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昇段審査 七段

 長年剣道に取り組んできた自分にとっておそらく最終的な課題である七段昇段を11月28日に東京武道館で果たすことができた。多くの剣道人にとって、試合に勝つことも目標だが、やはり最大の関心事は昇段である。七段が集まって100人に1人の難関八段は夢のような世界で、普通の稽古やセンスでは取ることができない領域であるが、七段までは何とか努力で得られると思う。剣道に取り組んだ人で五段を取った後ならここまでは執着したい領域。50才から60才くらいは体力もあり、25%くらいが受かる。70才以上になると歳をとってから始めた方も多く、合格率は20人に1人の狭き門となる。

 審査では2人の相手と対戦するが、1分30秒の間必ず1本は取らなければ評価されない。最初の相手は睨み合ったまま、なかなか動かない。相手が動いた瞬間、出鼻の面を先に打つことができた。残心を取った。なかなか次が出なかったが、剣先を下げた時、剣道形2本目のように、いきなり小手が見えたので飛び込み小手が決まった。再び構え直し対峙したところで止めの合図。次の方は背は高いが痩せ型だったので、体力的には行けると思い、積極的に攻めた。最初の面は中途半端だった。もう一度と思い出たところを小手を打たれたが、自分の面も打ち込んだ、さらに引いたところを面を打ったがこれは見事に決まった。審査員席が相手の背側で見えないと思い、次に出てきたところを出小手で抑えた。そこで止めの合図。

手応えはあったが、前回もあれだけ打って受からなかったので、不安も残った。合格発表に自分の番号A488があった。形の稽古はよくやっていたので自信があった。やっと取った七段であった。

 嬉しいというより、肩の荷が下りホッとした感じ。1年前から、これまでの剣道を見直し、真っ直ぐな面、トリッキーな技は封じ、相手から好感をいただける稽古を目指した。70歳近い剣道と、40歳の猛者の剣道は違う。審査員も相手を尊重する姿勢を求めている。品格といっても抽象的だが、狡い技、相手を痛めつけるような攻めは不快感を持つはず。このようなことをしないように気をつけた。ただ打てば良いというのではない。そこが試合とは違う。剣は人なりと見ている。

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     写真は全剣連ホームページから複写させていただきました。

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北斎漫画から江戸時代の剣術、柄を余して握っている。

 六段を取ったのは52歳で当時は会社勤めだった。45才で剣道を再開し、今70歳だから紆余曲折、七段まで18年かかったことになる。当時は週2回、中野の興武館で安藤宏三八段、小沢博八段のご指導を頂いた。会社の地下にも小さな道場があり、会社の剣道好きの仲間とも週1回稽古ができた。東レの柴田英一郎七段、大沼新太郎七段も加わって東レ社員クラブでの後の第2道場がが楽しみだった。週3回の体制であったが、仕事の関係で週1回になることもあり、平均すると2回がやっとだった。昇段は大目標だが、稽古を続けるということも日常的な目標である。稽古の時間を作るということが大変。18年の間、健康や生活上のことから剣道を中断せざるを得ないことがあった。六段を取って七段挑戦まで6年間は審査を受けることができない。59歳の時、日本武道館で審査を受けたが落ちた。2回受けてみたという感じで、今から思えばそんな姿勢では受かるわけがないと思う。七段はやはり、何処の道場でも指導者の立場で、六段とは違う審査基準がある。これを理解しないで受けていたからだ。鹿島で三井グループの合宿があり、そこでいつもなら、強い先生に積極的に稽古をお願いしていたが、そのときに限り気力が出ない。これは体調に異変があると思い、三井記念病院で検査をしたら冠状動脈がビラン性で11箇所も狭窄しているからバイパス手術をしなければ危ないと言われた。手術後七段挑戦はこのとき諦めざるを得なかった。柴田先生が入院中見舞いに来てくださり、七段は逃げずに待ってくれるよと励まして下さったのがありがたかった。

 家内が倒れ、要介護状態となったことも大きな中断要素で、毎日の介護で結局5年後に亡くなるまで、稽古もままならない状態となった。会社も辞めた。時間はできたが、東京医科歯科大学で修士を取る勉強もあり、結構忙しくなった。それでも、週1回は中野の上高田剣道クラブで清水薫七段、木村耕一七段と稽古は続けた。昇段は視野に無かった。その間、自分を励ましてくれた安藤先生と柴田先生が亡くなるという衝撃もあり、意欲もなくなっていたのである。

 2012年に家内が天国に召された。呆然とする日々だったが、新潟の大学に常務理事兼事務局長のお誘いをいただき、単身新潟の新発田市に移った。見知らぬ土地で何とか定着するには剣道を通してという下心で新発田市の剣道連盟の稽古に参加した。新潟県剣道連盟の会長をされていた斎藤栄先生が70歳で七段を取られて頑張っておられるのを見て自分ももう一度やってみようという気になった。新発田市のスポーツセンターでの稽古と近所の発慶館、聖籠町町民センター道場が新発田市の稽古場であった。そこで多くの新潟剣道人との出会いがあった。新発田高校の教員をされていた松川七段とも親しくおつきあいいただき、マレーシアの剣道指導にも同行させていただいた。

 新発田に来て1年後山形の審査、仙台、名古屋と受けた。昨年東京に戻り御茶ノ水の三井住友海上の百練館道場に個人会員として受け入れてもらった。自分の剣道を見直す良い機会となった。その年から、元警視庁の濱崎八段が師範となられ、毎週水曜日にご指導いただくことができた。自分の剣道はかつて母校一橋大学剣道部で師範をされていた中倉清先生のイメージが強く、天才剣士の形だけを真似たもので、今から思うとお恥ずかしい限りであった。しかし、今日まで、剣道を続けてこられたのも中倉先生の奇跡のような剣さばきに憧れたことが大きい。剣道の持つ精神的な面、礼儀、稽古の中身は忘れ、ただ打ち合って相手をやっつければ良いというような、中倉先生とは懸け離れたものであった。そのうちに、体力も衰え、病気を経て、何とも奇怪な剣道になっていたことに気がついた。打たれても良いから変えてはならない自分の剣道軸を模索し続けた。京都、長野と受けたが失敗。さらに反省。七段の先生方は皆様それなりの核心をもった剣風を持っている。そこが六段との違いだろう。稽古の時も、相手と同時に、周囲の仲間から良い立ち姿、素直な面打ち、打突の機会を作る工夫を自分なりに研究し、身長の低さ(154cm)を乗り越えて攻めを利かす工夫を続けた。百練館の七段の皆さん、小名木、小田、高津、植松各氏からは厳しいご批判と、心のこもった激励を受けた。一橋剣道部の同期の内藤君は既に八段挑戦中。都剣連副会長と全剣連の役員となり、彼の接する八段の先生方のご意見などを寄せてくださり、自分にとって良いアドバイスとなった。日本剣道形は世田谷剣連の藤野七段女史のご指導を毎月1度お願いした。自分は、体格にも恵まれず、剣道では無才ではあるが、一流の師、素晴らしい剣友に恵まれた。段を頂かずとも有難いことであった。東京に戻って5回目で何とか頂いた七段、これからも品格ある剣道を目指し、皆からお誘いを受けるような交剣知愛を続けていきたい。

 

 


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ホラー映画「I T


新宿ピカデリでI Tを見た。1990年のスティーブンキングの原作のI Tリメイクしたもの。最近、ハリウッドは種切れか、やたらリメイクやパート23とか続編ものが多い。その中では秀作だろう。前作よりはるかに怖い。デイトで、怖くて不安な彼女の手を握って一歩関係を前進させるチャンス。1915分の遅い上映時間にも関わらず、満席。ほとんどが若いカップルとか、大学生くらいの友達連れだった。ホラーものだから、一人では怖くて仲間が欲しいくらいに「怖い」という評判なのであろう。恐怖映画は汚い、キモい、怖い、不快、悲しい、グロさ、エロい、けしからん、バカバカしい、といった要素からなる。その意味で、全てをこれでもか、とばかりにこの作品は見せてくれる。時代は1986年代に戻って、時代考証がなされている。前作の恐らくはメイン州の古い町や街並みが再現されている。

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前作より今回の 道化師のクラウン怪人ペニーワイズは遥かに狂暴な悪魔である。前作ではもっとひょうきんで、それが怪しい恐怖感を出していた。この殺人ピエロは実在の子供殺しがモデルで、子供の誘拐や苛めはアメリカ人にとって現実味を持った恐怖。ジョンウェインケイシーといって33人もの被害者を出した伝説の連続殺人鬼。彼はチャリティーパーティーでピエロに扮していた。ピエロが怖いというモチーフは日本人にはピント来ないが、実際に起きた連続殺人事件やアメリカではよく子供が行方不明になるから現実味がある。日本ではお馴染みのピノキオは誘拐されるが、アメリカ人にはこの人買いに恐怖感があると聞く。ピノキオはホラーなのだ。

殺人鬼 ケイシーが書いたピエロの画。


前作がテレビ用に作られていた。この作品の主人公は子供たちである。スティーブンキングの名作、スタンドバイミーを彷彿とさせる、気の弱い、いじめられっ子と日本では信じられないくらい凶悪ないじめっ子の抗争が伏線になり、無関心な大人達が醜く描かれている。子供たちは大人から無視され、歪んだ欲望の的に晒されている。互いに憎しみ合う世界に弱虫連盟と自嘲するいじめられっ子達は団結し、I Tと戦う。ITは親達、あの汚い下水道はこの世の象徴である。子供達の友情と勇気こそ、未来を切り開くという結末が救われる。しかし、この映画は第1章としてエンドがあり、27年後、彼らが中年になって再会して、再びI Tと戦う次作が予見された。2019年に公開予定で製作中だそうだ。ストーリーは第1作が基本となる。自然豊かなアメリカの住宅地、石切場の水浴シーンなど、前作を想起させるように同じロケ地となっている。アメリカの平和な田舎町には秘められた邪悪な過去がある。人種差別、事故、醜悪な殺人事件など。スティーブンキングのテーマだ。前作よりCGなどが格段に進歩しており汚い下水や気持ち悪い腐敗感が再現されている。今回は子供達だけの物語となっている。悪趣味とグロ、下水とか、おぶはスティーブンキング作品の主要なモチーフ。


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by katoujun2549 | 2017-11-27 00:31 | Comments(0)

2017年11月26日(日)13時30分~15時
キリスト教信徒で構成される音楽集団ユーオーディアの皆様による木管五重奏の集いが行われた。菅井春恵フルート、姫野徹オーボエ、柳瀬洋クラリネット、今井潤子ファゴット大森啓史ホルンによる演奏。デーヴィス作the Little Drummer Boyからはじまり、8曲+αの曲目が演奏された。100人を越えるご家族連れが教会に集った。子供達も多く、多少騒々しいかと思いきや、演奏者のご配慮で楽器解説もあり、at homeな会となった。小さな子供の育児を抱えているとなかなかコンサートには行きにくい。多くの小さな子供連れが
加わったが、意外と静かに皆さん聴いてくださった。ファルカシュのハンガリア舞舞曲集団、イベール3つの小品、ラッターのスターキャロル~クリスマスララバイ、聖歌、クリスマス讃美歌など飽きさせない構成であった。普段の礼拝には30名ほどだが今日は140人を越す聴衆となった。
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140人を超える聴衆がつどった
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各奏者はトップクラスの実力派で、演奏の内容が素晴らしく、小さな子供も聴き入っていたのではないかと思った。教会は大抵音響効果も良い。小さな音楽団体の演奏の場になることが増えつつあるのだが、教会の会堂という場では、やはり、演奏者の信仰とか、キリスト教の伝道という要素を見失わないよう、演奏家の意図や考え方も考慮して、教会は適切な演奏者を選ぶべきだと思う。その意味でも柳瀬洋さんの証しもあり、充実した内容だった。



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ヘンリー・セリック 監督脚本の作品。彼はストップモーションアニメの達人である。ナイトメア、ビフォークリスマスや、コープスブライドなども彼の作品。これらはティムバートンと思っていたが、ほとんどが、セリック監督の気が遠くなりそうな、作業を積み重ねたアニメ作品。

声の出演者 ダコタ・ファニング、テリー・ハッチャー、ジョン・ホッジマン、キース・デイヴィッドなど。音楽 ブリュノ・クーレ

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上映時間 100

コララインは両親と新しい街に引っ越して来る。二人とも仕事が忙しくてちっとも自分にかまってくれず不満に思っていた彼女は一人で外出すると、ワイビーという少年が黒猫と共にどこからともなく現れ、また姿を消す。コララインは退屈しのぎに築150年のアパートの探検を始め、その最中に封印された小さなドアを発見する。


『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の鬼才、ヘンリー・セリック監督が手掛けるダークで幻想的なアニメーションが、異次元のパラレルワールドを見せてくれる。

そこにはコララインの両親そっくりの夫婦が、コララインの望みの生活を体現させてくれる。ところが、彼らは自分の両親と違い、何と目がボタンなのです。

世界中で愛されている同名のファンタジー小説を映画化し、パラレルワールドに迷い込むヒロインの冒険と成長を生き生きと描く。主人公の声を担当するのは名子役、ダコタ・ファニング。

ダークな異次元世界が展開する。ボタンの目をしたココラインのママは実は蜘蛛の化身の魔女だった。本当の両親と近所の3人の子供が魔女により、囚われていた。ココラインは猫を仲間に、敢然と魔女に立ち向かう。

不思議の国のアリス、マルコヴィッチの穴など、穴を潜ると異次元世界には入るアナロジーは昔から空想のメタファーだ。パラレルワールドも海辺のカフカとか1Q38など村上春樹の作品に使われている。アリスの不思議な国は全く別の世界、トランプの女王に支配された国、マルコビッチの穴は空間をショートカットし、他人の部屋や遠隔地に通じていた。海辺のカフカと1Q38は時間を超えて異次元世界に繋がっていた。

空想の産物だが、知的な冒険を感じる。タイムスリップもその一つだ。





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by katoujun2549 | 2017-11-19 11:53 | Comments(0)
今年はロシア革命という世界史上の大事件後100年になる。その割にはロシアで祭典や大きなイヴェントが少ない。プーチン政権は、ロシア革命を大々的に祝賀できない理由があるのだろう。というより、プーチン政権はかつてのツアーリズムが強いロシアを再生するという思想を持っている。独裁者は失敗してきたのだが、歴史は逆流している。王朝や帝政という権力支配が見直されている。中国も習近平王朝、北朝鮮も金王家に支配されている。
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自分が20代の頃まで、また歴史の学習においても、さらには、マスコミもロシア革命は善であった。民衆が共産党を選択し、党に権力を集中したという理解が行われて、高校時代、社会の教師は歴史の必然だとも言い切った。ところが、革命を推進したはずのスターリンが批判され、ソビエト連邦が官僚制と共産党独裁の名の下に恐怖政治を行ったたことへの拒否感がロシア革命の評価を下げた。ペレストロイカとグラスノスチの結果、情報が公開され、真実が明らかになった。スターリンの批判から、更に今ではレーニンの恐怖政治も公表され、革命は国民に悲惨と暴力、さらには死をもたらしただけのものという見解が生まれた。
ところが、今、ロシアでは若い人逹にスターリンを評価する動きがあるという。独ソ戦を指導しファシズムに勝利したという功績を評価したのであろう。それにしても、ロシア革命におけるロシア人の犠牲は膨大で、独ソ戦以上の悲劇だったのかもしれない。にもかかわらず、恐怖の立役者を評価するという国民性を日本人は理解できない。強い者が正義という恐るべき国民感覚である。土着の国民性は克服出来ない。日本だって、諦観という観念は根強い。

1917年ロシア革命がレーニン、トロッキーのリーダーシップによりケレンスキー政権の打倒に至ったことは事実だが、実相はかなり我々の常識とは違っていた。第一次世界大戦にロシアは疲弊していたが、ケレンスキー政権は好戦的だった。ドイツの参謀、ルーデンドルフはレーニンを亡命中のスイスからモスクワに送りこんだ。多額の活動資金付きだった。彼は敵国ドイツの手先だった。ボルシェヴィキと赤衛軍を組織し、民衆や軍を動員し、革命を成就させるというイメージがあるが、それは後に作られたもの。実際は一部であって軍を掌握してはいなかった。10月革命の映像で、大部隊が正門から感動的に総攻撃するシーンがあるが、これは後に作られた映像で、実は違う。ペテルブルクの冬宮を攻撃したのは小部隊であり、裏口から、急襲したクーデターだった。大した戦闘もなく偶然にも成功してしまったのだ。ケレンスキー政権を逃亡させ内戦に突入した。3月に皇帝を逮捕して権力を握ったレーニンは、広大なロシアの掌握にかかる。そのため、労働組合や、宗教組織を利用し、ソビエトを編成した。ソビエトとボルシェビキに権力を集中したが革命の意義を民衆に伝えて教育する余裕は無かった。都市労働者と農民を味方につけるためにレーニンは土地の分配を行った。
 ブレストリトフスク条約を締結、ドイツと講和すると、バルト三国、ベラルーシ、ウクライナを失った。ウクライナは独立宣言しソビエトに戦争を仕掛けてきた。散々な結果になるが、民衆を説得するため、レーニンは、フランス革命のジャコバン党の恐怖政治を学び、これを徹底し、軍を掌握することに専念、成功する。革命の実態を知る最初の支持者は逮捕され、収容所ソルベッキー島に送り、多くは処刑された。ロシア革命は最初から、殺戮の恐怖にまみれた政治によってはじめられた。1922年のソビエト連邦成立以前から秘密警察によって、理想社会の建設を大義名分に政権内部のエスエルやポルシェビキまで巻き込んで粛清の嵐は第2次大戦まで吹き荒れた。軍を維持するため資金が必要だが、工業が未発達なロシアは農産物や材木を輸出することしか道が無かった。そこで農民の搾取が始まり、反抗的だったウクライナは300万人の餓死者を出した。革命によって土地を与えられ、生産に励んで成功した農民、技術を持った農民は富農として虐殺され、貧農ばかりがコルホーズで集団生活を余儀なくされた。これが、革命の実態だった。惨めな状態を隠すため、エイゼンシュタインなどの芸術家が動員され、捏造報道とプロバガンダ映画が作られた。

 日本の共産党もすっかり騙されたのである。彼らのユートピアは実は奇妙な思想に基づくものであった。ニコライフィヨードロフという人物の宇宙主義思想。レーニンは死後クレムリンに遺体保存処理され、祀られた。まるで、エジプトのミイラではないか。実は同じ考えだった。将来生命復活技術が発達し、その時レーニンは復活するという信仰があった。いや、人間は不死になるため、 地球は人間で溢れるだろうから、宇宙に居住するしかない。そこで、革命後、宇宙開発が始まり、ツィオルコフスキーの大気圏脱出のロケット技術が生まれた。ソ連の人工衛星と有人衛星があれほど早く開発されたのはロシア革命以来の研究の成果だったのだ。
1917年以降のロシア革命やレーニン、スターリンの政策や悲惨な国民の状態はここでは述べない。多くの証言者は既にこの世にいない。生き残って歴史を知らない連中が、ロシア革命やスターリンを賞賛してるに過ぎない。既にレーニンは最悪の指導者になっている。ロシア革命が祝賀されない理由があるのだ。今のプーチン政権はかつてのツアーの復活がロシアを再生させると信じている。



ロシア宇宙主義 
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六本木の東京ミッドタウンのフレンチレストラン、フィリップミルに昼食で行った。通訳業をされているA.H.さんの紹介で久方ぶりのフレンチだった。1人身になると、フレンチと鍋料理を囲む機会が無くなる。彼女にも付きあっていただき、楽しいひとときでした。フレンチとしてはきわめて淡白な味付け。シャンパンのデリケートなテイストとのバランスを考えているのだろう。鱈を蒸したクリームソースの一品が印象に残ったが、食べるのに夢中で写真に撮りそこなった。シャンパンも1本開けてしまった。酔ったせいか、女性を前に気が大きくなり、値段も気にならなくなった。夜は市川本八幡のベトナム料理屋で同期会だから早々に引き上げた。本当は上のリッツカールトンでコーヒーを飲みたかった。

フィリップミルはミッドタウン4階のテラスのあるお店で、オリーブの木が植わっていた。フランスの本店は2つ星だそうである。サンフランシスコ郊外のソノマではワイナリーの周囲にオリーブが植わっている。夏のカリフォルニアに思いを馳せた。アメリカ人になった親友SH夫妻とメキシコ料理屋に行ったが、ジョッキに入った大量のマルガリータと強烈なボリューム、時差ぼけでvomitingしてしまった。酒も安いから欲張りすぎた。

ミッドタウンのテラスにはメキシコ料理のLaColinaという店があったが見当たらない。どうも閉店になったようだ。家族連れが多かった。メキシカンでは価格が出ない。高い家賃がネックなのか。しかし、家賃が高い店は必死で工夫するから内容は悪くない。価格を別にすればだが。いずにせよ中途半端ではうまくいかない。難しいところ。

フィリップ氏はシャンパーニュ地方「レ・クレイエール」のシェフに就任するやわずか2年でミシュランの二ツ星を獲得する実力。
氏の料理は、伝統的な基本を守りつつも現代的なスタイルを取り入れた正統派フランス料理であり、フランス料理界における「グランド・キュイジーヌの大いなる希望の星」と言われるほどの人気シェフ。11月28日には来日、当店で技を披露するらしい。美しいアレンジに感動した。平松氏の特注シャンパンがデルモッテで作られている。あっさりした淡麗なテイスト。新潟の日本酒を思う。ワインショップなら1本6000円位だが、ここなら1万5千円だろう。シャンパンは一人で飲んでも美味しくない。美女と絶品フレンチでドンペリなみとなる。そう思えば高くはない。イエス様はカナの婚礼で水を上等の葡萄酒に変えてしまった。奇跡!、愛の語らいがあれば、水も酒と化す。最高のシャンパンだった。
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          平松の名前の入ったデラモット・シャンパン
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前菜のお焦げのようなカリッとしたボール


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真鯛のカルパッチョ 美しいアレンジ
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チキンだと思うが淡白で上品
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華麗なるデザート

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公開後4日目新宿のバルト9でブレードランナー2049を見た。163分の長編だ。海外では、前作の価値を損なわないクオリティとの評価を受けた。大体、続編は前作を凌ぐケースは稀で、二作目はオチャラカが多い。今回はしっかり引き継いでいるという評価。

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映像美が素晴らしい。荒廃したLA、変な日本趣味も引き継いでいる。リドリースコット監督の1982年の名作、ブレードランナーの続編。レプリカント狩警官のデカードはレプリカントのレイチェルと疾走したところで、前作は終わった。35年後、ララランドのライアンゴズリング演じるKがデカードの消息を追う。彼の控えめな存在感がほど良い。すっかり爺様になったリックデカード役のハリソンフォードが登場した。監督はブィルヌーブ。脚本はエイリアンコブェナントのマイケルグリーントいうので不安になった。彼の編集したエイリアン最新作は前作プロメテウスを見てないと分かりにくかった。このレプリカントというのは人間とどう違うのか?この作品はものすごく金がかかっていると思うが、そうしたところやCGの映像部は長尺のシーンが多く物語の流れが悪くなる。エイリアンもそうだった。これは実存主義や哲学者ビトゲンシュタインの問題ではなかったか?というところまで掘り下げてもらいたかった 

人間はどこから来て、どこに向かうのか?リドリースコットのテーマである。この哲学的テーマを映画で語ることは可能でしょう。しかし、読み解くにはあまりにも難題であり、映画という言語では伝えきれない。


Kは自分の出生の秘密を探る。2023.6.21という数字は生まれた時か?レイチェルは子供を産んで死ぬ。レプリカントが妊娠した。女性のレプリカントがかくまわれている。Kはその彼女と出会うが、まるでどこでもドアみたいに彼女のところに行くのだからびっくり。人間の記憶がコピーされるのか。このテクノロジーがすごすぎ。2049年にどこでもドアみたいなものが出来るとは思えない。

ウォレス社という会社はろくでもない、悪巧みの会社。レプリカントの反乱て前作のタイレル社は解体された。LAは以前核テロで大停電となりデータが消えレプリカントも次のバージョンになった。ウオレス社は次世代型の長寿命レプリカントを開発し、レプリカントによる世界支配を狙う。このあたりの経緯に関して、3つの短編映画が作られている。渡辺信一郎監督のアニメ2036。ネクサス・ドーン、ブラックアウト2022」補足の短編がこれだけ必要なのは編集の失敗だ。


記憶を可視化したり、実体と虚像が同期して、Hしちゃう。そんなテクノロジーが32年後に生まれるとは思えない。まるで麻薬の世界。女レプリカントのブレードランナーの登場も凄い。Kは何処にデカードがいるか突き止める。ミツバチの養蜂所の奥の館。デカードの所在を求めて Kは館に入る。そこにハリソンフォード演じるデカードがいるが、かなり暴力的な迎えかた。 Kがレプリカントなら弱すぎ。


ラケル の名前が登場。ラケルは旧約聖書の『創世記』に登場する女性。ヤコブの妻。父はラバン、姉はレア。 『創世記』によれば、兄エサウから逃れて伯父ラバンの元へきたヤコブはラケルを見初め、ラバンの「七年働けば結婚を許す」という言葉を信じて働く。ところが結婚式を終えて花嫁を見るとそれは姉のレアであった。

ロスに雪が降るんです。地球温暖化で海面水位が上がり巨大な堤防で街は守られている様子。人類とレプリカントは対立しているようなら作らなければいいのだが。突然レプリカントの反体制グループが登場、Kに真実を伝える。


デカードの住んでいるのは60年代の街みたいである。プレスリーがモノグラムに出てくる。3Dジュークボックスにシナトラが現れたり。未来テクノ満載でした。こんなところに金がかかっている。偽のレイチェルが登場するが、デッカードに見破られるとウオレス社の殺し屋レプリカントがアッサリ銃殺。だからR指定なのだな。レイチェルどうやって撮ったのか、昔の美しい映像そのまま。銃殺は漫画。美貌女優ショーンヤングは一時奇行でお騒がせ女優と言われたこともありましたが、最近も健在でyou-tubeのテレビインタビュウでおばちゃんぶりを披露して、美しさは相変わらずです。


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by katoujun2549 | 2017-11-01 00:18 | Comments(0)