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秋もたけなわ、鍋料理が美味しい季節となった。そこで、最近覚えたフランス鍋料理ブイヤべースに挑戦した。敬和学園大学のフランス人、マルチーヌツモト先生の直伝である。今回自分流に組み立ててみた。それは、日本の鍋料理とブイヤベースは、材料の点で、日本式の白菜、豆腐、シラタキ、長ネギ以外は殆ど同じということに着目した。先は、日本式で鍋料理を楽しむ。そこで、シラタキとか、豆腐は先に食べてしまう。いつも鍋も全ては食べきれない。先は、鍋料理。材料は白菜、豆腐、シラタキに具として、白身の魚、タラ、そして出汁用のカニ、ハマグリとかアサリ、カキなどの貝類、あとは鮭でもいいし、イカ、たこなどもあればよい。第一日目は先に言ったように、豆腐、シラタキ、長ネギなどは先に食べてしまう。次の日、この鍋の残りを使ってブイヤベースを作るのである。魚などは、全部食べきれるものではない。材料も残ってしまう。えびなども尾頭付きを買ってきて付け加えてもよい。また、冷蔵庫に残ったキャベツなどの野菜を使うこともよい方法だ。特に、きのこ類はよく似合う。
 はじめに、たまねぎとニンニクをオリーブオイルで炒める。ベーコンを2~3枚刻んで入れたほうが風味が増す。色がキツネ色に濃くなったら、白ワインを注ぎ、これに、マギーブイヨン、トマト缶1缶入れて煮詰める。さらに、これがツモト先生からヒントを頂いたのだが、ズッキーニ、ジャガイモなどをさらに加えてやわらかくなったら、サフランをふたつまみほど水に入れた色を出した汁を加える。そこに昨日食べ残した鍋をドボドボと加えて煮込むのである。昨日の鍋は既に煮込んでいるので、時間は5分もあれば充分。好みに応じて塩コショウして味を調えれば出来上がり。
 実に美味い。以前はブイヤベースなんぞ日本の鍋料理にはかなわないとばかり思っていたが、まさに和洋融合した料理の醍醐味である。
。この鍋とブイヤベースで毎日、一週間、朝昼晩食べても飽きなかった

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佐渡の伝統:古流の組太刀から生まれた10月19日佐渡の伝統行事、白刃(はくじん)

 昨日、新潟放送のニュースで佐渡で古くから伝わる白刃(はくじん)という伝統芸能を見た。これは刀(真剣ではないと思う)を使って、組み太刀を60本ほど行なうもので、佐渡に伝統「芸能」として行なわれているものである。自分は直心影流の組太刀や法定に取り組んだことがあるが、これを見て、ビックリした。まさに、昔の組達そのものではないか。しかし、これは武道ではなく、いわばダンスのような形で伝承されている。だから、本当の切り込みを練習している訳でもなく、刀の使い方としては中途半端だが、原点は武道のかつて様々な流派で行なわれていた組太刀なのである。全国的にこれを知っている人はどの位いるのだろうか。こうした武道の組太刀が伝統芸能になっているのは他にもあるが、これだけ組太刀の形をリアルに継承しているものは珍しい。実際の真剣を使った戦いは滅多にあるものではない。全く、恐ろしい出来事に違いないが、江戸時代の初期や、幕末には実際行なわれていた。一瞬で勝負がついてしまうから、映画の殺陣の様には行かない。殺陣は観客に見せるもので、時間が長い方が良い訳であるし、重い刀をあのように軽やかには振れない。足の運び、歩幅、腰の落とし方、構え、打ち込んだ時の返し技など、真剣の戦いに忠実と思われる。真剣を使う時は足の歩幅は大きく、腰をお能のように落とし、下半身を安定させないと剣を使う事はできない。自分も、切り合いを実際に見たわけではない。かつて、有信館の創始者、根岸信吾郎は中山博道の恩師、(自分の師であった中倉清先生は中山博道の弟子)でもあるが、戊辰戦争の前の、北陸戦争で従軍し、切り合いをして腰に銃弾を受けて負傷したが、その当時の事を回顧して、一体自分がどうのように刀を使ったか、全く憶えていない、無我夢中で切り結んだが生き残ったと言っている。それが真実だろう。組太刀の踊りは、それぞれの演舞を各家庭を回って見せるもので、お祝いの意味もあるようだ。佐渡の限られた一部の地域で伝承しようと会員組織があり、その中で練習が行なわれる。少子高齢化の中で、伝承もむづかしくなっているのではないだろうか。

 


全く同じ刀の受け方が
直心影流にある
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溝口派一刀流右転左転と同じ
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 小渕優子経済産業省の辞任が決まったが、今回はそれでも済まされない。小渕優子経済産業相の関連政治団体が、後援会員らの観劇費の一部を負担した疑いが指摘されている問題で、市民オンブズマン群馬(小川賢代表)は10月18日、小渕氏を刑事告発をする方針を固めた。「またか、という思い。地元では、『誰でもやっているじゃないか。そんなことをする(問題を指摘する)と優子ちゃんがかわいそうだ』という声もある。第1次安倍内閣で、小渕優子経産相と同じ群馬県選出の佐田玄一郎氏の事務所費の問題があったように、群馬ではよくあることになってしまっている。これを一つ一つ市民が指摘しなくては、体制は変わらないと思う」
小渕氏は故小渕元首相の死後、その跡目を継いで衆議院に当選し、今年は経済産業相という重職を得て、未来の女性総理候補とも言われるようになった。しかし、その活動ぶりも、オピニオンもあまり国民の耳に入ってこない。彼女は元アナウンサーだから、マスコミはあまり攻撃しなかった。また、彼女は職業柄、原稿を読んだり、当意即妙な受け答えは得意である。それだけで、親の威光でここまで行ってしまうところにわが国の政党政治の弱点がある。一体彼女はいかなる経済政策をお持ちなのか。原発と自然再生エネルギーのバランスをどの程度にしたらよいのか。TPPやエボラ出血熱による経済の影響、イスラム国といった世界経済の不確定要因に今求められている見識やリーダーシップ。世界の首脳に伍していける教養など、今の安部さんにも不足している。果たすべき課題は多い。ところが、彼女の生の声でこうしたことへのオピニオンは聞いたことが無い。やたら酒に強いといううわさはある。地元の後援会ではこんな能力も大事なのだろう。首相候補とも言われる人がそのような内向きでよいのだろうか。このあたりが安部政権の弱いところである。以前、酔った記者会見となった財務大臣が辞任に追い込まれた。安部内閣の弱点を突かれた感じだ。こうした後援会に対するサービスは日常茶飯事で、彼女だけではない。小渕氏が父親から地盤を受け継いだときからこうした後援会に対する作業はあったに違いない。だから、あまり注意してこなかった。この観劇、見学会に関してはこれまで、どこの国会議員もやっていたのではないか。だから、彼女を攻撃するためには、ここをつけばよいことが議員たちにはわかっている。推測だが、自民党員内部でも、あんなシロオトの親の七光りが経済産業大臣とは一体何だと不満を持っている輩がいるはずで、連中がリークしたかもしれない。とにかく、仲間内で人事を回そうという安部内閣の手口は今の情勢では通用しないのに、これだけ問題が山積みになっているわが国に、女性起用というコンセプトで押し切るのは無謀なのではないか。かつての派閥人事に女性層が加わっただけではないか。人材の起用は能力本位、官僚の言いなりになる人事ではない。現内閣の人事姿勢はあまりにも古すぎるのである。

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 新潟の秋は夕暮れが早い。あの美しい夕日が沈むとすぐに暗くなってゆく。6時を過ぎ、急速に星空となってゆくうちに家路につき、車から降りた。玄関に向かおうとしたその時、クヮー、カーという聞き慣れた鳥の鳴き声が聞こえるではないか。長旅が終わりに近くなった喜びの声だろうか、あるいは、海を越え、疲れきった仲間たちを、もう少しだ頑張れと励ますようでもある。

着陸を前に逆V字型の編隊を維持しながら飛ぶ一団
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 夜空を白く輝くV字型の編隊を組んで、20羽ほどの群れが南西方向に飛んで行く。今年も白鳥の飛来する時期が到来したのである。下越の秋はここから深まり、一気に冬へと向かう。鳥は夜に目が利かないという説は白鳥には当てはまらない。夜間には活動はしないが、帰巣したり、渡る時は夜も構わず飛ぶ。2年前、冬の終わる頃、夕方7時過ぎに、数百羽の巨大な集団が、北の方向に飛んでいった。大きなVが星のように輝き、移動して行く。星明かりに白い白鳥が相当な高度を北の国目指して飛び立って行った。春一番は白鳥がカムチャッカ方向に飛ぶ格好の追い風となる。だから、3千羽もいる瓢湖から数日で姿は消えてしまうほどだ。秋の飛来は何波にもわたり、数十羽の群で特に朝と夕方の決まった時間に編隊が通り、瓢湖や福島潟方向に新発田上空がコースとなっている。白鳥は翼を広げると左右2mほどある大きな鳥である。体は重いから、懸命に羽を使って編隊を守る。編隊の先頭は元気な固体で、一番風圧を受け、これが疲れると最後に下がって次の鳥が先頭に立つ。後ろは前の翼が送った気流に乗れるから消耗が少ない。自然の営みは合理性に満ちている。 昨年その生態に関し、本を探したが、あまり多くない。新潟の白鳥が、シベリアとカムチャッカ半島の2ヶ所から来ることが最近のGPS端末をつけた鳥からの情報でわかったばかりである。

   瓢湖に降下してきた白鳥
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 白鳥が来ると道路添いの自動車備品店が冬のスタッドレスタイヤのセールを始める。冬支度に入るのである。新発田上空で群れから離れ、寄り道をしようという仲間をいさめるように、白鳥は悲しげな叫び声を上げながら通過していく。この風景が一ヶ月も続くと新潟は長く寒い冬になるのである。葡萄も梨もシーズンを終え、あのルレクチェが店頭に並ぶようになると飯豊連峰の頂は白くなり、冬の到来である。

敬和学園大学の横にある田んぼで餌をあさる白鳥。
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冬の間、白鳥は近隣の水田の落穂拾いをする。数十羽が田んぼの畝の中におさまって集団で餌を漁る。勝手に群れを離れて他の畝にはいかない。臆病な鳥だが、中に見張りの役がいて、警戒を怠らない。近寄って写真を撮ろうとすると逃げてしまう。危ない経験をした場所は二度と近づかないそうだ。朝早く集団で飛び立ち、餌場を探して、夕方瓢湖などに戻ってくる。何か言語のようなものも合図として彼らは使うのか。それが自然の為せる技か、白鳥をみると神の節理としか思えない、不思議を感じる。

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E.フロムは愛について、その著作「the art of loving 」の中で次のように語っている。愛は技術である。そして愛は学ぶ事が大切であるという。誰しもが愛されたいと望むと言う前提はあってよいだろう。しかし、一生懸命に努力しても愛されない人はいる。また、もって生まれた天性のように愛され、人気を得る人もいる。愛は本来人間がもって生まれた才能なのだろうか。E.フロムはこれに対して反論する。

1.愛について学ぶことはないと考える第一の理由は、たいていの人は愛の問題を、「愛する能力」の問題ではなく、「愛される」という問題として捉えているからだ。

つまり人びとにとって重要なのは、どうすれば愛されるか、どうすれば愛される人間になれるかということなのだ。

2.愛について学ぶことはないと考える第二の理由は、愛の問題は「対象」の問題であって、「能力」の問題ではない、という思い込みである。

愛することは簡単だが、ふさわしい相手をみつけることはむずかしい、人びとはそんなふうに考えている。

3.愛について学ぶことはないと考える第三の理由は、恋に「落ちる」という最初の体験と、愛のなかに「とどまっている」という持続的な状態とを、混同していることである。


4.愛の失敗を克服するただ一つの方法は、愛の意味を学ぶこと、その第一歩は、生きることが技術であるのと同じく、愛は技術であるということを知ることである。

愛の技術を習得するには理論に精通し、その習練に励み、その技術を習得することが究極の関心事にならなければならない。

5. 利己的な人は、自分を愛しすぎるのではなく、愛さなすぎるのである。いや実際のところ、彼は自分を憎んでいるのだ。


この本には愛に関する名言が満ちあふれている。

我々は人間として愛を語るにはあまりにも日常の雑事に追われ、また、弱く、自分の心を制御する能力に欠けている。時として、自らの愛の無さ、相手を知らずに傷つけてしまい、後からそれを知って愕然とする。そして愛することが出来ない自分に絶望する。その時にどうすればよいのか。フロムの見事な分析では解決しない。

 

 フロムはネオフロイト学派の心理学者、社会学者である。極めて明晰な理論で愛を語り、分析している。彼はフロイトの精神分析学を発展させた。フロイトの生理学的洞察から実存的次元へと移し変え、深めていったといってよい。
 しかし、自分はフロムの洞察にも限界があるような気がする。彼の述べる愛には限界があるということだ。人間の愛は裏切る事もある。愛せない自分、愛されない自分の悩みは続くのである。また、どんなに理論を学んでも、実践しなければ能力はつかないだろう。いくらピアノの演奏を聴いても、評論を読んでも、実際にドレミファと鍵盤を叩いてみなければ弾けるようにはならない。この本は必ずしも愛の指南はしてくれないのである。この時に一体どうしたら良いかの示唆はこの本から得られたなら幸いである。 
  誰からも愛されないのに人を愛することが出来るだろうか。これは人間同士の愛する、愛されるということであって、キリスト教の聖書に書いてあるアガペーとは違うのだろう。彼は第二章愛の理論で、愛の対象として、兄弟愛、母性愛、異性愛、自己愛、神への愛と分類し分析している。神の愛とは何か。最後の神の愛を至上のものとするキリスト教では神は愛であるという。イエスキリストは真の愛の人であり、自らを犠牲にして神と人との和解を示された。そして十字架の死と復活。愛されなかった自分、そして裏切られ捨てられた自分は他人をそれでも愛することが可能だろうか。愛について語るには、更なる状況を設定しなければならない。



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by katoujun2549 | 2014-10-08 09:51 | Comments(0)