<   2015年 08月 ( 10 )   > この月の画像一覧

 東京のお祭りではお神輿を担ぐことがお殆どだが、新潟県では山車、台輪というきらびやかな飾りの車に人が乗って、笛を鳴らしたり太鼓をたたいて町をめぐる。新発田の台輪も200年以上続いた諏訪神社の祭礼と結びついた庶民の祭りである。江戸時代に藩主溝口公の肝いりで始まったという。諏訪神社でお払いを受けた後、下り台輪といって自分の町内に戻るのだが、なんせ、道がこのような山車を通るようにできていないから、交差点で先を争うと大変である。この台輪、だれが運転しているのか、イマイチはっきりしない。車は3輪で、ときおり、煽りといって、前後に地面を叩きつけるように跳ね上げ、地面に落とす。だから、中にいる人は大変である。先頭に乗っている人も振り落とされないようにバランスを取らなければならない。

煽っている最中の台輪
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 新発田の諏訪大社から出てきた台輪は第四銀行新発田支店の交差点に続々と集まり、一斉煽りと称して全部の車を跳ね上げる。ダンダンダンと地面を車の轍と支えの角材がアスファルトの地面を叩く。いったい何でこんなことをするのかは分らない。交差点から自分達の町内に戻ろうと、それぞれの台輪がタイミングが合ってしまい鉢合わせするとか、先に帰ろうと争い始めると大変である。そもそも方向舵があるような便利な山車ではない。パイロットがいるわけでもなく、山車は綱で60人ほどで引くだけだから、双方の引き手がぶつかってしまう。1台に100人近い氏子が引きあい道路でぶつかると身動きできない。そこで殴り会いとか、押し合いが始まる。これで死者が出たこともある。

 けんか台輪である。江戸のお神輿でもよく喧嘩になっていた。祭りと喧嘩はつき物だった。そもそも、変える方向も道路も決まっているのだから、ぶつかり合わないように方向指示をきちんとして、責任分担すればいいのだが、それが曖昧だからぶつかり合ってからの対応となることも多い。今回、案の定、引き手がぶつかり合って押し合いが始まり、提灯が飛んだり、殴り合いが始まった。しかし、けが人が出るといけないと判断した片方の台輪が引き下がったために、急に圧欲が弱って乱闘は治まったのだ。これを見て、まるで、日本社会の縮図だなあと思った。わが国ではざまざまなセクターが課題を進行させている。ところが、方向もルートもわかっているのにぶつかり合うようなヘマナ運行があり、しかもぶつかり合うと収めるのが大変である。こうした現象は組織や社会のいたるところにある。安保法案をめぐる国会運営も然りである。戦争なども、リーダーが間違った方向を指示するためにおきる混乱の一つである。祭りと言う非日常の世界、ここでは不条理がまかり通る。諏訪の御柱だって、一体何であんな危険なことをするのかわからない。人間、町全体が馬鹿になるのを楽しむのである。

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マークシティーからヒカリエ

 夏休みに上京し、中野と市川の雑事をこなし、渋谷に行った。長女が宮益坂の渋谷郵便局に勤務しているので、半年ぶりに会って夕食をともにした。会うまでしばらく時間があったので、マークシティからヒカリエまで、散策してみた。渋谷駅南口にあった東急プラザは解体され工事が始まっていた。まさに渋谷は東急の町として再開発されつつある。ハチ公前の交差点はクロス歩行のスクランブル交差点として世界的名所になりつつある。外国人観光客が、あれだけの群集が、クロスしてぶつからずに交差点を渡る行動に驚異の目を向けている。
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渡りながらスマホで映像を取っている外国人が多くいた。この交差点はもう20年も前かrこうなのだが、外国人にとって驚きだと言うことは気がつかなかった。多分、you-tube などで、世界に配信されて有名になったのだろう。そんなに面白いのかねー!
 
 マークシティは東急エクセルホテルがあるし、井の頭線とJRが通路でつながっている関係と、道玄坂の賑わいを取り込んだ形になって、若者が多いせいか、活気溢れている。井の頭先は吉祥寺という日本有数の高級住宅地―住みたい町ナンバー1の駅とつながっており、中高年も使うから、JRからの乗降客も通過し、洗練された駅前商店街となって賑わっている。道玄坂に向かう通路と井の頭線の連絡口を通る人の憩いの場として、スターバックスやライオンなどが盛況である。渋谷東急百貨店や文化村が中高年も引き付けている反面、かつて、渋谷国際文化会館のあった青山方向、宮益坂方向は若者とビジネスの街だ。
 ヒカリエはJR通路から駅前広場の上を通って直接人の流れを呼び込むようになっている。昔もあった映画館、今はシネコンがあり、これに上部階17 - 34階オフィスが複合的に組み合わされている。地階から5階までは専門店街、6階から上が3階分飲食店街だ。専門店街はファッションからワインショップまで趣向を凝らした店舗が並ぶ。しかし、どちらかというと50代までの比較的若い実働層を中心として展開しているように見える。だから、自分のような68にもなるオジンには魅力を感じない。団塊世代は、ホビーとか、旅行、山、釣り、音楽といった文科系が望むところだが、この国際文化会館だったところにしては、金儲け中心、情報中心の空間となっている。もう少し博物館とか、お化け屋敷などもあったほうがいい。オフィスはKDDIとか、LINEといった今を花とする企業、最前線のビジネス空間となっている。あまりにも健康的な人造都市で体力の減退した年齢層には疲れるのである。飲食店も、趣向を凝らした新メニューが並んでいる。自分にとっては昔なじんだ味が安心で、美々卯もあるのは許せる。ヘルシーか?なんだか分からないものは食べる気がしない。どちらかというとOLの昼食場のような店舗が揃っているから、ディナーには向かない。コートドジュールロティとか、フレンチもあるが、何だか、ヤングビジネスエリートのわいわいやるレストランの雰囲気が合わない。セストセンソアッカもそうだ。大体名前が憶えられない。単価はそれほど高くないが、ここのオフィスに入っているサラリーマンはもっぱら、弁当ではないか。気がついたのは、このヒカリエのコンセプトは健康志向、そしてベンチャー尊重なのである。この押し付けが鼻につく。韓国料理も水刺斎とかいうわけ分からん名前。健康と美容を追求した韓国料理店美肌効果抜群“女性人気”の「水刺斎」とあるが、こちらは多少健康に悪くともジュウジュウ油滴る焼肉をサンチェとかの野菜で毒消ししながら食べると言うパターンがいいのだ。あまりにも健康志向を押し付けすぎではないか。不愉快になってこのヒカリエで食べるのはやめた。
大体、美味いものとか、食べて楽しいものは、健康には悪いのだ。この統制された店舗空間に嫌気がさしてヒカリエを後にした。
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 その点、マークシティは15年前自分が現役だった時代に建っただけあって、親しみやすい。お店の名前と内容が分かりやすい。ビールならライオン、寿司なら梅が丘美登利寿司とか名前と内容が一致している。ヒカリエはなんだか得体が知れないのだ。長女をつれて夕食に行くにはこちらだと思った。そこで、いま、この最上階にあるフレンチに行ってみることにした。25階にはフレンチのア・ビエントと和食の旬彩という店があって、どちらかというとフレンチのほうが価格に幅があるだろうと見て、フレンチにした。地上100mのところにあり、いまどきそれほど高い階ではないが、周囲に高い建物が少ないため、眺望が抜群である。夜景がきれいでデートコースとしても有名らしい。フレンチのシェフお薦めコースで8000円のところ、飲み物、税金、サービス料込みで、2人で2万円で、内容として決して高く無かったと思う。渋谷は南口も東急プラザが建て替えで高層ビルになるし、駅の再開発も進み、自分があの世に行く頃は昔の面影は無くなるだろう。未練は無いからちょうどいいや。

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オジンの自分には近寄りがたい若者とベンチャーのビル「ヒカリエ」

e0195345_11443255.jpgマークシティと25階アビエントからの眺望
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 医療費は約36.7兆円から40兆円になろうとしている。そのうち薬剤費は約8兆円にもなり、年々増え続けている。もし、特許が切れた新薬をすべてジェネリック医薬品に替えれば、国の医療費が年間約1.7兆円も抑えられる。医療費を抑えるためにも、ジェネリック医薬品は役立つが、残念ながら、我が国では24%しか使われていない。ドイツやOECD諸国では60%がジェネリックである。何故、普及しないのか。ジェネリック医薬品とは、特許が切れて製造が自由になり、創発薬と同等の成分で効果と安全性が確保された医薬品である。何故、こんな結果になっているのだろうか。安部内閣の骨太の方針では後発薬の使用ベースを80%とし、これによる費用削減効果は約4000億円とみている。
 
 最大の理由は、我が国の世界でも優れた仕組みである、国民皆保険制度にある。3割負担であれば、30%安い価格も10%でしかない。1割負担なら3%程度である。それでは使う方は、ジェネリックにこだわるより、以前から実績のあるブランド品を使うだろう。また、薬局も敢えて安いジェネリックを使うメリットが無い。処方を書く医師も、昔から使っている薬の名前を書いてしまうだろう。ジェネリックを発売している医薬品メーカーMRの力不足もある。診療報酬制度の見直しも必要である。

 Wikipedia ジェネリック医薬品で見ると、次の記事が注目すべき内容である。
 2008年に行われた小規模な調査(医師600人、薬剤師400人)[10]では、半数の医師が「後発品への変更不可」とした事があると答えた。医師が「変更不可」とした薬剤で最も多かったのは抗癌剤、次いで降圧薬、一方、薬剤師が「変更可」でも先発品を選ぶ薬剤で最も多かったのは、抗精神病薬・向精神薬・抗うつ薬、次いで抗癌剤となった。その一方で、「後発医薬品への変更不可」の指示はオーダリングシステムによって誘導されているとの指摘がある。後発薬になぜ変更不可なのか、実態を精査すべきときに来ている。

 日本人の権威主義的傾向もジェネリックを拒んでいる。医師も患者も名前の通った企業の製品が安心だと思い、また、好きである。医師サイドで19%が後発薬への変更を認めていない。そもそも、ジェネリック医薬品はゾロ新とは違う。先発医薬品が出た時に、少しばかり成分を変えた類似品でゾロ新という薬が、ぞろぞろと名前を変え、後発品として出て来る。ジェネリックは治験などの課程を経た先発薬と同等の薬であるが、製薬会社も無名であることが多く敬遠され易い。
 しかし、やはり後発薬は実績の点で不利であることは否めない。そこで、海外では様々な普及策が行なわれている。医薬品は医師と調剤薬局の判断で決まる。後発薬が選択されるような誘導策がとられている。ジェネリックは院内処方の採択が低い。2015.8.27付日経経済教室 飯塚敏晃東大教授の論文で明らかにされている。日本医療データセンターのレセプトデータで調剤薬局の後発薬置き換え率は47%であるのに対して、院内処方は39、DPCではさらに36となっている。調剤薬局の利益配分を調整することが手っ取り早いが、医療側のメリットも求められよう。

 製薬会社はジェネリックのもとになる創薬でたっぷり儲けているので、その製品の売上げが下がっても仕方が無いし、それで売上げが落ちる覚悟は出来ている。問題は薬局と利用者のモチベーションなのだろう。我が国では、保険財政に関する患者の理解は殆ど無い。単なるメリットでしかない。皆でジェネリックを使えば、保険財政の健全化につながるという認識が薄いのである。<

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新潟県の海岸は北部の村上にある笹川流れが岩場で、あとは長大な砂浜である。だから、キスが釣れるはずである。確かに、新潟はキス釣りは盛んだが、それ程良形が釣れるという話は聞かない。では舟釣りはどうかというと、東京等と比べて釣り船が少ないせいか、まあまあ釣れているのではないか。8月の第一週の土曜日に、太夫浜漁港から釧路丸という小さな釣り船で出かけてみた。当日は雨模様であったが、それ程の雨ではなく、かえって猛暑の日照りが無く過ごしやすい日であった。4時50分に港に到着した。支度をして5時過ぎに港から10分ほどの所、東港の手前あたりが漁場であった。当日は船頭さんの話だと、きわめて当りが悪い。前日は良かったという。最初に豆アジがかかった。暫くすると15cmほどのキス。時々20cmくらいの良形が出た。このクラスは浜の投げ釣りでは出ない。それから、なかなか釣れて来ない。何度も場所替えした。持ってきたジャリメは1ケース使ったが、イソメの方はワンパック残った。結局11時まで釣って20匹で修了。写真が釣果だ。これくらい釣れれば東京湾ならまあ、満足である。新潟では50匹くらい釣れないと釣れたとはいわない。沖メバルやアジなどはクーラー満杯でなければ満足しないのだそうだ。
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 家に帰って、キスの調理をした。キスは鱗がきつい。鱗を落とし、頭を刎ねて内蔵を出し、3枚に下ろした。半分は一夜干し、残りは唐揚げにした。骨は骨煎餅、その日の夕食には充分であった。
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前日行った華厳の滝



 日光東照宮に初めて行った。日光に行くまでケッコウと言うなとは誰かが言った言葉だが。観光の名所を見あきたといっても、日光東照宮を見るまでもう観光の名所を見るのは結構というべきではない、日光東照宮を見ずにこの世を去るものではない、という江戸時代からの言葉。江戸時代は日光社参が伊勢参りとならんで庶民の唯一の観光娯楽だった。これで自分も結構といえるわけである。とはいえ、当日は土砂降りの雨。しかし、それでも多くの参拝者が来訪していた。ここは外国人の観光客も日本旅行の重要なコースである。東照宮は徳川家康の偉大さを世に示すためのものだから、ここに来て家康が偉大と思うのは当然だ。豪壮な寺院の建造物を前に改めて家康の権力の凄さを感じた。何故彼が、関が原の戦いに勝ち、豊臣家を滅ぼしたかは多くの小説や、歴史家が説明してきたが、実は、幕藩体制の成立は高校の歴史の教科書で丸暗記したぐらいであまり研究していない。この部分は、一橋大学で佐々木潤之助先生が、権威で、日本の第一人者だった。しかし、自分は西洋史に目が向いていて、学ぶ機会を逸した。
 
 家康から始まって、5代将軍綱吉くらいまで60年近くかけて体制は整えられた。この間、藩の移封、改易、武家諸法度から鎖国、公家諸法度、寺社政策など、日本人を政治と精神面に至るまで徳川は権力にまかせて日本を統合した。とはいえ、徳川に反感を持つ藩も多く、それらをとりまとめつつ、250年の支配を何故貫けたのか。300藩もの大名を、統治できたのはどのような仕組みにおいて可能になったのか、さらにそれは何故崩壊したのかは今日的研究テーマであり、経営学、政治学の重要なテーマだろう。現代の経済感覚から見ると、将軍吉宗の享保の改革などは全く逆のやり方で、経済の活性には失敗かもしれない。しかし、当時の日本はより精神的価値や、階級、秩序を重んじていた。そうした徳川家中心の政治権力の維持には貢献したのだろう。五代将軍綱吉は犬公方とよばれ、マザコンの暗愚な将軍というイメージがあるが、実際はそんなことはなく、生類哀れみの令などは当時の社会風潮として、生き物を大切にしない様々な事件が前提になっていた。馬や犬などから始まって小動物を粗末に扱う風潮が、子供や病人を粗末に扱うことにつながることを戒めたものであった。確かに刑罰とのバランスが悪く、庶民からは不評であった。

東照宮本殿前
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徳川家康の墓所 50年前まで公開されていなかった。お骨は静岡の久能山に一部、本体はおそらくここにあるだろうと言われる。
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徳川政権下の平和の象徴眠り猫
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明治維新の様々なドラマはテレビでも人気がある。また、研究においても盛んである。しかし、江戸時代というのはこの薩長による維新から見て否定すべき体制であったから、明治以降の評価にはかなりバイアスがかかっている。明治時代以降、徳川家康は悪者扱いだった時代もあった。戦後、小説徳川家康が山岡荘八によって書かれてからである。未だに、司馬遼太郎などは家康を否定的に描き、明治維新を持ち上げたがる。小説家はアウトローが好きだし、家康のような代成功者は面白みにかける。明治維新がそんなに素晴らしいものだったのだろうか。明治政府以降日本は戦争を繰り返し、挙句の果てが70年前の敗戦だったのではないか。300年の平和を作り出した家康の偉大さは忘れている人が多い。日本の土木工事の70%は徳川によってなされたと言われている。利根川の改修、江戸の都市開発、木曽三河の治水などである。

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by katoujun2549 | 2015-08-25 19:57 | Comments(0)

今日も暑い。暑い休日は冷房の効いた映画に限る。そんな時候にうってつけの作品だ。

ミッションインポッシブルーローグネイションを新潟Tジョイ万代で見た

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このシリーズ結構楽しんで毎回見ている。今回は自動車の提供はBMWで、次から次へとぶっ壊されるが、新しい車が提供される。とにかく、アクションの連続。トムクルーズの為にある様な作品。このシリーズ最高傑作との呼び声。
トムクルーズ演じるスーパーマン、イーサンの所属組織は解体され、CIAに統合されることから、イーサンは抹殺されそうになる。日本語で「"ならず者""悪党"組織」を意味するシリーズ第5弾の副題「ローグ・ネイション」。これは、世界を恐怖に陥れる謎の多国籍スパイ組織「シンジケート」を指している。IMF解体の窮地に追い込まれた超敏腕スパイ イーサン・ハントが繰り出す究極の「作戦」とは何なのか。シンジケートの女スパイは敵か見方か、わからない中、史上最難関のミッションをコンプリートできるのか。そして、果たしてIMFの敵である「シンジケート」の本当の姿とは?ウイーンのオペラ座のツーランドットの舞台上での大立ち回り。オーストリア首相ご夫妻は車諸共爆殺!飛行機に飛び乗って神経ガス弾の拡散を阻止。主人公は絶対に死なないのだから安心して見ることができるが、トムクルーズの代役無しの大立ち回りが見もの。
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冒頭に展開する飛行機への飛び乗り、劇場でのアクションシーン、カーチェイス、水中シーン、バイクでのチェイスなど息が
抜けない。
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相手役のスウエーデン人女優レベッカファーガソンはイングリットバーグマンに似た美人。今後が楽しみだ。イギリスのドラマ、ばら戦争でエリザベスウッドヴィル役を演じ評判となった。この写真バーグマンに似てますよね。
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理屈をいうと話が出来すぎて変だが、早いテンポにあっという間に話は進行。ヨーロッパやモロッコの名所も楽しめて、サービス精神満点の作品に乾杯!

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 20世紀の世界と日本の歩みをどう考えるか。私たちが20世紀の経験から汲むべき教訓は何か。
 日本は、戦後70年間、20世紀の教訓をふまえて、どのような道を歩んできたのか。特に、戦後日本の平和主義、経済発展、国際貢献をどのように評価するか。
 日本は、戦後70年、米国、豪州、欧州の国々と、また、特に中国、韓国をはじめとするアジアの国々等と、どのような和解の道を歩んできたか。
 20世紀の教訓をふまえて、21世紀のアジアと世界のビジョンをどう描くか。日本はどのような貢献をするべきか。
 戦後70周年に当たって我が国が取るべき具体的施策はどのようなものか。
これから日本がアジア太平洋地域のために、そして世界のために更にどのような貢献を果たしていくべきか、これから日本はどのような国になることを目指すのか、といった点について答申を求めたもの。
この懇談会は安部首相に答申をするが、安部首相がお好みの内容になるようメンバー選定から配慮されており、中国やフィリピンなど戦場になった国々に村山談話を受け継ぐとはいえ、謝罪の内容を望むのは無理と思っていた。日本郵政会長の事なかれ主義者、元東芝会長の西室氏や、国際大学長の北岡氏では、集団的自衛権の拡大解釈を進め、憲法第九条を変える方策を狙っている連中である。戦争で親兄弟を失った方、被爆者、特攻隊生き残りは当然入っていない。懇談会の答申を読むと豈図らんや、謝罪は首相のご判断と逃げてしまっている。予想通りである。問題はお詫びだろうか。過去に村山談話も、小泉もお詫びしている。論点がずれていないか。
 先ずは今も中国とは十分な「和解」はできていない。従って今後も日本は第二次世界大戦の結果に関して批判を受ける可能性を残し、結果として日本が国際社会において孤立する危険性を残している。経済大国になったことを自画自賛である。
 まずアメリカに関しては、新憲法を含む戦後改革とサンフランシスコ講和の精神を受け入れたのかどうか、日本側の態度は判然としないままごまかしてきた。憲法が押し付けであると主張して東京裁判は事後法だから無効だという保守も、憲法を護持すると言いながら米国の政策にことごとく反発してきた左派も、どちらも「米国との真の和解」を考えていない。戦没者の慰霊に関しても、日本の首脳が真珠湾献花をしておらず、米国の首脳が広島献花をしていないという「異常な状況」ではないのか。有識者はこの事を知らないのだろうか。天皇陛下はやっとサイパン、パラオに行ったばかりで、硫黄島には未だに1万以上の遺骨がねむっているというのに。
 欧州に至っては、ドイツと旧連合国はノルマンディーにしても、ドレスデンにしても、アウシュビッツにしても敵味方を越えた共同追悼を行っているが、日本はアジア地域で、そのマネができていないばかりか、欧州戦線におけるような和解や共同追悼への参画を検討する声すらない。何が有識者だろう。無知の集まりで、ヨーロッパの教訓もまなんでいない。お粗末!
 中国と韓国に関しては、国家間の和解はそれぞれ条約によって完了しているが、両国の世論を十分に納得させるような「和解のレベル」には到達ができていない。サンフランシスコ講和条約に今の中国や韓国は参加していない。その時々の政権が「戦前の日本への批判」と「現在の日本への批判」を「ごちゃ混ぜにして求心力に使う」という「禁じ手」を繰り返す。日本は言い訳的論調で、ここを中国はついてくる。お詫びの言葉が無ければ当然批判が出るが、問題は内容である。わが国は戦場になった国々に加害者としての感覚が希薄である。だから、慰安婦の問題や、強制労働補償の問題は繰り返される。この辺りで損切りするつもりで、謝るべきと答申出来ないのか。韓国も中国も金目当てで、ここで謝ったら、キリがなくなる。お粗末な警戒心ではないか。できない理由は何か明らかにしてはいかがか。
webの識者の受けうりだが、共感。
 1.現在の日本人は戦前の日本を代表していない、従って戦前の行為への批判を行うことは日本人にとっては自己卑下にはならないし、海外からの批判も「現在の日本および日本人への批判とはならない」という「厳格なケジメ」を確認し、一歩も譲らないということ。次にいつも夏もなると起きる靖国問題。本当に必要なのは
 2.靖国ではなく追悼という行動をという意見に賛成。真珠湾で、広島で、そしてできれば9月2日に、「戦争終結70周年」を日本を中心にアメリカも中国も欧州も含めた関係国で厳粛な「共同追悼の儀式」として歴史に残るような形でおこなうべき。

 安倍首相による「どのような和解の道を歩んできたのか?」という問いかけへの答えは、「極めて不十分であり、この70周年の年に意識的に和解の作業をしなくてはならない。具体的には日本として戦前と戦後の峻別を行うこと、そして関係国が一同に会しての共同での追悼行事が必要」ということになると思います。安部首相は祖父、岸信介を尊敬している。彼こそ戦前の怪物で、だからあれ程激しく安保反対闘争があった。
そして、戦後70年有識者懇談会答申が昨日7日に提出された。
日本の戦後について、総括的な報告となった。日本の戦後の発展と周辺国、特にアメリカ、韓国、中国について歴史的な見解を述べている。この戦後史は歴史教科書にしたいくらいだ。中学の歴史教師は最初の授業にこれを使って討論し批判し合うべきである。アメリカに対しては随分好意的だ。イラク侵攻に日本も付き合ったが、触れていない。中国については日中戦争で、中国が戦場になった事、民族的差別を行い、ナチスと同調した反省も陳謝も無い。これでは中国はむしろ怒るのではないか。中国は9月に戦勝記念パレードに安部首相にも招待状を出すだろうが、日本が戦ったのは国民党であんたらじゃあない、よと言わなかったのは良かった。中国は自分達を悲惨な目に合わせたのは軍国市議者で日本人民ではないという解釈で日本は中国に対する賠償から免れた。ところが、安部首相はあの軍国主義者であり、満州を差別的に支配し、ナチスと連んだ内閣のエリートで大臣まで務めた岸の孫なのである。孫に罪はない。軍部と民衆と分離した日中友好なのだから安部首相は出席して度量を見せたらいかがか。


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武藤衆院議員が若者の安保法制反対に対して奇妙な持論を展開し、自民党自体も困惑している。安保法制とは安全保障関連法案(安保法案)ー7月16日、衆院本会議で可決された内容とはどんな法案なのか。
法案は、新しくつくられる「国際平和支援法案」と、自衛隊法改正案など10の法律の改正案を一つにまとめた「平和安全法制整備法案」からなる。
•集団的自衛権を認める
•自衛隊の活動範囲や、使用できる武器を拡大する
•有事の際に自衛隊を派遣するまでの国会議論の時間を短縮する
•在外邦人救出や米艦防護を可能になる
•武器使用基準を緩和
•上官に反抗した場合の処罰規定を追加
•後方支援
などで、これまで日本が湾岸戦争、イラク戦争、カンボジャやスーダンなど自衛隊の派遣で自衛官が法的制約のために危険にさらされたり、国際評価を得られなかった反省に基づき立法されるものと、アメリカとの集団的自衛権容認の閣議決定とがラップし、戦争法案と野党から批判を浴びている。アメリカの軍事戦略に組み込まれるから戦争法案だといっている。こんなことは今に始まったことではないのに、このデマにまんまと乗ったのが、SEALsである。野党やマスコミにしてみれば格好の炎上材料である。こうした挑発に乗りやすい発言をこの武藤議員は無防備にも、参議院で審議中に発信するという政治感覚の無さにはあきれるばかりだ。しかも、さらに持論として、基本的人権の尊重を批判し、これまで安保法制が憲法違反という専門家からの批判に防戦一方の与党にいながら、自民党若手議員の百田尚樹講演事件に続くオウンゴールを演じているのだから、どうしようもない。世論に敏感であるべき国会議員にこれほKYが沢山いたとは驚きである。いい加減な連中が多数である自民党の主導で日本の国防の基本が決められて良いのかと思う。そもそも、昨年の集団的自衛権の閣議決定に関してはアメリカからも何も急がなくてもよいといったアドバイスがあった。アメリカにしてみれば、とにかく普天間の辺野古移転に集中してくれればいいのである。今回の安保法制はむしろ国連憲章に基づく国際貢献の徹底から論じたほうが論理的には受け入れやすい。それを憲法改正しなくても済むという誘惑に駆られ、ナチスの手法を研究した政権幹部の思いつきで全く混迷が予測される方向を取ってしまった。安部政権の歴史認識や議論の甘さが露呈したものである。与党多数という優位に甘えて暴走したことの付けが来ているのだ。祖父の岸元首相をこよなく尊敬する安部首相は同じように辞任でけりをつけてはいかがだろうか。

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 第一作目のジュラシックパークのインパクトをもう一度という作品で、スピルバーグが製作総指揮である。監督はコリン・トレボロー である。この映画を見るにつけ、アメリカという国を考えさせられる。彼らはテーマパークが大好きで、また、映画観客数は断トツ世界一である。まさにエンタテーメント。2015年6月12日に全米をはじめ世界各国で封切られ、オープニング週末3日間の興行成績が、全世界合計で5億2410万ドル(約630億円/1ドル120円換算)という驚異的な数字を記録。それまでトップだった『ハリー・ポッターと死の秘宝PART2』(11年)を抜き去り、堂々の第1位を記録した。しかし、今回新潟の映画館の入りはイマイチという感じ。
 アメリカ合衆国という国は日本から見ると、かなり享楽的な側面が目に付いてしまう。ディズニーランドやニューヨークのブロードウェイ、ショッピングセンターなど、ハリウッド映画なども含め、こうしたエンタテイメントを日本にも導入して一儲けを企む輩も多い。ラスベガスのカジノやショウなどは日本には輸入できない。しかし、彼らの食生活とか、日常のビジネスなどはむしろ過酷なくらい厳しい世界がある。学生だって日本の大学生の勉強とは比べ物にならない時間数と学習量をこなしている。レストランでの食事などは家庭では年に数回、誰かの誕生日のときくらいである。ラスベガスのカジノには全米のお金儲けに成功した人が一瞬のスリルに没頭する。彼らは1年間、農業も含めて働きづめで、そこで得た大金をカジノで使い果たし、帰っていく。カジノは金儲けの場ではなく、まさに使い切る場なのである。
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アメリカ人は恐竜が好きである。映画ジュラシックワールドを見た。8月5日から上映開始でTジョイ万代で19時の回であったが3Dで見た。比較的館内は空いていた。印象として3Dに拘る必要は無かった。今回はスピルバーグが総指揮、製作で10年を製作に要した。ラプトルを調教したジュラシックワールドの職員オーウェンを演じたクリスプラットは良い味を出していた。今回の新種の恐竜はDNA操作と発生技術を使い、恐竜パワーを大幅にアップさせている。いつもの悪役ラプトルも健在である。
 最近の研究では、恐竜はどうもかなり鳥に近いらしい。羽毛の生えた化石も多く発見されている。あのティラノザウルスが鳥みたいではがっくりするかもしれない。アメリカ人は鳥では納得しないのだろう。しかし、ニワトリに近い行動パターンの恐竜が結構いたようだ。肉食恐竜がコケッコッコでは納得できない?アメリカ人は爬虫類の艶かしさがお好きなのである。この映画では前作のジュラシックパークでの恐竜イメージを反復しているが、実際にはこの15年間、恐竜研究は飛躍的に進歩し、当時の恐竜像とは違ってきた。今回の主役は遺伝子組み換え技術によって生まれた新種のTレックスである。新顔としてモサザウルスも凄い迫力。実際は最大18メートルくらいでこんなに巨大なものは見つかっていない。
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アメリカ人は、テーマパークが大好きである。見世物であるが、巨額資金を使いこれを大々的に行なう。そして、何らかの顧客参加型である。この仕掛けを作るために、最高の科学技術を駆使する。楽しくお勉強もする。そこで、恐竜たちの荒々しさ、恐怖感、家族愛、幼児に親しみやすい自然の姿を紹介し、自分達の社会の優れた部分を反映させて満足するのである。最後はキリスト教的世界観なのだろうか、この世界は崩壊する。物語では、ビジネスウーマンの活躍、離婚、軍関係者のえげつなさなども随所織り込まれている。

そもそも、空想の世界であるが、ジュラシックパークの世界として矛盾の無いように緻密に作られている。スピルバーグらしい作品だ。今、ターミネーター・ジェネシスが公開されている。この映画と見比べてみたい。長期ロングラン作品の魅力は何かである。アメリカ人はダーウィンの進化論には否定的な人が多い。では、何故このような映画が大好きなのか。要はこの恐竜たちはアメリカの社会に潜む戦争、ビジネス、エンタテイメント、家族などに潜む不安や恐怖感を体現しているからである。初作のリチャードアッテンボロー演じる事業主、科学者などは恐竜の思わぬパワーにあたふたするシーンが多かったが、皆善人であった。ところが、主役のこのジュラシックワールドの女マネージャーは経営数字ばかり気にするアホ、悪ガキの少年、ラプトルを軍事利用しようとする軍関係者、オバカな管制室のスタッフなども含め、悪役だらけではないか。

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長岡花火の画像はyou-tubeに数多く出ており、
https://www.youtube.com/watch?v=zv1ONZW473U でダイジェストを見る事ができる。是非ご覧頂きたい。毎年開かれる花火大会として世界一だと思う。金に糸目をつけない中国の花火、ドバイタワーの花火と比べても、その構成、技術、美しさなど総合してのことである。

昨年はパスした長岡花火大会だが、今年は戦後70年記念ということで、三尺玉が3発出るというので行く事にした。長岡花火大会は昭和20年8月1日の深夜、米軍空襲で1400人以上の人が亡くなった。終戦直前の非人道的な無差別爆撃だ。当時の長岡は軍需産業も無く、軍事基地も無いのに爆撃された。山本五十六の故郷というのが理由だとしか考えられない。ポツダム宣言受諾を渋る日本に厭戦気分をもり立てようという意図である。ドイツのドレスデンでも酷い事を米英軍は行なった。戦後70年、安倍談話が待たれるこの年、この花火は記念すべき長岡の催事なのである。大林宣彦監督の映画で、「この空の花」という立派な作品があり、長岡の空襲と花火の関係が語られる。昔、放浪の画家、山下清がこよなく愛した花火大会であった。彼が、この長岡にこだわった理由が分かる立派な花火である。山下潔が描いた絵そのままである。彼は新潟の白根で生まれたが、育ったのは東京であり、彼は市川の八幡学園で絵に開花し、式場隆三郎に見出された。感動した50年前とそれほど変わらないのに驚く。もちろんフェニックスは無いが、感動したイメージどおり。
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今年は、これをハワイの真珠湾で行なうそうである。あのドンと言ういう音や、ヒューという玉を揚げる時の音は、なんだか爆撃を思わせるので、これをアメリカ人はどう思うだろうか。その8月1日の空襲後の2日と3日を記念して行なわれる。今回は2日が日曜日ということで特別である。人出も相当だろうと予測し、前回の様に自由席ではなく、座席券を買って行く事にした。といっても、予約ではなく、当日券である。長岡駅の2番バス停から循環バスでイオンの前で下車し、陸上競技場の土手の所で当日券が売られている。朝早く行くべきという情報もあったが、もしダメなら、前回同様でフェニックス会場の自由席でもいいやと、のんびり路線で行く事にした。案の定、到着した1時にはまだ100席くらい残っていた。以前から、長岡の花火は運営側がしっかりしていて、席をネットや店舗等で買って行くように事前に計画して行かなければならないという先入観があったが、花火は街のイベントで、もっと自由で良いはずである。ただ、混乱のために、人雪崩で死者が出たり、恐ろしい事件もあるから主催者は慎重である。一日56万人という想像を絶する人出だから,慎重に運営するにこした事は無い。だんだん知恵がついて、車で行く事は避け、新潟までは車にして新幹線口のcocolo駐車場に置いて、長岡までは新幹線で行った。お昼は猛烈な暑さである。路上は40度近い。今回は信濃川左岸の会場である。土手裏の公園には簡易テントを木陰に張って、場所を確保している人もいる。左岸の良い所は、大型ショッピングモールのイオンがあることだ。朝から、イオンの客というより、駐車場狙いで車で来る悪賢い連中も多い。左岸に着いたのは1時過ぎだが、花火は7時半からだから、それまで時間をどうつぶすかが問題である。イオンの各階の休憩スペースは、既にイオンの客というより、花火客で溢れている。床に座って弁当を食べている輩も多い。田舎だなあ!イオンのフードコートも凄い人だ。イオンもこの日ばかりはフードコートも満杯だし、食品売り場も弁当が売れまくっているから文句は言えないのだろう。この日は新潟だけではなく、全国から観光客が来る。バスツアーも多い。たっぷり時間があるので、映画でと思ったが、とにかく、人人人、これだけ多くの人がいると人を観察するだけでも結構面白い。飽きない。浴衣美人やグループで来ている大学生、家族連れ、おじいさんお婆さん、外国人、様々なご家庭や、職業の人、農家の人もいるだろう。夏休みで子供も多い。とにかく暑い!イオンのフードコートで席を見つけたら動く気がしない。賢い人はイオンのマッサージルームでひと揉みしてもらうと良い時間つぶしだ。大体、席は無くとも、道路からだってこれだけ大きな花火なら楽しめるのだ。
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 7時20分白菊という鎮魂の白い大輪の打ち上げ花火でスタートした。恒例のフェニックスは凄いが、今回の左岸会場では大きすぎて全体が分からない。やはり、こればかりは、自由席のあるフェニックス席が一番良い。また、今年は3尺玉3発連続打ち上げが行なわれた。これは長生橋側で大きかったが左岸会場からはよく見えるわりに迫力が無かった。左岸会場は、殆どの花火が正面で見られたので、その迫力は凄い。同じ位置で尺玉が連続して開いた時は圧倒される。東京の隅田川の花火はこれに比べると線香花火に感じるくらい。東京では東京湾花火大会が大玉がでるが、これが3つくらい束ねたスケールだ。フェニックスに至ってはこれが5つ同時に打ち上げられた感じ。今年は、3尺玉の連発と尺玉の10連発など、連発のスケールが凄かった。
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 帰りは長生橋まで行って、そこから橋を渡り、新潟駅に着いたのが10時半、10時52分の新幹線で帰った。46分の長岡発をやり過ごして、席を確保したので楽に新潟まで行けた。新発田まではマイカーで家に着いたのは12時10分で、とにかくひと風呂浴びてそのまま寝てしまった。夏のイベントはお盆休みまでこれで一件落着。


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