いすぎで膝や関節が障害を起こすというのは間違いといっている。そもそも、人間の生体反応として、使いすぎたらダメになるという単純なものではないことがわかる。バランスの良い負荷は生体を活性させるということもある。しかし、特にに女性に膝関節症は多い。骨粗鬆症はホルモンの影響もあるのだろう。必ずしも剣道が原因というわけではない。しかし、年配の八段の先生でも全く膝の悪くない方とそうでない方がおられる。剣道家の比率は少ないのではないか。

骨というのは筋肉に比べて成長が遅いし、年齢で衰えやすい。とくに、女性は骨阻喪症になりやすい。骨の劣化は確かに存在する。しかし、剣道の稽古で膝や骨の成長にはプラスになる部分もある。剣道の振動が骨を固く締まったものにする。膝の痛みは軟骨がすり減ると、小さな軟骨の破片が炎症の原因になる。 免疫システム が反応するという。動かさないときでも、骨の破片が原因で免疫システムが作動し炎症が起きる。どうも自弁の痛みはこれではないかと思った。

軽度の場合は大腿四頭筋 中でん筋 腰の筋肉強化で 膝の負担を減らす。 筋力の低下も膝の関節負担の原因なのである。
体操として、
膝を椅子に座り足を上げる20回1日3回、椅子から中腰の屈伸10回、2回/日で改善が見られる。
O脚の方は靴の足底板(保険適用 義足技師に作ってもらう)
重い荷物を持つ仕事を長くつずけた方は重症者になる場合もある。その場合は
人工膝関節手術 リハビリが必要だが、症状の重い人は驚異的な改善が見られる。
とても、興味深い番組であった。

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映画グレーテストショーマンを市川のコルトンプラザで見た

原作者: ジェニー・ビックス

アメリカのエンタテインメントではショーは重要な分野。ミュージカルだがこれこそアメリカというメッセージが込められている。この映画で見られる空中ブランコや曲芸が楽しめる立体パフォーマンスは、現代最高の総合芸術“シルク・ドゥ・ソレイユ”の原型か?
 バーナムを演じていたヒュージャックマンはX m enのイメージも強いが、彼はミュージカル、レミゼラブルにも出てトニー賞の受賞もしている。

 実物のバーナムは、興行師になる前は事業に失敗。沈没した船を担保に銀行から借入金をせしめ、やはりホラ男、山師と呼ばれても仕方がない人物だった。見た目が人と違う人間を見世物にすることで儲け、興行師として成功する。奇人、異形、奇形の人を集めて見世物にした。何も芸術ばかりが人々を楽しませるわけではない。しかし映画では、バーナムの純粋に人々を楽しませたいと願う無垢な情熱が、個性的なパフォーマーたちを劣等感から解放していくプロセスを、ストレートに抽出して行く。サーカス興行はアメリカのショウマンシップの原点なのかもしれない。彼の興行は後に史上最大のショウと呼ばれたリングリングサーカスに受け継げられた。ところが、サーカスは惜しまれつつ今年150年の幕を閉じた。この映画を見て、ドナルドトランプを思い出してしまう。話は変わるが、

物分りの良い政治、グローバリズムという幻想、公平とか民主主義の裏の階級社会に支えられていた民主党政権は終わった。トランプの猥雑な、強力なメッセージ性、暴力的な言動こそアメリカでもある。

                 実際のバーナム


ポップなアメリカの世界はヨーロッパとは異質だが、アメリカ人はヨーロッパのスノブな芸術も取り込んでいく。ヨーロッパの歌姫を興行に取り込み一儲けしたいというバーナムの構想は突然挫折する。しかし、彼とその仲間たちは雑草のように再生していく。

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# by katoujun2549 | 2018-05-09 10:22 | 映画 | Comments(0)
日本人が知らない満州国の真実 宮脇淳子著
封印された歴史と日本の貢献

宮脇氏は日本の歴史教育の盲点を突いた見解にインパクトがあるのだが、彼女の歴史学ではなく、歴史に関するオピニオンが歴史修正主義者や右翼的な政治家に利用されそうな事が残念です。学問的な手法を取らずに断定的見解を言い過ぎるのだ。

この本で書かれているのは満州というよりは、日本の近代史である。
日本の歴史学習は近代史、特に第二次世界大戦前後はあまり教えられていない。古代史から順に教室で教えられても、第二次世界大戦まで行き着かないうち授業がしまうからだ。教科書はむしろ現代から日露戦争の辺りまでを第1章にして先に学ぶべきだと思う。何故明治維新が起き、その後日露戦争や満州事変、経済恐慌、2・26事件、第二次大戦や安保条約、日本国憲法を学んでから江戸時代や古代に戻った方が歴史の関心も違ったものになる。敢えて近代史を教えないように古代から学ばせているのかもしれない。

この本の著者、宮脇氏は歴史家というよりは独特のオピニオンを持っている。例えば日本人には憲法はいらないとか、朝鮮や中国の歴史に関してもかなり、独断的な説を言い切る。我々が検証しきれない領域について、正論を疑うから面白いのだが。例えば張作霖爆殺はコミンテルンの陰謀とか、ジャーナリスト的な推論を交えるから当惑してしまう。半藤一利氏などの評論が明らかにしている満州における横暴な陸軍の謀略を氏の嫌いな共産主義者のせいにするなど、彼女が批判するコミュニストと同じ穴の狢ではないか。かなり、定着した共産主義者の歴史観に我々は影響されているのは確かだが、どのような方法論で反論しているのかがわからない。我々の世代は日本史の教員は殆どがマルクス的な歴史観念で、資本主義の崩壊とか、経済を下部構造として政治や権力が形成されるという説明をしていた。大学に入り近代経済学、ミクロ経済学やマックスウェーバーの歴史観念が衝撃であった。ここではそのような説明はなく、人はお金だけでは動かないといった道徳観で解釈され、これでは歴史の説明は説得性に欠ける。

しかし、我々の歴史観はドイツ歴史学、ランケ以来の手法により実証性に重きをおいた解釈がなされる。それとは無縁の結果主義とも言える中国人や韓国人の歴史観に批判と解説を加えている。「満州族」による清、支那について鋭く見解を述べている。清朝の実態、日露戦争、朝鮮半島と日本の関係などが我々の知識を越えた見地、学識から説明される。我々の知らなかった中国近代史を学ぶことができた。

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# by katoujun2549 | 2018-05-03 19:29 | 書評 | Comments(0)
スピルバーグ作品 映画 レディプレイヤーを市川の東宝シネマコルトンプラザで見た。 近未来、人類は思い浮かんだ夢が実現するVRワールド「オアシス」で生活していた。スティーヴン・スピルバーグがアーネスト・クラインの小説を映画化した、仮想ネットワークシステムの謎を探る高校生の活躍を描く。VR満載の映画であり、AKIRA、メカゴジラVSガンダムのバトルなど日本のポップカルチャーとハリウッドアイテム満載の映画という先入観で見た。
時は2045年、都市社会は崩壊し、貧困から抜け出せない人々はVRの世界に耽溺する。このバーチャルリアリティ世界はある天才ゲームプログラマーによって創造され、彼は亡くなる直前、彼が隠した3つのキーを探し出した者に56兆円のVR運営会社の経営権を譲るという遺言を残した。この鍵の一つをを最初に見つけ出した少年グループと経営権を握ってきた経営者とのバトルが始まる。
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これぞVRの支配する世界。VR空閑において人間はアバターとして行動する。ゲームの世界と仮想現実の映像の世界に入り込んで自分の思い通りの世界に変身しVRスペースを楽しむ。
少年たちは鍵の秘密を遊び心を持った創設者の気持ちを共有しているが故に、鍵を発見していく。少年たちはアバターとして巨大なアーカイブズをもった図書館に行く。そこで過去の制作者の記録が見つかる。スタンリーキュブリックのシャイニングやゾンビの世界、ゲームのレースバトルで連帯感を持ったアバターが現実に戻り友情をもって仮想現実の経営企業の支配と戦う。企業経営者はバーチャルの空間と現実社会の両方で少年たちと戦い、経営の独占を守ろうとする。このせめぎ合いが何ともストーリーを複雑にするのだが、
この映画のユニークなところ。かつてトロン(TRON 1982年)
が仮想現実のIT世界を描いた時代からの進化を感じさせる。トロンは「世界で初めて全面的にCGを導入した映画」として話題になったが、実際は前出の通りフルCGシーンは15分と短く、コストや納期の都合等で仮想世界シーンを完全にCGで作成する事は出来なかった。この為、多くのシーンで手描きのアニメーションが代わりに用いられた。この映像とは隔世の感がある。

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# by katoujun2549 | 2018-05-02 01:31 | 映画 | Comments(0)

最近、駅前食堂、ケーキ屋、饅頭屋が消えつつある。その原因は何か。それはパンが美味しくなった事が原因だと思う。

昔はどこの駅前にも食堂があり、蕎麦屋だけではなく、天丼やカツ丼、天婦羅、刺身を食べられた。これがこの10年間に急速に消えていく。市川の京成八幡駅前にあった『大黒屋」が閉店となった。大黒屋は、かつて、八幡で最後を迎えた永井荷風の大好きなカツ丼や天丼を題し、また、鰻重などもやっていた。 永井はここのカツ丼を食べて帰宅後嘔吐、喉に詰まらせて窒息死した。当時は今のように駅前には食堂が少なく、外食の機会も無く、めったに食堂にも行かなかった。大体、寿司も、蕎麦も出前で家で食べるのが普通だった。自分も、大学受験で合格したとき、一家で大黒屋の鰻を食べに行った記憶がある。そんな時くらいしか食堂やレストランには行かなかった。今、八幡の京成八幡の南側は大規模な再開発がすすみ、風景も変わってしまった。かつては老舗の趣の会った大黒屋だが、永井荷風で有名なだけで、どこにでもある駅前食堂になってしまったのが、何となく物悲しい感じであったが、ついに閉店となった。

 もう一つはドルチア本店というケーキ屋さんである。ケーキ屋さんは競争が激しい割には市場が拡大しない。ドルチアはロールケーキやモンブランで有名であった。これが3月末で閉店となった。ケーキ屋さんが苦しいのは、近年パン屋のレベルが急上昇で、美味しいパンを売るパン屋が増え、さらに、ケーキまで扱っている。専門店よりは若干味は落ちるが、モンブラン、アップルパイ、ロールケーキも売っている。さらに、これらはコンビニでも売っている。もちろん、1個600円のショートケーキは美味しい。吉祥寺のアテスウエイという西東京No1のケーキ店は1つ500円、有名なモンブランは680円。

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ところが、消費者は、必ずしもお菓子には最高のものを要求しない。価格も大事である。ケーキ屋さんにはパンを売っていない。さらにコーヒーも飲むコーナーがあり、しかも喫茶店よりは安い。これでは、勝負は見えている。あおりを食らったのが和菓子屋さんである。大福とか桜餅、柏餅は売れるが、季節の和菓子が売れなくなっているのではないか。これも青息吐息の感がある。よほどの老舗でなければパン屋には叶わないだろう。美味しくなったパンはコンビニでも売るようになり、コンビニの弁当と共に日本の都市生活における食を変えている。駅前の飲食店の風景をも変えつつある。



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# by katoujun2549 | 2018-04-26 22:46 | Comments(0)
アメリカはナチスドイツのように最初から戦争を志向している国ではない。外交努力を第一義としているが、戦争になった場合のシナリオはしっかり持っている。
トランプ・アメリカの最大の敵は中国、イラン、ロシアである。そして北朝鮮だが、この敵対順位を狂わせ、不利になることはしない。二方面での単独戦争は避けたい。しかし、代理人やサポーターがいた場合は別である。シリアやレバノンはイスラエルと連合して対処、北朝鮮は日本である。日本も韓国もあてにならないのが悩みどころ。だから、地上戦は行わない。韓国は北に飲み込まれるのが地政学上の常識。それを抑えるための武力行使はやる。北の核段階的廃棄を逃げ道にしようとする相手を屈服させては外交交渉にならない。しかし、トランプは条件交渉が必ずしも不成立になることを視野に入れている。イランに対しても核施設を破壊するため、イスラエルと連携し、シーア派を敵視するサウジアラビアを使う。シナリオを考えると次の通り。実行するかは状況による。

韓国の文在寅大統領は北朝鮮との交渉に躍起となっている。4月27日に行われる南北会談では朝鮮半島の非核化や平和条約に向けての話し合いが行われるという。狼と狐か狸会談。クマさんが、隙を狙う。ろくな結果にはならない。半年前まで金正恩とトランプの罵り合いや、反米プロパガンダ、ミサイル実験などを繰り返す状態から、冬季オリンピックの北朝鮮参加から始まる雪解けの流れは世界を当惑させた。ドナルド・トランプ米大統領が3月22日、解任を発表したマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)の後任に、あのジョン・ボルトン元国連大使を指名した。C IAのポンペオが国務長官になり、今やアメリカは戦時内閣に近い。

大統領補佐官は上院による承認が不要な政治任用職であり、そしてアメリカが戦争への道を突き進むことも、トランプがそれを望んでいることもたぶん確実だ。トランプはマクマスター解任の約10日前、ティラーソン国務長官の更迭を発表し、タカ派のマイク・ポンペオCIA長官を後任に指名。「私が望む政権にとても近づいている」と発言した。海兵隊大将だったマティス国防長官が懸命に主戦派を抑えている。

ボルトンは北朝鮮への先制攻撃、イランとの核合意の破棄とイラン爆撃を繰り返し主張してきた。共和党内のより伝統的なタカ派は「力による平和」をモットーとするが、ボルトンの場合は「戦争による体制転換」が信条。アメリカの敵は壊滅すべし、と考えている。

金正恩はこうしたアメリカの体制変化に敏感に反応し、中国との関係改善のため、習近平にすがりよった。李外相はロシアのプーチンに状況を説明し、支援を要請した。これで、ロシア、北朝鮮、シリア、イランの独裁国家、西側世界から嫌われ者枢軸と、日本、アメリカ、イギリス、イスラエル、サウジなどの連合が第二次冷戦に突入した。海兵隊大将だったマティス国防長官は鷹派を押さえ込む懸命の努力を続けている。

アメリカは今もアフガニスタンの地上戦に関わっており、これ以上陸軍の犠牲を避けたいが、海軍と航空戦力による介入は行うだろう。北朝鮮がうまくいけばイランにも応用する。イランの方が容易い。
アメリカの巡航ミサイルと、無人飛行機グローバルホークやプレデターの能力、 A10、F22ラプトル、F35、B2のステルス系機攻撃力は今や計り知れないパワーとなっており、中国や、ロシアにこれを見せつけたいだろう。日本の主力戦闘機F15はステルス機にかなわない。F22に10対0で撃破されるシュミレーション結果だ。レーザー砲、レールガンを備えたズムヲルト級駆逐艦が2019年までに3隻実戦配備され、これらをネオコンは使いたがっている。しかし、口実が必要である。
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シリアの毒ガス都市攻撃にはトマホークによる反撃を行っている。トランプの核廃絶要求とミサイル実験の中止は絶対条件、北朝鮮にも、妥協はしないだろう。もし、6月ごろ行われるかもしれない金・トランプ会談が決裂したら容赦ない航空攻撃でレーダー網を破壊、制空権を握った上で、地上軍事施設、核施設の破壊を実行するに違いない。トランプは北の核廃絶は逃げ場を作らないようにするだろう。合意は無理。アメリカは度々裏切られたことを忘れない。その構えが本物であると悟ったからこそ金正恩が動き出した。今のところ不完全な北の核開発が本格化しないうちに施設を破壊し、北の内部崩壊を待つだろう。もし、それが起きたら、
中国はそれ見たことかと、朝鮮に侵攻。

韓国の北の砲台制圧のための地上軍侵攻は文政権下では有りえない。韓国は国境線の北の長距離砲施設破壊をアメリカの手に委ねるだろう。あるいは4千門の大砲は沈黙。南北会談の条件交渉で、朝鮮半島から米軍が引き上げたら、北は核とミサイル開発を再開する。アメリカは、裏切られたと世論を動かし、北への攻撃が始まると見て良い。金正恩は昔の日本のように、アメリカの軍事力を侮ってはいない。航空攻撃を最も恐れている。金一族は中国に保護されるか、ロシアに逃げて抹殺される宿命。これまでの因果が巡ってくる。だから、かつて、イラク戦争の時のアジズ外相のように、李外相がバックアップを求めてロシアやスゥェーデンに駆け回っている。

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新宿THOシネマズで41日初日を見た。PM6時からの回だが満席だった。アカデミー賞主演男優賞と日本人の辻一弘がメイクアップアンドスタイリング賞を受賞した。ドラマは地味な内容だったが、チャーチルの姿生き写しの主演男優ゲーリーオールドマンが光った。「世界を救った男』は、2017年のイギリス映画。 首相に就任したばかりのウィンストン・チャーチルを主人公に、第二次世界大戦中の激動の時代を描いた。ジョー・ライト監督。イギリス映画は伝記ものを描くのが上手い。DarkestHourが映画の原題。

チャーチルの首相指名から物語は始まる。議会は随分暗い照明。チェンバレンの失政が戦争を招いたと労働党から非難され、彼は辞任。チャーチルは首班指名を受け議会で演説。チェンバレンが見守る。Victoryがコンセプトで、平和とか交渉という言葉は無かった。宥和政策のチェンバレン。タイピストのレイトン、チャーチルの妻を軸にチャーチルを見守る。30万のイギリス軍。フランスは10万が降伏してヨーロッパはドイツに蹂躙されていた。ハリファックス卿とチェンバレンとの会談でチャーチルをこき下ろす。彼は100のアイデアを出すのだが96は危険と和平交渉に進もうとする。チャーチルはフランスの戦況を視察、反撃計画を意識してその機会を狙う。酒を飲むチャーチル。やたらとウイスキーを飲んで葉巻を吸っている。チェンバレンも生き写し。彼はチャーチルの戦時内閣大臣だったが胃ガンで半年後に亡くなった。チャーチルはキケロなどの言葉を知る雄弁家。逆境に面し勇気と呼びかけている。ラジオの初放送。 チャーチルの演説中の「前進」は嘘だと彼も悩む。Vサイン はクソ喰らえという意味でもある。戦時内閣は和平の道を探り、真実の負け戦を語らないチャーチルを攻める。国王のジョージ6世はチャーチルを危ぶむ。30万を救うため、カレーの英軍4000人を犠牲に。チャーチルはイタリアの仲介を断る決心をする。ルーズベルトとの会談もすれ違って苦悩するなか、ラムゼイ提督にダイナモ作戦を発動。小型艦によるダンケルク英仏軍救出作戦である。ヒトラーはこの時点でイギリスが屈服するとみたためか、追撃の手を緩めた。このチャンスが生きた。カレーの英軍の抵抗は無駄ではなかった。

国王との昼食がセットされ、毎週二人は会う。国王がカナダに亡命することも提案されていた。彼は拒否する。小型艦、民間船徴用による ダイナモ作戦を進めるなかカレーの英軍は60パーセント死傷し、絶望的状況に。

チャーチルは悩みました。彼のタイピストも兄が戦死し、苦しんでいた。彼の目線は国民に向かう。「絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に。」

ヒトラー 、あの伍長ペンキ屋に屈するのか、子分のムッソリーに仲介してもらい和平交渉をして何になる。彼は突然、地下鉄に乗って乗客に意見を聞いて励まされる。国王もチャーチルを夜中に訪れ、彼を支持する意志を示した。チャーチルは国会で断固戦う演説をすると、万雷の拍手。ダイナモ作戦は成功した。政治的交渉のなかでは国民の意志は無視される。しかし、国王とチャーチルは国民を向いていた。政治のリーダーシップのお手本である。We Shall Never Surrender!という彼の名演説でドラマは終わる。「絶この映画は彼のW対に屈服してはならない。絶対に、絶対We WWeWeに、絶対に、絶対に。」
絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に。」

ノーベル文学賞を取ったカズオ石黒氏の「日の名残」はその融和グループの背景が語られている。貴族社会のイギリスということを忘れてはならない。チェンバレンやハリファックス卿という貴族勢力との戦いでもあった。

最近、この時チェンバレンの融和策が成功していたらというドラマSS-GBがあり、チャーチルはヒトラーに戦犯として処刑されている。(注)

(注)原作は、スパイ小説やノンフィクションの巨匠として名を馳せる英国の作家レン・デイトンの同名小説


・・We shall go on to the end, we shall fight in France, we shall fight on the seas and oceans, we shall fight with growing confidence and growing strength in the air, we shall defend our Island, whatever the cost may be, we shall fight on the beaches, we shall fight on the landing grounds, we shall fight in the fields and in the streets, we shall fight in the hills; we shall never surrender, and even if, which I do not for a moment believe, this Island or a large part of it were subjugated and starving, then our Empire beyond the seas, armed and guarded by the British Fleet, would carry on the struggle, until, in God’s good time, the New World, with all its power and might, steps forth to the rescue and the liberation of the old.・・・”

1940年7月4日上院における演説 ”We Shall Fight on the Beaches”より抜粋


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# by katoujun2549 | 2018-04-03 08:24 | 映画 | Comments(0)
日本軍兵士 凄惨な死 吉田裕著 中公新書

日中戦争、太平洋戦争において、日本は軍事的失敗を重ねたが、その結果多くの兵士と民間人の死という犠牲を生んだ。兵士の目線で軍隊を見た結果がこの書では記されている。現代人の感覚からは気が狂っているとしか言いようがない。軍隊内の制裁という名のリンチ、精神病、虫歯の苦しみ、自殺、覚醒剤の使用、捕虜、食料不足等の暗部が何故生じたのかについても分析している。これらが曖昧にされるのは究極的には天皇の戦争責任に繋がるからだ。昭和天皇は戦況の殆どを知っていた。

第二次世界大戦の日本の死者の数は軍人250万人、軍属、民間人合わせて310万人に上った。この80パーセントが最後の1年間で戦死した。この死者のなかには、餓死、戦病死、自殺、海上の輸送船沈没による溺死など、戦闘死より遥かに大きな死があった。兵士に目を向けた戦争の実態を語り継ぐ貴重な資料である。無謀と言われたインパール作戦は体重50~60キロの兵士が30キロ以上の荷物を担いで行軍し、さらに擲弾筒や軽機関銃を担がされたものもいた。兵士の人権無視のもと、体力の限界を強いた。

徴兵検査、初年兵、物資や食糧の不足など、当時の兵士が直面した凄惨な実態を証言や推計、統計値、また海外の軍隊との比較をしながら示している。
日米の戦いは負け戦。どんな負け戦だったのか、読むに耐えないほどの酷さ。その原因が統帥権の独立と権限の分散をもたらした明治憲法にあった。教訓に学ばない職業軍人の石頭。兵士の人権の無視。隠蔽体質と無責任な資料の改竄、財務省の文書改竄は軍隊でも行われていた。部隊内部のリンチでの死亡、自殺、病死も名誉の戦死と記録。水虫、タムシ、不衛生、虫歯、精神病、物資や食料不足から来る飢餓。輸送船の沈没による溺死。体重の3分の一を越える荷物を担いでの行軍。すぐに壊れる靴や装備。疲労をおさえる覚醒剤、ヒロポン、麻薬の利用。こんな環境を大日本帝国陸海軍は兵士にもたらした。さらに圧倒的な火力差に対する無策。軍体制の結果、兵士はよく耐えたが、結果は連戦連敗。当然の結果だが、軍上層部は見てみぬふりに近い。
多くの兵士が、マラリアや赤痢、凍死に直面した。これは飢餓や過労、不衛生といった環境の悪さが原因にもなっていた。死への恐怖は精神面でも大きな影響があったが医療面での研究も対応もなされなかった。歩兵戦闘での世界の常識であった短機関銃、迫撃砲、戦車の装備は無視された。個々の戦闘は銃剣突撃といった人命軽視の戦法で支えられ、究極が体当たりという特攻であった。

これではアメリカには勝てないのは当然であった。圧倒的な物量、レーダー、ミッドウエイ海戦の不幸を語る以前の、近代戦を行う備えがなかった。この本は無謀な戦争計画の実態と無惨に散った兵士の姿を具体的に描いた内容、今ごろになって語られるのが不思議な位である。今日、戦艦大和は世界一とか、零戦パイロットの英雄的行動を描いた永遠の零などの日本軍を肯定するマスコミの動きがある。日本会議など、戦争の原因となった教育や家族制度にまで復帰の動きがある。戦争体験者が亡くなり、悲惨な過去を伝える人は少なくなると、そうした戦争で利益を得た人々が元気を取り戻し、北朝鮮の驚異などに乗じる。所詮彼らは森友学園問題や加計学園問題に繋がる利権に群がる輩なのである。この書は彼らに冷水を浴びせることになる。
大戦末期に犠牲者が集中したのは日本だけではなく、ドイツも同様であった。

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# by katoujun2549 | 2018-03-26 01:43 | Comments(0)
剣道の練習で気が付いたことを幾つか述べたい

剣道の稽古は長く苦しい道だが、昇段や試合で良い結果が出ると本当に楽しい。向上する成功体験が日々の稽古の糧である。70になってもそんな経験が与えられるのはありがたい。そのような体験が年を取っても得られるのは剣道は知的な行動だからだ。稽古でこれまで疑問を持っていたことに答えが出ることも楽しみである。最近確信を持ったことを書いてみた。

1.摺り足と歩み足

☆昔、道場で初心者に摺り足を教えるために豆を撒いたという話がある。今は稽古でそのようなことはしない。それは何故か。

江戸時代の人々は歩くときは草鞋や草履をはいていた。道路も舗装されておらず、歩くときは前に出る足の指先をあげて歩く必要があった。そうしなければ躓いたり脱げてしまう。裸足でも同様である。歩行の前に出る足先を地面と平行に出すことは出来なかった。だから、道場でもそうなるから、竹刀や刀を打つ時、相手の足先を見れば起こりが分かってしまう。道場では摺り足訓練が必須だった。それを徹底する為に豆が撒かれた。今の人はむしろ能や歌舞伎の歩き方のような爪先をあげる歩行には訓練する必要がある。ナンバ歩きも同様で、現代人は子供の頃、歩くとき手足を逆に動かす練習を初等教育時に受けて矯正している。海外の留学生を受け入れている学校の体育の教師は留学生のなかに手足が一緒の方向に動くと嘆いていたが、我々の歩行が実は訓練されたものであることがわかる。
直心影流では逆に爪先を立てて歩む稽古をする。能や歌舞伎も今はそうだが昔はそんなことを意識する必要がなかったのであろう。
竹刀剣道は摺り足だが、日本剣道形では間合いに入るときは歩み足だが打ち込むときは左足を引きつける。しかし、3本目、7本目は歩み足となる。継足か、歩み足かは、技の出し方による。絶対ではないと思う。しかし、基本技の面を打ち込むときは継足が合理的である。

2.形稽古の意義

☆形の稽古は審査のためには日本剣道形を学ばねばならない。これを太刀7本小太刀3本3段以上になると一通り稽古する。構えも動作もゆっくりだから竹刀稽古には役に立たないと思いがち。しかし、そこに剣道稽古の落し穴がある。
ゴルフをする人なら分かると思うが、下手な人ほどクラブヘッドを早く振ろうとする事である。そして、素振りもそうである。

竹刀剣道は相手より早い打突が要求され、高段者や試合巧者はスピードが早い。それは一朝一夕にできることではない。長い間、また数多くの素振りをこなした結果である。しかし、大切なことは振りの軌跡を無理の無い最も合理的な力加減で刃筋に合わせて振るようになるかである。それは先はゆっくりと正確に振る練習が基本である。そのとき、握りの締めや手の内もきちんと合わせて振る事である。ゆっくりした動きで整えることからスピードや剣先のパワーを上げていく。様々な技も同様である。

日本剣道形も、手順や気合いに加え手足の動作が順序よく動いてなければならない。例えば、竹刀の稽古で打ち込んだときに左足が右足の踵に継ぎ足となっていなければならないが、これはスピードを要求される地稽古では身に付かない。むしろゆっくりした形の稽古で身に付く。理合の打突も同様である。基本稽古においてもスピードをもって必死に動かすとかえって下手になる。ゆっくりした動作から学ぶことは多いのである。昔の刀を使った時代は竹刀の稽古より、形が重視されたが、竹刀中心の時代なると廃れてしまった。しかし、竹刀の使い方も基本は日本刀の振り方から来ているのだから、形の稽古を止めてしまうのは大切なポイントを失い、上達を妨げるものである。

3.防具

☆長く剣道を続けると防具の質にも目が肥えてくる。
最近、防具や竹刀の価格には大きな幅がある。昔ながらの手刺1分の防具だと30万円から100万円はする。使い捨てのような全部揃えても6万円くらいのものがネットで手に入る。昔は防具を揃えるのは身を切るような決意で買った。それが選択の幅が広がったのはユーザーにとって良いことであるのは確かだ。武道鈴木店のアウトレット商品で分棒刺し特価で47100円でワンセット買える。ではそれらがどう違うのか。使用感の違いはあるが機能的には値段の違いと相関性はない。

最近になって気が付くのは剣道の防具は大事に使えば長持ちするということである。運動具としては長寿。だから、長く剣道に取り組もうと思うほど良いもので揃えるべきである。目安として3万円プラス稽古想定年数を目安にしてはどうだろうか。2段までは3年で取れるから、三段までやるならば6万円から10万円、5段までは14年だから17万から20万円位か。15年は使う。とにかく、防具は修理をきちんとすれば軽く20年は耐えると思う。物によっては30年は壊れず使用に耐える。だから、10年使っても飽きのこない道具をえらぶべきだ。

一方では3年くらいで使い捨てにする商品もある。それは使う人の勝手ではある。1年でやめるつもりならそれも良い。ただ、高いものもお金のある人なら使うのも自由である。しかし、100万円のものだから100年持つということは無いだろう。材料の皮革や布の耐用年数は30年位だから、年単位のコストパフォーマンスはぐっと落ちてくる。ミシン刺でも手刺でも耐用年数はそれほど違いがない。見た感じが全く違うが、衣服同様道具の知識次第。衣服に関心の無い人にとってはブランドも流行も価値がないの友同じ。品格ある剣を求めるなら、上品な道具で揃えて欲しい。

もちろん手刺しの良品は見応えがある。段位に応じた風格も大切である。しかし、下手でも高級な防具を着けることは悪いことと思わない。金持ちだなあと思われるだけである。その逆もある。しかし、防具も一種のファッション。大いに楽しみたいのである。ヤフオクでも、中古なら市価の10分の1でも買える。衛生面で気になるか、気持ちの持ち方しだいである。合理的な生活を考えればユニクロで十分だが、楽しみたければブランドものパリコレも良いのである。

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1.聖書の記述は嘘から出た真か

今年の復活祭は4月1日、エイプリルフールだ。敢えて虚から実ということを入り口に復活を考えてみた。受難週に入り復活祭までイエスの受難が教会で語られる。聖書のなかでも圧巻はイエスの十字架の死と復活である。しかし、使徒行伝や書簡におけるパウロやヨハネなどの記述も不思議や感動に満ちている。聖書の世界を一言で言うと、まさか本当にそうなるとは、瓢箪から駒である。信仰的には不適切な表現だが、「嘘から出たまこと」かもしれない。2000年前、キリスト信仰が今日の様な大きな世界になり、世界史において重要な役割を果たすとは思いもよらなかったに違いない。使徒や原始キリスト教の信徒たちは奇妙な迷信、イエスの復活を信じたことにより迫害され、伝道の中で殺害された。キリスト教信仰のネックになるのが復活であることは2000年前も同様であった。死者の復活を前面に出した宗教はイエスの復活信仰の前にも後にもない。そんなことはあり得ないと思うのが普通であろう。それを信仰の中心としているのがキリスト教であり、このテーマに至るにはかなり文学的な思考力が必要だ。もし、イエスが死後、神の世界とか楽園に行ったことを主張してもこれほどのインパクトはない。ただの、十字架にかかった不幸な一予言者でしかなかっただろう。復活のイエスは多くの人の前で現れ、パウロにもエマオへの途上で現れ、彼の人生を変えた。これを幻覚だとか文学的表現とするのはむしろ無理である。何かが起きたのだ。現代人がUFOに遭遇遇した以上の衝撃があったと見る方が自然である。嘘にそんな力があるとは思えない。復活の信仰のため、多くの殉教者が出た。命がけのことなのである。聖書の記述しか証は無い。殉教者が命をかけた復活を信じるかどうかだ。

2.瓢箪から駒

戯れに死人の復活を語ったのではなく、十字架と復活の事件から、10年から30年にかけて記録が書かれ、証人も生きていた時代の内容は考古学的にも整合することがある。信憑性が高いかどうかは主観によるし、この事件のもっとも詳細な記録が福音書である。なんせ2000年前のメモのようなものから福音書は書かれたのだから。本も新聞も無い時代の出来事だ。そして、後には使徒や証人は迫害にもかかわらず、地中海世界全体に伝道をしたことは事実。
瓢箪から駒という諺から考えてみる。そんなことが起こるはずがないという意味での使い方もされる。「瓢箪から駒じゃあるまいしそんなことが起こるもんか」という言い方。英語にもMany a true word is spoken in jest.(多くの真実が冗談で語られる)という表現がある。しかし、聖書ではそのような意味ではなく、すべてが真実として書かれている。福音書はイエスの言行録だが、多くの奇跡や例え話、比喩が満ちている。真理や感動を説明するために、イエスは比喩や例え話を多く使っている。分かり安く言うと、君は天使だというセリフがあるとする。何も、相手は本当に頭の上に光が輝いていたり、羽根が背中に見えたわけでは無い。感動や賛美の表現なのである。神の愛とか、神のご計画、罪とは何かを語るとき結論だけを語ることによっては何も伝わらないからだ。メタファという表現手法も教訓とか、道徳を語るときにしばしば使われる。狼が来たぞ!と嘘をいって、村人を驚かす少年がいて、最初はみんな驚くのですが、回を重ねるごとに信じる人が少なくなり、最後には少年のことを信用する人はいなくなってしまいました。そこに本当の狼が襲ってくるのですが、いくら少年が声をかけても誰も信用せず・・・・・という話。この話しはうそつきは信用を失うという内容のメタファーになっている。誰もその事件が、何年の何月何日に起き、証拠はあるか?とは言わなくても理解出来るだろう。物語のメタファーとは、よくテーマとか教訓といわれるものに使われる。印刷物もコピーも無い時代に伝えるためにはインパクトのある言葉こそ力だった。福音は口頭で読まれ、書き写しの写本で巻物として伝えられた。それが100年間で何百万人もに伝わったのだ。
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3メタファー

福音書、新約聖書の物語はイエスの言行、奇跡、復活と死などすべてがメタファーに満ちている。聖書の書簡集はパウロやヨハネの教会や信徒に向けた信仰のあり方を書いたもので、特にローマ人への手紙は神学論である。聖書の根幹をなす神の愛とは何か、聖霊の働き、我々の希望である復活が現実であり真実であることを思うためには聖書の例え話やメタファの意味を考えることが理解の道である。
なぜなら、キリスト教の復活の世界は黙示録に記され、象徴とイメージの世界、さらにメタファをふんだんに織り込んだ世界である。これはイスラム教の天国が地上の楽園を模したり、仏教の極楽世界とも違う奇っ怪な未来世界であり、霊の世界が象徴的に描かれている。これはイメージと感性でしかとらえることが出来ないのである。

4.イエスは私たちと共におられる

自分は死や死後の世界を説明することは出来ない。イエスも復活後、人々にあの世の話をしたわけではない。語るべきことは実はこの世をいかに生き、人々の罪とや苦難を癒すか、また、神の存在を確信させるかである。その為に復活というメタファをもって我々に示された。見たこともない天国や地獄ではない。身体の甦りがあり、死ではなく、復活という世界観がある。死んだ親兄弟、妻や友人、子供と再び会える。それによって我々に勇気が生まれ、の新しい世界が広がる。我々に希望や恐怖から解放することは復活への信仰によって得られる。復活は信仰そのものなのである。キリスト教の信徒にとっての喜びは今もイエスは我々と共におられるということである。それは一体どこに?それは信仰のなかにある。
この復活の現実は何もないところから生まれるのではない。信仰と祈り、それを表す聖書の言葉、それを受け継ぐ教会の礼拝、牧師、信徒の交わりによって顕在化される。個人的なことではなく、教団、伝道、正餐、祈りを通じ、復活のイエスは我々と共におられると思う

4.聖書から
聖書のコリンコリント第一の手紙15章にパウロの復活への確信が告白されています。
パウロが「キリストの復活」というテーマを取り上げたのは、コリントの教会がこのことに関しても問題を抱えていたからです。教会には人間が復活することを否定する人々がいました。しかし、これは別に不思議なことではありません。キリスト教において「身体の復活」は、いつの時代にも人々が躓いてきた信条だからです。現代人のうちのいったいどれほど多くの人が、使徒のように「身体の復活」を信じていることでしょうか。

コメントより、聖書のパウロの言葉こそ最高の信仰告白をあらわしています。
15:12さて、キリストは死人の中からよみがえったのだと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか。 15:13もし死人の復活がないならば、キリストもよみがえらなかったであろう。 15:14もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。 15:15すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。 15:16もし死人がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう。 15:17もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。 15:18そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。 15:19もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる。
15:20しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。 15:21それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。 15:22アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。15:23ただ、各自はそれぞれの順序に従わねばならない。最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち、 15:24それから終末となって、その時に、キリストはすべての君たち、すべての権威と権力とを打ち滅ぼして、国を父なる神に渡されるのである。 15:25なぜなら、キリストはあらゆる敵をその足もとに置く時までは、支配を続けることになっているからである。 15:26最後の敵として滅ぼされるのが、死である。 15:27「神は万物を彼の足もとに従わせた」からである。ところが、万物を従わせたと言われる時、万物を従わせたかたがそれに含まれていないことは、明らかである。 15:28そして、万物が神に従う時には、御子自身もまた、万物を従わせたそのかたに従うであろう。それは、神がすべての者にあって、すべてとなられるためである。
15:29そうでないとすれば、死者のためにバプテスマを受ける人々は、なぜそれをするのだろうか。もし死者が全くよみがえらないとすれば、なぜ人々が死者のためにバプテスマを受けるのか。 15:30また、なんのために、わたしたちはいつも危険を冒しているのか。 15:31兄弟たちよ。わたしたちの主キリスト・イエスにあって、わたしがあなたがたにつき持っている誇にかけて言うが、わたしは日々死んでいるのである。 15:32もし、わたしが人間の考えによってエペソで獣と戦ったとすれば、それはなんの役に立つのか。もし死人がよみがえらないのなら、「わたしたちは飲み食いしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ」。 15:33まちがってはいけない。
「悪い交わりは、良いならわしをそこなう」。
15:34目ざめて身を正し、罪を犯さないようにしなさい。あなたがたのうちには、神について無知な人々がいる。あなたがたをはずかしめるために、わたしはこう言うのだ。
15:35しかし、ある人は言うだろう。「どんなふうにして、死人がよみがえるのか。どんなからだをして来るのか」。 15:36おろかな人である。あなたのまくものは、死ななければ、生かされないではないか。 15:37また、あなたのまくのは、やがて成るべきからだをまくのではない。麦であっても、ほかの種であっても、ただの種粒にすぎない。 15:38ところが、神はみこころのままに、これにからだを与え、その一つ一つの種にそれぞれのからだをお与えになる。 15:39すべての肉が、同じ肉なのではない。人の肉があり、獣の肉があり、鳥の肉があり、魚の肉がある。 15:40天に属するからだもあれば、地に属するからだもある。天に属するものの栄光は、地に属するものの栄光と違っている。 15:41日の栄光があり、月の栄光があり、星の栄光がある。また、この星とあの星との間に、栄光の差がある。
15:42死人の復活も、また同様である。朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり、 15:43卑しいものでまかれ、栄光あるものによみがえり、弱いものでまかれ、強いものによみがえり、 15:44肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである。肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。 15:45聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった。 15:46最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである。 15:47第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。 15:48この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである。 15:49すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属している形をとるであろう。
15:50兄弟たちよ。わたしはこの事を言っておく。肉と血とは神の国を継ぐことができないし、朽ちるものは朽ちないものを継ぐことがない。 15:51ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。 15:52というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。 15:53なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。 15:54この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。
15:55「死は勝利にのまれてしまった。
死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。
死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
15:56死のとげは罪である。罪の力は律法である。 15:57しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。 15:58だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。



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平昌冬季オリンピックでは感動的な場面が多くあった。自分はアイススケートフィギュアの羽生、宇野の金銀メダル以上に女子の宮原知子の完璧な演技に感動した。メダルは無くとも世界4位と6位は立派。若い坂本香織さんの伸びやかな明日に期待できる演技にも声援を送った。とにかく、ロシアのザギトワ、メドベージェワが断トツなだけに宮原がどこまで食い込めるかの勝負であった。二人とも自己ベストであったことがメダル以上に価値を感じさせてくれた。ソチ五輪あたりからロシアは国家をあげて優秀な選手を育成し、多くの可能性のある選手から選別し、軍隊式にエリートを養成している。ザギトワは15才、ソチに向け8年前から訓練、選別は始められた。今回の2人のメダリストはクラシックロシアバレーのプリマ選別の手法で作られたと思う。体型など容姿も考慮された結果で、これは非人間的システムだ。この様な方法を真似するのは良くない。それに比べればスケート人口の少ない日本が自発的努力で4位に食い込んだことは凄い。

[ゲンダイの記事から抜粋]

 ロシアは2014年のソチ五輪に照準を合わせて国家ぐるみでフィギュアを強化。国立の練習施設を建設し、トップクラスの指導者を集め、英才教育を受けさせた。こうなると、国内にスケート場が少ない日本との環境の差は大きくなる。
「ロシアは超一流と認められた選手には(遠征費や道具など)すべてが与えられ、お金もかかりません。(シングルの)選抜から落ちた選手もペアやアイスダンスに振り分けられるので、競技全体のレベルが高くなる。選手は引退後、指導者の道が約束されています。そういった施設や環境の整備、育成方法やセカンドキャリアにおいて、日本は後れを取っている。今後もロシアの天下は続くでしょう」
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スピードスケートでは金メダルの小平菜穂選手がこれまでの王者韓国のイ・サンファを破ったが、互いに抱き合い、小平が銀メダルのイ・サンファに敬意を持って接していた姿が素晴らしかった。女子マススタートの金の高木那奈に対する銀のキムボルムの無表情とは対象的な印象。キムボルムは優勝候補であったが、パシュートで後続選手を置き去りにしたため、韓国内でバッシングを受けていたのだ。マスコミが大騒ぎしたジャンプの高梨沙羅も何とか銅メダルを取れて良かった。カーリング女子、銅メダルを取った「そだねー」JAPANの藤沢、吉田の明るいチーム作りもさわやかだった。

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# by katoujun2549 | 2018-02-25 00:53 | 武道・剣道
二月の1日、2日は都内の名門中学校、一貫校の入試がある。それに合わせて、塾や予備校の受験生が一生懸命に勉強している情景が報道される。自分は中学校から大学まで公立だったから、あのような家族も一体になった受験など経験が無く、いつも興味深く見ている。自分は小学校時代は放任され、親も自分が有名校に行けるとも思っていなかった。妹が生まれたのでそのことでいっぱいだった。自分の友人にも開成高校や名門女子高の卒業生がいる。連中は皆、あのような経験をしてるのだろう。親に期待されるなんて、羨ましい気持ちも半分ある。女子学院や雙葉に行った子が何であんなに勉強が出来たのか。こちらは釣りに行ったり、鉱石ラジオに興奮してる間にしっかり猛勉強してたのだ。ニュースはいつも開成高校や桜蔭の受験生がターゲットで、合格確実な塾から推薦された児が出ている。開成、麻布、筑波附属、学芸大附属、桐朋、海城、巣鴨といった中学が男子、女子は桜蔭、女子学院、雙葉、フェリス、豊島が岡、白百合といったところ。桜蔭が一学年600人と巨大。これら合わせて3000人くらいだろうか。中学生全体からすれば少数。昔から変わらはない。

実際は落ちる子供は何倍もいる。本当はスレスレな成績の子の方がドラマとして面白いのだが。受かった連中はこれから、東大、国立大の医学部などに型どおりの学校生活を目指し、お利口ぶりを発揮するに違いない。彼らはエリートの集中教育で大体高校1年か、中学校3年までに大学受験までの基礎教育を終えてしまう。開成高校の卒業生は半分は東大に行き、官僚、医師、大学研究者、弁護士、一流大企業社員になる。それでも、部活や趣味も要領良くこなすが、野球で甲子園に行くまでもなく、全国大会にまで行くほどではない。当然だし、何ともつまらない光景だ。報道としては、単なる風物詩か、興味本位に過ぎない。彼らの家庭がどのくらいの所得かとか、塾や模擬テストでいくら金をかけているか、学歴とか、お受験経験者などは全く触れない。くだらない興味本位の報道だ。

下の校章が憧れの慶應義塾、雙葉、開成、桜蔭である。

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1日に試験の無い名門校もある。何も開成や桜蔭ばかりを出すより、三流私立も何故公立に行かず、志望したかなど報道しないのだろうか。落ちた児は更に別の私学か、高校受験を目指して頑張るのだと思う。お受験の経験は無駄ではない。10歳から15才の成長期の可能性は大きい。その時期の猛勉強は悪いことではないが、今の教育はそれに答えていない。本当は大多数のトップ校に行かなかった連中に未来は大きく、職業も多様に開かれる。自分の周りにもお受験失敗者はたくさんいる。お決まりの道を歩む彼らに負けない人生がある。また、そのマジョリティの活躍こそ日本を良くするのだが。


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# by katoujun2549 | 2018-02-10 22:57 | 教育 | Comments(0)