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 新発田市は海と山の自然に恵まれている。近所に紫雲寺記念公園という県立の施設があり、海岸にオートキャンプ場がある。そこで、一泊のテントキャンプを試みた。昔、山登りに凝ったときがあった。長男をつれて南アルプス、北岳から八ヶ岳、北アルプスと足を伸ばし、テント、シュラフ、燃料、食料など12キロほどの荷物を背負ってアウトドアを楽しんだ。一家で黒部から室堂、立山に登山したのも懐しい思い出。近年、自分の情けない体重増加にこの登山は断念、道具は空しく東京の倉庫に眠っている。新発田には、赤谷という会津側の山岳地帯と日本海の両方が続いていて、海の幸と山の幸が豊富である。赤谷には滝谷キャンプ場と、内の倉ダム湖、そして紫雲寺のキャンプ場があり、日本海側は巣晴らしい海に沈む夕日が楽しめる。6月に入り、ゴールデンウィーク以来、休日はキャンプ日和である。6月20日、このオートキャンプ場に出かけた。午後3時まで仕事があったが、その後、20分もすればキャンプ場に到着し、テントと、タープを張った。テント泊で必要なものは、他に、シュラフ、シート、湯沸しバーナー、テーブル、クーラーボックス、水タンク、食器、調理道具、ヤカン、ランタン、そして食料である。結構小物を入れると車のトランク一杯になってしまった。昔の登山と違うのは、何と言っても車で道具を運べるということである。
 この道具には自分はつい凝って無駄遣いをしてしまう。今回、殆どのものはAmazonnで調達した。コールマンのテントは重くて、登山には向かない。何と言ってもノースフェイスとかモンベルである。キャンプ用品というのは無くてもそこを工夫するところにアウトドアの良さがあるのだが、実際無いと淋しい。特に隣のキャンパーが楽しんでいるものは欲しくなってくる。
 先はテントだが、ペグを打ち込む鎚がいる。これは無くとも転がっている石でも代用可能である。しかし、これも800円のものから、ペグ抜きまでついた3000円くらいのものまでいろいろある。シュラフも羽毛製から、封筒型、さらに、山岳ツアーだとシュラフカヴァーが必須である。そして床マットもいろいろだ。自分は銀マットとモンベルのエアマットを持っている。テントはコールマンが安く、手ごろだが、重い。しかし、これも車なら問題ない。でも自分は見栄を張ってNorthfaceのTalusという3人用を仕込んだ。
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 キャンプ場に行くと皆さんテントだけではなく、タープという天幕も張っている。自分はモンベルのミニタープを購入した。何となく隣の人が持っているものはやたら欲しくなる。
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夜になるとあちこちで焚き火をしているではないか。直火は環境を悪くするので、焚き火台があればよいのだそうだ。そこで次は焚き火台を買うことにした。これはスノーピークのステンレス製のがっちりした13000円のものとアウトフレームの6000円くらいのものとの比較になった。結局、コストパフォーマンスのよいユニフレームにした。
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そして椅子も必要だ。リクライニング形式のものがあればよいがなんともかさ張る。自分は折りたたみ式のチェアのしっかりしたもので、手すりが鋳物のアルミ製で結構愛用している。いろいろ検討したが、ブランド志向なのである。 パーコレーター式のポットは、こんなものいるかなあと思ったが、意外に良く使う。コーヒーをこれで沸かして飲むといかにもアウトドア満喫感が溢れるから不思議だ。アルミ製の2000円くらいのミニテーブルは予想外に重宝である。
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 バーナーは登山用LNGコンロを持っている。これの欠点はカートリッジが飛行機に持ち込めないことだ。そこで、木の枝を燃やすだけで燃焼効率が良いというSoloStoveTitanを買って試してみた。すると火はよく燃えるが、火力調整は難儀だし、煤が出てヤカンが黒くなってしまう。何も欠点があるもの。ランタンはLEDの電池式が良いと思った。
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バーべキュー用ではないが、アウトドアの焼き鳥や焼肉はうまい。「岩谷産業の「炉ばた大将 炙家(あぶりや)」は優れもの。直火を使わず、赤熱させた輻射板の熱で焼くので、ムラなくじっくり焼けるカセットガス炉ばた焼き器。強火から弱火まで無段階の火力調節が可能。食材に合わせた焼き方ができる。価格も4800円と割引価格でお手ごろ。車で運ぶからサイズも気にならない。網焼きはもちろん、焼網をはずして串焼きステーを立てれば、串焼きもできる。着火も簡単で、焼き鳥も簡単。お湯も沸かせる。イワタニのカセットコンロ用LNGカートリッジはスーパーなど、どこでも売っている。
 
#IMAGE|e0195345_12124470.jpg|201506/30/45/|mid|350|350#]何だかんだ計算すると釣竿とクーラーも新調したので10万円もかかってしまった。アウトドアにお金を使うのはここまでにしたい。

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 梅雨の季節となり、新潟も土日は雨という事だが、長男のいる前橋に行くとお天気は晴れ。土曜日の午後、新発田から出かけ、前橋の長男宅に一泊して、翌日の日曜日はお天気もよさそうなので、沼田インターから30分ほどの所にある吹き割りの滝を見に行った。沼田のインターを出て、「街道」は豚カツ街道と言われ、とにかく豚カツ専門店が並んでいる。1年前に行った「あずま」、金重などの豚カツ店が並んでいる。そこを抜けて山道に入って暫く行くと、吹割滝に行き着く。滝の入り口を間違えたせいか、上流の方に行ってしまった。見事な新緑の谷。
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吹割滝を眺望出来ますという看板のある土産物屋の駐車場に入り、展望台があるので見下ろすと、はるか下の方に滝らしき景色が見えた。川の岩場の中に割れたようになっていて水が流れ込んでいる。そこからの眺望を楽しんだ後、すぐに、滝の入り口に入ると、駐車場と土産物屋が並んでいた。車はそこに置いて、売店の並ぶ通路を通り、斜面を下って行くと、滝のある川辺に行き着いた。そこから滝の場所まで、歩道が整備されていて、コンクリートの道を他の観光客と並んで歩いて行く。目の前に、吹割滝が見えて来た。川が真中から割れてその割れ目に吸い込まれる不思議な光景であった。川床は大きな岩盤で浸蝕で割れ目になった所に水が流れ込んでいる。国の天然記念物である。
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 韓国の朴槿恵大統領の日韓の歴史認識は独善的で、日本にとっては迷惑だが、彼女にはそれなりの理由があるのだろう。慰安婦問題では国民を煽り、日本を貶めることによって政権の失敗を国民の目からそらそうとしている。これは、あの李 明博(イ・ミョンバク)前大統領が使った手だ。確かに、1965年に戦前の日本の国としての債務は無くなった。そこで、個人請求権はどうかということになった。この部分は国際法上の議論点である。
 当時、日本が尖閣諸島の領有権問題で中国と関係が悪化し、さらに2011年の東日本大震災で苦境にあった時、その弱みに付け込んで竹島に上陸、韓国の実行支配を正当化し、日本攻撃を始めた。これは彼の経済政策の行き詰まりを打開するための人気取り政策とも言われるが、当時、韓国経済はサムソンなどの好調に支えられ、反面、経済の長期低迷と政権の交代で日本は弱りきっていたことに乗じたものであった。政権を受け継いだ朴槿恵大統領は、前大統領の政策とは違う形での日本叩きで韓国人の共感を得なければならなかった。初めての女性大統領であるという重圧もある。そして問題は、彼女が、日韓基本条約を締結した朴大統領の長女であるということである。朴 正煕(パク・チョンヒ)は日本と韓国の国交回復の立役者であり、このときの賠償金を元手に韓国経済は活性化し、今日の姿がある。朴 正煕は1979年10月、暗殺された。彼は、何度も暗殺の難に遭遇したが、彼の夫人をその際誤射によって亡くした。朴槿恵にとっては両親をそうした政治的な事件で失うという悲劇を味わった人である。今でも父親の朴は歴代の大統領で最も人気の高い人物である。
 韓国では、歴代大統領は政権交代後、告訴されたり、全斗煥のように死刑判決まで受けたり、悲惨な結果を迎えた例が多い。日韓基本条約は独裁政権下で、日本の賠償義務は国家間では存在しないことになった。朴槿恵は両親の悲惨な結末や、歴代大統領の退任後の不名誉を考えると、どうしても、日本批判のターゲットが欲しい。父親の締結した条約の韓国人にとっては不備であった個人補償に目をつけた。そこで登場したのが、慰安婦問題であり、また、徴用工の賠償裁判である。朴の方針は一貫しており、この点は彼女の生命の危険も合わせ、守らなければならない点ー建前なのである。親日の父親の背負った「負の遺産」を彼女がかかえているという現政権の宿命を頭に入れて、今後の日韓関係も考えねばならないのである。
 慰安婦問題は日本をターゲットにした国内問題であることは以前からいわれてきたが、その中身を見るべきだ。最近、竹島(独島)問題は殆ど話題にならなくなったことに注目したい。
 日韓条約はクーデターで政権をとった朴の強権的政策の中で行なわれ、民意は無視された。統制的な軍事政権下では民主化などの運動は徹底して弾圧され、人権上問題のある拷問や政治犯の投獄なども行われた。日本との友好姿勢も国内の民族主義者から敵視される背景となった。後に大統領になった全斗煥、盧泰愚らも朴のクーデター支持者として大統領の地位を得たし、金鐘泌らも軍閥が首相などの地位を独占していた。

 日韓基本条約は1965年に締結された日本の韓国に対する莫大な経済協力、韓国の日本に対する一切の請求権の放棄、それらに基づく国交正常化が取り決められた条約であるが、今も、韓国の戦前の債権請求拒否に関する根拠となってきた。韓国人は外交に関しては当時の軍閥政権には反対できる時代ではなかった。最近、韓国高等裁判所が戦時徴用された韓国人の日本企業に対する賠償請求を認めた。戦時、日本が韓国民に多大な苦痛を与えたことは事実であり、そのことについては反省やお詫びをしてきた。しかしこのような話は、1965年の日韓基本条約や請求権協定で最終解決したはずだという日本の理屈は、韓国人にとってなかなか納得できることではないのだろう。しかし、日本は国際法上のルールに従って交渉もしており、その条約の結果韓国経済の今日の発展があるという歴史的事実も韓国側世論は認めようとしていない。
 
 何を言いたいかというと、今の韓国の朴槿恵大統領の頑なな態度は、父親の朴元大統領の偉業から脱して、自己の政策を構築するというより、過去の大統領の悲惨な末路から見ても自分の生存をかけた戦いであり、日本に妥協することは死を意味するのである。彼女にとって、妥協は許されない。1965年当時と比べると、セクハラや女性蔑視の韓国であるにもかかわらず、その反動、その現実を隠すかのごとく、慰安婦という幻影を登場させざるを得なかった。もともと、韓国は男尊女卑の国。1965年当時はもっとひどかったろう。アメリカの韓国人に慰安婦問題において過剰反応する人が多いのは時代の変化を物語っている。朝鮮においても女性の権利の高まりは徐々に訪れている。これは歴史認識の問題という彼らの手に乗ってはいけない。彼らはこれを解決するつもりなど無い。声高に叫ぶことが現政権の生存の道だということだ。だから、彼らの認識を正そうとか、歴史的事実を検証するといったことは全く無駄である。こうした姿勢を正すためには、韓国経済が崩壊して、彼らが日本の支援を欲しがるまで待つしかない。



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セイコーアストロン
GPSとソーラーで勝負!
 セイコーは今、グランドセイコーのスプリングドライブとアストロンで再生を図っているように見える。フォーマルな場を意識した装飾性の高いものはクレドールである。しかし、今やクレドールは勝負が付いてしまったのではないだろうか。クレドールは外国製品のようなデザインの統一性が無く、素材と波のマークだけで差別化しようとしている。
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昨日アストロンを買った。アストロンも7月から発売の限定版ジウジアーロモデルが登場。でも、自分にはそれほどのデザインの良さを感じなかった。セイコーの最高峰は今、グランドセイコーのスプリングドライブである。しかし、これも何となく、地味なデザインで、オメガやローレックスには美しさではかなわない。アストロンも、値段は20万円前後だが、あのスォッチ的なレベルのデザイン性ではないかと思うこともあり、よく見ると、チタンモデルも何となくオモチャっぽいのである。そこをスイスの時計はアクセサリーを越える高額商品に仕立て上げることに成功した。そもそも、時計というのは大人のおもちゃであるが、日本製はオモチャのままである。今日、時間を知る方法は腕時計が無くともいくらでもある。アップルウォッチも登場した。このなかで、GPSソーラーという機構が世界でどこまで通用するのか。日本の時計メーカーが、宇宙衛星も使った時間の表示にチャレンジしたという心意気を買って自分はアストロンのステンレスモデル、ホワイト仕様を買う事にした。チタンモデルは確かに軽いが、価格のわりに高級感が出ない。また、世界の高級時計でチタンを使ったものは少ない。オーディマピゲくらいではないか。このソーラーウオッチは結構時間あわせが面倒である。GPSの電波がキャッチできるところでなければ時間を合わすことができない。マニュアルには書いてあるが、国内にいるとあまり時間を合わせる必要を感じないから、いざ海外に行ったとき、操作方法を忘れてしまう。これでは面倒くさがり屋の外国人には通用しない。これもガラパゴス的製品かもしれない。
 セイコーはこれまで、クレドールなどの高級路線でスイスと対抗し、中上級の顧客開拓を目指したが、失敗の連続であった。しかし、セイコーエプソンのプリンター事業などの好調によって何とか支えられてきた。スイスの時計が再興できたことと逆なのだ。わが国の貴重な精密工業技術をセイコーは守ってもらいたい。かつて、1969年12月25日、世界初のクオーツ式腕時計「セイコーアストロン」が東京で発売された。価格は当時の小型自動車並みの45万円もした。クオーツ式誕生は世界の時計産業の勢力図を塗り替える出来事だった。しかし、今や実態は情けないことになっている。セイコーの時計売り上げは半減した。一方スイスは復活した。クォーツは時計の価格をどんどん下方に下げていった。そこをスオッチが逆襲してきた。70年代と80年代、電子腕時計と日本の時計産業との競合がスイスの時計産業を危機に陥れた。しかし、再編成の時期を経て、スイスの時計産業ば再び立ち直った。1986年に43億フランだった輸出高は、2012年には、214億フランに増大した。セイコーはクオーツの技術をオープンにして基本素材で儲けようとしたのがあだになった。90 年代前半までの高収益を支えていたのは,ムーブメントの外販と欧米高級ファッションブランドに対する時計のOEM(相手先ブランドによる生産)供給だ
った。それが、中国メーカーが参入して大幅に価格が下落した。それに加えて,高級ファッションブランドが自社生産へと切り替えた。中国や台湾が廉価なクオーツを大量に売り出し、価格が崩壊したのだ。それに対して、スイスはデザインで勝負してきた。スウオッチの登場である。
 今やクオーツ市場は5万円以下の価格帯でシチズンもセイコーも高級品をパクった商品で、自社製品との差別化に失敗している。カシオもGショックでGPS、ソーラーで10万円台のものを出した。シチズンもアテッサ、エコドライブは7~10万円台で勝負をかけてきており、デザインも良い。10万円台のGPSソーラーも発売、セイコーの20万円台はどこまで勝負できるだろうか。
シチズンのものは性能はわからないが、少なくともデザインと価格においてはお買い得な感じで、20万円を超えるものはアテッサでも少ない。カシオはオセアナスでセイコーと対抗しているが、所詮はヨドバシカメラといった家電量販店で買う商品である。
自分の買ったホワイトモデル。ステンレスである。白いタイプは唯一これだけである。
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繰り返すが、セイコーがクォーツを開発し、世界の時計は日本が席巻することになったのは40年も前のこと。当時、日本はジャパンアズナンバーワンの途上にあり、世界の脅威となった時代だった。あれから、バブルの崩壊、停滞の20年、リ-マンショックを経て、アベノミクスと、ようやくデフレからの脱却が見えてきた。クォーツの登場によって、世界の時計市場は日本のひとりがちになったかのように見えた。ところがどっこいそうではなかった。スイスの時計メーカーは正確さとか、多機能といった要素を求めず、時計を手工芸品としてのクラフトマンシップや、デザイン、装飾性に方向転換した、200年とか300年続いたスイス、ジュネーブの時計メーカーは倒産から再生へと舵を切ることに成功した。
パティックフィリップ、フレデリックコンスタンタン、オーディマピゲといった老舗も復活した。最古の時計メーカー、ブランパンも再編され、マニュファクチュールが主流である。これは超高級ブランドの話である。しかし、低価格帯はスウォッチでつなぎながら、工業的な製造と手工業の両方を生かしてオメガやローレックスも健在である。これら手工業製品は1000万円とか、家一軒買える価格なのだ。日本でも、陶磁器の壷が2000万円とか、数千万円するのと似ているのかもしれない。シチズンのGPSソーラ
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これは
同じくスォッチの71000円のモデル。デザインも良い。
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これはスォッチ81000円のクロノグラフモデル。デザイン性はなかなか 
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片や日本はSONYの停滞もそうだし、携帯電話市場もPC市場もスマホの登場で一変したが、日本の産業はガラパゴス化していたのである。より精緻で、多様な機能がついた商品を開発するのは日本がお得意である、そして、そうしたことに企業組織は発展していく。反面、製品価格は高価になっていく。ところが、それが一体何のために、誰に向けて、市場の要求がどこにあるかを無視して進んでいく。島国日本だけで通用するモデルが出来上がっていくが、国際的な競争の波にさらされると、あっという間に崩壊する砂上楼閣なのである。かつて、日本独自の製品であった軽自動車が、今や国内で大変な人気である。さらに、軽自動車の排気量拡大版が輸出または現地生産されているように、ガラパゴス化した環境で鍛えた技術を後ろ盾に海外進出をはかる例もある。セイコーアストロンがそうした日本の時計メーカ世界に対してここにありという流れが出来るかどうかである。セイコー、シチズン、カシオのGPS戦争がガラパゴス化を加速するのだろうか。海外ではこうしたビジネスバトルを冷静に観察しているに違いない。今回は、頑張れ日本、大いに応援したくなって、今回のアストロン購入となった。日本人は日本の時計を買うのが一番。

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 名古屋で今度は高校生が夜中に殴られ、河で行方不明になるという痛ましい事件が起きました。つい4ヶ月前には中学生がリンチされやはり川原で殺された悲しい事件があったばかりである。こうした事件が起きると被害者の通っていた学校の校長や担当教員がインタビューに出て、被害者の思い出や無念さを語るのが常である。しばらくすると、日本の教育がなっていない。ゆとり教育の結果だと、学校に矛先が向けられてゆく。しかし、日本の少年犯罪の少なさは先進国のなかでは群を抜いて低い。また、青少年の凶悪犯罪というのは教育というより、社会が混乱したり、家庭の崩壊といった学校外の要素のほうが大きな原因である。それをゆとり教育のせいだというならその根拠は統計的なデータを使って示してもらいたい。
 たしかに、ゆとり教育は弊害があった。しかし、それは新しい政策を実行するに当たり、何を変えるのか、ゆとり時間を使って何をすることによって創造力ある、個性的な人材を世に出すことが出来るのか。試行錯誤が必要だったのだ。着地点だけが示され、そこに至る方法が充分検討されなかった。競争とか、市場論理を持ち出せば解決すると誤解している輩が多い。大阪市長などがその典型である。日本が鳴かず飛ばずの20年の間に、マイクロソフトのビルゲイツやアップルのスティーブジョブズ氏を代表とする天才が、新しい情報社会を切り開いた。グーグルやフェイスブックがどこから生まれたのかである。こうしたビジネスリーダーが海外に留学したエリートたちなのか。グローバル人材は英語ペラペラ人物から生まれるのだろうか。日本だって、IPS細胞や、青色発光ダイオードの発明、その他中村博士、山中博士などノーベル賞を毎年のように取ったではないか。イノベーションは天才によって作られることがあるが、その背景には、それらを受け入れる社会、それを支える多くの人々があって初めて達成できる。ビルゲイツもスティーブジョブ氏も一時は落ちこぼれた経験がある。しかし、そうした人材を再出発させ、さらに飛躍させる環境もあったのではないか。市場原理も、競争も進歩を生み出す大切な要素である。FacebookやGoogleがそのような世界から生まれたのだろうか。
 しかし、日本が生み出した教育手法としての集団指導は世界でも稀な成果があったのではないだろうか。それでは新しい社会、グローバリゼーションやイノベーションを生み出す教育とは何かだ。個性を生み出すためにはそれなりの専門的なトレイニングが必要である。世界で活躍する人材は日本で鍛えられるよりは世界に既に出ている。文科省の政策ではない。全仏オープンで活躍した錦織選手は子供のころからテニスの個別指導を受け、アメリカの有名テニススクールに留学した。世界で戦う人材の育成というのは時間とお金がかかる。 世の中変われば教育も変化が必要だ。改革が不要というのではない。言いたいのは、そうして改革をするにあたって、何が間違っていたのか、そして何を残すべきものなのか、充分に検証したのだろうか。今日の欠陥を教員のせいにしたり、良きものまで破壊することはかえって弊害が大きい。国が何も変革しなければ、民衆は工夫をして対応する知恵を持っている。真っ当な努力が正しく評価され、個性を尊重する社会基盤が大切である。文部科学省行政の問題ではない。国の財政支援は戦略的に行われねばならない。教育にはお金をかけて人を育てるという姿勢が日本にはなさ過ぎる。文科省の役人は自分の子供を東大にいれるためにどれだけ金を使っているのか。塾、模試、私立受験校などだ。わかっているくせにやらない。

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