無教会主義

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1.内村鑑三のキリスト教

 向ヶ丘遊園にある登戸学寮が無教会主義の人々によって建てられたことを知ったのは最近のこと。これをきっかけに無教会について考えてみた。無教会派は内村鑑三が生んだ教団である。聖書学者として、内村は日本人の心にキリスト教を同化する思考を重ねた。まるで、パウロがパレスチナの一ユダヤ教分派のキリスト教を地中海世界に受け入れられる基礎を作ったように。東大の教員や学生に支持され、矢内原忠雄や多くの学者に支えられた。旧約聖書学の関根正雄も有名。サザエさんの作者、長谷川町子も家族で信者だった。新島穣の会衆派にも近い。教会員の直接民主制に近い制度を採ることが特徴で、各個教会の独立自治を極めて重視する。イギリスで発生した平信徒運動でブレズレンとよばれるキリスト教のグループや、ヨーロッパで起こったメノナイトなどの再洗礼派(アナバプテスト)運動などが、その礼拝や理念、信条など無教会主義に近いとの指摘がある。また、同じくイギリスで起こったクエーカーと無教会主義のキリスト教徒との類似点を指摘する研究者は多い。内村自身、米国留学以来クエーカーとの交際があった。今は、東京のキリスト集会なども類似の教会形成である。聖書と向き合って、それ以外の形式を排除する。礼拝とは言わずに、集会としてオフィスや民家などを場とし、建物としての教会を持たない。カトリック、ルター派、聖公会のような監督制、ピラミッド的なガバナンスを避け、30人程の小さな共同体を形成する。

2.無教会と学校

 内村は学校教育に力を注いだ。アメリカから帰国後新潟の北越学館中学校に赴任したが3ヶ月で退職した。アメリカの教団の派閥抗争や勢力拡大に伴う混乱を見てきた内村は日本のキリスト教宣教師の伝道意図に疑問を持ったのである。アメリカの教団から宣教師の給料が出ておりその独立性に疑問を持った。北越学館事件として内村の主張が現れている。クェーカー系の三田の普連土学園設立にも新渡戸稲造と関わった。学校として、山形県小国の独立学園が無教会派の学校である。小さなコミュニティ的な学校である。小国という豪雪地、山深く、学校の前の小川ではイワナが釣れます。町までは車で10分はかかる。自分のいた敬和学園の高校の教頭が歴代校長で1学年25人の共学。何と、5年前にはパイプオルガンを備えた礼拝堂を作りました。2億円かかったそうです。まるで魔法です。無教会のリーダーには内村鑑三の卒業したアメリカのアマースト大学を出た人が多い。教育のクオリティも高いから定員も確保しています。島根県江津市のキリスト教愛真高校、神奈川県川崎市多摩区の登戸学寮、世田谷区経堂の春風学寮などが無教会の経営によるものです。日本のキリスト教に多大な影響を与え、内村の無教会の精神は消えることは無いと思うが、残念ながら、縮小の道を歩んでいる。独立学園は徹底した自主運営で寮も運営している。ひたすら、教職員の情熱で支えられている。これは教育においては大切なことで少数教育で生徒一人一人に向き合う。しかし、学校の規模が大きくなるとそうはいかない。

3.無教会に関する自分の思い

 自分はかつては内村や賀川に心酔した時期もありました。高校生の時、内村の「余はいかにしてキリスト教徒となりしか」を読んで感動した。同時に躓きの石でもあった。いきなり、ヒマラヤに登ろうとしたようなもの。内村や矢内原の本を読んでも近づきがたかった。キリスト教は音楽、絵画、説教、礼拝といった要素で構成される。これを除いてしまうのは残念。人間の欲求を否定しすぎる。美を感じない。今は無教会派には魅力を感じません。彼らの教祖は内村鑑三で彼の著書はバイブルのようになっている。戦前のクリスチャンは武士階級出身が多く、大衆におもねらない素晴らしい信条を持っていますが、反面、主知主義的傾向があり、日本のプロテスタント低迷の原因のひとつだとも言われています。パウロの嫌ったグノーシス主義や中世のカタリ派の匂いがします。ユダヤの一宗教だったキリスト教を地中海世界、ギリシャやローマに広めたのはパウロの功績ですが、内村もその役割を担っています。

しかし、原点は聖書。キリストの霊性やサクラメントを形式として排除する傾向がある。儀式や形から入る道が宗教にはあるが、それが見えないと人を惹き付けないし、長続きしない。何も無教会がプロテスタント教会の低迷の原因というわけではない。今の日本ではカトリックの方が安定した信徒数だが、理由はもっと他にもあり、複雑です。無教会には組織拡大の仕組みが無い。内村はアメリカの教会が信者獲得に競争する様を見て深いに思ったのだろう。だから、無教会はその機能が乏しい。これは、各教会の独立性が高く、合同の力にならない日本のプロテスタント教会の傾向でもある。無教会に既存の教会は耳を傾けるべきだが、日本のキリスト教界では万年野党のような存在ではないか。日本のキリスト教が教育の分野で信頼され、多くの日本人がキリスト教を知っている現実から出発すべきだと思う。自分は内村が教育の分野で、新島襄と共に貢献し、賀川豊彦が社会事業で貢献したことを再認識し、再構築することから日本のプロテスタント教会は勢いを取り戻すべきである。
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内村鑑三



by katoujun2549 | 2018-12-05 13:16 | キリスト教