2013年 05月 01日 ( 1 )

 日本橋室町の日本銀行の向かい側に、貨幣博物館というのがある。観光客などが、ここを訪れる。前を通ると、団体のおばちゃんや向学心のありそうな人が入り口から出てくる。顔つきを見ると、何だか欲求不満といった感じがする。それはそうでしょう。お金というのは自分のものであって初めて親しみもわくというもの。確かに、お金はお札であればその時代の最も精巧な印刷物。コインであれば、小さな金属片に精巧な彫り物をデザインしたメダルである。コレクションは充分に魅せる価値がある。とはいえ、美術館の絵画や工芸品と違い、何も人々の感動を喚起するものではない。単に偽造されないように複雑なデザインを工夫しているに過ぎないから、貨幣をいくら眺めても何も生まれない。この貨幣博物館に行って感動して出てくる人は、よほどのマニアか、お金に困っている人だろう。古代オリエントの金貨だとか、アレキサンドリアのクレオパトラの顔を思い浮かべる事の出来る金貨だとすれば感動するが。貨幣博物館に行けば日本銀行の役割も多少は説明してあるのだろう。自分も一度言ってみたことがある。慶長大判や小判が山吹色の輝きを魅せていた事が記憶に残っている。古代のコインや和同開宝、明治の大きな銀貨などなるほどいろいろな貨幣があるなあという印象はある。しかし、手に取ってみる事も出来ないしただ眺めるだけ。お金は使って初めて意味がある。単なるコレクションでは欲求不満になる。だから、一度行ったら二度と行きたくない。
 日銀のリフレ策が今後どうなるとか、黒田総裁によるインフレ政策、アベノミックスなどは全くここでは分からない。いくらお金を眺めても何も理解できない。この博物館から出てきたおばさんたちの何とも怪訝な表情は、この博物館と目の前にある威厳ある日本銀行の建物を見ても何も分からなかったという顔なのであります。
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