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地方創生 街と大学ー新潟県の事情

 アベノミックス戦略は最後の段階、というか、末期症状か。わが国が第二次大戦の負け戦で、最後に登場したのが学徒出陣であった。ドイツは子供まで動員した。経済再生にこうした層まで動員するほどなのだろうか。悲観的に見すぎるかもしれない。地方再生のキーワードは、人、金、物から考えると生産設備、住宅、施設(病院、福祉)、街、人材、仕事である。これらの要素は密接につながると言うより、社会の構成要素であって、立方体の面のようなものだ。大学生というのは生産者としては未完成である。立場はむしろ消費者である。地方創生のために学徒動員は困るといいたい。大学の機能を活用した人づくりの場が街なのである。
 行政担当者は学生や教員に街に出てきて欲しいという。学生はイベントの動員で、また、教員は高齢者向けの講演や講師などである。間違ってもらっては困るのは大学は人材派遣会社ではない。教育機関として、学生の人作りに貢献する内容であるかどうかが決め手である。とはいえ、お高く留まってお座敷がかからないのも怖いから、謝礼は安くとも、先生方は呼ばれれば進んで講演などをこなす。しかし、座学だけでは限界がある。大学の社会貢献は本来大学の持っている、パワーのある部分である。地域の中小企業に経営や会計の仕組みをアドバイスしたり、理系であれば、工場の製品の品質チェックなど。しかし、地方都市の衰退の原因は大学ではない。少子高齢化、そして、農業を含めた地方産業の衰退、雇用機会の減少、さらに都市消費力の減少による中心市街地の荒廃である。その結果、高校を卒業した学生は首都圏に行き、そこで大企業に就職できるかのような夢を持つ。新潟県で言えば9800人の大学・短大進学者のうち、21%は東京の大学に行き県に4000~3500人しか残らない。その分新潟県から若者が消えていくのである。今年から上越新幹線は長岡から富山に直行し、新潟市は通過もしない。こうした交通条件で新潟の大学進学状況が影響しないと言えるだろうか。大学の学生募集は経済状況、大学進学者の増減で決まるのである。
 国の政策では2014年6月の閣議決定、日本再興戦略で、大学が地(知)の拠点となり、地域の課題解決に貢献し、地域社会を支える人材育成や研究成果の還元に取り組むことが、地域の人口減に歯止めをかけることになるという認識にある。地(知)の拠点となるには
①グローカル化貢献型=地域のブランド産品開発や世界発信に必要な人材育成(学び直し含む)を通じた地域再生
②地元とどまり促進型=地元就職率の向上や地域での新産業・雇用創出などを通じた人口流出の抑制による地域の活性化
③地域コミュニティ再生型=地域医療、介護サービスの効率化・高度化に必要な人材の輩出、子育て支援、学び直しの機会提供等による地域コミュニティ振興により地域を志向した教育、研究、社会貢献を推進することから、雇用創出、若者の地元定着率の向上による若年層人口の東京一極集中の解消を図り、その為には地元自治体の基本計画との連携、地域の中小企業やベンチャー企業、NPOとの連携を進め、大学のカリキュラム面からも教育研究と一体となった取り組みを行うことが求められる。さらに、大学と自治体が組織的・実質的に一体となった取り組み、財政支援、建物無償貸与、人員派遣などを行うことにより、新規に80億円の補助予算が組まれている。地域社会の形成と人材確保、多様な就業機会の創出は一体である。地方への新しい人の流れを作るためには地方大学の活性化が不可欠である。その為には高校生のときから地域に誇りを持つ教育の強化、地方大学の地域貢献への評価と取り組みの推進が必要とされている。
 国は地方創生のために「まち・ひと・しごと」創生法を2014年11月26日に12月2日には創生本部・総合戦略を策定し、地方の大学の役割を明記した。大学がその役割を担うためには、学生の就業機会も整備されなければ人材の受け入れには結びつかない。相互に関連がある内容であるがそれぞれのセクターが自分の仕事をきちんとこなすことが先は出発点であろう。
地方の私立大学が学生募集に苦労している事実は、東京一極集中と、地方経済の衰退、都市の人口減少という環境から来ていることは明らかである。その中で大学は何を行うかである。大学は
①「しごとの創生」と「ひとの創生」の好循環に貢献するプログラムを持つ。
②若い人が安心して就労し、希望通り結婚し、子育てが出来る
③地域の特性に即して地域課題を解決する
この3点を中心に教育の具体的なプログラムを形成することが生き残りの道である。大学はこれらの国家的意義のある地方創生に地元自治体(県・市町村)と連携し、自治体独自の地方創生策を提案することに貢献していくことが求められよう。地方の大学は単独の自助努力では解決できない大きな社会変動の中にあり、地方自治体との連携が今日ほど求められる時代はこれまで無かったのである。font>

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by katoujun2549 | 2015-01-28 13:16 | Comments(0)
1.法医学と監察医の不足

高木氏は専門家として法医学の重要性を訴えている。とにかく、東京23区では5人に一人は畳(ベッド)の上で死んでいない。人間の死は予期することが出来ないことが多い。ましてや殺人や、自殺というのは思いがけない時におきる事件である。日本には法医学専門家はきわめて少ない。本当は殺人であっても闇に葬られる事例は多々ある。それは日本に司法解剖できる医師が150人しかおらず、経済的にも恵まれないため増えないという単純な理由からだそうだ。埼玉で車の中での練炭自殺が女性による他殺であった可能性が高い事件があった。これは胃中に睡眠導入剤が入っていたことが解剖で分った為に発覚した。その前に東京で起きた他のケースでは自殺とされて解剖されないまま葬られてしまった。そうした事例別に現代における異常死の実態が語られる。

2.毎年2割は畳の上で死んでいない

 2008年東京都23区で亡くなった方は6万8011人であったが、そのうち異常死は12,989人、全死亡者の19%にのぼる。厚労省では09年で13%が異常死で届けがあった分で、実はそれ以外の地域は検査医が不足し、うやむやになっている。東京都は厳密に行なっているから、全国的には大体2割以上であろう。自殺も途中で発見されて病院で死亡するケースが死者と同数位3万人いると言われている。日本は世界でダントツの自殺大国だ。2,661人が行政解剖されている。実は我が国で全ての死因究明がなされ判定されているのは東京都がトップで他の地域はかなり曖昧なのだそうだ。異常死された方の69.1%が病死、事故死8.6%、自殺15.3%、他殺(司法解剖)2.1%、その他も大体7割が後で病死であることがわかる。平成20年に東京都で自殺した人は1,981人で一番多い方法が縊死1,084人だ。次が飛び降り386人中毒174人交通機関101人と続く。電車に飛び込む人は何だか最近多いように思うが、数としてはそれほどではないのだ。人騒がせなだけで、中央線では月に1回くらい飛び込みで電車がストップして混乱している。他にJRでは山手、京浜東北、東海道、総武線などだが、他の私鉄10路線を入れて2ヶ月に1〜2回でそんな数になるだろう。

3.人間どこで、どんな風に亡くなっているか

2009年サウジアラビア ジェッダの洪水
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 人間どこで死ぬか分らない。サウジアラビアでは砂漠では渇きによる事故死はそれほどなく、むしろ溺死が多いのだ。確かに、昨年ジェッダで洪水があり、106人も亡くなっている。えっそんな場所で?というようなことがある。日本では風呂場での溺死が多い。もっとも、溺死というより、入浴中に虚血性心疾患や脳疾患になったケースが殆どであるが、特に危険なのが飲酒後に風呂に入ることなのだ。交通事故よりはるかに多い人数である。交通事故、火事等の事故死、登山、今年の熱中症、脳出血や心筋梗塞による突然死、老人に多い誤嚥、海や川での溺死、様々な方法での自殺など、場所と方法は極めてバラエティに富んでいる。彼の話では、最も悲惨なのは最近増えた練炭とか、硫化水素による中毒死だそうだ。遺体は変色し、練炭の場合は腐敗が酷く、硫化水素の場合は超人ハルクのような緑色の腐乱死体のようになるんだとか。そんなケースがこの本には網羅されている。

4.寂しい死に方

 腹上死とか、自慰行為中に突然死することも意外と多いのだ。昔、博多の中州にある河太郎という料亭に出張するとよく行っていたが、これはソープ街のそばで、2時間程いると必ずといってよいほど救急車が来ていた。ピーポピーポという音が聞こえてくると、仲居さんが、あれ、またですよといっていた。歌舞伎町のビデオボックスで死ぬ人はかなりいるんだそうで、その多くは50歳代。そう言えば、昔、宮内庁の侍従だった方がソープで腹上死している。あの渡辺淳一の小説、失楽園にあるように合体したまま硬直することはあり得ず、都市伝説の一つということである。

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by katoujun2549 | 2015-01-28 13:14 | Comments(0)
 ブレッソンの有名な作品「決定的瞬間」

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ブラジルの生んだ鬼才カメラマン、サルガド。彼の作品には人を敬虔な気持ちにさせ、厳粛な、神の目を思わせるものがある。自分がこれまで、好きだったブレッソン、キャパなどの作品はエスプリやユーモアも感じるが、彼の場合は、誠に真正面から人類の課題に向かい合っている。疲労感があるが、テーマが深刻なだけにやむを得ないだろう。自分の好きな写真群にサルガドを加えたい。5年ほど前、銀座のライカショップで彼の写真集を初めて見て、その恐ろしいほどの地球の姿、人間の業に驚愕した。写真集を欲しかったが、その内容が怖い感じがして手が出なかった。かつて、ブレッソンのマグナムフォトが一世を風靡したが、写真の可能性にパワーをもたらす内容である。彼は今週のNHKのTEDでプレゼンテーションをする。世界の貧困、戦争、飢え、環境破壊を写真を通じて世に問うてきた。彼はパリ大学で経済学博士となり、世界銀行に勤務し、この社会の現実に対し写真を通じて現実を訴えることを始めた。祖国の熱帯雨林の復活を訴え、森と緑、大自然のすばらしい営みを伝えてくれる。GENESISという写真集を出している。8500円と高いが、アマゾンで購入することとした。彼の記録は今年の6月にドイツの監督ヴィムベンダースが映画として公開する。


ロードオブザリングのオークのような労働者ガうごめくブラジルの金鉱山
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アベノミクスの大胆な金融政策、機動的な財政政策は効を奏し、株高と円安をもたらした。消費税の増税の結果があまり良くないとはいえ、この程度で収まったなら成功であろう。ところが、民間投資を喚起する成長戦略がついてこない。地方の給与水準はあがらず、大手企業のうち、国際企業の業績は良い。しかし、
一部の大企業を除き、イマイチの景況である。その原因は地方の産業に活気が無いということである。これを打開するために、石破大臣先頭指揮に地方創生の掛け声が高い。これが、かつての公共事業ばら撒き型にならないことを祈る次第である。確かに、地方を活性化させることこそ日本経済活性化の条件であることは正しい。しかし、そこは最終到達点でもある。地方の隅々まで行き渡るということは最高の結果であって、ここまでどう到達できるかである。そこに至る道とそれを阻むものをどう乗り越えるかのロードマップができるかどうかである。今年中にとか、予算編成でなどというのは掛け声だけであって、これが出来れば世界をうならせる話である。
自分は新潟に来て2年半。新潟という土地の風土に親しみ、とても気に入っている。雪は多いし、東京までは結構遠い。しかし、新潟には東京には無い人情も、和の精神も健在である。東京には無い、本当の日本がある。そう考えれば之も財産ではないだろうか。新潟はスイスのように風光明媚である。ものづくりでは時計などの精密機械、金融、そして観光はスイスの売りであるが、新潟は食の多様性にも満ちている。スイスは所得も高く、物価も世界一だが国民は満足している。その理由は何と言っても「平和」という財産である。映画、第三の男で、犯罪者、ハリーライムが新聞記者の主人公に、スイスの平和が生んだのは鳩時計ではないかとあざ笑うが、実際はそうではない。戦争終結直後のことだが、ヒトラーもいない、戦場にはならず、世界中から有能な人材が集まり、国際機関もジュネーブに集まっている。うらやましい限りである。日本もそんな国になって欲しいというのが終戦直後の日本人の願いだった。国の大きさ、人口、国際関係の違い、中国との関係など、そえはスイスとは同じではない。しかし、日本人が夢見る分には只ではないか。
新潟県は豊かな自然、美味しいお米、酒、妙高や長野の山岳地帯にも近く、佐渡をはじめ観光資源も多い。しかし、不足しているのは「人」である。人材がいないというのは悪口のようだが、何も、基準を東京においている訳ではない。新潟の良さを生かす人材のことである。自分の生活の周辺より、東京や大阪の方がよく見える。地元の人間は劣って見えるものである。しかし、自分はそんなことよりも、これからの日本が必要とされる人間は世の中に奉仕する心を持った若者である。特に「おもてなし」の心を持って仕事ができるかどうか。誠実とか、正直、誠心誠意という徳性を新潟の人は他県より多く持っているように見える。これはサービス業や第三次産業には必要な能力である。こうした特性は他国のモラルの乱れた、殺人や泥棒、さらに人をだましたり、うそをついても平気な国々の実態をみても大きな違いではないだろうか。アベノミクスは消費税を増税したから、消費が上がらない、給与が増えないから物を買わないという理屈は間違ってはいない。しかし、それだけであろうか。人に満足を与える商品がどれだけあるだろうか。ユニクロは何故売れたか。トヨタの車はどうか。それは何も売れるものを作っているだけではない。それを生み出す人の力があるかどうかなのである。物を作っても、アフターが悪ければ売れない。サービス精神や、顧客を引き付ける商品は、人と人の関係から生まれる。自分のいる大学は、リベラルアーツというコンセプトである。そんなもの役に立つかという問いをしばしば聞く。大いに役に立つと言いたい。これまでの重厚長大、生産性の向上だけでは日本は生きていけない。これらは世の中の動きに敏感な若者、そしてそれは顧客との丁寧な交流の中からまれるのではないか。その為には偏らない、幅広い教養が求められる。国際的にはさらに必要である。人種、宗教、民族の差を越えて交流するには語学力が必要であるが、そこで何を語るのか、人間関係を持てるのかが課題である。資格も専門知識も、もちろん必要だが、先は人なのである。重厚長大、富国強兵からどんな人材が生まれただろうか。わが国が必要なことはこの国が生み出したものをいかに有意義で、魅力のある商品として訴えるかである
 製造業でも課題は一緒である。サービス業の生産性も大切である。基準は難しいが、分かりやすく言えば、日本の偏差値の高い学校には傲慢な学生も多い。学生時代、よく勉強した人、競争を乗り越えてきた人は自分中心になり対話が出来ない人が多い。そんなことでは何も気がつかずに自慢話でおわってしまうだろう。その点、新潟の人はもって生まれた謙虚な人柄が必ずや貢献するはずである。優れた商品を魅力的にするのは介在する人間の力である。使わなければ分からない。使わせるためには人が進めなければなりません。景色が良いかどうかは行って見なければわかりません。酒を味わうにはよき交わりが無ければ美味しくない。新潟はそれが出来る。販売や営業、サービス業はこれからの日本がさらに充実させるべき産業である。そして、これは何と言っても人を幸せにすることができる。そこに有能な人材を育てることが出来る大学であるかどうかである。そうした人間教育が出来るかどうかが大学の未来を決める。新潟の財産は人であるといえるようになろうではないか。

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野村 with NISAのテレビコマーシャルで若奥様に扮して、空を飛んだり、明るい笑顔の素敵な女優は誰か、ということで調べてみたら、宝塚の元トップスター 花総まりさんだった。彼女は退団後、4年ほど充電して、最近また、演劇を中心に復帰した方である。自分は宝塚はあまり見たことがない。30年ほど前、1度新宿のコマで見たが、美しい公演でとても楽しかった記憶はあった。テレビCMは次の通りhttp://matome.naver.jp/odai/2137544589650604401
日本の芸能界は、ファッションモデル系とか、映画系、アイドル系などいろいろルーツがあるが、この宝塚系というのも大きなパワーを持っている。特に、彼女達はそのキャリアを利用して、様々な日本のエリートに食い込んでいる。国会議員や官僚の配偶者として相当な数がいるのではないか。公明党系とかばかりではないだろう。特に、中国との交流等では裏方でいろいろな貢献をしているのかもしれない。しかし、芸術とか、演劇等は、反権力とか、庶民のものという先入観があり、大体、歌舞伎の名家とか、宝塚の様な権力者のペットみたいな立場は好きではない。人気アイドルこそ芸能会の原点。しかし、歌手上がりのタレントやモデル系等、姿は良いが、演技や声等なっていない俳優が、自分の欠陥にも気付く事無く、ノウノウと出ているのには嫌気がさす。その点、宝塚はさすがである。
 アメリカでは、アクターズスタジオという登竜門があって、マリリンモンロー、ジェームスディーンとか、卒業生がハリウッドのスターのマジョリーティーかもしれない。俳優というのは、発声、演技、体力など、美醜以外にも多彩な能力を要求される。ヨーリッパなどでも、アイドルだけでは人気は長続きしない。フランスにはコメディフランセーズ、ウィーンのブルク劇場に出れば一流とか、俳優を育成する仕組みがある。また、人気があるのは映画ではなく、オペラ歌手であり、名声は尊敬も併せて得ており、美貌だけではスターにはなれない。その意味において、厳しい修行を得て、選抜されて上昇していく仕組みを宝塚は保っている。この亜流が、AKBであろう。より大衆的な意思決定が働く仕組みが人気の源である。自分は宝塚をあまり好きでなかった理由は、この学校教育的偏差値至上主義の延長にある宝塚の選抜方法が厭だったからだ。そして、その後はまた、星組トップとかランクがあって、宝塚ファンはその世界に酔いしれる。有楽町の宝塚劇場で公演が終わると、楽屋から出て来るスターを待ち構え、ファンがきちんと統制の取れた整然とした隊列でお出迎えする姿は何とも恐怖感を感じる。あれは一種のファシズム。しかし、この花総まりさんは、お姫様役として、大活躍で、ダンス、バイオリン、歌唱など多彩な力量を持ち、かつ、姿も可憐で美しい。じぶんはこの手の顔立ち、気品、明るさ等満点女優だなあと思って見ている。ファンと言えばファンだろう。こんな人周りにはいないからスターなのだ。e0195345_11354051.jpge0195345_11351948.jpg

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嘘だらけの日韓近現代史 倉山 満著 扶桑社新書

 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は16日に韓国ギャラップが発表した世論調査で、支持率が35%と就任後もっとも低い数字となった。彼女はとにかく韓国で評判が悪い。その矛先を日本の歴史認識に向け、従軍慰安婦で国内の目をそらそうという行動が目に余る。本当は歴史認識がずれているのは韓国自身であり、特に現代史においては捏造と空想の産物である。この点では異議は無い。韓国の李氏王朝は日本との関係においてどのような経過であったかをまともに語れば国家の歴史として、特に教科書においては困ってしまう。朝鮮は中国に対する事大主義的な関係が本質であり、これを国家として誇れないことから、解釈を捻じ曲げざるを得ない。19世紀後半から近代化の歴史、さらには日韓の関係から反日という色眼鏡で自分たちの歴史を見ざるを得ない情けない事情につながる。腐った超激辛キムチを食べろといわれても無理なのである。
 日本と朝鮮は古代の新羅と大和朝廷、元寇、秀吉の出兵、李氏との通信使交流、そして征韓論、日清戦争から日韓併合迄の関係を軸に歴史的な関係を経て今日に至っている。明治政府と清国、李氏王家の大院君、高宗、閔妃の政治的な動きから、壬申事件や甲申事件、日韓併合から李承晩時代、朴〜金大中へと韓国現代史が概観される。このあたりの事情は日本の歴史教科書でもそれほど詳しいわけではない。自分も認識を新たにした。
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閔妃の写真。韓国の閔妃を描いた歴史ドラマでの衣装とはまるで違う。時代考証はでたらめである。近代になって宮廷は白ばかりではなかったが。ヘンテコな髪型に注目。下が韓流ドラマの衣装
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 しかし、日本政府につながる刺客が、一国の皇后を暗殺したことは、下手人が仮に日本人ではなくとも、どう考えてもその国の国民にとっては許し難いことであろう。著者は日本人説を否定しているが、実際に切った人物も特定されている。他の宮女と一緒に切ったので分からなかっただけである。当時の列強のアジア政策や、閔妃が開明派を虐殺したり、中国とロシアの間に立って日本にけしからん動きをして自己保身していった朝鮮王朝の国民を考えない政治に朝鮮の民も辟易としていたにしても、やはり、これは現代の政治感覚からは異常なことで、これも反日の材料になってしまう。これを認めざるを得ないだろう。この著者は秀吉の出兵も大したこと無いようなことを言うが、攻め込まれた国に取っては、大きな厄災であったことを考えないのだろうか。

 確かに韓国側の歴史表現のイカサマが語られるのだが、著者の言う正しい日本の歴史というものが怪しい。韓国側が間違っているから自らの言う日本側の歴史認識が正しいという保証は無いのではないか。また。竹島など韓国に実効支配されている領土については相手を歴史認識から説くことは出来ない。とにかく相手は南も北も、なりふり構わない、自己中心の国であり、そこと国境を接していないことだけでも有難い話なのではないかとも思うほどだ。しかし、出来っこない日本との歴史認識の対話などあきらめて、パワーバランスで押し捲るというのしかないというのが、著者の考えかもしれない。そのあたり、本書にもあるが安部首相と意見が一致しているのだろう。本書の最後は安部首相礼賛で終わっている、世にも珍しい意見の持ち主である。

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国家の暴走 安倍政権の世論操作術 (角川新書 )
古賀 茂明 (著)

 元官僚の古賀氏が安部政権の危うさを見事に露にした。安部政権の情報操作術、政策のまやかし、彼が行おうとしている政治手法など、新聞報道では見えない部分である。というのは政治報道はそれぞれの政策や法案の相互の関連性、影響に関しては説明が無いことが多い。安部政権を支える麻生、谷垣、高市といった悪巧みの達人、さらに言論操作のために長谷川三千子、百田尚樹といった右翼的文化人をNHK委員に取り込み、自分の国粋的な考え方に沿った経営を目指している。いかにも公明公正な態度で政治を行っているかのごとく国民には見せておきながら、その隠された意図は見え見えである。彼の目的は日本を戦争の出来る国にすること。富国強兵路線である。もちろん、戦争を行うなどという言葉は絶対に言わず、積極的平和主義といったごまかしの言葉を多用する。これは手法としては、戦前の日本が辿った道を辿っている。岸伸介以来の右翼路線を抱え、対外的に列強入りを目指そうとするものである。日本の敗戦の教訓を反古にし、靖国参拝、憲法改正に向けて、着々と準備を進めている。集団的自衛権、機密保護法、武器輸出三原則の解除など一連の政策が強引な手法によって、議論を排除しながら進められている状況を説明している。
安部政権の経済再生は地方創生がキーワードとなりつつあるが、実際にはこれはこれまでどおりの公共投資による底上げにすぎない。彼の狙いは、防衛産業の拡大によって産業を活性化させようという禁じ手を手に入れたことである。その危うさに関して、また、安部氏の嘘を見抜いている。
安部晋三政権は民主党の政策運営のまずさを一転して、官僚と政策運営スタッフ、特に日本銀行の無策を黒田金融緩和によって方向転換した功績はあるが、その後がうまくいっていない。様々な構造改革、特に農業やTPP交渉といった大きな課題、また、経済再生のシナリオも、財政出動頼りで、その効果が疑わしい。
古賀氏は経済再生の安部政権の手法が、想像力や推察力を欠いたおざなりなものであることに危機感をもって批判した。そして、彼の経済再生のシナリオを述べている。個々の事例部分は実際には実行するには難点やリスクがあるはずで、そこにはあまり触れていない点が弱い。しかし、今の政権や各党の性格に関しても、分かりやすく、氏独自の考えで分析し、説明がなされている。

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住居論―家というハードが生活に及ぼす影響について

 
 和辻哲郎の風土という随筆に、人間の営みとしてその土地の歴史や気候、植生、農業にその文化やライフスタイルが形を定められていく様が書かれて興味深い。これはある種の地政学的な戦前の日本の戦時体制にもつながる影響のあった考え方。戦後は忘れられたが、高度成長後再び見直された。
ちなみに、地政学(geopolitics)はカントに始まり、軍事戦略論でもあり、カールリッター、フンボルトの伝統を受け継ぎ、ドイツでは人種論やハウスホーファーの地政学が一国の政治を左右した。何も風土論が直接関係があるわけではないが、こうした地政学はその国の文化、哲学、政治経済など広範囲に結びつきを持って語られることが多い。

 鷲田清一さんの身体論にあったが、居住と人の心とは密接なつながりがある。
 鷲田さんが介護空間に関して書いている。「木造家屋を再利用したグループホームという空間では、ひとのふるまいが制約されているということとひきかえに、伝統的な暮らしを取り戻す可能性がある」「木造家屋を再利用したグループホームという空間では、そこで暮らす者にとって、身に付いたふるまいを残しつつ、他者との出会いに触発されて新たな暮らしを築くことができる」。木造家屋に残された過去の暮らしに失われた記憶を蘇らせ、痴呆の改善効果を狙っている、建物との関わりによる治療効果、あるいは進行抑制効果があることは、介護、精神医療の世界では認められつつある。

 自分は、住宅の仕事を以前やっていたこともあり、住宅の持つ可能性には関心がある。東京医科歯科大学での修士論文にも書いたのだが、慶応大学の渡辺朗子先生の研究(頭の良い子が育つ家)では、有名お受験校、慶応、開成、麻布、櫻蔭、女子学院などの合格者では、個室で勉強していた子供が極めて少ない。むしろ、自分なりの勉強場所を見つけており、それもかなり多様である。学習空間を自分の方法に合うように選択している。社会は家族のいる場所、算数は自室とか、学習の内容によって変化している。しかも、結構「ながら族」も多い。むしろ、家族のいる空間が多い。それは、最難関校受験は、子供だけの思考ではとうてい解けないレベルの問題もあり、時事や、思考レベルを大人と「同期」し、小学校での受け身の学習やただの暗記から脱していなければ、他の強豪受験者から1歩ぬけだすことは出来ないということなのである。これは介護空間でも同じことである。自分の長男が法曹を目指して頑張っていたが、その時も、大学受験や司法試験のときも家の勉強部屋を使っている姿を見たことが無かった。家を勉強の場として考えていないのである。聞くと、図書館とかロースクールの勉強部屋、あるいはドトールやサイゼリアなんだそうである。自分が落ち着く空間というのは自分で見つけることなのである。

 要介護者を個室の限られた空間、たとえば病院の個室などに長期間寝かせておくことは、介護する側は楽だが、患者に取っては生きるための多様な刺激を遮断してしまう。だから、むしろリビングのような開放空間で、周囲の目が注がれるところが、精神的にも、病気への抵抗力、免疫力の増進にも効果がある。これは重介護の典型であるALSの患者を介護するには、そうした、家族に囲まれ、また、外部の訪問看護が容易にアクセスできる環境が患者にはむしろ必須であることからも分る。患者もテレビを見たり、食事をしたり、本を読んだり、また、家族との語らいなど、行為は連続しているのであって、それを遮断する空間は、重篤な要介護者には好ましくないと思う。鷲田氏の身体論にはどのようなことがかかれているのか興味を持った次第である。
 
介護の問題にもふれ、彼のサイトにこう書かれている。「ケアの現場って自由じゃないものばっかりでしょ、死とか、病とか。しかもケアする方は、特に家族の介護とかいったら、もう奴隷みたいに感じることもある。なんで私がここまでしなければと、ケンカになったりもする。息子夫婦がケアを通じて危機に陥ったり、別れることになったり、そんなのいくらでもあって。ある意味では、他にしたいことがあってもケアだけは、職業であれ家族であれ、どうしても、仕方なく、と、必然の世界と思われていたけれども、「弱いものに従うことこそ自由である」と。だから「めいわくかけてありがとう」、そういえるような関係に、自分が入れた、すると本当の意味での自由に自分は触れた、というふうにつなげていきたい。こっちにたこ八郎がいて、こっちにパスカルがいて(笑)。そういうモチーフが、いま、僕にはあるんです。」  
 バリアフリーという言葉が介護では常套句である。しかし、家というのは、便利であるというだけではない。家具も含め、そこに住む人の思いや、柱や梁、欄間、床の間や棚など人の思いがこもっている。しかし、そこで転んで頭を打ったり、浴室で滑って大怪我をするのは困る。大たい骨骨折など高齢者が時々半身不随になる原因である。しかし、建築において敷居とか、階段は大切なデザイン空間だ。ツルンとした事務所のような空間が良いとは限らない。デザインや壁の色、家具など、アメリカのアルツハイマー高齢者のホームに行くと1960年代のポップなアートやコーラのポスター、マリリンモンローの写真などが壁をにぎわせ、入居者の過去の記憶を甦らせるよう工夫されている。高齢者の過去が遮断されない工夫が求められる。高齢者の場合は照明の明るさなども課題である。照度が足りないと、目が夜も活性化して眠れない人が出てくる。バリアフリーというのは歩行に不自由を抱える高齢者、車椅子介護という課題解決のための方策と考え、高齢者居住には様々な工夫が必要である。

 アメリカの認知症高齢者ホーム:レトロな過去を蘇らせる工夫
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では、若い人の住まいはどう考えたらよいのだろうか。特に、17~18歳になると、
どうも、1人住まいにあこがれるようである。田舎から都会に行くということとアパート住まいというのは同義だったかもしれない。今日問題となるのは、部屋から出てこない「引きこもり」である。そこで、ゲームやSNSに一日取り込まれて、外からの人間関係を拒否する若者が増えている。こうしたグループが一方の極とすれば、学生寮とかコミュニティリビングといった集団生活の楽しみを期待する連帯派もいるのである。学生寮というと、個室の生活が優れているかのように思うが、今の大学生はそうした個の生活に思いのほかなじんでいない。誰かの部屋に入り浸ってしまったり、折角の個室から抜け出そうとする若者が実際は多い。だから、その作り方が難しい。痴呆高齢者のグループホームに行くと、個室で生活を楽しんでいる姿より、コミュニティスペース、談話室に車椅子で集合してしまっている。特に問題なのがライフスタイルとそれに伴う身体的な変化である。ある設計者の話だが、今の人は年配の人でも和室に正座、または胡坐でも、10分もたない。例えば、旅行で和風旅館に行っても、背もたれが無ければ我慢が出来ないし、大抵横になってしまう。だから、昔のように旅館で宿泊の部屋で食事をすることも減っている。さらにトイレではもう、昔の和式トイレは嫌われていて、ウォッシュレット付でなければ我慢が出来ない人が多い。昔は女性はかまどで火をおこし、トイレもしゃがんでいたから、背筋とひざの関節が強かった。ところが今はそのような姿勢が殆ど無い。これが最大の原因である。そうした身体的変化の影響が居住には大きく影響するのである。若い人はワンルームなどベッドと机さえあれば後は、ベッドをソファー代わりにしたりする。また、かえって、和室一間というのは便利。万年床で家に帰ればごろりとなるだけというライフスタイルもある。まあ、あまり格好の良いものではない。自分もびっくりだが、学生などはお風呂に入らないでシャワーだけで平気である。これには自分も驚きであるが、親は何かと子供の入浴を気にして、風呂風呂というが、実際は後の清掃とかが嫌で、あっても使わないそうである。今の子供は、昔のように風呂の掃除だとか薪割りなんぞはやらない。確かに自分のような貧乏人がする海外旅行ではホテルに風呂が無いところが結構多いことに気がついた。

 病院の療養病棟などはナースステーションの横の廊下などで、高齢者が車椅子に乗ったままボウーっとしている光景を見た方があるのではないだろうか。病院もそうだが、同じベッド、同じ机ではそこにいる個人の存在感を失うのだろう。マイスペースをどこかに作る用意が必要で、それは窓辺であったり、バルコニーであったり、様々なのである。合理的な空間は無駄が少ないだけ息も詰まってくるに違いない。

 人間が生活する上で、最も大切な事は「衣食住」である。もちろん、心の世界における満足、家族関係、友人や地域、職場での人間関係が人の幸不幸に関わってくることは当然である。しかし、これらも「住生活」の中で行なわれている。昨年の日本の自殺者は何とか3万人を超えなかったが、毎年3万人を超える自殺者が10年以上続いた。その原因も、居住という問題とは無縁ではない。自殺者が多いのは冬の雪深い山形県や新潟県である。そこで高齢者は閉ざされた空間で鬱状態になりやすい。また、近年、高齢者を中心に、何と、溺死が毎年14,000人もあり、これはバスタブが平たく、足を伸ばせるようになったから発生する現象で、昔のように風呂桶であった時は膝を曲げて入っていたら発生しない事である。実は自分の祖父も、叔父も風呂場で亡くなっている。この自殺者と溺死者、交通事故死を合わせると、年間5万人、10年で50万人である。これは戦争でもあったかのような犠牲者である。これはアメリカの南北戦争に匹敵する死者であろう。かなり、改善されたが、新建材や接着剤から出るホルムアルデヒドなどの気化ガスによるアレルギー現象、いわゆるシックハウス症候群といった問題は、建築基準の改正でも今も無くなっている訳ではない。また、ひところ、高島平団地が自殺の名所になったことがある。団地の画一的な空間が「死」を誘うのである。箪笥にゴンという有名なコマーシャルもあったが、家の中、インテリアなども時には凶器になる。死なずとも、机の足につまずいて痛い思いをしたり、骨折したりする人は多い。子供部屋なども、引きこもり症候群とか、家族の幸不幸に大きな影響を与えている。家というハードが人間の心や健康にどんな影響を与えているのだろうか。衣食足って礼節を知るとは言うが、家あって死を招くとは誰も気付いていない。ホラー映画でも「死霊の館」とか、ヒッチコックの恐怖映画「サイコ」でもモーテルとその隣にある怪しい家が一役買っていた。最近は在宅医療、在宅での看取りという言葉が語られる。そこでどんな家が必要なのだろうか。家は死の世界にも近いのである。

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戦争の現実
 昔から、戦場は殺し合いであり、生きるか死ぬかの戦いである。名誉とか、ヒーローなどは後から付けたことである。戦争では多くの人が理不尽に死ぬ。特に第一次世界大戦では兵士の命は使い捨てであった。第二次大戦では多くの民間人が無意味に亡くなった。その象徴がアウシュビッツであり、広島長崎であった。現代では、ハイテク技術で自分が気がつかない場所で、あるいは無意識のうちに命を奪われる。とにかく、戦争ほど馬鹿げた人間の行為は無い。そしてそれを隠し、それで権力を得たり、利益を期待する輩が多くいることが悲劇を生む。安倍政権は戦争をどうとらえているのだろうか。口先ではない。敗戦後70年。日本だけの戦争ではない。中国、アジア、そして英米とも戦った日本がどう行動するのか世界が見ている。戦争というのはどの目線で見るかによって全く様相が違う。安倍政権がどの視点を持っているのかが問題である。憲法改正、軍備増強予算、集団的自衛権立法、特定秘密保護法、そして武器輸出三原則解除、一体何を目指しているのか。明らかではないか。要は、戦争の出来る国家である。安部氏というのは目的達成のためには嘘を平気でつく人物である。あの東京オリンピック誘致の演説を思い出してもらいたい。「福島の放射能は完全にコントロールされています。」中国の習近平が彼を見つめたまなざしは、まさに人格的な不信感である。安部首相の言う軍隊というのは、観閲式の軍隊であって、あれはただのお人形である。 本物をどのように考えているのだろうか。

 自分は全く軍事に疎いし、自衛隊員の生活も知らない。でも、歴史記録から戦争というものの悲惨な状況に関しては想像がつく。というのは、団塊の世代の父親は殆どが軍隊経験があり、第二次世界大戦の悲惨な出来事を身をもって知っていた。本人が体験しなくとも、学生時代の友人や職場で仲間の経験が語られていた。インパールや満州で、すがる傷病兵の手を払い逃走しなければ生き残れなかった戦場の現実が語り継がれている。残虐行為は英米軍どころではなく、中国軍に対しては更に酷かった。南京の30万人は中国のキャンペーンかもしれないが、それ以外の所で何百万人も犠牲になっていることは間違いないだろう。中国は1,000万人と言っているのだが。その数のもの凄さに圧倒されるし、証拠など無いというか、むしろどこにでもある。戦後の有名犯罪で小平事件というのがあった。その犯人は中国戦線で婦女暴行強姦を常習としていたので、戦後もその味が忘れられず、連続殺人を犯した。慰安婦制度があったから兵隊の秩序が守られたかのごとく言う人がいるが、そんなものではない。小平の裁判での証言があり、こうしたことを多くの兵士がやっていた。「上海事変当時、太沽では強姦のちょっとすごいことをやりました。仲間4、5人で支那人の民家へ行って父親を縛りあげて、戸棚の中へ入れちまって、姑娘を出せといって出させます。それから関係して真珠を取ってきてしまうんです。強盗強姦は日本軍隊のつきものですよ。銃剣で突き刺したり、妊娠している女を銃剣で刺して子供を出したりしました。私も5、6人はやっています。わしも相当残酷なことをしたもんです。」
 日本軍人が中国兵を処刑していた。日本軍の国際法無視は有名である。特に捕虜に関しては東京裁判でも徹底的に断罪された。自分の祖父は牧師であったが、帰還兵のトラウマの告白を聞いたことを自分にも話してくれた。中国戦線で、中国人の首を刎ねた事があり、その時、中国兵が自分を最後に見つめた目つきが忘れられず、眠れないという方であった。彼は剣道の達人だった為に、部下が、「上官は刀を使えるのですね、お手並みを見せてください」と捕虜を連れて来た。彼は厭だったが、臆病者と言われるのが怖くてやってしまった。軍隊は上官の命令で動くというが、戦地では兵が動かないと上官は怖いので、実態は粗暴な下士官や古参兵の言いなりになって、彼らと接する中間管理職は辛い立場であった。戦場というのは汚い世界であった。そうした露骨な獣性や人間の裏面が跋扈する不条理こそ戦争の本質である。
 太平洋の戦場では本当に銃を撃ち合って戦死した兵士より遥かに多くの兵士が飢え、病気、そして輸送中に海の藻くずになった。こうした兵士は80%以上という。映画のように弾が砂埃を上げて飛来する姿など実際は無く、ヒュン、ヒュンと飛んだ音がするときはむしろ安全で、本当に当る弾はいきなり音も無くバラバラと飛んで来る。当たれば死ぬし、避ける間なんぞ無い。ただ運が良いか悪いかだけである。砲弾であれば爆発したら終わり。手榴弾などは石がコロコロと転がって来たと思ったらいきなり、ドカンで気がついたら運ばれていた。中国戦線では寒さと病気や飢えで体力が落ちているから、すぐに寒さ、低体温で死んでしまう。人間の命のあっけなさを感じたという。天皇陛下万歳などという人はおらず、若い兵士は「お母さん」といって故郷の母を思いながら死んで行った。特攻隊ですらそうだった。こんなことは今に始まった事ではなく、西南戦争の時ですら、当時戦場で死ぬ兵士と病死は同じくらいで、特に、流行ったコレラや赤痢で亡くなる人が多かった。太平洋では輸送船、機帆船、漁船など、7240隻が沈没し、船員だけで6万人と言われている。戦没者230万人の60%140万人が戦病死と推計されている。海軍は47万3800人が戦死、水死が18万2千人。フィリピンやインドネシア、ベトナム等に輸送中に沈没して水死した陸軍軍人は17万6千人である。溺れ死んだ数だけで41万人ではないか。膨大な数の犬死数だ。日露戦争では脚気で病死し兵士は旅順港攻撃の死者数より多い。戦場は不衛生で人間がまともに生活する場ではないのであった。これはあのナポレオンの時代でもそうで、チフスや赤痢に悩まされ、衛生状態の悪さは現代の比では無い。アフガニスタンでも山岳作戦で狙撃されて米兵が何人も戦死したが、飛んでくる弾丸は当たれば終わりである。犠牲者にとって時代も場所もあったものではない。
 特攻隊の犠牲者は学徒兵の割合が高かった。殆どといって良い。彼らは人間爆弾としての訓練を受け、航空機であっても空中戦の訓練等無い。そして、優秀な人間から先に選抜され、死地に出て行った。だから、生き残った元特攻隊員は成績が悪かった人達で、自分の能力が分かってしまうので人には言いづらかった。映画や体験記ではこうしたことはあまり語られない。こんな現実を語ることで、証言者や協力者を傷つける恐れもある。アメリカですら、海兵隊でガダルカナルから沖縄戦まで生き残った兵士はある部隊では1割にも満たなかった。近代戦の下士官、兵士の前線死傷率は極めて高かった。そして戦場ではうそつき、泥棒、弱いものいじめにならなければ生き残れない。だから、自分たちの親も、戦場の生き残りであり、沈黙しているのである。平和時の軍人と有事とでは全く人間が変わるのである。
 
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戦闘よりも、戦争を生み出した社会が怖い。
 昔、戊辰の役では、幕末の剣豪、根岸新五郎が斬り合いの体験を語っている。北陸戦争の小千谷でのことだが、敵味方入り乱れての乱闘になった。根岸は無我夢中で、その時、誰と斬り合いになったか覚えていない。気がついたら下腹部が血だらけで、弾が抜けたらしく穴があいていた。痛いとも思わなかったが血が止まらない。縄を穴に突っ込んで止血したお陰で助かった。
根岸信吾朗は後に語っている。彼は齋藤道場の神道無念流免許皆伝である。「初めて敵と相対した際、相手の武器の種類とか、間合いの判断はとても不可能で、只、夢中に刀を振り上げて体ごと的にぶつけた後、ア、自分は無事だったと感じるだけで、後は我に帰ると体はガタガタで、息は苦しく殆ど抜けきってしまっていた。実戦の異常さは容易に想像できぬもので度重なるに従い、何となく心に余裕らしきもの出てくるが。サテとなると平静とはいえぬ夢中さが出て、終戦までついに脱しきれなかった。」font>span>

 

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by katoujun2549 | 2015-01-13 21:55 | Comments(0)
 
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                                                              粟島↓
e0195345_2352099.jpg新潟県の佐渡島は観光地として、また、歴史遺産も多く、特に、朱鷺の里としても豊かな自然で有名である。新潟の観光は、この佐渡が全国的にどこまで注目されるか大きな影響がある。しかし、残念なことに、新潟港から船で2時間半は遠い。そして、この島は日本では一番大きな島であって、港から今世界遺産運動を行なっている金山のある相川までは1時間、さらに風光明媚な北側の大野亀、二つ亀には2時間はかかる。さらに、優れたホテル等の観光インフラがいまいちなのである。
 同じ、新潟から2時間半の時間距離にある粟島はそのユニークな存在感があり、ここで紹介したい。
この島、今でも磯釣りで知る人ぞ知る有名スポットである。島の経済は、まさにこの釣宿と定置網で保っている。ここの釣りの何が凄いかと言うと、その魚影の濃さもさることながら、磯釣りのメッカで、しかも10キロ、50センチ級が磯で釣れてしまうのである。もちろん、タイばかりでなく、ヒラメもメジナも釣れる。東京や大阪からもマニアがやって来て、その釣果に驚いて帰るのである。
 新潟県の北、村上市の沖合に粟粒のように浮かぶ小さな島、その名の通り粟島。人口350人でその大半が高齢者である。ここは昔は漁師の街であり、東西に長い島で北側は荒磯の風光明媚な地帯である。歴史的にはアイヌが最初に暮らしていた。その後、粟島には実は九州の松浦氏の末裔が流れ着き、村落を形成した。そして、江戸時代は対岸の村上藩ではなく米沢藩が統治していた。武士の使う馬の放牧場でもあり、粟島の馬は楠木正成の愛馬で、皇居前の銅像の馬は粟島産がモデルだ。しかし今は原産の馬はいない。その後、本保氏が島を支配、松浦のグループは島の反対側の釜谷地区に追いやられた。今の村長は本保さんといって、その末裔であり、島には同じ姓が多い。
 岩船港から粟島汽船で1時間半で島に到着。ジェットフェリーならば1時間で着く。島に入ると港周辺はあまり景色は良く無いが、反対側の荒磯は佐渡の二つ亀クラスと同じ見事な風景である。自転車で島を一周できる。この岩礁に鯛が群れているのである。豊かな自然と海の透明度は日本有数である。夏はキャンプ、釣り、乗馬で遊べる。しかし、冬は粟島汽船の船が小さいため、2mの波で欠航してしまう。
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粟島浦の朝日
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鯛がうようよ

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by katoujun2549 | 2015-01-12 23:08 | Comments(0)