<   2014年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

 キリスト教の中で、カトリックはマリア様に関しては殆ど神に近い扱いであり、むしろ、イエスキリストより、信仰の対象として信徒に近い存在である。マリア像も拝むし、かつて、キリスト教が日本に渡来したとき、人々は観音様の慈悲とマリアを入れ替えて、信仰の対象として浸透したといってよい。
ところが、宗教改革以来、ルターは聖書のみということで、以降のプロテスタント教会においてマリア様の存在はクリスマス以外には殆ど語られない。
 マリアという名前は、日本で言えば、花子さんとか、典型的な名前の一つで、聖書にも、マグダラのマリアとか、ラザロの兄弟のマリア、マルタの姉妹のマリア、復活の時にはヤコブの母マリアとか沢山のマリアが登場する。福音書においてマリアが登場するのは何といっても、マタイ伝とルカ伝にはイエス誕生の物語が語られている。しかし、ヨハネ伝、マルコ伝にはその記述はなく、洗礼者ヨハネの存在が大きい。マルコ伝は最初に書かれた福音書といわれ、何故マリアが出てこなかったのだろうか。自分の推測ではQ文書(福音書の論拠となる資料)が書かれたときには、マリアは生きており、マリアの残した記録はマリアの元にあって、その部分はマリアの死後に纏められたという推測も出来る。自分の事はそれにつけ加える形でマタイ伝、ルカ伝ではイエスの誕生とマリアに関しての逸話が書かれている。有名な処女受胎告知と、イエスのベツレヘムでのクリスマスの物語、ザカリアとエリザベツの話などである。しかし、マルコ、ヨハネにはそのイエスの誕生の物語は全く触れられていない。何故そのような構成になっているのだろうか。聖書の福音書をイエスの言行録とすれば、イエスの伝道と十字架こそ大切な事柄で、何も、生い立ちに関してはあえて触れていないということであろうか。また、マタイ伝やヨハネ伝は、編纂にあたった時代背景や、教会形成の段階が影響しているのかもしれない。
 とはいえ、イエスの誕生に関して、さらに、初期の教団の状況を記録し、また、語れる人はマリアとイエスの兄弟しか存在しないだろう。また、マリアも、かなりイエスとは行動を共にしている。さらに、イエスの幼少期にはマリアの宗教観が強く影響していた事は間違いない。ユダヤ人の家庭では母親がその子供を教育するのである。特に、イエスの宮詣の時期まではマリアの教育が無ければ成長しない。これは常識である。マリアはイエスの十字架以降も存命し、その生い立ちや伝道中の事柄を証言したに違いない。いや、それ以上に、イエスの思想の根源はマリアの宗教観だったかもしれない。それを考えると、プロテスタントのマリアに関する扱い、あるいは研究はもう少し低手に出会っても良いと思う。カトリックのマリア崇拝、また、昇天まではやり過ぎだと思うが、これもヨーロッパの宗教事情が絡んでいるのだろう。キリスト教伝道のために、マリアを大きく取り上げざるを得なかった。それではプロテスタントはどうか、日本においては仏教において観音様の慈悲を慕うという感性は根強い。日本のプロテスタントがなかなか、カトリックに及ばない原因はその辺りにある様な気がする。

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  ある番組で、何処かのファッションモデルあがりのおねーちゃまが、私、マツコ有吉の怒り新党の-「夏目三久」みたいな役やってみたーい、とほざいていた。バカもん自分は誰だと思っている。あの軟体生物「有吉」と超オーラの「マツコデラックス」を相手にサラリと身をかわせる曲芸は才女兼、お嬢様兼、痴女の夏目様にしかできっこない。てめーにそんなのできるわけないじゃないか、と正直いってファンの自分は怒り心頭であった。
 毎週水曜日の夜11時30分から始まる「有吉&マツコの怒り新党」を見てしまう。視聴者からの投稿メール(怒りメール)に対して、マツコと有吉弘行が怒っていいかどうかを判定する。視聴者から寄せられた日々の怒りに白黒つけるべく、新たな政党「マツコ&有吉の怒り新党」を旗揚げしたという設定で、マツコが幹事長、有吉が政調会長としてトークを展開する。総裁秘書の夏目三久が何とも清楚な美しさをご披露する。実は彼女、日テレをコンド写真漏えい事件で放逐され、干されたが、この番組の成功で売れっ子になった豪腕キャスター。おとぼけ役の有吉と、怒りの熱血漢、マツコのトークがさく裂、夏目の一見天然ブリっ子役もいい。新三大◯◯というコーナーもニタリと笑える。今日はアンコタップリ薄皮のたい焼きに怒りを感じる投稿をめぐり、マツコは大興奮。宴会幹事をお任せタイプが文句をいうことへの怒り投稿もマツコのフィーバーで終始。
 笑わせていただきました。

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Tジョイ万代でホビットの冒険第二章を見た。5時55分からだが、到着は6時5分、入館したら既に最初のシーに入っていた。
弩迫力のドラゴン、スマウグ
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ドワーフの仲間達
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『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの60年前、ホビット3部作の第2章。竜に奪われたドワーフの王国を取り戻す旅に出たホビット族の青年ビルボ・バギンズら一行。ニュージーランドで撮影されたと見られる壮大なスケールの映像が見物。ホビットのマーティン・フリーマン、ガンダルフのイアン・マッケランら前作でもおなじみ。『ロード・オブ・ザ・リング』のオーランド・ブルームもレゴラス役が登場。伝説の邪竜スマウグの声を、シャーロックホームズのベネディクト・カンバーバッチが担当。ビルボ役のマーチンフリーマンはサーロックホームズのワトソン役であったから今度は敵役である。やはり、この映画の見所は、ピータージャクソン監督の特撮である。とにかく、町や城のセットが凄い。今回は、ティラのザウルスのような顔立ちの竜が援護をする。ビルボと最後に語り合い、そして大暴れをする。この竜と来たら不死身なのだ。溶けた灼熱の黄金を浴びても平気。火炎放射器のような火を吹くからたまらない。見所は、一見頼りないビルボが勇気を振り絞って、ドワーフの求めに応じて戦う事である。3作目が楽しみである。

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 この本から、ナチズムとホロコーストの関係が鳥瞰出来る。ホロコーストと一言でいうにはあまりにも多様で、原因、その背景は様々な歴史的、地理的、国家的ひろがりがあり、何処から手を付けて良いやら分からなくなる程、20世紀の大きな出来事であった。ホロコースト・スタディーズ ダン・ストーン著(白水社)はホロコーストの研究がどのような地平に至っているかをみることが出来る貴重な著作である。

  ドイツにおいて、かつて、多くのインテリがナチ党員であった。特に、医師が多かった。ナチの理論を支えたのが優生学であった。この研究者から、アウシュビッツの恐怖の医師、メンゲレも育った。
優生学と人種衛生学の概念が最もよく当てはまるのは、ナチにより「障害者」「よそもの」「反社会的」とされた人々であった。ドイツ国民の福祉のために「障害者」「常習的犯罪者」娼婦、同性愛者、浮浪者、そして「ジプシー」がターゲットになった。医師の45%がナチ党員、25%が突撃隊員で二番目に多かった弁護士の25%が党員であった事を超えている。 180p ナチス時代の医学とは、常に、何よりも、選別を意味していた。生物学的に劣等なものは民族体から排除されねばならず、そうすれば民族のより良い将来が約束された。個人は意味をなざず、無慈悲に断種され、安楽死され、医学で殺された。アウシュヴィッツは医学による選別の最たるもので、決して医学からの逸脱ではなかった。だから、医師達が台に立ち、50才以上の男性、45才以上の女性をガス室へと選別したのだ。ヨーゼフメンゲレは最も頻繁に台に立った医師であった。彼はドイツ医学における選別の象徴なのである。184P
ナチスのガス室は断種と安楽死から始まった。「生きるに値しない人々:病人、老人、障害者」の殺害で始まり、ホロコーストで終わった。

緻密さとナンセンスの混合:ゲットーのユダヤ人は様々な人種が混ざっているといいながらユダヤ人は外見で分かるとしている。研究所における人類学者のリサーチは全く意味がなかった。あれほど村々を回ってデータを取ったのに、分析はほとんどなされなかった。もちろん、できるはずもなかった。ユダヤ性を測る、標準基準など存在せず、従って、形態学的な測定からいかなる結論も導く事ができないのは当然だった。仮にデータから推論できたとしても、人類学者達は最も簡単な統計処理の仕方も知らなかった。183P
T4作戦により、ドイツ国内の障がい者、精神病患者などがこっそりと殺害された。これが後にユダヤ人やロマの抹殺に至る原点である。T4作戦の意義はカモフラージュや殺害の技術にあるのではなく、周辺に押しやられた無防備な人々の殺害が、国民の大半により、公然にも、また、沈黙のうちに受容されたという明白な政治的成果であった。従って、抹殺計画が続行しても、ドイツ国民はこの政策に暗黙裡に国家の指導者が結論しても驚きではない。もし、自分の身内が殺されても講義しなかったのならば、もちろんユダヤ人やジプシー、ロシア人、ポーランド人が殺されても、彼らから抗議など期待も出来なかったであろう。P192

ダーウィン主義と人種論、さらに優生学から宗教的な神秘主義、1000年王国論などが一直線につながっているということは忘れてはならない。ホロコーストが一体なぜ起きたのかというのは、21世紀に入り、この事件を歴史的検証の領域において議論されるようになってきた。歴史の中ではヨーロッパの植民地で多くの虐殺事件があり、これとらとの連続性が検証されるようになった。「モーゼスの出発点は私がこの章の初めで述べた点にある。ホロコーストは反ユダヤ主義が原因であるという意図派の指摘は悪くはない。しかし、ヨーロッパ諸国の大半とは異なり、ドイツ版の反ユダヤ主義がホロコーストに行きつくには何かが起こったに違いない。」「1918年から1920年に植民地主義者が抱えたトラウマは、二度と内なる敵によって国家が転覆され、敗戦することがないように、ドイツ人に極端な手段へと訴えさせたのである。」現在、ホロコースト史学とジェノサイド研究が相互に影響し合いながら発展しつつある。ジェノサイド研究は歴史へと目を向け始めた。ホロコースト研究においてはこれが唯一無比であると言う主張は歴史的解釈というよりは倫理的な立場であるという認識に至った。さらにこれは比較研究の中でなされるべきなのだ。レムキンの著作は再び脚光を浴びたことと、入植地でのジェノサイドが議論されるようになったことの背景には、ある意味でのホロコーストのグローバル化がある。これは殺害の初期の段階しか当てはまらないが1941年あるいは42年の時点での東欧でのユダヤ人の殺害ー市の収容所が本格的に稼働する以前は、植民地の掃討であったという認識は西洋の歴史においてナチズムが占める位置に対する歴史家の認識を変えた。さらに一方ではユダヤ人の殺害は東欧の住人に対するジェノサイドの一部に過ぎなかったが、他方ではナチのユダヤ人に対する姿勢とスラブ人に対する姿勢とは違いがあることもわかった。ユダヤ人だけがすべて殺される運命にあったのであり、ドイツが植民した地域だけではなく、ヨーロッパ全域で絶滅される予定であった。ホロコーストはナチの空想の中の戦争であった。我々は人種科学、技術、官僚制といった近代的なテーマが、陰謀論や神秘主義、「血でものを考える」といった超越的なイデオロギー的暴力と一体化する様をみる。我々がホロコーストに恐怖を感じるのは、その手段が現代においても馴染みあるもの、人口調査、人間の分類、医療化、生権力などにあるためで、また、我々の合理的な生活が実は呪術的な考えに毒されており、状況によってはこれが悪用される事態を日常的に目にしているからだ。たとえば移民がもたらす病気を信じたり、衛生崇拝、身体文化への強迫観念等があげられる。これはロマが「破壊」を経た後も同じような体験を強いられている事実は反ユダヤ主義の否定が戦後ヨーロッパの合意の中で中心的部分をなしてきたことを思うと実に「驚くべきことだ。」285P

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 サッカーのJ1浦和レッズサポーターがJapanse onlyという垂れ幕を掲げ、人種差別的とされ、無観客試合などの制裁を科された。世界の常識を知らない日本人はびっくりしたことだろう。アンネの日記を破る馬鹿男の逮捕が本当に日本人の無知から来るとすれば困った事である。というのは人種や民族にかかわる言葉は今はよほど注意しないと国際社会からつまはじきになる領域になっている。それはやはり、第二次世界大戦のドイツの国家犯罪と植民地の解放と関わった問題だからである。ドイツのみならず、植民地支配のあったところでは状況次第で、インド人とか、中国人といっただけで、人種差別的な受け止め方をされることがあるだろう。

 20世紀最大の不思議は、あのカントやヘーゲル、マックスウェーバーといった哲学の巨人、ゲーテやシラーなどの文豪文化人、さらには多くの作曲家を生んだドイツがナチスという蛮行を行なう団体に支配されてしまったのかということである。ナチスが行なった人種政策や優生学がどんな惨禍を引き起こしたかということが日本ではあまり重要な事として教育されていないことも問題である。今や、ドイツも多くの国際活動を行い、世界の一員として生きる道を選んでいる。国民の意識や世界観が、結果的に間違った、しかも惨禍を生むという事を世界は知ったのであった。
 
 ドイツは第二次世界大戦と悪名高い様々なナチスの蛮行をヒトラーやナチ党のせいにして、国民を免罪にしたいところだが、そうはいかず、ワイズゼッカー大統領の世界に向けた懺悔の演説でその地位を回復する道を得た。実際ナチズムや人種差別を生んだ事はドイツ国民全体が背負うことだからである。ブラウニングは「普通の人々(1992)」で
「普通の人が普通でない状況に置かれただけでサディストでも何でも無かったし、普通のドイツ人兵士はナチスではなかったとしても強くナチ的な世界観を持っていた。」とする。ドイツ人の第一次世界大戦後の歴史的体験がナチスを生んだ。それは国民全体が受け入れた事であった。今は一部の命がけで抵抗した人々がいた事も明らかにされているが、それは発掘されるべきかくれた事柄であった。

 あのユダヤ人強制移送の責任者で、南米に逃亡し、逮捕され、イスラエルで処刑されたアイヒマンの部下達:全員1905年〜1913年の間に生まれており、幼少時に第一次世界大戦を経験し、第一次世界大戦後に成人している。彼らはヴァイマールの危機で足元ががらがらと崩れ去った世代の典型的な例であった。彼らはヒトラー国家と自らを完全に同一視した。彼らの多くは1930年〜33年の間にナチ党に入党したビジネスマンであった。日和見主義と社会的地位の欲求が混ざり合いこれが党加入の主たる理由
であった。彼らが後にユダヤ人殺害に加わるようになるのは。権力、尊敬、社会的上昇を渇望したからである。ゲシュタポ指導部の3分の2は中産階級の出で、人文的な教育を受け、半数は法学博士の肩書きを持っていた。驚きの教養人であった。
 何故ホロコーストが起きたかである。多くの研究があるが、あまりにも大きな世界史的事件だけに、その理論的通説も、確定的な説明も今なおなされていない。ウィンディ・ロワー著「暴力の加速」によると、彼らだけではあのホロコーストは実行出来なかった。 国家の指導者がもっと多くユダヤ人を殺すように直接部下に圧力をかけた投入可能な殺害部隊がこの地域に集中増強されたことや後に有能な殺人者であることが判明する国防軍や親衛隊・警察の指揮官の協力があって初めてなし得たことであった。ホロコーストという二十世紀最大の悲惨な事件が何故起きたかに関しては数多な研究や著書、論文があり、これらを何処を切り口に伝えるべきかは極めて複雑であって、結果が意図しない方向に進む事もあるだろう。

フリートレンダー『抹殺の年月」とロンゲリヒ「ホロコースト」によるとモムゼン、ダン・ディナー「殺人者があたかも目的があったかのようにふるまったこと」殺害プロセスの連続的な激化の背景に、命令を下した人間を特定出来る様な明白かつ政治的に有効な決定があったかは疑わしい」という。国民全体がある種の思想的空気に支配されたのであった。「ホロコーストが、宣言された行動への意思が牽引する綿密な計画であったというより、独立した、しかし互いに関連する一連の行為であったとしても、熟考された後が認められ、かつイデオロギー的な動機があった事は一目瞭然であった」

 ナチは合理的な手段を合理的とは思えない目的のために使った(アラン・ベヤチェン)。それは人種というパラダイムであった。そこで機能したのがドイツの優生学と人種衛生学:文化的なものを生物学的に還元し前者を後者に依存させる試みであった。ジョナサン・リテル「悲しみの女神達」によると「人種科学者達は変人ではなく、最前線の科学者であると見なされていた。今でこそ人種理論から世界を理解する等という試みは「えせ科学」もしくは神秘主義であると断言できるが、ホロコーストを理解するには人種科学と人種神秘主義の区別を維持する方が有効だろう。」と述べている。間違った思想、思い込んだ偏見を利用し、国家犯罪が生まれたのであった。民族とか、人種という言葉がどれであけ多くの惨禍を生んで来たかである。近年では「ユーゴスラビアの解体ーボスニア紛争での民族浄化」、アフリカでのツチ族フツ族の構想等おぞましい惨禍を引き起こすのである。

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 先日、ある講演会で、びっくりする話を聞いた。それは、我々の同世代の中卒、集団就職で田舎から出て来た多くの人々が刑務所に入っているというのだ。本当だろうかと思い、調べてみた。刑務所入所人数は2010年では27000人ほど。そのうち70%が中卒か、高校中退なのである。男性でいうと,10万人あたりの小・中卒の入所率(219.0)は,大卒(6.9)の31.8倍となっている。中卒者は就職面など、諸々の不利を背負わされ,犯罪に傾斜する確率が高くなる。進学率の上昇により,この層が完全なマイノリティーと化している。確かに、集団就職の中卒者も、働きながら夜間高校等に通い、高卒の学歴を得ている。いや、さらに大学に進む人だっている。だから、そのまま、中卒で過ごして来た人は何か問題がある人が多いのかもしれない。 何も学歴差別のことを言いたいのではない。数字が物語っているという事である。98%の中学生は高校生となる時代。現在は半数が大学に行く。東京では7割に近い。
  自分が高校に入った頃、昭和30年代後半、日本の経済事情は好転した。高度成長に入ったのである。進学者の多い、都心の中学だったので、高校に行かない同級生はほんの数名だった。彼らは家庭の事情などから高校には行かないということから、学習意欲も無かったし、成績も低かった。優秀だが、家庭の事情で進学しない人は全くいなかったのではないだろうか。ところが、北海道や新潟、東北等では必ずしもそうではなかったのだ。もちろん、現在では中学卒業後高校進学は98%である。もっとも、精神的な障害、家庭の事情で中退する学生も結構いる。東京から新潟に行くとその辺の状況が驚きなのである。とはいえ、新潟でも中卒のグループは少数派である。高度成長になり、東京の労働力は底辺、3Kの職業が不足、そこを地方からの中卒組が「金の卵」ともてはやされ、地方の中学の先生は企業からの接待もうけ、多くの中学生を集団就職で送り込んだ。日本の高度成長を彼らは支えた。ところが、高校や大学に自助努力で進んだ連中は問題が無いのだが、高等教育の恩恵に預かれなかった人々は、オイルショック、さらには低成長のなかでの技術革新、情報化について行けなかった。彼らは十年以上続いた経済空白期間にリストラされ、職を失い、さらには心を病み、犯罪に手を染めるものも増えたのである。路上生活者の例外はあるが。高卒、大卒の犯罪率はぐっと下がるのである。教育が犯罪を防いだ訳ではない。その後の本人の努力と、社会の就職事情でこの傾向は大きく左右されるということである。学歴社会という意味ではその通りである。しかし、この傾向を見ると、やはり中卒を積極的に採用する企業は少ないだろう。国は、こうした中卒者高齢者などを高等教育の場に迎い入れる努力をしてこなかったのだろうか。もちろん定時制高校はあった。

 新潟県の大学進学率は48%と全国レベルでは低い方に属する。そして、他県はともかく、新潟県では上位の学生は東京の学校を受験する。朝7時の新幹線で出れば、10時からの入試には間に合う。都心の明治や東大、早稲田、慶応は入学試験に日帰りで往復出来るからだ。新潟県のトップは国立の新潟大学である。医学部は旧医専の伝統を受け継ぐ名門だ。理系を除く人文系の偏差値は国立大学の底辺といっても良い。新潟高校などの名門高校の優等生は殆ど行かない。だから、半数は他県からの入学者である。そして、公立に入れなかったグループが新潟国際情報大とか、青陵大に流れる。公立の次点グループに位置していれば経営は安泰なのである。それ以外の高卒者は就職か専門学校に行く。
 
 そんな高等教育観だから、保護者達は大学教育の内容を理解していない。あるいは、大学というのは自分の子供達には向かない、高度の専門家を育成する所と思っているのかもしれない。そもそも、高卒の保護者が多い。大学でお金をかけて子供達を遊ばす余裕は無いというのである。では専門学校に行けば専門知識が身に付いて、即社会で使える人材になるかというと、そんな事は無い。使い捨ての人材として、当初は重宝されているだけなのである。大学で教養を身につけ、自主性のある社会人としての成長は大学教育の最も大きな価値である事に気がついていない。30年後、今の専門学校生が、かつての中卒層と同じ憂き目に遭わないという保証はないのである。
付け加えると、驚いたことに、地方の新潟大学以外の大学は、殆ど受ければ受かる。そして、ここに入った生徒は実によく学校に出てくるし、出席率も良い。はじめは感心した。ところが、最近は実情を知ると心配だ。彼らは授業は良く聞いてくれるし、態度も良いが、自分で授業以外の学習はあまりしないのだ 。アルバイトと部活で多忙なのかもしれない。大学は、何かを教えてくれるところと思っているようで一生懸命に授業は聞いてくれるが、それ以外の学びをすることが少ない。大学は、教えてもらうことよりも、自分で学ぶということが大切なのだが、それが分かっていない。だから、専門学校が人気だ。自分の勉強を組み立てられない学生は、むしろ教職とか公務員試験を勉強したほうが学習時間は増えるだろう。どうしてこうなるかというと、多分親の学歴が低く、大学というのは何か教えてもらうところで研究とかは無縁だという人が多いせいだろう。


http://www.stat.go.jp/index/seido/2jiriyou.htmuhitotsu
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