<   2014年 02月 ( 10 )   > この月の画像一覧

>">「アンネの日記」が各地の図書館で破損被害にあっているようだ。何とも下らない事をする輩がいるものだが、この行為は、一体何だろうか。
⒈単純に考えると:右翼説
安倍政権になって、東京裁判は不正な裁判だとか、慰安婦問題での河野談話の見直し、南京事件は無かった説とかが国内で沸き起こっている中での事と無縁ではないだろう。反イスラエルのイラン等のイスラム国ではアウシュビッツのホロコーストは無かったというキャンペーンが存在するし、南京事件も無かったことにして、中国戦線での日本人の蛮行全てにフタをして、日本の軍国主義を正当化する試みにもつながる。日本の敗戦はアジアを白人支配から解放したことに貢献した。軍部の横暴も無かった、太平洋戦争の惨めな敗戦も、あれはアメリカのせいで日本は被害者だとしたい人々が少なからずいる。A級戦犯は戦勝国裁判の犠牲者、靖国神社に合祀は当然で、首相は堂々と参拝すべきだ。国際社会の批判は内政干渉。彼らは中国や韓国の歴史認識の嘘を暴くが、実は彼らの歴史観も、特定の証拠にこだわったり、全体を見ていない誤った歴史認識を抱いている。そうした性向の輩が、アンネフランクの本を破壊するという愚行を行なっている。というのが単純に考えると想定される。どっこい
、単純な日本人のインテリはコロッと騙される。


2.もう一つの犯人像
実は可能性として、外国人ー中国か韓国の謀略があげられる。日本の右翼はアンネの日記には関心がない。そこまでの知性も無い。彼らは実は金にならない事をしない。アンネの日記にこのような事をすると国際社会での日本の評判をおとしめる事を知っているグループによる謀略戦という説。南京大虐殺も当時の国民党によるジャーナリズムを使った謀略だったことが明らかになってきている。これは見事に成功した。日本はナチスと結託したファシストというレッテルを貼っておかないと国益を損なう国の連中が計画的に仕組んで、今の安部政権をファシスト呼ばわりしたい。日本はナチスと結託して、ユダヤ人のホロコーストを証明する本を破損させる野蛮な国だから、南京大虐殺も尖閣諸島も犯罪的に侵略を行った結果だと言いたい。あれだけの被害を一人の人間が行なえるだろうか、時間もかかっていない。これはグループ犯行である。今回、犯人は読み違いをした。被害者は日本の図書館である。そしてイスラエル大使館からアンネの日記の本が送られた。日本はユダヤ人の迫害に対しては杉原千畝氏の功績、あるいは旧陸軍が満州に逃げて来たユダヤ人を保護したり、多くのユダヤ人を救った。この事をイスラエルは忘れていない。犯人はその事を知らない輩であろう。だから、犯人は日本人ではない。そして、連中の悪意ある行動は失敗した。

3.ホロコースト
 あの、ナチスドイツでも、ホロコーストの実体究明は難しい部分がある。アウシュビッツは敗戦直前にはガス室は機能していなかったし、死体焼却も遅々として進んでいなかった。1944年、数週間のうちに44万人のユダヤ人がアイヒマンの作戦で移送され、84%が抹殺された。しかし、そのうち、6万人が生き残った。ビルケナウの殺人工場でも全員は無理だった。夜と霧などの映画で見る死体の山は本来の収容所の実態ではない。敗戦を前に、看守が収容所から逃げ出し、放置されたために、多くが餓死した結果である。あの場所で毎日起きていたことは、目に見えない灰となっていたのである。アンネフランクはガスで殺されたのではない。アウシュビッツに送られたことは分かっている。意外なことにホロコーストの証拠は一般にわかりやすく示すことができるものは少ない。ところが、あのアンネの日記は、確かにオランダにユダヤ人家族が隠れ住み、捕まり、アウシュビッツに送られて殺されたという動かない証拠なのである。これが忌々しい人々がいる。

 ナチスのホロコーストは時代によって様々に変化したし、彼らだけでは実行出来なかった。実態を明らかにするには全ヨーロッパ的現象としてとらえなければならない。証拠や証言も問題含みである。敗戦直前のヘスの後の収容所長は死体焼却場ークレマトリウムの稼動を見ていない。ガス殺工場は解体されていた。理由として、炉の処理では追いつかなかったこともある。ユダヤ人がビルケナウの列車操車場で下ろされて選別される写真が多く残されているが、選別後、女子供老人は近くの森で待機させられて、順番を待つ。まるで森にピクニックに行く感じだったようだ。数時間後に呼び出されるようにシャワー室、偽装されたガス室に送られ、チクロンBで15分で殺されて、手際良く焼却処理された。家畜の食肉工場なら解体処理に場所も時間もかかるが、人間は運ぶだけであるから大きな施設はいらない。殺される方が想像する暇も無いうちに殺られ、工場の様な施設、死骸は手際良く炉にぶち込まれた。しかし、施設も証拠書類は始末されている。ところが、頭隠して尻隠さずである。至る所から状況証拠は出て来たのである。ガス殺も焼却も無かったというなら、リストが残っている何百万というユダヤ人やジプシーは一体何処に消えたのか。証拠の不備や、一部の証言をもとに全てを否定するというレトリックは常套手段であった。いちゃもんをつけて、違法行為を正当化したり、その対策と称してめちゃくちゃなことをするのはナチスが使った手なのである。

 バンゼー会議でのユダヤ人問題の最終解決としてのホロコーストはナチスの中でも、隠語の様な形で指示がなされ、明確な言葉では指示が出されていない。ユダヤ人抹殺はヒトラーとその取り巻きの基本テーゼであり、これを実行した。アウシュビッツ以外でも、キエフのアンザッツグルッペンの銃殺部隊はバビ・ヤールの峡谷において2日間で33,771人のキエフ在住ユダヤ人を射殺した。他にロマや共産党員など100万人が独ソ戦関係で銃殺された。数字だけでも凄い数ではないか。こうした指令は実行者に、ユダヤ人の生殺与奪の全権を与えるといった曖昧な隠語で伝達された。国際的犯罪行為であることをヒトラーやヒムラーは知っていたからである。ある反ホロコースト論者は、証拠は所長、ルドルフヘスの証言しかないというが、あれだけ明確な手記があってそれ以上に一体何を必要と考えているのだろうか。また、絶滅収容所であったへウムノ、ベイジェツ、ビルケナウ、ソビボーなどの生き残り者の証言、ダッハウ、ベルゲンベルゼン他の何百という収容所の記録、1965年に行なわれたドイツ国内のアウシュビッツ裁判等の証言もあり、頭隠して尻隠さず状態なのである。確かに600万人を殺したという証拠は無い。推定値である。第二次世界大戦を第一次と比べて特異なものにしているのはナチスの病的なまでの民族主義とユダヤ人抹殺政策、日本も含めた人種的政策であった。かつて、森元総理が、日本は神の国と言ったことがまさにそのことである。歴史に無神経な政治家が多い。歴史の中で証拠があっても無くても反省すべき事はあるのではないか。
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by katoujun2549 | 2014-02-28 17:28 | Comments(0)
 剣道の最も面白い所は、その精神性である。巷で精神性というと、何だか、礼儀とか、厳かな様式を連想する人もいるようだが、そうではない。要は「気」なのである。昔の武人は、エイッ!と言っただけで相手をひっくり返したりする達人がいた。今も、合気道などで、そうした特技を披露する大先生がいるようだが、あれは、多分、その先生の事が分からない相手には通じないのではないか。敬意を持っている相手からは技がかかりやすい。

 面を着け、小手と胴に身を覆うと相手の動きは見え難い。しかし、面金の奥に見える視線、竹刀を構えた時の竹刀のタッチ、裏表の感触、全体の身体の動き等から相手の気を伺う。これは武道の必須部分である。相手を考えずに、やたら攻めてくるだけとか、形だけの剣道は実につまらない。相手の気と自分の気の戦いとして、間合い、呼吸、姿勢、足さばきなどから相手を注深く観察し、打突の好機をうかがい、さらに、技を仕掛けて相手の構えを崩す。そうした攻防が武道の面白味なのである。そこを考えない、ひたすら反復運動という稽古もあるが、66歳にもなった自分の剣道を振り返るにつれ、反射神経とか体力任せの稽古はつまらない。幕末の剣豪、白井 亨のように剣先から輪がでてくるような剣道をやってみたいものである。何も輪が飛び出したのではなく、白井亨の剣の先に目が行ってしまい、翻弄されたという意味にとらえた方が分りやすい。昔の人の表現は象徴的ーメタファー的なのである。

 だから、構えというのは重要である。いい構えの稽古をしている人を見ると、やはり強いなあと思う。構えがしっかりして、体が崩れないと、相手が逆に自分から崩れてくれる。そうなれば小手面の連続技も、応じ技も効いてくる。そして息も切れず、体力の消耗も少ない。理想の剣道である。かつてご指導いただいた、故中倉清範士九段は、若き頃、植芝盛平の婿養子となり、植芝清と言われた時代があって、合気道の達人でもあった。先生からは何だか、不思議な「気」が流れていて、宴席で隣の位置にいると静電気のような感触が感じられた。多分、先生は、相手の気を読む達人で、それを自分は未熟なりに感じていたのではないかと思う。先生は常に相手の事を思う方であったと同時に、相手の心、気などを読み取る事を心がけられていたのだろうと思う。それが何となく。不気味な感触を感じていたのだと思う。先生と稽古すると、つねにこちらの動きが読まれていて、先生の剣先が動くと切られるように身体が動いてしまう。それこそ気の勝負だったのではないかと最近は思う次第である。

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 フィギュアスケート・フリーにおける浅田真央ちゃんの演技は素晴らしいものだった。ところが、フリーの出来としては3番目なのである。これは意外!韓国なんぞは当然、審査員に袖の下をしっかり政府のスパイ組織を駆使し、ハメているに違いない。そもそも下品な国なのだ。アウェイのつらいところ。日本は武士の国だ。メダルは取れずとも、堂々と最高の演技を見せてくれた「サムライ」精神に拍手である。おひな様のような可愛い真央ちゃんが世界の強豪と競い合っただけで満足。外人に聞いたら、あの顔立ちは西洋人には理解出来ないのだそうだ。いいのだ、日本女性の美とはそのようなものだ。彼女は金メダルなんぞ関係無いレベルの国民的アイドルである。おばちゃん風だが責任感と気丈夫な人柄で立派な演技の鈴木さんにも拍手。奥さんにするにはあのテがいい。堅実な家庭を築けそうだ。自分の好みは村上さんだ。頭も良さそうだし、美人だ。

 もう一回やったらどんな結果かは誰も予測出来ない接戦なのであった。リプニツカヤにしても、団体ではあれだけのパワーを見せながら、シングルスでは失敗している。アデリナ・ソトニコワが金という結果は偶然かもしれないが、世界の壁は凄く厚い。NHKはむしろその事を報道すべきであった。金妍児が世界大会に欠場してもあれだけの実力があることは報道されなかった。ロシアの二人が日本では報道されない世界大会で素晴らしい成績を残している。これも報道しない。コストナーの成長ぶりも凄かった。とにかく、一番ブザマだったのはNHK。
 
  元総理がオリンピック委員長になって変な批評をしたり、また、マスコミがフィーバーしたが、何も気にする事は無い。しかし、麻央ちゃんは何故、フリーであれだけの演技が出来るのにショートプログラムで失敗するのだろうか。彼女は恐らく、プレッシャーを乗り越える強い力があるからこそ、あのフリーが出来たのだ。彼女は自分にも過酷な課題をかけて、それを糧に、さらなる精進を続ける人である。世界の強豪との競い合いとオリンピックというだけで凄い重圧がある。それに自分の最高の演技を見せたい、さらには亡くなった母上への思いなどを重ねてさらにプレッシャーをかけている。これは耐えられない。もっとリラックスしなければならなかったのだろう。最初のショートでメダルの可能性が消えたと思ったとたん、全てから解放されたかのような素晴らしい演技に転じたのだ。麻央チャンは国民的アイドルだから、今後も世界を相手に更なる精進を続けてもらいたい。

 マスコミが、金金というのは邪魔だが、あれだけの実力の持ち主だからトップを狙うのは当然である。言われなくとも目指している。しかし、練習以上の結果を出す事は難しい。今回金を取ったロシアの選手も開催国の声援をバックに奇跡を起こしたのだろう。金妍児のスケートもなかなかのもの。浅田真央ちゃんが今後成長して、色っぽさが出て来たらもう一回は行けそうである。鈴木明子も村上も自分の力を出し切れなかった思いを残した発言をしている。これは当然の事で、もし、練習以上の演技が出来たら意味不明としかいいようが無い。ソチ冬期オリンピックも終わろうとしている。開会時に予測したが、やはり金は一個であった。しかし、NHKが祭り上げなかった選手達は見事にメダルを獲得している。今回のオリンピックで一番変だったのはNHKであった。

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 昨年行なわれた、文部科学省の「知(地)の拠点整備事業」において、大学の応募は盛況で、52校が採択になった。日本の大学の半数に近い320の応募があった。当選した大学は、いずれも、地域活性化に貢献する人材育成を旗印に、コンセプトを取りまとめたところが採択されている。地域連携は公立の大学が役割を果たしてきたため、多くが地方の県立、国立大学である。大学はビジネスの場ではなく、人を育てるところだから、こうした人材育成プログラムをきちんと整備した大学の申請が採択されるのは当然である。これまで、多くの大学が、地域の市民講座、行政の支援等の地域活動を行って来た事が分かる。特に、地方の大学は公立私立の別なく、地域との連携事業を行って来た。文科省はこうした活動を昨年の申請件数などから、重要な大学の役割として拡充して行こうとしていると思いきや、実はそうではないのである。
 この知の拠点事業は今年で終わりなのである。しかも、昨年は52校選ばれたが、今年は20校程度なのだそうである。全く連中の考える事は、一体何だか分からない。推測だが、文科省の予算は、国の財政難のあおりを受け、とにかく縮小傾向なのである。そのため、こうした課題を餌のように投げかけ、僅かな大学にご褒美を上げ、全体としては予算を削減しようとしているということだ。要するに、予算をカットするための口実のようなもものなのである。日本は高等教育に対する補助金の額では先進国の中で最低なのである。国家百年の計などは連中は全く考えていない。独ソ戦のとき、大量のソ連兵捕虜に僅かばかりのパンをトラックから投げ与え、群がる飢えた捕虜達が奪い合う姿を見て優越感を持って眺めているドイツ兵のごとく、文部官僚は得意になって予算を撒いている。競争させて、それを大義名分に予算を消化するという仕組みを管理しているだけなのである。なん彼らには、人材を育成しようという発想は実は無いのである。
 とはいえ、地方の私立大学は、地方行政からの支援も欲しいから、懸命に地域連携の試みを続けている。しかし、行政から出される課題が効果のカギである。行政が大学に何を期待し、求めているかである。長岡大学は、昨年、見事にCOCに選定された。しかし、その大問題である学生数の確保に結びついてはいないのである。地域連携は学生からみるとそれほどの意味を持っていない。しかし、大学は、学生に教育として地域に協力し、理解を深める教育を行っている。
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 フィナンシャルタイムス 日本支社長を務めていたヘンリーストークス氏の驚きの歴史観である。氏は三島由紀夫、サイデンステッカー、ドナルドキーン氏などの親日文学者と親交を結び、日本人の名誉や誇りが、第二次大戦敗戦の結果地に落ちた事を憂う数少ない西洋人である。興味深かったのは、記者であることから、実際に多くの著名人と会った印象を率直に書いていることである。白洲次郎、安倍晋太郎、金大中、シアヌーク、麻生太郎氏の母、麻生和子氏(吉田茂の三女)、三島由紀夫など。しかし、彼はジャーナリストであって、かなり文学的な素養はあるが、外交や歴史家ではない。ところがこの本では歴史認識や外交問題の難しい部分に触れており、中途半端な知識から大胆な発言になっている。ということは、彼の様な外国人並みの歴史観、知識を持った日本人が、真に受け、喜ぶ内容である。彼は三島のような日本の著名人と親交を結んだ時にかなり視点がぶれてしまい、影響を受けすぎている感じがするし、日本で今右翼的な言動をしている人達の歴史的認識は、この程度と言える。彼は、海外のジャーナリストよりは遥かに日本通だが、敢て敗戦国の立場に立っている。ダワーの「敗北を見つめて」より独断的な解釈が多い。
 この本で書かれている事は、日本人なら誰もが思う通説の数々である。今頃何を言ってるのだろうか、30年前に言ってたら大したものだ。従軍慰安婦、南京事件、東京裁判、いすれも日本人に取って誠に切歯扼腕してきたテーマだから、特に右翼陣営には有り難い外国人である。残念な事に彼がフィナンシャルタイムズに在籍していた時にはこのような主張を海外において展開してはくれなかった。今は、引退して、言いたい事を言える立場なのだろう。日本は、こうした中国や韓国の国際情報戦争に負けていることもご指摘の通り。何故かという事をもっと掘り下げてもらいたい。海外では敵対する相手に対して、悪態をつくのは常識であるが、これを世論作りという手法にもとり込んだり、歴史教育として国民向けにも活発なプロパガンダを行なう。特に、中国や、韓国の歴史認識は日本、いや世界とも違い、学問の裏付けは無い。悪辣なねつ造や、誹謗中傷に満ちた内容を平気で載せてくる。これにどう対処したら良いのだろうか。戦前も日本は鬼畜米英などといって欧米人の人格否定を行なって来た。中国人や韓国人も、チャンコロとか、朝鮮人をチョン公とかいって馬鹿にしていた。その結果が今も尾を引いていて、中国や韓国の現在の優位にある産業などを過小評価する傾向がある。
 そうした行動は全く未来に益がなく、歴史が立証している。中国や韓国の歴史認識を正そうにも連中には聞く耳が無いだろう。それではどうしたら良いのか。それは中国や韓国が日本を非難するほど、公明正大に自国の歴史の暗部を公にしていない事を指摘するしか無いだろう。中国が南京で日本軍が不注意にも犯した犯罪や、便衣兵の射殺、さらには国民党軍が行った督戦部隊の自国兵の射殺を南京事件に転嫁したこと。慰安婦問題が事実とはかけ離れた日本人を卑しめる卑劣な外交戦術であることに対抗するには同じ方法で彼らの行為を拡大攻撃するしかない。韓国軍がベトナム戦争で何をやっていたのか、中国人が文化大革命で何をやっていたのか、光州事件、天安門広場事件、さらには文化大革命で1000万人以上の自国民を闇に葬り、チベットや、ウイグルで何をしているのか、反証する事が大切である。これを海外のメディアを使って発信する事である。政府や自国のマスコミがやっては何の効果もない。他国のマスコミを取り込んだ広報の工夫である。かつて中国国民党が南京事件をねつ造したのと同じ手口である。

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 ソチ冬期オリンピックのNHK報道が毎日目に入る。このオリンピックはとにかく白人天国、ここに食い込むのは容易ではない。今回は金は1〜2とれれば上出来。0でも不思議はない。オリンピック陸上では金を独占する黒人はスキーなんぞやったことないし、必要もないし、関心もない。我が国でジャンプを毎日練習している人はどのくらいいるんだろうか。むしろ、スケートボードと共通点の多いハーフパイプ等の方が競技人口は多いのではないか。そんな実態の日本がその割にマスコミをあげてメダル、メダルとうるさいのが嫌になる。オーストリア、ロシア、カナダ、スイス、アメリカが強いのも当然である。雪山の急斜面を時速130kmで滑り降りるアルペン部門には日本人が決勝に出る訳が無い。そんな環境は無いからだ。山の多い我が国は、一気に滑ると、千尋の谷に真っ逆さまに落ちてしまう。あんな長い距離を滑る場所なんか、日本には無い。凸凹の斜面を滑り降りて空中一回転したり、何でするのか。日本では危険行為で、そんな事をスキー場で年中やっていたら、誰が喜ぶんだろう。他のスキーヤーから見たら、全くのキチガイ扱いだ。上村愛子さんは奇跡的な能力である。もともと、山のスキー場に近い所に住んでいなければそんな人材になる訳が無い。メダルは取れなくてもここまでよくやった。

 ロシア人何ぞは、凍った所を子供の頃から歩いているから、バランス感覚抜群で、だから、体操の平均台なども強い。体操王国なのはそんな所から来ている。日本人は空中転回が出来るのは忍者くらいだ。お能とか歌舞伎だって、昔から、平らな床を静々と歩く訓練をしているくらいで、デングリ返しをする事すら稀である。ロシアでは毎日の生活で氷との戦いである。いちいちスッテンコロリンしていいたら、頭を打ったり危険である。地面に頭を打って死んでしまった人の遺伝子は残らなないから、転ばない能力と癖がついた人がそもそも、生き残ってきた。そこが民族的特徴である。15才で突然凄い天才が現れたようにNHKは言い訳がましく言うのだが、当たり前の話だ。フィギュアケートで頑張っている、浅田真央ちゃんが3回転半でスッテンとなるのは仕方が無いのである。ユリア・リプニツカヤはそもそも凄い。日本人選手はその人知れぬ努力の賜物であそこまで到達している浅田さんや鈴木さん、羽生君はむしろ異常な能力の持ち主と言っていいくらい。そこまで達した努力も凄いのだ。皆名古屋だが、名古屋の冬はけっこう寒いが、道路が凍って危険なほどではない。
 不思議なのは、高梨選手が一体何で、あんなに怖いことができるのか。普通の神経ではない。とにかく、日常では全く必要の無い能力ではないか。高校生が学校の屋上から飛び降りて、さらに、すっ飛んで行くより、遥かに高いところから、100mも滑空する能力である。

 いつも陸上競技、特に100mとか短距離、さらにマラソンは黒人勢が圧倒的である。当然の話だ。アフリカに都市が生まれ、車を使えるようになったのは、ほんの50年くらいのものだ。人類が生まれて、何万年もアフリカ人は戦って来た。戦ったのは遺伝子である。アフリカでは今なお小学校の頃からマサイ族など草原のライオンだとか象のいるところを通学しているから、全く、動物とは命がけの生活である。ダッシュしなければ食い殺される。アフリカ勢が短距離王国なのは民族的に、ダッシュに向いた白筋が強くないと生き残って行けない環境があったからだ。動物だけではない奴隷狩りも横行していた。エチオピアは高地だし、毎日2時間もそこを走らないと学校にも買い物にもいけないわけで、これも命がけでDNAを変異させた人だけが生き残る。陸上競技はその選手に必要な生活上の理由がある。ボルトが何であんなに早いんだろう。ご先祖はアフリカだが、足の速いDNAがあったから、今日までに至って、猛烈に足の速い若者が生まれる。祖先は奴隷狩りに追われても逃げ果せなかったのだろうか。それでは、そんな時に奴隷にならずに上手く逃げ果せた隠れんぼの達人が今のアフリカには沢山いるわけで、オリンピックにカクレンボ競技というのをやったら、さぞかし、アフリカ勢がメダルを独占するだろう。

 冬期オリンピックは日本人には過酷な競技が多すぎる。だから、メダルなんぞ一個も取れなくとも良い。NHKは競技の終わった選手に、ご苦労様、国の見栄で、君たちは人生をかけて頑張ったのです
ありがとう、と感謝するだけで良いのである。国営放送NHKは非常識な会長がいるが、とにかく、常識的にふるまってくれれば国民は安心である。

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 新発田の食堂は、どこも外れがない。けっこう皆美味しい。中華のお店を3つ上げるとすると、大学の近くのジョイタウンにある、三宝。新発田駅前の長江、そして、新発田城と西新発田高校の間にある中華料理天龍軒である。麻簿豆腐は長江と三宝が四川風の激辛陳麻婆豆腐をメニューに入れている。万代新潟日報ビルの3階にある四川飯店の麻婆豆腐は陳さんの麻簿豆腐で、山椒の辛さがメインのもので、赤坂の四川飯店と同じである。しかし、赤坂の方が味にコクがある。長江は駅前のホテルと経営は一緒である。長江のものは陳さん直伝との事だが、山椒の味が弱く、味付けを変えてあるのに、陳さん直伝と称して似て非なるものになっている。値段は万代と同じだから、田舎にしては高い。それに対して、三宝の方が陳麻婆に近く、価格も800円と安く、お薦めである。三宝はチェーン店である。けっこう辛いから、注文する時は覚悟がいる。天龍軒の麻婆豆腐は醤油味で普通のものだが、未だ食べた事がない。というのはここのかにチャーハンが実に美味しく、こちらを注文してしまうからだ。普通の五目チャーハンは800円だが、100円足して蟹にすると一層美味。

餃子を2個追加した天龍の蟹チャーハン
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今日のお昼はこの天龍の蟹チャーハンを堪能し、ウオロクで晩飯の五穀ごはんを買い、雪の中帰宅。昨日からの暖冬状態から転じて寒波到来。夜はフランス映画、愛アムールを見る。老夫婦の介護の物語。身につまされる話で見たく無かったがアカデミー賞外国語賞を取っているので借りてみた。何と!自分の6年ほどの介護生活によく似ている。とはいえ、舞台はフランスで、家も立派で、音楽家夫婦と、洒落た生活。しかし、介護保険のある日本はこれより楽な感じがした。フランスの介護事情はどうなってんのか。ヘルパーなんかも訪問してくる。この映画は介護体験映画化か。この夫、介護のやり方はやり過ぎ。危ないのよね、こういう愛情深いのが。結末は何とも題名とはそぐわない感じ。ネタバレになるから内緒だが。
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 韓国がやたら日本の従軍慰安婦問題をがなり立てるのは異常な感じがする。朴はもっとやるべきことが他にあるのではないか。全くの想像上の出来事を歴史といって日本に出鱈目を押し付ける朴大統領は常軌を逸脱している。日本は事実を正直に反論すれば良い。河野談話等は当時の政治情勢の中では精一杯の譲歩的対応だったのだ。その時の交渉で合意した事を裏切ったのは韓国ではないか。金詠三はこれで政府の関係はこれ以上追求しないという外交上の了解を行ない、さらには村山談話で決着したのではないか。

 そもそもの話だが、70年前には日本には公娼制度があり、慰安婦もその一つだった。だから慰安婦は日本人がやっていたが、当時は朝鮮は日本の一部だったから、慰安婦の半分は朝鮮人だった。朝鮮の田舎は貧しく、比較的高収入の得られる慰安婦の仕事は彼女達以外の親兄弟に取っては美味しい仕事だったので、彼女達は売られたのだ。勿論底辺層の出身が多かった。誘拐されて売り飛ばす事もあった。彼女達の中で自分の意志で進んで慰安婦になる人は少なかっただろう。しかし、自分の家庭を助けるために親から売られる女性も多かった。彼女達を募集したり、集める仕事は日本人より同民族の朝鮮人が請け負っていたケースもあっただろう。

 従軍慰安婦だって、そりゃ棍棒で脅したり、引き立てていったりはしない。貧しい朝鮮女性をお金で釣って、軍と協力しながら売春宿を経営していた民間事業者が、軍に協力する形で商売していた。だから軍には証拠なんぞない。70年も前の事、記録は大事に取っておく様なものではないし、処分されている。慰安婦問題をもみ消そうとしたい人々もいる。彼らは証拠無いじゃないかと反論しても説得力があるのだろうか。誰だって1日何十人もの兵隊とセックスしたい女性なんぞいるわけない。好き好んで行く奴はいない。軍隊は外注していたのだから、証拠なんぞないのが当たり前。あれは軍隊とは別だよといっても通用するのだろうか。慰安所はあったのだし、そこでは多くの朝鮮人女性がつらい性労働を行なっていたという事実は否定しようもない。それを隠そうとするから、彼女達をリンチして逃げないように恐怖で縛り付けたとかでっち上げの作り話をばらまかれるのだ。日本の慰安所みたいに秩序正しいものは無かったくらいで、ソ連兵は満州でも強姦専門。アメリカ兵はチュウインガムやコーンビーフ缶で誘って、混血児を作って後はドロンであった。

 韓国では人気のない政権が日本たたきで人気取りをする悪習が竹島問題以降続いている。民主党政権があたふたしたからこりゃあ美味い方法だと図に乗っているのだ。日本は、証拠はなかったなどといわずに、事実をありのままに、世界に申し開きすればすむのだ。とにかく、世界の戦争中の話としては、ソ連兵がベルリンに侵攻した時にはベルリン女性、ばあさんも含め10万人が強姦された「あなた何回?私3回」というのが女性の挨拶会話だったというから驚き。被害にあった6000人の女性が自殺した。戦争中は酷いことが起きたのだから誰も驚きゃしません。

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 国会の予算委員会で安倍総理の昨年の靖国参拝の答弁を聞いて、この人は一体なぜこんなに靖国にこだわるのか不思議でならないし、質問に立った維新の会の議員も、何て国際感覚が無いんだろうと不思議に思った。こんな感覚では日本は孤立度を深めるだけだ。とにかく、日本はあの軍国主義国家から決別した事から再生出来たのだ。これを忘れては困る。一番分かっているのは天皇陛下だと思うようになった。確かに、日本は中国が言うようなナチスではない。しかし、三国同盟も結んだ立派な軍国主義国家で、その威張り腐った軍部のお陰でコテンパーに負けてしまったのだ。この事を忘れているとしか思えない。

 敗戦後70年が経って、当時20才だった人は90才である。10才の少年でも80才になる。彼らは既に現役を退き、社会的に発言力も衰えている。50代の日本のリーダー達は歴史認識がおかしいのではないか。戦争体験者から何も学んでいない。高度成長期に育った彼らは接点がなかったのかもしれない。もはや戦後ではない、司馬遼太郎の坂の上の雲がもてはやされた時代に育ったのである。自分達団塊の世代は戦争の惨禍を全く知らずに育ったが、平和が何故尊いかをいやというほど教育の中で叩き込まれた。自分の親の代はまさに、大正生まれで、父親の多くの仲間が戦死、母親からは空襲の怖かった体験を聞かされて育った。叔父や叔母が引揚者だったり、シベリアに抑留されて亡くなったために、その子供達や家族を親族で支えたものである。会社に入った頃、部長クラスは皆軍隊経験があって、中には参謀だったり、中国戦線で九死に一生得て会社では部長や役員で大先輩として我々を見守ってくれた。

 今の安倍政権が攻撃されるのは古くさい感性とか歴史感覚なのである。感性や想像力が欠落している。安倍政権も、今の国民の指導者達は、あの敗戦と、列強に負けじと朝鮮や満州を支配し、その国民を日本人の下に貶めた行為の中で、従軍慰安婦や731部隊の非人道行為が行なわれた事を忘れているのではないか。自分も子供ながらに、捕虜の首を日本刀で刎ねて、その時の中国人の恨めしそうな目つきを思い出し、夜な夜な苦しんでいる人の話を聞いたことがある。日本の軍人が外国で何をしたのかである。ドイツはもっと酷い事をしているから日本とは違うではない。被害にあった相手の立場をどうう考えるかではないのか。
 
 田中角栄や大平正芳が、日中国交回復で意識したguilty conscious、という言葉をもう一度思い起こして欲しい。自虐史観とか、東京裁判史観とかいって、日本人の蛮行を無かったかのごとく、覆い隠すのは、まさに歴史に学ばない誤った姿勢ではないか。政治家の中には、靖国神社に参拝に行くのは国民として当然という主張をするが、彼らから日本の軍部が海外で行なったことへの反省や、謝罪の言葉を聞いた事がない。そればかりか、東京裁判は間違っていたとか、日本も占領地で現地の近代化に貢献したとか肯定的な考えを丸出しにしたがる有様。とにかく、国として、天皇陛下を中心に、毎年武道館で8月15日の式典を行っている事以上にそんなにこだわる必要があるのか。それで不十分なのだろうか。

 太平洋戦争も調子が良かったのはミッドウェーまでの半年で、後は100戦100敗。哨戒もせずに輸送船に乗せられて、戦地に行く前に50万人の兵士が海に消えた。戦死者230万人のうち食料の補給もなく、餓死者、病死者の数は100万人を超える。この間違った戦争方針の立案者達も、武運もなく若い命を散らした英霊も、一緒くたにして祭っているのが靖国神社なのである。A級戦犯とならずとも、中国人の民間人の首を刎ねたり、村を襲って食料を奪い、婦女暴行を働いた兵士達も一緒くたである。そんないい加減な神社を何で一国の総理大臣がムキになって参拝しなければならないのか、全く理解出来ない。靖国神社の運営する遊就館という博物館があるが、これまた、英霊の賛美に終わっていて、戦争の理解が全く国際社会から受け入れられる代物ではない。第二次大戦は日本の中では沖縄だけが戦場になり、ほとんどがアジアで繰り広げられたし、靖国神社で祀られた軍人は国内では戊辰戦争、西南戦争だけで、後はロシア、中国、東南アジア、太平洋ではないか。戦場になった国の政府が、自分の国を荒らした軍人を祀った神社に、その国の総理大臣が参拝したら不愉快になるのは当然と思わないだろうか。アメリカも同様である。これを内政干渉だとか、信仰の自由などという理屈で説明出来るのだろうか。日本は既に謝罪し、賠償しているではないかと反論しても、そんな国際社会の感情をどうなだめる事ができるのか、答えなんぞないはずだ。
 靖国神社はそこに祀られたご遺族が参拝するのは自由である。一般参賀も信教は自由だ。しかし、政治家、特に国を代表する人は行ってはならない所ではないか。靖国神社の神主は政治家が参拝に来ると、一般参賀者が入れない奥殿に得意満面で先導していく。全く権威主義的で昔から少しも反省もない連中。いくら謝罪しても、政治家が行けば、これまでの日本の平和貢献も、賠償も無意味になってしまうことが分からないのだろうか。

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 ヒッチコックが名作「サイコ」制作にあたり、作家として様々な問題を乗り越え、妻アルマの支えを得て完成にこぎ着けた秘話をドラマにしたものである。日本ではこの種の伝記物が少ないのは残念だ。イギリスやフランス映画に秀作が多いがハリウッドでもこの種の優れた作品がある。この作品ではあくまでも、巨匠に敬意をたもちつつ、その暗部にも迫ろうという意欲に脱帽。イギリス出身のサーシャガヴァシ監督の秀作と言える。主役のアンソニーホプキンス、妻アルマ役のヘレン・ミレンという二人の名優がいい味を出していた。ヒッチコックの傑作はアメリカに拠点を移してからも多かった。1943年疑惑の影、50年代の見知らぬ乗客、ダイヤルMを回せ、めまいといった作品にこの傑作、サイコが最大のヒット作であった。サイコを初めて見る日本人とアメリカ人とは若干受け止め方が違うだろう。この映画のモデルが、全米に衝撃を与えた猟奇殺人事件でその容疑者となったエド・ゲインという精神異常者。その自宅を保安官が捜索すると、解体された人間の体のほか、人間の骨や皮膚で作った食器や太鼓、ベストなどが大量に見つかった。アメリカ人にとっては最初から怖い話だったのです。サイコも名作で、アカデミー監督賞、助演女優賞など4部門に輝いたのですが、このエドゲインもサイコ以外に、ダーティハリー、羊達の沈黙などの映画でモデルとなった名事件の犯人でありました。
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 ヒッチコックはこのモデルを映画に使う企画を記者会見で明らかにするが、皆気持ち悪い、悪趣味としか受けとらなかった。北北西に進路を取れで儲かったパラマウントも、サイコには二の足を踏み、結局彼が家を抵当に入れて自己資金で制作することになった。そうしたいきさつと、妻アルマの献身的な支えがあって初めてサイコが生まれた事等の裏話が並行して描かれる。ヒッチコックが覗き趣味の持ち主であったり、妻の友人との共作に嫉妬する姿等、人間味あふれる実像に興味がそそられる。ヒッチコックは金髪美人が大好きで、起用した女優にやらせてくれないかと迫り、断られていたことで有名なんだそうだ。このセクハラはいつも失敗で、鳥でスターになったティッピー・ヘドレンは悩まされ続けた。ヒッチコックの歪んだ欲望というべきか、人間性豊かなオッサンとみるべきか。あのとぼけた風貌とあわせて、滑稽である。この映画でもスケベなおっさんぶりを隠さず見せてくれる。サイコをもう一度見たくなった。

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by katoujun2549 | 2014-02-02 18:42 | Comments(0)