<   2014年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧

 NHKニュースによると北朝鮮による拉致被害者らの調査について、北朝鮮側から調査の進ちょく状況などの説明を受けるため、日本と北朝鮮は29日中国の瀋陽で政府間の協議を行う。今回の協議について、北朝鮮側の代表を努めるソン・イルホ日朝国交正常化担当大使は27日、瀋陽で記者団に対し、「最初の調査結果を報告する場ではない」と述べ、調査の状況などについて日本と北朝鮮が互いに意見を交わすのが目的だとしています。ソン大使はこれに先立ち、一部メディアとのインタビューで、「日本と北朝鮮の政府間の合意では、一部分だけを優先せずに、すべての日本人に関する問題を同時並行的に調査すると約束した」と強調したうえで、最初の報告についても、「誠実に、客観的に、科学的に調査をしており、ありのままの結果を報告するしかない」と述べています。
また、北朝鮮の政府関係者はNHKの取材に対し、「調査の進ちょく状況はいつでも説明できる準備はできている」と述べており、北朝鮮側は調査を誠実に進めていると強調するものとみられます。
また、サンケイニュースによると
 北朝鮮による拉致被害者らの再調査の第1回報告時期が当初の予定から遅れる見通しとなった。19日に行われた外務省の説明でも、報告時期がいつになるかは不明確なまま。早期の被害者帰国を願いながらも、家族は焦らず、確実な報告を求めた。
 「調査を迅速に実施し、速やかに通報することを(北朝鮮に)求めていく」。拉致被害者家族と19日に面会した外務省の伊原純一アジア大洋州局長がそう繰り返したのに対し、本心では早期の報告を望んでいるはずの家族たちからは、「焦らないで」と確実な結果を求める声が相次いだという。
 面会に同席した拉致被害者の支援組織「救う会」の西岡力会長によると、説明の冒頭、伊原局長は日本側の照会に対し、18日に北朝鮮からの回答があったことを明らかにした。内容は「現在はまだ初期段階だ。現時点でこの段階を超える説明を行うことはできない」という回答だった。
 またも約束を実行しない北朝鮮に怒りを感じる家族たち。面会では「またいつもの北朝鮮に戻ったのか」「本当にイライラする」「悲しくなる」との声が家族から上がった。
 回答が遅れることで北朝鮮にいる被害者の苦しみはさらに続く。日本で待つ家族の高齢化も進んでおり、今年だけでも政府認定被害者の家族3人が亡くなった。1時間半近くに及んだ面会で、早く結果がほしいという気持ちはありながら何人もの家族が「焦らないで」「中途半端な結果にならないようにしてほしい」と訴えていたという。
 「どうすれば本当に被害者を助けられるのかを考えて発言していた」(西岡会長)。報告時期が今も不透明な中、家族は気持ちを押し殺しながら、北朝鮮との戦いを続けている。

 北朝鮮は拉致被害者の調査報告を延期した。やはり、そうだったのか。日本の外務省は北朝鮮との交渉が再開され、これまでの経済制裁や交渉が成功したかのごとき印象を与えたが、それは間違いだった。これには安部政権のポーズも入っている。とはいえ、かつての民主党政権では全く進展しなかったのだから、今のほうがましなのかもしれない。北朝鮮は、今回の調査を再び交渉の材料にして、日本から様々なメリットを引き出そうとしている。そもそも、国家的な事業として計画的に行なわれた拉致事業なのだから、被害者に関する調査などする必要は無い。北朝鮮国内で生活している彼らは厳格に管理されていないはずが無い。一般国民以上に記録され、監視されている。一体何を調査しようというのか。多分、資料はあり過ぎるほどだろう。どれを出せば嘘がばれないかを調べるのに時間がかかるのだろうか。いや、それよりも、何とか日本に高い代償を払わせたいのである。
 彼らと交渉するときに念頭に置かねばならないのは死生観である。彼らに取って、人の生き死にはまるで、方便のようなものであるということ。韓流ドラマではよく人が失踪する。冬ソナのヨン様そうだし、失踪した人間が別人になって登場する。そういえば、横田めぐみさんの子供とか、夫が出て来たりするが、どうも,怪しい。朝鮮半島ではそうした噓がよくあることで、連中は出鱈目を平気で利用すると言う事だ。だから、日本に平気で出鱈目な死亡報告とか、証明書を出して来たりする。他人の骨など平気なのだ。ところで、めぐみさんの遺骨はDNA鑑定で嘘と分かったようだが、焼いた骨のDNAは鑑定出来るとは知らなかった。

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 剣道稽古の後、熱中症になってしまった。
21日、オジン剣道研究会の探検隊に参加し、大光銀行の若手と稽古した後、全く予期せぬ出来事に直面した。それは熱中症による脱水症状である。前日の原信剣道部との稽古は久しぶりに元立ちで若手の選手も含め、全員と稽古をした。その日は夜中の12時まで日本酒とビールで飲み明かした。たぶん、その時の胃腸の疲れもあったのだろう。翌日の稽古は元に立っていると疲れたので、最後の10分ほど残して面を外してしまった。ホテルに帰って着替えた後、麻生の湯という長岡市郊外の温泉に出かけた。後から思うと無茶だったんだが、水を全く飲んでいなかった。温泉に入るとき、水をコップ一杯飲んだだけで、湯上りにビールをジョッキ一杯グイと空けたのが不用意だったのかもしれない。自動販売機で乳飲料も飲んだがそれどころではなかった。長岡の料理屋で宴会となったが、ノド黒はさすがに美味い。とはいえ、豪華なお膳を前に食欲が出ない。さらに折角のノド黒の塩焼きとか、日本酒を頂いたのに、どうも吐き気がする。皆さんに悪いので、一人黙って退席し、トイレに行ったとたんに、「げーっ」ときた。吐いているうちに、お尻のほうから水が漏れている。何と、水のような下痢になってきたので慌ててトイレにしゃがんだが、これが止まらない。何だーー。お腹も痛くなってきた。加治川という立派な料亭で、立派な料理が出てくるが、一向に箸が進まない。宴会最中のオジン武道研究会の皆さん、みな、ビールや新潟の銘酒に酔いしれて、新潟剣連会長の談義に盛り上がっているがこちらは、さらに盛り下がってきたのだ。我慢がならなくなって、ロビーで休んでいるとまた「げー」ときた。水を飲むと吐いてしまう。例のノロウィルスだとこの高級料亭が大騒ぎになるだろうなあと思いつつ熱を測ると平熱なのである。一体なんだ!これは?そういえばあの温泉でビールを飲む前に、森永の乳飲料「うるおうグルコサミン」を飲んだことを思い出した。あれは古かったのか?気がつかなかったのはまずかったなあ。問い合わせると、森永の担当者が恐縮して至急調査しますという電話。一方、仲間のN君が植木いじりで熱中症になった人と同じ症状だという。水を飲んでホテルで休んだらどうだとアドバイスしてくれるが、水が飲めないんです。これはてっきり当たったかと思い、とにかく救急病院外来にタクシーで乗り込んだ。長岡中央綜合病院という大きな病院。夜間の休日診療で子供連れの急患が溢れているではないか。我慢がならなくなって、ベンチで横になっていると、病院も気を使って順番より早く呼ばれて医者の診察に入ることが出来た。症状と飲んでいる薬、直前に食べたものを話すと、胃腸炎を起こしていることは確かだし、脱水しているから、先は血液検査と点滴しましょうと、別室のベッドに横になって点滴を受ける。CTで検査しましょうというので、何でかと聞くと膵臓炎かもしれないというのでびっくり。点滴で直らなかったら検査しましょうという。看護師が右腕の手の甲に注射針を入れようというのでそこは痛いからいやだというと、腕の関節に太い針をぶすっと入れ、いてー、素直に従わないからやりやがったなと思ったが、先は点滴開始。なかなか液が落ちない。そうしているうちに、腹痛も治り、下痢も出ていない。なんだか直ってきた。医師がやってきて、どうしたんでしょうか、直ったなら、胃腸薬など薬を出すから帰っていいとつれないお話。原因は何でしょうかと聞いても、救急は原因を追究するところでは無いとおっしゃる。血液検査も血圧なども悪くない。とにかく、点滴を続けましょうというが、何と、点滴が終わったのが12時過ぎ。2時間もかかったのだ。要は、脱水症状で、ネットで見ると、熱中症の症状なのである。熱中症は吐き気とか、ふらつきはあるのだが、腹痛は無いと思っていた。ところがこれがあるのだ。むしろ、下痢が入ると脱水が進むから結構危険なのである。医師に聞くと、そうかもしれないという。何でー。こちらの方が正しい自己診断なのか。そして、タクシーで長岡駅前のホテルに帰ったが、もうすっかり回復。翌日は朝から腹が空いて、早めに7時過ぎに食堂に行った。皆様に恐縮してことの顛末を説明した。早朝なのに、また、森永から電話がかかってきたが、説明すると安心したご様子。もう9月も後半で涼しくなってきたからまさか熱中症になるとは思わなかった。稽古で汗をかいたので、涼しくなっても同じこと。お騒がせしてすみません。稽古のときは水を飲みましょう。塩分、カリウムなどミネラル入りの水です。
この年になって貴重な体験であった。

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長岡駅に近いところにある如意蔵博物館
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 百錬館道場の皆さんご一行に加えて頂き、おじん武道研究会のツアーに同行することとなった。9月20日(土)21日(日)の二日間は剣道と見学を中心に、夜は第二道場と有意義な二日間であった。9月20日(土)21日(日)は長岡市の探検となった。三井住友海上の百錬館道場の皆様にお誘いを受け、長岡で、原信さん、大光銀行さん剣道部の皆さんとの稽古を金土と行ったが、長岡市の見学ツアーも企画され、有意義な週末であった。新発田に来て2年半になるが、長岡には8月1日の日本一の花火大会にいったのみであった。冬は新幹線で通過する度に、積雪の多さに二の足を踏み、なかなか近づく気にならなかった。
 長岡市といえば、8月の日本一の大花火大会で有名である。しかし、同時に、米百俵、そして河合継之助、山本五十六という人物を排出した地でもある。戦国時代は上杉謙信、直江兼次で有名であるが、なかなか経営の才覚のある人物を多く排出している。この中越の都市が空襲の惨禍を経て、新潟市に次ぐ新潟県の大都市に成長したことは、この長岡という土地柄の影響もあると思う。戦後は、何といっても、田中角栄の故郷でもある。今も、越後交通はこの地の交通を担っている。この地の特徴は、文武両道であるということである。もともと、城下町で儒学の影響の強い土地であった。河合継之助も儒学者の家に生まれた。米百俵の小林虎三郎の逸話も有名である。教育を大切にする土地柄こそこの町の発展を生んだといえる。今回、野本互尊という功労者の存在を知った。彼は長岡市の思想家として、また、富豪でもあり、長岡市に図書館を寄贈したり、長岡市の教育の発展に貢献した。野本恭八郎(野本互尊)は石油販売や金融などで財を成した。本人は質素な生活であり、あまりにも貧弱な食生活のために、残念ながらその子供を脚気で死なせてしまったのである。彼を記念して建てられた如意蔵博物館には野本と山本五十六の遺品が多く収蔵されている。野本互尊の様な財産家や大地主が、故郷の未来の為に、社会貢献した例は新潟には多い。明治時代に多くの事業成功者や大地主がいた豊かな土地であった。石油も湧いたのである。新発田市でも市島家は大隈重信に多額の寄付を行い、早稲田大学設立に貢献したし、新発田市図書館はやはり実業で成功した坪川洹平の寄付で作られた。加茂市にも図書館を作るため、日比谷図書館を作った坪谷善四郎が尽力した歴史がある。野本は安岡正篤と親交をむすぶ。山本五十六の学生時代を支えた。如意蔵博物館には野本と、山本、安岡正篤の書等が多く収納されている。如是蔵とは仏教用語で「知恵の蔵」という意味である。現在は、日本互尊社が管理運営している。日本互尊社は、野本互尊の唱えた互尊独尊の思想を後世に伝える為、昭和9年(1934年)に設立された。彼は明治33年(1900)49歳の時、互尊独尊の説を唱えます。この「我人独尊皆互尊」は、「自分も他人も、ひいてはすべてのものは、皆天から授かった尊い本性を持っていて、それぞれに尊いのである。このような一人一人の人間の尊さに気がつけば、自分自身を尊んで、決して粗末にしてはならないことがわかる。同時に他人の尊さも大事にしなければならない。
世の中は自分ひとりだけでなく大勢の人が生活をしている。だから、自分の尊さを自覚するとともに、他人を尊び敬うことが大切である。そして、自分をみがき、おおらかな気持ちで手を握りあって、生活の向上と人類の幸福につくし、理想的な世界を作り出さなければならない。」という考え方です。
 山本元帥もこの思想に共鳴し、ここを度々訪れたという。長岡の生んだ法制学者、渡辺廉吉らのはからいにより、大正5年(1916年)に長岡士族・高野家(高野貞吉)から養子に入ったのが後の連合艦隊司令長官山本五十六である。 20日には栃尾経由で山古志に行った。中越地震で大きな被害を受けたが、あれから10年、復興は進んでいる。栃尾には日本のミケランジェロといわれている彫刻家、雲蝶の作品であるお御があり、また、上杉謙信が幼少期に過ごしたところでもある。ここの名物は、油揚げで、結構サイズも大きいが、からりとした表皮の歯ごたえが良く、ビールがいけてしまう。山古志まで栃尾からはずいぶん時間がかかるが、実際は長岡からは30分なのである。

   互尊記念館の事務所
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雲蝶の彫刻に飾られた社
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山古志のアルパカ動物園で幼い子供が餌をあげている
アルパカは顔は可愛いが、餌だけが目当てなのである
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山古志風景
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山本五十六の遺品 
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          野本互尊の展示 e0195345_15133750.jpg

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 ボロディンの歌劇 イーゴリ公 Prince Igori Polovitsion Dance をyou-tube で見た。幾つかの演出を並べてみる事が出来て面白かった。中でも2014年の収録版のボリショイ劇場の公演のものがすばらしい。Alexander Borodin - Prince Igor - by Yury Lyubimov - music edit by Pavel Karmanov 版で映像も美しい。特に、韃靼の踊りの群舞は圧巻である。http://www.youtube.com/watch?v=CzmIu-VjRCMで見ることが出来る。新しいものがhttp://www.dailymotion.com/video/x1yt0fm_で、これはダンスの振り付けが見事だが、全体の群衆シーンの構成が今回のボリショイ劇場のものにはかなわない。これは全曲を見ることが出来る。ボロディンのイゴーリ公は4幕もあるが、これは2幕目にあり、山場である。このシーンはかなり前のロシアのものもあるし、中国の製作したものもなかなか見事である。もう一つ、サンクトペテルブルクのマリンスキー劇場2013年公演のものも素晴らしいが、ダンスのスケールがやや小さい。2014年のメトロポリタン劇場のものは、斬新な演出で、評論家ごのみだが、自分は突飛すぎて馴染めなかった。あの韃靼の踊りの勇壮な感じが消えてしまい、心象風景が全面に出てしまった。ロシア版はhttp://www.youtube.com/watch?v=gVURal-QYsA で見ることが出来る。
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振り付けはやや古いが、
ボリショイ劇場公演でキーロフバレーと思われ、踊りもすばらしい。バレエの独立した演目としても上演される機会がある 「だったん人の娘たちの踊り」と「だったん人の踊り」にはいくつかの振付のバージョンがある
。韃靼というのはタタール(韃靼)ということだが、ヨーロッパ人にはモンゴルとトルコ方面の騎馬民族との区別ができない。この物語はPolovtianという部族のことだが、これはモンゴルではない。ロシアがモンゴルに支配された時代は彼らの暗黒時代であった。舞台は今ロシアと問題になっているウクライナ、東スラブ人であるイーゴリ・スブャトスラヴィチ公の物語である。実際はウクライナがモンゴルに蹂躙されたときの話と思われる。
 フォーキン版、ゴレイゾフスキイ版が定番化している一方で、最近の公演では各劇場ごとに独自の振りつけをみることも多い。2012年のパウントニー演出、フェドセーエフ指揮で上演のハンブルク歌劇場の公演ではレナート・ツァネラが振付、メトロポリタン歌劇場2013〜14シーズンで上演されたドミトリー・チェルニャーコフ演出のものは全くユニークで草原の中からダンサーが出て来る。今発売されているDVDは1981年収録のボリショイ劇場のもので古典的なボリショイ劇場の舞台デザインで写実的な共産主義政権の好みである。彼らの習性だろうか、解釈を嫌うのである。踊りはゴレイゾフスキー振り付け方。Karmanov 版と似ている。
(ゴレイゾフスキイ版)
ボリショイ劇場の振付である。腰をかがめた動作が多く、女性には膝立ちの動作があるのが特徴的。 「だったん人の踊り」の最後で男性ダンサーがリフトした女性ダンサーをそのままコンチャーク役の歌手が横抱きにしたらこのヴァージョンである。

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 今回の朝日新聞謝罪に関して、最初に問題提起したのは「門田隆将」氏である。彼は週刊新潮の編集部次長を務めた後、ドキュメンタリー作家として、「この命義に捧ぐ」で山本七平賞を受賞し、デビューした。吉田調書報道の誤りに関して、彼が鋭く指摘できたのは、東京電力福島原発の所長、吉田氏に長期にわたるインタビューを行い、確信に満ちた故吉田氏の真実をベースにしていたからである。「死の淵を見た男」に詳しい。自分は4年前、門田隆将氏と、特攻隊の証言、資料収集など、アメリカ国籍を持った特攻隊員のノンフィクション「蒼海に消ゆ」で作業に協力したことがあり、彼の地道な証言集めや、取り組みに感銘を受けた経験がある。本件に関しては門田氏のオフィシャルサイト、ブログを読むことをお勧めする。しかし、ジャーナリストの厳しい糾弾に対して自分はやや丸い見解を持つ。
 朝日新聞はついにこの吉田調書にかかわる虚偽報道を認め謝罪した。もうひとつの「吉田」従軍慰安婦の吉田証言に関しても虚偽報道を謝罪した。朝日ジャーナリズムへの信用は地に落ち、会社としての存立にかかわるところまで追い込まれている。しかし、これに関連した朝日バッシングはどこまで続くのだろうか。日本の新聞ジャーナリズムは自分の穢れ無き手を示すことが出来るのだろうか。今回、朝日叩きにおいて、吉田調書を公開したのは政府である。従軍慰安婦をはじめ、政府という権力者が歴史を修正し。内部資料を公開して一民間報道機関を実質的に破滅に追い込むという事態は好ましいものではないと思う。実際、朝日新聞は社長の交代や、役員の更迭も含む謝罪行動をとっている。このことで充分ではないかと思う。確かに、朝日の行動は慰安婦問題を国際的に拡大し。東電の原発事故で命がけで懸命に働いた所員を辱める行為であったことは許しがたい。しかし、過ちを認めて頭を下げている相手を足蹴にすることは、日本の報道の未来に暗い影を投げるだろう。海外では、朝日の記事を都合良く利用し、自説の論旨を強化するのに使った向きもあるし、韓国の低レベルの政治家が、自分の政権維持のために「慰安婦問題」を拡大し、わが国を卑しめたことも許しがたい。
 しかし、新聞を真実の報道しかしない正義の味方と見るのも間違いである。日本人は新聞報道を70%以上の人が信頼しているという。しかしそのこと事態危険である。アメリカでは20%程度だというのである。だから、河野談話においても朝日新聞が影響を与えてはいないことを当事者の石原氏が語っている。しかしこのことを弁明のひとつとして使っているのが、当の朝日なのだから全くいやになる。今回の件も、また、東京裁判史観を初めとする、歴史の修正を総理大臣自ら、権力者が行うことは非常に恐ろしいことではないか。マスコミに対する権力の介入を防ぐ意味でも、マスコミの自主的な報道倫理機関をつくる努力を朝日は行なうべきだ。謝罪後の朝日の誠意が求められているのである。また、朝日新聞も自分で河野談話に影響は無いことをテレビとはいえ放送することの惨めな感じはいただけない。より、中立的な機関とか、大学などがきちんとコメントして、それが公平な意見となることが望ましいのではないか。怪盗ルパンが謝罪したら、物語にならない。エツ!今まで朝日をそんなに信用してたの?自分は10年も前、とっくに産経に切り替えたがね。

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マラッカ王宮
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マラッカ最初のイスラム寺院

マラッカの中心広場
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ポルトガル人の教会とザビエル像
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昔の富豪の家を改造したホテル「プリ」に宿泊

屋台の食べ物は結構うまい

ポルトガル要塞跡
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マラッカ市街の夕暮れ
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       オランダ街 ベンガラ色で壁面を統一
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フランシスコザビエルとやじろうの像

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カトリック教会

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マラッカ市街の億万長者の家

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マラッカ市


 マラッカはマレー半島の開港地として歴史的な建造物が多い。街全体が世界遺産である。かつてポルトガルの植民都市として榮え、フランシスコザビエルは当地を基地にマカオ経由で日本への伝道を開始した。「やじろう」という日本人の案内で日本に来たが、彼が亡くなったのもこの地である。かれの遺骨は今、インドのゴアにあるが、手の骨だけはマカオにある。ゴアの遺体は腐敗せず、ミイラ化している。ザビエルが亡くなった際に葬られた墓所も残っているが、遺骨は無い。

 マラッカは、ポルトガルが退いた後、オランダが支配した。その後、蘭英戦争でオランダが破れ、オランダはインドネシアを植民地とし、後退し、イギリスがマレー半島を支配した。オランダはプロテスタントで、ポルトガルの教会を破壊し、その麓に教会と市街を形成した。オレンジ色の建物、教会が並ぶ。さらに、市街は商業に長けた華僑が街を形成し、特異な市街地を築いてきた。インド人、アラブ人などが集結して来たが、彼らは自由に民族文化を併存して来た所がこの市街地の特徴である。街路には飲食店や古道具点、土産物店が並び、夜は屋台も出て賑やかであった。最初はポルトガル人の廃墟となった要塞と教会、カトリック教会、さらに中国人の仏教寺院、ヒンドゥー寺院、イスラム寺院とそれぞれ最古の施設があり、見学した。又、この地は明の時代、鄭和が大航海を行なった基地にもなった。明時代、マレー半島の隣接するタイ王国に対抗すべく、明の海軍を招いたのである。鄭和はイスラム教徒であり、その航海術はオーストラリアからアフリカまでの航路を切り開いたが、明が清に征服されると、その記録は全て廃棄され、殆ど残っていないと言う。しかし、このマラッカはその偉業を記念し博物館を作り、当時の面影を偲ぶ文物や船の模型を展示でしている。
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1700雙ともいわれる鄭和の大艦隊

 王さんの案内で、チキンボールの店に行った。鶏肉を炊いたスープでご飯を炊き、それをおにぎりの様に団子場に丸めている。それをタレにつけて食べるのだが、ボールは崩して、チキンと一緒に頂く。実に美味しい。店にはエアコンは無いが、扇風機で充分涼しい。東京では湿度が高く、そうはいかない。最近、デング熱で大騒ぎだが、東京は熱帯なのである。   

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by katoujun2549 | 2014-09-13 08:51 | Comments(0)

マレーシアで剣道の稽古

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 8月5、6、9、10日とクアラルンプール剣道クラブと稽古することになった。マレーシアの剣道指導は新発田市の松川七段が毎年指導に訪問して来た。松川先生はマレー大学の日本留学窓口として、1年間教官を務められたご縁で、当地の剣道発展に貢献された。クアラルンプール剣道クラブは、日本人クラブの講堂で毎週、日曜、火曜、水曜と稽古が行なわれている。自分の宿舎となったシテーテルホテルのすぐそばなのである。

 今回は、土曜日の1日講習も組み込まれ、基本稽古から形、地稽古とフルコースの講習会も行なわれる。今、当地には日本人が減っており、当クラブの中心は中国系と韓国系のマレー人である。王さん、蔡さん、林さんの3人が指導にあたっている。王さんは今年の5月6段を取った。蔡さんはそれに続けとチャレンジ中。日本人は現地の女性と結婚した平野さんだけである。彼は阪大工学部を出て、技術者として赴任し、結婚、2児の父である。彼の長男も稽古に来ていた。彼らは集団で行なう基本稽古が結構好きな様子で、また、なかなか気合いの入った稽古であった。ところが、地稽古となると、急に要領が掴めない人が多い。また、5段クラスでも素直すぎて、攻めは良いのだが、間合いの取り方とか、打突の機会を取るのがあまり上手ではない。また、竹刀を返して小手を庇う受け技が多い。打たれるのが嫌なのだろう。だから、元に立って誘うと直に反応するから、怖いという感じはしない。でも、中には体格jも良く、世界選手権にもレギュラーで選ばれる逸材もいる。皆が剣道を日本文化として尊敬しており、指導の言葉には真剣に耳を傾ける。松川先生の指導の賜物と思われる。もう少し、出ばな、引き技、返しなどの技を反復練習すれば間合いの感覚や、打突のチャンスを掴める様になるだろう。しかし、彼らの稽古メニューにはそれが無い。また、試合をする機会が少ないのであろう。稽古の後、気持ちよい印象が残った。終わった後は、王さんのガイドで、サティの店、チキンライス、中華、インドと毎日趣向の違うレストランでの打ち上げとなった。

KL市の中心にはそれぞれの民族が街を作り、そこには飲食店が並んでいる。決して高級な感じはしないが、気楽で味の良い店ばかりだ。土曜日にはボルネオのクチンから筑紫6段が来て指導に加わった。彼は西松建設の技術者で、クチン港の建設で転勤して来たが港の工事の受注次第ではもう1年延長になるかもしれないそうである。また、阿部君という3段の男性はマレー大学の医学部に入り、漢方を研究している。母親と一緒に剣道を学んでいる。土曜日の講習会の後、日本人学校のそばのフードコートで皆で食事となった。スイカジュースがジョッキに入っており、稽古で汗を流した後は実に美味い。span>

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by katoujun2549 | 2014-09-13 08:29 | Comments(0)

 1.猛勉強は報われるのだろうか

 日本で一番の難関国家試験は何と言っても司法試験である。毎日8時間の勉強が何年も続く。東大受験の比ではないが、やはり試験に強い東大生は有利であろう。かつては500人しか受からない超絶難関だったが、小泉改革で制度が変わり、2000人くらいが合格するようになった。制度が始まった当時は、累積していた司法浪人が一掃されるだろうといわれ、また、ロースクールが全国に作られ、門戸が広がるというので大学法学部は大賑わいだった。ところが、いざ新制度が始まり、司法試験も回を重ねるうちに、問題がいくつか出てきた。法学部として全く実績の無いような大学がロースクールを開いたり、とにかく法学部のある大学はみなロースクールを作るものだから、そこに行けば医師の国家試験のように80%くらいは合格するだろうと思ったのが大間違い。法務省の門戸は狭かった。旧司法試験でも試験に落ちた1000人ぐらいのグループは実際には合格線上だった。それでも、毎年1800人は法曹人の卵が生まれる。今年は1800人〜1500人位にしようと言うが、妥当な所か。問題は数字以外の所にあるのだが。司法試験に合格するには、8千時間は勉強する必要があると言う説がある。個人差はあるが、合格者の話だと、毎日、10時間、数年そうした集中的な勉強はして来た人が多いと言う。1年360日として、二年半はかかる。そんな猛勉強は医学部でもしていない。しかし、これをこなせば大学在学中でも合格した人はこれ迄もいる。実験だとか、実習のようなロスタイムが多い課題は無いので、ひたすらテキストを学び、答案練習をこなすのだから、短時間でこなす事も可能だ。司法の世界は実社会の出来ごとを相手にするので、偏差値の化け物のような試験だけで競争に勝ち抜いたからと言って仕事ができる訳ではない。バランスの取れた判断とか、常識、生活体験も無ければ法律家にはなれない。ところが、実際は、テスト人間の方が、裁判官や検察官にはなりやすいのである。そうしたリスクが今の制度にはあるので、人々は裁判を信用していない。彼らの猛勉強イコール良識のある世の中のリーダーとはならないところが日本の社会的欠陥である。一方、知識の価値を尊重しない事も問題である。人格的にもバランスの取れた司法試験合格者であれば、彼らを社会の宝として活用することこそ結果的には良き社会を構築する道ではないか。知的所有権を認めるかどうかである。

2.就職難

 弁護士になれば高収入と社会的信用が同時に得られる美味しい資格という過去の栄光は今や格差社会に落ちてしまった。弁護士になればまるで修行僧で、わずかな所得で正義の為に奔走する人がいると思えば、15分で何万円も稼いで、年収5000万クラスもいる。だが、毎年2,000人も参入すると流石に大変だ。
 どっこい仕事がそんなに無い。国家公務員の採用枠を増やそうとしないからだ。何も、検事や判事を増やそうというのではない。地方自治体も含めて法律職行政職の枠を増やすだけでいいのにやろうとしない。お陰で高年齢で受かっても職が無い。イソ弁も高嶺の花。何でも法律で争うアメリカとは違い、わが国は示談や和解を尊ぶお国柄。供給する弁護士の数に比例して仕事は増えない。アメリカのように弁護士自らが訴訟案件を作り出し、プロポーザルするという慣習が無い日本では、法的な事務は司法書士や行政書士の稼ぎどころとなっており、弁護士は市場が小さいことを考慮せず、当時のアメリカとの交渉の材料になったことがそもそも、無理な制度設計になってしまった。日本は大陸法の体系で成文法、法治主義でできている。基本が違っており、全ての原則が法体系の中で決まる。それに対して判例中心、裁判で物事を決める英米法の伝統のアメリカとは事情が違うのを無視して制度を政治的に決めたから変なのである。

3.改革は失敗か

 確かに10年以上試験に落ち続け、白髪三千丈の中国の科挙のような悪しき試験制度は改革されただろう。これは良かったが、ロースクールで3年ほど勉強して司法試験に合格という安易な認識は間違っている。昔でも社会人で司法試験に合格する人はいたが、ほんの数パーセントであったはず。実はこれは今でも同じではないだろうか。小泉改革では、法学部卒業者以外にも門戸を広げようということで、ロースクールには法学部卒業以外の入学者もいる。しかし、彼らは脱落者が多く、実態は未修者とはいえ法学部出身者がほとんどだそうだ。試験勉強をしていたかどうかだけである。3000人供給しようということであった。これはアメリカの法律業者参入をもくろんだが、挑発した本人は自分のミスを恐れて黙り込んでいる。ロースクールは結構だが、ところが彼らはみな卒業できているとは限らず、落第や中退者も多い。受験者のうち法学部卒以外の合格者は1割くらいだったとおもうが実態は、そこに至るまでに多く脱落している。旧司法試験のときと率としては変わらないのではないか。だからこれは制度改革の失敗。人生かけて勉強してもワリを食う。また、ロースクール卒業者は今は5回まで受けられるようになったが、今年までは三振アウトの制度。22歳で法学部を卒業し、ローに二年、3回受けて落ちればもう27歳である。これは大学受験やローで全て現役の人の場合である。浪人するとこれに1年、2年と重なるから三振で29とか30歳になってしまう。必死で勉強した挙句、職が無いという羽目に陥るのだから、いまや、ローに行く学生は急減する事態となった。全く合格者の出ないロースクールもある。定員に満たない新潟大学ローなどは毎年10人くらいは合格しているが、募集停止となった。旧司法試験は500人だから、これはもう大変。35才くらいになっても、いや40過ぎても夢を追う人がいた。旧試験では平均33歳が合格平均年齢だった。でも、このことははじめからわかっていたし、覚悟の上でチャレンジしていた。新制度では明るい未来と、高い合格率を売りにスタートしたのだからたまらない。学生はちゃんと見ているから、ローは不人気で、やる気の証は予備試験。合格率はトップローより高い。昔から司法試験に現役大学生で合格するような連中は東大京大には十数名いた。試験の天才たち。そうした連中が予備試験でショートカットして参入してきた。さらに、1500人くらいに絞ろうと言うのだから、ますます大変である。

 4.生活苦

 ローに行って生活費も含めると司法試験は合格迄1,000万円はかかる。貧乏なご家庭では無理なのである。そこで、予備試験という制度も出来たが、実際、合格する連中の半分以上は東大など国公立の学生で、彼らの家庭は皆高収入である。ロースクール別の合格者は慶応とか早稲田が多いが、この中には東大卒も多く、出身大学別に合格者を分類すれば、ほとんど昔と同じだろう。子供の頃から教育費をきちんとかけないと予備試験に合格する基礎学力がついてこない事を知っているはずなのに、政府の役人は見て見ぬ振りなのである。実態と矛盾した制度である。法科大学院では在学中から予備試験を受ける学生が増え、上位校の優秀な学生ほど予備試験経由で合格するケースが多い。というより、予備試験は昔の東大卒の法学部在学中現役合格ができる少数エリート確保の仕組みなのであろう。司法試験合格者のうち、弁護士志望者の1600~1700人中、400人以上が“就職浪人”だという。高給取りの代名詞とも言われていた弁護士の収入も激減している。国税庁による個人事業主として働く弁護士の所得の統計によると、2011年の調査で、登録弁護士の8割を超える2万7094人のうち、22%が100万円以下、19%が500万円以下だった。もちろん、これは経費を多く見た税金対策をした数字なのだろうが。司法修習生の中には、法科大学院の学費のローンを抱えているものが多く、それからさらに300万円を貸与されても、返す自信が無い、弁護士になっても最初は収入が無いから、弁護士会の会費が払えない、食費や本代を削るといった悲惨な状態を訴える人もいる。

 経済的負担に苦しむ司法修習生、そして弁護士になっても続く窮乏。司法制度の根幹が揺らいでいる。法治社会には法曹専門家育成が絶対必要である。英米法と違い、独法の影響の強い日本の法律体系はピラミッドのように膨大な基礎知識が必要だ。だから、司法に適した人材はそもそも誰でもなれるようなものではない。一定の試験をクリアした者にはそれなりの評価と待遇が必要なのである。それを無視して、予備試験の資格を厳しくするとさらに法曹界に行く人間が減るとか、仮定の話におびえている。そして奇妙なエリート選別に酔っている。リスクを恐れる擬似エリート官僚が法治社会を放置社会に陥れている。

5.お粗末な国の支援、強い逆風



 司法修習の間の費用は、昔は国費だったが、今は貸付金で返さねばならない。彼らは殆どが同期の仲間は職業を持って働いているのに逆に借金をさせようということなのである。それならば必ず返せる最小限の仕事は与えなければおかしい。有償ボランティアなど、昔のインターン制度とか今の研修医のように待遇できないのか。市民のための法律相談窓口を各市単位で設けて、事務所と電話代、生活費を一部負担すればいい。それに反して将来社会に貢献できる人間を苦しめて、優秀な人材にハードルを設ける意図は何だろうか。司法試験に通らなかった官僚や国会議員の嫌味に過ぎないのではないか。マスコミも自分たちより優秀な人間を増やすのは反対で、特に権力的な朝日新聞などは司法試験合格者にも厳しく、世における評価を貶めようと狙っている。法曹関係者が何か不祥事を起こすと紙面トップで叩くのが通例だ。法曹志願者の厳しい試験からさらに試練は続く。美人の女性弁護士はテレビ出演で稼ぐが、お笑いタレント並みの扱いで、見せ物のようだ。あんな美人が猛勉強して「弁護士」、動物園じゃああるまいし。








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by katoujun2549 | 2014-09-11 13:17 | Comments(0)
 5日金曜日の朝は雨だった。しかし、午後から上がり、土曜の明日は曇りがちながら、まあまあ、日曜日は晴れ。天気は回復気味。こうした、天気の変わり目に海ではお魚さんは食欲が出てよく釣れるのではないか。下り坂の時もそう。一番ダメなのは自分の経験では、快晴無風、べた凪で潮が動かない時。のんびりできるが、お魚が遊んでくれない、退屈至極である。夕方、聖籠の鈴木釣具店に翌日土曜日の釣り船の予定を聞くと、五目は出ないという。今日は6時に出るというので、急に思い立ち、事務所を5時に出れば間に合うので、よし、決行とした。富塚の家に帰って服を着替え、車で聖籠のプラント前にある鈴木釣り具店に6時半に到着。店のオッサンに電動リール、竿、クーラー全部レンタルで申し込んだ。慌ただしい準備で店には迷惑をかけたが、手際良く対応してくれ、仕掛けの100号コマセカゴと、天秤、ゴムクッション、タイ用二本針、コンビニでオニギリ3個と烏龍茶を買い込み、車で先導してくれたお陰で6時の聖籠港豊栄丸出航に間に合わすことができた。1時間ほどで岩船沖の漁礁海域に到着、60mから65mのタナを狙う。餌は沖アミコマセとイソメの房がけ。
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 最初の1投目はだめだったが、船長がこませの入れ具合など教えてくれた。2投目で竿先がブルっとしたので電動リールをオンすると竿がグーっとしなる。これは何か掛かったと、期待を込めて引き上げると、45cmオーバーのタイではないか。船長がタモで掬ってくれた。その後、サバやアジ、イナダが間断なく釣れ、タイも30cmクラスが二枚掛かった。二時間ほどしてタイの反応はなくなり、アジがかかるが、あと少しのところで二回バラしてしまった。オオアジだった。その後、20mも落すと40cmくらいのイナダがかかる。底まで仕掛けが落ちない。サバかイナダがかかっている。隣のおっさんは、タイをあきらめてサビキの6本針に切り替えてイナダ狙い。左の人にオマツリばかりしている。自分も仕掛けがヨレヨレになって天秤に絡まったりしてもたもたしているうちに、お終いのコール。最後の一投で、また、イナダがかかり、これで終了。帰港したのは午前1時だったが、満足行く成果で興奮したせいか、家に帰って風呂に入り、寝たのは午前3時だった。最初は波があって気分が悪くなりそうだったが、何とかオニギリ一個であとはこらえた。結局、タイ3枚、イナダが10、サバ3、アジ4(オオアジ1含む)の釣果。ああ、独り身の侘しさだが、こんなに食えないから、近所に配らねばならない。とにかく、この日では船中タイは6枚でそのうち自分が半分釣っていた。初めてのタイ釣りに大満足。鈴木釣具店のホームページにタイ二枚両手にニンマリの映像が載ったしだい。
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 翌朝は腰の痛みをこらえて剣道の稽古に行ったが、疲れていたせいか、斎藤、松川両七段に見事な面を食らって沈没、午後は寝込んでしまった。ちょいと昼寝のつもりだったが、起きればもう4時になっていた。それからご近所に魚を配ったが、腰が痛くなって電話で取りに来ていただいた次第。いつものことだが、釣りは後の処理も結構あり、面倒だがそれも楽しみか。


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数日はしめ鯖、タイの刺身、味の刺身と塩焼き、潮汁など続いたので肉が恋しくなった。


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by katoujun2549 | 2014-09-08 05:11 | Comments(0)
過去のペストや天然痘は貿易船に乗って来たが、エボラウイルスは今やジェット期に乗って来るからたまらない。今回の大流行では既に3000人以上が感染し、さらに、死者は10000人を超すだろう。ワクチンが出来る迄に6ヶ月はかかる。日本に全くリスクが無いかというと、別の恐ろしいシナリオもある。エボラ感染国がある西アフリカ地域では2万人ともいわれる中国人が働いている。こうした労働者が中国へ帰国することによって、中国国内へ飛び火する恐れがある。そして、中国からは年間130万人以上の観光客やビジネスパーソンが来日している。日本からはるか彼方のアフリカだけでの出来事だと楽観視できない。さらに、エボラウイルスの「宿主」の可能性が高いといわれているオオコウモリ類を食べる習慣が中国にある。広東料理だそうだが、先日行ったマレーシアも広東系の中国人が多く、料理は広東系であった。世界に蔓延する恐怖はあるのだ。21世紀は人間の生存が病気によって脅かされる時代かもしれない。とんでもない病気が生まれたものだ。これが、紛争地帯に入り込みでもしたら手が付けられない。かつて、ヨーロッパで三十年戦争など戦乱が都市を荒廃させ、ペスト流行に拍車をかけた。 HIVも熱帯で猿の血液から感染が始まった。エボラはコウモリだそうだが、ジャングルの奥には恐ろしい魔物が潜んでいるものだ。しかし、今日、癌の薬になる物質の90%以上は熱帯のジャングルとか海の中の生物から発見されるだろうと言われている。先月、マレーシアのクアラルンプール行ったが、熱帯直下の向こうの方が、日陰は東京より涼しい。日本は狂っている。とにかく、東京は今や熱帯同様なのだから、マラリアや、デング熱だってやって来る。エボラ出血熱は症状の激しさ致死率の高さ、感染力など、今の感染症中最強の奴らである。デング熱とマラリアは、かつて太平洋の戦場などで、日本の兵士が苦しめられ、彼らが帰京すると日本国内でも患者がいた、さほど珍しい病気ではなかった。一体何であんなに大騒ぎするのか?もちろん、熱帯でなくとも、満州や朝鮮半島でもチフスなどと同様に罹患した、今は、皆、健康状態、栄養状態も良いから問題にならないが、ジャングル戦や捕虜などは栄養失調になった時にはこうした病気でバタバタ死んで行った。東京は熱帯並みの気候なのだから当たり前ではないか。代々木公園のb浮浪者で、感染した人はいるのか。マスコミの大騒ぎでにんまりしている野郎がいるはず。
 マラリアは今日も恐ろしい病気になっている。毎年1億人が罹患し、子供の死亡率を押し上げている最大の病気だ。日本でも50人くらいはマラリアに毎年感染している。デング熱くらいでこんなに大騒ぎするのは変だ。マラリアの歴史は古く、古代ローマ帝国はこれが原因で弱体化した。フン族がローマ帝国を襲ったが、そもそも、彼らが民族移動を始めた原因がマラリアと言われている。マラリアは、マラリア原虫が引き起こすが、塩酸キニーネなどを使い治療してきた。ところが、最近耐性のある原虫が出てきた。昔に戻ってしまうではないか。このマラリア原虫は動物の赤血球中に潜り込む。ところが、アフリカ系黒人にはかなりの割合で、赤血球が細長い、いわゆる三日月型赤血球をしている人達がいて、彼らの血球にはマラリア原虫が血球中に入り込めないらしく、マラリアに対する耐性があると言う。人間の環境適応能力の凄い所である。また、HIVにも耐性のある人間がいると言う。一体何でこんな病気が出来るのかと絶望的に思うと、神様はちゃんと対抗する道も要してくださる。日本の製薬会社、富山化学工業が、エボラ出血熱を抑える薬を開発し、世界が注目している。こんな貢献ならいくらでも、喜んでしたい。


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