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 新潟市の古町に抜ける東中通沿いにある親子どんぶり専門店「ゑどや」に行った。二回目である。ここの親子どんぶりには二種類あって炙り親子丼と普通の親子丼680円があって、この日は普通を頼んだ。結構人気のある店らしいが、ちょうど3人掛けのカウンター的な一方方向に向いたテーブルが空いていたので、そこに陣取った。店員は中国人風の女の子と調理場には2人で、注文取りの女店員が無表情に注文を取りに来る。よく中華料理屋にいる留学生のアルバイト風の店員だ。この店は新潟でも結構ファンがいると見え、すぐに席は満席で、外で待っている人もいた。新潟の美味しい親子どんぶりとしては3つの指に入るだろう。自分は、この手の専門店には行ったことがない。そもそも専門というのは珍しい。かつ丼も無い。持論として親子どんぶりは蕎麦屋に限る。日本橋室町の蕎麦屋「利休庵」の親子丼は大好物であった。ソバに使うだしを使ってあるのが、実に卵と合うのと、とにかく、注文してから出てくるまでの時間が短い。5分くらいだ。なんといっても、昼休みが貴重なサラリーマンの町らしいサービスであった。
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この「ゑどや」の親子は専門店だけあって、なかなかのもの。卵の黄身と白身の煮え方のバランスがいい。とろりとして卵の黄身の味が実によい。やや濃いめの味付けだが、夢中になって食べてしまった。どんぶりだから、じっくり味わうというより、一気に食べたほうがいい。鶏肉の盛り、お味噌汁、つけあわせの刻み海苔と漬物で漆塗りの匙で食べる。室内の古臭い電燈のインテリアが懐かしい昔の飲み屋風である。入口も割烹風だが、ここで酒を飲んでいる人を見たことはない。
駐車場はないが、古町の日銀前の交差点にあるローソンの駐車場を借用した、悪いので新聞とかお茶を買った。ここは20分でご遠慮と書いてあったが、親子どんぶりを食べるのに30分もかかるバカはないだろうと思い利用させていただいた。

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「スターリンのジェノサイド:ノーマンMネイマーク著・みずず書房 根岸隆夫訳」

 赤色テロルとスターリンの血の粛清は知られている。あまりにも大きな規模と犠牲者の多さから、何も、当時の秘密警察の一次資料が無くても覆い隠せない。いまさらという感じもあるくらいだ。ところが、本家のロシアでは過去の出来事となりつつある。反省も無い。ナチスの反省から民主主義をスタートさせたドイツとは全く違う。この粛清は政治行動ではなく、むしろスターリンの蛮行、ヒトラーと並ぶジェノサイドであった。語りつくされたようで実際には国際社会では忘れられつつある。過去ではなく今日的問題。何故、今ロシアがシリアの混乱に冷淡なのかも関係しているように感じる。彼の名言に「一人の人間の死は悲劇だが、数百万人の死は統計に過ぎない」というのはまさに彼が行った出来事だったのです。

 スターリンの行状を歴史的に精査すると、彼の行動はレーニンの時代から始まっている。そしてその恐怖政治の創始者はレーニンなのだ。ロシア革命の理想も、目的もレーニンは少数グループとして横取りし、功績のあった人々を反革命と烙印を押し、弾圧し始めた。そうした暴力行為はすでにレーニンの権力奪取行動から始まり、スターリンにおいて開花したといってよい。ロシア革命の正体をあからさまにする歴史の見直しを伴う大事件なのである。自分は革命の主体であったボリシェビキがなぜスターリンに弾圧され抹殺されたのか、不思議に思っていたが、その答えはここにある。赤色テロルは歴史の教科書や授業ではまったく語られないことなのである。この点はトロツキーも同様である。だが、レーニンは多くの教養ある革命家とは違い、その暴力に関しては容赦なく実行した人だった。レーニンの蛮行にかかわったカーメネフ以来、スターリンの直下のNKVD(秘密警察)幹部であった、ヤゴーダ、忠実なスターリンの殺人実行者エジョフ、そして最後に生き残ったべリアもすべて銃殺されている。このことを東京外国語大学の亀山郁夫氏は「大審問官スターリン」という大著で詳しく語っている。
 
 この本は、最後に訳者のあとがきに著者の目的と日本が今後ロシアと国交を考えるにあたっての着眼点、視点が書かれている。是非ここだけでも読んでほしい所。ジェノサイドは今も国際法庭で裁かれる犯罪。何故あのような事が繰り返し行われるのか、共産主義者の行った大量殺戮をどう定義していくのか、又、スターリンの行った粛清や民族抹殺を狙った強制移住、政敵とみなされた民衆や軍人に対する容赦無い処刑、さらにウクライナでの農民餓死政策などもジェノサイドとして歴史的に再定義しなければならない。著者が本著で訴えているテーマである。ソ連も中国も戦勝国であり、特にソ連はナチスに2000万人の犠牲を払い、収容所を解放したために当時のリーダー、スターリンは国家犯罪首謀者とはなっていない。しかし、彼は紛れもなくヒトラーと並ぶジェノサイド首謀者であり、犯罪者である。20世紀にいったいどれだけの人々が荒唐無稽なユートピアのために殺害されたか。また、独裁者の権力を維持する為に、その反対者や将来に敵対するというでっち上げのため、また、巧妙な密告や逮捕、拷問の為に殺された人々がいたのか、未だに全貌は歴史的に位置づけられていない。敗戦国のドイツはナチスのホロコーストを世界から裁かれたが、それにも劣らないソビエトの殺戮は国家システムによって実行に移されていった。

 歴史上で最大最悪の犯罪はジェノサイドである。国家犯罪でもある。アフリカのウガンダでのツチ族フツ族の抗争やセルビアのミロシェビッチの犯行、ポルポトの殺戮、あのナチスのユダヤ人絶滅計画などが代表的である。歴史が繰り返された。ソビエトでの蛮行が彼らを正当化し、影響していないとは言えない。何故か共産主義者の犯行である文化大革命での1000万人を超える犠牲者やスターリンの犯行はそうではないのか?ジェノサイドという言葉の定義はやはりナチスの行為がモデルになっている。しかも、ユダヤ人ばかりが脚光を浴びる。ナチスはロマなどの少数民族。共産主義者をはじめとする反体制派、ロシア軍の捕虜なども合わせれば数の上ではユダヤ人以上の殺戮を行った。中国共産党、特に毛沢東は同じ穴のムジナである。ソヴィエト共産主義幻想によって多くの人々が抹殺された。

 日本共産党はこの問題に関してスターリンの過ちとして他人事のように説明するのである。むしろ被害者であるかのように。実は彼らも同類。戦前ソ連に亡命した日本人共産党員は多く、国崎定洞はじめ、演出家の杉本良吉もスパイとして処刑された。彼らはこれをスターリンのせいにして、共産主義政府の欠陥とはみなしていない。ジェノサイドは今も国際法庭で裁かれる犯罪。何故あのような事が繰り返し行われるのか、共産主義者の行った大量殺戮をどう定義していくのか、又、スターリンの行った粛清や民族抹殺を狙った強制移住、政敵とみなされた民衆や軍人に対する容赦無い処刑、さらにウクライナでの農民餓死政策などもジェノサイドとして歴史的に再定義しなければならない。著者が本著で訴えているテーマである。彼は紛れもなくヒトラーと並ぶジェノサイド首謀者であり、犯罪者である。そのように叫んだところでいったい何が起きるのか。
 
 ソビエト崩壊後、スターリンの行為に関しては膨大な資料が公開され、その犠牲者の全貌が明らかになるかと思われたが、実際は現体制に都合の悪い情報は公開されていない。更に困難な状況もある。当時の報告書は犠牲になった逮捕者をNKVDの担当者が水増しし、自分の功績を過大にしようとした形跡があり、正確には分かっていない。しかし、1930年〜1953年に110万人〜120万人のソビエト国民が処刑され、150万人が強制移送で死に、強制収容所で160〜170万人が早死、これに意図して仕組まれたウクライナ大飢饉やポーランド人バルト3国民、集団化に抵抗した農民、処刑された少数民族の抵抗者300万人〜500万人、更に反革命のかどで銃殺されたボリシェヴィキ、クラーク、僧侶など膨大な死者の全てにスターリンが主人公であった。社会集団と政治集団の抹殺をジェノサイドとしない1948年の国際法は戦勝国ソ連が国連条約に影響を行使した結果であり、このことは修正されるべきであると著者は主張している。農業集団化で流された血以来、彼の工業化や農業集団化の全国計画の失敗は政治的粛清と同様に憎悪と復讐心をもってソビエト住民全集団のせいにされた。数十万人のクラークのレッテルを貼られた数十万人が銃殺された。敵性民族の反乱を抑える為の攻撃はポーランド将校への大量処刑、カチンの森事件に象徴される。チェチェン、イングーシ、クリミアタタール、朝鮮人も敵性民族として処分された。スターリンとソヴィエト政権は政敵集団を発明して彼らを裁き、訊問し、拷問のうえ処刑した。スターリンの地位を脅かす古参ボリシェヴィキ、共産党エリート、将校団、ノーメンクラトウラとその友人、家族、同僚を無実の犠牲者を構わずに処刑していった。それらは迫り来る戦争に備えるという大義名分の元に実行されたのである。この著者の告発は今更という感もあるが、歴史は繰り返されてきた。スターリンとヒトラーは全く同質であり、国家犯罪であることを改めて告発したのである。未だにスターリンを賞賛するグループが存在し、今もシリアで行われていることは内戦の最も最悪の形態でありジェノサイドになりつつあるのに、これをロシアが容認しようとしていることに国際社会はどのように行動するのだろうか。スターリンの犯罪に目をつぶった国連の限界を見せつけられる思いである。

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新潟大学事情

 最近、秋田の国際教養大学が話題になっている。学生を徹底的に勉強に駆り立てる様々なプログラムが用意されている。英語による授業、留学、寮生活、少人数教育など、日本の大学においては国際キリスト教大学などで行なわれていたことのリニュウアル版である。こうしたアメリカ式の方法に日本人は弱い。それならアメリカの大学に行ったらどうかと思うが、アメリカの大学はとにかく学費が高い。遠く離れた海外というのも抵抗があるだろう。この大学の広報担当は、なかなか宣伝上手らしい。保護者には秋田までの行くのに飛行機で行けば羽田から皆さんがお子さんを見送りにいって帰るまでにはもう学校に着いていますとか、弁舌をふるって遠いところで学ぶ不利を感じさせないように語る。この学校では入っても点が取れなければ進級できない。これも大アマな日本の大学とも違う。英語がしゃべれない事にえらくコンプレックスを保っている日本人、大学を遊園地と間違えている我が子を見て不安にかられる親たちに特に人気がある。大学生のくせに新聞もろくに読まない、いや、漢字が読めない日本の大学生。今や高校は全入、東京では18歳人口の70%が大学生になる時代。昔から、トップ10%に入る大学生は海外の大学生と比べても遜色は無いと言われているが、統計上は日本の学生の1週間の学校の授業外での勉強時間はかなり少ない。一体何故このようなことになるのか。日本の産業界からは日本の大学に対して批判が多い。それに答えて、勉強をうんとする仕組みを作ったのが、この国際教養大学なのである。
   マスコミ受けするこの大学の方法には有識者から結構異論がある。実はこの大学の仕組みは殆ど国際基督教大学の仕組みのコピーなのである。元祖のICUではこの方法に反省が出ている。英語英語というが、かつて、英語の教育システムが我が国はお粗末で、本当のネイティブ英語を学ぶには、ICUや上智、あるはミッションスクールンの外国人宣教師に学ぶしかなかった今から40年前には一種神格化されていたやり方だった。これは彼らにしてみれば国立大学がタダのような授業料で優秀な学生をかき集めていた対抗策として行なっていた事で、これが本当に人材として社会から要請されていた内容だったのか、自問し始めた。 ICU は今も、英語においてはオールイングリッシュ授業など伝統を維持しているが、今は早稲田や慶応、その他の大学でも普及し始めた。これについていける学生がいるかどうかも問題であるが、それ以上に、日本語での表現力が無いと、社会でのハンディになることを認識し始めたのである。特に、現在の大学生は過去の学生と比べて、この能力に問題があると言われている。確かに、企業経営者は国際化した今のビジネスで英語には苦労しているだろう。もちろんMBAを持っている社長さんも多いが、大学生が企業に入って必要とする英語力は、それほど高くはない。国際ビジネスでは到底ついていけないレベルである。TOEIC850 点取った人と、アメリカからの来客を食事に招いて談話したが、まったくろくなことを話さない。要は、英語力より話す内容があるかどうかである。内容が問題である。むしろ、メーカの技術者などは、共通の関心があるから、発音はともかく、何とか肝胆相照らした交流ができる。
 あの英語を基本語とするよう三木谷社長が宣った楽天でもせいぜい600点、三菱商事あたりで800点であり、TOEIC700点クラスでは国際交渉や専門分野での英語の交渉は無理である。この辺りを全く解らないマスコミや一般人は、英語の授業というだけで驚愕、そして崇拝、もてはやしたがるのである。 真の国際人としての語学力は実際、仕事の中でディベイトが英語でできる水準だから、単な英検やTOEIC英語でも歯が立たない。実際には海外の大学に留学していなければそこまではなかなか難しいのである。国内でこのレベルは無理だから、留学できる語学力を身につけろということである。ということはTOEICではなくTOEFLのレベルで基準を作らなければならない。国際人を日本の大学で養成しろというのは本当はないものねだりである。

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