タグ:靖国神社 ( 6 ) タグの人気記事


 フィナンシャルタイムス 日本支社長を務めていたヘンリーストークス氏の驚きの歴史観である。氏は三島由紀夫、サイデンステッカー、ドナルドキーン氏などの親日文学者と親交を結び、日本人の名誉や誇りが、第二次大戦敗戦の結果地に落ちた事を憂う数少ない西洋人である。興味深かったのは、記者であることから、実際に多くの著名人と会った印象を率直に書いていることである。白洲次郎、安倍晋太郎、金大中、シアヌーク、麻生太郎氏の母、麻生和子氏(吉田茂の三女)、三島由紀夫など。しかし、彼はジャーナリストであって、かなり文学的な素養はあるが、外交や歴史家ではない。ところがこの本では歴史認識や外交問題の難しい部分に触れており、中途半端な知識から大胆な発言になっている。ということは、彼の様な外国人並みの歴史観、知識を持った日本人が、真に受け、喜ぶ内容である。彼は三島のような日本の著名人と親交を結んだ時にかなり視点がぶれてしまい、影響を受けすぎている感じがするし、日本で今右翼的な言動をしている人達の歴史的認識は、この程度と言える。彼は、海外のジャーナリストよりは遥かに日本通だが、敢て敗戦国の立場に立っている。ダワーの「敗北を見つめて」より独断的な解釈が多い。
 この本で書かれている事は、日本人なら誰もが思う通説の数々である。今頃何を言ってるのだろうか、30年前に言ってたら大したものだ。従軍慰安婦、南京事件、東京裁判、いすれも日本人に取って誠に切歯扼腕してきたテーマだから、特に右翼陣営には有り難い外国人である。残念な事に彼がフィナンシャルタイムズに在籍していた時にはこのような主張を海外において展開してはくれなかった。今は、引退して、言いたい事を言える立場なのだろう。日本は、こうした中国や韓国の国際情報戦争に負けていることもご指摘の通り。何故かという事をもっと掘り下げてもらいたい。海外では敵対する相手に対して、悪態をつくのは常識であるが、これを世論作りという手法にもとり込んだり、歴史教育として国民向けにも活発なプロパガンダを行なう。特に、中国や、韓国の歴史認識は日本、いや世界とも違い、学問の裏付けは無い。悪辣なねつ造や、誹謗中傷に満ちた内容を平気で載せてくる。これにどう対処したら良いのだろうか。戦前も日本は鬼畜米英などといって欧米人の人格否定を行なって来た。中国人や韓国人も、チャンコロとか、朝鮮人をチョン公とかいって馬鹿にしていた。その結果が今も尾を引いていて、中国や韓国の現在の優位にある産業などを過小評価する傾向がある。
 そうした行動は全く未来に益がなく、歴史が立証している。中国や韓国の歴史認識を正そうにも連中には聞く耳が無いだろう。それではどうしたら良いのか。それは中国や韓国が日本を非難するほど、公明正大に自国の歴史の暗部を公にしていない事を指摘するしか無いだろう。中国が南京で日本軍が不注意にも犯した犯罪や、便衣兵の射殺、さらには国民党軍が行った督戦部隊の自国兵の射殺を南京事件に転嫁したこと。慰安婦問題が事実とはかけ離れた日本人を卑しめる卑劣な外交戦術であることに対抗するには同じ方法で彼らの行為を拡大攻撃するしかない。韓国軍がベトナム戦争で何をやっていたのか、中国人が文化大革命で何をやっていたのか、光州事件、天安門広場事件、さらには文化大革命で1000万人以上の自国民を闇に葬り、チベットや、ウイグルで何をしているのか、反証する事が大切である。これを海外のメディアを使って発信する事である。政府や自国のマスコミがやっては何の効果もない。他国のマスコミを取り込んだ広報の工夫である。かつて中国国民党が南京事件をねつ造したのと同じ手口である。

[PR]
 国会の予算委員会で安倍総理の昨年の靖国参拝の答弁を聞いて、この人は一体なぜこんなに靖国にこだわるのか不思議でならないし、質問に立った維新の会の議員も、何て国際感覚が無いんだろうと不思議に思った。こんな感覚では日本は孤立度を深めるだけだ。とにかく、日本はあの軍国主義国家から決別した事から再生出来たのだ。これを忘れては困る。一番分かっているのは天皇陛下だと思うようになった。確かに、日本は中国が言うようなナチスではない。しかし、三国同盟も結んだ立派な軍国主義国家で、その威張り腐った軍部のお陰でコテンパーに負けてしまったのだ。この事を忘れているとしか思えない。

 敗戦後70年が経って、当時20才だった人は90才である。10才の少年でも80才になる。彼らは既に現役を退き、社会的に発言力も衰えている。50代の日本のリーダー達は歴史認識がおかしいのではないか。戦争体験者から何も学んでいない。高度成長期に育った彼らは接点がなかったのかもしれない。もはや戦後ではない、司馬遼太郎の坂の上の雲がもてはやされた時代に育ったのである。自分達団塊の世代は戦争の惨禍を全く知らずに育ったが、平和が何故尊いかをいやというほど教育の中で叩き込まれた。自分の親の代はまさに、大正生まれで、父親の多くの仲間が戦死、母親からは空襲の怖かった体験を聞かされて育った。叔父や叔母が引揚者だったり、シベリアに抑留されて亡くなったために、その子供達や家族を親族で支えたものである。会社に入った頃、部長クラスは皆軍隊経験があって、中には参謀だったり、中国戦線で九死に一生得て会社では部長や役員で大先輩として我々を見守ってくれた。

 今の安倍政権が攻撃されるのは古くさい感性とか歴史感覚なのである。感性や想像力が欠落している。安倍政権も、今の国民の指導者達は、あの敗戦と、列強に負けじと朝鮮や満州を支配し、その国民を日本人の下に貶めた行為の中で、従軍慰安婦や731部隊の非人道行為が行なわれた事を忘れているのではないか。自分も子供ながらに、捕虜の首を日本刀で刎ねて、その時の中国人の恨めしそうな目つきを思い出し、夜な夜な苦しんでいる人の話を聞いたことがある。日本の軍人が外国で何をしたのかである。ドイツはもっと酷い事をしているから日本とは違うではない。被害にあった相手の立場をどうう考えるかではないのか。
 
 田中角栄や大平正芳が、日中国交回復で意識したguilty conscious、という言葉をもう一度思い起こして欲しい。自虐史観とか、東京裁判史観とかいって、日本人の蛮行を無かったかのごとく、覆い隠すのは、まさに歴史に学ばない誤った姿勢ではないか。政治家の中には、靖国神社に参拝に行くのは国民として当然という主張をするが、彼らから日本の軍部が海外で行なったことへの反省や、謝罪の言葉を聞いた事がない。そればかりか、東京裁判は間違っていたとか、日本も占領地で現地の近代化に貢献したとか肯定的な考えを丸出しにしたがる有様。とにかく、国として、天皇陛下を中心に、毎年武道館で8月15日の式典を行っている事以上にそんなにこだわる必要があるのか。それで不十分なのだろうか。

 太平洋戦争も調子が良かったのはミッドウェーまでの半年で、後は100戦100敗。哨戒もせずに輸送船に乗せられて、戦地に行く前に50万人の兵士が海に消えた。戦死者230万人のうち食料の補給もなく、餓死者、病死者の数は100万人を超える。この間違った戦争方針の立案者達も、武運もなく若い命を散らした英霊も、一緒くたにして祭っているのが靖国神社なのである。A級戦犯とならずとも、中国人の民間人の首を刎ねたり、村を襲って食料を奪い、婦女暴行を働いた兵士達も一緒くたである。そんないい加減な神社を何で一国の総理大臣がムキになって参拝しなければならないのか、全く理解出来ない。靖国神社の運営する遊就館という博物館があるが、これまた、英霊の賛美に終わっていて、戦争の理解が全く国際社会から受け入れられる代物ではない。第二次大戦は日本の中では沖縄だけが戦場になり、ほとんどがアジアで繰り広げられたし、靖国神社で祀られた軍人は国内では戊辰戦争、西南戦争だけで、後はロシア、中国、東南アジア、太平洋ではないか。戦場になった国の政府が、自分の国を荒らした軍人を祀った神社に、その国の総理大臣が参拝したら不愉快になるのは当然と思わないだろうか。アメリカも同様である。これを内政干渉だとか、信仰の自由などという理屈で説明出来るのだろうか。日本は既に謝罪し、賠償しているではないかと反論しても、そんな国際社会の感情をどうなだめる事ができるのか、答えなんぞないはずだ。
 靖国神社はそこに祀られたご遺族が参拝するのは自由である。一般参賀も信教は自由だ。しかし、政治家、特に国を代表する人は行ってはならない所ではないか。靖国神社の神主は政治家が参拝に来ると、一般参賀者が入れない奥殿に得意満面で先導していく。全く権威主義的で昔から少しも反省もない連中。いくら謝罪しても、政治家が行けば、これまでの日本の平和貢献も、賠償も無意味になってしまうことが分からないのだろうか。

[PR]
 軍隊で親兄弟を戦死されたご家族の方々は、一番若い人でも既に67才である。自分が昭和47年に会社に入ったとき、朝、お茶を汲んで配ってくれるおばさんがいた。彼女は戦争未亡人であった。夫は結婚してすぐに戦艦大和に乗り込み、戦死されたが、そのときに子供を授かってしまった。多分、その時のお子さんは今68くらいになっているだろう。当時の企業はそのような戦争未亡人を雇用していた。自分はそのことに感銘し、企業にも人情があり、社会貢献している事を感じた。
靖国神社での小太刀の形奉納
e0195345_1114437.jpg

新潟に居を移してからは行けなくなったが、毎年、7月の靖国神社御魂祭りには、ここに祭られている武人達の霊を慰めるべく、武道の奉納、直心影流の形を奉納し、本殿でのお祓いも受けてきた。日本人として、国に準じた方々に祈りを捧げるのはこの靖国神社と千鳥ヶ淵以外には今は無いのだから当然である。しかし残念な事に、この神社は、過去において、政治に利用されてきた。そもそも、政治的に作られたのだから仕方が無い。
 
 靖国問題に関して、自分なりに提案したい。
神社は8.15をお休みにしてはいかがでしょうかと言いたいくらい。それができなければ、平和の日にして下さい。
 安倍首相は靖国神社に参拝すべきだ。しかし、それは8月15日にではない。例大祭に自費で行えばいいのである。一方、靖国神社はあの太平洋戦争において、神社が果した軍事国家への貢献を反省し、行動すべきである。靖国が平和の祈りの場として、特に、アジアの戦場で散った軍人のみならず、その国々で被害を受けた国民のためにも、鎮魂行事を行う。その時には、一般人の参賀はお断りし、神社に祀られている方々のご遺族だけをご招待、祈りの時をもうけ、これまでのように、政府の要人を特別扱いして優遇したり、過去の国家護持の夢を捨てる事である。それがこの神社の生き残る道である。結論として、8月15日は閉じ、本当にここで祭られている方々だけで平和の祈りの会を企画するのである。これを世界に発信する。

 靖国神社にそのご家族が御魂を祭られ、戦争の記憶を持つ方々は、既に70才の後半から、90才代である。靖国神社を支える人々の高齢化は著しい。今後、近い将来、神社を維持していくにはどうすればよい
e0195345_6335648.jpg

かが話題になる日が来る。45年前、この神社を国家護持しようという動きがあり、失敗した。今は一宗教法人であり、そのことが、A級戦犯ー日本を敗戦に陥れた張本人達をこの神社で祭るという暴挙を何とも防ぐことが出来なかった理由だろう。昭和天皇が、この件を批判されている。宗教法人らしく、活動すれば良い。
 この神社は、日本のアジアにおける戦争を肯定せざるを得ない宿命をもっている。最初に戊辰戦争の戦死者のうち、政府軍関係者を祭った。上野の山にこもった旧幕府関係者、彰義隊が官軍と戦った時の「政府軍」側の戦死者56名をはじめ、鳥羽伏見の戦いから函館戦争まで、3588柱を祭ったことが始まりである。大村益二郎の銅像が参道に建っている。東京招魂社という名前だった。その後、日本は国土を守るという目的のためにアジア補国で戦争を続けた。日本列島、国内での戦闘は沖縄以外は無かったのだから、眠っている「英霊」の多くはアジアの戦場で戦死された方々と国内の空襲で亡くなった軍関係者である。もちろん、広島長崎の被爆者や東京大空襲の犠牲者は含まれない。
 日清戦争以来、この神社は日本の戦争行為と深く関わり続けた。多くの若者が「靖国で会おう」と死地に赴いたのであり、またそうした戦争を肯定する役割を担い続けてきた。この神社を、明治以来の日本が取ったアジアにおける戦争行為と切り離しては語れない。戦場になった国の政府が日本の政府関係が参拝する度に批判するのは仕方がない。内政干渉だと怒る方がおかしい。一方、祭られた英霊のご遺族の方々や国民が参拝することも自然なことである。この神社は日本政府の戦争政策と一体であったし、今日に至るまで、政治的に利用されてきた。そのことが、神社の未来を暗く、複雑にしている。
このままでは世界の負の遺産登録されてしまう。昨日は韓国の議員達がこの靖国神社に抗議に来て追い返された。韓国は戦場になったわけでもない。全くの言いがかりである。また、例年のごとく、中国はどんなに名目を変えようとも、政府関係者が参拝したことを報じ、日本軍国主義の復活と結びつけて、国内を煽る。連中も自分たちの軍備増強や、選挙の人気取りにこの神社を利用しているのである。神社もこれとばかりに金儲け。本来、敗戦の日である8月15日に参拝する必要はない。この神社には年中行けるのだし、例大祭とか、御魂祭りとか、宗教法人としての正式な行事は他の日に行われているのである。要するに、この日に参拝する人々は何らかの政治的な意図を持った人々か、300万人もの日本人が亡くなった戦争に反省のない輩である。歴史に学ばない人を煽るのは止めよう。くそ暑い日に、お祭り騒ぎは無いだろう。もちろん、神社は静かに参拝者を受け入れたいだろうが、そうはいかない。この敗戦という痛々しい体験をこの神社はどう考えているのだろうか。自分は、靖国神社を否定も、肯定もしない。しかし、神社は玉串料をあてにしたり、利益のために8月15日を利用する愚は止めてもらいたい。むしろこの日は門を閉めて反省の日にしてもらいたい。これが自分の提案である。

 e0195345_63635.jpg
span>0195345_6335648.jpg

[PR]
 幕末の江戸三大剣道場は、北辰一刀流千葉周作の玄武館、鏡新明智流の桃井春蔵が主宰する士学館、そして神道無念流の剣客斉藤弥久郎の練兵館であった。北辰一刀流は坂本龍馬、士学館は武市半平太や岡田以蔵がいた。俎橋付近にあった練兵館は、天保九年(1838年)の火事で焼失、今の靖国神社の靖国通り入口付近に再建され、その後約30年間隆盛を誇った。高杉晋作、桂小五郎(木戸孝允)、品川弥二郎など幕末の志士が多数入門し、桂小五郎は師範代も務めていた。また、伊藤俊輔(伊藤博文)も出入りしていた。長州藩の若者がここで修行したのである。当時の剣道道場は、文武の場でもあり、若者らしく、稽古の後は大いに飲み、天下国家を論じ、生活を共にした。そこで、時代の改革論、攘夷論をたたかわせた事であろう。

御魂祭りの靖国神社
e0195345_9551659.jpg

江戸古地図の練兵館位置
e0195345_1320446.gif


靖国神社内練兵館跡の石碑と靖国神社内宮
e0195345_23164659.gif

e0195345_0112945.jpg



 この付近には幕末時歩兵屯所があったという。靖国神社は戊辰戦争の官軍の戦死者を祀ったことが起源である。鳥羽伏見や上野彰義隊との戦いで官軍を指揮した大村益次郎の銅像が正面にある。ここは皇居にも近く絶好の位置でもある。何故この地にそうしたし神社が建てられたか、長州藩の志士が、若き日に練兵館で切磋琢磨した思い出の地であったことも判断材料だろう。桂小五郎、高杉晋作の修行の地であった。明治の元勲となった桂小五郎がここを戦死者の慰霊の地に選んだ事は想像に難くない。練兵館は明治維新の起源なのである。今年も、靖国神社での直心影の形が百練会、早稲田大直心会、高崎経済大学剣道部、一橋大学剣道部剣友会で執り行われ、奉納された。
7月16日
直心影流奉納

e0195345_085431.jpg

 今年も暑い夏になった。8月15日がやってくる。小泉元総理の靖国神社参拝が物議を醸した時代があった。クリスチャンの自分は、神社に進んで参拝する気はないし、戦争中に多くのキリスト教徒が参拝を強制され、屈辱を受けたことを思う。命がけで靖国神社参拝を拒否するクリスチャンは少なかった。それを問題視するキリスト教徒もいるが、国民が死に物狂いで闘っている時に反戦や兵役拒否をする事は死を意味する。戦前の日本をファシズム国家と位置づけ、悪の権化のように歴史解釈する歴史観に毒されている。軍部の横暴と、それに従わざるを得なかった政治家や庶民、前線の将兵を十羽ひとからげにする考え方である。現実は極めて複雑であり、結論が出て来ない。批判は勝手だが、その時の歴史的状態を学んでから行なうべきだ。かつて政府は国家護持しようと靖国法案を出したこともあり、キリスト教会をあげて反対した。しかし、英霊を無視したわけでは無い。これをクリスチャンを攻撃する材料にする人々もいる。そこを気をつけなければならない。
 
 これはキリスト教が国民の感情に合わない、日本には合わない宗教と位置づける一種の罠になる。自分も8月15日に靖国神社に首相が公的に参拝すべきではないと思っている。例大祭にいけばいいのだ。敢えて8月15日を選ぶ理由は無いし、国益も損なう。個人的な信仰の問題に口を挟む気はない。
e0195345_1320446.gif

e0195345_9551659.jpg

あの大戦での膨大な犠牲者に国民が鎮魂の念をあわらす場が無い以上、とにかく、200万人もの膨大な英霊を祀っている施設は千鳥ヶ淵とここの他に無いのだから、これを否定する事は、日本人としての気持を無視する行為である。個々に参拝する多くの同胞に異議を唱える事は出来ないし、国の為に命を捧げた人々に敬意を表すべきだと思う。

[PR]
靖国神社と戦没者を廻る政治の動きをどう見るか
ー門田隆将著ー「蒼海に消ゆ」を読んで

 特攻基地であった知覧記念館を訪れた政治家は多い。都知事の石原慎太郎や小泉純一郎元首相はその政治的発言、行動にも影響を受けている。しかし、ここは慎重であるべきであろう。特攻を崇高な行為とし、彼らを神として出撃させた軍部の姿勢と、国を思い、家族のために散った学徒兵とは対極的な位置付になるのではないか。靖国神社は国家神道として、政治と戦争による戦没者を結びつけて来た。政治家が参拝することがその意味においては当然とも言える。国民の側や遺族側からは思想、信仰の自由という観点からは参拝を強いる事は出来ないし、その逆もあろう。

  特攻に関しては靖国神社参拝からは切り離すべきである。神社が祀るのは勝手だが、彼らも、隊員同士、また、上官から再び靖国で会おうと誓った建前の世界と、彼らの個人の心情とは全く内容を異にしている。戦争指導者と彼等のような犠牲者がおなじ場所で何故祀られねばならないのか。蒼海に消ゆでも、松藤先輩は靖国とか、天皇のことを全く触れてはいない。後に続く世代のためと言っている。多くの若者が、故郷の家族、 子供たち、母や妹を思いながら出撃した事が分かる。殉じた学徒兵の行動と軍部戦争指導者の責任は分けて考えるべきだ。彼らはあくまでも人柱として命を捧げた。

 一方、戦争指導者達は、大西中将などを特攻遂行者として、彼らの責任面から逃れて来た。特攻は1944年のフィリピン戦から始まったのではない。真珠湾での特殊潜航艇でも行なわれた。回天、震洋、桜花など、以前から兵器も開発され、学徒を特攻要員として振り向けようとした。自発性という建前は卑劣な責任逃れである。戦争は自発的に行なうものではない。特攻隊員という集団マインドコントロールがあっただろうし、本当に望んだ人もいたかもしれないが、失敗する確率が高くなっても中止する勇気が指導部にはなかった。45年の6月以降は殆ど成功の見込みがないのに、時には複葉機の「赤とんぼ」などで出撃させられたのである。世界の戦争史でも例を見ない陰湿な計画であった。しかも、特攻員は地方の農家出身者が多く、軍人の子弟は少なかった。勿論この作戦においては源田実や瀬島隆三等の参謀達、昭和天皇の関与は覆い隠せない。特攻は軍部の日和見的戦争指導の成れの果ではないか。こうした指導部の無責任に対して、学徒兵は実に見事な潔さで、命令に従った。

  特攻隊員は国民の鏡として、末長く称えられるべきである。全く正反対な立場であるにも拘らず、彼らを賛美したり、追悼することが軍国主義的な行為であると位置付けたり、逆に、軍拡などに利用する勢力も問題である。もっと正面から彼らに向き合い、何らかのご縁のあった人々、特に彼らを送り出した大学などが、末長く顕彰して行くことではないかと思う。戦争による犠牲者には、それぞれ異なる局面と、事情がある。インパール作戦の戦没者、フィリピンへの輸送船が撃沈されて亡くなった兵士や民間人、原爆、空襲での犠牲者など、それぞれを丁寧に追悼し続けることが意味があり、十把ひとからげには出来ない。自分は特攻に殉じた学徒兵には皇居の中に、きちんと碑と記念会館を建て、無名戦士の墓と併せて多くの参拝者が集う場を設けるべきだと思う。そうでもなければ未だに遺骨収集も未完の南洋諸島、シベリア抑留者などの霊は安息出来ない。今年の日米開戦70年について未来の国防と平和貢献について議論する時を持つ事も大切だが、国に殉じた人々の行為を記念する事を忘れてはならない。

[PR]
 我が国の戦没者の遺骨収集は240万人の海外戦没者のうち51%でしかない。特に、フィリピンは25%で少ない。第二次大戦中の戦没者収集遺骨は千鳥が淵戦没者苑に無名戦死の墓として納骨されている。しかし、日露戦争や満州事変など。大戦前と第二次大戦中の英霊は靖国神社に祀られている。靖国神社は御魂祭りや秋の例大祭などが主要な行事で、むしろその時に参拝すべきなのだ。英霊は8月15日にこだわらずに参拝すべきだと思う。むしろ、政治家の参拝はマスコミへの露出、選挙目当て、遺族会などの顔色をうかがう形で行われてきた。政治的に利用されていたとみてよい。心から弔意をあらわすという国民感情とは別の意図を感じる。

 第二次大戦は太平洋戦争という名称だが、実際は、中国、ビルマ、インドネシアなど、米軍が戦っていない場所でも多くの犠牲者が出た。ところが東京裁判やGHQの思想統制で太平洋戦争となった。歴史的にも地理的にも実際は大東亜戦争という名前が実態には合っている。東京裁判は、戦勝国の報復的行為、茶番であったが、そのために、アジア地域での戦争犯罪はでたらめなBC級裁判で整理されてしまった。BC級の被告は理不尽な裁判で処刑された気の毒な事例が多い。肝腎のアジアにおける日本軍の蛮行は曖昧になっている。東京裁判で首脳部の責任を問われた南京大虐殺は実は実態が明らかではない。それに引き換え、問題にならなかったのがインドネシアにおける100万人の強制労働による死者、満州の731部隊の生体実験、フィリピン戦マニラ虐殺などだ。東京裁判ではアジア人の判事はインドのパール判事で、国際法の専門家は彼だけ、後から中国とフィリピン(ヘラニラ氏)が加えられた。しかし、フリピンは独立を得たばかり、中国は国民党と共産党政権が抗争中で代表といっても国民には認知されていない。この裁判では中国人朝鮮人の強制労働や、慰安婦、ヴェトナムやビルマのことも問題にならなかった。もっぱら、英米蘭軍捕虜の虐待、戦争や民主主義破壊に対する人道上の犯罪への共同謀議が問われた。
 片や日本国内でも、本当は裁かれるべき人々が不問に付された。治安維持法を盾に横暴の限りを尽くした特高や憲兵、満州でごろつきのような活動を行い、麻薬汚染を引き起こした右翼達、日本軍で多くの犠牲を出した作戦の責任者、辻正信や牟田口といった連中は全く処罰されていないか、戦犯から解放された。日本の戦後の戦争責任処理は全く機能せず、アメリカの軍事裁判に助けられた。戦犯逮捕者リストの作成は日本人からの情報がなければできない。

 戦後独立を果したアジア各国は日本に賠償を求め、ODAも含め夫々成果を得たが、日本の加害者としての立場が変わる訳ではない。どう考えてもアジアの占領地における日本軍に対する感情は嫌悪すべきものとなっている。占領地における日本軍の増長振りはいくら独立を促したとか言っても肯定しうるものではない。要するに、被害にあった国々を刺激する行動は国際的に今の国益を損なうのである。8月15日の参拝というのは大戦中の日本の軍部を肯定する行動に映るのだ。戦後65年を経ても今なおアジア諸国からは大戦中の軍部は贖罪されていない状況で首相が8月15日を選んで参拝するのか、その歴史認識のいいかげんさを問題にすべきだ。

 靖国神社のA級戦犯合祀は、靖国神社がサンフランシスコ講和条約と宗教法人の権利を盾に行われ、BC級の合祀は違法な情報漏洩という厚生省の内部協力を得た出鱈目な手順で行われた行為だ。その行為は政治的な色彩を帯びることになる。参拝を強行しても、拒否されても問題になるし、それは神社側の勝手な行動の結果で仕方がないものだと思う。靖国神社の遊就館の展示やその主張は歴史認識を疑う一方的なものである。確かに、日本軍は英米兵の捕虜を虐待したが、ソ連はさらに多くの日本兵捕虜を強制労働に送り、死に至らしめた。そのような反論は別の問題だ。靖国神社側は、英霊として美化するだけでなく、戦争中に行われた戦争の名目で行われた日本軍の破廉恥な行動、他国人と同時に、自国民や軍隊内部においても行われた現実を直視し、平和への活動に労力を傾けるべきである。
 靖国神社で気になるのが、参道に群がる異常な数のテキ屋の屋台だ。焼き鳥、お好み焼き、焼きそば屋といった出店が何故あれほど必要なのか分らない。靖国神社は英霊の祈りの場であって欲しいと思う。このような姿が神社の異様な立場を物語っている。font>

[PR]