深井智朗著 プロテスタンティズム

深井智朗著 プロテスタンティズム

宗教改革から現代政治まで  中公新書


 深井智朗氏は1992年にアウグスブルクに4年留学し、ドイツのプロテスタントについて思いを巡らせた。ルーテル派ードイツ福音派について宗教改革から今日に至る歴史とナショナリズム、保守主義、リベラリズムなどを概観した。彼の説明は難解な神学ではなく、時代に応じて分かり易い関係者の見解や受け止め方を説明に加えている。例えば、ドイツ留学中の森鴎外が、当時の教会と国家の関係を理論的に位置づけた学者ハルナックのことを、鴎外の「かのように」に書いていることである。

 一方で、ルターの改革と並ぶカルバンのジュネーブにおける長老派の改革、スコラ哲学などにはあまり説明がない。また、日本の事例にも触れていない。明治の日本の伝道を行ったクラークやヘボンはアメリカのピューリタン。しかし、アメリカのプロテスタントの本質的な特徴については今日の国家観への影響について簡潔丁寧に説明している。日本のプロテスタントは主にアメリカから伝わった。ルーテル派はドイツの福音教会だが、アメリカ経由である。ところが、神学はドイツとイギリスから学んでいる。日本のプロテスタントが普及しない理由の1つだと思う。

 世界史の授業で学んだ宗教改革が如何に中途半端な内容だったか。95カ条の掲題をウィッテンベルグ教会の扉に打ち付けたというのも根拠が無く、フィクションの要素が強い。学生時代にマックスウェーバーのプロテスタンィズムの倫理と資本主義の精神を読んでも、そもそも何がプロテスタントでルターがどんな改革をしたのかが大学受験程度の知識のままだった。

宗教改革は1555年のアウグスブルク宗教和議により、プロテスタントの改革志向をやめ、保守化する。その後、再洗礼派、クエーカ、など改革的なリベラルなプロテスタントが生まれ、ピューリタン達がアメリカに渡り、自由や個人の信仰に基づいた教会形成がなされ、更には社会の仕組みを作るようになる。ドイツに始まった宗教改革が保守化し、ドイツの福音教会は今日まで国家と結びついた教会となっている。かたやアメリカに渡ったプロテスタント諸派は多様な定着を果たした。その歴史的変遷を分かりやすく描いている。プロテスタントとは何か、という問いにはトレルチの言葉で結んでいる。「神的な生は私達の現世の経験では一ではなく多なのです。そしてこの多の中に存在する一を思うことこそ愛の本質なのです。」


(1)ルターの宗教改革

 プロテスタントはカトリックからの定義である。カトリックはルターの後継者達を「福音主義」と呼ぶことを避ける為に、問題ある宗教が抱える起爆剤を抑える為に、あらゆる文脈にプロテスタントという否定的な表現を使った。その反抗的な態度を違法という意味合いも込めて盛り込んだ。

 ルターは時代が求めた変革をもたらした。宗教改革はこの時代に突然起こった唯一の教会改革の運動でも、ひとりの宗教的天才による、新しい宗教運動の始まりでもなかった。それは数世紀前から始まっていた様々な教会改革運動、正確には再形成運動のひとつであった。しかし、この時代の制度疲労がいくつものほころびや亀裂により崩壊寸前であった堤防が意図せざる仕方で破壊してしまったという点で決定的であった。

 1555年アウグスブルグの帝国議会で宗教紛争を収めるために、ルター派とカルヴァン派は法的地位を得た。それは領主の信仰に従うことであり、自由な信仰選択は無かった。この伝統は今日のドイツで、教会税のような制度で残っている。筆者はこれを古プロテスタントという。現代の人権、良心の自由、抵抗権、民主主義に繋がる改革は後の再洗礼派(アナバプテスト)、などの新プロテスタントの勃興を待ち、メノナイト、アーミッシュ、クエーカーといったピューリタンのアメリカでの教会形成を待つことになる。


(2)スイス*ジュネーブの宗教改革

 カルヴァンの改革派とルター派との決定的な違いは正餐の解釈であった。改革派は正餐のパンと葡萄酒が象徴的なものであるのに対して、ルター派はカトリック教会がパンをキリストの体、葡萄酒を血とするのに対して、キリストが何らかの呪術的な神秘的な力で宿ることを否定しなかった。ルター派はこの面でも改革派と相容れなかった。ドイツではルター派によって受け入れられなかったが、フランス、オランダのユグノーの誕生、更にはスコットランドで長老派として受け入れられた。


(3)改革の改革

 国家体制の中に組み込まれたルター派と改革派に対して、新たに洗礼の解釈、特に幼児洗礼の意味を否定した新たな改革が再洗礼派によって提唱されると、国家や従来の教会から脱皮した個人の信仰の自由を基盤にしたバプテストやメノナイト、スピリチュアリズムの運動を生んだ。トーマスミュンツアが指導した農民戦争をルターが非難したのは国家や領主への反逆者としてのみならず、再洗礼に関する嫌悪もあったと思う。新たな新プロテスタントの勃興とユグノー、スコットランド改革派はアメリカ大陸への移住という形で新たな展開を見せた。

(4)聖書解釈の自由

 ローマ教会が一方的に聖書の解釈を行い、聖書をラテン語、ギリシャ語であった。それまでは、聖書劇、絵画、彫刻によって聖書の内容は伝えられた。ルターはドイツ語に翻訳し、人々が読めないものであった時代は終わった。その代わりプロテスタント各派は自由に解釈し、これまでローマ教会と違った解釈を異端として処罰することは無くなった。その代わり、時代に応じ、様々な解釈が自由に行われ、新たなプロテスタントが生まれた。今の日本でもプロテスタント各派は100を超える。カトリック教会は聖書の翻訳を禁じ、説教もラテン語、貴重な聖書の写本も普通の人は読めなかったのに対しグーテンベルグの印刷術は聖書をドイツ語で印刷、一般人も読めるようになったからこそ様々な解釈が可能になった。また、イラストのような版画も多く印刷され、字の読めない庶民もルターの主張を知ることが出来た。


(5)プロテスタンティズムと国家

 ドイツのルーテル派 福音教会は宗教改革以来、国家的アイデンティティの形成と共に歩んできた。ルターの宗教改革はカトリックの贖宥状販売の神学的な論拠に異を唱えたもので、カトリックの内部的な問題提起だった。ところが、カトリックは財源を失うことを恐れたローマ教会と、ローマの支配を嫌う領邦諸侯、信仰の覚醒を聖書の印刷で得た民衆のエネルギーはルターの思いを超えて大きな潮流となって次の歴史的な方向をもたらした。

 世界史では人権や自由、平等、抵抗権など近代市民社会の基本はフランス革命に原点を置くが、ドイツではむしろそれらを宗教改革により説明している。これは、後々ドイツのビスマルクによる統一国家の原理となり、更にはヒトラーの統治、戦後の東西ドイツの統合まで続いた。ドイツの大統領はワイスゼッカーなど牧師のような位置づけだし、今のメルケル首相は東ドイツの福音教会の牧師の娘である。

 ドイツのプロテスタントは保守というが、それはルター以来の政治の作法を逸脱した勢力の活動や発言に否という意味である。2016年のシリア難民を排撃する極右勢力を強く否定したメルケルの政治判断に現れている。 ドイツでは学校教育において宗教は必須科目である。近年、移民が急増し、宗教は選択制になりつつある。週によって違うが、イスラム教のコースもある。

 一方で、メイフラワー号以来、アメリカのプロテスタントは国家からの信仰への介入を拒絶する形となっており、精神や信仰の領域に国家が管理することを否定し、憲法においても保証された権利となった。ヨーロッパで異端とされた再洗礼派、メノナイトなどはアメリカで自由を得た。アメリカは個人の自由を基盤にした社会。アメリカの銃規制が困難な理由はそこにある。己心の思想信条の自由は銃を持つ個人によって国家の支配を超える。マックスウェーバの指摘にあるが、これまでの二重予定説は逆転し、この世の成功は信仰の証となる。アメリカのプロテスタント教会は自由競争である。ドイツのように管理されていない。だから、何千人もの会員を要するメガチャーチが生まれるのである。アメリカとドイツというプロテスタンティズムの影響を強く受けた国の歴史も国の形もこの説明で理解できる。



by katoujun2549 | 2019-01-10 12:51 | 書評 | Comments(0)