<   2010年 12月 ( 15 )   > この月の画像一覧

 昨年の年末からろくな事が無かった日本。年の瀬に1年を回顧すると、一言でいえば「期待はずれ」につきる。この1年、幻のような時の流れ。昨年の年末に感じた事を思い出す。

 鳩山首相の普天間言い逃れ発言が続く国会。あんな奴だったとは!新しい時代を作ると言った民主党が、やはり変だった。民主党に票を入れなかったことが唯一の救い。連坊がやけに目立った仕分けがテレビに映り、官僚があたふたする姿が一種のショーである。小沢一郎が不起訴となり、さらに普天間が県外移設を案じさせる鳩山首相の発言が続く。小澤一郎が何百人もの議員団を引き連れ、中国に行き、胡錦濤総書記と記念撮影しているのを見て、何か変だなと思った。彼の政治原理は貸し借り、親分子分なのではないか。彼の政治理念が良くわからない。
 
 『小沢一郎は背広を着たゴロツキである。 私の政治家見験録』西部邁(飛鳥新社)という本があった。18年前に日本改造計画という小沢氏の著書は知っていたが、権力者の本は読む気にならない。西部氏は今尚豪腕という呼称が接頭語のように彼についている理由、そして本質は何かを言い当てている。小澤は物事を導く背景やプロセスをきちんと考えていない。彼の機械的な論理が今日の民主党の行き詰まりを招いたと言える。このことを指摘しているマスコミはいない。何かを恐れているのだろう。彼が何も考えずに、寡黙に、結果だけを出す博打のような決断を豪腕といっているだけだ。彼のもとに集まった心ある連中が、そこを検証しようとすると、彼は反逆の可能性を思って排除にかかる。それが恐れられると同時に彼の限界で、結局、多数派にはならない。本を書く政治家には大した奴はいない。吉田茂、池田勇人、岸信介、大平正芳いずれも書いていない。政治家はまともに仕事していたら、本に書く事はあっても、現役時代は危なくて書けない。ルーズベルトも、スターリンも書いていない。チャーチルが書いたのは回顧録。ヒトラーは書いたぞ。我が闘争。ろくなことにならないのだ。本を書くと、政治においても常にその本にかかれたことが政治家の現実感覚を駄目にする。田中角栄が書いたのは列島改造論。その後、日本はメチャクチャになった。オイルショックを乗り切ったのは田中角栄の功績ではない。何故彼がもてはやされるのか。日中国交回復、これは大平の粘り強い交渉の成果だ。エリートじゃない奴が官僚を支配し、ゼネコンとか土建国家、政治資金システムを作った。ただそれだけ。その生き残りが小澤一郎。政治家に取って大切な事は計画もさることながら、そのやり方である。ご立派な事を書いても方法が駄目ならとんでもないことになる。

 菅直人は副総理格の戦略室担当大臣だったが、何も動かない。変な感じが続いた。trust me という言葉でオバマ大統領を喜ばせたが、あれはリップサービス。我々同様彼も騙されたのだ。小沢一郎が政権を取る為に、国民に耳障りの良い言葉を並べてマニュフェストにして、選挙に勝つことだけを考えた集団が民主党だった。日本の首相はloopyというあだ名がつけられた。loopyというのは酔っぱらいとか、変な奴という意味だ。国際社会でこんな呼称になっちまった日本の首相。ろくでもないことが多かったことをいくつかあげてみよう。そのトップは

1、普天間

 普天間問題ではオバマも失望した。アメリカの冷静なまなざしが見えてくる。さらに沖縄問題では相手にされていない。民主党の内容の無さを見透かしたのだ。鳩山由紀夫首相が6月に退陣した。首相が「最低でも県外」と表明していた米軍普天間飛行場(沖縄県)の移設先は迷走を続けた末に名護市辺野古周辺で日米両政府が合意。しかし社民党の連立政権離脱を招き、自らの「政治とカネ」の責任も取った。後継の首相に菅直人副総理・財務相が指名された。

 仲井真氏が、県外移設で知事選に再任された。このねじれは彼の在任中は無理だろう。結局、落ち着きどころは、これまで通りの普天間定着だ。米軍は全く困らない。困るのは住民だけだ。アメリカが今後アフガニスタンから撤退ということになったら、朝鮮半島の緊張はともかく、沖縄の重要性は減少し、アメリカも沖縄を縮小するかもしれない。その時に日本は中国と朝鮮有事にアメリカの協力を得られるだろうか。一国防衛論というのは日本のような地政的な位置からは考えられない。もしこれにこだわると強大な軍備が必要であり、核の保有も考えなければならない。時代の流れに逆行することが、日本の未来を保証するのだろうか。

2.尖閣列島中国漁船衝突事件

 日本という国の今日置かれている立場、地位を見せつけられた出来事だった。国境紛争は今日、武力ではなく、話し合いで合意を重ねなければならない問題であり、困難な交渉だが、鳩山が考えた話合いとは違う。経済交流、人的交流、文化交流など、あらゆるチャンネルを使って、環境づくりをしたうえで、紛争エリアを共同で使用収益するしか方法が無い。しかし、実行支配しているところは一歩も譲ってはならないのである。経済のように、ギブアンドテイクではない。領土は一つしか無いからである。昔は、武力で決めようとしたが、第二次世界大戦以降は武力による領土支配は国際的にも認められなくなった。中国にはそのことが理解できない国民が多い。為政者は知っているが、このことを逆用して温家宝は国連演説を行なった。自分の領土ではないことが分っているから、尖閣列島の名前を口に出していない。

 民主党が毅然とした態度と、情報公開を行なわなかった事により、一番損をしたのは民主党である。危機を煽って、これまでの普天間の不祥事も、政治献金もぶっ飛ぶ状況を演出することもできたのに、これで、民主党の次は無くなったのである。

3.参議院選挙での民主党大敗

 これで民主党が勝ったら日本は終わりだ。日本は肥大する官僚システムを維持することも、正しい方向に仕事をさせることも出来なくなっている。彼らの重みに押しつぶされる国家である。民主党は給付金政策やバラマキ的な政策を掲げた。これは官僚の手を借りなければ実行できない。それを政治主導と言うのは簡単だが、まともにやったら身動きできなくなる。本当にやってしまったのが、くそ真面目な「年金男」長妻昭だ。にっちもさっちもいかなくなり、更迭された。自民党は市場主義なのだろうか、その割りには官僚の御神輿に乗りたがる。日本の政治家は経済合理性やマネージメント上の常識に反した行動原理を持っている。奇妙な論理である。要するに、彼らの政治理念とか、方法論は、利権とか、ステイタスを確保する為の政治なのだ。今後、とにかく民主党の根拠の無いマニフェストを実現させないよう、野党は頑張ってもらいたい。経済は企業と消費者が良くすることで、政治や官僚に頼っているうちは本物ではない。政府の補助金もらって世界に打って出る企業などあり得ない。経済活動というのは独立自尊の精神にのみ勝利をもたらすものである。

4.検察の権威失墜

 検察庁の厚生省課長無罪と証拠改竄事件、足利事件無罪。何と、こんな事やってたんだ。一旦、黒と検察に決められたら、まるで、魔女裁判のような調書を作られ、押印を強要される。逮捕する警察も、起訴する検事も大変な仕事だ。犯罪を善意で行なう輩はいない。もともと、どこか狂っているから犯罪を起す訳だし、計画性がある場合は正直にこたえる訳が無い。窃盗や詐欺を起す人間、組織暴力団などの人間は自分の意志で犯行を起しているとは限らないから知らぬ存ぜぬと言い易い。自分に都合の悪い事は本当に忘れていることもある。状況証拠で追いつめて、自白に追い込むか、調書にサインさせるしかない事が多いだろう。
 しかし、問題は立件する方もモラルハザードを起すことがある。政治的圧力、組織の圧力、不作為や怠慢などの要素も在りうるからだ。民主主義において大切なことは権力の暴力を制御する仕組みである。裁判員制度もそうした背景から行なわれるようになった。

5.円高不況と日銀

 白川総裁は思いのほか骨のある名総裁ではないか。今までの総裁が酷過ぎた。白川氏は日銀生え抜きであるが、総裁候補としてすったもんだして、彼の権力闘争でなtたわけでは無いから恬淡としている。しかも、これまでの、過去の30兆円にわたる為替介入に効果が無かったことにも関わっている。
6月に参議院選挙が近づくにつれ、日銀叩きが出版やマスコミの論調として喧しかった。インフレターゲット論、貨幣増刷や金融緩和、為替介入などである。結局、利下げや為替介入はそうした政治家の圧力に屈した形にも見えるが、効果のない金融政策に対して、白川総裁はよく頑張った。これまでの、澄田とか、速水、森永などの財務官僚の傀儡総裁とは一色違った頑迷さと、日銀の筋を通したといえる。為替介入が円高是正に効果がない事は証明済みなのに、民主党は圧力を加えた。日銀は確かに、景気にも関係があるし,責任も大きいが、今の我が国の不況の原因は別の所にあることを分らないのだろうか。

6.菅政権と民主党内の代表者選挙

 菅直人があのよう人物であることは分っていた。論客ではあるが責任感ある言葉を選択したり、相手の立場を考えて者を言う人ではない。また、社会の見方も皮相的である。しかし、頭の回転はよく、当意即妙な答えを出す能力は高い。かつての大日本帝国陸軍の参謀や、陸大エリートはこうした人物で満ちあふれていた。想像力はからきし弱いが、記憶力、頑固な事は天下一品であった。だから、企画力は無く、戦略論も駄目だ。彼もそうだし、前の鳩山も思った事を正直に言うところだと、自分で思っている。確かに、嘘をついていないから、議論は楽だろう。噓をバレないように議論するのは結構難しい。しかし、政治家は、国民に真実を伝える機会を選ばなければならない。国民は必ずしも真実に対して、期待するようには行動しない。政治家は言葉を選ばなければならない。権力を握った人間は何を言っても自由だというのは民主党の中の自派の仲良しクラブだけのことだ。

7.夏の猛暑

 130人以上の方が熱中症で亡くなった。熱中症で7~9月の3カ月間に医療機関に搬送された人は5万3843人、搬送直後に死亡が確認されたのは167人に上り、いずれも集計を開始した2008年以降で最多となった。09年と比べると搬送者は4・2倍、死者は10・4倍になる。35度以上の高温になった日数の多い地域は、群馬県館林 41日、埼玉県熊谷 41、岐阜県多治見 38、兵庫県豊岡 38、埼玉県鳩山 37、東京都練馬 37、大阪府枚方 37などであり、内陸部と都市部に集中している。ヒートアイランド現象もあり、必ずしも地球温暖化だけが原因ではない。

8.未確認高齢者

 坂本龍馬と同じ年の人が存在した事になっていた。我が国の戸籍システムが見せたお笑い。しかし、死んだ筈の親の年金を平気で受け取っていた遺族、所在不明の親を持つ高齢の家族の存在等、高齢社会の問題点が浮き彫りになった。何故、今年になってこの問題がこれ程の騒ぎになったのだろうか。戸籍というものを無意味なものとして喧伝したい勢力があるのではないか。
 2006年に韓国が永住外国人の地方選挙権を認めた。これは在日韓国人に対する圧力を加える戦略的目的があった。外国人地方参政権付与はEUをはじめ、カナダ等でも行なわれている事であるが、それぞれ、歴史的背景が異なる。国防上の問題が無い国ばかりである。我が国が中国とロシア、さらには朝鮮半島という軍事脅威を抱えていることを無視した政策は上手く行かない。戸籍制度は日本人のアイデンティティを守る国家的な仕組みの一つである。昔、壬申戸籍という明治政府が作った戸籍があり、穢多非人というけしからん差別区分があったのでこれは廃止になった。社会体制を表す仕組みである戸籍を無力化するということを企んでいる勢力があるのだろう。

9.芸能人、相撲界の混乱

 朝青龍と海老蔵トラブル。いずれも暴行事件。麻薬汚染、暴力、賭博と何でも揃ったスキャンダルまみれの世界がいい思いしている。伝統のお陰で豪邸に住み、夜は六本木で大酒飲んで喧嘩したり、女にもだらしがない。そんならが奴が日本の伝統を担っているお陰でテレビに出てちやほやされていることがわかった。白鴎だけが頑張った。そもそも、歌舞伎も相撲も日本の古くからある伝統の世界であるが、その世界が清廉潔白、品行方正であるということは要求されなかった。昔は歌舞伎は河原乞食、芸者とか、水商売に並ぶ世界、相撲はヤクザとかテキ屋の次に準じる、体はでかいが、ちょっと頭が弱くて、勉強のできない人の行く世界だった。その連中が暴力団とかにからむ事件を起こしたことが問題というより、昔よりまともな人が増えて、事件になってしまうことが異常になったのだろう。人は素晴しい芸、強い力士を望んでいるだけだが、問題は、マスコミ、テレビのの期待どおりの役割を演じなければならないことなのだろう。
 1946年3月16日、東京・渋谷の歌舞伎俳優・12代目片岡仁左衛門一家5人が殺害されているのが見つかる。2週間後、同居していた飯田利明(当時22歳)が逮捕された。犯行の動機は「食べ物の恨み」だった。住み込みの徒弟が食糧難時代に食べ物で差別されていた事に対する恨みであった。

最後に、明日の日本にとって嬉しいニュース

10.裁判員裁判

 3年目に入った裁判員制度、裁判員のみなさん、立派に責任をこなしている。日本は庶民が立派なのだ。アホは経営者と政治家。官僚だって悪くない。みんな頑張っている。耳かき店員の無期、鹿児島の無罪判決においての疑わしきは被告の利益という判断、仙台の家族を巻き込んだ殺人犯死刑判決等、マスコミでの情報であるが、概ね国民の支持が得られたのではないだろうか。とにかく、日本は昔から、中間層と下級管理者の質が高い国であい、反対に、上級官僚、経営者、政治家に指導力が無い事で有名なのだ。我が国の健全な国民による裁判員裁判の成果を喜びたい。確かに、裁判員は司法の専門家ではない。しかし、そうした専門家が無誤謬である保証はない。戦前の日本や、ナチスドイツのフライスラー裁判など、政治によって裁判が歪められ、恐怖政治が行なわれたことを歴史として学ぶべきである。日本の民主主義が未だに未完成であり、工事中であることを国民は認識した方がよい。マニュフェストの実行度監視の仕組みも、国会だけでやっているから、あのような無様な国会になるのだ。アメリカでは選挙区で投票者が検証し、中央に上げて行くから時間はかかるが、厳密にチェックされ、いい加減な結果は許されず、内容もそれに耐える者が作られるのである。 日本人が「おまかせ民主主義」から脱皮できるかどうかのポイントがここにある。

11.はやぶさ
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 偉い。涙の帰還。あの燃え尽きた映像に涙腺がうるんだ人もいた。日本も捨てたものではない。「はやぶさ」(MUSES-C)は、小惑星探査を目的に開発された探査機です。「はやぶさ」が探査したのは、地球の軌道と似た軌道を持ち、日本のロケット開発の父である故糸川英夫博士にちなんで「ITOKAWA」(イトカワ)と名付けられた小惑星です。小惑星までイオンエンジンを使った飛行を行い、自律的に小惑星に近づき、その表面から、物質のサンプルを持ち帰った。これまで人類がサンプルを持ち帰った天体は月だけですが、月は変成してしまったため、太陽系初期のころの物質について知ることができません。小惑星は惑星が誕生するころの記録を比較的よくとどめている化石のような天体で、この小惑星からサンプルを持ち帰る技術(サンプル・リターン)が確立されれば、「惑星を作るもとになった材料がどんなものか」「惑星が誕生するころの太陽系星雲内の様子はどうか」についての手がかりが得られる。また地球上でサンプルの分析が行えるため、回収される量が少量であってもその科学的意義は極めて大きい。

 2003(平成15)年5月9日に打ち上げられた「はやぶさ」は、目標の「ITOKAWA」に到着し、科学観測を実施した。2010年6月13日に地球へ帰還し、搭載カプセルをオーストラリアへ落下させ、その運用を終えた。「はやぶさ」はイオンエンジンを使用、キセノンという気体をイオン化し、また、遠く離れた小惑星に探査機が自ら判断して近づく「自律航法」を実証。カメラやレーザ高度計のデータをもとに、小惑星との距離を測りながら、近づいた。サンプル採取以外に、カメラ、レーザ高度計、X線計測装置、赤外線観測装置による科学観測も行い、再突入カプセルが、地球の大気圏に突入し戻ってくる技術においても成功した。小さいながらも、世界初の地球以外の天体かたサンプルを採取した功績は大きい。我が国の科学の力を示した。

11.ノーベル賞

 はやぶさが、工学技術であるのに対して、ノーベル賞を取ったのは化学分野だった。ノーベル賞は昨年の方がクラゲの光だとが、物理学分野が面白く、毎年出ているからさほど感激しない。カップリングというのは凄い事なんでしょうね。自分が子供のころは、ノーベル賞をもらった日本人は湯川秀樹博士一人で、その後、朝永振一郎京大教授が物理学賞を授賞するまで16年かかった。だから、ノーベル賞というのはもの凄い高みだった。それが、毎年のように日本人が授賞している。いくら、韓国や中国が経済発展しても、科学分野では未だにノーベル賞は取っていない。この差を連中はどう考えるのだろうか。戦前日本は軍部の要求で原子爆弾を作ろうとした。しかし、その責任者、仁科博士はサイクロトロンまで作ったが、膨大な電力を必要とするウラン濃縮に、日本は無理である事を悟った。そこで、彼は、方向を転換し、軍部には原子力爆弾の製造と称して、後進の育成や基礎理論の構築に情熱を注いだ。その結果、素粒子論においては世界有数の研究集団が育ったのである。朝永氏もその一員であった。
 2010年のノーベル化学賞は根岸英一・米パデュー大学特別教授と鈴木章・北海道大学名誉教授ら3氏。高血圧症の治療薬や液晶材料など多様な工業物質の製造に必須の合成法を開発したことが評価された。(日経から)共同受賞するリチャード・F・ヘック米デラウェア大学名誉教授ら3氏への授賞理由は「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」。医薬品や電子材料など様々な工業物質を効率よく合成する革新的な手法である「クロスカップリング反応」を開発した。

12.チリの鉱山落盤事故での救出劇

 とにかく、最初の17日間が怖い。真っ暗ではなかったにせよ、高温多湿の環境下で何日も過ごすのは一体どんな持ちになるのだろうか。しかも食料も極めて少ない。しかし、シェルターを目指して捜索のボーリングが伸びてくることは期待していただろう。全く望みがあった訳ではない。岩だらけの銅山で、穴を開ける作業があれほど困難なこととは想像がつかない。8月5日の事故発生から69日ぶりの救出で、地下約700メートルからの「奇跡の生還」にチリ全土がわいた。
 救出作業ではまず、掘削した深さ約620メートル、直径70センチの縦穴に、長さ約4メートル、重さ約450キロのカプセル「フェニックス(不死鳥)」を挿入。カプセルに乗って地下に降りた救助隊員が、作業員33人のうち気力、体力ともに最も充実していると判断されたフロレンシオ・アバロス氏(31)を最初の引き上げ者としてカプセルに乗せた。海外の事故ニュースだったが、我が国もこれに湧いた。シェルターの存在も大きかったが、随分粗末な鉱山だ。我が国も銅と亜鉛をチリ、ペルーに依存している。

13.バンクーバー冬季オリンピック

 浅田真央ちゃん銀メダル、悔しいがキム・ヨナに拍手しなければならない。彼女の努力に敬服。真 央チャンはまだまこれからもいける。ちょっとテレビに出過ぎかも。フィギュアの競争は厳しい。これからも、長洲未来とか、変な奴が出てくる。ソチこそ真央ちゃんに金を。1992年アルベールビルオリンピックフィギュアスケート女子シングル銀メダリストとなった伊藤みどりから、荒川静香のトリノ金に至り、日本のフィギュアは凄い。しかも、高橋大輔は男子初の銅メダルだ。皆、出身が名古屋というのが不思議だ。選手を生む基盤が出来ている。彼らは多くの選手から競い抜いて来たからこそ、今日の高みを得た。トヨタをはじめ製造業の景気が良かった時代に基礎ができた人達だ。
 オリンピックも選手を育てる地域の景気に影響される。かつては、砂川などの石炭産業、長野五輪のころは北海道の雪印、拓銀、王子製紙などがジャンプの選手を育てるにあたり、貢献したが、今は北海道の景気は悪く、スポンサーがつかないのだろう。スピードスケートやスキー、ジャンプは昔程の勢いが無い。

14.サッカーワールドカップ

 こんなに頑張ってくれて有り難う。日本人監督がここまでやるとは夢にも思わなかった。WCまでの練習試合ではあまり勝てなかったせいか、やはり不調かな、オシムがいたらなぁと諦めムードもあった。岡田監督は二度目のFIFA,WC監督だった。これまで2回の経験を有する日本人監督はいない。大会までの選手の心理や、直前の練習試合の意味が良くわかっていたに違いない。要は本番で全てを出し切れればいい。当日までの調整に成功することが世界で戦う条件であることを分っていた。強豪オランダとは接戦、カメルーン戦、デンマーク戦も素晴しかった。パラグアイも大接戦、ベスト8に入ってもおかしくなかった。次期ザッケローネ監督の手腕に期待したい。

15.iPadとスマートフォン

 IPad手に入れた。電車の中で大画面でインターネットできたのが嬉しかった。12月にKDDIがアンドロイドが出て、スマートフォンは出そろった感じ。Android - iOSへの対抗としてGoogleが取得し、開発しているOS。LinuxカーネルやWebKit、Dalvikと呼ぶ独自のJava仮想マシンなどで構成される。iPhone のiOS(旧iPhone OS) - Appleが開発した自社ハードウェア専用のOS。先発技術である。Symbian OS は S60やMOAP-SなどのUIレイヤと組み合わせて使用される。日本ではNTTドコモ向けの携帯電話で多数採用されている。BlackBerry OS - 企業利用を念頭に、遠隔管理とアクセス、メッセージングに重点をおいたOS。初期のバージョンでは電話をかけることができなかった。
Windows Phone - UIはデスクトップ版のWindowsと似ているが、バイナリ互換性はない。初期のスマートフォンでよく採用されたが、iPhoneやAndroidに押されシェアは低下している。Windows Phone 7 - Windows Mobileを置き換えるMicrosoftの新しい携帯電話用OSである。

 IPadは殆どラップトップコンピューターである。iTouchを大型にしたもので、画面が大きく、これから目に弱い高齢者に膨大なマーケットが生まれるだろう。課題はコンテンツにどれだけ良い者が揃うかである。小生は聖書(新共同訳版、英語版)をダウンロードした。重たい聖書は携帯に不便だし、書き込みやコピーがしにくいからだ。先はこれを使って威力を試す事にした。

16.あとは思いつかない


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 20年前、韓国に行った。焼肉店に行ったが、高級店であった。遠くの席に妓女コンパニオンと来ている日本人団体客が醜かった。内容はサンチュ(包菜)とか、ニンニク、メチャ辛い青唐辛子とかが皿一杯山盛りにある以外は日本と変わらない。オバサンが骨付き肉をハサミで切ってくれるところが違うくらい。南大門の繁華街や周りには焼肉店より、参鶏湯、プルコギの店が多い。5年前にソウルに行った時は、今や豊かになった韓国人も焼き肉を食べており、安い店も増えたが、他より空いていた。それに対して、参鶏湯の店は人気で満員だった。ありゃ!、韓国では焼き肉はメインじゃなかったのか。駐在員と飲んだときに聞くと、韓国では焼き肉は高級であまり食べないんだとか。なるほど、連中、結構、豚肉、蛸とか、魚を野菜と一緒に鉄の皿で食べる。後はその汁にご飯を混ぜてぐちゃぐちゃにして、おこげも一緒に食べる。こちらの方は実に安くて旨い。当時、繁華街の暖房はオンドルで、懐かしい練炭を朝に火起しして、ビル街にも煙が立っている風景が今も目に浮かぶ。ソウルは高層ビルがめっきり増えた。
 
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 昔、チャングムの誓いという韓流ドラマがおもしろかったが、宮廷料理人の話なのに焼き肉なんぞ食べていなかった。料理もあまり辛くなさそう。なるほど、大体、唐辛子は日本からのもの、秀吉の朝鮮出兵のときに熊本から加藤清正が軍需医薬品としてもたらした。そもそも、唐辛子はコロンブスがアメリカ大陸からヨーロッパに持ち込んだ食材で中国も経由していない。韓国の料理には日本起源のがあるのです。朝鮮の皆さん分りますか。ま、小生、昔は韓国人が何を食べていたかを知らない。当然、貧富の差が激しい国、稀には肉も食べたが、キムチだらけの時代が長かったはず。日本だって庶民の食事は質素だった。もっぱら、肉は、豚とか、犬、鶏だっただろう。庶民は一体何を食べてたのかね。焼き肉のことをWEB で見た。なるほど、大陸の食肉の歴史が分る。
http://www.vc-net.ne.jp/~dash/tankentai/yakiniku.htm
 
 大学生時代、情報社会学の講義のとき、焼き肉というのは昭和20年以降の物で、戦前は日本人は食べなかったと聞いて、食生活というのは、時代によって社会の影響を受けるものだ、と感心した事を思い出した。これは、戦後、在日韓国人が、食糧難の中から編み出したものという。肉といっても、牛肉は値段も高い。臓物を七輪のコンロで網の上で食べたもの。日本人はすき焼き中心で肉は鍋で食べたのだ。鶏すきや豚すきもある。

 戦後、ろくな食材が無かった頃、焼け跡、闇市の中で、ホルモンという名で、昔のジンギスカンの鉄鍋で安い内臓肉、レバーや腸などを焼酎飲みながら食べた。どちらかというと、自慢にはならない下品な食だった。捨てていた肉「放るもん」というのは失礼ながら、一寸韓国人を馬鹿にしたようなゴロ合わせで、これがホルモンの語源ではないらしい。これを外食として、韓国人の商売人が店を出した。上野、六本木など韓国人の多い地区で店も多いのである。大阪では名月館、東京では食道園とか大昌園といったお店が外食店として家族も当て込んで朝鮮焼き肉として、売り出し、昭和40年台から六本木などでも高級店が増えた。特に、昭和50年代後半になって、無煙ロースターが日本で発明され、焼き肉の煙の油などが衣服について匂いが取れない悩みを消し去った。これまで匂いを気にしてこなかった女性が一緒にこうした店に来ることで繁盛する。今や、焼き肉というと、豪勢な感じになった。ボーナスもらった、皆で骨付きカルビでも食おうと言った感じ。焼き肉のグルメ番組もあり、高級になったものだ。
 
 平成に入り、バブルとともに焼き肉は高級化が進み、さらに韓国料理のバリエーションも加わり、全盛を迎える。確かに焼き肉の起源は在日コリアンだが、殆どが日本で発展したもの。肉のバリエーションだって日本は豊富だ。最近は聞いた事の無い部位とか、牛の僅かしか取れないところを偉そうに出す店もある。そういえば、マグロなんかも頬肉とか、心臓やら、珍味を開発しているが、韓国人はそんなに繊細な事はやらない。日本では重箱のすみつついたようなデリケートな味覚を商売では売りにしないと生き残れないのである。それが、韓流ブームで韓国旅行に来る日本人旅行者を当て込んで目ざとい韓国人が「焼き肉」を韓国本場として高級な店を出した。韓国では霜降り肉が高級肉になっているが、これも日本のマネ。
 
 ソウルで高級焼き肉店に来るのは日本人なのだ。韓国焼き肉は実は日本料理だった。韓国で独自に発展したのはスライス肉に甘辛く味付けたプルコギである。最近は日本でも焼肉店でプルコギが食べられるようになった。まあ、旨いものはどこが元祖でもいいのだが、焼き肉がキムチと一緒に食べられているだけで、韓国料理というのは勘違いではないのか。本当は、焼き肉というのは在日コリアン料理ー日本料理なのです。韓国は剣道も茶道も朝鮮が起源だと言っている。全く根拠がない暴論。この手の出鱈目を平気で口にする朝鮮半島の皆さんはこじつけの名人。それなら、焼き肉は日本が元祖だと言ってやりたい。キムチも唐辛子がなければキムチじゃないから、これも日本起源だ。焼き肉元祖日本説は余程根拠がある。


 今やハレの食となった大人気の焼き肉。先はカルビを焼く。最初の一口にいたる時間が待ち遠しい。じゅうじゅうと、油が浮き上がり、コンロの火が油で乱れたころ、さっと取り上げ、一口。タレの辛みと相まってビールが旨い。二口目はサンチュに巻き、口に放り込む。お次はハラミとか、ハツへと肉の味覚のバリエーション。とっておきの霜降りロースも混じっている。脂っこいからタマネギ、シイタケ、ししとうなどの野菜も焼いて、香ばしい、肉のこげる匂いがさらに食欲を増す。そうだ、腹が膨らむビールは一本で止めておこう。マッコリとか眞露のロックでさらに気分がノリノリになる。肉の味に飽きたら、タンとか、モツ、ちょっとグロだが、センマイもある。顔が真っ赤になって、最初は沈黙していた座の雰囲気も盛り上がる。腹一杯になっても、まだまだ、チゲとか、キムチでご飯もいける。冷麺も持ってこい。もうお腹がパンパンだ。レジでロッテのチューインガムもらって、満足感溢れる顔で店を後にする。
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こんな豪華な焼肉店はソウルでも少ない。

 
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 尖閣列島での漁船衝突事件で、菅政権の不手際、弱腰外交が非難され、野党の厳しい批判に対して、菅首相も支持率が低迷、仙谷官房長官と馬淵国土交通大臣が問責決議される等、何とも情けない有様となった。何が那覇地検の判断だ、言い逃れにも程がある。この男に国民に対する誠意があるのか。もう一人変な奴、一兵卒になって威張り腐っている姿が、裸の王様である事に気づかないのか。理念が崩壊した集団は単なるヤクザ組織のようなボス支配になる。貸し借りだけが論理の姿が見えてくる。

 釈放するにしろ、中国の国連での温家宝の演説や様々な制裁に屈した結果が悪いのだ。政治家というのは一種の演出家である。これが全く機能していない。国民に対して説明責任を果たす事ができない内閣となった。選挙での公約どころか、基本的な政治姿勢を問われる。韓国は黄海の領海に侵入してくる中国漁船を4年間で2000隻近く拿捕し、2万人を身柄拘束、200億ウォン(14億円)の保釈金を取っている。中国漁船の横暴振りは目にあまり、韓国の巡視船に体当りのみならず、鉄棒等で抵抗し、韓国警備側に死者まで出ている。中国はこうした漁船の行動を全く韓国に謝罪しないどころか、抗議している。それが中国という国なのだ。何故、日清戦争や日露戦争になったかが分る。これは尖閣列島という領土問題がある地域と違うとはいえ、毅然とした態度を取る事が大切であることを学ばせてくれる。

 このことを仙谷長官はどこまで知っていたのか。政権の誰かが、韓国の対応を教えなかったのだろうか。外務省の情報は政権に流れない。全く不思議な内閣である。国会の場で、堂々と反論できる内容が無かったことを感じていたから、逃げの一手。ビデオ映像を公開しない事は、どうも、中国と話がついていたから、いつまでも公開できなかったことが分ってきた。

 普通、こうした危機を国内政治の人気取りに使い、危機をわざと演出する政治指導者だっているのに、菅直人はあっさりと軍門に下ってしまった。普天間問題を解決するチャンスも失った。機を見るに「鈍」な指導者であることが分ってしまった。

 野党は民主党に国のあるべき形を示せとか、偉そうなことを言っている。自分達の考えを言ってから攻撃したらどうだ。まるでだだっ子みたいな野党に、自閉症の与党。与党の中の与太者の親分みたいな、政倫審にさんざん条件をつける小澤一郎。自分が出れば予算審議が進むと恩着せがましく、盗人たけだけしい。腹案とは何かね、言い逃ればかりの鳩山。この二人が国を滅ぼす民主党は早く消えてほしい。
 
 ろくな奴がいない日本の政治。しかし、日本はこれまで、政治家も、官僚も、国に巣食った連中ばかりで、国民の立場に立って実績を残したのかと言うと、大したことをやっていない。官僚は自分達の立場を正当化するデータばかりを世に出し、マスコミはその尻馬に乗り、弱きをくじき、強きにへつらう。一見国民の立場に立っているかのように見え、実は官僚、政治家と三つ巴の権力闘争である。真実を伝える気などは無いのである。ごまかしの社会から脱するのはいつのことだろうか。

 そもそも、基本的な考え方に矛盾したところがあると、それがネックになる。民主党は社会福祉とか、国民全体に公平に国の予算を振り向けることを目指したい。ところが、官僚制を否定する方針を立てたがる。実際は、彼らの目的を満足する為に、まさに官僚は不可欠なのだからおかしなことになる。アメリカのオバマ政権が抵抗を受けるのは、まさにそこだ。社会保険の整備は官僚制の膨張を生む。こんな事は常識だ。自民党は自由主義を掲げる。ところが、官僚べったり。官僚の御神輿に乗っているだけ。これも政策の目的とは逆に歩いている。

 そこに付け入って来たのが、官僚たちだ。彼らは、先は統計数字を握って、常に、彼らに都合の良いデータを作る。例えば、食料自給率が40%というのを危機感を煽ってがなり立てるが、日本は世界有数の農業生産力を持っている。これは分配の問題で、食料は時には有り余り、廃棄している。何故、自給率をことさら宣うかというと、その危機感を国民に持たせる事で、自分達の仕事を増やし、地位を守っている。厚労省も将来の人口統計を自分達の都合の良いように操作している。将来の人口推計は、3段階の数字があり、中位集計、低位、高位とあり、彼らは適当なさじ加減をし、年金改革にに使い、さらに財務省はこれを増税に使う。彼らは自分達の地位と組織を温存する事が一義的て国民とは自分達のことで国民全体というのは彼らの想像力を越えている。彼らに最も欠けているのは想像力なのだ。連中の仕事には想像とか、主観は許されない。長年の習慣が、大事な人間力を奪っている。企業はそうではない。勘の悪い経営者に率いられた企業は悲惨だ。先が読めないから後追いばかりで利益を失い続ける。このことは昔軍部がやった大本営発表というのではないのか。

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 北方領土を訪問したメドベージェフは国内の人気取りのために、北方領土問題は無いかのような言動をするようになった。1956年に日ソ平和交渉で、平和条約締結後は歯舞、色丹返還するというところまでフルシチョフソ連と鳩山一郎との話し合いは進んだが、ソ連は日本に米軍基地がある限りは駄目と言う注文をつけ、交渉は平行線となり、今日に至っている。メドベージェフはその当時の話も無視するような暴言が続いている。これまで、鈴木宗男や佐藤 優などのロシア通が懸命に、コミュニケーション経路を何とか作ろうと努力して来た事も、マスコミや、無責任な国会議員、外務省内部の陰湿な足技いよって切り崩されてしまった。

 日本は四島返還をベースにこれまでエリツイン時代まで、困難な交渉を行って来た。もっぱら外務省官僚達の弱々しい交渉力によって、取りつく島のないソ連に対して、交渉の座に持ち込む努力は大変だったと思う。何せ武力の無い日本は相手にしてもらえない。また、経済交渉の中でもこの問題が全てのネックになっていることを分らせるだけのための交渉だ。ロシア側は、日本と経済活動を展開するには、抑留者問題と北方領土に関するソ連時代の国際条約をを無視した蛮行であることを認めなければならない。ロシアはそうした問題は経済的な交流が進む中で、不信感が相互に解けなければ、話し合いも行なわれないと言うが、日本側はロシアが、先に経済的利益を食い逃げする恐れがあるという不安感が今尚強い。メドベージェフの言動は折角和らいできた、日本側の不信感を再び頑にするもので、全く愚かな言動である。これまで、「入口論」として、「北方領土問題の存在をロシアが認めなければ、経済協力はできない」という日本の主張と、「経済交流こそ日本とソ連の諸問題の解決につながる」とするロシアの「出口論」としての主張で平行線が続いてきた。が、文化交流や経済協力の話題、首脳陣の交流など、領土問題に関わらないですむところで、平行線の距離は縮小していたのである。これが一気に引き離された感じである。これはソ連にとっても残念な事である。今のソ連は、経済興隆著しい中国と結べば、日本は相手にする必要が無いと思っている。しかし、実際は、中国の経済発展も、貧富格差や、製造業の高度化など、問題は多く、また、これは韓国も同じなのである。中国や韓国も日本との貿易がどれだけ貢献しているかをロシアは見誤っている。中国や、韓国の誤ったサインに幻惑されているのである。北方の熊は蜜の味に弱い。

 ロシアはシベリアを開発したければ、日本を味方につけなければメリットが出ないのに、日本に経済協力だけを押し付けようと言うのだ。不信感を持って凍り付いているのは日本である。被害者の心が分っていない。不正に樺太と千島を占拠したひけ目が、彼らの領土実行支配をさらに押し進めようという行動に走る。今回ロシア大使を更迭したことはまさにそれに対する日本のささやかな抵抗なのである。メドベージェフの背後にはプーチンがいる。果たしてこれがプーチンの差し金かは分らないが、ロシア大統領にしては軽卒な対応だと思う。

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クリスマスおめでとうございます。日本のカードは昔よりとても美しいものが増えました。外国製のカードは天使がいっぱいです。

 文具店にクリスマスカードを買いに行きました。最近のクリスマスカードの特徴は、その絵柄にあります。日本製のカードは実に手が込んでいます。でも値段が高い。あまり沢山は出せません。内容はとにかくプレゼント、ギフト、クリスマスツリーにプレゼント、そしてサンタ・・・なのです。要するに、日本のクリスマスからは、すっかりイエスキリストの誕生日は消え、お歳暮のような、クリスマスが残っているだけです。これではクリスマスが何のお祭りかさっぱり分りません。昨今の日本のクリスマスはまるでサンタの誕生日みたいで、これは世界の奇観でしょうね。年末ジャンボ宝くじは西田敏行をはじめとするサンタの大集団。サンタはお歳暮、クリスマスパーティは忘年会、ツリーは門松の前座です。ケーキはお餅のようなものでしょう。

 でも、クリスチャンにとってはそれでもいいのです。商売のために天使やサンタがあるわけではないのですから。要は日本人にはイエス様を抜きに、プレゼントやパーティがあるだけになりました。でも、これは、天使や聖霊の世界を知って頂きたいクリスチャンには寂しいことです。金儲けや、煮え切らない政治だけの世の中でしょうか。本当に人を動かすものは何かです。心の世界がどんどん貧しくなる。皆、それではいけないと思うから、オーラの泉とか、占いのような迷信にとらわれるのですね。血液型占いなんぞも、その一つです。日本でもハロウィンが飾られる時代ですが、全く迷信や信仰とは関係ない単なる商売のネタですね。これは日本人の逞しさで、微笑ましいことでもある。

 昨日、銀座の教文館に行きました。さすがに、宗教色が強いカードが沢山ありましたが、殆どが外国製でした。日本のクリスマスカードは全く創造性、想像力を刺激するものは無くなりました。エンジェルとサンタクロースは外国ではクリスマスの天使として描かれ、この不条理な世界が美的創造力を刺激します。科学万能の時代ですが、人の心を結ぶ世界は聖霊が支配しています。愛は聖霊の働きのひとつです。イエス様はこのことを伝える為にこの世につかわされました。サンタクロースも、子供たちへの愛情を表すもので、プレゼント担当者というだけではありません。エンジェルが描かれているものが多い。これは愛の使いです。馬屋で幼子を抱えたマリア様、そして、天使と貢ぎ物を持った博士たちがクリスマスの象徴であります。ベツレヘムの薄汚い粗末な小屋でお生まれになったイエス様。飼い葉おけは実際は汚れて汚いが、赤子を入れるにはぴったりの構造です。ヨセフやマリア、幼子の姿は家族の絆です。欧米ではこの季節は普段は個人主義で独立して生活している家族が再会するひと時なのです。外国製のカードは殆どがそうした内容です。日本のカードには全くこのような風景が描かれません。キリスト教が商業の世界から消し去られたのです。

 かつて、クリスマスを受け入れた日本ではそうした良きひと時を欧米人にならって楽しむ雰囲気がありました。日本が敗戦で自信喪失していたころです。経済発展とともに日本人は海外の宗教に興味を失い、再び民族的優位性に満足する人も出てきました。しかし、実は何も無かった。今の日本人の魂の世界はどこにあるのでしょうか。四季折々の素晴しい自然でしょうか。あるいは長い歴史と伝統の世界か。アイデアには乏しいが几帳面なビジネスと物作りから何が見つかるでしょうか。製造業は輸出に追われ、稼いだドルは米国債になり、それはデリバティブ債券に転じて再び金融危機の種を増やし続ける。国民から搾取するばかりの官僚たちを誰もコントロールできない。肝腎の伝統芸能、相撲は賭博と朝青龍の暴力で明け、歌舞伎は海老様の暴行事件で暮れ、麻央さんとの華麗な結婚もムードぶち壊し、つまらない時代だ。鳩山政権は沖縄をもてあそび、無能な政治家を選んだ日本の国際的な信用は失墜。アメリカから失望され、中国からは軽蔑された外交の1年。高齢社会を前に何も決まらない菅直人政権と倫理観に欠けた小沢一郎。不況出口の見えない経済の中に希望が生まれるのだろうか。人間の罪深さを思い知らされる。救いは「はやぶさ」とノーベル賞。一番すばらしいのは天皇陛下ご夫妻です。来年はスケートの浅田真央ちゃんの復活を祈る。クリスマスはそうしたがんじがらめになった人間の心を解き放つ解放の時であります。

 クリスマスは平和な世界、愛のある家族、社会に思いやりや、友情、安らぎこそが大切な事を思い起す時ではないか。プレゼントも、奉仕する心、癒しの言葉、友情をあらわすものでありたい。来年2011年の日本にどんな出来事や感動があるのでしょうか、よき明日を願いこの聖夜を過ごそう。e0195345_2155272.jpg

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 社民党の掲げる平和主義、憲法第九条尊重の政策は政治目標として高い価値のあるものである。これを非現実的と切り捨てる勢力の貧弱な政策と歴史に学ばない愚かさを感じる。とはいえ、崇高な理想とは対象的な厳しい国際情勢が我国を取り巻いている。理想が画餅とならないためには、国防に関する十分な知識見識がなければ、現実主義者にも、偏狭な民族主義にも対抗出来ない。社民党できちんとした議論が出来るのは阿部知子くらいだ。

 世界で起きているテロ、北朝鮮の核、中国の軍備増強、ロシアのナショナリズムの台頭などにどう対処するかであり、普天間と沖縄の問題を現時点で解決に向かわせるかである。其々が今世紀の政治課題として世界を変える内容であり、国内政治だけでは何ともならない。現実の風圧に耐える平和主議でなければならない。ロシアの高圧的外交姿勢や中華思想とも対峙して、平和の利を訴えるということである。困難な道であるがこれは平和主義者も避けて通れない。政治政党としてまともな主張のできる民主党の存在は貴重である。残念ながらじり貧である。北朝鮮が崩壊寸前であり、軍事的暴発が懸念されている事態をどう考えるのだろうか。
 
 民主党の国防論の稚拙さが非難の的となり、社民が消えたら、平和主義が抹殺され、日本にはご都合主義の民主党や家業的政治政党の二世議員だらけの自民党、ヤクザ、暴力団のような小沢グループしか残らない。政治を力や数の論理ではなく、国の目指すべき目標を主張している政党は社民党だけではないか。実際は今の社民党に行政能力は無い。しかし、政治理念が曖昧な現政権や自民党に比べ、この理念だけでも存在価値がある。今の日本に国際情勢を見通した主張のできる政治家が何処にいるのだろうか。明解な解決策 など無いのに、責任当事者の足を掬うような政治家が多い。マスコミも然りだ。理想主義をこき下ろす連中は力と力の世界が現実的とばかりに発するスローガンもナショナリズムを煽る論調も決して事態をよくする様には見えない。特に国防論においては地政論とか、軍事面だけでは答えは出ない。個別の事件、問題に関しては状況対応として、尖閣列島事件のような、逮捕か釈放といった択一的な選択肢になってしまう。ところが、決断を導くガイドラインは無い。毅然とした対応とは硬直した判断となりかねない。しかも、それは中国の軍事対応も招くことで、そうなるかどうかについて想像力も無い。

 自民党もマスコミも関係諸国の数や経済関係、国際世論への認識もないまま、やじっている様なもの。連中、強い与党のおこぼれにあずかろうと集まった烏合の衆ではないか。我国の国防は連立方程式であり、二次式にもなっていて答えが何通りもある。日本に核武装させたがっている輩や軍備増強論者は日本の敗戦に至った過ちをどう考えているのか。これを踏まえた平和主義や護憲行動はよほど現実的である。社民党はこの際独自の国防論を展開すべきだ。社民党は自信を持って自らの政策を世に問うてもらいたい。

 都知事や、日本の戦後の成果である平和憲法を排撃する右翼ども。反省の無い連中が声高に叫んでいる。大日本帝国陸海軍は何故あのような泥沼に日露戦争後はまったのか。大まかに言えば、明治維新の中で日本は北のロシアと西の中国の脅威に晒され、軍事的対応に迫られ、経済はその川下にあった。軍事優先の政治が招いた結果が満州進出であり、軍国主義国家への進化であった。そうした中で朝鮮半島は二大国家の進出に対する防波堤として、日本は支配下に置きたかった。朝鮮国王は近代化に取り組まず、階級社会の束縛は朝鮮の人々に取ってくびきとなっていた。民主化は歴史の流れで、そのためには周辺諸国の影響や介入を受けざるを得なかった。日本が支配しなければロシアが出ただろう。

 日本は日露戦争のきわどい勝利により遼東半島、南満州鉄道、南樺太を手に入れた。その後は国内事情から独善的な状況対応に迫られた。第一次世界大戦で漁夫の利を得た財閥資本は世界恐慌の活路を産軍共同体に、さらに、農業危機を満州振り向けたのである。農業経済は限界に達し、アメリカ移民は黄禍論により排斥され、行き詰まった。後に大きな悲劇となった満州開拓が始まる。状況対応の積み重ねが、満州事変から日中戦争へと繋がり、これを打開する為に仏領インドシナ進攻、南進論を産んだ。歴史の教科書によれば、リットン調査団から国際連盟脱退に至る過程。日本のこうした脅威にABCD包囲陣が成立、真珠湾攻撃にはじまる太平洋戦争となった。西欧諸国は植民地争奪戦を続けていた。これが日本の介入で彼らも困難に直面した。植民地の独立は西欧諸国の生命線を脅かした。この戦争で景気が良かったのは半年程、ミッドウエー敗北以降は百戦百敗である。なぜこの現実を東京裁判史観などといえるのだろう。状況対応の戦術が全てを失った原因である。戦略が無い。平和国家、平和憲法以上の立派な戦略は無い。


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 一世紀も昔の帝国主義時代は領土が軍事行動で移動していた。そんな時代と今とは違うと思いたい。しかし、尖閣諸島や南海諸島に対する中国の軍事行動を見ると、軍隊という最古の官僚組織のやり方は今も変わらない。ロシアのオセチアやチェチェンに対する圧力のかけ方も帝政時代と同じようにも見える。暴力装置としての軍は存在するし、利用する政治勢力もあるから困る。社民党の言うように話し合って解決するためには丸腰でいいのか。そんなに甘い世界ではない。軍事的バックアップなければ相手から言いようにされる。また、平和憲法を奉じる日本がそれでいいのか?しかし、何やら中国海軍が接近すると、その実力が誇張されて報道されている感じもある。検証した方がよい。海上自衛艦を増強したい防衛庁の片棒を担ぐ事は無い。中国という国家は、第二次大戦後、領土不可侵という原則が、国際条約として制定されているのを知らないのだろうか。

 近年、尖閣列島問題や、海上自衛隊艦艇に対する中国海軍ヘリの異常接近、空母の建造等から中国海軍の軍備拡大が警戒されている。そもそも、中国海軍はこれまで、中国沿岸の警備や中国への侵攻を抑える役割しかなく、かつては台湾侵攻も金門馬祖島で阻止されていたし、1958年台湾海峡危機においては米国海軍に手も足もっ出なかった。中国海軍がソ連の払い下げやソ連艦艇のコピーから脱し、独自の原潜とか、ミサイル巡洋艦を作り始めたのは1990年代からである。中国海軍の艦艇は外観はイージス艦のようだが、欧米観船のコピーである。中国海軍は艦対艦ミサイルSSMやSAMを搭載したミサイル駆逐艦を2000年以降作り始め、この数量は我が国を上回る規模となっている。中国は青写真と原材料さえあれば先進国並みの同じ高度製品が作れると錯覚し、形はコピーできても中身がどの程度整っているかである。兵器製造はシステム設計から品質管理、品質管理、工程管理など近代工業に必用な要素を独自に持っていなければならない。中国はSLBM搭載原子力潜水艦を保有している。射程は8000キロの巨浪2型を12発を搭載し、これを主力に展開するという。基本的に中国の原潜はプロペラ音が大きく、水中音を把握されてしまう。ところが、最近は高性能なディーゼル電気推進式潜水艦が音が少なく探知されないタイプでこれを多く持っており、水中兵器の長魚雷と空中兵器の超音速対艦巡航ミサイルを搭載している。このことは米海軍の空母には最大の脅威である。

 しかし、軍事を考えるとき兵器だけに目を向けるのは片手落ちである。中国海軍が外洋艦隊を持つには、兵器としての軍艦を整備するだけでは足りない。艦隊の兵站を備えていなければならない。艦隊に長期随伴して燃料、弾薬、食料を補給する機能、兵器の管理メンテ、船の修理や救難船といった一連の装備と訓練ができなければならず、中国のソマリア沖展開はその準備でもあり、未だこれは整っていない証拠。今の時点ではそうした体制にはなっていない。外洋艦隊では大きな天候の変異にも備え、荒れた海にいる乗員がへばってしまってはどうにもならないのである。だから、補給艦、病院船、船員の娯楽施設も必用になる。

 この事を忘れてはならない。海軍力が実際に威力を発揮するには、航空戦の能力差が最終的には決定的である。かつて、太平洋戦争で、日本海軍が米軍の航空戦力に壊滅させられ、また、どれだけ多くの、輸送船が潜水艦に撃沈され、輸送力を削がれて陸軍が壊滅したかである。このことを痛い程学んでいる筈である。艦船を航空機で攻撃する手法を編み出しておきながら、全く活用できなかった帝国海軍。日本の海上自衛隊が過去に学んで世界有数の対潜能力を持っている理由がここにある。東シナ海や南シナ海を自国の内海にしようとする野望を中国は常に持ち続けてきた。空母も建造し始めた中国海軍であるが、それに対する米海軍の存在感は大きい。中国の軍事的な動きがあるとすぐに、かつてのワシントン条約後の日本のように不要な戦艦、今は核でしょうか。そんなものを持ちたがる馬鹿野郎日本にもいる。無用の長物、武蔵、大和の轍を踏まないようにしてもらいたいが、宇宙戦艦ヤマトは欲しい。

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直心影流と竹刀剣道との関係を研究したい。 この写真は法定における上半円の構えである。ここで見えないのは呼吸である。本来武道に大事な要素である呼吸法については実質的には封印されている。今の剣道では呼吸のリズムも丹田息の方法も教えない。

 先は法定の最初の構え、上半円だが、これは竹刀剣道で蹲踞までの過程と同じだ。相撲の土俵入りのように大きく両腕を拡げる。これは天地宇宙の意味だ。剣道というのはかつては精神と宇宙の摂理によって技がでるとされた。居合いもそうである。これが明治維新後無視され、敗戦とともに消えた。戦後の剣道は、民主的というより精神性を否定されたもの。剣道に心の世界を取り戻そう。

 礼をして大きく息を吸い蹲踞までに一旦吐く。さらに刀を水平にして敵を望むところは、蹲踞から立ち上がり、相手に向かう時の動きだ。ここで大きく息を吸い丹田にためる。相手に向かい合ったところで吸った息を思い切り吐き、気合を入れる。ここまでは法定の流れでいける。吐いた息は自然に反動で溜ってくるからこれを丹田に納める。

 問題は最初の打ち込みだ。最初の打込みまで息を溜め、ぐっと耐える。絶対に下がってはいけない。すーっと前に出たとき、相手の動きを感じたら、思い切って気合とともに撃ち込んで行く。この時の構えから面に行く動きは相手の動きを見ながら行なう。先に撃ち込んで来たらすかざず、出ばな技の小手や面、抜き胴を相手との距離、体形、スピードに応じて使い分ける。一瞬の判断だ。相手が動いてからでは遅い。

 蹲踞後に相手の間合いが遠い時は、半歩、又は歩み足でもいいからグッと間合いをつめ、剣先が低かったり、力が抜けているようなら突いてもいい。そのまま突きか、一旦体を引いたらすかさず面を打つ。このとき、真正面から打てればいいが、相手がこちらを見て躱わされる。だから、右から竹刀を回して面を打つと外さない。これは法定の二本目(夏)、左霞から左面を打つ技である。自分は試合では何度か強豪にこの流れで勝っている。

 ここは必殺であり、躱されたら、そのまま肩から体当りで凌ぐしかない。これで1本目である。試合の場合、ここまでで一本取れているはず。とにかく、竹刀剣道における立ち会い、礼から一本までは整理し、自分のものにしたい。2本目はあいての気持が先取りされたために攻撃が厳しくなるから、先を取り、気を殺す。本来、真剣勝負では二本目はないから、二本目の応用をどうするかは、さらなる研究課題だ。
 
 試合は周囲の目もあり、審判もいることだから、あまり無心では体が動かない。自分の中にあるていどのシナリオを持って動けば、かえって相手には動きを悟られない。戦力が大事だと言う事。あとはこれまでの自分の稽古した技が自然と出てくればいい。<
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ナチスとヒトラー
 ドイツは国家の存亡をかけてナチス時代の総括を行なわざるを得なかった。そのため、実はヒトラーの実像は分らなくなってしまったし、我々の知識レベルはかなり偏ったものであると思う。それらは殆どテレビ等のマスコミや小説などで得た知識である。歴史とは捏造されるものであり、時代が変われば新たな資料にもとづく解釈も行なわれる。だからといって、イランが言うようにホロコーストが無かったとは到底思えない。ユダヤ人の収容所証言も、ドイツ人が言うナチス論もかなり偏ったものである。しかし、悪意に満ちた歴史修正主義者の問題提起にはうんざりさせられる。彼らの微に入り、細に入った証拠提示は、過去の全てを打ち消そうとする悪意が満ちている。

 ナチスの悪名高い人種政策とユダヤ人やロマなどの少数民族の絶滅行為は人類全体の問題として負の歴史的事件である。一体このような事を誰がやったのか。全てがヒトラーのせいになっている。これはドイツ人にとっても都合がよく、こうした方向でナチスの犯罪は整理されているが、実際にはヒトラーは自分で指示できることは僅かであった。ヒトラーというのは結構優柔不断で、何事も躊躇する事が多く、ユダヤ人の絶滅を明確に指示した証拠は無い。彼が冴えていたのはポーランド侵攻までで、パリ占領が得意の絶頂であった。彼はイギリスと和平に持ち込みたかった筈だが、そうはいかなかった。イギリスは断固戦う意志を持っていた。北アフリカ戦線は緒戦は景気が良かったがエルアラメインで敗北した。後は連戦連敗である。西部戦線も含め、破滅の道をひた走り、その中で半病人のようになり、精神も病み始めた。彼はポーランド侵攻が英仏の反発をあれほど受けるとは思っていなかったふしがある。特にスターリングラードで第6軍が消滅した後は、殆ど彼のこれまでの軍に対する影響力も、政治力も後退の一途であり、ボルマンやゲーリング、ヒムラー等の「悪」達が仕切っていたようである。特にハイドリッヒ暗殺後1943年以降のドイツは彼らに牛耳られたのである。1943年まではナチスのユダヤ人抹殺作戦は進行し、特にポーランドではアウシュビッツ・ビルケナウ、トレブリンカ、へウムノなどで行なわれた。それらでどの位行なわれたのかは証拠が隠滅され、良くわかっていない。親衛隊の行動を理念的に支えていたヒトラーは、彼らの計画を知っていただろう。様々な残虐行為に対する日和見が彼らのような小心者の姿勢であった。ヒトラーの役割は理念や方針を出す事だったが、彼がハイドリッヒにやらせた事は結構悪辣だった。偽科学的人種理論や遺伝理論により、ドイツ国内の5000人以上の身体障害者や精神病者、遺伝的なハンディを負った人が年齢を問わず安楽死させられた。この時もヒトラーは具体的には指示を出さず、安楽死の正当化と、一定の範囲の対象者に行なうべきであるといる指示を出している。その辺りが、狡猾なところ。彼に罪無しとは言う事は出来ない。彼は殺人システムを考案したのである。国全体がそれに巻き込まれるような仕組みを作り、自分は抽象的なことを言っていたに過ぎない。彼が第三帝国の中心人物として断罪されるのが当然であるし、ナチスが組織犯罪である事は論を待たない。

 ホロコーストはヒトラーの言動が根拠になっているが、実行したのはヒムラーとハイドリッヒであり、さらにはドイツ国民全体がこの問題には責任がある。システムという仕組みに組み込まれると自己の行為は全体が見えない。そして自覚が無い。運ぶ役割、選別する役、スウィッチを押す人、片付ける人、それぞれの職務が忠実に実行されるに過ぎない。さらに、ナチスだけではこれ程までの事は出来なかった。この政策を実行する部隊がSS(親衛隊Schutzstaffel)であり、ゲシュタポである。しかし、彼らに情報を提供し、協力したドイツ人も多いのである。また、人種差別や強制収容所の存在を黙認していた人々、ユダヤ人を差別し、彼らが収容所外でもつらい労働についていることをむしろ歓迎していた人々も多かった。アウシュビッツやへウムノ、トレブリンカなどは外国にあったが、ベルゲンベルゼンやダッハウはドイツ国内であるし、それ以外の中継収容所や監獄は無数にあった。知らなかった訳は無いが、知らぬ存ぜぬととぼけたドイツ人は多い。

 アウシュビッツというとやせ衰えた収容者や人骨、死体の山を思い浮かべると思う。しかし、実施にはそうした写真は殆どがダッハウ、ベルゲンベルゼン、トレブリンカなどのものである。あらゆる収容所で選別が行なわれていたが、大戦末期になると彼らは貴重な労働力であった。選別によって生き残った収容者を労働させなければならず、一定の食事も与えていたのだ。しかし、当時、国内のドイツ人も窮乏し、収容者どころではなくなった。ドイツと周辺地域のあらゆる輸送路が連合軍に爆撃され、食料の供給もままならなくなった。ここを歴史修正主義者は鬼の首を取ったようにホロコーストは無かったという論拠にする。ナチスは証拠隠滅を大戦末期に熱心に行なった。へウムノなどは施設も死体も見つからない。徹底した証拠隠滅が計られた。そこで、証拠証拠ということは犯罪者の側に立った主張としか思えない。実証された「歴史事実」を、一部史料や証言の矛盾を繰り返し突くことにより、「歴史事実」全体を否定する手法であり、ネオナチなどの常套手段となっている。ナチスが戦争前から行なって来た事、さらには自国民ですら、特に東プロイセンの住民や兵士の死を統計的にしか扱わない、さらに死者に対しては冒涜ともいえるゴミ処理のような扱い、一連の出来事の延長に全てがあることで十分である。民族主義という大義のもとに人間の尊厳を無視する人々は今日も健在であり、世界中、日本の中にも、テロリスト、アメリカやロシアにも無数に存在する。

 最大の収容所であるアウシュビッツとダッハウ殺人工場は戦争末期に証拠を隠滅し、実際の状況を残した写真は極めて少ない。収容所に運ばれて、貨車から出され、選別を受けている映像が殆どで、後は解放時のものである。勿論何百万人もの収容者がいた筈だが、75%が選別され、すぐにガス室に送られた。やせ細る前に殺されていた。残りの人間は奴隷労働に従事する為に、巨大な収容施設で生活していた。勿論そこからも、選別は進み、数ヶ月で入れ替わっていた。生き残った比較的元気な収容者の記録しかない。

 ではあの骸骨のような収容者や悲惨な死体は何かと言うと、大戦末期にアウシュビッツなどソ連軍の侵攻を逃れて移送されてきた収容者がそこに入って来た為に、管理不能となり、チブス、赤痢などの伝染病で死んだり、餓死し始めた人々なのである。アンネフランンクもそうした中での犠牲者であった。全ての収容所にガス室があったわけでゃない。だから、イランのアフマディデジャネ大統領がホロコーストは無かったというのはどの時代のどこの収容所を基準にしているのかによって数字が変わることを指摘し、ユダヤ人の計算は偏っていると言っている。しかし、クレマトリウムと言われるガス殺人部屋はアウシュビッツで証拠隠滅しても、同様なものがトレブリンカ等にあれば、より効率的なものがビルケナウにあったことが証言されている。今はアウシュビッツ・ビルケナウでは140万人という数字が通説である。当初の300万人からはずいぶん下がったが、それでも膨大な数字である。

 世界平和という意味においてはアウシュビッツ、そして、ホロコーストは大きな課題である。アンネフランクは可哀想だ。日本はオランダと戦った国なのである。オランダのサンダカンで蘭英軍捕虜3000人が餓死した事をオフィセンチムに行った人々ー日本人は知っているのだろうか。ホロコーストはヨーロッパで起きた事件である。我々日本人は中国、さらには大平洋諸国に与えた戦争の災禍に多くの関心を向けるべきだと思う。ヨーロッパ旅行のついでに世界平和ではない。日本人からは逃れることは出来ない。


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 ロシアのメドベージェフの後、副大統領がまた北方領土を訪問した。北方領土は日本の固有の領土である。とはいえ、ロシアが大戦末期に弱体化した日本を火事場泥棒のように奪い取ったというのは結果的にはそうだが、必ずしも当っていない。スターリンは大戦前から千島は欲しくて仕方が無かったし、当時も隙あらば北海道北部(留萌から道東)も手に入れたかったのだ。千島占守島や南樺太の日本軍が予想外に強く、攻めきれなかっただけ。ソ連軍は満州のようにはいかなかった。邪悪なスターリン時代の不法占拠といえども、ロシアは領土までは放棄しない。ロシアの旗の立った土地は絶対に手離さないというのは帝政時代からのロシアの国是なのだ。北方4島返還は難事業である。2島も同じであるから、4島返還でいつも押していくべきだ。2島だけを返す事も無いだろう。平和条約締結後は歯舞、色丹を返すという話はあったが、彼らは条約すら守らない連中、ソ連を侮ってはならない。彼らは自分の都合は何やっても善である。ヤルタ会談で千島を取ることは決まっていた。しかし、北方4島は入っていなかったと思う。ところが、日本を早く片付ける為にはルーズベルトはそんなことはどうでもよかった。千島の範囲なんぞどうでも良かった。ロシアの不法性を担保して、他の交渉を有利にすることができるかである。この島に、ソ連の軍事基地がどのくらいあるのだろうか。アメリカ次第だろう。彼らは力の世界にいる。アメリカの軍事力が後退すれば、すぐに進出してくる。

 とにかく、ロシアからは遠く、鮭や蟹が沢山取れるだけの島であってもらいたい。熊はいりません。鮭や蟹は日本が買ってあげればいい。ここに大きな軍事基地ができるためには、経済的なある程度の繁栄が必要条件である。軍港が出来れば軍人だけでなく、民間人も来る。娯楽施設も必要だ。誰だって僻地には行きたがらない。だから今なおウラジオストックが軍港であり、原子力潜水艦や空母も帰港する。乗組員が流刑になったようでは休養にならない。北方領土は僻地のままであってもらいたい。経済交流が必用だという人もいるが、ロシアには警戒心を失ってはいけない。あれは猛獣の熊みたいな力だけを信奉している人の国だ。日本がこれを返還してもたったら、地方都市が疲弊している中、ここだけ繁栄させることができるのだろうか。

 鉱物資源はあるのだろうが、北海道の衰退が進む中、北方領土が栄える姿は想像できない。沖縄ですらうまくいっていないのだから。離島の経済振興は難しい。国後島の温泉や自然を見る観光用にどれだけ空港が整備できるのだろうか。本土との交流はそれほど望めない。大した学校も無ければ病院も無い。だから、ロシアも大きな軍事基地は作れない。ところが、ロシア大統領が頻繁に訪問すれば、あのロシアの事だからインフラも整備され、軍事基地としてのインフラが整備されてしまう。あれほど近い位置に大きな軍事基地が出来たら北海道は風前の灯火ではないでしょうか。

 北方領土は国際法上我が国固有の領土だと言う主張を繰り返す必要はあるが、それも程度問題。亭主の不倫を別のことで要求を通す時にネチネチと攻める女のようになればいい。北方4島にはロシアも若干のやましい気持がある筈だ。ロシアの関心が薄れるようにした方が軍事費もかからないし、将来日本が経済的に実行支配する道が開けるのでは。日本は賢い戦略を必要としている。

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