<   2011年 01月 ( 20 )   > この月の画像一覧

 今日、本屋に行ったら「永遠の0」(百田尚樹)というのが結構売れているってんで買って読んでみました。実は中野坂上のワインバーKonishi(小西)で隣の可愛いい女の子が面白いと言ってました。戦争を知らない世代にはこんな感じ(程度)がいいんかなと思った。題名のとおり、零戦の話である。
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大戦生き残りへのインタビュー回想録である。緻密さに欠けるが、分かり易く、1日でも読み切れる内容。特攻の志願に関する解釈などはちょっと物足りないが、空戦シーンなどの描写はリアルな感じがでている。結構、評判の作品である。特攻で亡くなった祖父、宮部の戦友を孫が巡るという形式。今や戦中派の孫が今や社会の第一線の時代。現代の自爆テロのことも比較したりして、この辺が若い人向けに工夫した感じ。確かに、現代における若者の問題意識ともどこかで接点が欲しい。

 昔読んだ、柳田邦男の「零戦燃ゆ」は零戦の誕生から太平洋戦争での戦いと、特攻までの最後をドキュメントとして描いた名作である。それに対して、この永遠の0は零戦パイロットを主人公に、緒戦から最後の特攻まで、太平洋戦争を概観するように出来ており、これまで、近代史を知らなかった若者には格好の大戦史となっている。そもそも、敗戦国であった日本政府は、アメリカの指導のもと、戦前の日本軍が、いかに無謀で、非合理的な戦争を行ない、文明国アメリカに必然的に敗北したかを中心に国民にキャンペーンを行なってきた。これは当時の占領軍の日本人が戦争を起こす気力を失わせる為に仕組んだ戦略でもあった。その呪縛が無くなり、今になってこのような戦史が登場したのであろう。

 零戦は開戦当時、世界的な先端機能を持ち、圧倒的な戦力を実現した。ところが、源田実が、パイロットの命を守る防御版を省いた為、また、被弾した時の防御を考えていなかったため、被弾した時に引火し易く、その為に多くの若いパイロットの命が失われた。そもそも、正式名称は零式艦上戦闘機であり、汎用機というより、空母に搭載され、雷撃機や艦爆を護衛することを主眼に設計されていたものだが、戦闘機としても地上攻撃にも使われた。アリューシャンで不時着した一機を徹底的に調査し、グラマンなどの新型機を次々と生み出したアメリカの工業力を基盤とした米軍の戦闘機の性能向上に対抗できなくなっていた。零戦を何年も使用しようとした軍部の誤りを訂正できなかったことは悲劇であったし、その後、陸軍の疾風といった優秀な戦闘機の開発、量産が間に合わなかったことも日本の航空戦力の限界であった。しかし、戦後雷電とか、日本の戦闘機に質のよい航空燃料で試験したら、グラマンとひけを取らなかったのにアメリカ人はびっくりしたそうである。烈風は開発が1年以上遅れた。これが登場したら戦局が変わっていたと言われるが、そもそも、そこが差だったわけだ。

 ラバウルに駐留した零戦搭乗員は往復7時間以上かかるガダルカナルまで、ライターと言われた一式陸攻を援護すべく連日出撃を強いられた。帰還用燃料をつみ、空戦時間も10分と限られた不利な状況で歴戦のパイロットが次々と帰らぬ人となっていく。レーダーで位置を探査され、先回りされ、さらに必ず2対1で上空からの一撃離脱戦法を繰り返されて満身創痍の戦いとなっていく。一方、陸上でも、米軍を舐めきった参謀本部の誤りで、戦力の逐次投入により、多くの日本兵が攻撃に失敗、餓死して行く状況も語る。言い尽くされた戦史であるが、改めて、かつての日本という国の無責任さと、軍の愚かさを分かり易く訴えている。軍部は消滅した。しかし、官僚は無傷で残ったのであり、あの無責任、無反省という過ちは今も続いている。

 物語はさらに、マリアナ沖海戦、特攻の開始と、学徒兵による特攻の進展と敗北へと進んで行く。宮部少尉は若い特攻隊員の育成の教官となる。特攻兵器桜花の失敗、沖縄特攻の失敗と続くが、軍部は無反省のまま、米軍の侵攻を前に日本の軍事体制は崩壊して行くのである。物語は最後のドンデン返しがあるのだが、この部分は後のお楽しみ。


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「韓国・北朝鮮の噓を見破るー近現代史の争点」     
鄭大均・古田博司編 文春新書

 30人を越えるジャーナリスト、歴史学者などから寄せられた、韓国、北朝鮮から日本に向けられた、勝手な日本批判、歴史の捏造、歪曲、様々な噓に対する反論である。韓流ドラマで驚くのが、彼らの世界が噓で塗り固められたような筋書きである。整形で顔まで変形し、自分の名前を偽り、陰謀を企てる男女のしがらみの攻防は韓流ドラマとして人気がある。いわゆる韓流ファンはこれを見て奇異に思わないのだろうか。実にいいかげんなストーリーなのだ。韓国人の頭の中身がこんな調子だとすれば相当用心しなければならない。特に、歴史の歪曲は彼らのお得意技。特に、共産主義者達のプロパガンダは、写真の偽造にはじまり、学校で教える歴史に至るまで、出鱈目で塗り固められたものだ。こうした中で、日本は国際交渉も行なわざるを得ない。噓は彼らには戦術であり、方便、不正も手段なのだ。民族の抗争、大国の支配の中で生き抜いて来た彼らには他の国や他民族に嘘をついたり、罠にかけることは正義でもある。我々日本人は厳しい国際的な緊張には慣れていないし、そうした中から生まれた強力な自己主張に押されてしまう。韓国文化、竹島問題、日韓併合、慰安婦問題、韓国経済の評価、拉致問題、北朝鮮の核武装、日韓の重大問題において日本の認識を誤らせるあらゆる出鱈目が煙幕のごとく張り巡らされている。これらを解きほぐし、幻想を打ち破り、覚醒させてくれる。

 従軍慰安婦問題を例にとってみよう。1992年河野洋平官房長官は、韓国盧泰愚政権の要請に対応するため、従軍慰安婦の強制性を否定できなかった。日本政府が実施した調査では、「日本軍が慰安婦の強制連行を行なっていた」とする書類資料は発見されなかったが、河野は「組織として強制連行を行っていても、無理にでも連れてこいという命令書や無理に連れてきましたという報告書は作成されることはないだろう」という見方を示した。強制を認めた根拠として「募集・移送・管理等の過程全体をみてであり、自由行動の制限があったこと」を挙げている。当時の朝日新聞は、あたかも、強制連行や官憲の関与があったかの報道をした。こうした韓国の挑発に乗った河野洋平や朝日新聞の行為は、我が国の国益を損ない、後日アメリカ議会でのトンチンカンな攻撃も受けることになった、強制連行の証拠も証言も未だ見当たらないのである。自信はなくとも無かったと立場上は言うべき事。しかし、当時の日本でも、人身売買はあったし、官憲は業者とグルになって、脱走した商品としての廓の女性をつかまえ、彼女達が受ける報復、暴力を黙認したりしていたのである。日本の支配を受けていた朝鮮において、こうした人権侵害が頻繁に行なわれた事は想像できることであり、証拠は無いからといって無かったと言い切ることも出来ないのである。慰安婦募集の担当者が、甘言し、お国の為とか、軍の名前を使ったり、さらに官憲が手引きした事はあり得ただろう。当時の日本が今と違って、潔白であると言い切れないところに、日本という国の弱点がある。こうしたことは敗戦と民主化という歴史によって明らかになった事なのである。悪事は巧妙に行なわれる。河野洋平を非難するのは簡単だが、実際の歴史は複雑なのであって、右派が鬼の首を取ったような話では無い。

 北朝鮮による犯罪行為、拉致被害者は韓国においては政府の公式認定で拉致された人数は486人であり、日本人の17人を遥かに越える。また、他国にも被害者がいる。しかし、最大の人質は日本からの帰還者である。1959年に最初の帰国船が新潟県の新潟港から出航、1984年まで続いた。93,340人が北朝鮮へと渡り、そのうち少なくとも6,839人は日本人妻や子といった日本国籍保持者だった。その親族は多くが日本に住んでおり、いわば人質状態で、北朝鮮政府から脅迫的な送金を強いられている。誘拐された日本人17人だけの問題としてこれを対応しようとすることは全く解決の道から外れる。取るべき方法ではないのである。北朝鮮政府ー金一族の失脚しか解決の道がない。彼らの拉致を正当化しているのが、これも強制連行とか、慰安婦問題が存在したとする捏造的歴史観から来ている。今我々に出来る事は、この歴史認識を正す活動を国際的に行なう事から始まるのである。


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浅田次郎著 終わらざる夏(上)

 浅田次郎に庶民の人情を語らせたら右に出る者はいない。この作品も東北の寒村、職場や学校から「赤紙(召集令状)」1枚で戦場へと送り出された兵士達の物語である。東北弁が切々と別れの心情を伝えてくれる。大戦末期、既に多くの若者が戦地に送られる中、軍隊に行かなかったのは何らかの理由がある。何らかの障害があったり、徴兵検査で即日帰郷となった者、帝大医学部の学生などである。この物語は召集担当の役人が、その名簿を作るところから始まっている。応召兵達達はそれまで日常の中から突然召集令状を受け取るとその妻や母たちにもドラマが生まれる。疎開した児童と教師たち。各家に、1通1通赤紙を届けた役場の職員、その名簿を作成し戦死の内報をも書いた在郷軍人、受け取る家族の姿を切々と描く。

 太平洋戦争は8月15日で終わった訳ではなかった。詔書発布も玉音放送もただちに停戦命令を意味しないことが付記されている。武装解除は8月25日である。太平洋戦争の記録は、もっぱら英米を中心とする連合国側の資料が中心である。中国戦線も、満州へのソ連侵攻も、さらには南樺太や千島の戦いは日本人には伝えられてこなかったのが実情だろう。日本軍最強の部隊が何と、無傷で千島に残されていた。日本は当初、米軍はアッツ・キスカの後、千島から攻めてくると思ったのである。満州から戦車部隊を中心に、この舞台になった占守島(シュムシュ)での戦闘に向かって物語は進んで行く。浅田次郎は元自衛官だっただけに軍隊の事も詳しい。この島にソ連軍が上陸、戦闘でソ連兵3000人が死傷するという激戦が行なわれたことは硫黄島や沖縄戦の陰に隠れて戦後知られていなかった。占守島の激戦は大戦末期日本軍が勝利した唯一の戦いである。スターリンが北海道も占領すると言う野望をとどまったのは、この戦いにおける犠牲だったということが,近年明らかになっている。

九七式中戦車チハ
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「病院がトヨタを越える日」北原茂美 講談社α新書

 日本の医療法人には、投資や広告宣伝、海外進出は認められていない。著者はNPO法人、日本医療開発機構という団体を設立、これに加盟する医療関連産業(医療機器メーカー、医薬品、ドラッグストア、化粧品、人材派遣会社、商社、ゼネコンなどを組織し、手始めにカンボジャに医療産業を育成し、理想の医療システムを構築するという壮大な構想を抱いている。彼は、カンボジャに医大とその付属病院をつくることに情熱を注いでいる。日本の、トヨタを代表とする自動車産業に匹敵する、産業としてのポテンシャルを持っていると主張している。医療を産業として捕え直してみると、今日35兆円の市場であり、従業者は300万人、これは自動車産業の製造販売営業人口200万人を上回っている。さらに将来は50兆円を超える事業規模になるという。

 この北原氏の日本の医療に関する俯瞰的な概略説明はその全てを語り尽くしている。日本の医療は健康保険制度の制約の中で、フリーアクセス、ローコスト、ハイクオリティを実現しつつあったが、今やこれは過去の幻想となりつつある。医療の崩壊、医師不足、財政の行きづまり、そして高齢社会である。しかし、先進諸国よりもコストパフォーマンスがよく、世界最高の長寿国を達成した丁寧な日本の医療を再構築する機会を模索すべきである。株式会社による医療産業化がそのポイントである。病院経営からさらに医療の抱える様々な事業を株式会社で運営し、病院経営者はCEOによって経営されねばならない。アメリカでは病院長はMBAである。

 氏は、タイやインドのメディカルツーリズムをモデルとすることには慎重な姿勢である。むしろ、韓国が済州島を医療特区として、世界中から患者を呼び込もうと言う戦略を持っており、日本も巻き込まれるかもしれない。今は韓国は年間5万人を呼び込んでいるが、これは整形とかスキンケア美容であるし、タイの150万人を呼び込むメディカルツーリズムは自国の医療の崩壊につながることを指摘している。インドは最もその歴史もあり、シンガポールでも政府が振興しつつある、この医療産業の傾向は実はアラブやイギリス、アメリカ、スゥエーデンの医療制度の失敗から来ていることも明らかにしている。彼は、こうした既存の医療産業の国際化に対して、日本独自の形を提言している。それはカンボジャをモデルに、新しい日本的医療モデルを構築し、これを日本に持ち込むというのである。

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伊達直人 タイガーマスク

 昨年からタイガーマスク伊達直人の名前で養護施設にランドセルが送られた。マスコミに取り上げられると、次々と100カ所にのぼる施設に拡大、文具、金塊にいたるものまでが寄付され、さらにテレビ報道を賑わせる。マスコミに出るということは滅多に無い事だからだ。自分はこの事自体は悪い事ではないし、日本の寄付行為に対する意識が少しでも変わって格差社会において「持てる者」が奉仕する気風がさらに広がることを望む次第である。

 日本には寄付行為が先進諸国と比べて行なわれない国である。寄付・ボランティア大国アメリカでは、スポーツ選手など、多額の報酬を得ていることが社会的に認知されると大変だ。これを独り占めにしようとすると、様々なトラブルに巻き込まれる。セクハラとか、幼児虐待など,罠にかけて訴訟に持ち込む輩もいて、マイケルジャクソンもその被害者かもしれない。彼がネバーランドをもっと早く一般公開し、恵まれない子供たちのセンターにしていたらあのような訴訟事件にならなかっただろう。最悪の場合は強盗に殺されたり、詐欺にあったり、ろくなことにならない。富豪がもっとも恐れるのは周囲の嫉妬なのだ。だから、富を得た人は社会奉仕や寄付を懸命に行なう。そして、自分がその努力をしていることをPRする。何も、善意という事だけではなく、懸命な、そして賢明な自己防衛の一つでもある。ハリウッドの俳優等もこれをやらないと人気が出ない。勿論、寄付には税制上の控除が行なわれるから、税金対策でもあり、また、自分が希望する分野に支援するという意味で、満足感も、使途に関しても納得がいく合理性もある。キリスト教の教会への寄付の伝統も大きな要素であることも付け加えたい。

 では日本の伊達直人はどんな人なのだろう。大富豪がするような規模ではない。多分、むしろ金持ちの部類ではない、普通の所得レベルの方々だろうと思う。恐らく、仕事も忙しく、自分の正体が分かって報道されることを煩わしく思い匿名になるのだろう。金持ちというのは大体ケチで、自分の資産が減ることを恐れるようになる。ケチだから金持ちになったということもあるが、貯まった資産の引力で、それなりの力学が働くのである。

 しかし、これを社会現象とするには規模が小さすぎる。むしろ、マスコミがこれを騒動に仕立て上げ、ネタにしてほくそ笑む姿が目に浮かぶのである。マスコミならば、善意の寄付行為が所得税控除されるよう、制度を充実する道を示す等、きちんとした勉強と、NPOなどの制度拡充に向けた話をすべきで、タイガーマスクの漫画やテーマソングの紹介ばかりをするのは情けない。漫画とアニソンばかりが売れている。これもテレビのせいだ。寄付の額より、タイガーマスク関連商品が売れた額の方が多いのではないか。これで儲かった出版社やCD会社が寄付した話はまだ無い。これは寄付のネーミングとか養護施設が対象になった点は関係はあるが、漫画は昔のものでそれに刺激されたり、力があったわけではない。政治も、経済もドン詰りの日本。皆、何かが起きることを期待している。昔、京の都下において、神符がまかれ、ヨイジャナイカ、エイジャナイカ、エイジャーナカトと叫んだという。この騒動は3ヶ月ほど続いた。八月下旬に始まり十二月九日王政復古発令の日に至て止む、とあり、明治維新直前の大衆騒動だった。王政復古という大事件が、閉塞感を打ち破ったのだろうか。この時点で「ええじゃないか」騒動はぴたりと止んだ。

 今回の騒動もこれに似ている。人々は結構冷静だが、マスコミはただ、ええじゃないか!と叫んでいるだけだ。増税の保管的な仕組みとして寄付は政府にも有り難い行為だ。しかし、今回のことはKARAとかエリカ様さわぎと同じ、単なる騒動なのだ。今後も善意を持った方々がいろいろな方法で寄付が続くかもしれない。今日の産経新聞で曾野綾子が、こうしたことは、アフリカでは横取りされて出来ないよとか、本当に生涯をかけてやっている人は黙っているとか、お説教をするよりは、素直に良いことと受け止めて、さらにこうした善意の仕組みが発展するように見守りたい。


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 名古屋市政に一石を投じた河村たかしさん。団塊の世代のヒーロといっていい。自分とは大学時代の同期で国立の下宿で一緒に遊んだ仲間である。仙谷や菅直人は、全共闘出身のエリート政治家である。彼らと違って河村氏は政治家としてはどん底から這い上がったタイプである。彼は政治の世界に入るまでには紆余曲折があった。卒業後家業の経営にいそしむ中、司法試験の勉強にチャレンジしていた。
 氏は学生時代はノンポリ、野球部で野球と今の奥さんになった音大生とのデートにいそしみ、経営学の山城先生のゼミで真面目に学ぶ学生であった。マーケティングのレポートを書く為に、全国のガソリンスタンドを回ると言う行動派であった。大学の混乱を見つめつつも、暴力はいかん、何でそんなに頭に血が上るんじゃと、全共闘学生になった友人の話をじっと聞く、学生集会でも発言、大学に戻ろうと叫んでいた、いわゆる一般学生良識派であった。彼には家業の廃紙回収業を継ぐという使命があり、4年間の学生生活で横道にそれるわけにはいかなかった。

 1986年(H61年)の春だったが、同期の鈴木君(当時厚労省)から電話があり、河村君が名古屋から上京しているから、飲まないかという。確か、新橋の焼き鳥屋で旧交を温めた。彼は、将来は政治家になると言っていた。その為に法律を勉強したい。また、今の仕事の経営者だと、名古屋では馬鹿にされて選挙では勝てないという。地元の閉鎖的な風土を悔しがっていた。当時から政治家の道は視野にあった。その年ハレー彗星が地球に近づき、探査船ジオットーが最接近したが、自分をジオットーになぞらえ、司法試験合格に最接近中だと酔ってわめいたのを記憶している。司法試験もかなり合格に近づいたが断念。その後、彼は春日一幸の秘書として修行中だったが、春日氏が自分の息子を後継者としたいというのに失望してけんか別れしたということを風の便りに聞いた。

 新橋で出会って7年後(1993年)、日本新党から衆議院に立候補し、見事当選。ブームに乗ったとはいえ、彼の主張を聞くと、立派な目標を持っており、着眼点の良さに驚いた。彼は、司法試験で苦労した経験を生かし、議員立法でボランティアの権利を確立するNPO法を提唱していた。これは早速、桜井よし子氏の目にとまり、文芸春秋にNPOの権利と活動を支援する国際的な動きと河村君の主張が紹介されていた。彼は、二世議員が跋扈する国会や名古屋市議会という旧態依然とした日本の社会に風穴を開けたかったのである。そのためには、個人の自主性にもとづく市民の支持と、ボランティア活動を育成することにこだわり、地元でもいつも自転車で幟を立てて街を駆け回っていた。二期目の衆議院選挙でも、対立自民党候補の立派な選挙事務所とは対照的な、どこにあるか分からないような自宅が事務所であった。彼の主張するNPO法案は、結局民主党が政権を取れない限り実現できないと思っていたが、自民党が民主党のスローガンとなることを恐れて自党案に取り込む形で法制化し、政権の成果として実現してしまった。野党としての提案も、内容が良ければそのような形で実現出来るのである。名古屋弁丸出しの国会答弁で評判となり、テレビタックルでも活躍したが、突然市長選に出て当選。
 
 今,彼は名古屋市長選挙で再選を目さし、市議会のリコールに成功した。民主党が本来国民から期待されていたのはそのような改革だったのではないだろうか。今の日本は近代国家の形はしているが、実態として名古屋のような大都市ですら、旧態以前の地縁,血縁社会であり、議員が家業化していることは国会議員も同様である。これを支えているのが官僚である。この構造を変えなければ、日本は沈没するのである。21世紀に相応しい空気になる風穴を河村たかし君が開けられるかである。今回の議員リコール事務局長はあのとき新橋で飲んだ鈴木君だ。
 
 今の日本は徳川幕府が大奥を200年間改革できず、自壊したようなもの。TPPその一つだが、これまで、農業も変革できなかった。相変わらず減反給付金が支払われ、真面目に生産している農家には政策的恩恵は薄い。日本の農家100万戸は赤字なのだが、経営改革はせず、兼業副業としてやっている。日本の農業生産は彼らには依存していない。こうした赤字農家の生産作物は殆ど自己消費にまわり実はたった5%の専業農家が支えている。これは先進国共通のことで驚くことではない。農家戸別損失補償はこれを支援しているのだ。JAなど既存勢力を頼る二世議員と自民党ではそもそも無理である。一方、自治労など官僚に依存している民主党は官僚改革はできない。黒船が来なければ変革できない。日本では自民党ですら内部改革は難しい。企業も海外事業や市場圧力で外圧を受けなければ変われない。自己変革できない体質なのである。今、日本は消費税による増税ムードである。河村氏が主張する減税をアンチテーゼとして考えたところが彼らしいところである。一見はったりのようだが、方向は間違っていない。行政とか、議会が既得権益化したら、結局、国民の税金は彼らの為に吸い上げられる形に向かう。このままでは、いくら増税しても納税者には還元されない恐れがある。減税からはじめて、行政コストを絞り込んで、はじめて行政はスリムになる。先に増税すると行政は贅肉を落さない。ダイエットする前にステーキを食べるようなもの。自民党も、地方議会も二世議員で満ちあふれている。彼らの実力がいかなるものかは、小泉一郎以来、安倍、福田、麻生と証明済み。官僚と二世議員の癒着構造、これを阻止することを河村氏に期待したい。今の民主党は構造改革を遂行する力が無い。国の中央で本気で改革しようとしている人は誰なのだろう。鳩山のまやかしを引き継いだ菅直人は、はしごを外された改革者かもしれない。
 
 
 

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「本当は噓つきな統計数字」門倉貴史著 幻冬舎新書

 科学の世界も、政治や経済の世界も統計数字が満ちあふれている。しかし、この統計数字は人々を説得するときに力を発揮すると同時に、真実を歪めることも多い。この根本原因は、データーのゆがみ、サンプルやカウント方法、確率の操作である。また、プラス要素とマイナス要素の比較がなされていない。最初から偏向した証拠をベース(確証バイアス)するなど、いわゆる偏向—バイアスがかかっているといった要素が、結論を歪める。
 
 また、科学的に確立されていない基準値の存在(閾値;いきち/境界値)によって政治的に調整されたりする。始めから結論にあわせたデータ収集やアンケート回答に噓がある場合等、統計数字に隠された様々な要素を具体例を上げながら示している。著者はエコノミストとして、様々な事例をポイントとしてあげており、我々の情報リテラシーを高めてくれる。数量バイアス、心理的偏向バイアス、エイジヒーピング(age heaping)サンプリングが母集団の特性を反映していない。確率や数字の操作が社会的に影響を与えた実例は無数にある。数えられないものを無理に数えた結果、イベントの参加人数にみられるカウント誤差、確率における不確実性(エルスバーグのパラドックス)の見方が誤ったばかりに起きたリーマンショックなどである。

 この中で印象的だったのが、黒人向けの慢性心不全治療薬バイデルの認可取り消し問題である。バイデルは黒人によく効くという申請をしたが、治験のデータ不足ということで認可されなかった。これはたったの49人であり、本来数千人を必要としている基準に満たなかった。これは特許の延長を狙った為に起きたのである。
 確率における母集団の主観によっても変化するベイズ統計学の説明も参考になる。この主観確率は迷惑メールのフィルターに応用されている。

 交絡因子もバイアスを生じる原因である。例えば、タバコは癌の原因として認知されるようになった。しかし、飲酒もかつてはそうであった。これはタバコを吸う人と飲酒との関係は相関性があり、タバコを吸うひとには飲酒量の多い人が重複しているという結果とからくるもので、飲酒単独では発がん性は少ない。これがタバコと癌の交絡因子である。この本では触れられていない。

 また、今日問題になっているTPPの経済効果について、これは統計のベースがなんであるかが公開されていない為に政策の溝が埋められない。国家の存亡が関わる事ではないか。経済産業省と農水省との経済効果の推定が正反対であることだ。経済産業省は自由化により、貿易が振興され、農産物に加え、関連産業への影響などGDPを年10兆円プラスとし、一方農水省は7兆9000億円のマイナス、内閣府は2.5〜3.5兆円押し上げられ、GDPは0.5%上がると、自省に都合の良いデータを作成し、政府間での調整が行なわれていない。データを集める人間の意図が大きく影響していることなのである。






確率でバイアスを除去するオッズ比
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和田秀樹 「テレビの大罪」 (新潮新書)

 テレビは1953年2月1日にNHKが、8月28日には、日本テレビ放送網 ( NTV ) が本放送を 開始した。当時は一般家庭にはなく、神社の境内とか、飲食店にあり、大相撲やボクシングの世界選手権、プロレスを見に行った記憶がある。最初はテレビを買った裕福な家に皆で見せてもらいに行った。サラリーマン家庭に置かれるようになったのが、2年後くらいからで、まだ一部の家庭であった。黒柳徹子とか、大橋巨泉、青島幸男などはテレビあってこそ、初期テレビタレントの寵児である。美知子妃殿下のご成婚のとき、一気に普及した。当時のテレビタレントはラジオからの転向組が中心で、一般の映画俳優は出演しなかった。ニュースも新聞の補助的な地位から、今や、政治まで支配するモンスターになっている。

 和田秀樹氏は大学受験の神様と言われ、精神科医として保険診療外の活動で稼ぎ、また、評論家(教育・医療、政治・経済)、精神科医(川崎幸病院精神科顧問)、臨床心理士、国際医療福祉大学臨床心理学専攻教授、一橋大学特任教授と多彩な活動である。大学受験のエキスパートとして、教育評論家また、精神医として、高齢化問題にも取り組み、「人は感情から老化する」など毎年膨大な作品を出している。頭の良い人だと思うが、彼の仕事の量の膨大な事に驚く。『他人の10倍仕事をこなす私の習慣』がAppStoreよりiPhone/iPad対応で配信されている。

 今や、テレビは一種の権力として君臨している。このテレビの影響力が、何をもたらし、世論の形成にどう影響しているか、我々のマスコミ情報リテラシーに一石を投じた。テレビが持つ、特有のメッセージパターンを批判している。健康問題に関し、ウエスト58cm幻想において、テレビが人の健康を損なっている現実を語る。スタイルの立派なモデル・女優山田優のウエストは70cmだそうで、テレビで公表される多くのタレントが58cmとかいうのは殆どが噓であり、そのために多くの若者が拒食症になったり、痩せようと無理なダイエットをして健康を損ねているのだという。芸能人の「命を大切に」報道が医療を潰すでは医療の崩壊について、中途半端な報道が医師を貶め、医師の混乱、特に、小児科や産婦人科の立ち去り症候群、人員不足を招いているというのである。医師を殺人者に仕立てたり、未熟な医師が患者を実験台にして医療事故ー殺人を犯すといったイメージを作ろうとする。民事と刑事事件の差も分からない不勉強な制作者。精神科医らしく、毎年3万人に上る自殺の増える原因について述べている。自殺者の三分の二は鬱病状態、また、失業が原因でもある。また、若者の比率が高まっている。しかし報道のされ方によりあきらかに悪影響が認められてもいる。自殺について伝えることには、常に自殺が「普通」のことであるかのような印象をもたらす可能性がつきまとい、反復的・継続的な取り上げ方をすると、特に青少年が自殺について思い詰める傾向がある。 メディアが意識を高め、適切で啓発的な取り上げ方をすべきである。ヤンキー弁護士もそうだが、テレビに報道されるという対象は珍しいもの、滅多に無いものだからだという事が日常化する危険性を訴えている。また、高齢者問題にも取り組み、本書では施設介護は必然であるとし、在宅の限界にも言及。
 
 教育論として「元ヤンキーに教育を語らせる愚」で持論を展開、元ヤンキーが司法試験に合格した例を大々的にヒーローとして報道する。あたかも、学校教育が無意味であるかのごとくである。テレビ局の社印もキャスターも殆どが一流大学を卒業し、多くが学校の優等生であったにもかかわらずである。受験勉強がテレビでは悪であるかのような扱いである。テレビが、日本の世論形成の中で、日本人の健康を損ね、冤罪を生み、医療崩壊を生み、教育を損ない、地方格差を生み、高齢者についての誤った常識の形成について責任があるとする。勿論、新聞等もその影響は大きい。しかし、テレビのパワーは今や新聞より大きい。そのテレビの影響の特徴を分析
、テレビの我々に示しているメッセージの欺瞞的側面を明らかにしている。ただ、気になる事は、彼が懸念するように知らず知らず影響されているところが怖いところだが、大衆は何もテレビしか選択できない時代ではない。和田氏は大衆を彼の高い目線で、ひたすら受け身の存在として見ているように思われる。
むしろ、テレビがそうした危険性を抱いたメディアであることに大衆自身が気づいていることを和田氏は認識しているのだろうか。このままではテレビは飽きられ、Webや携帯などに情報発信力を奪われて行く。

 ニュース番組のキャスターなどは、テレビ局から完全にコントロールされ、司会者の意見を補強するような形でコメントするばかり。いわるゆ「さくら」。こうしたテレビ特有のトリックにまどわされてはならない。テレビには奇妙な文法が存在し、大衆を惹き付け、愚弄する。そもそも、テレビに出ることは稀な出来事であるとことが、テレビはこれがあたかも普遍であるかのごとく表現する。そしてマスコミ、特にテレビが全く欠けているのが、自省能力であるし、報道の責任に対する視聴者への誠意ある説明である。コンプライアンスが最も不足している企業がテレビなのだ。


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 在宅緩和ケア

 患者としては、医師にはどんな症状にも、打つ手は無いといったことを言ってもらいたくない。現実を言い放つことが患者の為という考え方もある。しかし、これは医師の気分が楽になるだけなのかもしれない。患者は絶望し、気落ちすれば免疫力も低下、本当に寿命も削られるだろう。自分の母親は腎臓癌が肺に転移し、82歳の高齢であり、また、位置が大動脈に接していたので、手術ができず、高齢で抗がん剤の治療もリスクが大きいということで、見放された形で病院を退院した。全く茫然自失状態になった。これをガン難民というのか。セカンドオピニオンを東京医科歯科大学付属病院で求めたが病気の判定は同様であった。しかし、医科歯科大では、在宅療養の道があり、病院にはむしろ入院しないで、訪問医療で治療した方がよいと地域連携室で相談に乗ってくれた。訪問医師を紹介してくれた。寝込んでいた母はその話を聞いて、俄然気力を取り戻し、起き上がるようになった。患者が希望を持つということがいかに大切であるかだ。その後8ヶ月間の闘病後、母は天に召された。訪問介護のヘルパーと診療の医師にお世話になりながら、亡くなる1ヶ月前まで孫と一緒に食事をすることもできた。

 近藤医師の言われるように、手術もせず、抗がん剤も使わずに療養した。在宅期間中は痛みも苦しみも無かったが日々体力は低下。最後は感染症、敗血症になって1ヶ月近所の病院で治療中に亡くなったが、意識を失ったまま召されたので癌そのものの痛みは無かった。痰の吸引等で苦しんだのは最後の一週間であった。何もしないという緩和ケアだったわけである。無理な治療や延命で貴重な時間を失わないですんだのかもしれない。4年前のことである。何もしないという一種の緩和ケアは既に行なわれている。 また、病院で行なわれる緩和ケアも、今や、積極的な延命になりつつある。
苦痛が除去された段階で、家庭に戻り、在宅で治療する。施設ケアやホスピスもあるが、施設も限られ、癌の終末期療養は在宅になるだろう。

 ガン検診のやりすぎ、手術のやりすぎ、抗ガン剤の使いすぎ、という指摘のとおり、実際にはどこかで行なわれているのだろう。延命主義はとくに日本では最大の眼目となっているが、その社会に一石を投じたともいえる。癌の治療はそうした医療行為だけではない生活の改善も影響を受ける。食事や生き甲斐を得られるようなQOLの維持。旅行や仕事も場合によっては延命効果があるだろう。自分は、在宅療養の効果を上げたい。

 抗がん剤の治療をオーダーメイド的に医師が注意深く、適量を模索しながら使えば、副作用も少なく、効果が上がる。しかし、癌治療も時間との競争である。使い方に気づく前に患者が死亡してしまうこともある。

 これを使用している場合、副作用に苦しむ患者もいる。だから、亡くなった後、あんなことまでせずに、もっと普通の生活をさせてあげればよかったと思う患者の家族も多い。といって、癌は治療するなというのはあまりにも過激すぎる。また、固形がんと一言で言うには、癌のステージ、進行状態、病状、医師の治療方法等、前提条件が多様である。放射線医師で、抗がん剤の臨床経験がどのくらいか分らないが、これだけのことを言い切るには無理があるはずだ。一概に癌治療データと言っても種類やステージなどベースが複雑である。近藤医師は、治験データの捏造とか、製薬会社と医師の結託という過激な論法をジャーナリズムの手法で訴えているが、医師がすることだろうか。これはむしろ、患者側が批判すべき事である。ところが、患者というのは情報を持っていない。治験データなど手に入っても何の事だか分からない。以前、タミフルで子供が異常行動を起こしたことが問題になり、研究機関が出したデータが偏向していることが問題になった。タミフルの安全性試験をしている研究者が製薬会社から資金を得て行ったものだったからだ。こうした傾向はやはりあるだろう。
 じゃあ、抗がん剤は効かないとか、使うなというのはジャーナリスティックな結論である。医師が問題提起するには、より慎重な姿勢が求められる。さらに、医師として彼はそれに代わる治療方法や生き方を提示すべきである。
 どんな抗がん剤でも、肥大化し、転移した癌には効かない事が多い。副作用に苦しむだけである。苦しいのは脱毛や吐き気である。しかし、数ヶ月でも延命したい患者はいる。特に、若くして末期がんとなった患者である。
 命というのは,最終的には医師でも何ともならないし、いくら、金を積んでも駄目なことはある。聖路加病院の日野原先生が、一番困るのは、手段を選ばず延命したがる患者であるそうだ。金持ちに多いが、お金で買える命には限りがある。誰でもどこかで死を迎える。初期の癌なら抗がん剤でよく効く事例が多くあり、縮小や消滅(寛解)もある。
 新規の抗がん剤の臨床開発というものは、どうしても既存の治療に抵抗性を示した症例で検証することが多いため、新規の抗がん剤での治療効果は劇的な結果を得ることは少なく、数ヶ月間の延命効果での承認と言うことになる場合が多くある。これも近藤医師の指摘を待つまでもないことである。
  むしろ、海外で抗がん剤で使用されている薬が、何故日本でだめなのか、という非難が渦巻いている。それに対して、某医大のU先生は「欧米においては、初回の抗がん剤治療のアイテムとして、当該新規抗がん剤の効果が検証できれば、欧米の保険運用では使用可能となる場合があります。日本では、そのような研究がなされたとしても、研究結果は承認申請のデータとしての流用が認められない。研究で検証された当該治療を保険で使えるようになるためには、製薬企業が重複する同じ臨床試験を治験という形で再度実施し、データを提出(申請)することが必要になります。当然コストもかかり、時間もかかります。それよりも,製薬会社がやる気になるかです。」という。採算という問題もある。また、健康保険財政の事情から、高価な先端医療でもあり、延命数ヶ月の効果しか無いという事で認可されない薬も多い。保険制度を維持する為には諦めなければならないこともある。
 今や、国民の50%が生涯のうちに癌に罹り、死亡者の30%が癌が原因という時代である。年齢が60歳を超えるとこの比率が急に上昇する。高齢社会の結果である。これらを全て、病院や施設で対応する事は無理である。急ごしらえのホスピスや介護施設では充分なケアはできない。医師も看護も慢性的に不足する。在宅療養をベースとし、そこに公共投資が振り向けられ、整備されるべきである。



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新渡戸稲造の武士道と現代剣道の限界

 新渡戸稲造の武士道は、我が国のみならず、海外においても大きな反響を呼び、日本人の古来の精神性について深い感銘を与えて来た。ところが、「さむらい」とは何かが詳述されていても剣道そのものを賞賛・評価しているような記述はない。侍が日々鍛錬した武芸、特に弓や馬、剣についてはあまりふれていない。剣道部の先輩がヨーロッパに駐在していたとき、日本文化を研究しているという現地の生意気そうなインテリ白人に、”日本の剣道をどう思うか?”と聞いたところ、「フン!鉄砲の方が全然強い。」ととりつくしまもなかったのに驚いたという。
 剣道に取り組む人々が道として求め続けているものは、実は”武士道という精神性”であって、”剣道の精神性”などというものはないという錯乱に陥る危険性もあります。昔の侍は儒教や論語、仏教、特に禅の知識も豊富だった。しかし、剣道を単なる体の鍛錬とか、仕事の一環として鍛錬していたのだろうか。そうではないと思う。

 新渡戸稲造の武士道は欧米人から、日本人は無宗教、根性無しと言われて、反論するためにあのような内容になった。武士道を全て言い表していない。武士が剣道から学んだことは大きいはずであり、剣道の持っている精神性とは何かを考えたい。小生は、剣道の稽古や、技の意味、戦いに臨むときの精神の持ち方などは、身体の動作の中や実践的な鍛錬に精神世界を重ね合わせていると思う。例えば、呼吸や構えを宇宙の中にいる自己となぞらえ、一種の世界観を表現しながら鍛錬した。精神と体、日常生活は一体のもので、それぞれが分離し始めたのが現代である。現代なら、瞬発力をどう高めるかとか、技の反復練習、筋トレとか新しい言葉で表すが、それは近代スポーツの概念。結果的に剣道の練習方法というのは手順があり、合理的かつ科学的であると思う。しかし、その根本の形は命のやり取りにつながる動作である。だから、勝つ事は相手を殺す事を意味する。そこに結びつければ、命の世界は合理的な説明がつかず、精神世界の領域である神とか、禅の思想も借りながら考えたくなる。

 法定などで分るが、刀を大地を引き上げるつもりで構えるとか、霞の構え、上段を火の構えとか、表現が文学的。まさに剣道を精神世界の中にとらえていた。剣道から精神力を得るというより、精神表現として剣の理法を考え、鍛錬したのではないかと思う。理合を学ぶという事と精神の働きを高め、会得したことと同義なのです。今の剣道はそうした剣道の中にある精神性、理合を宇宙の法則となぞらえて考えることを故意に否定している。それは戦後、剣道がスポーツとして再生した事とも関係がある。今日は作法とか、礼とかが精神性とされているが、これらは生活習慣である。形式を守る事を精神性としている。ここに現代剣道の限界がある。だから、皆、昇段審査の成功が全て、あるいは試合で勝つ為の剣道となっている。実際、居合いや古流を学ぶにはこうした目標は無いから、本来の精神性を求めての修行となり、その本質が分ってくるのではないでしょうか。

 これは新渡戸稲造のような文人には分らなかったであろう。彼の時代は、維新経験の武士の第二世代で、剣道が忘れ去られていたころ。札幌で西欧教育を受けた人々は、何とか武士の世界観から脱して新しい考えを得たいと願い、アメリカに渡った人々だから、剣道は無理だった。彼らは昔の武士が剣道に注いだ情熱を、英語の習得やアメリカでの大学での勉強に向けたのである。だから、彼らはジョンズホプキンス(新渡戸稲造)、MIT、アマーストカレッジ(新島譲、内村鑑三)といった東部名門校で優秀な成績を上げている。驚異的である。
 
 山田次郎吉先生が剣道集義に「剣道は科学だ。」と書かれていますが、この科学というのは実証的とか、実験科学とは意味が違う。要は合理精神が含まれているという意味であろうかと思う。剣道の精神性に重きを置く余り、ここのところが軽視されてきたのが戦前の剣道であることも否めない。精神性の反対にある勝ち負けにこだわる剣道は、科学でも何でもなく醜いだけで論外。腕を振る方向性、合理的な肘・手首の使い方、送り足・すり足の正しい意味・使い方などいわゆる剣法、剣法と言っても剣の使い方というよりは、剣を正しく正確・迅速に動かすための体の使い方、呼吸法である。ああしろ、こうしろと言う先生・先輩のご指導、剣道の参考書には親しく接して来ているところだが、それらに共通しているのは、何故そうすると良いのか?Why?という説明が乏しい。ハウツーばかりでホワイに乏しい。昔の剣道ではこの部分を宗教的な解釈をしていた。人間の動作を分解して、マニュアル化するようなセンスは無かったのである。山田先生は19世紀の科学という世界におられた。西欧科学は、何事も、細分化、分割、分解の時代である。細菌学、物理学、すべてこのデカルト的世界観であって、これが科学だった。だから、直心影流の型についても、写真を使って分解動作を説明するという当時として、画期的な解説書を残しているのである。


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