<   2013年 11月 ( 4 )   > この月の画像一覧

  人間が生活する上で、最も大切な事は「衣食住」である。もちろん、心の世界における満足、家族関係、友人や地域、職場での人間関係が人の幸不幸に関わってくることは当然である。しかし、これらも「住生活」の中で行なわれていることが多い。昨年の日本の自殺者は何とか3万人を超えなかったが、毎年3万人を超える自殺者が10年以上続いている。その原因も、居住という問題とは無縁ではない。自殺者が多いのは冬の雪深い山形県や新潟県である。そこで高齢者は閉ざされた空間で鬱状態になりやすい。また、近年、高齢者を中心に、何と、溺死が毎年14,000人もあり、これはバスタブが平たく、足を伸ばせるようになったから発生する現象で、昔のように風呂桶であった時は膝を曲げて入っていたら発生しない事である。実は自分の祖父も、叔父も風呂場で亡くなっている。この自殺者と溺死者、交通事故死を合わせると、年間5万人、10年で50万人である。これは戦争でもあったかのような犠牲者である。これはアメリカの南北戦争に匹敵する死者であろう。かなり、改善されたが、新建材や接着剤から出るホルムアルデヒドなどの気化ガスによるアレルギー現象、いわゆるシックハウス症候群といった問題は、建築基準の改正で今も無くなっている訳ではない。また、ひところ、高島平団地が自殺の名所になったことがある。団地の画一的な空間が「死」を誘うのである。箪笥にゴンという有名なコマーシャルもあったが、家の中、インテリアなども時には凶器になる。死なずとも、机の足につまずいて痛い思いをしたり、骨折したりする人は多い。子供部屋なども、引きこもり症候群とか、家族の幸不幸に大きな影響を与えている。家というハードが人間の心や健康にどんな影響を与えているのだろうか。衣食足って礼節を知るとは言うが、家あって死を招くとは誰も気付いていない。ホラー映画でも「死霊の館」とか、ヒッチコックの恐怖映画「サイコ」でもモーテルとその隣にある怪しい家が一役買っていた。最近は在宅医療、在宅での看取りという言葉が語られる。そこでどんな家が必要なのだろうか。家は死の世界に近いのである。
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 台南にある長栄大学というミッションスクールと提携関係にあり、今般20周年記念事業に呼ばれた。そこで羽田経由で台湾に行くことになった。台南市にあり、創立20周年の大学であるが、学生数は8000人の大学に成長した。羽田国際空港からの出発となったが、出発ロビーが何やら騒がしい。カメラマンとかが待ち構えている。楽天イーグルズのチームが台湾に行くということで、我々と同じ飛行機なのであった。それなら―あのマー君も一緒である。ぜひお目にかかりたいものだと待っていたがこちらも用事があったので待つのはやめて機内に入った。ところが、自分の隣に座った若者2人は楽天のメンバーらしい。どうも選手というより何にかのスタッフのようである。台北空港に到着。すると、当然、荷物受取場に全員来るわけで、よく見ると、マー君、あの名ピッチャーが立っていた。そこでスマホで撮影した次第。楽天は台湾でもすごい人気で、出口のところに歓迎のスタッフが陣取っている。今回の台湾行は何だか珍道中になりそうな雰囲気。
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 台湾の若者は皆バイクに乗って移動する。台南でも、台北でもものすごい数のバイクが交差点で信号待ち。信号が変わると一斉に飛び出してくるからすごい。今回、台北ではあまり時間がなく、駆け足で蒋介石の記念廟中正記念堂に行っただけであったが、なかなか刺激的な街だ。とにかく看板が氾濫している。これだけひしめいていると美的感覚もへったくれもない。
中正紀念堂の敷地面積は25万平方メートルに上り、日本統治時代の山砲隊、歩兵第一連隊の軍用地跡地である。敷地中には本堂のほかに国家戯劇院や国家音楽庁、公園広場、休息所や回廊、庭園、池(光華池・雲漢池)なども併設されている。本堂を始めとするこれらの施設は市民達の憩いの場となっている
一種の威容である。
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創立式典でのコーラスチーム。高地系の人が多いような気がする。台湾の現地人は歌が大好きなのだ。 翌日の夜、ホテルでテレビを見たら台湾のチームと楽天が試合をしていた。1点先制されたが、取り返し、8回に5点の大量得点で突き放した。さすが、優勝チーム。span>
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 NHKが東日本大震災復興ソングの「花が咲く」をやたら流し続けてきた。作詞は映像監督の岩井俊二、作曲は菅野よう子と宮城県出身の2 人が担当。両者の著作権料は義援金として、NHK厚生文化事業団を通じて被災地に寄付 良い曲である。美しく善意の固まりのような曲。趣味の問題かもしれない。好きな方には申し訳ないが、それが自分には退屈な感じなのだ。ひねくれ者か?いくら良くても、あまり繰り返し聞かされると飽きがくるし、だんだん欠点も見えてくる。とにかく、テンポが単調なのだ。このテンポは賛美歌に似ているが、もっと退屈だ。フィギュアスケートのバックミュージックにはぴったりで、旋律はやたら感傷的である。いかにも、東京の目線、上から目線?のきれいごと。土のにおいがしない。NHK高校合唱コンクールの課題曲にはいいだろうね。歌詞はなかなかの出来だが何を言いたいのかがぼやけている。今はただなつかしいあの人とは震災犠牲者か。遺族にとってはただ懐かしいどころではないだろう。いつか生まれる君にとは何か。輪廻転生か?誰かの未来が見えるとは?私は一体誰でしょう。あの世の犠牲者か。ぎょぎょ!いや、NHKなら「じぇじぇ」と言わねばならぬ。不気味、あの世から誰かが歌っているのだ。恐ー、意味不明の言葉の連続で、やたらオセンチ。自分は詩的素養0だから言う権利はあまり無いのだが。聞いていると滅入る、とか、気持ち悪ーという人もいるのNHK分かってるのかしら。NHKは権力的に時々海外の名テノールとか有名な歌手に歌わせている。たいしたものだ。この単調なテンポが歌手を悩ませる。歌えというから歌っているし、震災復興ソングだからけなす訳にも行かず、一生懸命歌ってくれる。いったいいくらギャラ払ったのか。ウィーン少年合唱団が歌ってたが、あれは何かの義理でしょうね。そして良い曲だと褒めねばならない。作者は国民に聞いてくれて「ありがとう」と言うべきか。

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 NHKの作った名曲は意外にも今も使われている素晴らしいのがある。朝のラジオ体操の唄。パンパカパン、ちゃららららたったらら、たらららぱんぱかぱっぱぱ

そう「ラジオ体操の歌」だ。これを何故復興ソングにしないのだろうか。

1)新しい朝が来た 希望の朝だ
喜びに胸を開け 青空仰げ

ラジオの声に 健やかな胸を
この香る風に開けよ
それ1 2 3

2)新しい朝のもと 輝く緑
さわやかに手足伸ばせ 土踏みしめよ
ラジオとともに 健やかな手足

この広い土に伸ばせよ
それ 1 2 3」

ラジオ体操の前に流れる曲、何度聞いても飽きない。
そのはず。藤浦洸作詞・藤山一郎作曲だからホンマものプロ作品。花は咲くとは大人と子供の差。

日本紀行、新日本紀行で流れる曲。これらは富田勲作曲だから凄いはず。お昼のラジオで流れる「明るい農村」テーマ曲。「昼のいこい」でしたかな~~。メロデイーが農村のイメージ。これも正式復興メロディにすべきではないか。
忘れがたいなんともいえない郷愁。子供の頃、母親がお昼ですよーと呼んでくれたことを思い出す。涙が出そう。それから、中島みゆきのプロジェクトXのテーマソング「地上の星/ヘッドライト・テールライト」スバル。何度聞いても飽きがこない。やはりNHKは番組あっての曲なのだ。これが音楽だけで流行らそうと思うからわざとらしい優等生ごのみの曲になって飽きられる。NHKさん、大衆を操作しようとし過ぎるんじゃないの?

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ヒトラ-とユダヤ人 (講談社現代新書) [新書]
大澤 武男 (著)

 今更ナチスの犯罪行為について何おか言わんやだが、最大の犯罪行為、ユダヤ人絶滅をドイツが国家として取り組むに至ったのかについて謎の部分が今なお多い。この偏執的な政策を誰が主導したのかは明らかにヒトラーだが、ヒトラーの政策の推移を研究し、この本で明らかにしようと試みた。ヒトラーがその人格形成で反ユダヤ思想を持つに至った過程、そして、妄想ともいえる偏った考えをさらに進め、「我が闘争」で構想した事が、世界大戦の終盤に至り、開花するまでのいきさつである。歴史は繰り返す。ヒトラーが行った愚行はユーゴスラビアや、北朝鮮、今の原理主義イスラムテロでも形を変えて繰り返されている。彼の論理は、被害者意識とか、一方的な思い込み、議論の拒絶、誤った歴史認識など現代政治の世界では存在し共通している。
第二次世界大戦はドイツでヒトラーが台頭しなければあのような形では起きなかったし、あれほど巨大な犠牲者を出さずにすんだであろう。ヒトラーという狂気の思想ー思い込みが600万人というユダヤ人の犠牲を生んだ。ユダヤ人以外にもロマ、ロシア人捕虜、政治犯の犠牲も膨大であった。ヒムラーやゲーリング、ハイドリッヒ、ゲッペルスといった取り巻きが引き起こした事の根幹をなすのがヒトラーという特異な個人であったことがこの著者の言いたかった事である。ヒトラーは政権を取った直後は反ユダヤ政策がアメリカをはじめとする諸外国からの非難を受け、経済活動、特に輸出に悪影響を及ぼす事を懸念し、むしろ、ナチス幹部からの突き上げを受け、なだめる立場であった。しかし、彼はじっとユダヤ人排撃の機会を窺っていた。

 ヒトラーも政権を取った初期においては、ユダヤ人を抹殺すべきと思ってはいたが、それはドイツをユダヤ人のいない国家にするためであって、彼らはどこか他の地域に追放すれば良いだけのことであった。実際、ポーランドに侵攻する前には、多くのユダヤ人ー特に富裕層は国外に脱出している。ところが、第二次大戦となってポーランドや東欧諸国、さらにはソ連に勢力を拡大するに至って、膨大な数のユダヤ人を抱え込むことになった。この問題を解決するために、絶滅収容所が建てられ、アウシュビッツ、トレブリンカ、ソビバー、ヘウムノといった殺人工場が建設された。ナチスの台頭でオランダやフランスに逃れたユダヤ人も行き所を失って収容所に送られた。犠牲者は行き所のない貧しい層と被占領地のユダヤ人であった。また、ドイツ軍は占領地でのユダヤ人狩りを行い、戦争遂行の妨げになると思い込んだユダヤ人を大量虐殺した。有名なのがキエフを占領し、数日でSSが3万人を銃殺したことである。さらに、スターリングラードの敗北以後、ヒトラーは敗北という悪夢に日々苛まされ、その矛先はユダヤ人に向けられていった。
 その狂気ともいえる殺戮はハイドリッヒ、ヒムラー、アイヒマンなどのナチス官僚のヒトラー忠臣グループがヒトラーの「支持」を得て行った。ヒトラーは細かい指示を敢えてお行うことなく、取り巻きの官僚達に暗示的な命令によってこれを実行した。ナチスの幹部達は結果的にヒトラーの「指示」に従ってこれらを実行した。その数は590万人〜525万人と推定される。

アウシュビッツ看守達の慰安旅行 皆20歳代の青年だ
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証拠隠滅のため破壊された死体焼却場

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 一人の夢想家の邪悪な偏見から一つの民族が絶滅させられようとした。さらには、独ソ戦やヨーロッパ戦線での犠牲者をあわせると4000万人ともいえる膨大な死者を生んだことになる。戦争の歴史的意味ではむしろ第一次世界大戦が世界史の転換点だったが、その結果が大量殺戮の第二次世界大戦であった。ドイツ自身も660万人(戦死335万人)という死者を出した。特に、二十代か三十代の若い層男子が極端に減少し、女性の結婚相手がいなくなってしまった。さらに、終戦後、チェコやプロイセン、ポーランドなどにいたドイツ人は悲惨な追放と殺害によって戦後も50万人以上が殺された。悲惨な歴史となったのである。1944年7月シュタウフェンベルグのヒトラー暗殺失敗後、10ケ月の間、民間人含めて300万人が犠牲になった。そこでヒトラーが死に、戦争が終われば、助かった人々の数であり、ユダヤ人も含めればもっと多くの命が救われたはずであった。

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