<   2017年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

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モロゾフ夫人の逮捕(モスクワのトレチヤコフ美術館の名画「モロゾワ夫人」)


 チョコレートの季節がやってきた。2月14日のバレンタインデーにチョコレートを贈るという習慣はどう日本に定着したのか。チョコレート業界の販売促進策にに消費者が乗ってしまったのだろうか。土用丑の日の鰻も日本古来の習慣ではないが、現代社会にも定着している。義理チョコなる言葉もあるが、多分日本社会においては、愛とか女性が男性にプロポーズするなどという男女の関係性はなじまず、むしろ義理とか人情の方が好まれるのだろう。チョコレートをギフトにするというのはイギリスのキャドバリーという会社が最初で、きれいな箱に上品に収まったチョコレートで板チョコだったと思うがバレンタインのギフトを始めた。しかし、欧米ではバレンタインデーはカードを贈る日であってプレゼントをするのは日本独自の習慣になっている。バレンタインチョコレートの元祖はモロゾフといわれている。今のモロゾフは一部上場企業で商標名、企業名はモロゾフだが創業者のモロゾフがオーナーではない。
モロゾフ氏は気の毒なことに創業時の共同出資者と裁判になり、和解の結果企業名と商標名モロゾフを剥奪された。しかし、彼の長男がコスモポリタン製菓という会社を再度立ち上げ、2006年まで経営していたが、今は廃業した。ロシア革命から家族で難民になった壮絶な歴史を持つが、モロゾフチョコレートの起源である事には変わりはない。共同事業者葛野友槌は京大を出て材木商になった人物で学生時代共産党シンパであった。共産党の野坂参三は弟で妻竜は葛野家から来た。今のモロゾフに発展した葛野友太郎はモロゾフを葛野に紹介した福田の娘と結婚した。モロゾフは難民であり、日本語も不自由だった弱みを衝かれていたのである。モロゾフの名前とチョコレート事業は最初から葛野に狙われ、難民であることを利用された。和解の条件も彼をソビエト政府に通告し、承諾しないと本国に送り返すぞということで恫喝したものだった。共産党の重鎮だった野坂参三は共同事業者の親戚であり、どこまでかかわったかはわからないが、ソ連のスパイであり、ソ連との関係にモロゾフは驚愕したに違いない。モロゾフは気の毒であり、葛野も野坂もひどい男である。ただ、当時の国情から、満州事変など、日本に来た亡命外国人には社会の目は厳しかった。
モロゾフのチョコレート
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新潟市マツヤのロシアチョコレート
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 バレンタインデーにチョコレートという組み合わせは神戸のモロゾフ洋菓子店が1936年に始めたのである。さらに、モロゾフにいた職人の原さんが1949年にメリーチョコレートを始めた。1958年に新宿伊勢丹で原さんの次男がバレンタインデーフェアを行った。これを機に伊勢丹や不二家が1970年代にバレンタインチョコというキャンペーンを始め全国的に盛り上がり、日本ではこの日1日で1年間の10~13%を売り上げてしまうほどになっている。メリーチョコレートも会社はリーマンショックで破たんし、今はロッテ傘下。

最初のバレンタインチョコレートの広告
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 このモロゾフという名前は帝政ロシア時代の大富豪モロゾフ家に由来する。多くの皇帝派のロシア人が革命を逃れて日本にきた。彼もシアトルに渡ったあと神戸でロシア菓子を売って生計を立てたのが始まりである。ロシア人というのはチョコレートが大好な国民である。新潟に、いまもロシアチョコレートの店マツヤというのがある。モロゾフ家はロシア正教の一派、古儀式派の信者であった。この古儀式派はロシア正教のニーコン改革という国家権力と結合した改革に反発し、キリスト教の原点に戻ろうとする運動であったが、ロシア革命の直前まで弾圧され、ニコライ二世が承認するまで苦難の歴史が続いた。ところが、ソビエト政権になってからの宗教弾圧で悲惨な銃殺処刑や流刑の対象になり、シベリアや満州、中国黒竜江省周辺まで逃げ、さらには日本に白系ロシア人と言われ逃亡を続けてきたのであった。モロゾフ氏は古儀式派と思われる。

この古儀式派は今もロシアとその周辺ラトビア、ポーランドなどに200万人いるといわれている。モロゾフ家は分離派(ラスコリ二キ:ドストエフスキーの罪と罰の主人公の名前はこれから取った)ともいわれる古儀式派の貴族がルーツである。ピョートル大帝の父の時代に最も権力のあった貴族だが、分離派として弾圧された。ニーコン改革でロシア正教は分裂し、教会を皇帝の上に位置付ける体制は逆転し、ロシア絶対王政のきっかけとなった。1671年フェオドシアモロゾワ夫人は逮捕され、ピョートル大帝の迫害の象徴となった。分離派の人々はキリスト教徒としての厳しい生活様式をかたくなに守り、禁酒、銀行から借金をせず、蓄財と勤勉を守る人々で、そうした生活を続けたことから、大富豪や富農になるものが多かった。ロシア革命のときにはまさに攻撃の対象になった。実は今の大統領プーチンもこの古儀式派の家系であり、祖父はモロゾフ家の屋敷に住んでいたレーニンのコックをしていた。レーニンは革命によってこのモロゾフ家のモスクワの屋敷を摂取し晩年はテロを恐れ、そこで暮らしたのであった。ロシア革命の弾圧の対象となった古儀式派の人々は離散し、ソビエト崩壊まで政府の圧迫を受けてきたが、実はロシア革命の支援者であり、中心的な人々を多く生んできた。スターリン時代の外相モロトフなどが代表的だ。ソビエトというのも古儀式派の共同体をコピーした仕組みであり、ヨーロッパ民主主義がプロテスタント教会をプロトタイプにしたのと似ている。古儀式派の人々は多くの優秀な人材を生み、ソビエトのコルホーズなどでも、好成績を収めていたという。モロゾフチョコレートの元祖がモロゾフ家の末裔だとすれば数奇な運命を経て、その一族が日本で生き延びていたのであった。もちろん、日本のバレンタインデーにおいてそんな歴史をかみしめてチョコレートを味わう御仁は自分ぐらいだと思うのだが。

大貴族モロゾフ家は、古儀式派の牙城であったばかりか、当主のボリス・モロゾフ(1590~1661)は、アレクセイ帝の義兄で、かつてはその教育係を務め、実権を握っていた。5万5千人の農奴を所有する大地主でもあった。61年にそのボリスが死に、67年にニコンが罷免されると、アレクセイ帝は、古儀式派の精神的支柱であったモロゾワ夫人(ボリスの弟グレープの夫人)の逮捕に踏み切る。

モスクワのトレチヤコフ美術館でひときわ目立つ名画「モロゾワ夫人」はまさに彼女が逮捕され、信者に見送られながら橇で連行されていくさまを描いたものだ(ワシーリー・スーリコフ作)。彼女はその妹とともに改宗を迫られたが拒否し、土牢で餓死させられた。絵の中で右手を挙げているが、これはニーコン改革で十字を3本の指できるよう強制されることに対する反対の意味で旧来の2本の指を掲げているのである。

近代にはモロゾフ家の家系は、1820年にサッバ・ モロゾフと4人の息子たちが、農奴の身分を1万7000ルーブルで買い戻して自由人になったことから始まる。 彼らが創設した綿紡績工場は、19世紀後半には大工場に成長した。
 モロゾフ家は、20世紀初頭には5万4000人もの労働者を抱え、 その生産額は当時の1億ルーブルをはるかに超す資産家となった。初代のサッバ・モロゾフ、息子のアブラハム、エリセイ、ザハール、 チモフェイ、そのまた息子たちは、ともに事業家でありながら芸術家のパトロンとなり、経済援助を惜しまなかった。
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モスクワのモロゾフ邸
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 ウクライナにはコサックが部族社会のように軍団とロシア正教が一体になった社会が存在した。1649年ポーランドリトアニアと対立していたフメリニツキー率いるコサックがペレヤスラブ協定をロシアと結び、コサックの領土を安堵し、ロシアと同盟を結んだことが、カトリックのポーランドに対する大勢力となり、第二次世界大戦まで、ロシアと対立する原因となった。また、ロシアにとってもロシア帝国を確立した記念すべき協定であった。このフメリニツキもペレスラブ協定もわれわれ日本人は全く習ったことがない。ポーランドはリトアニアとタンネンベルグの戦いでドイツ騎士団に勝利し、大帝国であったのだが、これを機に衰退の一途をたどるのである。
 クリミアもタタールが長く支配し、タタールとの戦いを克服したロシアが勝ち取ったところであり、このセバストポールハクリミア戦争から第二次世界大戦でも多くのロシア人の血が流されたところである。セバストポールは黒海艦隊の本拠地であり、ウクライナの行政化にあってもロシア艦隊の重要な寄港地である。この地をプーチンは住民投票でロシアに編入したことがNATO諸国、特にドイツとアメリカがロシア制裁の急先鋒となりヨーロッパとの関係が悪くなった。しかし、クリミアはウクライナ同様ロシアが歴史的にアイデンティティのためにも大切にしたところで、それがアメリカの策謀によって、グルジアもそうだがアメリカの策謀によってNATOに組み込まれるというのはあまりにも耐えがたいことであり、それが今のロシアの領土感覚である。そのために、12月のプーチン、安部共同記者会見ではロシア側の新聞記者の唐突な質問となったのである。

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 冷戦時、我々はロシアというより、ソビエト連邦として、共産主義国家の代表として、マルクスレーニン主義を学べばわかったような気になっていた。しかし、ロシアというのはロシア人自身もなかなか定義しにくい複雑な構造を持っているようだ。広大な国土、多様な人種、民族、言語、宗教が混在し、国民国家として統治することが難しい構造だ。しかし、今や、プーチンの支持率は85%を超え、今後混迷が予想されるEUやトランプ政権のアメリカよりはむしろ安定した国家ではないか。これをまとめたプーチンはかつてのツアー体制を作ったイワン雷帝やピョートル大帝に匹敵する指導者かもしれない。レーニンやスターリンは国民に人類史上まれな大悲劇をもたらしたリーダー。にもかかわらず二人は歴史的功績も認められている。同様に彼がチェチェン紛争を弾圧し平定したこと、さらに、クリミアを奪還したことは大きな支持につながっており、日本の北方領土に付け入るすきを見せないのは歴史的な経緯があることを日本のマスコミは報道しない。今の時点で北方領土の話が全くできる状態ではないことを安倍総理は分かっているのだろう。プーチンの日本での記者会見でロシアの記者が、ウクライナ問題について質問したことは、ロシアの事情を日本社会に知ってもらいたいというロシア人の願いが込められていたのだ。ロシアを理解するにはキリスト教との関係を先は頭に入れねばならない。
「古儀式派の人々と教会」
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ロシアは共産主義政権時代の唯物主義無神論の経験があるが、実はこの中にもキリスト教の影響は大きく残っており、ロシアの無神論者は今や純粋なキリスト教徒になっているという。歴史的に見て、ロシアの基督教はイスラムのコンスタンチノーブル支配で1453年によって東方教会が崩壊し、その後キエフでキリスト教に改宗した時代からロシア正教として東方教会を引き継いだのである。東方教会は第二のローマであるコンスタンチノーブル、エジプトのアレクサンドリア、シリアのアンティオキア、エルサレムに主教を置いており、988年にキエフのウラジミール大公が改宗したことでロシアに広まった。その後、モンゴルに席巻されたりしたが、イワン三世(1462年~1505年)がモスクワの大公として全ロシアを支配する位置を得たときにモスクワに東方正教は中心を移し、ロシア正教となった。それまで、聖書がギリシャ語で書かれ、守ってきたギリシャ正教が東方教会では中心的な地位を占めていたが、オスマン帝国に支配されてからはロシア正教によって国家と宗教が合体した。そのころ、ヨーロッパでは宗教改革が行われ、プロテスタントが生まれたが、ロシアではこれは無かった。このロシア正教も地域的にも幾つかの派がある。ロシア正教としてニーコン総主教が改革をしたときに反発があり、ロシアでも古代回帰の運動が起きた。プロテスタントもそうだが、キリスト教の改革というのは全く新しいものを作るというより、むしろ原始キリスト教のような創設期の過去に回帰しようという形で行われる。ニーコンの改革に反発し、古代キリスト教に戻ろうというグループが古儀式派と言われ、彼らの改革運動は19世紀まで国家から弾圧された。ロシアというのは3つのルーシーからなり、それぞれが宗教と政治を一体のものとした。ベリコルーシー、ベラルーシー、マロルーシーである。キエフルーシーの末裔としてマロルーシーがあり、コサックが中心であった。ロシアにとって重要なのは、カトリックポーランドと抗争していたフメリニツキーとペレアスラブ協定が1654年に成立し、ロシア帝国の基礎が作られた。その後、300年目にクリミアをウクライナ共和国にフルシチョフが譲渡し、今日のウクライナ紛争の種が植えられたのである。ロシア人がコサックの反乱の物語として隊長ブーリバ、タラスブーリバの物語をゴーゴリが書いたことを記念し、一大スペクタクル映画をその没後100年に制作したことも関係している。
 古儀式派というのはヨーロッパのプロテスタントに相当し、長い間、弾圧を受けてきた。その古儀式派は正式な教会としては認められなかったがゆえに、地下にもぐり、ロシア革命のソビエトの基礎となったと下斗米伸夫氏は「宗教地政学から読むロシア」という著作で述べている。この古儀式派がどのようなサクラメントを行っているかは自分は知らない。しかし、今も、この古儀式派信者は1924年時点で3500万人いたといわれている。唯物論無神論の共産党政権下、こうしたロシア正教の信徒はロシア民衆に根付き、独ソ戦においてもスターリンは彼らを弾圧することはできず、軍事的には利用したのである。ドイツ軍のモスクワ包囲を解放したシベリア師団はシベリア開拓に追われた古儀式派が主力だった。ソビエト崩壊ごロシアでのキリスト教が急速に復権したのだが、信仰は全く失われず、連綿と引き継がれ、プーチンなど現政権においても多くがキリスト教徒なのである。こうした現実は日本のマスコミは全く触れず、朝日新聞を中心に親ソ派が無神論ソビエトを報道し続けたのである。政治と宗教が一体となっていることは今回トランプの大統領就任いても教会で礼拝し、式典で聖書の上に手を置いて宣誓した姿が見られる。キリスト教がどれだけ政治と一体となっているかを日本のマスコミは報道しない。ウクライナやクリミアはロシアにとっての歴史的生命線、これらにNATOが食い込んできたことは約束違反でもあり、耐えられない国民感情といえるのだ。
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 結婚して新婚旅行に行くのがハネムーンという印象があるが、ムーンというのは月ということで、結婚して1ケ月のことだ。旅行という意味ではない。新婚ほやほやのハッピーな1ケ月という意味にもなっている。ゲルマンの習慣で結婚すると1ケ月は蜂蜜酒を飲み続けたという。これが蜜月という意味になったという説もある。結婚して一か月は確かに新鮮な生活が始まって希望に胸を膨らませた生活の始まりを感じる幸せな時期だから蜜のような甘い生活というイメージは理解しやすい。
 そもそも、蜂蜜酒というのは人類が最初に飲んだ酒なのではないかという説がある。山の中で蜂蜜が蜂によって作られ、木の穴にたまり、それが雨の水と混じって発酵すると酒になる。それを古代人が飲んで酔ったのだ。蜂蜜に水を加え酵母を入れて放置すると簡単に酒になる。これは個人で作っても酒税法違反なのだそうだ。山田養蜂園のWEBサイトを見ると、ミードという酒で販売されている。You-tubeでポーランドのコサックがやたら酒を飲んでいるシーンかあり、これはビールとかワインではなく蜂蜜酒なのだそうである。山田養蜂園では720ml入りのボトルが2500円くらいで売っている。コメントでは結構おいしいと好評のようだ。この蜂蜜酒を一か月結婚して飲み続けたのがハニームーンだという説はわかりやすい。トランプ大統領もしばらくは就任後様々な祝賀行事や発言で世を沸かせるだろうが、議会が始まったら多分大騒ぎになるだろう。酔いにさめた後の頭痛が怖い。

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 トランプ大統領がアメリカに誕生した。1年前には想像もつかなかった現実にマスコミは右往左往している。テレビの評論家が居並び、アメリカのメディアのお追唱をのたまう醜い日本のマスコミの姿にはがっかりだ。今の日本にとってトランプはマイナスの作用ばかりが目につくが、同盟国であるアメリカの再生は結果的には日本にも良いことではないか。だから、日本にとってのトランプではなく、もう少しアメリカにおけるトランプの役割をマスコミは指摘してもらいたい。
最近はアメリカの真の改革者はトランプに思える。黒人のオバマが大統領になって8年間も全うできたのは大したことだが、国内の多数派を実は満足させることは出来ない。女性大統領も良かったかもしれないが、ヒラリーだったことが失敗のもと。ヒラリーは超優秀だが、アメリカの市民感覚とかけ離れてしまった。民主党にはまともな女性がいないのだろう。トランプの周りにはイワンカもそうだが、優秀な女がゾロゾロいる。アメリカで本当に優れた人は、軍人や金融業にいる。ハーバードやエールといった学歴時代は終わった。彼らは発言はご立派だが、実は無能かもしれない。ロシアもKGBが頭脳集団だ。しかし、未知数なのは、議会運営だろう。トランプの真価が分かるのはこれからで、安倍さんがアメリカに対しては結構覚めた見方をしているのは心強い。メルケルも難民対応でミソをつけている。これからの世界は中国とロシアが軸だろう。そこに安部さんが上手く立ち回ることができるかだ。トランプはあまりにもドメスティックなオッさんだからなあ!国内がゴタついているのだから、世界政治の御社交は他人に任せて当面は自国の再生に専念すべし。トランプが外交に疎いのはあたりまえ。何といっても不動産屋だったんだから。自覚もしている。民主党を代表とするアメリカの「リベラル」勢力はマイノリティ層を取り込み、今回の選挙では過半数の得票を得ていた。アメリカは人種、民族のサラダボールと言われている。しかし、政治となると、それらの選挙公約を実現しなければならない。外交問題においては自国民の票がからんでくるから、常に判断を誤るリスクがある。アメリカの移民たちは出身国から離れた人たちであり、本国に対する批判的な目を持っている。彼らの外交政策は常に出身国から反発を受けやすいのである。アメリカが世界に影響を行使する際の欠点である。今回トランプが内向きになることはアメリカにとってノーマルなことである。評論家たちがアメリカの民主主義や価値観をどう評価しているのかわからないが、そのためにアメリカ国民がどれだけ犠牲を払ってきたのだろうか。これまでのアメリカンドリームはもっぱら白人系、欧米系のアメリカ人が先住民として実現し、それを夢見たラテン系や黒人にその果実を与えることには消極的になる。公平な分配は政府の仕事だろうか。社会主義はかれらにとって敵である。彼らが何代もかけ築いてきたものから分配しなければならない。オバマケアに反発するのは自然なことだ。黒人や後発の移民に機会均等であるべきである。しかし、今日大学に進学する経費など最初から莫大な借金をしなければならず、ハンディがある。オバマケアは彼らエスタブリッシュメントに負担こそあれメリットは無いのだから。アメリカはそもそも人種民族、所得で分断された国家だ。トランプがこうした既得権者の代表なのである。レーガンはトリクルダウン政策で高所得者の税負担を軽減し、彼らが全体を引き上げるという策をとったが成功しなかった。しかし、ベンチャーの育成や規制の撤廃が功を奏し、アマゾンやグーグル、マイクロソフトなどが成功をおさめた。彼らの成功は全世界に影響をもたらした。

 デトロイトなどの五大湖周辺の都市の衰退はアメリカの頭痛の種である。民主党はこれにどう対応してきたのだろうか。製造業の衰退は都市を荒廃させる。都市の衰退は国家の衰退である。カルフォルニアのシリコンバレーやハリウッドは情報産業であり製造業ではない。アップルの発展やグーグルは世界に展開するが、アメリカの雇用に貢献しなくなった。カリオルニア州は全米でホームレスの数は第2位である。ロバートデ・ニーロやメリル・ストリープは独り勝ちで雇用には貢献しない。
  アメリカが世界の問題に介入し、世界の市場に影響を与えることができたのは、第一次、第二次世界大戦において圧倒的な軍事力で戦勝に貢献したからだ。ヨーロッパやソ連は何千万人もの犠牲者で立ち直るのに20年を要した。マーシャルプランで欧州経済を建て直し、冷戦を戦い抜いた。朝鮮戦争、ベトナム戦争、キューバ、イラン、イラクと大きな国際問題において失敗を続けてきた。ドルの基軸通貨としての利を得てきたことは唯一成功かもしれない。これはアメリカのユダヤ人資本と情報力による。武器や航空機の製造、軍事技術はアメリカの誇る製造業だが、それ以外の民生品産業は自動車、電機製品、繊維、コンピュータなど、創業者利潤は得たが、今日ほとんどが国際競争力を失いつつある。今後は日本を飼い犬として活用し、イスラエルを尖兵にイスラム国家を牽制することだろう。民主党政権が失敗したことを建て直せば良い

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ポーランドの重装槍騎兵は15世紀から20世紀まで最強の騎兵といわれていた。フサリア(Husaria)という騎兵の運用で、これは15世紀から始まった長槍によるテルシオ戦術を破り、さらに、マスケット銃も制圧することができた。最後はドイツ軍のポーランド侵入で壊滅し、戦車に立ち向かった騎兵として、ポーランド軍の脆弱さの象徴になったが、実際は何も戦車に直接立ち向かったわけではない。機関銃や戦車にはなかなか対抗できないことぐらいは分かっていたと思う。戦場において潰走する歩兵や散兵線の突破に主として活用された。ナポレオン戦争の時代、ナポレオン側にポーランドはついており、ワーテルローの戦いでもイギリス軍の騎兵を潰走させている。映画では敵の銃撃にバタバタと倒れる攻撃側が描かれるが、実際は死者の数は少なかったし、銃撃の効率も悪かったのである。
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 このフサリアの運用は実際は難しいことで、優秀な馬と、騎馬の乗りこなしやコントロールができないと鉄砲にはかなわないことは当然だ。しかし、19世紀まではマスケット銃が主流で敵に損傷を与える射程距離が70mとか、正確には的に当たらない銃の扱いにくさ、弾丸の装填時間を考えると、第一列の犠牲を半分以下に抑え、第二列に攻撃を集中することで歩兵集団を蹂躙することが可能だった。テルシオは長槍の槍ふすまで騎馬の侵入を防ぐようになっていたが、フサリアの騎兵はそれを超える長槍で対抗し、騎馬の波状攻撃で1列2列3列の役割分担で戦列を固め、攻撃力を高めていた。当時のマスケット銃より至近距離では弓矢の方がむしろ強く、近距離では致命傷を与えることができた。
アメリカ合衆国の中央にウェストという地名が多い。中央なのになぜウエストなのか。ノースダコタとか、アイオワ州が中西部とか、ノースウエスタンという名前になるのは、ボストンやシカゴから見て白人の開拓の到達限界がそのあたりで、西部だった。スー族の10秒に5発から10発発射する弓には対抗できず、とくに森林の中ではインデアンの攻撃には銃では成す術が無かったので開拓の西の限界がアイオワだったのだ。これが南北戦争以降、ウィンチェスター77銃など連発のライフルが普及したためにインデアンの弓矢は完全に無力化された。
黒沢明の風林火山や乱に見られる騎馬武者の騎兵風突撃等は全くのフィクションで、日本の合戦では騎馬武者は馬を降りて戦った。騎乗するのは逃げる時か追撃するときだった。西欧映画でも、あれほど派手に騎兵は倒れなかっただろう。戦列の半分が死傷したら負け戦だ。戦闘員だって本当は死にたくはない。。
 19世紀に入り、騎兵の運用は時代遅れとなりイギリスなどではお飾りになってしまった。クリミア戦争の時に、テニスンが詩に書いた勇敢なイギリス騎兵の突撃は全く無謀な大虐殺に近い失敗であったことが明らかになっており、映画「遥かなる戦場(1968年トニーリチャードソン監督)」でもその光景が描かれている。クリミア半島のバラグラヴァの戦いである。 連絡将校ルイス・ノーラン(en)大尉が命令を誤って伝えたため、第7代カーディガン伯爵ジェイムズ・ブルデネル率いる軽騎兵旅団673名がロシア軍砲兵陣地に正面から突撃し、死傷者278名という大損害を被った。騎兵の運用は優秀な指揮官のもとでしか効果を発揮できない良い例であった。

朝の太陽の輝きのもと、わがイギリスの軽騎兵旅団は誇り高く突撃した。200メートルほど前方から敵が一斉に大砲を撃ち出した。たちまち、平原には砂ぼこりが舞い、戦死した兵士や軍馬が折り重なった。乗り手のいなくなった軍馬が戸惑うように立ちすくんでいるのが見える。
 それでも、騎兵旅団は突撃を止めず、光り輝くサーベルを引き抜くと、勇敢に敵の陣地に飛び込んでいった。軽騎兵たちは、敵の砲兵陣地を蹂躙し、ロシアの砲兵たちをサーベルで次々と斬り殺していった。見事、敵を蹴散らし任務を達成した軽騎兵たちは、勝利の凱歌とともに、味方の陣地に意気揚々と帰って来るはずであった。しかし、次の瞬間、悪夢が起こった。丘の上に配置されていた敵の砲列が猛烈に火を吹いたのだ。
 ものすごい砲声が数分間続き、戦場は土けむりと硝煙で視界が全く閉ざされてしまった。しかし、まもなくして、あらわれた光景は惨たんたるものだった。そこには、もはや生きている者は誰一人なく、累々と横たわる馬と兵士の死体だけであった。こうして、突撃開始以来、わずか20分ほどで敵味方双方の何百という人間がことごとく死に絶えてしまったのである。   
(ザ・タイムズ1854年11月14日の記事)


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you-tubeでいくつかのポーランドとロシアの映画を見た。最初はアメリカのハリウッド映画だがThe Rebel Sonユル・ブリンナー主演の映画『隊長ブーリバ」、次は
イェジ・ホフマン(英語版)監督の映画『火と剣とをもって』(1999年)
Bortko監督の映画『タラス・ブーリバ (2009年映画)タラスブーリバはゴーゴリ、火と剣はクオバデスを書いたシェンキービッチの名作である。
ウクライナコサックとポーランドの猛烈な抗争が描かれている。今の時代になぜだろうかという思いもあったが、歴史的背景を調べてみた。これらは1648年から9年間続いたフメリニツキの乱を描いたものであることが分かった。当時、ポーランドリトアニアはヨーロッパ最強の国だった。ドイツは30年戦争後の荒廃、イギリスは清教徒革命、フランスはスペインとの戦争に明け暮れヨーロッパ全体に影響する余裕はなかった。一方オスマントルコ帝国はイスタンブールを攻略し、ヨーロッパに進攻し、ウイーンは2度にわたり包囲攻撃されカトリック勢力を支えたのがポーランドであった。フメリニキの乱はプレウスラブ条約によって一段落し、ロシアの庇護を受け得たコサックが自分の領土と国を確保した東欧の中世からの転換点となり、急速にポーランドが衰退する契機となったのである。シェンキェヴィチの三部作『トリロギア(Trylogia)』の第一作目『火と剣とをもって(Ogniem i mieczem)』(1884年の作品)がこの『ファイアー・アンド・ソード(With Fire and Sword)』(シェンキェヴィチの作品ではこの『トリロギア』の方がポーランドでは知られている)
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映画の方は、1999年に上映されたもので、日本でDVDになったのは2005年。これは地中海世界を中心に我々の世代は世界史の教育を受けたために見失いがちだが、現代の世界の動きを見るために不可欠な視点であろう。コサックの長フメリニツキはヨーロッパの大学で学び、5ヵ国を話すインテリでコサックの尊敬を集めていた指導者であり、これらの映画でも登場し、歴史を知らない自分はドラマの中でも一体誰なのか分からなかった。この映画の主演女優はイザベルスコルプコといって007ゴールデンアイに出ている。ポーランド人であり美人女優である。左が007での写真で右が現在で44才にしてこれだけの美を保持している。
この映画はDVDでは3割以上もカットされ、ただでさえ複雑な歴史物語なのが、単なる恋愛映画で終わってしまい、なぜ戦争になっているのか、主人公が対決しているのかさっぱりわからないまま縮小され、とんでもない映画になってしまっている。元の作品も、戦闘シーンや歴史的背景がポーランド人ならよく知っている話なのだろうが予備知識のないわれわれには理解しがたい。今回いろいろ調べてみてやっとわかった次第。
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第二次ウィーン包囲は、16世紀後半以来徐々にではあるが衰退していたオスマン帝国のヨーロッパにおける軍事的優位を決定的に崩す事件となった。第二次ウィーン包囲がオスマン帝国の衰退を決定付けたとみる評価がオスマン帝国史の叙述においては通説となっている。1689年第二次ウィーン包囲からカルロヴィッツ条約に至る16年間の戦争によってオスマン帝国の版図はバルカン半島および東ヨーロッパにおいて大幅に後退し、オーストリアとロシアがこの方面における覇権を握るきっかけを作った。
近年ポーランドやルーマニアなど旧ソ連支配だった東欧の国々が自国の歴史を偉大な国だったことを国民に訴え愛国心を喚起しようと熱心に歴史映画を製作している。ロシアもテレビドラマも含め、独ソ戦のドラマを流している。この意図を考えると、ロシアのプーチン大統領がかつてのソ連の復旧を目指し、それを警戒する周辺諸国の反応とみ見ることもできる。トランプ大統領の国家エゴとも見える言動がマスコミに取り沙汰されるが、既にロシアを中心に周辺国に広がっている。ロシアファースト、ポーランドファーストだ。フメリニツキはポーランドでは侵略者だが、ロシアでは同盟を結んだ英雄で彼の名前を冠した勲章もある。
かつてクリミヤ戦争はロシアの南下政策からエルサレムを支配したオスマントルコへの攻撃を牽制した英仏の中東権益の確保が原因と言われたが、実態は第一次世界大戦にもつながる複雑な背景があった。プーチン大統領は核攻撃を仄めかすなど不穏な地域である。今日のロシアのクリミヤやウクライナ紛争が大きな戦争の引き金にならないことを祈るばかりだ。
これもポーランド、イタリア合作の英題the day of seige別題,Vienna、
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日本題では神聖ローマ帝国運命の日オスマントルコ帝国の進撃という長ったらしい邦題。1683年9月11日に起きた、オスマントルコによるウィーン包囲を題材にした歴史ドラマ。ヨーロッパ侵攻の足掛かりとしてウィーンを囲んだオスマン軍をめぐる戦いの行方を活写していく。『アマデウス』のF・マーレイ・エイブラハムらが出演。壮大な合戦描写に加え、細部まで再現された17世紀の美術にも目を奪われる。オスマン帝国の大宰相カラ・ムスタファは、30万もの兵を率いてウィーンを包囲する。1万5,000の兵力しか持たず、オイゲン公の槍騎兵(そうきへい)などの援軍を含めても5万足らずにしかならないウィーンは窮地に立たされる。そんな中、奇跡の修道士として人々の圧倒的支持を集めるマルコ・タヴィアーノ(F・マーレイ・エイブラハム)と4万の兵を連れたポーランド王ヤン3世ソビェスキ(イエジー・スコリモフスキ)がウィーンに進撃しこの町を救う。これもポーランドとカトリックの愛国映画。
ポーランドとオスマン帝国の戦闘を描いた映画がポーランドというカトリック王国で作られている。イタリアではカトリックは死に体だが、ポーランドではしっかり生きて自己主張をこんなところでしている。ISとの対決姿勢ともとれる映画だが。Husaria(ポーランドの重装槍騎兵)という映画では物凄い攻城戦が描かれる。これらはロシアの周辺国として双方が国民を鼓舞している。不気味な風潮である。シリアの次はポーランドとバルト三國、ウクライナといった旧ソ連の支配下にあった国々と旧ソ連の権益復活を狙うプーチンの野心を支えるロシアの介入が悲惨な結果にならぬよう祈るばかりだ。
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1.二回試験から弁護士の道へ
 司法修習生二回試験というものがあります。毎年12月その結果が発表され、昨年の合格者ははれて法曹に入るのです。合格者が発表されるのではなく、不合格者が発表されるという何とも懲罰的な発表です。正式名称は「考試」または「司法修習生考試」です。司法試験合格者は1年間の司法修習を修了することで,裁判官・検察官・弁護士(いわゆる法曹)になる資格が与えられますが,その司法修習の最後に行われる試験が「二回試験」であり,修習生は合格しないと,法曹資格は与えられません。 現在の二回試験は,例年11月下旬頃に行われ、昨日12月15日発表がありました。試験は民事裁判・刑事裁判・検察・民事弁護・刑事弁護の5科目,一日1科目で5日間行われます。 試験時間は1科目あたり7時間30分という長丁場で,100頁ほどある事件記録を読ませ,法律上の問題点について論じさせたり,実務上必要な書面の起案を行なう。受験生は自らの答案を時間内に紐で綴って提出しなければならず,試験終了の合図までに紐綴じが終了できなければ,それだけで答案を提出できなかったものとされ一発不合格にされてしまうという厳しい試験です。難関の司法試験合格者が最後に行なわねばならない関門、誰でも通る決して楽な試験ではない。そもそも、二回試験のレベルは,要するに司法修習の効果を確認するためのものであり,真面目に修習を受けていれば通常合格できるものですが,今年は33人が不合格になっており,前年は42人が不合格になったとのことです。二回試験に落ちてしまった修習生は,それまでに就職先が内定していても内定取消しとなってしまうのが一般的であり,一年後にならないと再受験もできません。さらに,二回試験には3回までという受験回数制限が設けられており,二回試験を3回受験しても合格できなかった修習生は,もはや法曹になることはできません。全員司法試験合格者が受け、一定の学力はあるので、本来は落ちることは珍しいのです。しかし、修習生の中には試験の出題の意図を無視して自分の見解を主張したり、テーマと関係の無いことを書いたりする人がいたりします。点を付けられないので落とさざるを得ない。仕事を覚えたかどうかを試験するのです。一定時間内に決められた書式を作らなかったりしても落されるわけで、試験当日の修習生は目の色をかえて取り組むのです。 昨年も今年も1800人程度が司法試験に合格しました。旧試験より易しくなったかというとそんなことはないでしょう。むしろ、ロースクールに行かねばならないし、予備試験は100人に一人。昔も論述試験まで到達する人の数は今の論述考査の対象人数と同じくらいです、また、昔は何度でも受けられたのですが、今は5回までですから、それに耐えられる環境が無い人は最初から法曹には行きません。だから、ロースクールの定員割れが増えているのです。二回試験を突破し、司法の道に入った勉強の虫達は、その後法律事務所や裁判官、検事の道を歩む。彼らはどんな生活をするかというと、おそらく、人にもよるが、毎日終電車で帰り、土日も出勤というブラックな日常が何年も続くことを覚悟しなければならない。世の中ではエリートと思いがちだが、実は、大企業の同世代サラリーマンより低い年収と過酷な勤務を強いられるのである。しかし、彼らは、夢を実現した喜びと、司法の世界に入って、直面する様々な課題に果敢に挑戦し、やりがいのある日々だという。司法試験に合格しても、年が多かったり、精神的に問題のある人物は必ず5%くらいはいるし、独立志向の人もいる。一般社会に比べて、標準的(25~30歳)な修習終了者は何とか就職している。新聞は激烈な競争を勝ち抜いてきた若者は東大生といいたい。マスコミではやたらクイズ番組などで東大や京大の学生や卒業タレントを持ち上げるが、司法試験や上級試験はさらに勉強することが必要で、マスコミに入る人よりは知的レベルは高い。学歴社会を批判している新聞が実は東大を頂点としたヒエラルキーを煽っているのである。そこに嫉妬を混じった批判をすることが彼らの憂さ晴らしなのである。テレビタレントになった弁護士や、少し美人の女性タレントがくだらないお笑いタレントと同列になって笑いを誘うことで彼らの地位を貶めている。それがマスコミの連中の狙いである。医師や弁護士というのは彼らの目の敵なのである。司法試験を経て、二回試験もクリアした若者の失業は殆どない。収入も400万円以下というが、これは名目賃金や収入で彼らは確定申告し、低く抑えている。現実を無視して弁護士は人気がないとPRしている。社会において必要な仕事を蔑む卑しい行為である。

2.新たな展開
 近年、民法改正や情報社会化において彼らの仕事は急速に変化している。昔の人権弁護士をはじめ、新しい環境変化には年配の弁護士はついていけない。医師もそうだが、若い力は大いに期待されているのである。むしろ彼らの知的財産を保護し、専門家になるための莫大な労力と投資に報いる待遇を確保することは当然である。頑張れ若き法曹家、医師達である。マスコミのデタラメに左右されてはならない。高校生、大学生諸君、勉強を一生続ける気持ちがあるなら、医師、司法試験、弁護士にチャレンジすべきである。頑張れ、若者、目標をもって志を高くしよう。弁護士を目指す若者は厳しい勉強をこなし、理想を持ってチャレンジしている。
 弁護士になれば、9時5時の生活と言う人もいる。5時と言うのは明け方の5時である。事務所によっては違いがあるが、中規模の事務所やイソ弁になると何でもこなさねばならない。また、ボス弁の下作業や指示に従って何年も修行するのだから、丸で徒弟制度のようでもある。大きな事務所だと安定しているし、研修もきちんとするが、断片的な仕事を何年もこなさねばならず、小さな事務所だと、個性的な上司や事務員などとの折り合いをつける必要があり、不本意な結果も我慢しなければならない。司法試験に合格する能力があれば一般の大企業などに入ることもできただろうが、そうした同期と比べて当初は給与も低い。しかし、社会の公器として、医者同様必要な仕事であり、社会の公正や法律家として役に立っているという高い志を持っている。大変だがやりがいがあることが彼らの支えである。

3.新米弁護士頑張れ
 弁護士というのはあまり人を使う仕事ではないのか、何でも自分でやらなければならない。FAXの送信からコピー、連絡など、他人まかせにできない。しかし、法律事務所に入り2年くらいは何でも先輩パートナーの下請けをすることも併せて自分の仕事は後回しになる。議事録や面談記録など手間のかかる仕事は新米の仕事になる。金バッジを付けて仕事に行くと、金ピカだといかにも初心h者マークのようで、依頼人も、こんな新米よこしやがったと不満をたれることがある。国選弁護人になって、犯罪人から、何だ新米じゃねーかと馬鹿にされたり悔しい思いをするが、とにかく仕事の内容で認めてもらうしかないのだ。法律の改正やPC、語学など新しい知識が必要な仕事があるため、若い新人の方がうまくいく場合も多いのだが。毎日終電車帰りで、時には泊まり込み、土日も簡単には休めない。依頼者は土日の方が来るくケースもあるからだ。最近電通で残業100時間を超え、自殺者が出て大騒ぎになったが、サービス残業を入れて150時間やっても弁護士の仕事量にはかなわない。仕事のために鬱になるのではなく、職場の様々な環境、パワハラ、家庭環境などが原因で精神を病むのだ。それにしても、一般サラリーマンは労働組合もあれば、労働基準監督局もあるが、弁護士は労働者ではなく、専門職だから労働の基準は無い。嫌なら辞めるしかない。そこを悪用してブラックな職場環境を奉仕している法律事務所も多い。1年以内に何人もやめるような事務所は避けたほうがよい。パートナーがワーカーホリックの事務所や、実際精神を病んでいる弁護士も多いと聞く。事務所選択の場合は何とでも就職したいだろうが、事務所をよく観察し、評判を聞くことが大事だろう。社会の弁護士に対する評価は高いし、自己案件を手掛けると収入も上がる。人から感謝される仕事であることは医師とも似ている。世の中に5%くらいは必ず変人もいる。弁護士だって心を病むのだ。結婚とか、自分の将来設計とか仕事をしながらこなさねばならない。弁護士というのは人を通して成長するのだから、できるだけ人間を好きになる工夫をすれば他人からも好かれるし、その分意欲も湧いてくる。好循環になるように自分で設計することができる。これは会社員でも同じではないか。出世や他人の評価ばかりを気にしていたら体が持たない。ゴルフでもよいし、蝶の収集でもよい。空手や武道、釣りでもよい。何か趣味の輪を持っていることが新しい人間関係につながるだろう。

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「この世界の片隅に」は「君の名は」に続き大ヒットとなった。映画館に直接行くと切符が売り切れていることが多く、正月期間は無理かと思ったが、息子からネット予約を進められたのでチャレンジし、テアトル新宿16時15分で予約がとれた。80%以上がネット予約を取っているのではないかと思われた。午前中にも関わらず90%は席が埋まっていたからだ。
アニメとはいえ、完成度の高い映画だと思った。俳優を使わない分、精密な絵の
作業が合理化できる。作者の意図に忠実な表現がアニメの制約を越えて出来ている。最近の粗製乱造の、演技がシロオトの人気俳優よりも微妙な味が出る。ギャラの負担やスケジューリングのロスからも解放され、その分画像の丁寧な描写に力を注げる。また、クラウドファンデングで資金調達し、画像も市民の意見も取り入れている。黒沢明にはできない技である。
この作品では広島から呉に嫁いだ女性の戦争中の体験が描かれる。日々の生活を懸命に生きる彼女がたった一つ生きがいにしていた絵を描くという幸せを戦争が奪っていく。そして、彼女の大切な家族も。軍事基地のあった。呉の空襲は都会では無かった艦載機の攻撃が多かったという。そのことも良く時代考証されている。広島の原爆によって父や妹も奪われ、実家の家庭が崩壊していく。戦争が描く残酷な日常がたんたんと描かれる。直接の被害の描写はないが、被爆した人々の姿が生々しい。実写では表現できない姿が見える。日常は暗い時代や世界にあっても家族の愛や笑い、心の交流があり、それらが随所に描かれる。下関から出戻りの義姉とその一人娘との交流がほほえましく描かれる。戦争はそうした関係をも奪っていく。
こうの史代の漫画作品を映像化したもの。片渕須直監督の力量とスタッフの努力に脱帽である。シンゴジラ、君の名はも、この作品も、日本人の原体験である敗戦、軍備のない丸腰の国になった恐怖、時おり訪れる自然災害などの島国日本の平和な日常が壊されることへの恐れを観客に思い起こさせている。/font>

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新年のテレビ番組ののつまらないことこの上無しで、映画にいくことにした。今年の新年は映画でスタート。新宿バルト9でスターウォーズーローグワンを見た。戦闘シーンや宇宙の映像、惑星の惑星風景など、これまでの最高峰ではないかと思った。このシリーズ、SFXや、宇宙での戦闘シーンが中心であるだけに、主人公以外のキャラクターはボケる。ハンソロを演じたハリソンフォード、オビワンケノービー役のアレックギネス、ナタリーポートマン、リーアムニーソン等は存在感が大きかったが、次から次へと毎年製作されるせいか、印象に残る俳優が少ない。やはり、ダースベーダーとか、R2ーD2Cー3PO、チューバッカー、ヨーダといった宇宙キャラクターが印象にのこって、他の俳優が記憶に残らない。帝国軍は独裁的な専制主義、同盟軍はデモクラシーで、西欧的なカルチャーなのだろうか。帝国軍は男社会で、同盟軍は多民族、女性リーダもいる。ローグワンも主人公は女性である。これは一体何を意味しているのだろうか。ローグワンはまるでシリアの反体制勢力のようでもある。この作品では新しい元帝国軍のドロイドが登場。帝国軍は最新科学を駆使して宇宙を支配したいらしい。惑星破壊兵器デススターをめぐり、その設計図データを奪取しようと女性戦闘員ジン・アーソとドロイドK2ーSOが新鮮な雰囲気を出していた。ネタバレだが、最後にレイア姫が登場し、設計データを受けとるシーンがあった。このレーア姫役のキャリーフィッシャーさん昨年の12月27日に心臓発作で60歳で亡くなったとのこと。これもびっくりであった。
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