<   2010年 06月 ( 6 )   > この月の画像一覧

 日本のマスコミは権力に迎合してきた。命の危険を賭した報道なんぞ無い。情報は欲しいから検察にいいようにやられる。昨日の沖縄戦慰霊祭報道も又、毎年のように生き残り証言か続いて、いかに悲惨だったかの繰り返し、戦争がまるで台風のような自然災害。激戦地の中で、ソ連兵士に報復されたドイツのように住民の虐殺や強姦は少なく、むしろ日本軍が恐怖の対象だった。誰が何のため何をしたかが見えない。例えば何故飢餓による死者が少なかったかを説明する報道は見たことが無い。何も米軍が慈悲深かったというわけでも無い。沖縄戦は米軍が読谷や那覇で激戦を続けた反面、本部以北、ヤンバル地域などでは殆ど戦闘が無かったからだ。日本軍は主戦場の市街地と 南部に壕を築いて、住民を故意に巻き込みながら摩分仁に追い詰められた。20万人という犠牲者はそうした軍の作戦から生まれた悲劇。最初から沖縄は本土決戦?終戦までの時間稼ぎで捨て石。あまりの悲惨さに、有り余る米軍物資を後の占領政策のため収容者に分けても痛くも痒くも無い圧倒的な力の差。戦後は復帰まで基地経済が続いた。米軍に依存せざるを得なかった人たちが、基地の周りにおこぼれを当てに住みついて基地周辺は住宅地に。というより土地は基地ばかりで山は不発弾がゴロゴロだから住むところも無い。その後日本政府が海洋博やサミット、港湾整備など公共事業など繰り返したが経済はどん底。FTZも虚しい。何もこれは沖縄だけじゃ無い。実は米軍に去られたら一番困るのは沖縄と更には日本だから事は複雑。沖縄は遠く、報道には金がかかる。最近のニュース番組はタレント出演料に予算が取られ、企画に力が入らない。実はニュース番組は金のかかる分野になっている。視聴率重視で広告収入当て込んだ民放は真面目な討論など避けて、その分ドモホルンリンクルの広告で何とか息をつなぐ。自社アナウンサーをタレント化して、お笑い芸人のようなミヤネが珍重される。これまた国民のレベルを反映したダジャレや受け狙いの発言、映像が繰り返される。救いようの無い日本のマスコミ。
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 賭博に関わった関取の行為は糾弾されて当然だが、名古屋場所中止は間違い。NHKを中心に相撲を国技と言って権威あるものにしようとしたゲスな狙いが馬鹿だった。歌舞伎とか相撲を他の興行より一段高い階級を作ったのがからいかん。NHKは放送中止すればいい。民放がサッカーみたいに深夜放送してくれて十分。永谷園程の決断も出来ないマスコミの経営者も然りだ。情けない。他の真面目に稽古している関取が気の毒とか、賭博やってた連中だって真面目に稽古はしてた筈。この3年間毎年の不祥事、剣道と柔道を国技にするなら分かるが。相撲なんぞ昔っから極道と一体だしモンゴルやロシアにしか活路の無い相撲協会は公益法人も没収してしまえ。いや、一般財団かな?それなら国技はなおさら変。どうせその時は相撲も賭博の一つで取り締まりの対象になるだろう。

●「野球賭博とサッカー・競馬競輪賭博の違いは胴元が反社(ヤクザ) と合社会(国)の違い。動物感覚が最も必要な相撲取りにこの違い を分かれというのは無理」」
⇒仲間同士の軽口で「胴元の本質的な違いはない!」と陰で笑うならそれでもいい。
しかし、社会防衛的観点からは「その違い」は刑事犯罪の要件(法律 違反!)を構成するか否かの重要なポイントとなる。 司法警察がその 疑念で動くのは当然。影響度から考えて社会の関心もそこにある。「いい大人=成人」でも「その違いを理解していなかった」場合は「お咎め無し」ということ?まるで、 「知らなかったから」といって「重大脱税事案立件」を免れたどこかの首相のようだ。同種の 「知的障害」か?「動物感覚」という職業柄の特殊技能の必要性が「違法性阻却事 由」になるって? 普通の同年代の社会人より収入があり、「社会的な影響力」もある人 間が、「反社会的勢力」への大量の資金源(カモ)になっているかも知れないのに、「(マスコミは)積極的援護は無理にしても多少でも庇う発言が皆無」と批判するわけ? 「分かってるだろ?」、マスコミは状況をもっと察してやれよ!か。
●「多少おかしいと思っても雰囲気に逆らえなかったのかもしれない」
●「素朴でうぶな相撲の世界」
⇒おいおい、相手は20歳を大分過ぎた「法的に大人=成人」だぜ。成人が「自分がやらかしたこと、自分の判断」の結果責任を取るのは当然だろう。しかも、今洩れてきている段階でも「賭博常習」という歴とした「刑事犯 罪」で挙げられるものも出る公算が強いのに。 ましてや、「反社会的勢力」との関係がどうあるべきか、法的問題以前 に社会常識として 「責任ある成人社会人」は知っているはずだろ。しか も、「公益団体」として「民族文化的価値」に対する特例措置(税制優遇)を与えられてる組織の構成員がだぜ・・・。
警察のこれからのスタンスと展開次第(解明の深度)では、日本相撲協会の「組織的管理義務違反」について何らかの「コンプライアンス上の解 釈」まで行われる可能性もある。「永谷園」の今回の動き(名古屋場所懸賞金やめ)の裏に、「社会の視線」の圧力があるはずだが、「知恵の足りない可哀想なスモー取りの立場も考えない『大衆迎合』」なのかね。文部科学省も「監督行政官庁」の観点から(司法の立場や、社会的 批判とは別の立場から)「ガバナンス」、「経営手法」、「指導部人事」や「組織内継続教育」について、何らかの指導をするのも当然の立場だと思うが。
これからでもしなけりゃ、そっちが社会的に問題だろう。今回は「賭博罪」だが、この組織はこれまで構成員がリンチ殺人から薬物事犯まで犯す累 犯組織で、文科省は指導の実効性も検証せずに放置していたんだから。
それでも「スモー取りは社会的(知的)判断において法の前に半人前と認識すべき」と敢えて庇護する(日本的優しさ?)んじゃ却って「いい大人のスモー取り」に「失礼」なんじゃないか?
>公益法人でその中で興行にリンチ、麻薬に賭博と暴力団体そのものの活動実態である事をマスコミは強く言わず、国技としてとか、名古屋場所開催がどうなるかという報道ばかり。日本人は忘れっぽく飽き易い。政治もそうだが、じっと国民の動きを見ている。隙あらば元の黙阿弥狙い。この勢力は何か?横綱が暴力事件起こしたのは5ヵ月前。企業なら倒産、団体なら解散の憂き目も不思議じゃない。砂かぶりの特等席は名古屋場所では暴力団の親分席、福岡はもっと凄い筈。協会内部の個人制裁では済まない。国民の人気競技だし皇室もファンという事で大目に見て来た事が累積してる。その皇室も精神病に悩み、何か国の根幹が病んでいる。国技館という財産がある財産法人かな?公益法人財団なら、ごっつぁんもだめ。相撲取りはあのお祝儀申告してんのかな?相撲取パーティーに呼ぶと、一人50万円、横綱100万円だろう。リンチで殺された相撲取りの家族は相撲を神格化したNHKの犠牲者、実態知らずに国技の正しい稽古を期待してボンボンの息子をタコ部屋に入れちゃった!あのブクブクに膨れ上がった体型が何で日本人の代表かね?ちょんまげなんぞ誰もしていない。だから、あれは昔っから極道が夜店の奇形を見せ物にしてたのと同じだし、あの過酷な稽古も、相撲部屋もヤクザの組と同じシステムなんだろう?裸だから薬やって不健康な関取は人気がなくなる。相撲の解説もあの大麻山は最近スピードに変化でしょうか。勝てませんね〜とか言ったり、子供に配慮も必要。国技を返上してしまえば、毎年、ばくちやヤクザも結構、喧嘩して大事な横綱首にする必要も無い。自由な相撲、無政府の楽園にテキ屋の経営する枡席で変な焼き鳥食ったり、座布団飛ばしてハチャメチャやろう。相撲も景品付けてビンゴやって両国の駅の売店で金に変えてもらえれば盛り上がって楽しい。間違えているのは国とNHKだ。
 名古屋場所番付、前頭11枚目以上32人。外国人(未だ自己申告なし)14名、日本人(未だ自己申告なし)12名、上申書で申告済み(日本人)6名。野球賭博とサッカー・競馬競輪賭博の違いは胴元が反社(ヤクザ)と合社会(国)の違い。動物感覚が最も必要な相撲取りにこの違いを分かれというのは無理。まして興行先で祝儀をもらい酒席にでることが日常的な彼らはタニマチと区別つかないお兄さんに誘われ競馬・麻雀気分で疑いもなく誘いに乗ったんだろう。多少おかしいと思っても雰囲気に逆らえなかったのかもしれない。こうした事情は新聞もテレビも分かっているのに積極的援護は無理にしても多少でも庇う発言が皆無。
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 今回の「はやぶさ」の意味するものは「有人探査」---「人間の生存空間確保(弱い人間が足を引っ張る!)」という凡そ技術的意味の無い運行資源の無駄遣いの意味が根底から再度問われること(「自動のレベル」が革命的に変わった!)。自律航行・自律接合能力は膨大な運用データ通信・応答を不要にする。コマンドの結論授受だけでよく、観測機は観測データの一方的送信に専念できる(いざ事故となりゃ別だろうが…)。これでより遠い所へ(無人で)行く可能性が開けた。イオン・エンジンの運用可能性の実証により、携行リソースをより有効利用し探査領域の飛躍的拡大が可能になる。冗長性(マルチタスク?)のメリットの再評価とフェイル・セーフ/危機管理の重要性の再認識。
 自論としては宇宙に人間を送り込むのは止めてもらいたいと思う。今回は理想的。虚弱な生物体、人間は月に生活することですら不要です。真空とか空気がない空間に暮らすことは生命維持にも問題多く、とにかく金がかかりすぎて人類の無駄使いの一つ。そのために要した地球資源の浪費に対する見返りは殆ど無いだろう。メキシコ湾の油田漏失も止められないくせに、何が火星でしょうか。宇宙開発は優秀なロボットが主役であるべし。有人探査は単なる国威発揚のためにすぎない。宇宙飛行士に何年も牢獄生活に近い監禁状態を強い、仮に火星に到達しても宇宙服から外を間接的に見るだけ。これは人権侵害でもある。これらの作業は全てロボットで代替可能。このロボット開発により得るものは多い。地雷や爆弾の除去、犯罪の監視、深海探査、地震の人命救助、狭小な場所への侵入、医療や介護、無人自爆弾や爆撃機などな応用可能。 アシモ君の二分の1のモデルが宇宙から戦場を制覇する時代が来るかも?イオンジェットという斬新なテクノロジーが日本的で素晴しい。
 このはやぶさプロジェクトは、計画策定当初から欧米の学者・技術者もビックリの「創造的(眉唾モノ?)技術チャレンジ」がてんこ盛りだった。機体も運行も。工学系主体の計画で、目的地イトカワをターゲットに選んだのもかなり「行き当たりばったり」(惑星物理学・天文学的事情より技術上の要請)の事情あり。 はっきり、いえば近くのどの小惑星でもよかった。(今になって、その軌道特性面からイトカワを選択した意義が云々され始めたwwww。)
  しかし、逆に「工学試験機」ゆえにピンチ(トラブル)に強いメーカー系の工学系スタッフが「(当初)計画書」を無視して大量投入されたり、採算度外視のメーカ-の協力体制やら、若い研究者・技術者への思い切った権限委譲が今回の成功の背景にある。目的が明確な日本らしいコンパクトなプロジェクトだったし、「正式探査計画」だったら出来ない(こんなコントラクト無視「官民癒着」はNASAにも出来ない!)柔軟性を発揮した。たとえば、イオン・エンジン担当の「はやぶさ計画」へのNECのコミットメントは半端ではない(↓)。お陰でNECは最近、この商売繁盛の見込みが現実になった。いつの間にか時代が追いつき「そういう時代」になってた。当のNECもビックリhttp://www.nec.co.jp/ad/hayabusa/
  当事者のJAXAだけでなく、関連する学術界、メーカーの人材たちの「計画運用経験」とチーム・スピリットという「人材と無形の財産」を残せたことが「はやぶさ」の最大の功績なのに「試験機」は大成功だが、肝心・本番の「後継機」は事業仕分けされ予算がない、じゃこの大成功の意味がない。この「試験機の成果」の大きさで、今までの米国技術の延長線上ではない「深惑星探査時代」が、思いもかけず本当に世界中で始まってしまったのだ。これが事業仕分けで次の探査機が危うかったとは、全く、シロオト馬鹿加減にはまいる。
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 本書は03年ピューリッツァー賞を授賞した上下2巻からなる終戦直後の日本の状況を描き出した秀作である。天皇制軍事国家であった日本が、8月15日を機に一気に民主主義国家に変貌して行く姿をアメリカ側の資料も駆使し、さらには当時の日本文化、太宰治や坂口安吾などの小説家も含めカストリ文化とも言われる世相を病出している。猥雑な焼け跡闇市の世相を日本人に思い起こさせる作品。米国のイラク侵攻後のイラクの民主化が、不成功であり、イラク侵攻の意義が否定されている今日、この本の意味は何処にあるのだろうか。アメリカは日本の占領を成功ととらえ、これを参考として軍事占領が民主主義や社会の安定をもたらすと考えた。ダワーの「敗北を抱きしめては」2001年に書かれたが、まさにその米国の侵攻後のアメリカ国民に、占領の成功がどのようになされたかを示し、民主党の考えについては警鐘を鳴らす目的があったのだろう。この本はアメリカ人が日本占領が、日本人にどのような変化をもたらしたかを、驚きとともに、民衆の視点を詳細に記録している。この見方は、驚く程、自分の戦後記憶と合致している。恐らく、朝日新聞が、戦後の報道姿勢が、アメリカ軍政を代弁する傾向があり、自分も、子供の頃から家の新聞を読んでいたせいだと思う。第1部は1945年から1947年に日本社会が戦前の軍国体制から大転換し、民主主義と言論の自由、マッカーサーによる制度改革のまっただ中にあった日本の姿を説明している。著者にとっては米軍側の資料が容易に手に入るから、様々なエピソードが日本人には気がつかなかった視点から掘り起こされている。半藤一利の昭和史にも書かれていたが、米兵の日本人女性に対する危害を防ぐために、大森に米兵相手の売春宿を急遽作り、3000人程の女性が集められたが、このために、梅毒や淋病が蔓延し、彼女の8割が性病感染者になった。そこで、米軍はペニシリンを日本に大量に送った。そのために日本のペニシリン供給量は戦後の困窮にも関わらず欧州等に比べて普及が早かったといったことである。何故か、アメリカ人ときたらセックスマシーンのような連中と勘違いしていたのは、戦争指導者たちだった。成功したのは疑似恋愛付きのパンパンだ。実は、自分達がそうなのだ。昔の一般日本人男性は女性をセックスの対象としてしか見ていなかった。彼らは少し金が出来ると妾を持った。庶民もそうだったし、軍隊では略奪暴行は、特に、中国で日常茶飯事だった。彼らは自らを鏡に写して恐怖した。皇軍の実態はあまりにも美化され、実態とかけ離れたものだ。その目論見は必ずしも的を得なかった。半年で大森は閉鎖された。失敗ということだ。かつて日本が開国の時にも同じことがあった。唐人お吉といわれた下田のハリスにあてがわれた女性は実はアメリカ領事館では女中に過ぎなかった。ハリスは厳格なクエーカー教徒であり、まるで石部賢吉、鼻の低いモンキーのような女性には興味が無かった。その当時の幕府の役人並みの知性の持ち主が当時の日本のエリートだった。勿論論語は読んでいただろうが、アメリカ人に関する知識はジョン万次郎以下。
 ダワーは日本のエリート、GHQ、民衆の各層にわたる終戦時の行動を描いている。アメリカ人らしい民主主義観や政治論を批判されるかも知れない。偉そうな日本の進歩的文化人の民主主議論や戦後社会の解説はこれを越える内容ではないと思わせる。これほど、米国人からヒューマンな目で、日本人が穢れのように隠していたことがあからさまになることに不快感を持つ向きもあろう。学問的な背景もしっかりしている著者が、焼け跡にもがく日本人の姿を描いた作品は歴史書としても、また、ノンフィクションとしても希有な内容である。ジョン・ダワー (John W. Dower,1938年-) は、米国のリベラル派の歴史学者である。専攻は、日本近代史。妻は日本人。
彼はロードアイランド州生まれ。アマースト大学卒業、ハーヴァード大学で博士号取得。
アマースト大学時代はアメリカ文学を専攻していたが、1958年に来日し金沢市滞在を契機に日本文学に関心を移し、ハーヴァード大学大学院に進学後、森鴎外の研究で修士号を取得。その後、アメリカ空軍勤務や、金沢女子短期大学の英語講師、出版社編集助手を務めた。帰国後、博士課程では日米関係を専攻し、後に刊行される『吉田茂とその時代』の前半部分に相当する戦前の吉田茂の研究で博士号を取得した。現在、マサチューセッツ工科大学教授。彼の卒業したアマースト大学はアメリカのリベラルアーツ部門では常に一位のランキングの学校で、これ程の学校が日本人には知られていないいことが不思議だ。
 8月15日の民衆の反応を日本人以上に活写している。新聞や日本のメディアは紋切り型のその日の状況しか何故か伝えない。人夫々の8月15日がある。自分がある老婦人から聞いた8月15日の様子を記そう。Yさんはかつて市ヶ谷大本営の職員であった。8月16日に市ヶ谷の駅から職場に向かう途中、外堀から今の防衛庁に向かう橋の上に、一人の老女が立っていた。頭の髪はボサボサで、何やら大きな声でわめいている。大本営に向かって叫んでいたのは、自分の息子のことであった。そして、彼女には3人の男子がいたことが分った。そして、大声で、私の子供を返せーと叫び続けていた。彼女の3人の息子全員が戦死したのだ。Yさんはその悲痛な声を背中に、終戦直後、事務の後始末に大本営に向かって歩いて行ったが、その声が市ヶ谷の駅に立つと頭の奥に響いては離れなかったそうだ。民衆の声を当時のエリートも、マスコミも何処前真摯に受け止めていたのだろうか。焼け跡、闇市、猥雑な日本文化の渦の中で、そうした声は小さくなって行った。靖国神社が悲しみの老婦人代表していると考えることは到底出来ない。この本では確かに、アジアの視点や朝鮮半島における米国の冷酷な政策について触れていないことを批判する向きもあるが、そうした批判者のある種の「悪意」こそ問題である。

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内需拡大って民間活力と市場の活性、消費力のことじゃないの?
政府の役割と、民間の役割を整理せずに、官が民のマネしたり、民が官みたいな発想したことから失敗がつづいたような気がするが。財源がどうのこうのって、今や野党になった自民党のいうことで、自分は何も出来なかったくせに政策にケチ付ける手段だね。でも政権握ったら、それじゃ住まない。責任があるから財務省と考えてください。だから、菅総理は消費税増税論者。既に内需拡大の合唱のもと、90年代に公共投資でバラまいて、何もならなかった、あの元凶が亀井で、全く彼は反省が無い。財源論というのは官僚が考えることで、民間や消費者はまじめに考える気がしない。財政学の教科書は殆ど、徴税側の論理で書かれている。予算をどう運用するかは書かれていない。
減税がいいにきまっている。とにかく今は法人税を減税し、公共投資を都市と福祉、教育に向けることだろう。10年有効なシステムがあるんだろうか。大体3年~せいぜい5年でしょうね。内需拡大どうやるかを、官僚どもが考えて成功したためしがないような気がするが、何かあったかね。

役人の政策支援とか、補助が無ければとか言っている限りは無理だ。
「どうやったら東大に入れるの?」と子供に聞かれたら、自分で勉強しなければ無理です。
と言うしか無い。金がいくら必要だとか、Z会に入れ、とかではない。自分で考えられないような
人は所詮無理だから。灘高や開成に行かなくても東大には行けます。


★そりゃ「内需振興、内需拡大」というのは「日米貿易摩擦」が燃え上がるたびに日本
ではずっと言われて続けて来た「お題目」。が、しかし、これまで一度たりとも成功した
試しがない。

→戦後の新産業都市構想は高度成長を支え、大分、千葉、茨城、岡山の発展に寄与したのでは。
東京ディズニーランドや、君津の新日鉄じゃないかな。高度成長のなせるわざ。そのかわり、土地は値上がり、住宅難。誰も豊かにならない構造。

★むしろ評判の悪い「地方公共事業投資」の方が、「中央政府のお題目」より、地方
にはよっぽど「目の前の目に見える需要拡大」というご利益があった。

→ 江面君の皮肉でしょ。90年代の公共投資が無駄だったことは批判の対象ですね。
本当に内需拡大なのかな?国富を吐き出して、不要なダムとか、河川の三面貼り、熊や鹿の高速
道路が出来ただけじゃないの?しかも、大型のものは、鹿島や大成が抑えて、地元には
下請けのカツカツの工事ばかりで、生き残るために談合せざるを得ない構造が残った。

★たしかに日本は「内需」を拡大しなきゃいけないんだが、ただじゃ出来ない。一体その
金はどうするの?どっから出すの?


その「前川レポート」の内需拡大の「処方箋」(↓ II.提言 1 内需拡大)は下記
の通り:

http://www.komazawa-u.ac.jp/~kobamasa/lecture/japaneco/maekawarep.htm



本来であれば、まさにこのとき、輸出景気から来る潤沢な税収と「国内の過剰貯蓄」
を活用することによって「20年、30年先を見越して持続する内需拡大サイクル(新し
い需要のと供給のメカニズム)の柱」を確立すべきであった。


しかし、「10年、20年先を見越して持続する内需拡大サイクル(新しい需要のと供
給のメカニズム)の柱」とは一体何であるべきであったのだろうか?

→貴殿の観点は「サービス業」論共感するよ。当時の環境では前川レポートは総論として
正しかったんじゃないのかな。問題は具体化の方法で、この部分を実行するには
官僚というのは全く無能な人々。彼らは結論や成果は誰かにやらせておいて、旨く行ったら
自分の業績にするような仕組みにするのが得意なだけだ。

★小生が考えるには、「サービス業」の生産性と質の向上と、「農・水産業、林
業」といった育成型第一次産業の国民経済への新しい「組み入れ」ではなかったか
と思う。端的に言えば「輸出できないもの」。日本で消費するしかないサービス(役務・アメニ
ティ)と、日本の里山、林、森、海に密着した地方の特色を活かさざるを得ないもの。
生産性と質向上のターゲットとする「サービス業」の中でのターゲットは「福祉・介護
サービス」と「公共・行政サービス」が大きな二つの柱。

→その通り。しかし、都市政策を
忘れては困る。魅力ある都市が無ければ若い人は地方に行かない。
別荘を作って地方に住むきっかけを作る。ヨーロッパのセカンドハウス所有比は高い。
貴殿もモスクワで、皆がダーチャ持っていたから、ジャガイモとか、卵を自分で作って
ソビエト崩壊時に餓死者が出なかったことをご存知では。

★ 一方、「農・水産業、林業」の「国民経済への組み込み」というのは、「若い起業
家」や労働者が、地方で一生を賭けられる利益水準と給与水準を得られる持続
的な「受給の循環」システムの構築

→これが問題。(主に補助金と税制面での優遇くらいが官の役割)。
余計なおせっかいせずに規制緩和することだ。連中はそんな時に限って、変な規制を事前に準備しやがる。
今年、日本に来て1年目のインドネシアとフィリピンの看護師が国家試験に3人合格した。凄い能力だ。
日語も日本に来てから勉強している。勤務しながら、12時まで勉強して努力した結果だ。鼠頚部なんて
漢字で書いてた。オレもかけない。国家試験はいいが、何処まで皆が日本語を学べるよう国は環境整備したのか。
ドイツではゲーテインスティテュ―トが世界中にあり、ドイツ語の普及に教師を派遣している。
留学生をホームステイさせて日本語を1年みっちり勉強させて看護の現場に送るくらいの度量が無い。
官僚はとにかく試験が好き。連中が出来るのは、試験とか、何か事件があったら法案作ることぐらい。
だから役人と来たら宝塚なんか大好き。スケベな役人は宝塚芸人と結婚したがっている。
人気投票で歌や踊りの能力決めりゃいいんじゃないか。雪組トップとか
勝手にランク付けして押し付けるな。タカラジェンヌってたかがレズ,オカマごっこだろう。
フィリピンパブに行って来な。それほど変わらん。
AKB48の方が芸人らしい。


★これには相当に大きな(100兆円ぐらい?)の一定期間内の集中投資が必要にな
るだろう。とてもじゃないが、「現状糊塗型(多重債務者の自転車操業的?)」の
「消費税チョビッと上げ(+10%?)」程度ではとても済まない。
→昨年の民主党みたいだが、財源を振り向ける軸足を変えろということだ。1年や2年で変わるもんじゃない。

★共産党→無視してよい。
ま、平たく言っちまえば、この1600兆円弱の7%程度を召し上げよう、とのアイデア。
もちろん、「これらの金は彼らの老後の保障」であり「これから取り崩す予定」なの
だから、「福祉・介護サービス」の「生産性と質の向上」の制度的保障とセットにし
て「説得力を上げる」必要があろう。

→資産に手をつけるならば、政府の資産も処分しろ!ダムや道路は売れないが、連中の高級住宅
とか、官舎は売却して、アパートに住めよ!民間だって、最早社宅は無くなっている。
彼らの官舎の敷地は、容積を上げて、マンションにすること。都市基盤整備公団は再開発に特化し、
民間デベに任せてくれ。


→内需拡大は、官と民がそれぞれの立場でバランスを取って進めることで、まさにその均衡を計る
のが政治家じゃないか。俺たちじゃない。この感度は菅に期待したい。田中角栄以来これを出来る
リーダーは登場してこなかった。

この悲しい都市、東京を始め、美しくすること。海外旅行者を迎えるに相応しい景観が無いのに
やたら1,000万人とか言っても空しい。実は役人は不足している。必要な人材が供給されていないからだ。
現場の役人も含めて、企業人も再教育の仕組みに組み込み、学制を変えることだ。
若い人の教育は重点課題であることは、門外漢だから言いたくない。
街の空を覆うクモの巣みたいな電線を撤去して地中化する。日本橋の高速、都心の高速は地中化する。
韓国のイミョンパクはソウル市長の時に実行し、ボストンでも、NYでも都心の高速は廃止した。

福祉と言えばすぐに老人ホームを作れというが、そんなに出来る筈が無い。これは日本では
隔離政策だ。在宅のシステムを構築すること。それが先進国の潮流。とにかく、官僚の作文は
問題点の指摘と着地点はあっても、その具体策は空白が多い。よくあるフロー図の→。この内容が問題です。
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我々団塊の世代は受験競争やら寿司詰め学級、マスプロ大学といった現代日本の先鞭とも言える混乱期を経験したが、大学紛争でこれが中途半端な変革に終わり、保守反動の官僚社会を更に固めてしまった。結局、何も良きものを残してない。まずは、団塊グループときたら、皆遊ぶのが下手。金使ってディズニー行くんじゃない。一人よがりで皆で一緒に楽しんだり、仕組みづくりが出来ない。我々より3年くらい上の代までは戦後苦しい時代に貧しい中分け合う習慣もあって、これが物事を調整したりマネージメントする力になる。ところが鳩山あたりは特にお坊ちゃまだから、そんな体験もない。したたかなバツイチ女房にいいようにされて、全く無能。我々だって社会で先輩達に上目使いでくっついてきた。空白の十年、バブル崩壊。何もクリエイトしなかった。力を発揮できたのは一見無能に見えた5年から6年先輩の高度成長世代の行け行けドンドンに煽られただけ。出世競争しながら優等生になる意欲は群を抜いて強い割には、後輩を面倒見ようとしない。だから愛想つかされて、食い逃げみた
いな立場になる。管などはまさにその典型。お遍路さんは結構だが、所詮1人遊び。彼には遊びを引っ張り出す力も無い。政策は皆でやるもの。群れなす求心力の無い欠陥政治家ばかりだ。谷垣然りで離反された原因はまさに人間力の無さ。管は人をまとめる意志も能力も無い。テレビキャスターがいいとこ。またまた、リーダー不適格者が選ばれちまった。これら団塊グループの元首達の不手際は後の代から、さぞかし叩かれる事だろうね。鳩山は我々自身の姿かもしれない。学歴、ライフスタイルは立派だが、やることなすこと鼻つまみ。おまけにこれがユニークなファッションくらいの感覚。救いようがない。田中康夫あたりの代までろくな奴は出ない。
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