<   2015年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧

面打ちの指導
学校剣道では集団指導が基本である。だから、個別の進歩の度合いに応じた指導が難しい。個人指導をどこまで受けたか、また、一人稽古で、どこまで基本を身につけたかで大きな差が生まれる。一流の選手は必ず、人より早く道場に来て、一人稽古をするか、自宅などで工夫して、道場で実行し、試行錯誤している。
初心者に対して、先は竹刀の握り方、構え、気合、足捌き、そして面打ちの基本を教えるが、それぞれに関しては極めて奥が深く、剣道を学ぶ全てにおいて高段になっても意識し、工夫を要することである。あらゆる状況においてこの基本どおりに体が働けば理想である。先は竹刀の握り方においては両手の親指と人差し指がV字型になり、付け根のラインが一直線になるように握るのだが、面を打った時に両手が茶巾絞りになるように手の向きを内側に絞ることが正しい面の打ち方である。手の内がギュッと締まり、竹刀の先にパワーが伝わって行かねばならない。その為には竹刀を握る手を柔らかく竹刀の柄を浮かせるぐらいにしておかねば打った瞬間に締まらない。これを覚えるまでに、素振りを何千回と振るわけである。ところが 、面の素振りが出来るようになり、防具を着用すると、籠手の重みと手袋の圧力で、これが思うように出来ない。初段から二段になるくらいになってやっと籠手をつけて正しい面打ちが出来るようになる。しかし、いかに相手より早く、刃筋正しく、遠くから打てるかということになると、何段になっても大きな課題である。特に、高段になるにつれて、年齢も上がり、体力、筋力が衰えてくると、これまでのような筋肉に記憶させただけでは思うように動かない。また、足の捌きなども上手く連携しなければ正しい面打ちにならず、かえって、変な癖がついてしまって、見ても美しくなくなる。
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持田範士十段の構え
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高野佐三郎師の構え

構えの構成要素と延長線
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日本剣道形では剣先は相手の目の位置につけるということだが、自分は身長が無いので大きな相手には喉元につけないと構えが上がって打たれやすい気がする。自分の身長、脚力なども考慮して決めることで決まりきったことでは無いと思う。
剣先を下げると突きを食らうリスクが大きい。

構えは剣道において重要な要素であるが、この教え方については、恩師中倉先生は、左手の拳を中心に、竹刀を構えの形で握り、臍の当たりからスーッと前に出し、相手の目に延長戦が当たるように構えるのが正眼の構えと教えられた。千葉仁先生は逆で、面を打った形から、剣先と左手を臍から一握り離した形で、剣先を相手の喉元から目につける形と教えてくださった。脇もきちんと締めておかねばならない。これを学んだのは大学卒業後5段になってからだ。それまでは体で覚えろという一点で何とかやってきた。当初は、初心者の時に、左手は臍の位置から拳一つ空け、相手の喉元に竹刀の延長が付く形としか教えられなかった。また、構えた時の姿勢、重心の置き方なども合わせて、本来きめ細かく指導すべきであるが、集団的に初心者を教える場合、そこまで行き届いた説明は出来ない。防具をつけて立ち会った時など、疲れるとその形が崩れてくる。故今井三郎先生などは、地稽古の最中も相手に手の甲が横になっているからもっと内側に手首を入れてとか、地稽古中に声を出しながら故人指導された。これこそ指導だと思い感銘した記憶もある。面うちにおいても、ただ薪割りのように振りかぶって打ちおろすのは刀の使い方としても間違いである。
 居合いをされる方でも、竹刀の基本素振りのように振りかぶって打つ動作をする方がいるが、実際刀を使って切る時はただ打ち下ろすのではなく、左拳を前に出し、手の内を使って切り下ろさないと切れない。よく、円形線ということを聞くが、日本刀はよく切れるのでそのような形を作らずとも切れるのだそうだ。問題は手の内である。竹刀の場合も左腰を前に出し、左拳を連携して押し出す動作を意識し、右手の力も使って竹刀を絞り込む。右手は前に突き出して竹刀を握る。
手の内の冴えの効いた一本がこれで可能となる。左腰が前に出ることで少なくとも10cmは距離が稼げる。よく居合をされている方に見受けられる大振りの面であるが、これが手の内を効かせ、左手を伸ばす。同時に右の手を前に出して握りを締めて成功である。足の裁きも合わせて、右足を前に出すときは当然左足に体重が掛かるし、左に重心があれば打ち込む機会である。間合いに入る時にどう構え、相手に悟られないかなど、課題は多い。その相手の動きにも左右されるが、観察力も重要である。相手と接触する竹刀の感触、目の動き、手元の動きなど、注意点は多数ある。この足腰と連動した面をうつことを今七段を目指す段になった自分が稽古の最中で、これが出来れば一応完成形と考えている。面打ち一つにしても、稽古者の身長、体力、年齢などに応じてベースが変わるので、指導の場合はきめ細かく注意しなければいけないのだと思う。

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1.天皇陛下のフィリピン訪問計画

 菅義偉官房長官は平成28年にフィリピンとの国交正常化60周年を迎えるため天皇、皇后両陛下が来年初めにもフィリピンを訪問する方向で調整していることを明らかにした。天皇、皇后両陛下のフィリピン訪問は戦後、初めてとなる。この意義は極めて大きい。この事は日中、日韓の関係改善にも通じることだからである。日本人はフィリピンを貧困、政情不安の二流国としてしか見ていない。特に、小泉政権以来この傾向が強く、フィリピン国民をフィリピンバーのダンサーの国とか、売春の盛んな国といった無礼な見方すらあるがとんでもないことである。

2.日韓関係を改善できるだろうか

 菅氏は記者会見で、「日本とフィリピンは長年にわたり、幅広い分野で協力関係を進展させている」と述べ、両国関係の緊密化に期待を示した。日韓関係が悪化したのは何も、今に始まったことではない。韓国人は李王朝の末期が悪政で危機的だったことを国民にひた隠しにし、日本の統治を植民地化と決めつけ、さらには、ナチスと同列に扱おうとする姿勢を崩そうとしない。日韓条約も国民には説明できていない。歴史認識を改めるべきは韓国だ。こんな相手とまともに交渉しても日本は失うものの方が多いだろう。相手が真に関係改善の意志を示すまではスポーツ、文化、科学など様々な共通分野で彼らに遅れを取らないよう頑張るしかない。何も関係改善を諦めるのではない。それには手順がある。東南アジア諸国や台湾とは良好な関係にあり、それらとのパイプを優先的に太くし、韓国人に自分達が遅れをとったことを見せつける手順が必要である。日韓関係だけで改善するには限界がみえるのである。フィリピンやミャンマー、インドネシア、マレーシアなどは戦場になった国々であるが、かつての怨恨を乗り越えて日本とは関係が良好である。台湾、韓国は戦場になっていない。にもかかわらず、日本に対して尊大な態度を取ろうとする。彼らは世界の中の韓国という観点が全く欠けた3流国である。そもそも格が違う。日本はアジア諸国に功利的な見方しかできなければ、彼らも日本には歴史認識の点での批判をするようになるであろう。

3.恩讐を越えることができた理由

フィリピンのレイテ、バターン、マニラでは対戦末期激戦地となり、マニラ市民は10万人もの犠牲となり、3000人が日本軍に処刑され、米軍の無差別砲撃は犠牲者の60%に上るという。フィリピン全体では110万人の民間人が犠牲となった。その責任は全て日本軍に押し付けられ、山下奉文大将、本間中将などが処刑され、多くの将兵がモンテンルパ刑務所で処刑された。戦後賠償は1900億円を支払った。キリノ大統領の計らいがあった。しかし、死刑宣告を受けたBC級戦犯は恩赦で解放され、当初の賠償額80億ドルは縮小された。彼は、戦争末期に市民10万人が犠牲になったと言われるマニラ市街戦で妻子4人を日本兵に殺された。彼の恩讐を超えた決断はアメリカの不評を買い、マグサイサイに政権をうばわれた。「永井均・広島市立大学准教授の近著『フィリピンBC級戦犯裁判』(講談社)によれば、キリノ大統領が議会での承認を必要としない特赦で日本人戦犯を釈放、減刑した背景には、冷戦の世界情勢や日本との賠償交渉の行き詰まり、53年11月の大統領選、助命嘆願運動の高まりや刑務当局の財政軽減などがあったとされる。」(Wikipediaより)

4.キリスト教との関係を誰も言わないが

そもそも、日本とフィリピンは宮崎滔天などを中心に、アメリカの支配からの独立運動を支援し、友好関係にあった。しかし、キリノの日本の戦争犯罪や賠償に関し、カトリック教徒として、恩讐を超えた許しの心をもって対応したことを日本は全く忘れくてしまった。この事を一番恥じ、フィリピンに対して感謝の気持ちを持ち続けているのは天皇陛下である。中国との関係でも、国民党の総統であった蒋介石がその妻宋美齢がクリスチャンであり、恩讐を超えて日本に賠償を求めなかった事を想起すべきである。その事を考えると、台湾の国民党政権との関係も無視できない。今日の日中、日韓の関係において日本が批判されることの根源は何かである。彼らにとって日本が経済力にものを言わせ、ご都合主義的に過去の清算を勝手にすることへの警戒感は強い。歴史認識への批判とはその意思表示であり、右翼が影響力を持つ安部政権への赤信号と捉えた方が良い。石原慎太郎や櫻井よしこなどの右派が、アジア諸国の大戦被害を忘れているかのような無神経な言動で改憲論議を進めている。日韓の問題は先づは、大戦で犠牲者を出した、フィリピン、中国というより台湾国民党との丁寧な対応を優先し、外交面で約束を守らず、慰安婦強制連行やデタラメな南京問題を押し付けるグループとは距離を置くことである。

5.友好や尊敬は国との関係の柱

天皇陛下がフィリピンを訪問されるが、その事を世界にアピールし、100万人の犠牲を出した国との友好関係を一層確かなものにすることは中国、韓国も注目している。 中華民国の蒋介石総統は、日中が戦っているさ中にあって、拉孟・騰越において全員が玉砕するまで戦った日本軍の勇戦を讃え、「東洋道徳の範とせよ」と二回にわたって全軍に布告した(昭和十九年六月)。また昭和二十年八月十五日には重慶から全国に向けて、いわゆる「以徳報怨」の演説を行なった。その中で彼は「旧悪を思わず、人に善をなせ」「敵をも愛せよ」と述べ、偉大な中国国民としての誇りを訴えた。この蒋介石の声明により中国にいた100万の日本軍将兵、民間人が無事に故国へ帰還することができた。ドイツはチェコやロシア、ポーランドから追放されたドイツ人が戦後200万人も殺害されたことと対象的である。(南山大学論文参照https://www.ic.nanzan-u.ac.jp/EUROPE/kanko/documents/2013_no.20/06_kondo_20.pdf。)精神的に愚劣な共産党政権である今の中国はこうした度量のない欲望の国。日本は戦場になった国の日本への好意を語り継ぐという意味において、歴史認識を新たにすべきであって、皇国史観や、東京裁判の否定を主張すべきではない。このフィリピンとの関係を向上させることに複雑な感情を抱くのは実は世界大戦でフィリピンを破壊し、ベトナム、イラク、アフガンをめちゃめちゃにして反省のない国アメリカ合衆国である。

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今年の冬は暖冬か、初雪の前、数日静かな日が続くという予報に、今が2015年最後の釣りとなるべく、新潟東港の鯛江丸で鯛五目となった。波も穏やか。港を7時に出港、朝日を浴びながら、40分程で水深80mの釣り場に到着した。天気はまずまず、波も小さく絶好の日和となった。
 コマセと天秤仕掛けを投入、3度ほど餌を付け替えると、グッと引いた。電動リールで上げる途中、竿が引き込まれた。鯛のあたりだ。幸先良いムード。仕掛けのハリスを手繰るとかるくなったが、海中から赤い魚が上がってきた。本日最初の鯛。
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その後は30センチサイズの食べごろアジ、鯛が交互に掛かる。後の席では鯖がやたらかかって大騒動だが、時々こちらとオマツリ。
しばらく音沙汰ない時間となったが、鯖が回ってきた。40センチを超える大サバなのにビックリ。ただ鯖が来ると仕掛けがクルクルパーマになってしまう。仕掛けを新しいのに付け替えると直ぐにアジがかかった。
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2時半ごろ上がりの声が船長から出て帰路についたが、海は次第に波も無い最後は油を流したような凪になった。
12月としては最高の釣り日和、釣果は6時間の釣りで写真のとおり。
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鯛の塩焼きは美味かった。
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 洋梨といえば、山形のラフランスと東京の人間は思い浮かべるが、新潟のル・レクチェを知っている方は非常に少ない。それはル・レクチェは殆ど東京には出回っていないし、山形のほうが東京での販売に熱心なせいもあろう。しかし、自分は新潟に来て、このル・レクチェの美味しさには感動すら覚える。これは岡山のマスカットやメロン、桃に匹敵する高級品だ。実際、値段も大きなものは800円くらいはする。宮崎のマンゴが2万円というのがあって、ビックリしたが、それに匹敵する価値がある。実際、山形のラフランスと比べると味はいろいろあるだろうが、香りが違う。一言で言えば、ラフランスとは比べ物にならないくらい美味い。それには理由がある。ラフランスは8月末頃から出回る。本来、この洋梨は日本の梨と違い、バナナのように寝かせて熟成させる。ところが、ラフランスは気温がまだ暑い時期に集荷するので、熟成を待たずに腐ってしまう。だから、熟成前に販売されてしまう。東京の人は青いバナナを食べるように、まだ食べごろでもない果物を食べている。ところが、ル・レクチェは10月に収穫され、気温も下がっているので40日の熟成を待って出荷される。最も美味い時期に食べることが出来るというわけである。白根あたりが一番多く作るが、何せ、生産数が少なく、新潟県人が皆食べてしまう。ルレクチェは正餐が難しいから、生まれ故郷のフランスでは作られていないそうだ。このあたり、新潟の農業の商品戦略に問題があるが、出回る時期が短く、今年は暖冬のため、熟成して店頭に並ぶ間に腐り始めるため、もう贈答用は店から消えた。
今年のレルクチェは暖冬のため、もう熟成が限界で腐りかけている。もう時期は終わりつつあり、早く売りたいから値段も下がってしまう。もちろん西洋梨は他にもバートレットとか原産地に応じて20種類くらいの商品がある。ルレクチェは新潟以外でも作られている。ル・レクチェの作付面積のトップは新潟県です。作付面積は約105ヘクタールで、70%以上の割合を占めています。2位は約14.2ヘクタールの山形県。3位は約6.5ヘクタールの福島県です。
 新潟は米には一生懸命だが、ナスだって、枝豆だってメッチャ美味い。でも東京には出ていないし、これも新潟県民が皆食べてしまう。関東では信州味噌が有名だが、新潟の味噌も美味い。これだけ米どころで酒もうまいところで味噌がまずいわけが無い。とことが、これも新潟県人が食べてしまう。外に出すほど作らないからだ。何やってんだ、もっと沢山作ってよ。農業t特区もいいが、幸せの青い鳥はすぐそばにいるのである。新潟は農業県として、戦略的により高級な商品を出す工夫と、良いものは高く売るべきである。新潟の名物は日本酒だが、それより、柿の種とか、笹団子が巾を利かせている。いくら何でも、柿の種を500円分食べるのは大変だ。笹団子だって、一人1個食べれば充分。何十個も売れません。新潟にはもっと美味しいものや高級品が沢山ある。小千谷上布、加島屋の鮭ほぐし、村上牛、ノドグロ、純米大吟醸の日本酒、燕三条の金物村上のお茶や漆器、火炎式土器など。

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司法修習生二回試験というものがあります。昨日その結果が発表され、昨年の合格者ははれて法曹に入るのです。合格者が発表されるのではなく、不合格者が発表されるという何とも懲罰的な発表です。正式名称は「考試」または「司法修習生考試」です。司法試験合格者は1年間の司法修習を修了することで,裁判官・検察官・弁護士(いわゆる法曹)になる資格が与えられますが,その司法修習の最後に行われる試験が「二回試験」であり,修習生は合格しないと,法曹資格は与えられません。 現在の二回試験は,例年11月下旬頃に行われ、昨日12月15日発表がありました。試験は民事裁判・刑事裁判・検察・民事弁護・刑事弁護の5科目,一日1科目で5日間行われます。 試験時間は1科目あたり7時間30分という長丁場で,100頁ほどある事件記録を読ませ,法律上の問題点について論じさせたり,実務上必要な書面の起案を行なう。受験生は自らの答案を時間内に紐で綴って提出しなければならず,試験終了の合図までに紐綴じが終了できなければ,それだけで答案を提出できなかったものとされ一発不合格にされてしまうという厳しい試験です。難関の司法試験合格者が最後に行なわねばならない関門、誰でも通る決して楽な試験ではない。そもそも、二回試験のレベルは,要するに司法修習の効果を確認するためのものであり,真面目に修習を受けていれば通常合格できるものですが,今年は33人が不合格になっており,前年は42人が不合格になったとのことです。
 二回試験に落ちてしまった修習生は,それまでに就職先が内定していても内定取消しとなってしまうのが一般的であり,一年後にならないと再受験もできません。さらに,二回試験には3回までという受験回数制限が設けられており,二回試験を3回受験しても合格できなかった修習生は,もはや法曹になることはできません。全員司法試験合格者が受け、一定の学力はあるので、本来は落ちることは珍しいのです。しかし、修習生の中には試験の出題の意図を無視して自分の見解を主張したり、テーマと関係の無いことを書いたりする人がいたりします。点を付けられないので落とさざるを得ない。仕事を覚えたかどうかを試験するのです。一定時間内に決められた書式を作らなかったりしても落されるわけで、試験当日の修習生は目の色をかえて取り組むのです。 昨年も今年も1800人程度が司法試験に合格しました。旧試験より易しくなったかというとそんなことはないでしょう。むしろ、ロースクールに行かねばならないし、予備試験は100人に一人。昔も論述試験まで到達する人の数は今の論述考査の対象人数と同じくらいです、また、昔は何度でも受けられたのですが、今は5回までですから、それに耐えられる環境が無い人は最初から法曹には行きません。だから、ロースクールの定員割れが増えているのです。

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日本の国境問題 孫崎亨 ちくま新書

孫埼 亨氏は外務省国際情報局長と防衛大学教授を務めた経験、国際条約と軍事の豊富な情報を元に、国境紛争の歴史を語っている。特に、中ソ国境紛争とイランイラク戦争の現場に外交官として情報収集したことから、紛争の状況を真近にし、領土紛争が戦争に発展する危険性、何故起きるか、そして平和的解決の成功例などをこの本で挙げている。
特に、戦後、ドイツがEUを志向し、犬猿の間柄だったフランスとの敵対関係を解消したことに注目している。国境紛争が何故起きるかに関しては、為政者が国内的問題の目をそらすことや時の政権の権力闘争などが関係している。
国民国家と民族主義、民主主義と全体主義、市場経済と統制経済といった国家運営の違いを乗り越えて国境問題を解決することが出来るのだろうか。中国とロシアというかつての戦勝国であり、かつ中央集権を志向する国家が国連の常任理事国として拒否権を発動できる状態で、利害関係人が中国やソ連であった場合は国連は機能しない。国際司法裁判所も当事者国双方が調停に応じなければ調査も協議すら出来ない。日本が抱えている竹島、尖閣諸島、北方領土はいずれもこのパターンである。こうした交渉で100%一方的に認め、認められる交渉は成立しない。中国、ロシアの軍事力からみて、日本が軍事的圧力で解決することはできない。日米安保条約は国境紛争には頼りにならないと見たほうが良い。領土問題を巡る紛争の場合、軍事力に差がある場合、圧倒的に弱いほうが不利である。公平の基準は働かない。領土問題の解決策として孫崎氏はドイツのアデナウアーの手法を高く買っている。領土紛争の最も合理的解決方法は棚上げ方式である。ドイツはナチスの侵略戦争に負い目があるため、自国の領土主張は殆ど放棄せざるを得なかった。彼は国境の問題は将来平和条約の完成まで停止とした。領土を取り戻すために平和条約をしようとしたのではない。日本の場合、領土を主張し、取り戻すために日ソの平和交渉を主要な外交課題とし、他のことを行なうと領土は固定してしまうという恐怖に束縛されてきた。その為に、国民世論をどのように納得させるかに関する努力を怠ってきたといえる。国民感情ばかりを煽っては進まない。1956年の日ソ共同宣言でも、1972年の日中共同宣言、1965年の日韓紛争解決交換公文でも、領土問題はたなあげにして、他の諸条約を先行させた。このことが今日の友好的な交流の礎となっている。今も未解決になっている理由はそこにあるわけで当たり前の話なのである。紛争の原因となる周辺の事柄、例えば資源、漁業や墓参の通行の問題など、整理をして合意できるところから進めていく。解決したときの方法はそれほど選択肢が多いわけではなく、他の事例によるしかないのだろう。相手から奪い取るばかりが勝利ではない。逆に管直人のように「そもそも、領土問題は存在しない」という態度も相手を怒らせるだけだ。正解は、いろいろ問題はあるが、他の重要な問題を優先し、一時棚上げしたいという交渉を行なうべきだった。相手は押しかけてきているのだから。韓国に関しては既に貿易協定、TPPの推進、中国とはインフラ投資や高齢化対策、ロシアには医療やエネルギー、天然ガス、シベリア開発といった双方を利する要素がある。幸いにして、尖閣も、竹島も、北方領土も日本の生存をかけた重要地ではない。国民に対して交渉に望む政権に対する国民の信頼度と説明のしかたによる。勝った負けたの結果で国民に説明することは得策ではない。アデナウワアーは欧州鉄鋼共同体を結成し、領土問題を棚上げにし、EU結成のリーダーシップをドイツが取ることで実を取った。アルザスロレーヌが無くともドイツはヨーロッパの筆頭国家であり、経済力もトップである。この戦略に習うことである。ヨーロッパと違い、日本は韓国、北朝鮮、中国と近代国家や民主主義の基盤が弱いところに合わせなければならず、リードしていくだけの政府の力はまだ無い。そこを経済的、文化的にどこまで築き上げられるかである。領土紛争は武力衝突や戦争に発展しやすい問題であるだけに、何としてでも軍事弱小国であるわが国は自らの国力を経済文化面で高めていくことこそ、隣国との国境問題負担を軽くする道である。

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沖縄と韓国、中国の反日感情には共通項がある

翁長沖縄県知事の行動は反日的なレベルである。国連で日本政府は沖縄に人権侵害を行なっているとか、国内でも問題になる発言を海外に撒き散らしている。沖縄にはこうした沖縄特有の反日的感情がある。それは戦場になった沖縄の悲劇、鉄の暴風といった戦争中の悲惨な体験がベースになっているが、実態をよく見ると、これは口実であって、沖縄で県民を揚げて戦中の日本軍の行動に関する歴史見解や米軍が沖縄で起こした事件など、今の政府が管理できないような問題でキャンペーンを張り、日本政府から振興資金を引き出そうという狙いが露骨にある。翁長氏は、米軍のオスプレイ配備の反対集会、普天間の辺野古移転などでも反対運動の中心であった。沖縄の「平和運動」はかつての総評などの労組、学生運動などのへその緒のような形で、残存している。大きな騒動としては米兵女子高生暴行事件、慶良間での集団自決事件に関する軍の関与と教科書検定問題、オスプレイ配備、そして今回の辺野古移転反対運動である。これらは沖縄の平和運動として盛り上がるもので、反米と反日が入り混じったモチベーションで盛りあがるのである。そしてこれを先導するのが沖縄タイムスと琉球日報である。その報道では嘘を現実にすり換える試みが行なわれる。集会参加者の人数などは大体30%以上水増しされる。米兵の犯罪に関しては、あたかも、占領軍時代のように米兵が沖縄を闊歩し、女性に対する犯罪が横行しているかのように不安を掻き立てるが、実態は米兵の犯罪は日本人の犯罪よりはずっと少ない。慶良間諸島での集団自決が軍の命令で行なわれたことは無かったことが当事者の証言で分かっているにもかかわらず、これを事実として、反論する言論を抑え込んだ。オスプレイは米軍の正式採用されたもので、試運転時期にはトラブルがあったが、安全基準を満たせないものを採用はしない。昔の日本軍の特攻兵器ではない。アメリカで危険であれば損害賠償などの基準も合わせ、日本よりチェックは厳しいし、日本も自衛隊で採用する機種であるにも関わらず危険視の根拠は説得力が無いのである。辺野古移設は普天間移転と米軍基地縮小のステップにも拘らず、沖縄の米軍基地集中を理由に反対するが、実は米軍基地の83%は本土である。沖縄は狭いから土地面積の比率が膨らんでしまうことがネックなのだ。そして、普天間の辺野古移転が米軍基地の増強にレトリックを逆転している。こうしたやり口は沖縄の平和運動の実態であり、それによって美味い汁を吸ってきた翁長の身にしみこんだ手口なのである。このやり方は、韓国の慰安婦問題、中国の南京事件などの歴史の捏造と同様の手口なのである。中国も韓国も歴史問題を世界に発信し、国民の目を外に向けさせて為政者の政治の失敗を糊塗する手法である。沖縄は様々な社会問題指標にいおいて、失業率、大学進学率、離婚率、待機児童、自殺、所得、正規雇用率、ジニ係数などにおいてわが国のワーストである。沖縄の行政は日本政府の3000億円に上る支援金、借地料負担、10兆円にも上る累積支援にもかかわらず行政サービスの改善を達成できていない。これを米軍基地と日本政府の施策を反対することで県民の目をそらそうとしている。辺野古埋め立ての行政手続きは終わっていたために、今度は裁判に訴え、次はアメリカ政府、さらには国連という流れである。これは韓国の従軍慰安婦問題、中国の南京事件に対するやり方と、全く同じではないか。嘘を通すためにはここまでしなければ真実と世の中に認められないという引け目があるからなのである。沖縄県知事の行動はさらに沖縄独立派と手をつなぐなど際限が無く、ついには反日行動と同様の段階に至ったのである。

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1.辺野古埋め立て

 沖縄の米軍海兵隊普天間基地が世界有数の危険な基地だとか、辺野古移転を県知事が公有水面埋め立て認可取り消しで工事を差し止め、政府と訴訟に入っていることは断片的にニュースで取り上げられ、沖縄に同情的な報道が多いが、真実は何か、語られない事が多すぎる。沖縄タイムスがいかに偏向しているか、デモや集会の参加人数等もデタラメな主催者の発表を真実であるかのように報道する。沖縄の人に聞くと、移転に反対している人は少なく、辺野古で反対活動しているのは皆本土から来ている人達だという話も聞いた事がある。米軍基地のおかげで沖縄の地主に入る借地料は900億円。莫大な金額で、これも本土の人たちの税金負担。翁長知事があれだけ裁判に訴え。国に抵抗する理由は何かだ。常識的には辺野古に移転しなければ普天間は返換されない。この反対運動を沖縄の有権者は支持したかのように見える。どうも、もっと複雑な事情があるという。ただ、米軍基地の縮小閉鎖というわけにはいかない事は、近年の中国の尖閣諸島等の動きを見ても明らかだ。米軍は尖閣諸島に関しては安保条約の範囲内だと見解を出している。もっとも、攻撃されてもアメリカは軍を差し向けないだろう。それは過去において、何度か中国の漁船が100隻以上も尖閣諸島に出て来たり、巡視船が漁船に体当たりされてトラブルになっても、米軍は微動だにしていない事からも分かる。では全く意味がないかというとそんな事はない。翁長知事はどう考えているのだろう。彼は那覇市長から仲居間氏を抑えて、辺野古反対を唱えて当選した。でも、彼を支持した人は辺野古反対派だけではない。仲居真県政に失望した人々である。仲井真氏は、毎年3000億円の振興支援を政府に今後10年間約束させた功績があるにもかかわらず再選されなかった。それは翁長氏が仲井真と組んで辺野古移転承認の取引で勝ち取ったものである。ここに翁長氏は金脈を見つけ、仲井真氏と選挙で争って勝った。今の政治家に共通していることだが、単なるポピュリズムなのではないか。


2.沖縄の不都合な真実 翁長知事の不可解な行動

 翁長知事は9月に国連で政府は沖縄の主権を踏みにじり、人権侵害を行なっていると訴えた。彼は普天間移転に関して、国の辺野古埋め立て許認可を無効として、工事の中止を求め、司法に訴えている。国が取り消しを撤回する代執行を求めた裁判の最初の弁論が行われた。彼は沖縄に基地が置かれている経緯から、分かりきった事をくどくど説明しているようで、何か、裁判を使ってPRしたいのでしょうか。到底勝ち目の無い事だが、彼の狙いは一体なんだろうか。この訴訟に敗訴する事で、彼の選挙における反対の活動に終止符を打ち、その責任を追及されれば辞任し、参議院選挙に出て活動しようという事だろうか。あるいは、居座れれば、那覇空港拡張や、仲井眞前知事が獲得した3,000億円の政府の沖縄振興支援金のおこぼれに預かろうという二股で行動しているのだろうか。とにかく、彼からは沖縄の負担軽減の事は聞こえるが、今になって、何故普天間辺野古移転に反対するのかよく理由がわからない。米軍基地の過重負担は、戦後70年たったいまも、国土面積の0・6%しかない沖縄県に73・8%の米軍専用施設が集中している現状が物語る。沖縄と本土の極端な不均衡は何も改善されていない。このことは、ニュースステーションなどのキャスターがそうだそうだ、改善は当然だと宣うが、実は米軍基地の83%は本土にあり、騒音や住宅街に近接していることからは厚木や横田だってそうだ。しばしば普天間の基地に隣接した小学校が引き合いにされるが、戦後23年経って宜野湾市が基地の真横に小学校を建て、迷惑しているのは米軍だ。移転すべきは小学校ではないのか。東京だって横田基地がある。国の首都の中に米軍基地がある国なんて世界で日本だけである。沖縄の米軍からの収入は全体の5%だと言うが本当だろうか。しかし、今回の辺野古の交渉過程で、毎年3000億円もの予算が国から出て、辺野古の工事費だけで5000億円が使われることが計算に入っているのだろうか。沖縄の負担というが、これまで莫大な国家予算を沖縄には投下して来たわが国、イコール国民の税金なのである。合計10兆円を優に超えており、もはや沖縄振興予算は沖縄にとって一つの産業といっても過言ではないです。

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国が借金大王になった原因の一つでもある。根拠を示してもらいたい。少なくとも、自主財源が25%しかない沖縄、県民所得は全国46位、失業(全国1位)と自殺(全国5位)が多い県、沖縄を米軍基地なしに生きて行けるのだろうか。知事はそこに取り組まなければならないのに、暇人のように既に決まった辺野古移転をひっくり返して支持を得ようとしている。沖縄のGDPは3.7兆円で、半分が民間、36%が政府支出である。一般消費と観光、土木工事で9000億円を占める特異な経済構造である。畑にならないような土地が殆どで地主にとって米軍基地の借地料900億円は殆どコストのかからない純利益みたいなものである。

 翁長知事が言うように「米軍施政権下と何ら変わりない」のであるなら、彼は本当はそうなった方が得だと思っていて、米軍と実は繋がっているのだろうと思いたくなる。


3.本音は何か

 米軍の本音はあんな辺野古みたいな海の上に行きたく無い。できれば今のまま固定化した方が楽で、日米の約束が果たせない事を逆に批判していればいい。アメリカと日本が他の事で交渉するたびに日本の喉に刺さった骨のごとく不利な状況になるのは日本政府だけである。

 扇長知事の裏には、沖縄の基地を固定化したいアメリカの意図があるのではないかと思うほどである。政府と沖縄が対立する事でアメリカは全く損をしない。沖縄が地上戦で大きな犠牲を払った事は皆知っている。しかし、広島・長崎はどうなんだ、東京だって大空襲で10万人が死んだ。沖縄特攻で日本の若者が3,000人以上も命を落とした事を沖縄だけの負担と言うのはあまりにも歴史を知らない独善ではないか。朝日新聞やテレビは6月の沖縄戦終結の記念日のニュースを流しても、安倍首相の姿や追悼は放映しても、それっきりで沖縄の真実は語らない。特に沖縄の利権構造は全く報道されない。この本では仲井眞前知事も、翁長知事もそうした利権構造の裏の面を持っていることが分かる。沖縄で本当に政治が機能してその福祉にあずかりたい人々は実際は政府の支援の恩恵にあずかっていないという現実を著者は示している。その張本人は、沖縄支援の補助で利権の恩恵にあずかる沖縄県の公務員、土建業者、地主、教員、マスコミなのである。この沖縄の利権構造と補助金で成り立っている県財政、やたら沖縄の美しい海を埋め立てようとしている沖縄県側の実態など、我々は聞いて驚く事ばかりである。


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日韓悲劇の深層 祥伝社新書 呉善花 西尾幹二

日韓問題に関する両者の対談で構成されている。呉善花氏は韓国済州島で生まれ、軍勤務から東京外語大修士を経て拓殖大学の教授である。西尾幹二氏は国家論や日本文化論などに巾の広い分野で言論活動を行なっている。呉氏は客観的な事実を韓国民に理解させようとしたために親日とみなされ、故国への入国を拒否され、日本国籍を得たために、韓国からは売国奴扱いとなった。しかし、彼女は、真に日本人に韓国を理解してもらいたいという願いを持っており、それと同様に韓国にも、日本の姿や歴史的事実である日韓併合の歴史的事実や歴史学に基づく整理をした情報を伝えたにすぎない。しかし、日本では桜井よし子や産経グループの日本政府、安部政権派の論壇に取り込まれている。この事が、韓国からは警戒されている。西尾氏も歴史教科書問題で、新しい歴史教科書を作る会の初代会長だが、右翼グループの参入に嫌気をさして脱退した。しかし、彼は東京裁判に基づく歴史認識を自虐史観とし、慰安婦問題、南京事件、日韓併合などは政府や右翼とも同様な立場を取っているため、修正史観といわれても仕方が無い。西尾氏は日本人として当然の立場人に立って常識的に発言している言論人であると自分は思う。

この本では韓国人のものの考え方、歴史観、朴槿恵大統領の考え方などが、日本人と比較しながらよく語られていると感じる。しかしながら、安部政権の日韓問題や竹島領有権に関することに関してはあまり触れていない。呉氏によると、韓国人の反日の根拠は次の通り。日韓併合により韓国人は土地を収奪され、日本語教育を強制された、独立を主張して殺害された、拷問を受けた、強制徴用されたと知らされていく毎に心にやってくるのは、自分自身の身を汚されたかのような、いいようのない屈辱感であり、そこから湧き起こる「決して許せない」「この恨みは決して忘れてはならない」という、ほとんど生理的な反応といえる怒りであった。「日帝の民族抹殺計画」として挙げられているのは、皇国臣民化の名の下に、韓国人を日本人にして韓民族をなくそうとした、韓国語を禁じ日本語の使用を強要した、韓国の歴史の教育を禁じた、日本式の姓と名の使用を強要した、各地に神社を建てさせ参拝させた、子供にまで「皇国臣民の誓詞」を覚えさせた、というものだ。これらに関して、この本ではいちいち反論を行なっているわけではないが、それらの歴史的捏造がどのような韓国側の歴史、社会的文化的背景から生まれており、今の政策となったかが明らかになっている。

呉氏によると、韓国人は日本人と違い、先は理念とか原則によって価値判断を行い、日本人は考え方の軸が多様で韓国人からは捕らえようが無いということを指摘しています。この本で、呉氏が指摘しているのはまさに、韓国人としての呉氏の一種の韓国的観察によって反日の裏返しの親日的な見方を理念的に物語っており、その分、我々には心地よい。一種の日本人論、韓国人論である。しかし、よく考えると、今の日韓関係がそのような文化的な違い、歴史の差から暗礁に乗り上げたことばかりではない。安部政権の本質や、背後にいる右翼グループなどのリスクに対して反応していることもある。この本を韓国人が読んだら、恐らく、的を突いた部分もあって非常に嫌な気分になるだろうなとも思う。そして日本人として、これだけ差がある両国はどうやったら歩み寄れるのか途方にくれてしまうだろう。確かに、現在の韓国の日本に対する様々ないやがらせ、歴史の捏造には憤りを持つが、これが韓国人の性癖なのですよというのはあまり説得力が無い。呉善花氏はこうした文化的、精神的な違いを乗り越えて、親日になったし、韓国人に警鐘を鳴らしているのだと思うが、文化論や精神論による指摘は多分力にはならない。差ばかりが強調されるからだ。普通の韓国人は慰安婦のことなど本当は興味ないだろう。日々の暮らしに追われているだろうから。今求められていることは両国の共通項を捜し求めねばならない時だからだ。しかし、その作業において、相手のことをよく知ることは大切である。その意味において貴重な意見だと思う。

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 呉善花さんの意見は確かに日本人にとって心地よいが、多分、韓国人には怒り心頭なのだろう。本質を突いているが、馬鹿な奴ほど、お前は馬鹿だというと怒るのに似ている。ああ、しつこい女房だなあ、20年前の浮気がばれたのをまだ根に持っている。散々謝らせて、高級品を買わせた挙句、海外旅行代も出してあげたのに、又蒸し返してきやがる。いい加減にしろというのが、日韓関係だなあ。昔の楽しかったことを言っても埒が明かないのと同じだ。呉さんは戦前、朝鮮では日本人と韓国人は仲良くしていたことをインタビュー方式で証言をまとめた本、日韓併合を生きた15人の証言を出している。これも日本人にわが意を得たりということだが、実はこれも、韓国人にとっては逆に全く腹立たしいことなのである。呉さん、日本人にヨイショが上手ですね。
 慰安婦問題を解決しなければ歩み寄れないというなら、日本は仕方が無い、突き放せばいい。今は仲良くする時機ではないということである。政府と政府はそうであっても経済関係や個人の交流、学術交流などルートは沢山あったほうが良い。これらを毛細血管のように張り巡らせ、バイパスを作ることが解決の道である。夫婦間だって、いくら確執があっても、子供のこと、住宅ローンや病気などで互いに手をつなぐべき時がある。そんなことで関係は修復される。父さんは昔浮気をしたけしからん人物だと子供に言い聞かせても、大学に行くには父さんの年収が必要だし、父さんは一緒にディズニーランドにも連れて行ってくれて自分は母さんが怒るのも無理ないが、ここで決別は困ると言えば、収まることもある。
 
 日本は、韓国がいずれ、中国の支配的な韓国に対する態度に気がついて、事大主義を止めることが国益であると気がつくはず。中国経済の行き詰まりが見えた時に、日本に顔をむけるでしょう。その時がチャンスです。過去のことを棚上げにして、TPP、FTA金融面での通貨スワップなど、日韓経済人会議で共同声明を出したこと、日本への韓国人の観光客が減っていないことなど、良い材料があるのでそこから再出発していくしかない。この点は呉先生と意見は同じだが、彼女も、大学教授だけあって、韓国を語り、日本人をほめまくりながら、上から目線でものをいっている。状況が変われば、彼女の日本批判だってあるに違いない。自分が言いたいのは、日韓問題はとにかく慰安婦問題も、竹島も棚上げするというより、国民レベルでは実はあまり関心の無いことである。これらは棚上げにする以前に、未来に降りかかる問題を一緒に解決するとか、今の韓国人の心情、日本人の心情を交歓する方法を同じ目線で模索したほうが良い。
芸術、映画、文化、衣食など互いに共感できる部分は多い。そこから積み上げていくしかないのではないか。
 ただ、今回の慰安婦問題はむしろ、アメリカやユネスコなど海外で仕組まれている活動もあり、これには断固外務省は戦うべきである。行司や審判がいる戦いは大いに行なうべし。

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