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 新潟の人々は鮭をよく食べるようだ。スーパーの鮭売り場は東京に比べるとかなりでかい。写真の売り場は新発田のウオロクのものである。ロシア産、アラスカ、ペルーなどもあるが、何と言っても、高級なのは村上の塩引き鮭である。村上のみならず、この塩引き鮭は、新発田、岩船、村上と下越地方で愛され、作られている。この塩抜きというのが大変で、水も良くないと味に影響する。どうも、晒すときの風が海岸に近い村上が最適なのだそうだが、そんなにデリケートなものだろうか。食べ比べて投票でもしなければ分からないはずだが、多分、村上市の観光協会の宣伝か、このブランドを作った「きっ川」のマスターが御託を並べた結果だろう。塩引き鮭は荒巻と違い、一旦塩抜きしているので塩辛くない。その分、一ヶ月ほど熟成させた身の
味が何ともいえないバランスになる。くせのない上品な味である。多分水で晒すのだろう。だから、その土地の水の善し悪しが結構響くはずだが、新発田も、村上も水は良い。
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写真の鮭は新発田で売られているもの。もちろん、村上の㐂っ川の鮭浸しが有名だ。㐂っ川の製品は多分10%くらい高いだろう。村上のみならず、岩船、新発田にも鮭の工房はある。この鮭の価格というのが、実はピンキリで自分もよく分からない。一本3000台から20000円台まである。塩引きは新巻の倍。酒浸しの1年ものはさらに塩引きの倍から3倍くらいする。大きさはもちろん関係がある。大きな鮭ほど脂がのっている。多分、捕れたところが海の沖であるほど高級なのである。川に来た鮭は上に登るほど油分が抜けてパサパサになってしまい、新巻鮭で処理するしかない。塩抜きする鮭は脂のの乗った大型のものが珍重される。小型はだめだが、大きいのは16,000円から20,000円する。余程の鮭好きか、大家族でないと食べきれない。この写真の真ん中くらいの奴を切ってもらった。大型の出刃包丁がないと、切るのが大変で、怪我することもあるから、何も自分の家で吊す気がないなら、店で切ってもらった方が良いだろう。

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 年の瀬、今年はクリスマスは家で行わなかった。妻 礎子が3月に天に召された。昨年のクリスマスやお正月のことが思い出としてはつらい。家でのクリスマスやお正月は無し。喪中と言うことである。
身近な者の死に対して、一年喪に服す理由が分かる気がする。一年前元気だったひとのことを思い出してしまうからだ。ある知人から、こんな詩を頂いた。自分の心境を物語るような内容である。


S.G.Stockの詩

家には一人を減じたり、楽しき団居は破れたり。愛する顔いつもの席に見えぬぞ悲しき。さばれ天に一人を増しぬ、清められ救われ全うせられしもの一人を。

家には一人を減じたり、帰る迎うる声一つ見えずなりぬ。行くを送る言葉一つ消え失せぬ。分かるることの絶えてなき浜辺に、一つの霊魂は上陸せり。天に一人を増しぬ。

家には一人を減じたり、門を入るにも死別の哀れに堪えず、内に入れば空しき席を見るも涙なり。さばれ遥か彼方に、我らの行くを待ちつつ、天に一人を増しぬ。

家には一人を減じたり、弱く浅ましき人情の露立ち蔽いて、歩みも四度路に目もくらし。さばれみくらよりの日の輝き出でぬ、天に一人を増しぬ。

げに天に一人を増しぬ。土の型にねじ込まれて、キリストを見る目も暗く、愛の冷ややかなる此処、いかで我らの家なるべき。

顔を合わせてわが君を見奉らん、彼処こそ家なれまた天なれ。地には一人を減じたり、その苦痛、悲哀、労働を分かつべき一人を減じたり、旅人の日毎の十字架を担うべき一人を減じたり。さばれ贖われし魂の冠を戴くべきもの、一人を天の家に増しぬ。

天に一人を増しぬ。曇りし日もこの一念に輝かん。感謝賛美の題目更に加われり、われらの霊魂を天の故郷に引き揚ぐる鎖の環、更に一つの環を加えられしなり。
家には一人を増しぬ、分かるることの断えてなき家に、一人も失わるることなかるべき家に。主イエスよ、天の家庭に君とともに坐すべき席を、我らすべてにも与えたまえ。

(詩:SGストック、訳:植村正久 植村正久が愛娘を亡くした時に用いた詩です。)
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上越新幹線に乗って思うこと

毎月月二回は東京と新潟を新幹線で往復するようになった。そこで、時々気になることなどを書いてみる。

列車が東京駅を出発し、浦和から大宮に向かう頃、進行方向左側の窓から、冬の晴れた日には富士山がよく見える。これは東海道線では藤沢辺りより大きく見えるから不思議な感じがする。夕方は富士山の方向に日が沈むので、富士山は影絵のようにくっきりと見える。朝は真っ白に輝いて美しく、その形も非常にきれいだ。富士山も、角度によっては三角形のつまらない形に見える場所がある。確か、富士五湖の西湖あたりから見た形だと思う。多分、富士山までの直線距離は平塚も、大宮も同心円を描けば同じような距離で、また、途中遮る物が無いのでよく見えるのだと思う。
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 車内販売に関してだ。上越線は二階建てのMaxとき号に乗ることが多い。そのときは車内販売は販売員が飲み物や販売品を持ち歩いている。体力のいる仕事で大変だろうと思う。新潟までの2時間の時間内にやって来るのは1回程度だ。二階建てでないときはワゴンで移動してくる。コーヒーは1杯300円である。ドトールとかスターバックスより高い。味は大して旨くないが、移動中の電車でコーヒーが飲めるなんて、ありがたく思えといわんばかりの価格である。飛行機の場合はスチュワーデスが離陸した後、安定高度に達すると給仕してくれる。もちろん量は少ないが、頼めばおかわりも有りだ。この差は一体なんだろう。上越新幹線で、東京〜新潟まで片道1万円近い料金を払っている。どうして、客はあの大して旨くないコーヒーに300円も払わなければいけないのだろうか。不満ならお茶とかコーヒーは自動販売機で買えということなのだろう。乗客は確かに、新潟までの客ばかりではない。大宮や高崎で降りてしまうから、たかだか、4,000円程度の乗車賃を払った客にはお茶のサービスなんてする訳ないでしょうと言いたいのだろう。遠隔地に行く上客と、たいした乗車賃を払わない客と差別化する事は出来ませーんという論理なのであろう。それなら、遠隔切符にはお飲物券をつけてくれればいいのだが、そんなサービス感覚も知恵もJRにはない。
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「トンネルを超えると雪国だった」川端康成の名文で言い尽くされる。上越線は、三国トンネルに入ると長岡まで、トンネルが多く、山岳地帯の豪雪の影響が無い。ところが、長岡から燕三条まで、田園地帯の平野部を走るために、雪の吹きさらしに当たって、時々架線故障を引き起こして、上越新幹線がストップしてしまう。これは何とかならないのだろうか。架線に電熱線を取り付けて融雪させるとか、技術的に対応できそうな気がするのだが。自分は新潟から新発田まで、白新線とか、羽越線というローカル線を30分ほどの路程だが利用しなければ家に帰れない。この路線が風雪に実に弱い。5年ほど前、羽越戦の「特急いなほ」が突風に煽られて転覆、3人が犠牲になる事故があったので、えらく慎重になっている。羽越戦というのは新潟から酒田まで、かなりの距離が有る。事故が起きたのは庄内の方で、新発田や村上からずーっと先なのだが、一旦強風とか豪雪になると全線が止まってしまう。白新線だけ動いていれば何とか帰ることができる。これが止まると、いくら新幹線で無事新潟に到着しても駅で野宿か市内で宿泊という事になってしまう。この路線には”いらつく”事が多いが、最近はあきらめの境地となった。どうして、転覆したのか、風雪が強い日で庄内川の鉄橋にかかる風の強いふき曝しの位置だった。とはいえ特急が脱線するほどの風というのは竜巻か強烈な突風だったとしか考えられない、そんな風は予測不能だから風速25m以上がどこかで吹けば皆止めるようなのである。羽越線というのは距離が長いから、どこかで強い風速が観測されるとすぐに運休と相成る。JRにはすべての天災に対応するという建前があるらしい。
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by katoujun2549 | 2012-12-28 10:06 | Comments(0)
シャーロックホームズ シャドウゲーム

シャーロックホームズシリーズ第2作目をDVDで見た。
 ロバート・ダウニー・Jrがシャーロックホームズ、ジュード・ロウがジョン・ワトソンにふんするアクション・ミステリー。おなじみのコンビに謎のジプシー女占い師を加えた3人が、黒幕モリアティー教授と戦う。監督はガイ・リッチー。また、2人と手を組むヒロインのジプシー役はスウェーデン出身女優ノオミ・ラパス、モリアティーはジャレッド・ハリス。
 ストーリーがものすごく速いテンポで進む。そのために謎解きゲームの要素は希薄で、アクション大作となっている。ビクトリア朝時代の町並み、ロンドンとパリの風景が見事に再現されている。こうした時代考証が緻密な割にはストーリーはあり得ない展開が続く。物語を面白くしたいという意図はわかるが、モリアティーが巨大な権力と富や武力の持ち主になって、テロや暗殺を繰り返す。その秘密はジプシー女が失踪中の兄を捜していることをホームズが突き止めたところからモリアティー教授の攻撃が始まる。知的な謎解きゲームの要素は全くといって無い。ホームズの謎解きはフラッシュのような映像で説明される。
 1890年代は工業技術と科学が飛躍的に発達、アナログ的技術の頂点となったヨーロッパ世界。とはいえ、19世紀末にあんな短機関銃があったのだろうか。モーゼルC96自動拳銃は1896年に開発されたから、これも時代が合わない。第一次大戦の兵器をモリァティーは準備したと言いたいのだろうか。コナンドイルのシャーロックホームズではないと思えばいい。アクション映画の妙味は、その時代の最先端の技術を駆使した世界が見られることである。この作品は19世紀に視点を置いた点でその基本を外れていない。かつて、007は20世紀の究極の機械文明、自動車や精密兵器、そして核兵器などが常に登場した。ガイリッチー監督の手法は時間を巻き戻して謎解きプロセスを解説する。彼の台詞はほとんどアクションを補うとぼけたあユーモアで、謎解きの妙味は全くない。ホームズの宿敵モリアーティ教授。世界中で起こっている重大事件の大半は彼の仕業という悪の権化というアクションのワンパターン。モンキーパンチのようなストーリー展開。コナンドイルをガイリッチー監督が乗っ取ったのである。モリアーティが世界大戦の勃発を目論見、ホームズとワトソンが阻止しようと戦う。ワトソンへの愛が彼の結婚式と新婚旅行を守ろうというシーンで興味を沸き立てるが、なぜモリアティーがワトソンを執拗に攻撃するのかがよくわからない。敵を追ってフランスからドイツ、そしてスイスへと移動。場面の背景はコンピューターグラフィックスの緻密な技術でこれでもか、これでもかと見せつけてくれる。ジャレッドハリスは二重人格者としてのモリアティー教授の雰囲気をよく演じていたが、ジプシー女のヒロイン役ノオミラパスはあまり美を感じさせないし、存在感も乏しかった。速いテンポと凝りにこった大道具に飲まれている。
 とにかく、ストーリーテンポが早く、感覚的に見ていくしかない。細かい展開の説明をすると不自然なところが見えてしまうからだろう。ジプシー女やホームズ一行が一体なぜ各国の首脳が集まる秘密パーティに潜入できるのか全く理解できない。そんなことを言っていると今の映画の見方が分かっていないことになるのだろう。ストーリーもデジタルなのである。ミッションインポッシブルとかアクション映画は皆同じパターンである。あれだけの時代的雰囲気を大道具で出しているのだから、そんなに現代風になる必要はないと思うのだが。この映画のストーリーをホームズとワトソンの友情物語として見たら、結構いける娯楽大作。

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 オレゴン州のポートランド市に行ったときに、ここは何だか、日本の風景に似ていると思った。植生や木々の生え方、山の景観などが穏やかなところ、湿潤な気候など、砂漠を開拓して築いたロサンジェルスとか、サンディエゴとは違う。ポートランドには日本企業も立地している。ヤマサ醤油の工場がある。そこの日本人社員と飲んだ。その時の話である。彼も、ポートランドが気に入っていた。ポートランドにはコロンビア川という大きな川が流れ、市内にはウィラメット川という支流があり、風光明媚な都市景観となっている。サーモンやトラウトの釣りが盛んである。彼も、スケールの大きな大自然の中で時々釣りを楽しんでいる。日本を忘れてポートランド生活を満喫していた彼が、突然ホームシックになった事件がそのとき起きた。釣りに行ったときの出来事である。いつものサーモンを狙ってのんびり釣り糸を落としたとき、突然強い引きがあった。これは大きいぞと懸命にやりとりをして引き上げたのは何とも奇妙な魚。背中や体側に突起がありまるでワニのような姿である。1m位の獲物だが、この見た事無い魚に仰天した。それは Sturgeon という白チョウザメなのであった。日本にはいないスケール、この巨大魚に驚いたと同時に、ここは遠く離れた異国の地であることをしみじみ感じて涙が出てきてしまったんだそうだ。それ以来日本に帰りたくて涙する日が続いたそうである。このSturgeon こそ、時には5メートルもの大物が過去に釣り上げられている北米最大の巨大魚である。大型のSturgeon は近年減ったが、今でも2メートルくらいの大物がかかる。
you-tubeにその映像がある。
http://www.youtube.com/watch?v=8zeWtyoASKs&gl=JP&hl=ja

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 新発田に来て半年、職場からの帰りにはいつもウオロクというショッピングセンターか西新発田のイオンのどちらかに行く。夕食の材料とか、生活必需品を買うのだが、いつも、圧倒されるのは、食材では「鮭」のコーナーが大きいことだ。大きなオープン冷蔵庫に様々な鮭の切り身、生鮭、塩鮭、村上の鮭、鱒などが並んでいて、新潟の人は鮭が好きと見える。10月になると鮭のハラコが一本1000円前後で売られ、これをほぐして、イクラの醤油漬けを作る。卵をほぐすのが面倒だが、意外と難なく皮からはがれた。問題は薄皮で、これが残ると、生臭い感じになるから、丁寧に塩水につけながら取っていく。湯をかけると白くなって取りやすくなるが、卵の皮も白くなって厚くなってしまう。だしの効いた醤油につけるともとに戻る。漬けて一晩すると、浸透圧の関係で、パンパンになったイクラが美しく輝いている。ご飯にかけてもいいし、大根おろしで和えて口に入れると、プチットはじけて口にうまみが広がる。何ともいえない至宝ともいえる自家製イクラ醤油漬けである。村上の塩引き鮭、そして生鮭を使ったムニエルなどいろいろなバリエーションを楽しめる。

鮭コーナー


二列にならんだお煎餅コーナー
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長靴売り場
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 用品売り場に行くと、11月になると長靴売り場が凄い。こんなに豊富な品揃えは見たことがない。流石に雪国だ。防寒用の裏地があるもの、膝までの長い雪が入らないようになったものとか、また、カラフルな品物がある。ゴム靴は三つ馬印がブランドとのことで、自分はやはりその製品を買ってしまった。とくに女性用のものとなると、デザインが様々である。これがお店の前に所狭しと出ている。自分も先日の大雪で早速これが役に立った。雪かきの時にはしっかり長さのある靴でないと、ズボッと雪に膝上まではまってしまう。ところが、この靴は車の運転には不向きだから、今度はブーツもいる。道を歩くときは長靴でなくともいいし、オフィスでは短靴もいる。東京では不要な冬の備えに結構手間とお金がかかるのである。
 もうひとつ、凄いなあと思ったのが、お菓子売り場である。新潟とくればオカキとか煎餅である。この売り場がやはり大きい。二列ぐらいあって、あんまり種類が多いのでたじろいで結局買う気が失せてしまうほどだ。東京では亀田製菓の柿の種が病み付きになって、毎日食べたおかげで、体重が増加してしまった。他に三幸製菓というのもある。新潟では老舗の柿の種とかもあるが、スーパーで売っているこのピーナッツの入った亀田製菓には適わないのではないだろうか。新潟の煎餅は、いずれもさくっとした歯触りで、美味しいが、自分には物足りない。長年、草加せんべいで食感をならしたせいだろうか。醤油の味も関東は濃い。噛むとパリっとではなく、バリっとする奴でないと食べた気がしないのである。



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by katoujun2549 | 2012-12-19 12:05 | Comments(0)
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 12月9日は東京駅から新潟に帰る日。新潟は大荒れと聞き、早めに東京駅に行き2時の新幹線で帰ることにした。ところが、既に、上越新幹線は運転を取りやめ、動かない。新潟と燕三条の間で架線が凍結して停電し、再開のめどが立たないという。駅のプラットフォームは閑散としており、階段下の待合室には人が埋まっている。駅のアナウンスは、今、復旧に向けて努力しているが再開の目処がたたないというばかり。待っているうちに腹が減ってきたので、駅地下のラーメン店を探した。東京駅一番街 地下南通り 東京ラーメンストリート。すると斑鳩ラーメンというのがあって行列している。行列する店は美味いという神話につられて並んでしまった。意外と回転がよく、10分ほど。あの新宿の武蔵のように1時間も並ぶことはなかった。
この店、九段に本店があって有名店らしい。後でWEBで見たら、なかなかの評判。とんこつスープ塩ラーメンというのが850円でこれに決めた。周りには老若男女が無言でラーメンにくらい付いている。隣の席の若者には自分より早くラーメンが到着、無心にくらいついている。そんなにうまいのか、と、自分のところに来たのを見ると、一見九州風だが、関東で仕上げられたとんこつスープラーメンだ。麺は九州より太いがこしがあってしっかりしている。スープはこってりで魚の出汁も効いている。メンマは柔らかく、卵はねっとりとして実にうまかった。チャ―シュウはロール式で三枚肉が脂身が渦巻き式に入っているあの形。こってりしている。あっさりチャ―シュウの店は無いか。全体としてこってりして腹にズシンときた。結構の年配がうまそうに食べていたが、あれはすごい。そのせいか、店を出てまた、待合室で座っている間、おなかがドーンとして苦しい感じがした。胃袋から移動して軽くなるのを待って2時間。突然4時半になって1時8分のMaxときが4時36分に出ますというアナウンス。皆一斉にホームに突進したので我も我もとホームに。もうだめ、連津の後部にしがみつくように並んだ。新幹線は結構予定通りに出発し、多少遅れたが新潟には6時40分には到着。とはいえ、長岡までは座席の間に立ちっぱなし。ラーメン食べておいてよかったとは思うがしんどい新潟帰還だった。
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 クリスマスツリー

 銀座4丁目の御木本パール前には毎年大きなクリスマスツリーが掲げられる。一流のデザイナーが作ったものだと思われるだけに、立派なものである。
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ニューヨークのマジソンスクェアやホワイトハウスのツリーは有名である。クリスマスツリーはドイツトウヒという樅の木が使われ、この木を家先に飾ることはゲルマンの慣習であった。15世紀初頭にドイツのフライブルクで、パン職人の信心会が聖霊救貧院にツリーを飾った。この記録が、クリスマスツリーをクリスマスに飾る行為の最初とされている。クリスマスツリーにデコレーションをはじめて飾ったのは、あの、宗教改革を始めた、マルチンルターであった。彼は、森の中で輝く星をクリスマスイブに見て感動し、これを家の中で再現した。クリスマスの飾りとして、樅の木にろうそくを取りつけて明かりをつける事を提案した。最初のツリーはろうそくの明かりだけでシンプルに作られた。今は、プラスチックの樅の木に飾り付けをすることも多くなったが、アメリカでは専用の樅の木がオレゴン州で多く作られている。アメリカに移民したドイツ人がもっぱら普及に貢献したせいか、アメリカが最もクリスマスツリーに熱心である。だから、日本では戦後、アメリカ人軍属の習慣に合わせて中流家庭がこれに倣い、大いに普及した。 ツリーの「常緑」、つまり強い生命力をもって一年中葉を茂らせる緑の姿は永遠をあらわし、さらに神の永遠の愛や、イエス・キリストが与える永遠の命を象徴しています。このことは日本ではすっかり換骨奪還され、門松並みです。だから、12月26日には皆取り払われてしまいます。海外では1月の第一週まではある。

 ホームセンターなどでプラスチック製が売られている。いかにも化学産業立国日本らしい。 また、ツリーではないが、電飾も最近は発光ダイオードLEDで様々なイルミネーションが豪華に作られるようになった。その代表が阪神大震災の犠牲者を鎮魂する神戸ルミナリオであろう。住宅街の軒先でも様々な電飾がホビーとして飾られている。
 新潟の敬和学園大学でも、クリスマスツリーを中庭と玄関に今年も飾った。シンプルなものであるが、雪景色に生えて美しく輝いている。
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ジパング展−沸騰する日本の現代アート

10月6日(土)−12月2日(日)の間、開催されているので行こう行こうと思いつつ遂に最終日、閉館まぎわの5時に入館した。ほんの1時間ばかりであったが、充実した鑑賞ができた。5階の展示室はいつきても気持ちよく作品を鑑賞できる。前回のシャガールも内容のある作品が多かったように思う。今回は日本人の現代作家ばかりである。殆どの作家が1970年代に生まれ、40才代の油ののりきった世代だ。その内容の豊かさに感銘した。日本人の想像力と繊細さ、緻密さ、感性のすばらしさを感じた。こうした展示会が新潟で開かれていることは新潟の美術、創造への意欲が高いことを示している。コンピューターグラフィック、アニメ、細密なペン画、人形、彫刻など多種多様な作品が会場を刺激している。この世代の作家は、宮崎駿の影響を受けているような印象があった。天空の城ラピユタのような小宇宙的都市、あるいは街を凝縮して描いた作品が何点もあったからだ。
写真撮影は禁止だが、出口付近の作品は許可となっており、ご紹介する。
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