<   2010年 09月 ( 16 )   > この月の画像一覧

 今や中国ではナチスのような国家社会主義者が人民解放軍や共産党内部に育っており、温家宝もその連中を抑えるのに躍起だ。そこに何故海域侵犯や衝突があり、ビデオを公開しないか。それは漁船を拿捕し、船を管理した日本が再現ねつ造した演出ビデオに決まっていると中国は否定し事態は一層悪くなるだろう。検察の証拠を公開するには時間もかかる。あえてすぐに公開すれば政治的な主張とひて中国は対抗してくる。これを政争の道具にしようという議員どもと、時事問題の専門家として納得のいくコメントも出来ないテレビのキャスターの馬鹿ぶりにも怒りがおさまらない。

 共産主義者の常套手段は映像のねつ造じゃなかったか。過去をすぐに忘れる日本人。共産主義者の常套手段は映像のねつ造じゃなかったか。そもそも、小澤が300人も引き連れて中国に朝貢し、鳩山のリップサービスに気をよくした温家宝は来日までした。民主党応援のためだ。それが首相の辞任、さらに選挙には負けるとは。学生とキャッチボールまでしたサービスに対する鳩山の政権放棄に対中強硬派の前原の外相任命とは、彼の面子丸潰れじゃないの。中国の立場というものに日本は一体どういう配慮をしているのだ。今回真っ先に配慮する相手はアメリカではなく中国なのだ。何も訪中しろというのではない。中国大使の無能振りにも中国はいらだっていたのだ。夜中に呼び出すという無礼をどう見るのか。一方的に中国を責められない問題もありそうだ。

 あの漁船は仕組まれた可能性が高い。そこは流石に検察、見抜いた。だから時間をかけた。やがて菅は事の重大性に気付いて顔をひきつらせて今回の指示に至ったのだ。それをまた、テレビではキャスターは小澤さんはどうしたとか、鳩山も出る幕じゃない事くらい分りそうなもの。ここはシロオトの出る幕ではないのだ。そんな程度の政治家を我々は選んでいる。

 中国の対応は見事に手際がよい。剣道でいえば日本は先を取られたのだ。二本(日本)負け!巡視船の損害賠償は二本取られ、旗があがったのに後打したようなもの。(仙谷はボールは投げ返したというが、ありゃボールではなく爆弾だという事にまだ気付いていない?信管を抜いてから返すのだ。キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は27日、沖縄県・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、中国側が日本に謝罪と賠償を要求し、日本政府が損傷を受けた海上保安庁巡視船の原状回復を求める意向を示したことについて、「事後に起きた堂々めぐりの議論」と指摘した上で、詳しい論評を避けた。また、中国人船長の釈放を「困難な決断だったが、菅政権や前原誠司外相の政治指導力を示した」と改めて評価した。国連総会開会中のニューヨークでの記者会見で語った。このことで、一番喜んでいるのはアメリカなのだ。普天間も沖縄もやりやすくなる。とはいえ何もしてくれない。まあ、中国もこの余波は覚悟した方がよい。周辺アジア諸国、フィリピン、インドネシア、ベトナムからは特に警戒される。マナーの悪い全体主義的発展途上国のレッテルはなかなか取れない。
 http://www.excite.co.jp/News/world_g/20100928/Jiji_20100928X213.html

 中国の要人が今回の尖閣の件で、「偶然というのはコンテクストのなかにあり、偶然も必然だ」という趣旨の「アブナイ発言」を公然としているが、「そういうこと」なんだろう。
事件後の速やかな「ガス田開発絡みの動き」、「漁業監視船の増強」、レア・アース輸出を含む「貿易の順法的遅延行為」などなど予め仕込みをしていないと「自損」になりかねない。実にスムーズにコナシテいる。全てのフォローが、まるでシナリオがあるような手際のよさだ。菅、前原のNY出張不在、今回のメドベージェフの訪中のタイミングなどなど、実に的確に絡んでる。あれは決して偶然などではなく、D-Day、T-Hourありき、だったと思う。

 「衝突して来た中国漁船」なるものの船首は特殊な構造と材質らしく、ぶつけられた海保の巡視船のほうは明らかな傷が生々しく、然も損傷箇所は一番「構造的に弱い部分」だそうな。(「北朝鮮工作船」の高級・進化版?)ところがニュース映像を見る限り当該「漁船」の船首付近には大した傷がない。CGによる事件経過を見る限り、単なる「もみ合いによる偶発的な衝突」ではなく、併走する巡視船を左舷に一旦やり過ごしたのを確認してから弱点の横腹に故意にぶつけている(なお、日本出港時には無かった大きな穴が、中国帰港時に右舷(!?)に見られた、という報道もあった。)

「船長なるもの」が、中国の領事館員と拘留中に会った途端に「態度が急に変り、頑なにったので犯情が悪質」などと那覇地検は一時リークしていたが、検察(お得意?)の「希望的観察」の可能性がある(検事はTV検事ドラマ見過ぎ! )。中国は、帰国した「船長」を「善良な漁民の英雄的帰還」のように「地元の歓迎ぶり」を演出しているが、「いかにも」という「全体主義的TV画面の絵面」が空々しく、逆に怪しい。当該「船長」は、「面会した中国の領事館員」よりズッと高位の情報部員で、むしろ面会時に予め決めたメッセージで、海保による洋上の逮捕劇に関わる情報を提供した可能性もある。

 この面談のあと、中国外務省が「日本側が自信があるならビデオを公開せよ」、「ビデオは編集・捏造の可能性があり証拠にならない」などと牽制を含めて「強気発言」が続いたことと関連しているのではないか。すべて筋書き通り。那覇地検は「公務執行妨害」で「挙げた」わけだが、同時にあった筈の「日本の水位域内での違法操業」の疑惑はその後一向に解明されなかったのも腑に落ちない。船内捜索で直ぐにその気配は分かるはずだ。検察総体が、「急に方向転換」した裏に、全てのことから判断して「中国に嵌められたこと」に気が付いて、「これは罠だ!深入りは危険だ!」と、何もかも急に放り出したのかも知れない。菅直人はそのあたりは鳩と違ってアンテナが鋭いが、民主は動きがバラバラ。



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4月に尖閣列島付近を10隻の艦隊で通過した中国海軍軍艦。
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 マスコミは今年の4月に中国が艦隊で尖閣列島を偵察して来た事を忘れてるのか?中国は以前から虎視眈々と準備して来た。今回、海上保安庁が船長を長期拘留したのは政府の意を受けているかを引き出したかったのだろう。そうに決まってるんだが。彼らは戦略的に 行動し、彼らの国際キャンペーンも準備されてたのだ。その背景には、中国側の事情もある。とにかく,日本の小澤の200人を越える朝貢的中国訪問に気を良くし、しめしめと思ったら、鳩山の失脚、さらに対中硬派の前原が外務大臣と来た。むかつくだろうね。ちくしょー!民主党の野郎、尖閣問題で一発かましてやらねば収まらんというわけだ。
民主党政権はあれは小澤や鳩山がやったことで、菅直人とは関係ありませんと言えるのだろうか。

今や、中国海軍は日本を叩きつぶせるんだからなと言わんばかりではないか。

大高美貴氏のブログにこんなことが書いてあった。彼女曰く、民主党はとにかく、中国の面子をつぶしたのだ。これは今回の尖閣列島の領海侵犯につながっている。一連の出来事をもっとつなげて考えねばならない。

「温家宝の面子を完全に潰したことだ。この時期、温氏の来日は親中政権民主党の間接的な選挙応援であることは見ての通りで、そのために毒餃子事件も解決(?)民工青年を生贄にし、日本政府へのお土産も用意した。そして240箇所以上もある抗日記念館も閉鎖せず、舌も乾かぬうちに「中国は日本を未来永劫恨むつもりはない」などとリップサービスして、汗水流して野球までして鳩山政権を応援したのだ。

しかし、その翌日、突然の首相の辞意表明。今頃、駐日中国大使は「こんなに恥をかかせやがって!どうしてくれる。大使館の情報収集がなっていないと叱責を受けていることだろう。」

 中国の人民解放軍といい、国歌総動員法など、戦前の日本のような軍国的な体制を取ろうとしていることに民主党政権は気がついていない。鳩山などはこうした傾向が昨日今日のことではなく、中国事情に詳しい識者の常識であることも知らず、意見も聞かず、友愛路線を実行した。
鳩山氏は5月の全国知事会議で、政府が「日本固有の領土で、歴史上、国際法上ともに疑いがない」と表明してきた尖閣諸島に関し、次のように発言した。「(米国は)帰属問題は日本と中国の当事者同士でしっかりと議論して結論を見いだしてもらいたいということだと理解している」
 これを伝え聞いた外務省幹部は「えっ、そんなことを言ったのか…」と絶句した。鳩山氏の言葉は、まるで政府が「存在しない」との立場をとってきた領土問題の存在を認めた上で、これから中国と話し合う用意があると言っているかのように聞こえるからだ。
 今回の尖閣列島の事件の原因はあの鳩山にある。大蛇にエサを見せびらかしたようなもの。匂いがすれば中国の膨張主義者達は静かにエサの方に這い寄ってくるだけなのに。
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1.海上保安庁

 海上保安庁を所管する馬淵澄夫国土交通相は24日、中国漁船船長の釈放について「検察当局の判断で、口を挟む立場にない。海保は適切に対応した」と述べた。 海保の巡視船が撮影していたビデオの公開については「処分保留なので、状況を見守りたい」とし、現時点では否定的な考えを示した。 
 ここで、中国に対抗してビデオを検証したり、マスコミによる領土問題キャンペーンを張ることが、かえって事を複雑にし、中国のPRを声高にしてこれまでの関係を壊すことを恐れたのであろう。巡視船の船尾付近に体当りされた跡があり、漁船側には船首が破損し、あきらかに漁船側が体当りしたとしか思えない。問題は領海侵犯だが海には線がある訳ではないからビデオでは説明できない。こんなことがわからないニュースキャスターがコメントしている。
 突然の釈放も政府の行動としてはあまりにも能がない。しかも、政治的な効果を身過っていることだ。それなら、何故これ程長く拘束したのだ。金正男を釈放した田中眞紀子の方がまとも。今回の急な解放は中国の反応が彼ら検察の責任を越えたからではないか。官僚的判断はそれで良いかもしれない。その論理ではまたもや政府が機能していない。いや、菅の指示があったのに官僚のせいにした民主党らしい汚い手か。マスコミはこれを何も批判していないのが不思議だ。無責任男の渡辺がまた、調子に乗ってわめいている。遅くはないから、衝突の映像を公開し、きちんと国民に説明すべき時だが、国境侵犯には別のアプローチが必要。

2.領土問題は戦争につながる難問

 中国は声高に、尖閣列島の領有を主張しており、この事に関する世界に対する日本の主張は全く聞こえてこない。竹島問題もそうだが、我が国の国土に関する歴史的証拠がそれほど危ういものなのだろうか。国民に説明する必要は無いのだろうか。中国も、台湾も、自国の領土に近いというだけで主張しており、その根拠は全く示していない。彼らは国際世論に主張している。中国の領土主張が全く根拠のないものでも、長い間にはそれが通用することを狙っている。民主党政府のいい訳は聞き飽きた。連中の危機管理能力の無さを見せつけられた事件だ。玉無しの日本は舐められている。南シナ海ではとにかく中国は横暴だ。ここを国際社会に周辺諸国と連携して中国を孤立化させる手が有るのだ。過去の経緯を振りかえって見よう。

1992年: 南沙諸島問題
    中国が「領海法」制定により南沙諸島、西沙諸島の領有を宣言。
1995年: ミスチーフ環礁事件
    歴史的にフィリピンが領有してきたミスチーフ環礁を、中国が占領。
1997年: スカーボロ環礁問題
    フィリピンが歴史的に領有してきたスカーボロ環礁に、中国が領有権を主張。
 同年: 尖閣諸島問題
    日本が固有の領土として主張してきた尖閣諸島の領有を主張。

 南シナ海に位置する南沙諸島は、中国だけでなく台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイの6カ国が、その全体、または一部の領有を主張している問題の地域

3.中国の内情暴け

 菅内閣の力量が問われるというのは、まさに、温家宝が仕掛けていることだ。日本の政界の乱れを見て、威力偵察しているようなもの。これに野党が乗ってばたばたすれば又連中のほくそえむところとなるだろう。領土問題は常に戦略的な行動なのだ。船長が本当にただの漁師なのかも調査するために時間がかかったのかもしれない。今、中国は上海万博後の国家的なターゲットを狙っている。激しい貧富の差、労働者の権利意識の高揚、賃上げなど、国内の不満は高まっており、これを逸らす標的が欲しい。また、人民解放軍に関しても、その存在意義や軍備拡張の口実が欲しいところに、日本のモタモタした対応が火をつけたのだ。中国の出方に関して良く分析するとともに、対中国政策に関する議論をきちんとした対応の仕方という論点で行なう事だ。

4.ミリタリーバランス

 中国の強気の背景は、近年急速に増強され海軍兵力のパワーバランスが日本に対して優位に立った認識による。日本は、これに対して更なる増強をすることができるかどうかだ。対潜能力の向上が鍵であろう。垂直離着陸戦闘機を搭載した空母を建造するということ。ヘリコプター空母DDH24を建造中だが、さらに増艦するかだ。中国は核搭載原潜を作り、しかも、以前のように簡単にスクリュー音が判別できないタイプである。米ソ対立時代の日本の対潜能力は世界一だったが、これはアメリカのバックがあってこそ。我が国の過去を清算したいと言う鳩山や小澤の主張がいかに茶番かだ。日本だけの力で日露戦争に勝ったと国民に思わせた当時の政治家や軍部に近い愚かさだ。日本が10年間停滞している間に情勢は変わった。日本が米海軍強襲揚陸艦エセックス クラスの船と、垂直離着陸型戦闘機を保有するならば中国の出方は一変する。
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5.歴史に学ぶ
 
 尖閣問題に関して、マスコミでは何故か漁船衝突事故となる。領海侵犯し、挑戦的な公務執行妨害までした悪質な船長に衝突事故とは全くのごまかし報道。かっての大本営と口裏合わせて昔ながらの転戦と紛う表現じゃないか。領土問題というのは戦争でもしなければ解決しないのか、世界史で話合って決まった事があれば教えて欲しい。ロシアと北欧で折半したという話は有るが。中ソ紛争や中越紛争然り。中国はこの手のトラブルには慣れている。今回の仙谷の政治判断は悪くない。オバマとの会見を待ったのか?なら、盧溝橋事件はどうだ。先に発砲したのは彼らだろう。当時は中国にいた日本人が虐殺されたりして軍隊も出た。でも、外国である中国を舐めきっていた。何で、あんなところに日本軍がいたのか。殴られたからといって他人の家までメチャクチャにする奴がいるかな?日中戦争と言う代価を払う価値があったのか。軍人も官僚の一つで国全体を判断する立場には無い。政府は軍部の行動に流されたのだ。もし、今度の船長解放が検察の独断専行だとしたら、またもや政府が機能していない同じ道。

6.国際世論に訴える

 今回の菅のだんまりに何とか仙谷の判断が効いたとすれば許容の範囲だ。これをマスコミは何も批判していないのが不思議だ。無責任男の渡辺がまた、調子に乗って外交の敗北だとわめいている。この手の反応が一番愚かなのだ。 中国は声高に、領有を主張しており、この事に関する世界に対する日本の主張は全く聞こえてこない。第一ラウンドは完敗。竹島問題もそうだが、我が国の国土に関する歴史的証拠がそれほど危ういものなのだろうか。国民に説明する必要は無いのだろうか。中国も、台湾も、自国の領土に近いというだけで主張しており、その根拠は全く示していない。彼らは国際世論に主張している。中国の領土主張が全く根のないものでも、長い間にはそれが通用することを狙っている。民主党政府のいい訳は聞き飽きた。連中の危機管理能力の無さを見せつけられた事件だ。玉無しの日本は舐められている。
国際世論は日本の外交敗北を笑うかもしれない。しかし、同時に、中国の横暴な主張や経済を人質にしたような粗暴な行動は、中国の先進国の一員としての地位を下げるものだ。東南アジア諸国や、先進民主国家は以前から中国共産党独裁国家としての危険性を用心している。日本への同情は期待できないが、このまま中国は振り上げた手を下ろさないと、つまらないことにこだわる程度の低い暴力国家と見なされ、失うものも大きいのだ。

7.日本のアジア戦略

 わが国には領土問題はないという姿勢はもう今となっては危うい論理だ。根拠はなくとも彼らはむしろ、領土問題に格上げしたい。領土侵犯に対しては海上保安庁に任せるということで終わりだろうか。日米安保の防衛圏という点をオバマと確認出来たことは成功だが。中国は南沙諸島でも横暴な海賊行為を働き、台湾も我が物顔な行動に出ようとしてきた。中国の膨張に加担する経済行動は止め、日本は東南アジア、インド、アフリカで中国と勝負することが正しい戦略だと思う。かってのように中国への侵攻が日本の軍事力を疲弊させて、太平洋戦に向かわざるを得なかった教訓による地勢的戦略が必要。アフリカなどでも中国の自己本位な、蟻ンコの大群のような連中が資源を食い散らかし、賄賂をバラまいて国作りを妨害している。国連等に出てくるアフリカ諸国政府の連中は利権しか興味の無い部族の代表に過ぎない。連中が犀角を欲しがるため哀れにも絶滅の危機に瀕した犀に象徴されている。南アフリカでは連中の中華食材の鮑が乱獲されて、これも消滅の危機である。中国に工業製品の輸出は軍事技術の転用や自国産業の空洞化を招く。要は連中とはほどほどに付き合えばよいのだ。むしろ台湾との関係を強化する方が国益に叶う。中国の飢えた金持ち豚どもには日本の美味米とかホタテの干物やフカヒレを高く売りつけてやればいい。商社が膨大な市場に目が眩んで製造業を道ずれに泥沼に足を取られない事が大事だ。かって大英帝国がナポレオンの大陸封鎖にめげず、世界に羽ばたいた歴史を思い出して欲しい。目の前の中華料理には毒饅頭が混じってる。今こそ歴史に学ぶ時。

8.我々の足もとを見よう

 国の為政者のやることは、国民の財産と生命の保全、その意味で中国政府のやったことは、当然のこと。だめなのは日本の政権担当者、管にしても前原にしても戦略、戦術がない、教科書通り。野党も似たり寄ったり。まあ、大企業してもしかり、あてがいぶちのグローバルスタンダードしかない。 日本は資源もない島国、やはり町人国家しかない、前垂れつけてしぶとくやるしかない、渋沢栄一の論語と算盤の精神だ。とりあえず現実的になることである。

 この際、民主の馬鹿とか言ったりしても、各政党、自民党ならこうするという提案がなければ、あのハトポッポ並みになる。今になって「俺なら出来る」はないだろう。一方、菅首相がみんなで議論して決めるとか言って、また、国民がむかついても仕方がない。どんな方法がよいのか、頭を寄せ合う時だ。

 自民党は与党であるために人を集めてきた集団。舛添とか体制側に立って権力を味わいたいだけの連中が多く、彼らも去っていく。谷垣が新しい野党の理念を打ち出していけるか?残った連中もただのステータスとして議員やってる二世連中や行きどころの無いどうにもならない奴ら。シャドウキャビネットの顔ぶれにがっくり。民主党に反対するだけしか能の無い政党。日本はイタリアみたいなどうにもならない国になった。イタリアなら美味いワインや遺跡で食えるが、産業の拡大と空洞化が進んだ国に新しい目標設定出来るリーダーが必要。河村たかしみたいな男、もう少し賢い人材がもっと必要。中国にこんなことを日本に対して繰り返すと、あの昔の軍閥みたいなグループが頭をもたげてくるという恐怖感を抱かせるよう説得するのも手だ。日本軍は中国軍には負けていない。八路にやられたというようなことはあったが、やはり致命的な敗北はアメリカとの戦いであって、日本軍は戦闘においては中国軍には負けた訳ではない。次に、中国は企みをもって仕掛けてくるに違いない。軍事的な方向になる危険性が高い。やがては魚釣島周辺は中国の潜水艦だらけになる。次は中国ヤクザが島に百人単位で上陸してくる。連中が自分たちで衝突事故引き起こしでもすれば、また日本のせいにするだろう。繰り返すが、彼らは上海万博後のイベントで国民の目をごまかすものを探していた。ウィグル騒動は、オリンピック。チベット問題 でも悪辣な評判だから、日本には分が有る筈。 日本は北方領土問題も抱えている。尖閣列島は竹島問題でもあり、北方領土問題でもあるのだ。ロシアもこの、今、この時に乗じてくる。 

9.危険な考え

 国際世論をいかに味方につけるかだ。政府の中にはアメリカ海兵隊に頼もうとか言いかねない輩もいるだろう。実はアメリカ軍は中国と対峙していることが今のアメリカ議会に認識させる絶好の機会で、オバマ政権から予算を取り返すチャンス。今回の処理は手遅れだろうか。日本は軍事的には動きにくい国だ。ここが知恵の絞りどころ。中国は領土問題ではトラブルメーカー。日本の政治空白につけ込むような手口は破綻する。今日本に出来る事は魚釣島の要塞化、憲法改正議論と空母の建造、弾道弾撃ミサイルの大量発注だが、こんなことは中国を取り巻く味方を失うだけだ。そんな筋書きを想定したくはない。標的を明確にしたい。人民解放軍内部の右翼連中か。あるいは極貧層に迎合している2.26事件の青年将校のような連中がいるのかも。中国の領土問題に関する戦略的意図を正確に読みながら、現実的な外交努力を積み上げて行くしか手は無い。台湾は利害関係があるが、やはり、仲間にするべきだ。アメリカや、これまでの南シナ海諸国、ベトナムなどとの関係を大事にし、味方にすることだ。これまで日本が地道に築いて来た方法に自信を持っていくしかない。妙なリーダー待望論も危険だ。ろくなことにはならない。

10.日本国民が知らない中国の顔

  最後に、中国事情に詳しい友人の話だが、今の中国は共産党と人民解放軍が一体であり、支配層である。その中の極めて右翼的なグループがが利権を狙っていることだという。江沢民あたりの動きを思い出してみるとよい。彼らも健在だ。温家宝という人物が江沢民の操り人形で大した人物ではないことを暴くべきだ。中国の軍というのは、歴史的に複雑で、共産党の軍隊といっても軍閥があり、これが戦前からの伝統を引き継いでおり、必ずしも国民とは一体ではない。日清戦争で壊滅したはずの北洋艦隊も今や健在だ。中国指導部は、彼らを惹き付けておくことに腐心している。中国の裏事情もよく情報を得ながら、管政権は対応しなければならない。こうした複雑な事情をマスコミはきちんと国民に伝えるべきであろう。前述のように,中国は上海万博後、元の切り上げ問題も含め、地価の下落、労働問題(賃上げや権利意識の向上)、貧富の格差拡大、軍の極右化といった大問題が待ち構えており、こうした国内問題を逸らそうとする共産党政権に利用されないことが大切である。





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 加賀氏の「不幸の国の幸福論」前編ともいえるものである。悪魔というのは極めて宗教的なことばだが、我々の心の中に生まれる、欲望とか、攻撃性、疑惑といった情念を総じて「悪魔」ということもできる。人は意識と無意識の間の、ふわふわとした心理状態にあるときに、犯罪を犯したり、自殺をしようとしたり、扇動されて一斉に同じ行動に走ってしまったりする。その実行への後押しをするのが、「自分ではない者の意志」のような力、すなわち「悪魔のささやき」である。我々の脳には、意志の力を越えた抗い難い弱さが有る。例えば、ギャンブル依存症などは、賭け事で味わった快感に支配され易い脳の機能的な力によるものである。

 加賀氏は精神医であり、統合失調症の患者が、頭の中で、実際声が聞こえてくる患者の話もあるが、我々日本人の心にある、気という形で社会を支配する力についても説明している。苛めにみられるように、全体の雰囲気に支配され易い我々。オウム事件、かつて、日本人が、狂気のように戦時体制に組み込まれて行った姿と、あっという間に民主主義を受け入れた過去の姿に悪魔のささやきを感じる。魔がさしたような多くの事件は一般の人との境界は低いということである。個の精神の潤養、生と死に関する問題から逃げない事、自分で考える習慣などが、悪魔のささやきから自らを守る道である。氏は東京拘置所の精神医官として、死刑囚や長期未決囚の精神症状を観察して来た。現在東京拘置所で最も有名な人物は麻原彰晃である。直接会ってみた氏の見解では、完全に精神に異常を来しているという。しかし、公的見解は異常なしである。彼は、現在公判に耐えられる状態ではないという。長期の拘禁状態によって独特の症状を呈する。
 
 現代人もコンクリートの建物の中に住み、高層住宅ではそうした管理された生活において類似の環境にある。何故、あれほど高学歴で、優秀といわれる若者が、オウムの荒唐無稽な宗教観や教団の仕組みに取り付かれたのかについて社会的背景と、オウム内部の犯罪的システムについて見解をのべている。戦後、若者は宗教や価値観によってものを考えることを避けるようになった。新興宗教はその感激を狙い、無菌状態にある若者の心を狙っている。教団の12層になる階級制度は、受験勉強に浸って来た、そのなかの勝者だった経験を持つ若者の心をとらえた。もう一つはイニシエーションと称して、洗脳の仕組みを作ったことで、なかにはLSDなどの麻薬や向精神薬を使用した違法行為によるものも含まれる。この教団が、何故、麻原の選挙戦敗北後凶暴化したかは謎だ。彼の精神を回復させる治療が待たれる。この事件は関係者を死刑で処分して闇に葬れば終わりになるというような事件ではない。喉もと過ぎて簡単に暑さを忘れる日本人であるが、ここにおいても悪魔が隙を伺っているのだ。

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NHK 文明の道 アイハヌム バクトリアのギリシャ遺跡

今、戦火に苦しむアフガニスタンだが、かつて、素晴しいギリシャ人の都市が繁栄した。そのきは円形劇場やギムナジウム(学校)神殿や王宮といった施設が作られていた。NHK文明の道ではCGで、この街を再現した。劇場、ギムナジウム(学校)、神殿、王宮等が見事に並んだ感動のシーンであった。この遺跡が、20年間の戦火で破壊されつつある。2000年以上前の都市は現在のアフガニスタンの街、カブールなどよりも文化的には優れているかのようにも見える程である。科学は発展したが、文明は後退した好例だ。
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 アレキサンダー大王は今のアフガニスタンから、さらにインドまで侵攻した。NHKが製作した「文明の道」はその足跡を巡っている。ペルシア帝国を征服したアレキサンダー大王は、次にインド遠征を目指す。アフガニスタンとパキスタンの境目であるカイバル峠を越え、パキスタンにはいり、更にインダス河を越えパンジャブ地方に進軍した。今でもカイバル峠付近にアレキサンダーの道が残っている。ここで、部下の拒否にあってやむなく引き返し前323年スーサに帰還した。アジアとギリシャの接点ではガンダーラ美術等仏教においてもギリシャ彫刻の影響が見られる。

 王の死後、後継者たちが継者戦争を起こすが、結局は、マケドニア(~前146年)、プトレマイオス朝エジプト(前305年~前30年)、セレウコス朝シリア(前312年~前64年)に分裂してしまう。いずれもローマ帝国(滅ぼしたときはローマ共和国)に滅ぼされた。アフガニスタンの北の国境を流れるオクサス川流域を古来バクトリアと呼んでいた。中国の僧、玄奘の「大唐西域記」にあるトカラ(都貨羅)国にあたり、イスラム以後トハリスタンと呼ばれた地方。  


1964年代に発見され、1965年からフランスが発掘にあたったこの遺跡は「月の貴婦人」=アイハヌムと呼ばれていた。紀元前3世紀ごろに栄えたギリシア・バクトリアの都の一つだと思われる。
アイハヌム遺跡はアムダリア川(ギリシア文献ではオクサス川)とコクチャ川の合流点、三角形の突角にある東西約2キロメートルにわたるギリシア的な都市遺跡であり、中央アジアで初めて発掘されたギリシア風都市です。仏像の形でギリシャの影響が強い事は知られていた。しかし、この遺跡の発掘によってヘレニズムがアジアの奥深くまで浸透したことが明らかになった。

 バクトリア王国は紀元前175年頃にヒンドゥークシュ山脈を越えてインド北西部のパンジャーブ地方に勢力を拡大するが、紀元前162年頃にはヒンドゥークシュ山脈以北(バクトリア地方)と以南(パンジャーブ地方)で別々の王家を立てるようになった。パンジャーブ側の王家で有名なのがメナンドロス王で、仏教に深い関心を示したことで知られている。仏典『ミリンダ王の問い』のミリンダがこの人である。バクトリア地方のギリシア人は紀元前145年頃に来襲してきた「スキタイ(サカ)」という遊牧民の「アシオイ」「パシアノイ」「トカロイ」「サカラウロイ」という4つの部族に滅ぼされた。パンジャーブのギリシア人たちはその後もしばらく生きながらえ、その地にギリシア文化を植え付けたが紀元前75年頃までに消滅した。
桜蘭や敦煌を築いた月氏が侵攻したこととの関係はまだ解明されていない。
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 剣道と居合い、両方練習している人は多い。剣居一体として、全日本剣道連盟でも居合いを学ぶことを推奨している。海外の剣道愛好者は剣道全体に関心を持って、両方を生真面目に学んでいる人が多い。自分は全剣連の制定居合いを10本まで形だけは憶えたが、最近はサボっている。意味が分かるまで練習を続けるという武道の基本ができていないのだ。居合いには多くの流派が現代に残っている。全国地域にわたり独特の居合流派が残っている。岩国には伯耆流、中津では福沢諭吉が取り組んだ立身流など。全剣連で定めた制定居合い12本。大森流、英信流を多数派とする。居合いや古流は流派がやたら多い。達人たちの自己主張の結果だろう。

 テレビ大河ドラマ龍馬伝で武市半平太の道場で居合いを皆が練習しているシーンがあった。時代劇の楽しみは時代考証をどこまで極めるかだ。居合いの形、袴などの結びの方法なども念入りに考証されている。土佐では長谷川流、長谷川英信流、無双直伝流、無雙神傳流等さまざまな流派名が名乗られ、藩校その他で指導されていた。幾つもの派があったと思われるが、明治以降残った二派が谷村派と下村派と呼ばれ、流派名は谷村派は無双直伝英信流を、下村派は無雙神傳英信流と称している。

 居合は基本的には抜き付け、切り込み、あるいは切り下げ、納刀、残心という動作から成り立っている。状況に応じて水平に払ったり、斜め、真上からの切り込み等縦横に斬りつけ、後からの敵にも突いたり、振り向き様に切ったり、ある種の想定をしながら工夫されている。とっさの事態に即応するという基本的な姿勢が居合いは鞘のうちが大切だという言葉になっている。剣道の正眼の構えからの切り込みや、上段と比較すると、構えという段階が無い分切り込む時間が早い。だから、敵と対峙した時も一瞬剣道より早い剣さばきとなる。示顕流の居合いなどは、下から切り上げるため、大きな距離を取れるので、相手の意表を突くことができる。一太刀で切るのではなく、二の太刀でとどめを刺す技が殆どである。最初の抜き付けで相手の目の上などを切り、戦意を失わせて、とどめの切り込みで制圧し残心をもって納刀する。坂本龍馬も京都で暗殺されたとき、横に額を払われ、二の太刀で頭上を切り下げられている。下手人は居合いの達人ということが分る。

 抜き打ちという相手の予想に反した動きで制圧する技だから、これを相手に読まれては勝負にならない。龍馬伝で皆が一緒に居合いを稽古していたが、ここは合点が行かない。居合いの稽古というのは他人が見ていないところでひっそりと行なわれたと聞く。昭和の剣聖、中山博道は四国に行き、風前の灯火となった英信流の谷村派と下村派を学んで、自ら夢想神伝流を開いた。細川義昌に長谷川英信流下村派を、森本免久身に長谷川英信流谷村派(註:江戸時代に谷村派、下村派という名称は無く大江の系統が後にそう称した)を学んだ。彼は、朝の4時に起き、師の居合いを吸収した。中山博道は芸術のような居合いを天覧試合において披露している。彼の居合いの稽古も、だれも見ていないところで一人毎朝行なったそうである。一日千本抜いていたというから凄い。

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 故中倉清範士九段の記念祭が行なわれた。1時30分から、国立の一橋大学での稽古会には中央大学、防衛医科大学、一橋大学、旧蕾会で先生にご指導頂いた多くの剣士が集まり、稽古会が行なわれた。鹿児島からは児嶋範士、有満範士八段も参加された。当日は34度の暑い日で、1時間の稽古では途中で休憩と水分の補給を用意しなければならなかったが、参加者の稽古は熱を帯びたものであった。夕方、如水会館での祝賀会では100名を越える剣士が集まった。没後10年経ってこれだけの会が出来る剣士はいないのではないだろうか。剣道界は過去には冷たい世界だから。

 中倉先生は昭和武蔵と言われ、戦前は皇宮警察で剣道の指導にあたられ、戦後も東西対抗大会の鬼と言われた。第三回大会の9人勝ち抜きなど、100連勝を越え、双葉山と並び称された。中倉先生は中山博道の弟子として有信館に住み込み、中島五郎蔵、羽賀准一と並び有信館三羽烏といわれた。現在の全日本剣道連盟の主導する昇段審査基準の剣道とは異なり、左右横面、突き、左足前の踏み込み、上段等多彩な技を繰り出す剣道で、まさに真剣勝負にも直結する激しい剣道であった。戦後、農地改革のため、故郷の農地が没収されることを避ける為に、鹿児島に戻られ、鹿児島の剣道発展につくされた。有満先生はその中でも一番弟子であられた。

 戦前は皇宮警察と東京商科大学(一橋)の師範として指導にあたられた。中倉先生に、戦前先生が相手として一番手強かったのはどなたかと聞いたところ、森寅雄だと言われた。森寅雄はアメリカに渡り、日系人の剣道指導に当られ、フェンシングでもトップ選手になり、東京オリンピックではアメリカチーム監督として来日された方だ。講談社の野間清治の甥にあたる方だ。中倉先生は戦前の剣道を伝える貴重な存在でもあった。

 昭和41年に関東管区警察学校師範として東京に戻られ、昭和46年に一橋大学の師範に再度就任され、再び東京で活躍された。当時は東京教育大学を頂点とする教育界と警視庁が東京の剣道を二分していたが、そこに、頂点としてサラブレッドの追い上げのように中倉先生が復帰されたことは全く剣道界を揺るがす事件であったろうと思われる。自分は当時大学三年生であったが、関東管区警察学校に伺い、中倉先生にはじめて稽古をお願いした時の驚きはとにかく今までの剣道観を覆された思いがあった。とにかく触れない。いくらせめても、体を少し後に引くと面金に触る程度で、ほとんど体に竹刀が触れることも出来なかった。元立ちは連続して稽古を付けるし、相手を選べないから打たせることで息を抜くことが出来る。それが全く無い。先生は10年前に89歳で亡くなられた。先生87歳の時にも稽古をお願いした。自分は六段取ったばかりで元気で構えなどにも多少は自信があったが、またしてもガタガタに崩されてしまった。ヤケになって突いて出たらひらりと体をかわされて横面をがつんと食らった。

 最初は攻めさせてくれたが、後半はとにかく一方的に打たれっぱなし。最後は、面とか胴を先に宣言されて打たれてしまう。ハイ面と言われてボコン、ハイ小手と先に声を出すと小手、しまいにこちらはヘトヘトになってそのまま突きをスーと喉元に付けられた。これは一体何事かと、ショックは大きかった。でも不思議なことに別の相手と稽古すると面白いように打てるようになっている。先生は体で教えてくれる希有な先生だった。だから、先生が鹿児島におられた時は国体優勝、多くの一流選手を指導し、全日本や警察剣道大会での優勝に導いた。とにかく、一級の選手が必死でかかって行く先生はそうはいない。中央大学の師範になられると、個人戦、団体戦でも優勝するようになる。国士舘大学が頂点だった時代、これを崩せるところは他に無かった。

 先生は世界選手権大会を推進し、よくヨーロッパやアメリカ、いや世界中に行って稽古された。
中倉先生は哲学的なことや、やたら中心を攻めろとか抽象的なこと一切言わなかった。とにかく、どのように体を捌けば打てるか、打たれないか。横面は、野球のボールを投げるように体をひねって竹刀を飛ばすように打つ。手元と喉元を剣先で抑えて攻める。とにかく前に出る。地稽古でボコボコにされ、悔しい思いとヘトヘトにさせてくれた。先生の稽古を待つ間、昔、小学校で予防注射を待つときのようにドキドキして足元が震えた。試合は勝つこと。単純明快だった。だから、海外では人気があり、外国人の理解しやすい剣道だった。しかし、先生の容赦ない打突は京都大会では無慈悲な印象もあっただろう。著名な先生がいとも簡単に打たれては立場が無い。批判もあった。しかし、面は芸術のようなきれいな弧を描いて打ち込まれた。何で、あんなにゆっくり打って来るのに避けられないのか。吸い付いてくる面と突き。数分でこちらは疲れて足が動かなくなる。

 先生のような剣士はもう生まれないだろう。戦時体制という武道が頂点を築いた時代の生んだスーパーアスリートなのだ。野球でいえば羽賀準一がイチロー。先生は松井秀喜かそれ以上だ。当時は野球もオリンピックもそれほど優れた身体能力のある人はいなかった。シロオトでもメダルが取れた時代だった。おそらく、身体能力の優れた人は剣道と柔道、相撲に集中していたのではないだろうか。双葉山とか、柔道の木村とか、剣道の持田盛二といった巨人がこれら武道の世界に生まれたのは偶然ではない。先生はこの時代に怪物のように登場してこられた。


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 砂漠の洪水

 40年前、大学の地学の授業で、講師が砂漠で溺死しそうになったという話を聞いて、へえ、そんなことがあるんかなあと思ったが、面白かったので今だに覚えていた。その先生、タクラマカン砂漠に地質調査に行ったときの話で、自分の話に陶酔するかのような口調で、びっくりした体験を話していた。ほとんど雨が降らないところなのに、急に雨が降って来た。それだけでも驚きなのに、周りからどんどん水が流れ込んで来て、平らなところ、高台は遠く、逃げ場が無い。逃げる方向も場所も分からない。そのうちに水嵩が増して来て、はじめは歩ける程の深さだったが、やがて、増水が激しさに、呆然としてしまった。命からがら何とか、最後は溺れそうになりながら水深の浅いところに辿り着いた。砂漠というのはとんでもない怖いところだと思ったそうだ。確か、子供の頃、ディズニーの記録映画を見てこのことは知らない訳ではなかった。「砂漠は生きている」という名作、そこでも砂漠が大洪水になり、ナイアガラのような滝まで出来ていた。水は茶色の泥水だった。

 ところが、昨年11月、サウジアラビアの第二の都市ジェッダで洪水があって120人以上の死者が出た。年間降水量が7日しかない都市で6時間で72㎜という集中豪雨だった。砂漠では、普段はカラカラに地面が乾いており、いざ豪雨になると水を吸い込めない。そこで、水はあっという間に低いところに流れ込み、危険なことになる。当時、メッカの巡礼の季節で、洪水の恐ろしさを知らない外国人が多く死者の中にいた。自動車も1400台が破損したという。実は、砂漠では、水を失った旅人が渇きで亡くなることよりも水死するケースの方が多いそうだ。サウジでは毎年こうした大きなものこそ少ないが、毎年砂漠で水死する人が数名はいるんだそうだ。集中豪雨はたまにあるらしく、ワジという水の無い川の後が昔の洪水の後を物語っている。

 旧約聖書のノアの方舟と洪水物語も考古学的に関連づけた説がある。チグリス・ユーフラテス川流域で本当にあった大洪水による猛烈な土砂の堆積の痕跡と都市の埋没が発掘調査で分っている。ウルとウルクあたりの出来事だが、これは、さらに、普通の洪水ではなく、インド洋に落ちた大隕石による津波で、この波はトルコのアララト山まで押し寄せたこともあり得ることで、神話的な物語の根拠は科学的にも説明されるのだそうだ。まあ、これも説ということだが、自然というのは全く予測不能なことがある。

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  昨日、加賀乙彦氏の講演を聴いた。「老と幸福」という演題でお話されたが、肩の凝らない語り口で、敦煌旅行で砂漠の会という旅行会を編成して行った時のこと、フランスで巡礼者用ホテルで1ヶ月20万円のお値打ち旅行を企画して、自由な生活を満喫する方法をご披露頂いた。年を取ると、男性は特に孤独になりやすい。女性は仲間作りが上手で、おしゃべりを楽しむ術を心得ている。孤独にならないことが免疫力や生きる力を与えてくれる。このことが、平均寿命の差になる。自分が何か社会の中で役に立っているということが幸福感をもたらすという加賀氏の体験から、60歳過ぎてからの生き方に示唆に富んだ話であった。ハンディキャップを背負った若者が、ハンセン氏病患者のお世話に情熱を燃やす中で生き甲斐を見出したことなども事例として話された。「不幸な国の幸福論」を読んで彼の論旨は分っていたので、目新しい感じは無かったが、悠々とした語り方に好感を覚えた。

 彼は死刑制度反対論者でも有名だ。特に、死刑制度の実態を描いた「死刑囚の記録」小説「宣告」などで制度に対する考え方は伝わってくる。拘置所の医官をしていた加賀氏は死刑囚の精神病を調べ、研究された方である。勿論その囚人の過去の罪は重い。かつて、死刑はヨーロッパでは公開され、斬首、車裂き刑、磔など残虐な方法がとられたし、死体も曝されたり、死刑囚の人権は無視され、見せ物にもなっていた。残酷な印象のギロチンはむしろ当時としては苦痛を最小にする工夫と言われた。これをルイ16世は人道上の理由から導入したが、自分がこれにかかる皮肉もあった。

 しかし、残酷な刑に犯罪の抑止効果がないことは通説である。死刑囚の人件も尊重されるようになった。ヨーロッパでは死刑は廃止され、イスラエル、アジアでも中国、北朝鮮、日本、マレーシア以外では行なわれていない。アメリカでは死刑制度を廃止した州も多い。何故80%の日本人が死刑を容認するアンケート調査結果が出るのか。それは死刑の実態を情報公開していないことから来る。先般の千葉法務大臣の指示による公開は、処刑場の無機質な感じが伝わってくるに過ぎない。しかし、処刑場を公開しただけで、その実態を必ずしも説明していない。むしろ、人道的な扱いをしていることをPRするかのような報道であった。処刑されるまでの拘禁の実態、判決から処刑までの期間の長さなどは日本の場合むしろ異常である。アメリカでは死刑は関係者に公開されるが、日本では闇に葬られるのである。日本人は社会の制度としての効果や意味に対する感度が低い。感覚的なものの見方が多く,あまり考えようとしない。

 国民感覚というものが実にあやふやなのである。加賀氏の意見では死刑が多かった江戸時代からの伝統的意識、応報感覚などが多くの支持を得ている原因である。実態として、判決後、長期にわたる拘禁状態が2年以上続き、死の恐怖は毎日だ。死刑囚の独房は狭く、無機質である。そうした中で精神の異変を起こす死刑囚が多い。刑を執行する意味が何か、受刑者も執行者も分からない状態になる。それなら、一定期間以上執行されない囚人は終身刑によって生涯被害者の為に刑務所で過ごし、罪を償い、労働奉仕することの方が社会的には意義が有るのではないかと思う。死者は還ってこない。被害者遺族の気持ちは理解しなければならないが、加害者を死刑にすることで、被害者の遺族は満足するのだろうか。さらに被害者の家族の苦しみはかえって複雑なものになるのではないか。現状のままであるならば死刑を廃止するメリットの方が大きいということが加賀氏の見解だと思う。

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 今回の多剤耐性菌アシネトバクターは帝京大学付属病院で多くの死者を出した。発見されてから半年、その情報は放置された。この病原菌は新しいタイプであり、帝京大学として報告義務を感じていなかったのだろうか。とにかく、医療人としての問題意識の低さには驚く。今日、多くの医療関係者はこの感染症の多様化に強い関心を持っているからだ。

 20世紀はその半ばでペニシンンが開発され、さらには不治の病と言われた結核に対するストレプトマイシンは医療の新しいパワーを与えた。細菌との戦いは人類が勝利したかのように見えた。長い間人類を悩ませたライ病、ポリオ、ペストなども制圧されつつあある。恐しい天然痘はすでに自然界には存在しない。ポリオの感染は今でもあるのだが、これはワクチンの菌から感染に至ったものである。
 ところが、世紀末から21世紀に入って、多剤耐性菌という新たな問題が発生してきた。MRSA黄色ブドウ球菌、緑膿菌、結核菌など、抗生物質に耐性を持つ株が生まれはじめたのだ。MRSAはバンコマイシンで退治できるが、これも新たな耐性を獲得する可能性がある。ツーリズムの拡大によって、海外から感染者が日本に持ち込むケースは、先般のスーパー耐性菌をはじめ、予断を許さない。NDMといったスーパ耐性菌は健康な人にも感染する。鳥インフルエンザ、SARS、新型インフルエンザなど、21世紀に入って毎年のように脅威にさらされている。日本人は喉元過ぎて、すぐに暑さを忘れてしまう無防備な国民だ。日本は満州の731部隊の人体実験などで、世界1の細菌戦研究のデータを持っていた。しかし,戦後これらは全てアメリカとソビエトに持ち去られ、この種の研究は日本では犯罪的となっていた。アメリカはかつてフレンチインデアン戦争で、天然痘菌のついた毛布を的のインデアンに贈って天然痘を感染させ、細菌戦を実際に行なった最初の国だ。アメリカは最近せん対策に毎年20億ドル以上使っている。

 もう一つの問題はテロや戦争である。細菌が兵器として使われる危険性が増してきたのだ。オウム真理教の事件以来、先進国はこの課題に取り組んでいる。ところが、震源地の日本は全くと言っていい程対策が出来ていないのだそうだ。特に、天然痘は種痘を止めているため、無防備だ。WHOで保管されていた株が一部流出しているという疑惑が有るのだ。かつて人類に多くの災禍をもたらせた天然痘は自然界では絶滅した。WHOで最後の株を廃棄すべきか、研究用に保管すべきかの議論があった。論争の末、1基だけ保管されたものの一部が盗まれているという噂だ。これが万一増殖され、テロに使われたら何千万人もの人が亡くなるだろう。

 天然痘の致死率は4割を越える。罹ってしまえば、対症療法しかない。そうした中で、助かる人もいるというのが不思議だ。これは人間が本来持っている治癒能力だ。血液中の白血球、リンパ球、好中球等の働きだ。こうした、人間が本来持っている治癒力をいかに強化することが出来るかは、癌に対する戦いにも通じるのだ。
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