<   2010年 03月 ( 27 )   > この月の画像一覧

 DNAが遺伝子を構成し、その二重螺旋構造において塩基配列の転写コピーが行われている事を、クリックとワトソンが1958年に発表して以来、この仕組みは不動の地位を得て、セントラルドグマと言われている。しかし、その後、次々とこの構造を支える仕組みが発見されて、そのメカニズムは益々複雑で、神秘性を増している。遺伝子の情報がmRNAに転写される時、多くの、実に複雑な酵素の作用が働き、たんぱく質の形成に至るまでの関係物質の役割が分れば分る程驚きは増すばかりである。RNAポリメラ–ゼという酵素がその転写活動に関わっており、このメカニズムが実に複雑である。
 転写は基本転写因子(transcription factor)TFⅡA、B、D、F、E、Hが転写の作業にかかわり、更にこれらを「メディエーター」という30種類ものたんぱく質がこれに作用しながらmRNAの複写を支えている。mRNAの転写には単純化して整理すると、次の段階を経たシナリオが用意されている。RNAポリメラーゼはDNAに絡み付き、二重螺旋を切り離して転写を行い、転写された情報の鎖を鉋のように切り離して行く。DNAはすぐに復元される。これは①転写前複合体の形成(プロモーター:転写のきっかけづくり役、RNAポリメラーゼ呼び込み役、転写開始促進役 ②RNAポリメラーゼⅡによるmRNA合成開始 ③スプライソゾーム形成(エクソンの集約とイントロンのラリアット化)④プロモーターのリセット⑤転写伸張と⑥7-メチルグアニル酸による先端部キャップ取り付け ⑦RNAポリメラーゼⅡのC末端ドメインの尾尻CTD(YSPTSPS×52)におけるポリA付加因子による200個のA,ポリA結合たんぱく質の結合 といった流れである。これが終了するとこれがリボゾーム上でたんぱく質を合成するのである。ところが、これとは全く逆の現象も発見された。レトロウィルスによるRNAによるDNAの逆転写である。これはDNAポリメラーゼの特異形であり、エイズウィルスがこれにあたる。レトロウィルスは感染した宿主の細胞の中で自身のRNAからDNAを合成して宿主のDNAに組み込んでしまう。この発見チームのハワードテミンとディビッドボルチモアは75年にノーベル生理医学賞を受賞した。

mRNAからtRNA、さらにミトコンドリアのmtRNAなど、たんぱく質を作る転写機能がますます複雑な機能を持っていることがわかってきた。さらに、RNAに結合してコドンという仕組みでたんぱく質を製造して行くが、そこにも、また様々な酵素が作業をしている。遺伝子の複雑な動きは、まさに誰かがドラマの筋書きを書いてあるからできているように見える。それは結果論かもしれない。しかし、こうしたメカニズムが30億年という長い時間をかければ、偶然の積み重ねで可能であろうか。進化論とか、自然淘汰といった単純な論理でこれらが可能になるとは到底思えない。神秘の彼方を全て神のせいにするのは思考停止だが、そうならざるを得ない領域は必ずあるのだ。神の計画で作られた生命の仕組みと言わざるを得ない。
[PR]
「勝手にしやがれ」(À bout de souffle)をDVDで見た。これは、1959年フランス映画、白黒。
監督・ジャン=リュック・ゴダールの長編デビュー作。主演はジャン=ポール・ベルモンドとジーン・セバーグ。ヌーヴェルヴァーグの記念碑作品である。フランソワ・トリュフォーの脚本である。この時代のフランス映画は、今に無い、本来の映画を蘇らせてくれる。白黒が良い。昔のフランス映画は、室内劇のようなものが多かった。確かに、セットや屋外シーンもあるが、ただの背景だ。ヌーベルバーグの登場人物は皆、車を運転し、屋外を駆け回る。ロケシーンが多く、その分動きがあり、また、費用が節約されている。パリの街路が美しく描かれ、セシルカットのジーンセパーグがファッショナブルな美しい映像となっている。

物語:警官を殺してパリに逃げて来た自動車泥棒のミシェルは、アメリカ人の恋人パトリシアとお互い自由で束縛のない関係を楽しんでいたが、警察の手が及んでくる。パトリシアはミシェルの愛を確かめる為、彼の居場所を警察に密告、そして彼にも同様に警察が追ってきた事を伝えるが、彼は射殺されるという単純なストーリ。無軌道な若者が、殺人を犯して平然としている姿は、1958年死刑台のエレベーターの車を盗む若者像にも通じる。フランスがベトナムから撤退した後の若者の多くが兵役から戻り、中には目的のためには手段を選ばない風潮があったのだろう。ミシェルもまた、帰還兵である。
 
 この映画にはジャンピエールメルヴィルも出演している。ジーンセパーグの知性的な美しさが際立っている。アメリカ人女優に知性を感じさせるタイプは58年当時は少なかった。何といってもマリリンモンロー全盛時代である。ジーンセパーグはアメリカ人、その後、公民権運動やプラックパンサーなどの政治活動にも加わり、FBIに監視されたりしたが、1979年の8月に失踪し、11日後にパリ郊外に駐められた車の中から遺体で発見され、自殺であると見られており、手にしていた遺書には『許してください。もう私の神経は耐えられません』と書かれていた。しかし、暗殺説もある。
 しかし、これまでの映画文法を無視し、長いカットの画像、ベルモンドの頽廃した雰囲気が、全く新しい映像世界を生み出した。ヌーベルバーグの傑作である。フランソワートリュフォー、ルイ・マルといった気鋭の監督が活躍した時代のフランス映画が懐かしい。一方、岩波ホール映画館で上映されたジャンピエールメルビル監督の「海の沈黙」は1947年の作品。これは、ゴダールの時代より遥かに前であり、ヌーベルバーグに入っていないこともあるが、大戦直後、フィルムも欠乏していた時代に苦労して作った作品は、後の若い監督に大きな影響を与えた。ヌーベルバーグの父とも言われ、メルヴィルの恐るべき子供達も、同じ手法で作られている。当時のフランス芸術界の指導者、ジャン・コクトーの支持を得て映画会を牽引し、その後アメリカに渡った。リスボン特急などハリウッドで作った作品いくつかあるが、やはりフランスで製作したものの方が出来が良い。ゴダールはこの後、気違いピエロをベルモンド主演で撮り、ピークを迎える。

e0195345_19264015.jpg

[PR]
今、日本家屋は和室がどんどん無くなっている。これまでは安手のニードルパンチカーペットがよく使われてきたが、これも少なくなり、今は木床かループカーペットの敷き込みが多い。そこで、インテリアとしては床の保温やデザイン上、置き敷きの絨緞を敷く事になるが、日本でのこの絨緞が一般に普及するまでに長い時間がかかっている。外国映画やニュースでリビングとか応接室の絨緞はステータスに応じて殆どがペルシャ絨緞である。しかし、、我が国においては一部の贅沢品としてみられ、必需品にはなっていない。しかし、ペルシャ絨緞はピンからキリまであるので、その見極めはなかなか大変だ。
 基本的にはペルシャ絨緞の産地は中心がイランであり、その周辺のトルコ、さらにアフガニスタンである。イラクやエジプト、モロッコなどでも作られているが、その品質においては、イラン製が信頼出来るブランドである。トルコのヘレケは織り方が少し違うが、その美しさはイランのものとは違うデザインも多く、定評がある。先はイランの絨緞から説明すると、その産地によって特色がある。イランの主産地はビジャ、タブリース、クム、ペシャワール、カシュガイ、ペシャワールなどである。織り方は殆ど同じだが、デザインに特徴がある。夫々の産地に絹とウールがあり、さらに化学染料と草木染めとの違いが値段に反映される。最も価格に反映されるのが、手織りの手間に関係する密度であり、1㎠あたりの結び目の数である。50ノットと100ノットでは倍以上の手間がかかる。基本的には絹とウールの材料原価の差は手間賃の大きさに比してそれほどでもないが、我が国では絹が高級という先入観があるため、絹製多く産するクム産のものが絨緞専門店には多い。畳一枚ほどのものでも、密度によって500万円ほどのものがあるかと思えば、その倍でも10万円台のものがある。
 イランやトルコで土産物として買うのは必ずしも得策ではない。品質のばらつきが多いうえ、あまり良心的とは言えない一元扱いの商売が目立つからである。質の良いものは、ニューヨーク、フランクフルト、ロンドン、シンガポール、ドバイ、東京に集中しているからである。特にシルクに関して、ザンジャン、マラゲ等の産地で安く作られたものがクムシルクと称して出回っており、中には安く仕上げるため、染めなどの工程の一部が省かれ、 数年使用しているうちに色がにじんだり、早く褪せてしまうものもある。 染めとは別の話しですが、シルクの質も高級品とは違う。さたに近年、中国のウイグル地区等でもイミテーションが作られている。 良質のペルシャ絨毯は洗いやメンテナンスをして長く使えるものですが、 このような品質の落ちる商品は安価な分、実用向け、使い捨てであるが、一緒に土産店で売られているのである。
 ペルシャ絨緞は、その他、部族の女性が手織りで作ったギャッペとか、ギリムも人気がある。キリムは平織りの、縞柄のものが多いが、地方毎に様々なデザインがあり、幾何学模様と色合いから現代建築やモダンな家具との調和が面白い。キリムはパイル上の太めのウールで、地方部族の女性が織ったもので、素朴な模様、犬や鹿などの模様が面白い。アフガニスタンやトルコ、アルメニアやイラクなど、砂漠の民やクルド人の工房のものが興味深い。これも、現代建築にマッチする。ペルシャ絨緞の中では価格は大体大きなものでも50万円以下である。
 空飛ぶ絨緞というニックネームでWebでも販売している、ピルザンの関係で、展示されたものを
下にご披露したい。どんな立派な建物でも鑑賞に耐える内容と模様である。大きなものでこのクラスになると製作に数年を要し、価格は2000〜5000万円級である。緑色のものはクムの絹製品で200万円くらいのもの。
e0195345_1753312.jpg
e0195345_17542457.jpge0195345_17545929.jpg

[PR]
 少子高齢化は今や我が国の国の形を左右する大問題だ。合計特殊出生率は08年で1.37。海外に眼を向けると、これを解決しつつあるのがフランスや北欧諸国だ。イタリア、日本はがくっと低い。さらに、男尊女卑の国韓国は更に低い。オリンピックの前にやることがあるだろうと言いたいが、おせっかいは止めておきます。
 欧米における、その解決策というのは婚外子を平等に扱い、結婚という「形式」を軽視する施策である。というより、家と家という関係を反省させない結婚を基盤にする事だ。今やフランスでは50%が婚外子だという。アメリカも結婚の枠に取られず、さらに離婚者も多いが出生率に悩む事は無い。しかし、その子供達がアフガニスタンで死んでも平気というのは困ったこと。良い事尽くめではない。我が国には個人主義を支える精神基盤が無い。教育の混乱はすべてこの辺りに端を発している。今更、教育勅語を持ち出す人がいるがお門違いにも程がある。

 片や、イタリアやドイツ、日本、韓国等「結婚」という形式を社会の基盤にしている国は少子化に悩んでいる。我が国の結婚式の80%はキリスト教式だと言われている。ホテルは結婚式が無ければ成り立たない。ミニチャーチや結婚式場用の教会モドキが隣接している。しかし、そこで唱えられる、怪しい牧師の愛についての空しい祝詞は多分その場限りのものであり、式はセレモニー以外のものではない。結婚が二人の愛情を育む場として行われているのか不明である。以前、麻生元首相が、若い人に、しっかりお金を作って、結婚しなさいという説教をして不興をかったことがあった。麻生さんは悪意ではなかったが、今日、そうした愛情本意で、しかも、夫が財政基盤を支える家庭は稀になりつつある。過半数の新婚家庭は共稼ぎである。専業主婦ならばお金を貯めてから、結婚しなければ生活が成り立たないが、今は二人が働かなければ生活できないことを知らない無神経さである。極論をいえば、金がないから結婚する。効率的な生活維持の方法でもあるのだ。住居も、食事も一人暮らしより効率が良い。ならば、同棲してもよいではないか。そんな事は既にやっている。子供を作るときに結婚していないと不利だから結婚するのだ。だから、今回の子育て支援、教育負担金、農業支援金などは現金給付という手法が画期的だが、あくまでも子供を単位としていくべきだ。世帯単位にすることは少子化の解消にはつながらない。少子化解消のためなら、子供に対して100万円を貸し付け、さらに2人目ならは返済は無し、3人目ならば100万円贈与位の制度にしなければやる気にはならない。とにかく個人をベースにした社会形成を目指すべきだ。そして、その個人の出発点が子供であり、子供は社会の宝という観点が大事だ。
 
 今年も新たに生まれたカップルは住宅や二人のこれからの生活についての不安が待ち構えている。特に、女性は子供が出来ると大変だ。夫は殆どが仕事に忙殺されているから、頼りにならない。出産の時に連れ添うくらいはするが、実態として女性にかかる育児の負担は8割方である。夫に負担をかけれは、仕事に実が入っていないと見られ、会社でリストラの憂き目もあるのだ。共稼ぎの妻はこれから子供が出来たら、仕事にを辞めなければならない。保育園など子供を預ける施設が実は殆ど利用できない事に気がつくのである。育児休業制度は夫婦に与えられねばならない。しかし、企業でやっと女子社員の育児休業が認められるようになったばかりだ。非正規社員にはこれが認められないにも拘らず、若い女性は特に不安定な雇用条件にある。また、これからの子供の教育、学校の校内暴力やいじめ、さらには新郎新婦の親の期待など、大きな圧力に曝される。これでは子供が出来ても二人以上は無理というもの。学級崩壊とか、モンスターペアレント問題はその原因は様々な説があろう。しかし、これを解決できるのは教育の現場でしかない。教育現場にこれを押さえ込む権威がないから発生する。そのためには、教師の勉強も含め、執務環境を上げなければ教師の活力も生まれない。日本は先進諸国の中で、教育予算が最低である。そんな中で、教師に責任を押し付ける事は無理がある。責任論では解決できないが、あくまでも現場しか解決できないことなのだ。学校教育のいて、個性ある人間の育成が建前としてあっても、実際は日本の教育は統制的だ。このあたりのギャップが子供にフラストレーションを与えるのである。教師もその父兄に対して期待にこたえる仕組みを作る自由も、余裕も無い。

 フランスの家族制度を云々する前に、その子育ての環境を語るべきだ。育児環境、教育費、職場環境、休暇、医療制度全般にわたり、日本より優れているはずだ。これは多分、最低限の社会保障を婚外子まで拡げた事によって達成されたのである。底辺を拡げれば高さも伸びるのだ。戦後我が国が成長政策で取り残して来た国民生活への還元不足の結果が今少子化、さらには高齢化問題になっているということである。我が国はいまだに輸出立国である。これは仕方が無い部分もあるが、貿易黒字になる肥満体質を解消する方法として、内部消費してバランスを取る事ことこそ、施策の中心である。国内消費需要の高まりに対する国際投資、物品輸入、海外諸国の期待に答えることが経済発展の原点である。個人の権利の尊重が社会資源の厚みを増し、経済を発展させる。暮らし易い都市生活こそ少子化の解消の原点である。国を挙げて人作り、社会資本の形成に取り組めば、子づくりは進むのだ。かつて、我が国は零戦という名機を作ったが、最終的にはこれを使いこなすパイロットがいなくなったという愚を犯した。人を育てる仕組みをいかに作るかである。
e0195345_12374919.jpg

[PR]
大審問官スターリン 亀山郁夫著 小学館

 東京外国語大学学長、亀山郁夫先生のドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」は異例のヒットとなった。ロシア文学における旧ソ連のロシア革命時代に花開いた芸術、ロシアアバンギャルドについては先生の右に出る者はいない。氏の波長の長い、膨大なロシア芸術の知見が基盤になっており、無数の芸術家、革命家の名前が出てくるので予備知識の無い自分はこれに付いて行くのが大変だ。この本はスターリン独裁支配時代に押しつぶされた、ロシア革命時代の芸術家、そして、スターリンの恐怖支配についてロシア文学者の眼から様々な推論を重ねた傑作である。自分が高校生の頃は、世界史授業はロシア革命のところで終わっており、その後の第二次世界大戦の所までは講義されていなかったし、評価の定まらない第二次世界大戦のことは大学受験にも出なかったから、あまり勉強していない。ソルジェニーツィン『収容所群島』に当時の共産主義の猛威は暴露されたが、当時の左翼的な思想を持っていた歴史教師達はどんな情報をもっていたのか。ペレストロイカまで、こうした革命政権内部のスターリンの行状は、世界には発信されていなかったのだろう。だから、ロシア関係の学者の知識が、ソビエト崩壊前と後では全く違う。後の時代を基盤にしたロシア研究の世界はフロンティアとなったのだと思う。
 
 スターリンはかつて帝政ロシア時代に革命側に対するスパイを働いていた。この過去が、オフラナファイルという帝政ロシア秘密警察の資料に残されており、ジュガーシュビリという名前で、写真も残されていた。これが本名でスターリンはペンネームだ。資料は革命政権内部の権力闘争に活用され、多くの革命功労者が消えて行った。弾圧機関、チェーカーのジェルジンスキー、オ・ゲペウの幹部達をも粛清して行く。レオントロッキーを執拗に追廻し、暗殺に成功するのもそうした恐怖感から来ている。この情報を持つ人物は革命の同志であろうと、カーメネフよのような政府内部の要人であろうと容赦なかった。ヒトラーはユダヤ人や特定の敵に徹底した迫害と虐殺を行ったが、スターリンは殆どが、共産党内部とその国民に対してであり、さらには周辺民族も含まれた。規模においてもドイツより遥かに大きい。スターリンの伝記は数多く出ているが、その思想や、政治的批判は数多い。しかし、それでも、ヒトラー程は多く無い。ソビエト崩壊前の情報には虚偽があり、ペレストロイカ以降でなければ信頼できる内容のものが無い。図書館でも関係図書は少ないように感じた。スターリンの個人的な性癖や、具体的な指令にもとづく粛正の真実の全貌が、そのあまりにも膨大、巨大さ故に整理するのが困難なのだろう。スターリンはグルジア人であったから、ロシア人の扱いには情け容赦なかった。異民族に対するスターリンの政策は、全く人間扱いではない。ユダヤ人、ポーランド人、ロシア人、コサック等、とにかく、ヒトラー以上の大虐殺を行っていた。かつての共産主義者達や共産党はこの事実をどう評価しているのだろうか。敗戦国ドイツと違い、スターリンの資料は加工されたものばかりであった。旧ソ連は戦勝国であり、また、東西冷戦という状況下、フルシチョフのスターリン批判ですら、アメリカにはイスラエルの諜報機関経由で伝わったほどであった。

 パラノイア(偏執病)の持病を持っていたスターリンを最初に診断した医師は当然の事のように暗殺されている。ドイツでヒトラーが同じようにユダヤ人に対する攻撃性に表れたような、一種のパラノイアとヒステリーの病的な混合症状であったことと対比すると、第二次世界大戦は、精神病を抱えた指導者を軸に膨大な犠牲者を出した戦争であった。スターリンは自分がグルジア人であることと、かつて帝政ロシアと通じていたことに強いコンプレックスを抱き、このことを隠すために、ソビエト政権内部のテロ、粛正、さらに、これに触れた芸術家達を抹殺していった。スターリンは映画や詩、小説といった芸術に注意を怠らなかった。そして、マヤコフスキー、エイゼンシュタイン、ショスタコービッチ、ゴーリキーといった芸術家の生殺与奪を握り、まさに、カラマーゾフの兄弟に出てくる大審問官のごとく手の平の上で裁いて行く。芸術家達はそうした状況の中で、二枚舌を使いながら自分の芸術感性を賢明に守ろうとする。ゴーリキーは、ロシア的な天真爛漫な小説家でスターリン好みだったが、彼の二枚舌に気付くと、スターリンは彼を病気治療の名目で暗殺する。しかし、スターリンの芸術家に対する弾圧は、政治家や軍部に対する程ではなかった。生き延びた人々は遥かに多い。

 こうした論拠は、亀山氏の文学者としての鋭い推論を基盤にしており、彼ならではの、これまで全く気づかなかった新しい視点を我々に与えてくれる。とはいえ、この本はあくまでも文学論であって、何も、政治史として、粛清を研究したわけではない。この問題をとりあげるには芸術家に焦点をあてると、実態がぼやけてしまうのではないだろうか。2000万人以上という説もあり、独ソ戦での死者より多く、あまりにも多くの犠牲者がこの世から消えた。スターリンが秘密を知られたくなかった人ばかりではなかった。多くの政府内部の処刑者はスターリン信奉者であり、その惨禍は家族にも及んだ。この仕組みの中に参加する事で自分の身の安全を図ろうとして、実行者や密告者になった人々が多くいたのだ。ナチス以上の殺人システムが無ければ到底出来ない数である。ロシアでは、突然、ある町の郊外で30万人の人骨が発見されたりしている。かつての死体処理場が今は都市の住宅の下にあったり、場所が不明で実証的な裏付けが取れないし、様々な裁判や処刑記録が隠蔽されているからである。スターリン死後断罪されたのは、ベリアとその周辺にとどまり、モロトフやマレンコフなど、多くは80才以上の天寿を全うしているのである。フルシチョフもミコヤンも加担者の一人であったのである。
下の写真は帝政ロシアの秘密警察のファイルにあったジュガシビリ(スターリンの本名)の資料である。これを知られたく無かったスターリンは多くの要人を粛清した。
e0195345_1528152.jpg

[PR]
 久しぶりに、中野駅南口の蕎麦屋、中野さらしな総本店に行った。目の前で麺を打っている。細めのうどんだが、ここの「けんちんうどん」は人気だ。蕎麦屋だから蕎麦を打っていると思ったら、うどんだった。駅前交番裏の蕎麦屋と並んで、中野では蕎麦はどちらかに行く。他にご紹介したいのが、駅前の交番横にあるビルの谷間にある店、昨年まで、立ち食い蕎麦、ミミというのがあった。蕎麦屋らしからぬ変な名前だが、昭和の匂いがプンプンする、衛生的とは言い難い店構え。カレーとか、コロッケ、オムスビなんかもある。これが年末から閉じ、今年一月から中野屋となって新装開店した。レトロだが小ぎれいな店構えになった。何と!おっさんは二人とも昔と同じ。ここは、会社帰りで腹が減った時に行くので、旨いからというより、お世話になった。きつねうどんで300円くらいだった。10時過ぎに残業帰りには、普通の蕎麦屋は終わっているが、ここだけは別。麺の味は、スーパーで売っている玉みたいだが、汁とかき揚げ天ぷらが自家製でなんだか空腹に沁み入る味だった。自宅で腹が減った時に食べる饂飩より、はるかに美味。中野駅南口では一番有名な蕎麦屋。
 うどんは、関西風、関東風とあるが、最近は関西風薄味が多いように思う。九州生まれだが、育ちは江戸っ子のつもりの自分としては、濃い醤油のきいた味の、太めの関東風は食べごたえがある。麺は味がしみて、しかも、コシのしっかりしたものが旨い。ダシの利いた濃い汁をごくりと飲む。関西の人は、この濃い醤油味にびっくり、また、辛過ぎるので苦手だ。これがいやなら、さっさと大阪にお帰りください。西の方にもあるんですね、一度、三重県伊勢神宮横のおかげ横町で変な濃い汁のうどん、「伊勢うどん」を食べたが、これは、?うまいと思わなかった。
 ただ、味覚と言う点では、流石には関西に関東はかなわない。そして、うどんと言えば讃岐うどん。しこしこした、歯触りと、つるり、ぬるりと喉越しも良い。皆、関西人はこれを自慢するが、おっと、どっこい、小生は関西風より上があると言いたい。何といっても「稲庭うどん」だ。秋田の名品、稲庭うどんが最高だろう。もちろん、好きずきがあるだろうが、細めの麺で、あっさり、蕎麦とうどんの良さを兼ね備えている。蕎麦のようにつゆに、さっと浸けてつるりと食べても良し、温かな汁うどんでもよし、細めのためか、品の良い味覚。関西人がうどんを自慢するから、一寸意地悪く、こちらに軍配を上げたい。
 とはいえ、自分は、関東風の濃い味に慣れ親しんで来た。母親に連れられて行った蕎麦屋のうどんがやはり懐かしく、おかめ、鍋焼き、天ぷらのいずれかを注文する事にしている。肉うどんなんぞ江戸っ子は食わねー。関東は野田や銚子など醤油の産地。関西や九州で刺身食べるときに必ず出てくる、あの関西のたれのような溜りは苦手。だいたい、寿司には合わん。ありゃあ、箱寿司ならいいかもね。江戸っ子は、薄味でダシの味よりはキリットした濃い口醤油の味を味わうんです。
e0195345_11162663.jpg
e0195345_1117546.jpg

[PR]
 岩波映画館で「カチンの森」の後、フランス映画が連続してかかっている。ジャンピエールメルビル監督の「海の沈黙(先週で終わり、今はYou-Tubeで見られる:Le Silence de la Mer)」、「抵抗 死刑囚の手記」と続いている。岩波映画はナチス関連がお好き。最近のフランス映画はどうなっているんだろう。昔の、ルイ・マルやジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、アラン・レネ、ジャック・ドゥミ、アニエス・ヴァルダといった監督がキラ星のように生まれた時代があったが、これも過去の事になってしまった。 アンリ・ジョルジュ・クルーゾー「恐怖の報酬」、「太陽がいっぱい」、ルイ・マル「死刑台のエレベーター」、アンリ・ヴェルヌイユ「地下室のメロディー」、ルイス・ブニュエル「昼顔」、ジャン=リュック・ゴダール「勝手にしやがれ」、クロード・ルルーシュ「男と女」…。最近のフランス映画なんて話題にもならないし、知らない。ジャン=ピエール・メルヴィルはその流れからは少し外れているらしいが、海の沈黙ではむしろ、前衛だね。金鉱脈は古い映画。もっと古いのは、いかが?マルセルカルネ監督の天井桟敷の人々、悪魔が夜来る、コクトーのオルフェ、赤と黒、どん底、ジャンギャバンとか世紀の美男子、ジェラールフィリップ、ミシュリーヌプレーヌ(肉体の悪魔)、ルイジューベが出ているジャンジャックルノアール監督の「大いなる幻影」。ギャバンの「殺意の瞬間」なんか何度も見た。彼はコックとか刑事役、一癖二癖あるギャングとかの演技は最高。昔の仏映画俳優はジャンルイバロー、アルレッティといった舞台、コメディフランセ–ズ出身の演技派が多く、これがアランドロンやバルドーで変った。ベルモンドあたりは昔違和感あったが、今はいい俳優だと思ってます。ヌーベルバーグは監督が若く、名優は高くて使えない代わり、新人を起用し、新鮮な作品になったね。「恐怖の報酬」、「太陽がいっぱい」、「死刑台のエレベーター」、「昼顔」、「男と女」も素晴らしい!突然炎のごとくのジャンヌモロー、シェルブールの雨傘もいいな。これ等は2回以上見た作品。今は「大人は分かってくれない」とか「恐るべき子供達」みたいなドラマ性がなくなった。コクトーやサルトルといった知の巨人が、フランスの文化に作家を刺激し、映画の世界にも絢爛たる内容を注いだ。今のフランス映画がつまらないのは、先は良い脚本が無いんだろう。脚本が無ければ監督も育たない。フランスはルミエール以来映画発祥地だもんね。アンジェニーという撮影レンズが世界の撮影レンズを制覇したがデジタルになって凋落した。映画は総合芸術ですよね。映画で国の勢いがわかる。アメリカ映画だって殆どの映画俳優の一流どころは、しっかり、アクターズスタジオとか大学の演劇科できちんと勉強している。だから、トップスターは女優でも30才過ぎだ。日本は俳優座とかだが、後は歌舞伎俳優とか宝塚だから、その匂いが映画の質に影響する。

 日本映画は最近面白い作品が出て来た。良い俳優陣が揃って来た事も大きい。香川照之とか、寺島しのぶ、余貴美子など、鶴瓶もいい。とにかく、これまで、演技がだめなのに、出演料ばかりが高いモデル上がりが日本の映画を堕落させて来た。一時、女優は大竹しのぶしか演技の出来る女優はいなかったからね。映画は、俳優、監督、脚本、編集、撮影、カメラ、大道具、エキストラの熱意など、全体でバランスが悪いと、奇妙な作品に仕上がってしまう。金を使えばいいというもんじゃない。「海の沈黙」は無名の俳優3人で全てロケだから、超低予算であれだけの作品が出来ている。

[PR]
アイガー北壁 2008年 ドイツ映画

 平日水曜日の11時30分の開演、バルト9はシルバーチケットの善男善女で主な席は占められている。シャーロックホームズは次回にして、アイガー北壁を見た。もの凄い高低感だ。これが3Dでない事が悔やまれる。とにかく、空中で、下は1000mくらいの所で宙吊りになる。ドイツ版、剣岳点の記みたいな映画だが、こちらはロッククライミング中心で緊張しっぱなし。ハートロッカーみたいに、臨場感で脅している。作品としては昔のヌーベルバーグの映画のような芸術性を求めると失敗する。まあ、これはこれで、我々凡人の未体験ゾーンを味あわせてくれる点で貴重だ。大画面だから、DVDでは見られない臨場体験で劇場に行く価値あり。ただし、名画ではない。最近のドイツ映画、特に歴史物はヒトラー最後の12日間以外はUボートとか、スターリングラードなど大した作品が無い。ただ、ひたすら、生真面目な正面攻撃のような撮り方だ。

 ドイツ映画は悲惨な結末がいいな。ああ!俺より気の毒!ああなりたく無い!生きて良かった。と思わせるのが上手い!アイガーの俳優で、独ソ戦の映画見たいところ。ドイツを描いた映画はドイツ語じゃなくちゃねー。ドイツ語は臨場感が出てくる。特に切羽詰まった時のセリフで聞こえるウームラウトや喉ちんこの震えが恐怖感を倍増させてくれる。嫌だ、とか駄目はNo!じゃ駄目。やはり、Nein!だ。

 ナチスが台頭し、ドイツとオーストリアを併合しようと虎視眈々とドイツが狙っていた頃の話。1936年、本作で描かれるドイツのトニー・クルツとアンドレアス(アンディ)らがオーストリアの2人のパーティと共にアイガー北壁に挑む。折りしもベルリン・オリンピックを目前に控えていた。ナチス政権下のドイツが国家発揚に盛り上がるなか、ヨーロッパ中の注目を集め、その挑戦は始まった。登れば金メダル。この遭難話は多分、ドイツや山屋連中では相当に有名な話だったのだろう。ハラー著、「白い蜘蛛」で詳しく書かれているようだ。昔の記録映画で見たことがある。ホテルから皆が望遠鏡で見ているシーンが多分初登攀時のそれ。とにかく、アイガーは1800mくらいの断崖が一気に落ちている。その断崖沿いに山の中を登山鉄道が走っていて、途中に窓みたいなところから、断崖を見る事が出来るのも興味深い。
 
 メスナーや長谷川恒雄、今井通子がアイガー北壁を登頂したことがいかに凄いかが分る。かつて初めて日本人でアイガーに登ったのが槙有恒で、彼は東稜から初めて登った。現代では登山用具も進歩し、厳冬期に登攀している。映画では七月だが、まるで真冬のような気候だ。この山は日本の登山の父、槙有恒が日本人として北壁を初めて登っている。アイガー3970m メンヒ4099mユングフラウ4158m が目の前に迫る。とにかく、日本人には人気のスイスツアーがこの映画で体験できる。登場していないマッターホルンとか、モンブラン、グランドジョラス、ドリューなんかも見たいが。初登攀したのはこの遭難したトニー達のルートによって登ったドイツ・オーストリアチームであり、ハインリッヒ・ハラー(Heinrich Harrer)はそのメンバー。彼はその後、ナチ党、親衛隊員としてヒマラヤに行き、戦後チベットでダライラマに出合う。そこで書いたのが、セブンイヤーズインチベットで映画化された(1997年作品 監督ジャン・ジャック・アノー、ブラッド・ピット主演)。

 この映画を見ている限り、天気のよい時が少ない。アイガーを見に行くのもリスキーだなと思った。山ファンには必見の山だが、実際は霧に隠れて見えない事が多いのではないか。Webでは沢山のアルプスツアーの写真が出ている。6月〜7月は日本人と韓国人で溢れているらしい。いつが良いのだろうか。日本でも、山の天気は変り易く、立山に行った時も剣岳が見られなかった。とにかく、霧が多い。あの古びたホテルに何日も滞在したあげく、雲間から一寸だけという感じで、旅費を無駄に使うリスクがあるツアー。アイガーを見上げる山岳ホテル、シャイデックホテルに生きているうちに一度は行ってみたい。このホテルは村営で世界的にも有名で食事も良さそうだが、場所が場所だけにシャワーが無く、お湯がちょろちょろといった記事もある。多分日本の室堂ホテルくらいはサービスもあるのだろうが、値段が高そうで何泊も出来なない筈。だから、晴れる時に行けば価値があるが、反対ならば最悪、タイミングが難しいだろう。
e0195345_15591268.jpg
e0195345_18571258.jpg
e0195345_1645141.jpg

More アイガーと駅Wikipediaから
[PR]
 ハートロッカー(Hurt Rocker:2009年アメリカ軍の隠語で「苦痛の極限地帯」「棺桶」の意)
を新宿武蔵野館で観た。18時からの上映で、30分前に行ったのに、整理券は114番目、でも、前から4番目の席が取れた。テロとの戦いを描いたキャスリン・ピグロー監督の『ハート・ロッカー』は元夫キャメロンの『アバター』と賞レースを争い、2010年の第82回アカデミー賞でも選考結果が注目された。結局、作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞、編集賞、音響編集賞、音響調整賞の6部門を制した。アカデミー賞での女性の監督賞受賞は史上初めて。

 米軍のイラクでの戦いが舞台、女流監督とは思えない、骨太の展開で物語は進む。2004年のイラクにおけるブラボー中隊爆弾処理班の38日間を描く。主人公ジェームズ二等軍曹は、仕掛け爆弾処理のプロ。絶対の自信を持っているが、目的を達成するためには組織のルール無視も厭わない。しかし、爆弾処理というのはチームワークであり、3人一組で行動する。処理する人間を狙うテロリストもいるから、周辺を制圧しなければならない。危険を厭わない彼はサポートの二人にとっては疫病神だ。観客は処理中のジェームズに感情移入し、スリルを味わうが、時には彼の独走に巻き込まれる二人になって恐怖を体験できる。このような人間は周囲にいるだろうか。組織に従わずに行動し、ジョブとしての技術が飛び抜けている、アメリカではこうしたヒーローに人気がある。ダイハードとかクリントイーストウッドの演じるヒーロがそうだ。しかし、実際はアメリカは企業でも、軍隊でも、ルール違反には厳しく、違反者は解雇や懲罰を受けるから、絶対にプロにはなれない。社会の厳しい現実に対する夢物語であり、アンチテーゼでもある。アメリカの企業では実際はゴマスリや卑屈なまでに上司に隷属する人物が多い。日本ではあまり知られていない過酷な社会がアメリカということである。
 
 緊張感が全編ずっと続く。主人公にサッカー相手をねだるCD売りの少年も、実はテロ組織に情報を流しているかもしれないのだ。しかし、子供が出てくると緊張感に満ちた映像全体を柔らげる。
卓越した爆弾処理能力、技術を持った主人公はイラク駐留米軍の重要な人材。しかし、彼はこの爆弾処理の緊張感から、逃れたいと思っていたのだろうか。駐留期間は残り38日。皆が期限が切れるのを指折り数え、自分に何事も起こらないことをひたすら祈る。しかし、彼にはこの恐怖に満ちた日々が自分の生の証でもあるのだ。一旦帰国した後、平凡な家事や育児に我慢がならない。そして、再びアフガニスタン派遣軍に加わるところで物語は終わる。
 
 テーマもタイムリーで、イラクからアフガニスタンにアメリカの軍事目標が変わったところである。多分アフガンでも行われている爆弾処理班という過酷な仕事をドキュメンタリー風に描き出した。この映画には、レイ・ファインズとか、有名俳優が脇役で出ているらしいが、気がつかなかった。爆弾処理班が基地に帰る途中、テロリストに狙撃され、反撃するシーンがあったが、そこで使われていた狙撃銃が 07年ではM110、最近はKnight's SR-25 もある。これは自動車を左右貫通する程の威力がある。陸軍で採用され始めたのは最近だが、こちらかもしれない。上がSR25、下がM110でよく似ている。7.62mmNATO弾で強力。普通のM16が5.56mmだから、威力が違う。弾倉も普通より大きく、このマガジンは故障し易いらしい。

e0195345_13173343.jpg
e0195345_13311923.jpg
e0195345_1442315.jpg

[PR]
死刑囚の記録 加賀乙彦著 中公新書

 精神医学者であり、小説家、カトリック信者である加賀乙彦氏の文章は、切れがよく、読み易い。近年、不幸な国の幸福論が話題になっている。小説宣告や雲の都が話題になった。加賀氏は遠藤周作氏や井上洋司神父の導きで洗礼を受けた。死刑反対論者である。氏は東京拘置所の精神医官として、多くの死刑囚と接して来た。それは研究のためであるが、そこで体験したことや、死刑囚と対面しながらその精神分析を行い、印象的だった相手について精神医として思い出を綴っている。死刑反対論を展開しているわけではないが、死刑囚達と接して来た中で、氏の思いは伝わってくる。
 
 東京拘置所には裁判中の未決囚も多く、彼らは何とか死刑を免れようと藁を掴む気持ちで上告を試み、あがく。執行が遅れるという果実を求めて。また、逆に、進んで上告を避けるもの、また、冤罪を感じさせる者もいる。実際に陳述調書や裁判の記録からは明らかに判決どおおりと思われる人物でも20%くらいは氏には冤罪であると訴える、妄想にかられたり、拘禁症状、被害妄想等様々な症状が見られる。日本の裁判は長いので有名だ。逮捕されてから最高裁まで争えば10年以上かかるケースもある。一審二審で死刑判決が出て更に上告するか、棄却されるまでに拘置所に収監され続ける。さらに、法務大臣が執行命令を出すまで長期間、何年も待機するのである。現在死刑が確定している死刑囚は109人で、この間、精神を病む者が多い。死刑囚は刑が執行されるまでは、他の懲役囚とは待遇が異なる。本を読んだり、差し入れも受ける事が出来る。しかし、独房での生活は常に監視され、自由の無い、希望の無い日々が続く。死刑が執行されるのかどうか、また、いつ死刑が執行されるのかわからない状態のまま、死刑執行の日を待つ毎日を送っている。この不安定な状況が、死刑囚に非常に大きな精神的ストレスを生み出している。昔は鋸引き刑とか、磔、海外では八つ裂きや切断といった残酷な苦痛に満ちた刑が多かったが、定められた以外の苦痛を受刑者に与えないことが近代法治社会の刑の執行である。アムネスティインターナショナルではこの日本の現状を非人道的と指摘している。
 
 関東では死刑執行は東京拘置所や仙台刑務所で行われる。仙台に送られれば日が近いという事でもあり、それは突然やってくる。かつて世間を騒がせた、メッカ殺人事件の正田昭はカトリック信者として、改心と人格の変化があり、驚きに満ちた生活態度を示すようになった。永山則夫のケースもある。冤罪を主張し、結果、無罪を勝ち取った囚人、帝銀事件の平沢、また、三鷹事件で死刑判決となったが獄死してしまった者等、加賀氏が印象に残った人々について書いている。こうした変化が死刑の為に起きた事ばかりではない。全ての囚人がキリスト教や仏教に帰依する訳ではない。むしろ、教誨師が持ってくる贈り物を期待したり、気晴らしに宗教を求めるケースが殆どだという。収監中に出会った教誨師の力もあるだろう。また、長期間の拘留で、かつて自分が犯した犯罪を実際に起こしたという実感が薄れている人が多い。そうした人物に報復的な意味での刑の実行に何を期待するのだろうか。
 
 共通しているのは、罪を犯した死刑囚の告白では、死刑が全く殺人という凶悪犯罪の抑止力になっていないということだ。もう一つは、長期間の拘禁状態が、囚人に必要以上の精神的苦痛を引き起こしているということである。また、死刑を執行する担当官の苦悩も存在する。死刑反対論の根拠はこのあたりにあるのだろう。加賀氏は精神科医であるため、死刑囚とは拘置所の職員や、検事などより心を許す交流が出来たのであろう。しかし、彼らの多くは、やはり驚くべき犯罪を起こしている。その被害者や家族に与えた衝撃、損害に関して加賀氏はどのように考えているのだろうか。社会が国家による報復を期待している事にどのように反論するのだろうか。国家の必要悪として死刑と戦争では殺人が犯罪にはならないが、この制度に関わる多くの人々が苦しんでいる事もある。加賀氏はカトリック信者として殺人という行為はいかなる条件においても認められないということだと思う。では、その代替としてどのような制度が求められるかが欠落した場合、説得力が欠けてしまう。
 
 今日の死刑と無期懲役の差は大きい。恩赦無しの終身刑が検討される事が望ましいが、今日運用上実質的にそのようになっているケースも多い。日本国憲法もそうだが、我が国は法律を運用で片付ける習慣がある。しかし、こうした感覚が政治における献金問題等、脱法行為を助長させている。法のすみやかな執行と問題のある事に関してはきちんと立法機能が対応することが法治国家の基本ではないだろうか。

[PR]