相撲協会

 師走のマスコミは相撲協会の日馬富士暴行問題に端を発した、貴乃花理事と相撲協会の対立問題に終始し、北朝鮮関連と合わせて、推測ばかりが先行した時間つぶしだった。相撲協会は公益法人であり、自分もある公益法人の役員をしているので他人よりは興味がある。貴乃花理事は改革派であり、調整形の八角理事長とは波長が合わない。まぁ、普通理事長というのは順調な時はそのようなもの。しかし今回の事態は異常時、そこでは理事長の意見は全く聞こえず、高木危機管理委員長や、池坊評議員会議長の貴乃花に対する手続き論的な責任問題に終始し、事件の本質は取り残され、社会も当事者、被害者も取り残された。公益法人といっても、改革においては何も目新しいことができるというわけではない。とにかく、相撲協会は大相撲の人気、NHKの放送料、スポンサー料、観客席収入が命。改革と言っても協会が相撲以外の仕事やこれまでと全く違う仕組みづくりをするのはマイナス面もあり、又、力士達の理解が得られないでしょう。貴乃花もそんなことを望んでいたわけではない。しかし、経営がきちんと出来ているとは思えない。まっとうな経営と正しい措置が行われなければ相撲という競技が衰退してしまう。暴力問題に関する今回の相撲協会側の取り組みが十分だったとは思えない。相撲は国技では無いが、公益性のある事業。


 未来を考えると、マイナスチェックや秩序維持の意思決定ばかりをしていたら、次第に縮小し、若い人が相撲から離れ、モンゴル人相撲ばかりになってしまう。大相撲というのは相撲としての競技水準が一番高い、プロだから当たり前だが、アマチュアスポーツにも相撲はあり、こちらは独自の発展がある。あくまでも、興行の世界。マネージメントに関して問題は人材である。最近は相撲界にも大卒の関取が増えたが、おそらくスポーツの中でも選手の教育レベルがもっとも低い世界ではないか。幸いなことに、相撲は他のプロスポーツより、暴力団との関係は薄いだろうが、そのものが暴力集団では困る。


 大相撲はビジネスである以上、経営とは何かです。答えは、経営とは時代に合った中長期計画、そして市場や世に受け入れらビジョンがあること、そしてそれらを実現する努力をトップが行うかです。多分、貴乃花のジレンマはそこにあるのでしょう。今の理事会や評議員会からそのような意思を持って運営しようとする人が居ないように見える。暴力の無い、より知的な、相撲道とは何か、きちんと議論出来る場が理事会には無い。本来、理事会とはそのような議論の場ではないか。マスコミで発言した経営陣は皆相撲の素人ばかり。このような傾向は日本の非営利組織や法人には良く見られる。相撲協会だけではない。大企業の役員会でも良くある事。ワンマン経営の二代目になると創設時の熱気や情熱は失われて、出る杭は打たれて、現状維持になる。手続きはかりが議論され、事務局や理事長、一部の権力者が仕切る理事会となってしまう。それだったら発展は無い。おそらく、貴乃花理事の理想を実現するには、貴乃花部屋が日本最大の相撲部屋になり大きな影響録を持つに至るしか無いだろうか。あるいは、国際化によってモンゴルに頼らない体制を作ることである。



[PR]
by katoujun2549 | 2018-01-10 00:04 | 国内政治 | Comments(0)