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トリアノンという洋菓子店がある。三鷹店 高円寺本店 大久保店と三店がある。大久保の店は海洋ホテル前の大久保通り沿いにあり、大久保駅から100mほどである。この店には新大久保で降りた時よく立ち寄る。昔ながらのケーキ屋さんという感じ。しかし、ここのケーキは全国大会で優勝するなど、味は確か。イチゴのショートケーキなど、古典的だ。世の中数多くのケーキショップがあり、伊勢丹など、デパ地下には超高級なものがひしめいている。もちろん、美味しいもの、斬新なもの、パリの洋菓子直行便など、キリがない。しかし、ここのケーキはある標準を位置し、値段の点、味覚の点など、自分にとっても基準だ。美食にしても、グルメの基準はどこかに持っていたい。いつもモンブランを注文する。先日ベローチェでモンブランを食べたが、甘くて口に合わなかった。自分がうまいと思うモンブランは市川市八幡のドルチア本店のモンブランだ。トリアノンでは、軽食もあり、ここのスパゲティはナポリタン(720円)もミートソース(720円)、昔からある、懐かしい家庭の味。特筆すべきは、ミックスサンドイッチで、720円、パンは薄くもないし、普通だが、実に美味しい。看板メニューのひとつだ。

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アルデンテではないスパ
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お手ごろ価格(400〜450円)
のケーキと

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美味しいサンドイッチとコーヒー(440円)


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日本剣道形についてはは昇段審査の時に試験があるので、剣道を修行している人は必ず学ぶ。剣道連盟の講習会では七段、八段の先生が何十人もの講習者を一度に教えることが多い。もちろん、お手本を見せてくれるのだが、習う方も、普段あまり形の稽古をしていないものもいて、とかく手順に解説を加えただけのものになりがちである。先は順番を覚え、互いの木刀の使い方、形を指導するのだが、実際は真剣を前提とし、また、理合いや気合、気勢といった形の稽古の重要な部分までいかないうちに終わってしまう。刀特有の峰や、角度を生かした捌き方は分からないことが多い。高名な先生から普段の竹刀稽古における応用とか、そこでの理合いの活用が大切であることを話されることもあるが、そもそも、普段あまり真剣にやってこなかったことは反省すべき、よく理解できないまま、日頃は稽古している。しかし、先般、大義塾の藤野圭江先生(七段教士)から、三井住友海上の百練館でご教授頂く機会を得て、これは日頃も形を意識し、竹刀稽古においても忘れてはいけないことを幾つか感じたので、書いてみたい。

 1.理合
  仕太刀は打ち太刀をリードするように、打ち太刀はただ、仕太刀の後で打ち込むのでは稽古にならない。あくまでも、後の先、気持ちを高め、相手が打たなければこちらが出るぞという気迫と気勢を忘れては意味がない。このことは日頃の稽古でもそうで、互角稽古でも常に意識しておかなければならなないことであると感じた。要は打ちこむ前に気勢をもって攻めに入る動作があり、これは足を使って気攻めをするということである。打ち込んだら、必ず出した右足に左足を引きつける。仕太刀に反応して相手が打って来れば出鼻、抜き、応じの技を繰り出せばよい。相互の攻防がそこにあるのは竹刀の稽古も同じではないか。これが一方的に打ちに入ったり、じっとしていたのでは稽古も意味がない。無理して打てばよいというものでもないし、打ってくるのを待つのでもない。中心のやり取りをしながら足捌きによって相手を攻めていくことが大切である。 

2.気合い

剣道において気合は重要である。竹刀稽古では立ち会いで向かい合い竹刀を構えた時に大きく気合いをかける。気合いにより、相手を気で押すのみならず、自分の呼吸も整う。しかし、形では何も発しない。自分には理由は分からない。どの流派でも、形では気合いを入れるのは打ち込んだ時だけである。しかし、呼吸は構えたとき、特に上段の構えでは大きく息を吸い込み、打ち込んだ時には大きな声を発する。中段でも足を進める中で息を吸い込み、打ち込むときに気合とともに一気に吐くべきである。

3.目附

常に相手の目から自分の目線をはずしてはならない。どうしても打つべき部位に目がいってしまう。これは避けねばならない。竹刀稽古でも同様だ。打ちたい部位に目を向ければ相手に動作を予知されてしまう。特に七本目は交差するから離しがちだがそれでも目を離さないのである。この目付の練習はしない稽古でも意識して行いたい。

4.気勢

互いに3歩歩み足で打ち間に入り、仕太刀は気合いとともに打ち込むときに、必ず剣先から3寸の物打ち部位に相手の小手や面が来るように打ち込む。打ち太刀はこれを抜き、擦り上げするなどして、打ち込む。問題はその後である。残心である。この残心が竹刀稽古に生きる。残心の時にただ剣先を付けるのではなく、相手の目と鼻先に向けて制圧する。打った後の気勢を失わないことが大切である。特に三本目の突きの残心に向かう気勢において間髪を入れず、制圧する動作で行いたい。さらに、竹刀稽古においても残心を取れる打ち込みを心がけたい。

5.作法  
正式には入場から始まるが、審査などでは省略される。しかし、日本刀の刃挽きを持った気持ちで木刀を持ち、9歩の間合いを頭に叩き込んでおく。蹲踞で木刀を構えるときも日本刀を抜き、納刀することも大切である。立つときもヨッコラショとならないよう真っ直ぐ頭からつり上げるように立つと美しい。     


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
 2.形
 3.気合
 4.作法

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by katoujun2549 | 2017-03-27 13:55 | Comments(0)
1.安倍首相夫人の言葉

森友学園の小学校取用地得問題と、この学校の教育方針が話題になっている。名誉校長に就任した安倍晋三首相夫人の言葉が注目された。名誉校長は辞退したがその言葉は残っている。
瑞穂の國記念小學院は、優れた道徳教育を基として、日本人としての誇りを持つ、芯の通った子どもを育てます。 そこで備わった「やる気」や「達成感」、「プライド」や「勇気」が、子ども達の未来で大きく花開き、其々が日本のリーダーとして国際社会で活躍してくれることを期待しております。という台詞だ。この学校の院長は籠池という日本会議の幹部だ。こんなところに安部首相の本音が露になる。何も悪いことをいっているわけではない。これが安部家の教育観なのだとすると随分高尚だという印象すらある。

2.国家主義

しかし、自分を振りかえって見ると、親というものはこんなことを考えて幼稚園児の子供を育てるのだろうか。自分はレベルが違い、卑しいのかも知れない。政治家の妻として当然の発言なのだろうか。安部家ではこのようにエリート教育を行い、日本のリーダーを再生産しているのかもしれない。自分の子供は健康で、友人に囲まれ、自立し、生計が確保され、良い家族を作ってくれるなら申し分ない。その為には何もエリートである必要はない。
その学院では教育の一貫として教育勅語を斉唱し、日本民族の自覚を高めているのだ。この方法で目的が達成できるのだろうか。はなはだ疑問である。児童が統制に順応する訓練である。軍隊が行進訓練をするのは全体の中の個を見失わせ、集団の圧力で勇気がなくとも敵に立ち向かう仕組みを作るのである。日本の教育は集団訓練を目標に構築されてきた。日露戦争で完成した。それが教育だと思い込んでいる。
 愛国教育を 受けなかった自分でも、日本人に生まれて良かったと思う。友を愛し、家族を守って生きてきた。これからの日本人はそんな教育が必要になっているのか。この学校の教育感覚は全く自分と合わない。あえて自分の国家感覚で、欠けているのは天皇陛下に対する敬愛の念が乏しいことくらいだ。でも、今の天皇の護憲感覚は素晴らしいと尊敬もしている。陛下のために命を捧げる気にならないという程度であれば、それもノーマルなことではないか。金一族に命まで統制された北朝鮮の人々は気の毒だと思うし、北方領土問題や尖閣諸島、竹島については悔しい思いをする。オリンピックの選手を応援し、メダルをとれば嬉しい。籠池さんはさらに意識が高くおそらく、天皇陛下に命を捧げる人なのだろう。そして、そのような人格を持った子供を育てたい。そんな意識では近代戦は戦えないことは第二次大戦で立証されているのであるが。

3.狙いは別の所に

安部首相夫人の言葉とは異質だ。彼は格安の不動産を手にいれるために首相夫人を利用したに違いない。権力に取り入り、国有財産を格安で手にいれようと奔走することで経営内容を良くして保護者を集め子供に教育をしたい。経営と教育を両立させなければ私立学校経営は出来ない。
このような学校に子供を入学させるのは日本の教育観からくるのかもしれない。個人主義の伝統の無かった日本では自己主張は嫌われることが多い。江戸時代は家とか藩はあっても国家や個人は希薄だった。明治になると家制度と国家中心。所属コミュニティ全体のために個人は後回しが善であった。日本の敗戦で家も国家も吹き飛ばされ、個人が核となったが、個人の核となるエゴを馭する思想がないまま、今日に至った。そこを苦々しく思う人が国体だの天皇陛下とか言い出している。先祖帰りみたいな思想で、これが悲惨な結果をもたらしたという反省がない。歴史観が歪んでいる。西欧社会ではモラルの原点はキリスト教だ。教会は人気がないが、神や十戒は今も生きている。

4.日本人の伝統的な思考

日本の中には統制とか躾、競争心、さらに官僚や知的エリートを階層的に尊び上昇することを善とする気風がある。それは明治以来の富国強兵策によって培われ、100年以上にわたり尊重されてきた「美意識」なのである。自由とか平等、人権を抑制しようとする考えに基づく。このような成長モデルは日本的なリーダーの条件なのだろう。世界では特殊な明治の価値観ではないか。国際感覚のなさ、人格的な貧困をー感じる。目的はあるにこしたことはないが達成のために何をするかではないのか。プライドというのは他者の評価から生まれる。ただ自分で得意になることではない。勇気とは社会における公平や公正、正義感、弱者への思いやりにもとずくべきだ。民族や国境を越えた善き友になることは幼児教育の目標にはならないのか。
宝塚歌劇団の卒業式をテレビのニュースで見た。皆さん美女揃い、優等生の集団だ。おやっと思ったのは、何と、あの北朝鮮の美女軍団を彷彿とさせる。選び抜かれ、競争を勝ち抜いてきた。統制された美だ。我が国の勝ち抜き選抜される教育の成果がそこにある。教育には選別機能がある。教員も生徒も生存をかけた受験競争というのは大げさかもしれないが、このような教育からどのような人格が生まれるのだろうか。中国も、韓国も台湾も教育は選別機能だ。そこから何か未来の世界に貢献する人材が生まれるのだろうか。そうは思えない。

5.若者の苦悩

今の若者の苦しみはそうした選別機能への不安だろう。満足する人は少なく、傷つく人がはるかに多い。自分の可能性はどこにあるのか。日本の若者は未来に希望を持っていないことが国際調査で分かっている。そのような教育の仕組みこそ変えるべきではないか。全体主義の遺物のような教育から何が生まれるのか。森友学院のような上から押し付けるような教育に期待している今の若い親たちが描く未来は明るい感じがしない。若者の希望や夢を導く教育であるべきだ。若者が夢を持てない国が栄える事はない。

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 1月の末に将棋の竜王タイトルを取った渡辺明氏(九段)の竜王位就任式が帝国ホテルで行われ、臨席する機会を得た。渡辺氏は聖学院中高のご出身で、自分の長男と中学時代は同級だった。仲もよく、中野の小宅に遊びに来たり、長男も彼の家にお泊まりしたりしていた。中学時代から天才と言われ、奨励会のメンバーで、すでに高校生15歳で奨励会を卒後し、プロの道に入っていた。自分の長男は将棋は全く下手で、もちろん渡辺氏と将棋を指したこともない。しかし、彼は競馬が好きで、息子も一緒にダビスタとか、競馬雑誌を読んで楽しんでいた。この将棋の世界は囲碁もそうだが、天才の集まりである。将棋ほどプロとアマの差がある競技は少ないのではないか。普通の将棋ファンでアマの有段者でも、小学生もいる奨励会のメンバーにはかなわない。渡辺氏も10歳で奨励会に入っている。プロも段位は十段まであるが、今は九段が20名である。加藤一二三が先般引退したが、彼も一時代を画した。
タイトルは名人、棋聖、王位、王座、竜王、王将、棋王の七つメジャーである。竜王とか王将、棋聖といったタイトルを取るのはさらに難しい。羽生、谷川、佐藤、渡辺といった6名ほどのタイトル保持者が一人で複数のタイトルを取るので新しい人が入るのは容易ではない。平成7年には羽生が七大タイトルすべてを取ったし、10年くらい5つタイトルを持っていたから、その間というもの他には、平成になって米長、谷川、渡辺、森内、久保、郷田他10名くらいしか取っていないし、彼らは連覇するから、一つだけ一回でもタイトルを取った人は他には数名である。中でも、読売新聞が後援している竜王は賞金も3800万円と最高で、次が名人戦2000万円、棋聖1000万円、王位750万円、王座500万円、棋王500万円、王将300万円と大きな差がある。他には朝日杯将棋オープン戦、NHK杯などがあるが、渡辺氏の取った竜王は断トツであり、4っタイトルを取ったほどの価値がある。
 天才、渡辺氏は小学4年生で小学生名人戦で優勝、中三の3月に四段を取りプロ入りした。20歳で史上最年少の竜王となり、近年(2014年)の棋王戦では羽生に勝っている。羽生とは昨年までに68局対戦し通算34勝34敗で分けとなっている唯一の騎士である。この竜王戦の挑戦者は昨年カンニング疑惑があった三浦九段であったが、彼が辞退したために急きょ丸山九段との対戦となり、接戦を制したもの。将棋連盟の審査では羽生なども含め、7人全員が疑惑を訴えた。しかし、三浦九段の疑惑は本人の否定と証拠がないなど結局シロとなり、谷川将棋連盟会長の辞任という結果になった。このパーティの翌日に谷川氏の辞任の発表があり、三浦疑惑の告発者であった橋下八段と渡辺竜王は微妙な立場におり、今行われている棋王戦の行方も注目されている。
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