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066.gif 安全保障上、日本に原発は必要であるという考え方 071.gif

 原発の議論で根本的にズレてしまうのは、産業政策とか生活の利便性から必要な電源としての要不要論に終わっているところである。原子力発電は資源の無い日本の安全保障上の問題であり、原発技術の出発点からも、安全保障の観点から語られなければならない。生存権の問題である。原発の安全性もその観点から万全でなければならない。原発は核兵器と同じ位置づけであるべきだ。原子力の平和利用は政治的な方便である。その意味では原発は日本に必要である。自分は原発は不要であるという意見も持っている。日本がそれを維持管理する能力に疑問があるからだ。しかし、国防という観点からは逆の見解になる。君は一体どっちなんだと言われても、そもそも、決める立場ではない。決めろと言われれば止めるべきだと言いたい。そもそも、答を求める方が変だ。しかし、どの様な前提で考えた上の回答かは大切である。原則一本やり、無前提の原理主義では物事は進まない。社民党のように、我が国が軍備を持たない丸腰の国家であり得るのか。共産党は軍備を持つ事を終戦後、放棄していない。世界が日本に平和国家として追随し、軍備を放棄するまでは日本は現実的な国家運営を余儀なくされる。

 脱原発論は、日本が鎖国している場合にのみ成立する攘夷論のようなものである。日本がエネルギーの為に無謀にも、当時石油輸入の85%を依存するアメリカと戦争したことを忘れている。福島原発のあまりにも莫大な被害を前に、原発をどう将来扱うか、脱原発か。今後も原発に依存するかを突然問われるようになった。二者択一で原発を全て廃止するのか、今後も継続するのかが問われている。その答は、実は国内には無い。日本に蓄積され続けるプルトニウムを軍事目的だと非難する人々がいる、自分は、当たり前だといいたい、何を言うんだ。日本は軍事的緊張の狭間に60年以上いる国だということをどう思うんだろう。国防を考えていない人には何をいても無駄だが。

 北朝鮮が核兵器を放棄し、中国も軍備を縮小するなら、危険な原発は無い方が良いに決まっている。日本が全く原発を放棄し,中国や北朝鮮がこれを保有し、かつ、核兵器で日本を威嚇し続けている状況が続いている中で、日本が、全く核を持たないという状態は考えられない。平和利用としての原発とはいえ、プルトニウムが大量に蓄積されつつあるという現実は、日本が核武装能力のある国という存在感を北朝鮮と中国に無言の圧力を与えている。これが我が国の国防上の基本路線であるからだ。日本は他国だけではなく自国に侵攻した侵略軍への地上攻撃兵器を持たない。しかし、国防上は有事においてはこのような軍備はありえない。軍事上は保有せずとも、有事を前に装備するために製造する能力があるということが、我が国の国防の基本であって、核兵器もその中に位置づけることができる。そうした姿勢が国防上は重要な備えである。我が国は武器を輸出できないが、自国の兵器の維持や、部品の調達、さらには技術力として必要に応じて軍事的脅威に対抗できる力を保持することが大切なのである。自衛隊という軍備がある以上、中国や北朝鮮は日本が大きな脅威であるし、仮想敵国なのである。日本は核武装する能力を失ってはならない。ということは、一定の数の原発は常に保留しておかねばならない。日本は、中米のコスタリカのように軍備を持たずに維持出来る国際的位置と同一視するわけにはいかない。実際、コスタリカも実は麻薬や貧困に悩み、医療も貧弱で国防にはアメリカの強襲揚陸艦イオウジマなどを寄港させたりして実際はアメリカの傘の下である。中国、北朝鮮、ロシアという軍事大国を前に無防備でいる事は国家の役割を放棄しろというに等しいからだ。国家の防衛権、抵抗権というのは生存権、基本的人権のひとつだからである。
 しかし、これまでの政策は大幅に修正するべきである。あまりにも、偏った原発依存の政策が続いたからだ。しかも、その多くが破綻している。

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シニアの新しい住まい方 カレッジリンク型 CCRC


 シニアの住宅の形として、アメリカで大学との連携による老人ホームが増えている。これらはカレッジリンクと言われ、スタンフォード、ダートマスなどの有名校が、大学のカリキュラムと連携して、有料老人ホームのアクティビティを提供するものである。
野村総研
(www.nri.co.jp/opinion/region/2007/pdf/ck20070702.pdf)や
日立評論
(http://www.hitachihyoron.com/2010/11/pdf/11a04.pdf)などから、
レポートが出されている。

 このタイプの高齢者コミュニティは地方都市の大学や、地域の活性化の核となりうる。安易にアメリカ型のコピーをすると失敗する。アメリカでは、その格差社会を象徴するような、差別的なコミュニティが多い。特に、人種問題、ユダヤ人のコミュニティや黒人を排除するような集合住宅になる独特の傾向がある。そうした背景をよく見ながら企画し、価格設定をしなければ、割り高なものを提供することになる。かつて、アメリカ型のCCRCをコピーして多くの有料老人ホームが失敗した。特に大企業が陥りやすい計画、盛りだくさんの付属施設で、コスト高になった施設である。大企業の計画者は批判を恐れて過剰装備に陥り易い。

 日本の実情に合った形は何かを模索したい。特に、地方都市においては、ライフスタイルとして、ダイビングやプールなどのアクティビティではなく、農業や園芸が核となるエコシティの要素が好ましい。日本の高齢者はアメリカ人ほどアクティブではないが、音楽、趣味、ゴルフなど静的な分野では、結構お盛んである。また、キリスト教系の大学では聖書研究や聖地旅行などの企画が良いと思う。何もエリートを集めるということではなく、入居者は一定水準以上の社会的な活動実績のある人が集まってくれると、学生との交流などでも、良い結果が得られる。アメリカの老人ホームでは入居者の面接をするところが多い。世の中お金ばかりではない。入試は不要で、人物本位で選べる仕組みが欲しい。こうした仕組みこそ真似すべきで。箱ものにこだわるとうまくいかない。


シニア・コミュニティのゆくえ: アメリカと日本における大学付属型高齢者住宅群
小向敦子氏(高千穂大学教授)の論文を紹介しよう
(http://www.jiu.ac.jp/books/bulletin/2007/tour/06_komukai.pdf)

今後の課題と展望:日本における独自性の探求

 地方大学とのリンク:地方の救世主となるシニア 日本の大学にとって、リンク型シニア・コミュニティを構築しようとする際に、ボトルネックとなるのは、充分な土地がないことであろう。しかし土地に関する事情は、郊外へ行くと激変する。地方 は驚くほど潤沢な土地に恵まれており、振り返ればそのような土地から 60年代に都市部へ上京(流 出)し核家族を構成したのが、今時のシニアである。彼らが現役からの引退を機に、生まれ故郷への U ターン(Iターンの場合もある)を企図する傾向は、却って必然であるとさえ言える。

一方、18歳人口を中心とする学生を思うように集められずに、経営の不振に頭を抱えている地方大 学にとって、シニア勢の帰省は吉報となる。それどころか、一度は企業に奪われた地元の人材を、退 職後に引き戻せる大学が、そうできない大学を圧する形勢となり、ここにシニアが何処の大学を選ぶ かで決まる、大学間の下克上と、ひいては大学の倒産というシナリオまで出来上がる。地方の大学では、例えば畑を利用して、そばの種を撒く・収穫する・挽く・料理(賞味)する形式のフィールド学習ができる。また海に近い大学では、シニアにとっての永遠の憧れで あるマリン・スポーツ(例えばクルージング・ヨット・カヌー・ダイビング・シュノーケリング・ サーフィン)に取り組むことができるだろう 。またキャンパスの近隣に民宿・ペンション・山小屋・海の家などがあれば、敢えて新たにシニア・ コミュニティを創立するまでもなく、そのまま彼らと大学がリンクできる。地元の観光関連業者は、 大学との連携によって、近年羽振りの良かった大型ホテル群に挑戦状を叩きつけられる。シニアにとっては個人所有が憧れだった別荘を、管理人付きで利用できる豪奢を味わえることにもなる。 現在は介護と無縁でも、将来の健康に確信を持てないシニア世代にとって、子どもが独立した後、老夫婦二人あるいは老親一人で住むには、段差だらけの家と手入れの欠かせない庭が、心配の種にな り始めている 。それより、庭の草むしりがない、鍵一つで外出できる、雨戸の開け閉めがない、エレベーターがある、暖房・照明の節約ができる、何と言っても学習環境と医療ケアに近いのが、大学リンク型コミュニティである 。
☆シニア・コミュニティは、地方にある大学だけの特権ではない

 今都市部では、高齢者向けの高層マンションが開発・販売のラッシュを迎えている。自然の恩寵に替わる、音楽・演劇・工芸・美術・エステ・スポーツなど、可能性は無限にあるのが、都市部 の特徴である。従って例えば、天然の温泉とは趣向の異なる、プログラムとしてのハイドロ・フィッ トネス(温泉のようなものを利用するフィットネス)などを行えば、話題性にも恵まれるのではない だろうか。

老人大学とのリンク:エイジズムを打破するために

 学生層として若者が中心を占める通常の大学と区別して、シニア層が在籍する大学は、老人大学や シニア大学と呼ばれる。このような大学は「どうせ鶴さん亀さんが行くところ」「何が寿大学だ。 いちいぱっぱをやっているだけのくせに」という蔑視に耐えてきた観がある。冴えないイメージとは裏腹に、現実は興味深い活動を行っている老人大学が、少なくないにも関わらず。 シニア・コミュニティには、老人大学の汚名を雪ぎ、係るエイジズムに対峙できる可能性が秘められている。まずコミュニティでは大学が媒介項となって、祖父母世代と孫の年齢に近い大学生との、 隔世代交流が促進される。シニアはいよいよ、シニアになるまで守り抜いてきた知識と技術を、次世 代へ伝承する機会と場所を授けられたことになる。「今時の若い者は」「俺の若い頃は」に始まる愚痴や過去依存の話に、もはや聞き耳を立てる者はい ない。それよりシニアであれば、暇と手間のかかる一銭の特にもならない雑役にさえ、惜しみなく円 熟した智恵と、巧みな技を注ぐことができる。

 そんなシニアがもし若者と、良い意味で「結託」すれば、古くて新しいオール・デイズの音楽に酔 うんちくかたむけるライブハウス、一晩中でも薀蓄を傾ける「日替わり」名物マスターがいるカフェテリア、大きな映画館では上映されない面白い映画が見られるシアターなど、今まで大学の施設にありそうでなかっ た環境を作りだせるのではないだろうか。青春を謳歌する若者と青春をやり直そうとする高齢者が、自然 に袖を交えては意気投合する場面が、大学とコミュニティの一隅にあったら、どんなに素敵なことだ ろう。


大阪岸和田市の建設会社ナカザワ建販のホームページから抜粋
http://www.nakazawa-kenpan.co.jp/image/img_n_news/pdf/488.pdf

「クラブ・アンクラージュ御影」
 では、関西大学が、入居者を対象に大学で学習するプログラムを提供します。 これは科目履修生か聴講生、あるいは社会人学生として大学や大学院のクラスに希望者を受け入れるものです。また、シニア住宅のなかで開講されるプログラムも大学が提供します。 シニア住宅の運営は、デベロッパーや銀行、建設会社などが共同で設立した(株)アンクラージュが受け持ちます。 当センターは、シニア住宅の企画や講座カリキュラムの開発、講座運営のためのノウハウなどを提供します。 現在は入居予定者を対象にプレコースを実施しています。6月、7月にも行ないましたが、実際にゼミなどにも参加してもらい、大学のカフェテリアで食事もしてもらいました。特に若い学生と一緒に食事をとる機会 がほとんどない高齢者の方たちにとって、カフェテリアでの食事は新鮮で楽しかったようです。

★ 地方にこそカレッジリンクのニーズがある

 今後は有料老人ホームなどのシニア住宅市場は競争激化が予想され、新たな差別化が求められている。 高齢者の学びたいというニーズに応えるカレッジリンク型シニア住宅は、デベロッパーにとって他の施設と差別化を図るうえで大きな付加価値となるはず。 また、これから世界の多くの国が高齢社会を迎え、なかでも、日本とヨーロッパ諸国では高齢化がかなり進展する。日本では80年代以降から急速に高齢化が進み、現在、全人口に占める65歳以 上の割合は約22%に達しており、世界一の超高齢社会を迎えています。言い換えれば日本は高齢化という面ではフロントランナーで、モデルケースとして世界が注目している。(中略)最近、地方都市は活気が なく、楽しいことが少ないせいか、 大学にも学生が集まらないという話をよく耳にする。かつては中心としてにぎわっていた駅前の繁華街も車社会が進んだことで空洞化が目立つようになった。地方都市が活気を取り戻すためには、駅前に代わる新たなコアが 必要で、大学を核に人が集まる カレッジタウンとして再生する。カレッジリンク型シニア住 宅を建設することで投資を呼び込み、新たな雇用も生まれる。入居者が増える分、地域に落ちるお金も増える。ローカルな特色を持つカレッジタウンであれば地方都市の新たな中心として、地域の活性化につながるのではないか。何も東京だけではない。新発田に作れば新潟から呼べる。
 
 地方の時代の姿がこんな形で見えてくる。東京では確かに富も情報も集中し、若い人は不自由な高層マンションで、狭さを我慢し、通勤地獄も耐えて暮らす価値がある。結婚のチャンスだって田舎よりはある。でも、今や、40才もすぎれば、年収も頭打ち、激しい競争で、能力があっても切り捨てられるリスクがある。それより、2,000万円もすれば庭付きの一戸建てが買える、地方の中核都市郊外では、意外に豊かな生活が確保出来る。高齢になって、再び故郷に帰るならば、早いうちに値下がりするに決まっている東京の家をさっさと売却し、故郷でゆったりした住生活と学問や教育で余生を過ごすというのは賢い生き方ではないか。新潟とか、長野なら、2時間あれば東京に遊びに行ける。一泊ホテルですごせば同窓会や東京のイベントを充分に楽しめる時代である。東京の大学だってマスプロで、真面目に勉強する友人を捜すのは容易ではない。遊ぶならいいが、地方の小さな大学で先生と塾のような勉強生活を過ごす方が実力が付くかもしれない。それに帰郷した経験豊富な高齢者が味方になってくれる。
                                                           (2011年)

以上は2012年に自分が書いたブログ記事からの抜粋である。関西大学のカレッジリンクシニア住宅は経営難と聞いている。その理由は、高齢者住宅は大きなマーケットを対象に
入居者を集められるが、今日の日本では、シニアの大学入学者は少ない上、そうした層からしか募集できないというハンディがあるからである。大学を軸にこれを展開することには困難があるということである。それならば、逆はどうだろう。シニア住宅をきちんとした立地で作り、その特典として入居者から大学で学ぶシニアに学生としてのポジションを用意するのである。それは募集上同じようだが、日本のシニア住宅では入居者の選考は行われない。欧米では、既入居者が面談をして皆と仲良く出来そうな人を選ぶのが原則で、金があれば何でもいいということではないのである。学生寮も同様で、そうしたチェックシステムが必要である。その延長線上で仕組みを考えたい。


カレッジリンク型 CCRC
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「デフレの正体」藻谷浩介著ー経済は人口の波で動くーを読んで感じた事があります。
 この本の最後に、著者が未来の街づくりについてふれている。個性ある街、地域を築く。コンパクトシティと美しい田園をめざすことを提唱している。しかし、最後に書かれたこの提案は、その中身が分らない。このデフレ経済の原因と対応に鋭い指摘をしている著者が、都市の役割や、街づくりに関しては具体的には述べていない。残念な事である。彼の本の幾つかは都市の消費性向をデータとして活用しており。大きな傾向はきちんと分析されている。また、ショッピングセンターの売れ行きの問題にも触れている。しかし、地方都市の商店街が衰退し、シャッター通りになっていることには言及していない。格差問題としては認識している。都市の衰退は経済が下降している象徴的な出来事であり、これを活性化する事はデフレ脱却の大きな要素だと思うのです。

 どこにでもある小さな街、これらが個性ある発展をとげる事も可能である。努力次第である。大分県の湯布院のような街もあるが、柳の下にドジョウはいない。村上市は東京の人が一番行きたい新潟の街、夫々の地域が創意工夫することだ。これからの日本を導くのは、海外からの留学生や観光客にも魅力ある地域の創出である。この点は東京や大阪も同じである。外国人には日本の安全安心な地方都市は魅力がある。都市の発展という視点に角度を変えて問題点を整理することから具体的な解決策が生まれる。中心市街地活性化法という制度もあるが、これを担って仕組みを作る人、特に若者がいない。地方選挙では誰もが、シャッター通りの解消を唱えるが成功事例は少ない。それには核となる組織とアイデアを持ったキーマンが無ければ進まない。力量があればそれは企業や大学でも良い。誰でも出来ることではない。街の再生は政治家ではなく、市民と行政の二人三脚だ。

 我が国は今、未曾有の人口動態上の直接的影響を受けた経済現象の渦中にある。若い人が低賃金で派遣労働者化して消費する気力も経済力もない。女性の平均寿命は伸びても,仕事に就いている人は海外諸国と比べて少ない。彼女達は男性と比べ、購買力は遥かに旺盛である。地方経済は女性、特に購買力の旺盛な60歳前後の女性の労働力を活用することが活性化につながるだろう。20〜30台の男女が最も消費力がある。収入の殆どが消費に回るのに、企業は彼等を疲弊させて来た。その結果が、今日のデフレを招いている。1400兆もの個人金融資産が循環しない。高齢者は家でも、何でも既に持っており、家には物が溢れている。高齢者が欲しいのは、健康と友人、未来の安心、安全である。これらは全てコミュニティの中で育まれる。財政不安に縛られた医療福祉政策は実態に答えていない。また、車が無ければ街に行けない生活様式が駅前の商店街を衰退させてきた。

新発田市のシャッター通り

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 経済再生の方策は種々あるが、手順、優先順位が狂っている。町づくりという視点が欠けている。個人だけで社会は成り立たない。都市の成長が個人の幸福につながっている。寂れた街を歩いて楽しいだろうか?賑やかな商店街、ファッションのお店や、明るい美容院、喫茶店や本屋さんが歩道に面してあり、散がらに気楽に寄ってみる。花屋、パン屋、果物屋さん、お肉屋さんでコロッケを揚げ、お惣菜屋さんも。テレビのお散歩番組が成り立つ風景が潤いをもたらす。かつて、悪法とされた大店法は地域業の共存を守って来た。小泉改革は単に強者の味方だっただけだ。毎年3万人を越える自殺者の原因は、まさにデフレである。本来人のふれあう空間が弱肉強食の原野になってしまった。
 
 声高にピントの外れた処方箋がマスコミを中心に叫ばれる。GDPが上昇しても、貿易収支が黒字でも10年間、我が国の消費力は少しも上がらなかった。国内消費が上がらない成長戦略について効果は疑問、政府も無策である。経済指標—失業率、GDPなどが数字として上がっても企業もそこで働く人々は少しも豊かになった気がしない。何故だろう。内需振興を唱える企業経営者が合成の誤謬に陥り、自分の足を引っ張っていることに気がつかない。合成の誤謬(ごびゅう)とは、個々人が合理的な行動をとったとしても、他の多くの人が同じ行動をとることによって、不都合な結果が生じてくることである。今や、生産性や合理化は社会を沈滞させる要素になっている。とはいえ、企業は株主利益が第一であり、何も利益が出ない時に若者や女性を雇えと言っても無理だ。教育機関がきちんとした社会人を世に送り出さなければならない。役に立つ若者を彼等が無視する筈は無い。これは都市が学びの場所や何が求められているかを若者や女性に教えてくれる。商業の発展は明日の世界を示す。農業も、工業も、都市の消費者を見ながら成長する。

 少子高齢化という言葉は社会保障の観点から語られて来た。増え続ける医療費、年金とこれらを支える財源不足という財政問題としての捉え方が支配的だ。経済の低迷ももちろん影響があることは分っているが、もっぱら景気は産業の空洞化,消費の低迷、地域格差、さらには中国、韓国などの新興産業国家の台頭による市場シェアの減少が語られて来た。しかし、問題点を並列しても何も解決策は出てこない。真の原因が何か、一歩進めて、生産年齢人口の減少対策を切り口に、消費の低迷、高齢者保有金融資産の流動化による若年者への所得移転、さらにはデフレの進行を止める方策となることが求められている。手順は生産人口が増加するための施策は何でもやってみる事がら始まる。ことはニワトリが先か卵が先かという議論から一歩踏み出さねばならない。
 
 生産年齢人口の減少→消費者人口の減少→供給能力過剰→在庫積み上がり→価格競争激化→在庫の時価の低下(在庫の価値低下/劣化)→企業収益の低下=高齢者の不安感による貯蓄の埋蔵金化という現代の経済の悪循環を断ち切る知恵が企業の側にも必要である。今のデフレの原因は、生産人口の減少にも関わらず、若い人を契約社員とか、低賃金におさえることで生産性が向上し、輸出競争力がついたと錯覚した経営者の側にあるということ。また、税収も無いのに、その倍も予算を使い込む政府に頼っても、国庫が枯渇するだけである。このデフレ脱却は国民と経営者が構造改革する他は無いのである。過当競争は労働市場においても、商品市場においても、インフレもデフレも加速する。そした、過度の経済の流れを生み出す。インフレやデフレを加速して歯止めが無くなってしまう。都市への公共投資はダムと違って民需の見返りをもたらす。美しい街路、整備された駐車場、シンボルとなるビルや劇場など。ダムや高速道路より低い投資で大きな効果がある。

内需こそデフレ脱却の手段であり、既に前例がある。実は、ヒトラーはにこれを上手くやった。se世界恐慌からいち早く脱出したのはあの、インフレ苦にあったドイツであった。ベルリンオリンピック、歓喜力行団による団体パック旅行、やたら祭典が好きだ。ヒトラー誕生日祝いなどナチの大パレード。テレビ中継、マイカー、健康保険や少子化対策も見事である。ところが最後の目標が戦争だったところが間違いだった。ゲ―リングが財政権力を奪ったところから流れが変わった。当初ナチを利用した産業がナチに牛耳られた。シャハトのインフレ対策、対外借款の解消など見るべき物が多い。ケインズの理想はヒトラーが果したとも言われている。

 バブル崩壊で弱った経済に、本当は市場主義経済、ボーダーレスはキツ過ぎた。糖尿病の患者に栄養をつけたり、やたら筋肉トレーニングするようなことだった。むしろ、節制した食事と規則正しい散歩などがいい。バブルで供給過剰の後はむしろ統制が必要だった。病人はケアされねばならない。社会主義の一番の欠点は財の供給、分配機能が不足していることだが、バランスを取り戻すには向いている。それぞれ手法として間違っているのではなく、選択を誤った。

 地方都市の市街地、商店街がシャッターの閉まった、「シャッター通り」となっているのを目の当たりにすると、その原因を考えざるをえない。周辺の田園風景に不釣り合いな、巨大なショッピングセンターと道路サイドの量販店がその直接的な原因である。駅周辺の閑散とした風景と、むしろ、高速道路に向う道路沿いにある量販店、飲食店に活気を感じる。シャッター通りの商店街の人々は、商売が成り立たないから貧困に喘いでいるのだろうか。どうもそうではないようなのだ。その証拠に倒産した店で閉まっているのもあるだろうが、殆ど営業時間が早く終り、休日が多い。彼等は皆さん高齢化が進み、年金や、これまでの蓄えで食べている。必死に働かなくてもこれまでやって来た通りにやれば食って行ける。しかし、これでは若い人を雇用して、ビジネスを発展させる意欲が無いのではないか。なるほど、要するに、これは町づくりを演じる役者をかえればいい。ところが資産を待っている彼等は非協力的である。それは、大きな投資をする余力は無い。毎日の生活で手一杯なのだ。


 「街角カフェ」という商業地再生への意欲的な試みは立派だと思うが、実際は相当に厳しいだろう。コーヒー1杯では採算が取れる訳が無い。津波の引き波のように見える商店街の衰退に、引き込まれないだろうか。しかし、人々が集う場、交流の場は必要だ。商店街で本業を営む人々が放棄したビジネスを再生するのは全く大変なことである。元気の失せた地域の人々の気持を盛り上げるには何が必要かだ。地方都市の人はやはり、東京や大阪にある商業施設に心を奪われがちだが、これらは高コスト体質でなかなか地方の生活水準に合わない。地域の人々のハレの場も必要であり、それをホテルや料亭が果たして来た。フレンチレストランやイタリアン、天ぷら屋、ステーキハウスなども皆大好きだ。こうした分野は料理だけでは採算が取れない。お酒、ビール、ワイン、日本酒などが収益源である.お酒は二杯も三杯も飲むが、寿司などは10個程度で終わってしまう。カレーライスでも牛丼でも2杯以上は食べないのが普通だ。そのためには車の運転は御法度である。

 地方都市で商業を復活させるには、車が無くても楽しめる交通体系がなければならない。サンフランシスコやニューヨークは車が無くても楽しめるから世界中から観光客が来る。循環バスや商店街を高層化し、道路周辺は広場を作り、上は住宅で下に商店街があればいい。さらに、地方都市は観光客が来ないようなな街では魅力が無い。これは行政や交通会社が支援しなければ無理である。車社会は地方では当然だが、街を再生するには駐車場の見当たらないような商店街はむしろ自助努力の怠慢だ。というより、都市の再生に向けた行政の怠慢である。これを推進するには、沿道商店街の高層化による都市空間の創出である。空地を広く取り、高層化された建物で若い人の居住を取り込むことである。そこで地域のB級グルメでも良い。人がひきつけられるような商品があれば良い。一つあればいい。喜多方市はラーメン、長崎は佐世保バーガー、シアトルは最初は1軒のスターバックスコーヒーから世界に知られる街になった。

 ところが、郊外の大規模店はこうした要素が揃った巨大な街づくりを取り込んだものだ。例えば、イオン新発田ー2005年に生まれた巨大商業施設という存在抜きには、地域の商業を考えることはできない。敷地面積60503 m²(18,302坪)に商業施設面積 44632 m²(13,501坪)延床面積58546 m²(17,710坪)である。店舗数はÆONと86の専門店、営業時間9:00 - 23:00まであり、駐車台数1,650台の巨大なショッピングセンターである。営業時間も長く、夕方の7時には閑散となる商店街とは対照的だ。ここにはスターバックスコーヒーもある。地元には大規模店が成り立つだけの消費力がある証拠である。しかし、よくよく考えてみればこんな空間に人々が長い間満足出来るだろうか。全てお金の世界、自由な、勝手気侭な時間の使い方はできない。人との触れあいも無い。全て管理されている自由の無い世界に満足できるだろうか。ここに来る人々は、便利だが自由がないことに気がつかない。主権は会社にあるからだ。いつかその日は来る。

 商店街には人に集う場が殆ど無いし、駐車場もない。ドトールも見当たらなかった。働く若者がいないところにはドトールは出てこない。市街地の再開発が若年労働力の雇用とデフレ脱却の道ではないだろうか。だからといって、駅ビル商店街なんかを作ったら巨大な箱で終わってしまう。駅前病院の方がまし、どうせ作るなら、国立がんセンター級である。医療は大事な都市の要素だ。とにかく住民を増やさない企画は全てダメである。町を活性化させるためには、若者に魅力のある街にしなければならない。若者が一番嫌いな事は何かというと、年寄りの「お説教」ではないか。伝統とか、歴史などは全てこの「説教」に類する事が多い。新発田市では「堀部安兵衛」とか、大倉喜八郎をお説教のネタにしているが、そんな事を教育してどうなるのか。第二、第三の堀部安兵衛が出て来たらどうするのか。高田の馬場の決闘でもするのでしょうか。会社で、半沢直樹みたいな人物が出てくる事だろうか。人口を増やそうと思ったら、女性を大事にして、住宅や保育園を充実させ、楽に共稼ぎ出来る環境にする事ではないか。若者を定着させるには、ライブハウスとか、映画館、ケーキ屋さん、漫画などが充実していれば自ずと若者は集まってくる。ロビーのあるシティホテル。スマホショップとかも町の顔ではないか。これら全てが無いのが新発田市の中心市街地なのだ。


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 我が国はワクチン後進国と言われている。とにかく、世界からは疑いの目で見られており、麻疹では日本は世界から警戒されている。2007年、カナダで修学旅行の生徒が発病して大騒ぎになった。カナダ修学旅行中に都内の私立女子高校の女子生徒が、はしかを発症し、現地の病院に入院した問題で、検査で十分な免疫がないことがわかった41人の生徒・教員が、帰国便への搭乗を拒否された。実は小生も、20年も昔のことだが、子供が麻疹になった。ハワイ旅行の数日前でいまさらキャンセルしたくなかった。熱が下がったので空港に行ってしまったことがあった。ハワイでのんびりして症状は出なかったが、あれは実際まずかった。ハワイで病院に駆け込む麻疹患者はほとんど日本人で、困った問題なのだそうだ。留学の場合は当然ワクチン接種が絶対条件である。19世紀初頭だが、ハワイの人口は20%麻疹の為に減少し、王族も亡くなった歴史がある。

 日本はどうかというと、平成6年10月以降の予防接種は、予防接種法(BCGは結核予防法)に基づき市町村長が行う勧奨接種と、医療行為の一つとして医療機関が行う任意接種の二つのみとなり、義務としての予防接種は緊急時のほかは存在しなくなった。また、従来の接種形態は無くなり、予防接種法に基づく勧奨接種は、すべて定期接種として行われる。

 日本では1988年から定期接種が開始された麻疹・流行性耳下腺炎・風疹混合ワクチン(新三種混合ワクチン、MMRワクチン)は、ワクチンを原因とする無菌性髄膜炎の発症率が想定以上に高かった為、1993年に接種を中止した。三種混合ワクチン接種はアメリカでは強制的予防行為である。そのため、これを接種していないと、学校の入学を断られる。それに反発して学校に行かずに、自宅学習で抵抗する人もいる。

 一方、2004年には三種混合ワクチンに保存の為に含まれるチメロサールというエチル水銀が、自閉症の原因という説がマスコミで取り上げられ、これを含まれないワクチンに切り替える運動も起きた。これはアメリカの論争が飛び火したものだ。しかし、この因果関係は分らないまま、今日ではこれを含まないワクチンが望ましいとされるに留まっている。マスコミは火だけつけて知らん顔だ。チメロサールと自閉症の増加の関係は、チメロサールを含有したワクチンが使用されなくなれば明確になる、としている 。この疑問に関して、2003年のMadsenらは、両者の因果関係を明確に否定している 。現時点では自閉症とチロメサール含有ワクチンとの間に明確な関連性は見出されていない。
 その一方で、チメロサールそのものの安全性には疑問がなげかけられており 、自閉症との関連性の有無に係わらず、チメロサールを含有しない予防接種ワクチンを使用することが望ましい。ワクチンは確かに大きな問題なのだ。その予防接種の幾つかを整理しよう。

1.子宮頸癌予防のヒトパピロマウィルスワクチン

とにかく、最近のワクチンのテレビコマーシャルはしつこい。3月には子宮頸癌予防のヒトパピロマウイルスワクチンのキャンペーンで何度も繰り返し、うんざりさせられた。このワクチンは確かに、日本でもっと普及させたいものではある。仁科仁美(26)仁科亜季子(58)母娘が出演したCMが問題になった。今年3月の東日本大震災直後、出演した子宮頸がん・乳がん検診を呼びかけるAC ジャパンのCMが連日流され、視聴者からACに抗議が殺到、ふたりを困惑させた。このワクチンは接種を進めるものだが、一回1万円以上で結構高い。イメージではなく、きちんと説明すべき事ではないか。

 HPV ワクチンと子宮頸がん検診の開発によって、 多くの癌の中で子宮頸癌は唯一予防可能な癌となっ た。ワクチンで癌発生が予防できることは人類の歴 史の中では画期的な出来事である。上で述べたよう に、HPV ワクチンをすべての中学生女子に接種し た場合、若い女性の子宮頚癌の発生率を大幅に下げ ることができる。HPV ワクチン接種の費用 は膨大であるが、多くの先進国では、すでに国家戦 略として HPV ワクチンを公的費用によって実施し ているか、実施予定になっている。これは、このワ クチン接種によって子宮頸癌や、その前癌病変を予 防できることによる医療費削減効果が非常に大きい という試算があるからである 。しかし、このワク チン接種によって、すべての子宮頸癌の発生を防止 できるわけではない。特に 40 歳以上で発生する子 宮頸癌の 3 ~ 5 割はワクチンを接種しても予防でき ないタイプの HPV が原因であるため、子宮頸がん 検診は今後も必要である。
http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM0910_04.pdf参照


2.ポリオ

 OECD諸国のみならず、多くの国がポリオの生ワクチンをやめ、不活化ワクチンに切り替えているのにも関わらず、これを続けた為に、感染者が出ている。ポリオの生ワクチンには、100万人当たり1年間に2~4人の割合で(WHO調べで日本のみのデータではありません)、生ワクチンを原因とするポリオの発生があることが知られており、そのためにそうした副反応のない、不活化ポリオワクチンへの転換が、早期に成されることが強く求められています。1980年以降日本でワクチンを原因としないポリオの発症は、1例もない。30年以上国内には存在しない病気のためのワクチンを、国の方針で集団接種し、その副反応としてのポリオの患者さんを、毎年数名は必ず生み出している。発症者が少ないからといって、国の施策で犠牲者が出るのはおかしい。昔は一般感染と区別がつかなかったが、今や、定期接種で感染が出ることは認められる事ではない。不活化ワクチンが定期接種とするのは来年となる。4〜5千円で自主接種をすることは出来る。その場合、自分で医療機関を探す事になる。ポリオの会の努力で昨年陳情が行なわれ、何とか、来年から定期接種も始まるが、今更という感じ。WEBーhttps://sites.google.com/site/ipv4japanesechildren/home/ipvclinicで調べることができる。

3、肺炎球菌ワクチン

「薄紅色のー」とやたらテレビでCMが流れる。最初は可愛い赤ちゃんのシーンが良かったがこうも続けられると、うざい。何だかわからない。肺炎球菌? 1年簡に700人くらいの小児が感染し、亡くなる方もいるので、乳幼児を抱えたお母さん方は神経質になっているのだろう。昔は、そんな病気は聞いた事が無かった。
 肺炎球菌は死亡率も高く、怖い病気だが、インフルエンザの死亡例の方がはるかに多いのではないか。キャンペーンをあれほど繰り返す意図が分らなかった。細菌性髄膜炎を起こすような場合でも早期診断は難しく、その後にけいれんや意識障害が始まってくる。診断がついても、抗菌薬が効かない耐性菌が多く、治療は困難です。ヒブによる髄膜炎に比べて、死亡と後遺症の比率が少し高く、亡くなる方が10%前後、後遺症率は30-40%くらい。(http://www.knowvpd.jp/vpdlist/haienkyukin.htm参照)
 現在日本で使われている肺炎球菌ワクチンは2種類。一つは商品名を「ニューモバックス」といい、高齢者が肺炎球菌によって、その名の通り肺炎にかかるのを予防しようとするワクチンである。「日本人の死因の第4位は肺炎です」といって盛んに予防キャンペーン(実はワクチンの宣伝)をやっている。もう一つが乳幼児用の肺炎球菌ワクチンで、商品名は「プレベナー」。ファイザーのイメージコマーシャルキャンペーンだ。多分、このワクチンが普及するとファイザーは儲かるのだろう。というより、最近、ヒブワクチンとの併用で、副作用による死者が出て、一時使用が中断された。そのために、必死のキャンペーンが行なわれている。ナアーンだ。
朝日新聞の記事によると。
 厚生労働省は2011年3月4日、小児用肺炎球菌ワクチンとインフルエンザ菌b型(ヒブ)ワクチンの予防接種後に乳幼児4人が相次いで亡くなったことを明らかにした。いずれのワクチンも接種を一時見合わせることを決め、自治体や販売業者に通知した。週明けにもワクチンとの因果関係を調べる専門家による検討会を開き、接種の再開を判断する。同省によると、2日以降死亡が報告されたのは、兵庫県宝塚市、同県西宮市、川崎市、京都市で生後3カ月~2歳代の4人。このうち2人は心臓に持病があった。接種の翌日~3日後に死亡していた。接種した医師らの報告では、接種と死亡との因果関係は「評価不能」や「不明」という。小児用肺炎球菌とヒブは、乳幼児の細菌性髄膜炎を防ぐワクチンで今年度の補正予算で公費助成が始まった。

4.天然痘

 天然痘ワクチンは種痘だが、現在は行なわれていない。ジェンナーにより、ワクチンが発見され、最も古典的な療法が種痘である。人体の皮膚に痘苗を接種して,天然痘に対する免疫を与える方法。1796年のジェンナーの牛痘接種に由来。日本では以前は生後36~72ヵ月の間に1回行っていたが,1979年に天然痘根絶宣言が出されたことと,予防接種事故があることから,現在は中止されている。ところが、今、こうした状況を狙った細菌テロが万一あると、免疫が無い若いヒトが多く、恐ろしいことになる事が想像される。予測不能ではない、予測可能な範囲だ。
 江戸は、封建制度の拠点であっただけに、医療においてむしろ諸藩よりも遅れをとっていた。江戸末期に天然痘が大流行した際にも、江戸の漢方医はなす術(すべ)がなかった。そこで、江戸在住の蘭方医82名が拠金し、神田お玉ヶ池に種痘所を開いた。わが国史上これほど多くの医師が集まって社会奉仕した例はほとんどなく、当時の多くの蘭方医の熱気が感じられる。
この種痘所は半年後に焼けてしまうのだが、その後大槻俊斎や伊東玄朴の屋敷で業務が続けられ、翌年に場所を改めて新築された。その場所が現在三井記念病院の建つ神田和泉町である。これを前身として東京大学医学部に発展したのである。


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by katoujun2549 | 2011-08-21 23:23 | Comments(0)
 日本という国の欠陥をどう乗り越えるか―知恵を集めるー

 天変地異や大きな犯罪、事故が歴史の転換点に発生し、また、歴史の変化を促進する。しばしばそれらは対になっている。かつては、関東大震災(1923年)が国の財政を危機的状態に追い込み、室戸台風(1934年)も大きな影響を与えた。日本はその活路を満州進出、さらには軍閥の跋扈をもたらし、第二次世界大戦への狂気が始まった。

 戦後、伊勢湾台風と三池争議の後日本は脱石炭から高度成長へ、さらには阪神大震災とオウム真理教事件がバブルの崩壊といった歴史の転換点に発生している。チェルノブイリ原発事故とアフガニスタン侵攻はソ連の崩壊を促した。
今回の東日本大震災と福島原発はどのような転換点をもたらすのだろうか。

 阪神・淡路大震災は、1995年(平成7年)1月17日(火)、同じ年の3月20日にはオウム真理教の地下鉄サリン事件があった。この年は戦後50年であり、当時、連立政権(自社さ連立政権)では社会党の村山富市氏が首相であった。談話として、政府の考えを述べた。これが、今の政権にも影響を与えているようだ。「今日の日本の平和と繁栄を築き上げた国民の努力に敬意を表し、諸国民の支援と協力に感謝する第一段、平和友好交流事業と戦後処理問題への対応の推進を期する第二段、「植民地支配と侵略」によって諸国民に多大の損害と苦痛を与えたことを認め、謝罪を表明する第三段、国際協調を促進し、核兵器の究極の廃絶と核不拡散体制の強化を目指す」第四段からなる。あれから、17年も経ったのである。今年は日米開戦70年となる。この、2つの事件は、デフレ時代から抜け出せない現在、3月11日の東関東大震災と福島原発の前奏曲だったとすると日本はこれから大きく変わる。

 当時、大震災の対応、また、オウムの対応に関しても、警察、消防、営団地下鉄、さらには国の指導者達に過失とか、失敗が見られた。これらは反省され、新たな事態にうまく機能したのだろうか。当時も突発的なことであり、また、裁判とか、様々な事情により反省より隠蔽や忘却、事件の風化が故意に行なわれたのではないか。事件に対応して懸命に作業を行った警官や消防士、命を失った駅員など、末端の人々が立派な仕事を行なった反面、行政の指導者やこれまでの体制の機能不全が指摘された。そうした批判や反省は今回どう生かされたのだろうか。

 今回も、東北の被災地の現場では、国際的に賞賛される程の被災者と消防、自衛隊、警察などの懸命の対応、また、東電原発の従業員の命がけの作業が伝えられた。ところが、政争に明け暮れ、事故の立場を優先し、時には情報を隠蔽したり、政治的効果をねらうあまり、復興に向けての計画もその内容より一首相の面子ばかりを期待した対応が目立った。要するに組織的な対応と言う点では全く機能不全だった。防波堤を軽々と越える津波。これまでの防災努力を自然は蹴散らした。立派な防波堤、鉄筋の建物はそれなりに効果を上げて、明治時代と比べ物にならない人口の集中のわりには死者は少なかったのかもしれない。

 阪神大震災では村山首相が自衛隊の出動に躊躇し、後に批判を浴びた。今回は自衛隊の出動と米軍の支援「ともだち作戦」が仙台空港の復旧を手始めにフル稼働し、前回の反省は生かされた。ところが、不測の事態だった原発においては、菅直人首相の政治家としての貧弱さが露呈し、とんでもないミスが多発した。混乱の回避を口実に、政権の責任回避をはかる言動、自己の影響力の間違った行使—事故現場への首相の視察と指示など、中枢部の現実にたいする構想力、さらには洞察力が全く見られなかった。原発の破損に対する認識、住民保護、国際支援など褒められたものが皆無であった。しかも、情報を隠蔽し、かつての最悪の事態となった大本営発表が繰り返され、東電共々、官僚が前例のない自体に全く対応できないという本質的な欠陥をあからさまにした。

 要するに不測の自体に対する我が国の対応の下手な点は、変わらなかったのだ。阪神大震災と違って今回は火災や倒壊による被害は無かったし、原発の爆発でも死者が出ていない。ところが、放射線汚染が大規模に広がった。多くの被災者、さらには町が廃墟となった。阪神大震災を遥かに越えた被害が生じ、産業機能の破壊、かつての敗戦時の荒廃を思わせるような大災害であった。そうした事態を乗り越える見通しを与える施策は未だに生まれていない。それどころか、首相の退陣と民主党内部のまとまりの無さが露呈し、かつ、野党の人材も乏しいことが国民の失望を生んでいる。

 あの村山談話とそっくりな菅直人の脱原発発言は核廃絶宣言に似ている。尖閣列島における屈辱的対応はまるで濡れ衣のような慰安婦問題への謝罪を思わせる。あのオウム真理教事件は地下鉄サリン事件の前年の松本サリン事件から始まっていた。年末にはオウムが化学物質を製造していることが1月1日の読売新聞で報道されたにも拘らず、政府は手を打てなかった。霞ヶ関駅周辺での病原菌散布とか危険な兆候は多くあったにも拘らず、警視庁も政治も動かなかった。不測の事態には対応できないし、想定外という言葉に代表される、洞察力の無さである。今と同じではないか。

 我が国はこの難局をどう乗り越えるのか。先は歴史に学ばねばならない。その一つは、指導者の弱体は昔からの事で、戦争中、東条英機がリーダーとしてもっと強力であれば、開戦にいたるような軍閥の跳梁を押さえ、また、停戦を模索しただろう。日和見であったからこそ、惨めな敗戦を迎えた。大戦前、日本の政治は迷走し、毎年首相が変わっていた。それに対して、軍閥の横暴を制御できなかった。今の日本のボトルネックは、軍閥に変わる財務官僚の専横とマスコミである。我が国の歴史においてはドイツのヒトラーのような人物が専制を行なう事は想定しにくい。日本人はそうした拘束を伴う独裁を好まない。問題はかつての軍閥に重なる財務省を中心とする官僚の横暴だ。彼等はどこからもチェックされない。

 これらマスコミと官僚をいかに制御できるかに日本の将来はかかっている。しかし、震災復興に関しては、行なうべき事は、漁業を軸にした産業インフラの復旧、高層化を含む都市計画、医療福祉インフラの統合ということに尽きるのではないか。工業レベルの復旧は企業が復興する。問題は以前から脆弱だった漁業、農業、医療だ。それらを全部一緒に回復することが出来ない理由を明らかにした上で、手順を示せばいい。それぞれ効率の良い大型のセンター施設を作る。漁業インフラの回復、電気、水道、下水、廃棄物処理からすすめ、医療福祉とすればいい。農業は最後でいいのではないか。途中で不満は出るだろうが理解して頂くしかない。事を複雑にする必要はないのである。原発は少なくとも、教訓として、これまでのような無制約に近い数量の膨張を抑え、あくまでも補完的エネルギーとして位置づけ、安全性を高める工夫を行なえばいい。瓦礫は撤去ばかりではなく、固形廃棄物を使った防災拠点、避難塚のようなものだって新たに作ればいい。何も全て灰にする必要は無いだろう。エネルギーも新しい資源を開発するチャンスである。噓はやめよう。原発が無くても今だってやって行ける。でも、これだけ巨大なインフラを作ってしまったのだから、安全を確保しながら使って行かざるをえない。そのためには大きなコストがかかり、今までのような低コストの発電手法ではなくなるのである。原発の情報を開示し、危険性や国民負担をきちんと開示することだ。地熱、小規模河川の水力発電など、新たなエネルギー源を開発するいいチャンスだ。災いを転じて福となそう。

 政治のリーダーも、官僚も、そして報道も、日本人の生み出したもの。これらを非難しても、天に唾しているような感じが残る。そもそも、我が国は、地震、台風、津波と、不測の天然災害に見舞われて来た。それは全てを予測して対応すると膨大な労力と費用がかかる。だから、国民性として、後手の対応の方が易しいことを体感しているのかもしれない。もう諦めの境地だが、これも一種の知恵か。その中で、三権分立、民主主義、報道の自由など、社会のバランスを保つ仕組みは、成熟しており、それは戦前の比では無い。国際社会も突飛な政治指導者を認めないだろう。これからの若い人達、そして高齢者、「なでしこジャパン」に代表される世界一評判のいい女性の奮闘が頼りではないか。これからの5年は我慢の国になるだろう。民主党の代表選挙もあるが、もう小澤、菅、鳩山の顔を見たくない。あまり馴染みの無い鹿野さんとか、新鮮味では前野さんの戦いを見たいところである。その間の人材の育成、教育の立て直しから取りかかる事が大事だ。


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書評 「ふしぎなキリスト教」
 橋爪大三郎・大澤真幸 講談社現代新書

この本は3部構成となっている。

1部 一神教を理解する 起源としてのキリスト教
2部 イエス・キリストとは何か
3部 いかに西洋を作ったか
という構成である。大きなテーマ設定だが、内容は日本人が疑問に思う事を宗教社会学の立場で、イスラムや神道などと比較しながら説明している。

 西欧文化や科学にはキリスト教が基盤になっているというが、どの部分に、どんな影響があるのか、説明しろと言われると、影響されている哲学や、科学、社会の問題に造詣がないと説明できない。2人の著者は、バックグラウンドがしっかりしており、細かなところでは疑問もあるが、興味深い諸説を披露している。全体としては教会史、キリスト教史、キリスト教概論であるため、神学者あたりからはいろいろ問題の多い解釈が指摘されるだろう。三位一体論など、歴史上多くの論争を繰り返してきた内容が含まれるからだ。聖書を読んでいないひとにはこれが限界だろう。それぞれ、一面的な解釈で断定しているから、これ以上踏み込んだ解釈は間違ったサイン、方向性になる。聖書を全く読んだ事がない人が、これで読んだ気になることは残念な事である。とはいえ、これだけの内容を1册に盛り込んだところは立派である。

 日本人が西欧を考える時に、どうしても理解し難い壁になるのがキリスト教である。特に近代においては西欧自体が脱キリスト教の様相を呈したからだ。これを比較宗教社会学的な観点で説明しようとしている。イスラムとは何か、ユダヤ教は何か、同じルーツであるのにキリスト教とどう違うのか。また、日本人が何故一神教に抵抗を感じるかも説明される。19世紀から20世紀にわたり、歴史学や社会科学はキリスト教信仰という世界から一線を画し、教会の制約を超えたところに筒学や科学の発展があった。特にマルクスはキリスト教を拒否するように、科学的に社会を分析し、労働価値、貨幣、政治体制、そして唯物史観が世界の思想を席巻したかのように見えた。反論、批判も強かった。哲学の世界でもニーチェやフォイエルバッハはキリスト教を人間の創作として批判した。しかし,ニーチェもキリスト教会は否定したものの、聖書の世界、キリストについてはむしろ、好意的ですらある。マルクスは神とキリスト教を否定すればするほど、自らを宗教的な絶対視、理論の律法的な教条化を招くことになった。西欧社会において精神世界や社会制度の底流になっているキリスト教の本質とは何か、そして、その基盤になっているユダヤ教との関係を、日本人の感覚に立って、二人の対談、質疑応答という形で、教会の解釈とは距離を置いて語っている。

 聖書を多少読んだ人なら、福音書の奇跡物語とか天地創造の予備知識があれば理解できる内容である。聖書は本来、教会の礼拝と信仰において理解されるものである。二人の対談は、学問的にはアバウトであるが、学者の話は厳密性にこだわり、重箱の隅をつついたような話になり易い。門外漢には取りつく島が無いが、この本では幅広い見方で大いに楽しませてくれる。これがこの本の意図だろう。ユダヤ教の本質を語る時に、マックスウェーバーの古代ユダヤ教からもしっかり引用している。古代ユダヤ社会の「カテリート」と言う制度。50年毎に借金を帳消しにし、奴隷を開放するヨベルの年といった社会福祉的な仕組み、創世記からアブラハム、古代ユダや社会の成立から、士師の時代、預言者とは何か。旧約聖書に書かれていることが分かり易く解説される。そして、一神教と多神教の違いや儒教、仏教との比較も分かり易い。比較宗教社会学的な視点である。

 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教徒の三宗教は共通の神を崇めている。ユダヤの神というのは他の世界の神、その他の宗教とは全く異質の発展を遂げて来た。創世記の神、アブラハム、イサクの神、そしてモーゼの神と同じではあるが、民族の受け止め方が違っている。何故、偶像崇拝を拒否するのか、出エジプトからカナン侵攻における戦いの神。そして、イザヤ、エレミヤ、捕囚時代の神、神の一貫したユダヤ民族への関わり方と歴史的変遷が語られる。ヨブ記における神はその理解を薦めさせてくれる。旧約聖書全体が、神の姿を語っているのである。

 聖書を読むと分らなくなるのが、旧約聖書の神話と歴史が混在して、何処から神話で、どの辺りから歴史になるのか、新約聖書ではたとえ話で、常識的な感覚を越えたふるまいを神様の目からは賞賛されたりすること。また、物理法則を越えた奇跡物語があることである。これを現代人がどのように解釈するか。この本でも試みている。放蕩息子のたとえ、不正を褒められた下僕の話、5000人の空腹を満たした奇跡、イエスが水の上を歩いたことなど。しかし、こうした奇跡を我々の常識で解説したり、何らかのトリックという説明をすると、全てが無意味になり、単なる道徳になってしまう。これらを信じるというところに宗教としての価値と、信仰の力が生まれるのである。この本でも、そうした本質を否定している訳ではない。しかし、可能な限り、信仰を持たない人の疑問には答えようとしている。また、信仰を持った人も、未信者が通常持つ疑問や、キリスト教が与える、様々な影響に関して知識・教養として知っておくべき事が盛りだくさんに語られている。

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書評 デフレの正体 藻谷浩介著 
ー経済は人口の波で動くー(角川oneテーマ21)

 我が国は今、未曾有の人口動態上の直接的影響を受けた経済現象の渦中にある。方策は種々あるが、手順、優先順位が狂っている。声高にピントの外れた処方箋がマスコミを中心に叫ばれる。成長戦略について効果は疑問、政府も無策である。少子高齢化という言葉は社会保障の観点から語られて来た。増え続ける医療費、年金とこれらを支える財源不足という財政問題としての捉え方が支配的だ。経済の低迷ももちろん影響があることは分っているが、もっぱら景気は産業の空洞化,消費の低迷、地域格差、さらには中国、韓国などの新興産業国家の台頭による市場シェアの減少が語られて来た。しかし、問題点を並列しても何も解決策は出てこない。真の原因が何か、一歩進めて、生産年齢人口の減少を切り口に、消費の低迷、故人金融資産の硬直、さらにはデフレの進行といった問題に統計を使って光を当てて行く。団塊の世代の影響は確かに大きいが世代論ではない。現役世代の減少と高齢者の激増という圧力が津波のように日本を襲っているという現実を、客観データでみていく作業がなされていないことが百花繚乱の混乱になっている。本書はそうした隘路打開の処方箋である。何故か総論的、概念的な問題指摘と結論としての回復策がアナウンスされる。問題はどこから一歩をすすめ、何処を目標にするかだ。著者 藻谷氏は数字を整理しながら、その経済現象、市場への影響を整理する事が、今日の不況を考えるうえで大切である。彼は生産人口をいかに増やすかに集中することを提案している。女性人材を育成し、高齢者の消費や、産業参入を活性化し、若者経の所得移転をはかることこそデフレ脱却の道であるという。

生産年齢人口の減少→消費者人口の減少→供給能力過剰→在庫積み上がり→価格競争激化→在庫の時価の低下(在庫の価値低下/腐敗)→企業収益の低下=高齢者の不安感による貯蓄の埋蔵金化という現代の経済の悪循環を断ち切る知恵が企業の側にも必要である。今のデフレの原因は、生産人口の減少にも関わらず、若い人を契約社員とか、低賃金におさえることで生産性が向上し、輸出競争力がついたと錯覚した経営者の側にあるということである。


 この本の中心は人口動態論ではないし、生産年齢人口の減少の危機を訴えているのでもない。こうした社会基盤の変化が、消費の低迷、金融資産の硬直化を招いていることは以前から指摘されている。そうではなく、これまでの経済学的な常識、経営が苦情の常識、金融の常識が通用しなくなった仕組みに問題があることを7講、8講で説明している。景気循環も今は通用しない。経済は自然現象ではないく、人々の営みなのだから。経営効率、生産性の向上の為に、人員を削減することが、GDPを押さえ込み、経済学の三面等価の減速も資産目減りや、国際投資、株価低落によって成立しないのである。我が国の企業も政治もデータに基づき、理論的にものごとを洞察して意思決定することは苦手である。デフレの原因は自らの経営者の誤ったビヘイビアと生産年齢人口の減少という事態に対応しない政府にある。

 日本のGDPが中国に抜かれ、成長率が落ちるとマスコミが騒ぎ立てる。マスコミというのは最も経済には疎い人達の集まりである。彼等は実は経済の低迷とは無関係な人々なのだ。官僚のような経済的な地位にある。真実を追究して報道する姿勢に乏しい。地域的に消費が落ちないのは沖縄である。実際、地域的分析により青森、東京、沖縄、大阪の実態を分析する。首都圏も、大阪も、この10年以上の消費低迷を続けてきた。国際経済競争の勝者は日本であり、国際収支は大幅な黒字増加 バブル崩壊以後も増え続けた。貿易収支が赤字の国を挙げると、イタリアとフランスである。これらからの
ファッションやワイン、革製品などの高級品で日本は赤字なのだ。中国や韓国の繁栄を日本の衰退と対応させてマスコミは書きたがる。これは全くの間違いなのである。彼等が豊かになれば成る程、日本製品は売れ、日本の繊細な商品や農産物は高級品として彼等に珍重され、売れて行く。日本は、とっくの昔に、低価格と数量で勝負する経済ではなくなっている。大量生産商品は新興国に任せればいいのである。今の日本は、生産人口の減少というボディブローが長きダメッジをその動脈となる一生産現場、消費市場に与え続けた結果なのである。

 生産人口の拡大に最も有効なのが女性労働の高度化である。さらに高齢者の知見の活用である。そして、金融政策で札束を増産したりバラまく事は社会の基盤を蝕むことになり、対症療法である。それよりも、膨大な金融資産を若者に還流させ、所得移転を実現することである。津波を防波堤だけで防ぐようなもの。実際には都市の高層化、避難方法や予測の徹底、防災教育やコミュニティの育成など、全体を変革する仕組みが必要なことと似ている。ハード面だけでは無理がある。金融財政政策、、産業政策といった既存の対応では無理なのだ。公共投資が無意味だったことを思い起こしてもらいたい。慢性病、糖尿病や癌などの対応策で大切なことが生活習慣の改善であることに似ている。マスコミの視聴率稼ぎの安易な経済分析に惑わされてはならない。自分で考え、行動することである。マスコミの報道は、津波のスピーカーアナウンスに過ぎない。

 「津波が来ております、高台に避難してください」というのは分っている。それぞれの地域の人が何処に逃げるのか、日頃から決めて、車で逃げないなどのソフト面での蓄積が大切だ。あの津波では防災アナウンスが防波堤を越えたことを正確に告げるとか、高さの認識を誤ったことが大きな被害を出したでのではないか。少子高齢化もまさに津波と同じである。安易なアナウンスは被害を拡大するのである。

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書評:原発の闇を暴く ー忘れてはならないー
広瀬 隆・明石昇二郎著 集英社新書

 福島原発事故の処理と住民対応のまずさは国際的にお恥ずかしい限りである。この本は今回の原発事故にかこつけ、原発推進者をターゲットにした魔女狩りのような内容になっている。著者は7月15日、本書に出ている彼等、原発関係の勝俣恒久・斑目春樹等の責任者、委員や学者らを業務上過失致死傷害で刑事告発している。本書は弁護士の無い裁判か。
  しかし、この本で示された原発マフィア達がいかに原発を擁護し、また、食い物にして来たかも分る。二人の反原発論者の言いたい放題といったところ。ただ、成る程という説もあって興味をそそる。例えば、自然エネルギーでは20年を経ても原発の電力分を100%代替することは不可能、原発を推進するための格好の口実になってしまう。今議論が必要なのは、天気や風の気まぐれに頼る自然エネルギーではなく、コンバインドサイクルのような安定供給できる方式であると主張している。

 慶応大、藤田祐幸助教授 エネルギー経済統計によると、原子力エネルギーが無くても電力需要は不足しないというデータもある。広瀬氏はこれまで、電力量は化石燃料、水力でまかなわれ、それを必要としなかったとする。問題は10年後も右肩上がりに電力需要が増加するかである。経済成長がこのままでは電力需要も伸びず、原発は必要ないだろう。しかし、これは全国合計値であって、原発依存度の高い関西、九州はどうだろうか。9電力で電力の融通がうまくいくか、地域別に見る必要がある。そこが、この問題の難しいところ。学問的には全くその通りだが、現実は厳しい。

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「菅首相は7月29日、記者会見で「計画的、段階的に原発への依存度を減らす」との考えを強調した。政府が中間発表した工程表では、原発への依存度を下げるため、今後3年間、国民的議論を行い、30年から50年までに自然エネルギーも含めた新たなエネルギーのベストの組み合わせを実現するとしている。」至極まっとうな話だと思うが、そんなことよりも、どうやってこれを実現するかだ。国民に考えろとでも言うのだろうか。無責任な話だ。政府は最適バランスを先は提案しなければならない。結果は保証される訳でもない。情報が公開され、安全と廃棄物を考えれば原発がいかに高コストであるかが分り、国民負担を拒否すれば、電力会社は手を出さなくなる。代替エネルギーが風力や太陽光では全く対応できないことにも触れていない。そうした現実に彼は全く答えてないし、自然エネルギーといった空論では反菅直人陣営を説得できないだろう。むしろ、9電力の中でバランスよく発電しているところを優遇するとか、送発電分離、供給独占を分散するようガイドする方が現実的ではないか。

 今回、中部電力の浜岡原発を廃止の方向にしたが、中電は安全という観点からは現実的なエネルギーバランスを守って来た。これは芦浜や珠洲の立地に失敗し、結果的に、主流はLNG火力となって、これこそ、今後の中心。浜岡が無くてもやって行けることを証明しているのである。孫正義がしゃしゃり出て、太陽光とか、風力などを推進するようなイメージだが、これら自然エネルギで日本の電力がまかなえない事は分かりきった話である。原発の発電方法は原子力で生まれた熱を使い高圧水蒸気でタービンを回す、発電装置としては、原始的な機械エネルギーとしてロスの多い手法だと思う。中電の川越火力や上越火力ではLNGなどを使い、何十ものコンパクトなタービンを回し、効率が良く、川越では480万KW,上越でも238万KWという大容量を実現している。LNGは燃焼後水蒸気を出すだけで環境にも良い。東電は同方式の富津LNG火力504万KWでこれは福島原発1〜6号基まで全部470万KWが稼働した場合よりも大きいのである。コストは高いが採算の取れる方式だ。

 日本の電力が9電力会社と政府,学会、マスコミによって国民不在の形で世界でも高価な電気代を国民に押し付けて来たことが白日のもとに曝され、今回の事故で原発がコストのかかる、未来エネルギーではなく、政策を転換すべき時に来ていることを分らせてくれる。エネルギ―の独占を廃し、その多様化、LNG,燃料電池、化石資源で日本は充分対応できるのである。それを原子力という我が国では制御できない技術に頼って来た。まるで、昔の軍部に牛耳られていたかのごとくである。電力会社の中でも、原発派と化石燃料派が勢力争いをし、政治の後押しで原子力派が勝った結果である。この体制は敗戦を迎えねばならないということだ。
 本書は原発の周辺にはびこっている様々な噓をあからさまにしてくれる。

 3・11の地震・津波による福島原発事故対応は菅直人、民主党の統治能力、東電の官僚体質、さらには原発の安全神話を崩壊させ、また、政府や東電の混乱を明るみに曝した。今回の原発事故に対してはマスコミ報道の作為的報道や、情報分析の甘さも指摘された。このことを本書は鋭く突いている。特に、御用学者や原発に詳しいはずの専門家が事故の事になると、全くいい加減なコメントを寄せている。こうした、我が国の原発周辺技術、対策の貧弱さを暴いている。政府発表のデタラメさ、東電の混乱などが時系列的に整理されると、もうめちゃくちゃ。国民の立場に立てば、今回の事故でチェルノブイリのような死者は出ていないとは言えない。波江町双葉病院など3病院に入院していた高齢者患者10人は避難を待つ中で亡くなっているではないか。被爆した子供達が今後どれだけ発ガンの恐怖を味わうのか、被害者の立場による議論が必要なのだ。避難区域で放置され、死骸になった猫達、路上に彷徨う犬達を哀れと思う。合掌。

 次に放射能汚染の恐怖、外部被曝と内部被曝の区別もつかないで、安全な被爆線量とか、報道では権威ある学者の口から検証したかのごとく報道された。しかし、実は何も分かっていなかった。セシウムは筋肉,放射線要素は甲状腺、卵巣、ウランやプルトニウムは肺と生殖器に、コバルトは肝臓、ストロンチウムは骨に蓄積される。それぞれ、汚染線量も半減期も違う。13日の1号機の爆発、さらに15日の3号機の大爆発を枝野官房長官は屋家の崩壊と表現。3号機はまるで核爆発のような状態なのに。実は2号機はもっと深刻だった。このときから、首都圏に至る広範囲の放射能汚染が始まっていた。原発事故現場とその同心円圏ばかりを報道しているうちに、東京や神奈川まで到達、足柄茶でみられたようにホットスポットも生まれていた。原発の北西方向の放射線量が高いのに、波江町や飯舘村の人々はそちらに避難し被爆してしまう。新聞でいわれる半減期というのは何もどこかに消えて半分になる訳ではなく、DNAを破壊しながら散って行く。だから、半減期が短いから安全とは限らず,短いなりに破壊力は大きい。

 言葉だけが解説され、報道される。中越地震で新潟柏崎刈羽原子力発電所では想定以上の震動で危機は破損し、危険な状況だったことも隠蔽された。懸命の努力で復旧し見事に正常化されたとみるのか、それとも危険な例とするのかで見方が違う。原発後の安全保安院と東電、そして政府のちぐはぐな認識の中からは隠蔽したとしか見えない。地震被害や放射能被曝危険性を過小評価する原子力御用学者、経済産業省と電力会社との癒着、さらに原発がいかに事故が多く、安全は神話であったかが明らかになる。電力会社に支配された地方自治体、マスコミの実態。かつての大本営発表に追随した新聞と同じであった。70年を経て変わらぬとは。

 米軍の特殊部隊が動くが、政府は協力を断る。炉心は溶融していた。枝野官房長官は放射線漏れは無いといったが、米軍の空母ジョージワシントンは太平洋側に逃げてしまった。一体何だ。フランスやドイツは自国民に帰国の段取りをとっていた。奴らは、知らないのではない。日本人が知らなかっただけなのではないか。我々は被曝国なのに科学的データは実は乏しく、むしろ、海外の方がチェルノブイリなどの経験から被曝の恐ろしさを学習していた。実際、核兵器を持っている国は軍で事故を起しており、資料は豊富だ。政府は情報の出し方も分からなかった。頭隠して尻隠さず、隠蔽も直感的に感じられた。デタラメ情報を流し続ける政府や菅直人首相が脱原発とか言っても何の信頼感もない。また、報道のいい加減さも明らかにしている。危機に弱い日本の政治とシステム。これをあからさまにしたのが本書である。


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アンダーグラウンド 村上春樹著について:地下鉄サリン事件
ー忘れてはならないー

 17年前、1994年6月に日本の長野県松本市で、猛毒のサリンが散布され、死者8人・重軽傷者660人を出した事件があったことはご記憶であろう。戦争状態にない国で一般市民に対して初めて化学兵器が使用されたテロ事件であった。この実行犯がオウム真理教であることに注意が向いたのは6ヶ月後であり、当初、被害者の夫である河野さんが犯人扱いされた冤罪問題でもあった。翌年1月の阪神淡路大震災があり、3月20日に地下鉄サリン事件が実行された。丸ノ内線、日比谷線、千代田線であった。ところが、少なくともこの事件の記憶は、風化しつつあるのではないだろうか。我々は忘れっぽい。潔さと同居した日本人の欠陥だ。

 災害は自然によるのだが、テロや戦争は人間の暴力の最たるもの。そのテーマで小説家が暴力を表現するにはどうしたらよいのだろうか。殺人事件なら死体の無惨な有様を描くこともあるが、難しい。サリン事件のような毒ガスのテロは前代未聞である。映像では殴り合いや銃撃戦は全くフィクションでもリアルに表現する。ところが、こうしたシーンも文章では一番表現しにくい。

 村上春樹がなぜ、オウム真理教の地下鉄サリン事件に関するノンフィクションを書いたのだろうか。彼は、作品において、現代における暴力—政治、権力、戦争といったことを取り上げている。海辺のカフカでは戦争中の日本の疎開児童が体験した不思議な出来事、ねじ巻鳥クロニクルではノモンハン事変での残虐な処刑、1Q84では宗教の暴力性が描かれた。

 村上春樹は地下鉄サリン事件でのマスコミ報道が、少しも被害者の実際の体験を伝えていないことに疑問を持ち、さらに事件がどのように発生し、被害者の目線で何が起きたかを追究している。確かに、テレビの映像では見る事の出来ない、アンダーグラウンド、地下鉄という場で13人の死者、500人の重軽傷、被害者は6000人に上ると見られる。9・11以外では世界的規模のテロである。この衝撃はアメリカの方が強かった。

 サリンの置かれた5本の地下鉄、実行犯の概略と実行犯の取った行動、オウム内での地位、役割、性格などについて書いている。被害者のインタビューは1人ずつ面接方式で行なわれた。村上春樹の感じた風貌や家族関係、職業、自宅の大まかな場所や生活、その後に「インタビュー」となる。最初はいつもはどのような生活をしていたか、どのように事件現場に出会い、どんな風景を見てどのように行動したか、そして、今どうなっているかが質問の内容である。オウム真理教の犯行として整理がついたかの用に見えるが、教団の異常性、破壊活動に目を奪われ、実は多くの被害者のことが詳細に報道されてこなかった。頭痛、視力の低下、職場の無理解、そして何より心の傷に悩まされていた。遺族もまたかけがえのない人を失った。その苦しみや悲しみは伝わってこなかった。そして多くの人々が再び日常に組み込まれて行く。

 地下鉄の路線によって、サリンの袋は処理の状況が違っていた。丸ノ内線池袋行きでは、終点で折り返し時の残留物点検で見逃され、往復で被害者を出している。警察の情報は当初、サリンではなくシアン系という情報だった。病院独自の判断で、サリン対応が行なわれたから良かったものの、この治k連では我が国の危機対応のまずさがあらわになった。当時は村山政権で、今と似ている。オウム真理教内部のテロへの実行に向けての流れは、かつての特攻決定から末端に向う、意思決定にも似ている。村上氏はこの点にもふれ、いつも割を食う民衆と前線部隊の姿を、第二次世界大戦と重ねている。
 丸ノ内線は霞ヶ関を通過する。サリン事件がこの路線で起きた事は知っていた。しかし、サリンの袋を破ったのが霞ヶ関であったが、電車は動いている。被害が出たのは、新宿から中野坂上駅であった。ここはいつも自分が出入りする駅ではないか。患者が搬送されたのは中野総合病院。これもよく行くところである。自分とも全く接点が無い訳ではなかったし、場合によっては被害者になるおそれもあった。あの時の報道では、築地駅の周辺で人々が横たわり、搬送された場面ばかりが流された。自分の関係しているところで起きていることには無頓着だったのだ。

 被害者、被害者の親族、営団関係者、治療した医者、弁護士にインタビューをしている。しかし、その被害者の仕事も生活も誰一人として同じ状況では無い。そんな人達にインタビューすることによって地下鉄サリン事件の全貌、そして真実に迫ろうと試みた。かれが、この作業によって蓄積したイメージや被害者の心の世界、さらにオウム真理教事件のような現代の若者の行動について作家のモチベーションとイメージを蓄積し、1Q84を創作するに至った。ノンフィクションを基盤にフィクションを書くという小説創作への手順が興味深い。ユダヤ人の強制収容所の出来事なども、シンドラーのリストで描かれているが、殺された人々から見れば実際はそんなものではない。そこで、毒ガス「チクロンB」の恐怖を体験した人々はこの世にいない。映画ではクロード・ランズマン監督の「ショア(SHOAH)」がホロコーストの証言だけを集めた長編で1985年のフランス映画。上映時間9時間30分もあり、これにあたるが、表象の限界を感じる。

 日常生活に没頭していた人々が、突然直面したサリンのテロ。そして治療を経て、再び日常に戻って行く人、PTSDに悩む人。後遺症に苦しむ人などが語るが、自分に何が起きたか、受け止め方は怒りと諦め、そして忘却。気がつかないうちに自分の乗った地下鉄を二度と乗らないように避けているひと。多くの人が電車から降りた時に症状を発症している。視野狭窄、呼吸困難、咳や震え。ここで問題になるのが、マスコミ報道で知ったことと、さらに奥行きのある真実の差である。サリン被害という一つの現実に対して、これ程までに様々な受け止め方がある。真実は一つではない。しかし、報道ではオウム信者がサリンの袋を破り、周囲の乗客や駅員が慌てふためき、地下鉄の出口で横たわる姿の映像が何度も放映される割には何も分からない。真実というのは事実を書いただけでは伝わらないし、映像にも限界がある。

この本はサリン事件という素材を使った村上春樹のデッサン集といったところだろうか。デッサンを積み重ね、そこから大きな絵を構想していく。絵画の大作描く手法だ。だから、やたらと分厚くなる。証人というのは自分の出来事のみを語る。複数の人々の証言から異なる証言と現実が浮かび上がり、読者の印象に残って行く。これは、小説には無い、効果が期待される。人間の心に残る世界にも真実がある。童話や神話の価値はそこにあって、単なる噓とか、作り話とはいいきれない。メタファーの世界を構築することによって真実は伝わるのではないか。村上春樹は小説というフィクションがどこまで人に真実を伝える力があるかを追究している。この本の資料としての証言の量、本の厚みはそこを狙った結果である。

 


More地下鉄サリン事件被害者
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 この季節、第二次世界大戦の事を考える時である。今年は真珠湾開戦70年である。終戦記念日8月15日。実は自分の誕生日である。4日に発売となった「大平洋戦争最後の証言—零戦・特攻編—」を読んだ。文芸春秋で昨年10、11、12月号に連載された「90歳の兵士達」に加筆されたもので、さらに充実した内容になっている。
 門田隆将氏はこの作品の一連の取材に元山航空隊の戦友会長大乃木氏を訪問したとき、偶然、特攻で亡くなった日系二世、松藤大治さんの事を聞いた。それから、「蒼海に消ゆ」を書く発想を得た。
 昭和十九年になると、航空特攻戦法の検討が始まる。敵の戦意を挫折させる最も有効な方法と判断された。参謀本部の作戦課航空班長鹿子島隆中佐・矢作十郎少佐達の立案で特攻計画ができた。当初最も積極的に実現に熱意を示した参謀次長兼務航空総監後宮大将は全軍特攻といった極端な主張を航空部隊に伝達させ、航空本部教育部長 隅部少将は各航空部隊をまわって宣伝し、陸軍特攻の準備をすることになる。
 海軍の特攻成功に焦った陸軍は昭和19年10月21日特別攻撃隊の編成に踏み切った。万朶(ばんだ)隊と同時に、浜松において四式重爆撃機装備の特別攻撃隊「富嶽隊」も編成された。
 特攻の真実は何か。このことを考える為には、昭和史、当時の軍制、さらには学徒動員につながる学制についても知識が必要である。何故、無謀な米英との軍事攻撃、さらに敗戦に向った理不尽な政策と作戦が我が国で選択されたか。謎は未だに説明が十分になされていない。多くの疑惑、噓と沈黙が解明を阻んでいる。当時の関係者、多くの生き残りが高齢になり、終戦当時20歳であった方々は今86歳、開戦時の方は90歳である。毎年証言者は逝去されていく。最後に真実を語る方々がインタビューに応じ、この作品は出来上がった。
 海軍と陸軍の特攻についての取り組みには差があり、そのあたりを興味深く読んだ。海軍は真珠湾攻撃の時も特殊潜航艇での特攻を行なっており、組織的に準備が進められていた。一方、陸軍は海軍に負けじと、拙速に始めた感じもある。戦死者数、戦果においては内容に大きな差がある。
 航空特攻は海軍が多く、2,531名 特殊潜航艇(甲標的・海竜)隊員:440名 回天特攻隊員:104名、震洋特攻隊員:1,081名 合計:4,156名
陸軍は陸軍航空特攻隊員:1,417名である。そもそも、陸軍の航空部隊は対ソ戦用であり、爆撃機や防空戦闘機で、また、外洋の航行技術も無く、米艦隊に到達できないうちに迎撃されるものが多かった。片道燃料だけというのは陸軍ではない。陸軍では出撃した半分に近い帰還機があり、彼等は福岡の振武寮に隠蔽された。鹿屋は海軍、知覧は陸軍の前線基地であった。攻撃対象の位置に野戦局に応じて、発信基地は異なり、フィリピン戦ではフィリピン、台湾などからも出撃したし、終戦間際になると浜松などからも出撃した。
 特攻要員の選定も、志願、指名と両方あり、最後は前日空中戦で帰還した操縦士に翌日指名がかかることもあった。映画などのドラマにあるような単純な志願状況ではなかった。
 この本ではそうした様々な実情が語られている。特攻隊員のほとんどが学徒兵であり、海兵出身は少数であった。海軍の全航空特攻作戦において士官クラス(少尉候補生以上)の戦死は769名。その内飛行予備学生が648名と全体の85%を占めた。
 特攻を特徴づけるのが軍部の日和見主義と無責任な形式主義である。特に、海軍は末期においてはシステマティックというか、機械的に特攻を送り出した。陸軍は特攻隊員には前日料亭で遊ばせたり、温情的な場面もあったが、いずれにしても、けしからん話であった。5月以降は支援戦闘機もつけず、爆撃機だけで向ったり、桜花といった重量のある兵器を抱え、殆どが敵地に向う途上でグラマンに撃墜されていた。殆ど死にに行くようなものであった。無意味になった作戦を変更もせず,メンツにこだわった軍部の無責任さには驚く。戦犯になった指導者だけではなく、戦後自衛隊で活躍したり、議員、企業経営者などになり、過去の反省どころか、真実を歪めて自己保身に走った。自民党の大臣がしばしば、日本の戦争理解においてとんでもない発言をして辞任させられたが、歪んだ歴史解釈の結果だ。東京裁判史観も変だが、彼等もデタラメなのだ。このことは特攻だけではない。終戦までの1年間は負け戦と分っていて戦闘が続けられ、一般市民まで含めれば200万人はそのために亡くなっている。まさに、犯罪行為であった。

 かつて、戦没者の遺書や手記が「聞け、わだつみの声」など出版された。切々としたものは感じられるが、遺書などは厳しい制約下で書かれたもので、特攻隊員の実態は分らない。特攻の真相は語られないで来た。証言の多くが90歳前後の高齢者であり、最後の本音を語っている。戦争に生き残った彼等は戦死した戦友、既に通説となった特攻に対する、これまでの将官たちの発言にも気を使って来た。その噓や責任回避には怒りを持っていたに違いないが、皆、懸命に企業戦士として、また、自分の家族の為に一生懸命生活に追われて来た。しかし、今や何も恐れるものは無い。この門田氏の著作は真珠湾攻撃の生き残り、桜花や橘花などの特攻兵機に取り組んだ特攻隊員、ミッドウェイ開戦の証言など、通念を覆すものであり、壮絶の一言につきる。
圧巻は、二度特攻で生き残った隊員、さらに突入しようとして、偶然海中に不時着してしまった隊員の話である。これは文芸春秋でも掲載されたが、何度読んでも凄い。

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