<   2009年 09月 ( 27 )   > この月の画像一覧

1.伝承と通説

 伝承では『マタイ福音書』はアルフェオの子で、税吏であった使徒マタイによって書かれ,『マルコ福音書』はペトロの同行者であったマルコがペトロの話をまとめたものであるという。『ルカ福音書』はパウロの協力者であった医師ルカによって書かれ、『ヨハネ福音書』はイエスに「最も愛された弟子」と呼ばれたゼベダイの子ヨハネが著者であるとされてきた。
 『新約聖書』は多くの記者によって書かれた書物の集合体である。伝承ではそのほとんどが使徒自身あるいは使徒の同伴者(マルコやルカ)によって書かれたと伝えられてきた。そして、この使徒性が新約聖書の正典性の根拠とされた。たとえばパピアスは140年ごろ、「長老によれば、ペトロの通訳であったマルコはキリストについて彼から聞いたことを順序的には正確ではないものの、忠実に書き取った」と書いたという(エウセビオスが『教会史』の中で、このように引用している)。さらにエウセビオスの引用によればエイレナイオスは180年ごろ、「パウロの同伴者であったルカはパウロの語った福音を記録した。その後に使徒ヨハネがエフェソスで福音書を記した」と記しているという。(Wikipedia新約聖書による)しかし、その証拠は無い。ひとことで言えば
聖書は霊感で書かれた。これを否定するものではないが、現代風に分析する事についても興味は尽きない。

2.聖書の成立についての研究と諸説

 ルカは使徒行伝からパウロの書記役だったことが推定され、ルカ伝は実際に彼が書いたと考える事も出来る。しかし、著者が権威づけのために使徒の名を借りる事がありうる。また、福音書の成立に関してはその内容から、共通点があり、議論が交わされて来た。共観福音書という内容である。マタイ、マルコ、ルカ各書には共通点が多い。そこからいろいろな推測がなされる。利用説(マタイを参考にマルコ、ルカは書かれた)原福音書説(アラム語の原典がある)、断片説(受難や奇跡物語、言行録など)、口伝説(口伝を固定したもの)などである。現在はQ資料の存在を前提とする「二資料仮説」が、共観福音書の成立過程をもっとも簡明かつ合理的に説明できることから、現代の聖書学では最も有力な仮説である。よって、この考えによると、まず「マルコ福音書」が成立し、マルコ福音書(またはマルコ福音書の原形である仮説資料「原マルコ」)を参考に、またもう一つ別のイエスの語録集(つまりQ資料)を利用して、マタイとルカがそれぞれ編纂されたことになる。したがって、マタイとルカは、マルコ(原マルコ)とQ資料の二つの資料を基にしているので、これを「二資料仮説」(二資料説)と呼ぶ。なお、マタイとルカは、上記の二資料の他に、それぞれに独自の資料も利用したようであり、これを概説すると以下の通りとなる。
マタイ福音書の構成 - マルコ(原マルコ) + Q資料 + マタイに独自の特殊資料
ルカ福音書の構成  - マルコ(原マルコ) + Q資料 + ルカに独自の特殊資料
(Wikipedia二資料仮説による)とはいえ、これらはあくまでも、聖書の記述を分析した結果の推測の域を出ない。また、Q資料というのも仮想のもので、現存しているわけではない。

 3.推測

 自分の推測では、キリストの十字架と復活後、使徒達は伝道活動をはじめた。その相手になった人々は、当時の庶民であり、字が読める人は少なかった。使徒達は彼らの記憶の限りイエスの事を述べ伝えた。イエスの伝道旅行中に記録したものも中には含まれていたはずである。しかし、初期の教団には文字の読める人がいなかったから、これを文書にする必要は無かっただろう。しかも、当時は紙はパピルスか羊皮紙であり高価である。使徒達はシナゴグで説教の形で旧約聖書とイエスの事を説教として話した筈だ。ところが、彼らが迫害され、死を前にすると、彼らとその弟子達は記録を残そうとしたに違いない。メモの形で記録はあったと思われる。しかし、当時はまとまったものは無かっただろう。イエスの説教においても当時の正典は旧約聖書であって、他の文書は無くても用は足りたのだ。しかし、使徒達が殉教する中で、イエスの伝記やパウロの手紙が収集され、また、証言も集められたはずだ。だから、福音書の原型が作られたのは西暦70年から100年の間だろう。イエスは当時の言語アラム語で語り、使徒達も何かを書き残したならばアラム語であり、これを記者はギリシャ語で書き直したという事だ。ヘブル語で書かれたものは見つかっていない。使徒達は今日のように情報交換の手段を持たず広い地域に展開し、伝道した。伝承によるとスペインから、エチオピア、インドに至っている。残した資料も結構な量があり、その内容も統一できるものではなかった。伝承だけで資料が無かったという事は考えにくい。ラテン語の最も権威ある聖書ウルガータはアレキサンドリアのギリシャ語聖書をもとに翻訳、編纂された。

 4.バイブル正典の成立

 ところが、その後、マルキオンというとんでもない学者が、イエスの教えをグノーシスという神秘主義宗教に置き換えて正典作成の試みを実行した。その内容は福音書をルカ伝に一本化し、その他に様々な改竄を行い、グノーシスの考え方を正当化するものであった。新興宗教にはよくあるパターンだが、既存宗教の経典を改竄して自分の宗教に換骨奪胎するやりかたである。初期のキリスト教はこの異端との戦いを余儀なくされた。マルキオンに驚いた教会は4福音書と使徒行伝、各種手紙をまとめ、正典としての聖書をまとめた。このときに正典の構造が確立された。字の読めない信徒に取って、正典は読むものではなく、聖職者が朗読し、耳でとらえたものである。だからこそ、その元になる正典はキリスト教においては必要不可欠であり、朗読によってその内容を知る事ができたのである。当時は読むだけ出来る人は10%いなかったはず。また、書ける人はその半部であろう。そしてその教典は写筆された。聖書を朗読によって信徒に伝える時代は16世紀の宗教改革の時代まで1500年続き、その内容も、カトリックにおいてはラテン語であったから、庶民は聖書の正確な意味を知る事は無かっただろう。しかし、福音書の内容は演劇や聖画、説教などで伝えられた。カトリック教会の修道院において福音書の研究も続けられたのである。4世紀に正典を確立したのは宗教論争の勝者、アタナシウスである。

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9月26日土曜日に東京大学の七徳堂で稽古会があり、暑い日だったが充実した稽古であった。東大師範の寺地先生も稽古をつけて下さった。八段の風格を感じ、流石だと思った。先生は姿勢をくずさない堂々たる構えで、相手が平常心を維持できなくなって動くところ、出るところをすかさず、打ち、返すところは見事と言わざるを得ない。構えの重要性を再認識したが、構えだけにこだわっていると、これはまた、動きが鈍くなり打たれてしまう。剣道の難しいところだ。自分は打ち込まれると、つい、体を曲げてしまうが、先生は足さばきで躱し、すかざず打ち返してくる。上体を動かさないと呼吸の乱れも、体力の消耗も無い。手の内で竹刀をさばいているから、疲れも少ない。今後の稽古のお手本である。
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イランの大統領アフマディネジャッドがアメリカのCNN ラリーキングライブに出演した。先般の国連総会に出席し、アメリカに滞在中に放送されたもの。ラリーキングは歯に着せぬ質問で有名だが、キングは以前大統領がユダヤ人のホロコーストは無かったという発言で世界中に驚きと怒りを沸き起こした彼にホロコーストについて質問した。キングは大統領にあったか無かったか、イエスかノーかと問いかけた。このことはイランの大統領に対する質問の仕方としては無礼な感じがあったが、「自分は歴史家ではない」「パレスチナで虐殺が行われていることが問題だ」という回答であった。はぐらかされた感じだが、要するに、イスラエルの言うホロコーストが真実かどうか、今、公平な立場から調査しようにも出来ないし、検証のしようがないから無かったとも言えるということのようだ。彼は政治的発言として、イスラエルが今日のようなパレスチナ人に対して虐殺や差別を行っていることをホロコーストの被害者であることを声高に主張する事で、覆い隠しているような印象を国際社会に与えていることに反論しているのであろう。とすれば歴史を歪曲することで世界に反論するという奇妙な手段に出た彼の政治家としての計算はあまり成功していない。別の番組でイランの核について厳しい質問があったが、彼はこれまでの政府見解、例えば、イランの核は平和利用であるとか、査察には協力して来たとか、答えにならないような応答ではぐらかし、アメリカのテレビに堂々と出演したという彼の公明最大さだけを狙った出演であった。民主主義も、マスコミも独裁者には弱いということを感じさせるひと時であった。イランは、着々と核開発を進めており、仮にイスラエルが難度の高い施の設爆撃に成功したとしても、イランの試みを10年程度遅らせるだけで、かえって、堂々と核兵器を作り出すかもしれない。イランとしてはイスラエルが核を持ち、パキスタンや北朝鮮に対しても国際社会が無力だった事を体験しているし、核保有国の政治的な影響力を知っている。彼らは必ずや核の平和利用を認めさせ、さらには核兵器の開発を成功させるであろう。そのときイスラエルがどう出るかである。イランは実際はイスラエルに核ミサイルを撃ち込むつもりは無いだろうが、もし、アメリカがイランを攻撃しても、イスラエルとイランは核の応酬という最悪の出来事はないだろう。もし、あるとすれば、アラブ諸国にイスラム原理主義が浸透し、イラン主導でアラブ対イスラエルという対立構造が生まれた時、さらにアメリカがその中でイスラエルを攻撃したときであろう。このことが起きる確率に関しては、イランがアメリカに対して柔軟な対応をするようになって国交が回復する可能性の方が高いと思われる。
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聖書の起源に関する勝手な見解
1.ナグハマディ文書

 1945年12月にエジプトのナグ・ハマディ村(古代の名はケノボスキオン。ルクソールから北西約80キロメートルのナイル河西岸に位置する小村)に近いジャバル・アッターリフで、農夫ムハンマド・アリ・アッサンマンが土中から封印された壷を掘り起こし、壷の中から古い写本が見つかった。同写本については早くから重大な発見であることが指摘されていたが、写本は古物商や国家の思惑に左右されて数奇な運命をたどり、さまざまな事情によって公開が遅れ、ようやく1977年にアメリカ合衆国でファクシミリ版が出版されたことで全容が明らかになった。これは死海写本とクムラン洞窟の発見以来の最新の大発見であった。
 さまざまな研究によって、写本に記された内容はおそらく1世紀半ばから2世紀にかけて成立したギリシア語の文献をコプト語に訳出し、3世紀から4世紀にかけて修道院で筆写したものと考えられている。(Wikipedia ナグハマディ写本)この文書にはグノーシス主義の文献が多くあり、この思想の研究が大きく進んだ。特に、そこに含まれているトマス福音書はグノーシス派によって書かれたと推定され、この派の聖書に対する影響が研究されている。この派のマルキオンは最初に聖書を編纂したが、彼は既にあった4つの福音書をルカ伝だけにまとめてしまった。その独断に反発した教会は独自の編纂活動を開始した。聖書の成立に関する二資料仮説という説が有力であったが、その中心であるQ資料の存在が問題になっていた。そのQ資料に結びつくものとして、このナグハマディ文書が脚光を浴び、二資料仮説は再び息を吹き返した。注目すべき事は聖書の編纂に熱心だったのはキリスト教徒ではなく、グノーシス派の学者だったことだ。

2.新約聖書の記事はどのようにして生まれたか

 聖書はキリストによる新約とユダヤ教時代の旧約から構成されるが、イエスキリストの言行録であるマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4福音書と使徒行伝、使徒の書簡集、予言の書、ヨハネ黙示録からなるが、その他外典としてユダの福音書や書簡が多数存在する。
イエスの言行録は口伝だろうか、記録があったのだろうか。ギリシャやローマの宗教で文書化されたものは殆どない。古代ユダヤ教、後に大宗教となったイスラム教やでは膨大な内容を特定の人が暗記をしていた。しかし、そのことは大きな問題がある。暗記をしている人が病気や戦争、迫害によって死んだ場合の損失があまりにも大きい。また、イエスの時代においても、教団には書記がいて、イエスの説教や逸話は記録されていたことは想像に難くないが、アラム語で書かれたもの、ヘブル語のものも存在しない。新約聖書は後にギリシャ語で書かれた。これは文書化されたのは当時の教養の中心であったギリシャ的教養人によってであることがわかる。あくまで想像であるが、福音書4篇あるいは外典は当初はすべて口伝であったろう。だから、4福音書には同じ出来事が、様々な表現で異なる内容となっている。ところが、文書化されたとたんに、口伝の内容が違っている事に当然気がつく。これを統一しようとした試みもあった。カトリックがその権威と組織を確立したころウルガータというラテン語の聖書が定められ、これが、宗教改革の時代まで翻訳される事も無く、絶対的な教典であった。近代的な聖書の分析や歴史的な文献調査、考古学的調査などが行われるようになったのは19世紀であった。戦後までカトリックはこうした学問研究を認めなかった。こうした研究はもっぱらプロテスタント教会の聖書学者により進められた。
 しかし、パウロや弟子達の書簡のみが最初に文書化されたものであっただろうか。突然書簡だけが文章であったとは考えにくい。又、イエスの十字架刑と復活に関しても、使徒達は離散していたとしても、シナゴグ等で集会を開いていて、復活の記録もそのときになされたことが想像される。又、パウロの伝道はイエスの十字架後から始まって、当時はまだ福音書は無かったから、彼の書簡集は聖書の中では最も古く、大きな影響を与えたことが分かる。
 初期のキリスト教において、こうした文書は大切にされており、文盲が多かったその時代においては聖書は朗読され、そして説教も行われた。次第にこれらはまとめられ、イエスを知っている使徒達が生きている間は口伝されたであろう。ところが、世代が変わるとおそらく不都合な事がいろいろ生じた。原始キリスト教団においては暗唱が中心だったかもしれない。使徒達の中には字を読み書きできなかったものもいた。しかし、伝道が広範囲になり、伝道者の数が増えるに従い、文書は重要な役割を持っていたはずで、福音書の記者が生まれ、多くの写本が存在した。福音書の成立に関する研究で、この口伝説は今は無視されている。おそらくは最初に一つの福音書が生まれ、それを伝える中で2つの福音書が構成された。これが共観福音書である。マタイ、マルコ、ルカの各福音書はそれぞれ影響し合ったことが分る。我々が読んでも、取ってつけたような逸話や終わり方をしているから、編纂後、違う記者によってかかれたものが挿入された場合もあるだろう。イエスの伝道期間が1年であることや伝道の地域がガリラヤであることなどが一致している。ヨハネは伝道期間は3年、活動地域の範囲はユダヤである。その写本作業に関わることは聖職者の大きな役割だった筈である。聖書に載っているのはその内の一部である。また、言語はキリストはアラム語で語ったが、新約聖書はその後、残っていないが、シリア語で書かれ、その後はギリシャ語であり、最初から翻訳されたものである。さらにカトリックはラテン語で翻訳した。本や巻物は高価なものであり、写本された。庶民はその朗読や物語を口伝により学ぶしか無かった。おそらく、原始キリスト教時代において、様々な文書や手紙が巷に広がり、マニ教やミトラ教などの古代宗教との混淆が行われた。初期の伝道においては様々な宗教との戦いがあり、また、キリスト教を受け入れた人々も既に別の古代宗教の信者であった筈だから、自分の持っている価値観や宗教観に則って理解せざるをえなかった。しかし、その中で、キリスト教の根幹である、キリストの復活、さらには死人の復活という基本概念は唯一無二のものだった。また、4福音書や書簡を伝承した当時の信徒達は極めて思慮深く、他宗教の影響を回避しながら伝えていった事は確かである。

3.聖書の編纂

 とはいえ、数百年のうちに様々な資料や主張が生まれた事は想像に難くない。その大混乱をまとめるために皇帝が宗教会議を招集した。西暦325年ニケア宗教会議である。大きな流れが2つあり、キリストが神ではなく人間であったという説でアリウス派、もう一つが、その逆で人の形をしているが、人間ではなく神であったという説で、これがグノーシス派である。今のキリスト教はこの宗教会議で正統とされたのは神・キリスト・精霊が三位一体としたアタナシウス説であり、今日もこれを基本にキリスト教は成り立っている。「この中で御父と御子は「同質」(ギリシャ語:ホモウジオス)であるという表現が使われたが、この語の使用は聖書にない言葉がはじめて教義の中にとりいれたという意味で画期的な出来事であった。参加者の間ではこの「同質」と「相似」(ギリシャ語:ホモイウジオス)のどちらを使うかということをめぐって激しい議論が戦わされた。結果として「同質」という言葉を好まない司教たちが多かったことがアリウス派論争が長引く要因となってしまった。Wikipediaニケア宗教会議」
 会議は一連の問題の議決およびアリウスとその一派の追放を決定して閉会した。しかし、この後も政治的な意図と神学論争を含んだ争いによって一度はアリウスの名誉回復がおこなわれ、アタナシオスたちが弾劾されるなど状況は二転三転、三位一体論争の解決にはなお多くの時間がかかることとなった。

4.三位一体

 聖書はこのアタナシウス説に従って編集され、ある部分は書き換えられたと思われる。その中心は復活信仰である。聖書は編纂に2世紀から3世紀の間で、教団の成立から300年以上もかかっている。聖書に三位一体という言葉は無いが、今の聖書はこの考えによって編纂されているのである。とはいえ、最初に福音記者が書いたものを書き換えたという程ではないが、多数の外典からふさわしいものだけを残すという編纂作業である。これは今日映画の編集等でも行われている事である。今も残っているギリシャの様々な文書、プラトンやアリストテレス、アリストファネスなどの文書の写本に比べると遥かに細心の注意を持って写本されているという。今日、エホバの証人という教団はキリスト教と自称するが、これはかつてのアリウス派の流れを汲み、彼らの聖書もその考えに従って改竄されている。だから、プロテスタントも、カトリックも彼らを異端としている。当時のキリスト教はこうした聖典の混乱に乗じて、キリスト教の文書を再構築して新しい宗教を構築したマルキオンなどの異端—グノーシスとの戦いであった。このグノーシスは様々な考えがあるが、共通しているのはこの世を汚れたものとする。そして、人間の救いは高貴な人々による、たえざる学習と教養、清らかな生活、ある種の敬虔さによってなし得、神と合一するという考えである。これは例えば、仏教における禅との関係にも似ている。庶民は救われない。されにこれは中世ヨーロッパにおいてアルビジョア十字軍によりカトリックが戦ったカタリ派や17世紀の理神論、さらにはアメリカの独立、フランス革命にもつながるのではないかと思われ、自分の研究対象である。新約聖書の成立、聖典化に関しては、オスカークルマンの「新約聖書(白水社)倉田清訳」を手始めの参考に調べていく。
聖書というのは旧新約各編膨大な内容があり、これを読み通すのは容易ではない。読むだけでは内容は分からない。興味本位で通読したという人が時々いるが、そうした人は殆ど意味を取り違えているか、頭には入っていないであろう。文章は決して難しくはないが、様々な人物、時代背景、言葉に隠された意味、新約聖書においては、福音書の奇跡物語、説話など、今の人間には理解できない事柄が多い。2,000年前ということを考えれば、当時このように記録され、編集された事は全く奇跡的なことで、霊感によって書かれたと言われても納得する。4つの福音書は内容が重複していたり、同じエピソードが違う内容であったり、当惑する事も多々ある。しかし、本来、聖書がどのように使われたかを考えれば、理解できることも多い。聖書というものが現代の印刷された本のように、通読することを前提には恐らく考えられていない。また、例えば、世の小説を分解し、一字一句分析しても、意味のある結果にはならないのと同じだ。聖書はやはり宗教的な環境に置いて意味がある書物だ。字の読めない信徒に朗読することが殆どで、17世紀まで普通の人が通読することは殆どなかっただろう。写本する役の人や聖職者は別として。聖書は教会で礼拝のなかで使われるように書かれている。だから、聖書はやはり、教会の礼拝において生きた言葉になるように組み立てられている。自分ひとりで静かに読む事も大切であるが、これはむしろ本来、編纂されたときにはそうした狙いで書かれていないから、意味を取りにくいのである。だから、はじめから研究しようと言う決意が無ければ読み通すのは困難な書物である。

ナグハマディ写本
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自分の好きな映画ナンバー1はアンジェイワイダ監督の灰とダイヤモンド、2.は ミロシェフォアマンのアマデウス、3.ジョージスタージェス監督というよりイングリッドバーグマンとヴォガードのカサブランカ、4.はソ連映画ポンダルチェク監督の「誓いの休暇」 5.ジョージ・スティーヴンス監督のシェーン 6.リドリースコット監督のブレードランナー、7.黒澤明の「七人の侍」、8.小津安次郎監督の「東京物語」 9.キャロルリード監督の「第三の男」 10.スティーブンキング作品の映画全て といったところ。
アンジェイ・ワイダの「地下水道」の続編、灰とダイアモンドは地下水道道の生き残りが反共テロリストになり、共産党幹部を殺しまくる。小生の選んだ最高傑作、ワイダはテロリストで女にも手の早い若者マチェクを極悪なコミュニストの敵に見せかけて、ジェームスディーンのような怒れる若者の青春を描き出した。マチェク役(ズビグニエフ・チブルスキー)は若くして亡くなり、ディーンを彷彿とさせる俳優だった。ポーランド共産党幹部はこの映画を憎き反動のあえない最後を描いた作品と思い込んだ為上映を許可してしまった。共産党幹部がマチェクに射殺された瞬間、ドイツ敗北を祝う花火が夜空に上がるシーンはまさに映画美。冒頭の惨たらしい共産党幹部の誤認暗殺シーンやバーの女を逆さキリスト像の下で口説いたシーンが良い。バーでグラスの酒に火を付けてワルシャワ蜂起で死んだ戦友の名を呼ぶ場面も凄い。ワイダは共産党がナチと変わらない撃ち殺される運命として描いた。党が気付いた時は海外の賞を総ナメで何ともならなかった。
最後のS.キング作品は多々ある。彼の作品にはスりガラスを爪で引っ掻いたような不快感があるが、何ともそれがワインの渋みみたいな感じでよい。彼の作品にはアメリカという国の原罪感がある。例えばインディアンの土地を奪ったことに対するもの、その霊に取り憑かれる話、ペットセメタリーやドリームキャチャーがそれ。子供時代のいじめのトラウマなどもテーマになっている。高度技術、例えば飛行機や管理社会に対する不安、地域コミュティや家族のを崩壊に導く悪魔と言った恐怖を描くのが上手い。平和な社会や家族の裏に潜む恐怖と凶暴な悪の存在が恐ろしい結果をもたらす。彼の作品で自分が見たものと見ていないものを整理すると、

☆ 見たものは
キャリー(1976, Carrie)
シャイニング(1980, The Shining)
炎の少女チャーリー(1984, Firestarter)
スタンド・バイ・ミー(1986, Stand by Me)
ペット・セメタリー(1989, Pet Sematary)
フロム・ザ・ダークサイド/3つの闇の物語(1990, Tales from the Darkside: The Movie)
地下室の悪夢(1990, Graveyard Shift)
ミザリー(1990, Misery)
スリープウォーカーズ(1992, Sleepwalkers)
ダーク・ハーフ(1993, The Dark Half)
ニードフル・シングス(1994, Needful Things)
ショーシャンクの空に(1994, The Shawshank Redemption)
マングラー(1995, The Mangler)
黙秘(1995, Dolores Claiborne)
痩せゆく男(1996, Thinner)
ナイトフライヤー(1997 The Night Flier)
ゴールデンボーイ(1998, Apt Pupil)
グリーンマイル(1999, The Green Mile)
アトランティスのこころ(2001, Hearts in Atlantis)
ドリームキャッチャー(2003, Dreamcatcher)
シークレット ウインドウ(2004, Secret Window)
ミスト(2007, The Mist)
1408号室(2007, 1408)

(見ていないもの)
クリープショー2/怨霊(1987, Creepshow 2)
バトルランナー(1987, The Running Man)
ライディング・ザ・ブレット(2004, Riding the Bullet)
キャッツ・アイ(1985, Cat's Eye)
死霊の牙(1985, Silver Bullet)
地獄のデビルトラック(1986, Maximum Overdrive)


☆ テレビ [編集]をビデオにしたもので見たものは
死霊伝説(1979, Salem's Lot)
ブロス/やつらはときどき帰ってくる(1991, Sometimes They Come Back)
トミー・ノッカーズ(1993, The Tommyknockers)
ランゴリアーズ(1995, The Langoliers)
シャイニング(1997, The Shining)
新アウターリミッツ 第3シーズン第15話『ベッカ・ポールソン』(1997、The Revelations of Becka Paulson)
悪魔の嵐 (1999, Storm of the Century)
ローズ・レッド(2003, Rose Red)
キャリー(2002, Carrie)
クリープショー(1982, Creepshow)

(見ていないもの)
フロム・ザ・ダークサイド 第1シーズン第8話『神々のワード・プロセッサ』(1985, Word Processor of the Gods)
トワイライト・ゾーン 第1シーズン第18話『おばあちゃん』(1985, Gramma)
フロム・ザ・ダークサイド 第4シーズン第9話『不幸のビデオ』(1987、Sorry, Right Number)
IT(1990)
ザ・ムービング・フィンガー 第3シーズン第24話『はいまわる指』(1990, The Moving Finger)
デッドゾーン(1983, The Dead Zone)
クリスティーン(1983, Christine)
チルドレン・オブ・ザ・コーン(1984, Children of the Corn)クジョー(1983, Cujo)ザ・スタンド(1994, The Stand)
クイックシルバー (1997, Quicksilver Highway)
トラック(1997, Trucks)
X-ファイル 第5シーズン第107話『ドール』 (1998, Chinga)


見ていないものの中にはビデオや映画公開されていないものもあるから、日本で公開された殆どのものは見ている。

灰とダイヤモンドの一シーン

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1.歴史的背景と映画

 2時間40分の大作で長いなあ!という感じだが、秀作。ドナルドサザーランドとかジョンボイトなど俳優陣も充実している。前半のゲットー内部でのユダヤ人協議会議長(ドナルドサザーランド)の苦悩と武装蜂起派の成長などの経緯がまどろっこしい。しかし、ゲットーの解体が始まると抵抗運動が活発化する。コルチャック先生等も登場する。ワルシャワ・ゲットーにおけるユダヤ人達はトレブリンカに送られていった。ポーランドには大戦前300万人のユダヤ人がいた。そのうち38万人が1940年からワルシャワのゲットに押し込められた。最終的には絶滅収容所に送られたが、1941年に第一陣6000人が送られた後、抵抗組織が蜂起した。その時の模様が描かれた作品である。ドイツではこの事件は圧倒的なドイツ軍の制圧で終わったようになっている。確かに完全に鎮圧され、公表上はドイツ軍の死者は18人、戦傷者も100人以下であるが、実際には100日以上も戦われ、ドイツ軍は毎日2000人もの軍隊を投入し、1,300人以上の死傷者を出した凄惨な戦いであった。この蜂起でシュトロープの記録では約13000人が射殺または焼死。残りは絶滅収容所に送られる。合計で56,065人が殺害され、もしくは捕虜となり死亡した。映画では指導者の一人モルデハイを軸に多くの若者群像が描かれる。この蜂起で100人程の生き残りがいた事は驚きであった。これはポーランド側のレジスタンス組織の支援もあったからなし得た事であったが、当時のドイツ軍はまだ東部戦線に消耗していたとはいえ、軍事組織として健在であったから、武器も食料も乏しいゲットー住民には到底戦い続けられるものではなかった。映画ではポーランド側の非協力ぶりが描かれるが、ポーランド人の中にはゲットーに入り込んで共に戦った人もいたのである。だからこそ地下水道を伝って脱出できた人もいた。この蜂起が後のポーランド人によるワルシャワ蜂起につながったとは言えないが、ゲットー蜂起の生残りにもまた、参加した人がいた。このあたりはポーランドの研究課題らしい。
 
2.イスラエルの評価
 
 この抵抗に関し、現在のイスラエルでは極めて高い評価が与えられており、第3次中東戦争までは膨大な死者を出した強制収容所よりは大きく喧伝されていた。ワルシャワ・ゲットー蜂起の生き残りであり、指揮官であったイツハク・ツケルマン(Yitzhak Zuckerman、ŻOB の指揮官代理)とその妻のジヴィア・ルーベトキン(Zivia Lubetkin)を含めた「ゲットーの闘士」は、生き残り、イスラエルにおける Lohamey ha-Geta'ot と呼ばれるキブツ(ゲットーの闘士のキブツの意)に移り住んだ。1984年にキブツのメンバーは、"Dappeo Edut"(「生存者の証言」、ツビィカ・ドロールが面談を行い編集した)を出版した。これは、キブツの96人のメンバーから証言を取り4冊構成である。アッコの北にあるキブツには、ホロコーストの記録を収めたアーカイブと博物館が存在する。ガザ地区の北にあるヤド・モルデハイ(Yad Mordechai)は映画の中で描かれる指揮官モルデハイ・アニエレヴィッツの名前から名づけられたという。
 シンドラーのリストや戦場のピアニストのように、映画がユダヤ人の強制収容所のリアルな姿で描かれるようになったのはこの10年のことで、イスラエル側はむしろ沈黙していた。もの言わぬ羊のごとく絶滅収容所に向かうユダヤ人は無抵抗の結果で、何も生み出さなかった。600万人ものユダヤ人が無為に亡くなったことはむしろ軍事国家としては国民を鼓舞しないからだ。無抵抗である事が敵の残虐性を増すというのが彼らの教訓になった。これを繰り返さない事が国是であるイスラエルは軍事大国としての体制を強めていく。イスラエルがアイヒマン裁判を始めた頃からヒトラーの絶滅収容所が世界に訴えられ、当時から大量殺戮は無かったという反論もでていたくらいだ。もちろん、夜と霧とか、パサジェルカ、愛の嵐(Nightporter)、TVドラマのホローコースト、ソフィーの選択といった作品もあったが、いずれもフランス映画やハリウッド映画であり、イスラエルの作品は無い。描いたのはハリウッドの在米ユダヤ人監督や俳優達であった。

3.映画の背政治的背景

 この映画はアメリカで2001年に制作されており、フランスポーランドドイツ合作の戦場のピアニストなどの他のホロコーストものと同時期であった。こうした映画の制作は、在米ユダヤ人のイスラエルに対する何らかの動きと気脈を通じるものであり、イラクなどアラブの大義がイラク等によって世界に声高に叫ばれたことへ対抗する時機に作られており、極めて政治的なユダヤ人の戦略が背景にある事を感じざるを得ない。当時のイスラエルは第二次インティファーダを経てシャロン政権へ移行するときであり、イスラエルがオスロ合意やキャンプデービッド協議を吹き飛ばし、パレスチナ難民に戦勝者として高圧的に振る舞い始めた。まさのその直後9・11が発生した。日本と違い、彼らに取っての映画とは政治的主張の一つなのである。

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 ソセゴン中毒というのがある。最近、酒井法子の覚せい剤中毒は有名で、当然これを使ったり、所持していると逮捕される。だが、このソセゴン中毒というのは病院特有のもので、犯罪にはならないらしい。というのは、ソセゴンは、何かの怪我とか、痛みを伴う症状の病気で救急治療を受けたときに鎮痛剤として良く使われ、点滴や注射されると、頭がもうろうとして来て、気持ちが良くなる。これに味を占めて、何も悪くないのに、痛いという症状を訴えて診察に来る患者がいる。麻薬ではないがオピオイド系の鎮痛剤だ。何も悪くないのに、医師は痛いというので仕方が無いのでソセゴンを射ってしまうと、又別の日に来る。これは中毒だなと思って医師が断ると、患者も何かかんかと言って鎮痛剤を要求する。友達の医者は生理的食塩水を注射してやったら、効かない筈なのに、気持ち良さそうになったのに驚いたそうだ。いわゆるプラセーボ効果ということだ。何度か来ると医者も分かるから断ったりすると、今度は別の病院に行って、やたら痛くてたまらん何とかしてくれと注射されるように仕向ける。こうなると医者は一種の加害者、患者は完全に中毒。そんな輩がいるんですね。鎮痛剤といえばオキシコンチンやフェンタニールなど非麻薬系の進歩は近年急速である。病気というのは完治は難しいが、延命効果や痛みを抑える技術はとても早く進歩しつつあり心強い。
 最近、アブラキサンという乳癌の抗がん剤が期待されている。Ⅲ期の患者に使われるから、効果は30%位らしいが、まだ未承認だ。パクリタキセル系でタキソテール、タキソールのように副作用の強い溶剤や点滴チューブに特殊なものを使わなくて済むらしい。最近分子標的型抗がん剤ラバチニブが承認され、HER2陽性の患者にはハーセプチンの次に使える薬として朗報である。末期がんの特効薬アバスチンの乳癌適用は未だなされていない。欧米では適用されているのに、日本では大腸がんだけである。価格が高く、保険財政上の問題だろうか。効いても2年が限度だろうか。これを使う時が来ないように願う。出来るだけ、使いたくない薬ではある。乳癌の化学療法は特に進歩が著しい。この5年間のうちに進行性の患者でも10年くらい延命できるケースが出るだろう。となれば、日頃ピンピンしていて、突然脳梗塞や心疾患であの世行きになったり、半身不随になるよりも、健康に注意しながら天寿を全うすることになるのではないだろうか

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日本のプロテスタント教会は明治6年にキリシタン禁教令が廃され、横浜に来た米国の宣教師によって布教が開始された。幕末の志士に大きな影響を与えたフルベッキ、ローマ字で有名なヘボン博士、クラーク、ジェーンズ、バラなどの米国人宣教師達は母国でも上層階層の人達であった。ヘボン博士はプリンストン大学、クラークはアマーストカレッジからドイツで博士号を取ったし、ジェーンズはウエストポイントを出た北軍の将校であった。彼らは当時の日本人青年に布教したが、その中心は札幌農学校の生徒など旧武士階級とその子弟であった。小生の行っている牛込払方町教会の2代目牧師、奥野昌綱もその内の一人で、ちなみに、初代牧師小川義綏(ヨシヤス)も日本で最初に牧師になった人で、彼は富農層であった。宣教師達はニューイングランドのピューリタンであったことが、その後の日本のプロテスタント教会に大きな影響を与えた。彼らは聖書を日本語に翻訳し、ミッションスクールを設立した。日本の近代化に残した足跡は大きい。と同時に、日本の教会にピューリタンの倫理も持ち込んだ。日本のクリスチャンに敬虔という接頭語がつけられるのはそのためである。彼らは、日本に禁酒運動とか、一夫一婦制、更には廃娼運動へとつながった。戦後も売春禁止法の成立に日本のクリスチャン婦人の団体、婦人強風会の貢献は大きく、その中心が宣教師の影響を強く受けた禁酒運動や廃娼運動の中心、久布白落実や矢島楫子であった。日本の女子教育にも力を入れ、女子学院、東洋英和、津田塾、東京女子大などの今日の名門校が産声を上げたことからも、日本のキリスト教の布教において、女性の役割は大きかった。当時の日本は男性社会であったが、特に士族の没落とも相まって酒癖の悪い人が武士階級にも多く、家族に暴力を振るうために、女性は苦労した。例えば、首相にもなった黒田清隆などは酔って刀を振り回し、妻を斬り殺したが酔った上の事として罪に問われなかった。女子学院を創設した矢島楫子は夫から、手裏剣で刺されたりした。また、江戸時代からの伝統で、妾を持つ事は余裕のある家庭では当たり前のように行われていたし、士族階級でも吉原に行ったり、女癖は悪かった。これらを罪とするキリスト教は当時の教養ある女性には救いの道に思われた事であろう。現在も矯風会館が新宿の大久保駅のそばに残っている。プロテスタントが当時の武士階級や富農層から布教されたことが今日のプロテスタントの伝道の限界としてあげる向きもあるが、当時の教養ある女性からキリスト教が根強く受け入れられていったことは注目すべきである。今日も、教会の礼拝の出席者はどこの教会も女性が男性の2倍はいて、教会形成の基盤となっている。結婚式をキリスト教で行いたがる傾向も、女性の好みが強く出ており、日本の女性にキリスト教は好感度が高いのである。08年は日本のプロテスタント伝道150年、さらに今年は賀川豊彦が社会活動を開始して100年である。日本のプロテスタント教会の伝道活動、さらに社会貢献の意味を考える機会である。

 

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1.友人 E 君からのメールです

 「ショーン・コネリーがチャールズ・ダーウィンを演ずる映画「クリエイション」の上映が、米国内での「進化論」への反発を懸念して配給されないと決まった由。http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2009091300077 (日本の一部の教会は「進化論のまちがい」とか、堂々と(しかし科学的には貧相な)反対論を唱えている。)しかし、今時、グラスルーツの米国人有権者の半数近くが「進化論」を受け入れないという「カルト国家」が行う「アルカイダへの人類の敵認定」を「世界の普遍的なスタンス」として日本もこのまま無批判に受け入れていていいものかね。今回のこの映画への「米映画興行界」の凄まじい自主規制とか、最近のオバマの主導する「国民皆保険」(小生も米国に向いた制度設計とは思えないけど…)に対する「原理主義的憎悪」を見ていると、あの国の「マトモさ」は極めて疑わしい。こんな国なら第2の9.11とか第2のリーマン・ショックの再発は遅かれ早かれ不可避だと思われる。」

2.以下小生のコメント

アメリカの進化論に対する嫌悪感は驚き。ルート66沿線諸州に高校の生物学が無いところがあって、その州は大学に医学部を置けないと医科歯科の授業で聞いた。テネシー州とかアーカンソー州などがそうした州で福音派右派が大勢力で何千人も集めるメガチャーチが多い。聖書を丸ごと信じ、イスラエルでハルマゲドンが起きる日を待ってる連中。中絶論者は撃ち殺される。小生の長老派やメソジスト派などヨーロッパ系では科学と聖書は全く矛盾しない。この論争は20世紀中旬に終わっている。聖書は科学のテキストではない。人間の精神史として捉える傾向です。理神論がアダムスミスなどの中心的神学だった時代は19世紀の科学の発達に打ちのめされたがキルケゴールからバルトなど実存神学的が新たに聖書に命を与えた。キリスト教はナチスの暴力に対する神の沈黙だって説明しなければならず、2000年間攻めまくられてきた。ところが、あの無神論国家ロシアや中国で今やキリスト教が急拡大してる。人間の心の世界は科学よりダイナミックだ。イスラム原理主義もその流れにある。「イギリスのドーソン某さん、進化論者はアフガニスタンに行ってテメーらコーランなんか嘘っぱちだと言ってみろ。頭でッカチなんかAK47で頭飛ばされまっせ。」、マクグラス博士の科学と宗教論読んでほしい。アメリカは建国以来プラグマティズムに浸ったため思想的には19世紀で今だに進化論に怯えている。しかし、その啓示性とか死からの復活という中心的メッセージをそう簡単に割り切れない。全て信仰の問題です。信仰というのはまだ見ぬものを信じ、築き上げるもので、帰納的に証するのに対し、科学は仮説から証明し、分析し、予測、創造する。進化論が今はダーウィンの適者生存自然淘汰説とは変化し、既に歴史的思想だという考えを持つ人は教会には多い。ゲノムの変化とか進化という現象を否定する人はいないと思う。教会には医師も物理学者も沢山いる。日本はダーウィンを金科玉条の正しい理論として、キリスト教攻撃の材料にしたがる。聖書の創世記を否定する理屈に進化論を引き合いにするマルキストの馬鹿野郎には小生もムカついてくる。マルクスの資本論なんか難しくて読めないが、唯物論的弁証法みたいな理論こそ捏造だ。マルキストの本は全く目が痛くなる。はっきり言ってダーウィンという男は女にもしつこいストーカーみたいな奴だったらしい。ダーウインの理論が結局は人種差別とかナチスに利用されたことを忘れないで欲しい。アメリカ人は40%が進化論を信じないとか、日本人は信じてるとかこれも変な話だ。科学は証明するもので信じるもんではないだろー。

3.アメリカの保守化の中、日本は成長できるのか

 今回の選挙での民主党の公約はいろいろあれど、肝腎なものが抜けている。それは経済成長に対する対応であり、戦略だ。福祉も医療も経済の成長無くしては税収も減少し、実現できない。新しい成長戦略は我が国の国内経済の萎縮という中で対応せざるを得ない。戦略こそ重要で、これを示すのが国家です。教育や農業補助金等で内需を多少は盛り上げられるが、とにかく、これからの日本は少子高齢化、消費者ニーズも飽和的で、給料も上がらなければ内需の見通しも限界がある。atあと50年もすれば団塊の世代は絶滅、日本の人口も4割減るんですから内需は増えるわけない。彼らの言うアジア重視というのは一体何の事か分からない。既に企業レベルではアジア、特に中国経済に依存する度合いはこの5年間飛躍的であることはよくわかっている筈。国にやってもらいたい事はもっと進出に協力しろということで、やれることは権利の確保、知的所有権、何でもやってもらいたい。しかし、実態として、対米投資はアジアへの何倍もなされ、欧米に向いた姿勢は変わらない。ではアジアの市場を誰が一体どのくらいつかんでいるのか。かつて、ODAに乗って大手商社がぼろ儲けしたり、今も商社は日本製品の現地生産拠点、資源とか、車でいえばトラックやスズキ、ダイハツの安車ばかりを売ろうとしている。トヨタもアメリカ、欧州に売ってばかりいたからこのザマ。これからの、アジアの中産階級とか、新興成金のニーズはどの程度とらえているのか。昔、アホな軍閥がアジアに神社を建てて拝ませようとしたり、アジアの市場=民衆の動きをどの程度とらえているのだろうか。日本はこれから、低排気車、省エネ車を商品としてどこまでのばせるのか。中国と手をつなげば世界を制覇できるが、中国の知的所有権の問題をきちんと片付けなければ、コストは日本より安く、技術が上となれば日本には何も残らない。とにかく、中国は嫌といっても付き合わざるを得ない。これからの市場は国内より、やはり、インド、中国、さらにはアフリカ。中国を軸に、インド、東南アジアを緩衝圏として巧みに市場を押さえるしか無い。内需が決め手という政策は間違っている。これらの市場に関してはアメリカの方が日本よりはるかに情報をもっている。日本はアメリカ同様イスラム圏に対しても資源しか見ていない。イランも立派なイスラム教という宗教と文化を持っている。石油ばかり見ないでこちらも勉強しよう。目が疲れたらペルシャ絨毯でも眺めるといい。
 無宗教国家日本にはアメリカが確かにカルト的宗教国家に見える。しかし、あれだけの広大な国土、人種の多様性、富の偏在、州ごとに異なる産業と資源、パワフルな企業を統治するには宗教や緊張がなければ到底無理。その最大公約数が宗教であり、最小公倍数が暴力だ。宗教の自由はあるが、何でもいいというわけにはいかない。キリスト教はアメリカの建国の精神だ。アメリカの企業の力は日本みたいな効率の悪い国では目立たないが、儲けられるところでイラクのハリバートンみたいにぼろ儲けして、悪辣なほど強力。とにかく、産軍共同体で財政赤字も何のその、そこで得たビジネスノウハウを企業化して、情報、兵器、医薬品、さらにはアメリカンライフスタイルで映画、マック等の食品で大もうけという仕組み。これが世界を不幸にしていることは知らん顔。GMは結局国が支えるが、あの産業は最早それほどフロントランナーではないのはアメリカ人が一番知っているだろう。落ちこぼれは健康保険なんか入らないから困るのはあたりまえ。怠け者の、麻薬中毒の黒人の健康のために何で自分の税金を使われるんだ、オバマはこの国を社会主義にしようとしているからけしからんという論理。もっとも彼らは社会主義=ソ連やナチスであってイギリスや北欧がそうだという知識も無い。哲学の貧困のせい。


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 牛込払方町教会という日本基督教団の教会に毎日曜日通っている。小生の祖父は九州でメソジスト派の牧師をしており、父もこの教会の長老をしていた。キリスト教は自分の幼児の最初の記憶が祖父の教会だから、自分の頭の中に定着した世界である。日本には創価学会の会員の世帯が600万人いるそうだ。それに比べると、カトリックも入れてキリスト教徒は100万人くらい。教会に毎週行っている人はその半分もいないだろう。日本ではクリスチャンは全くの少数派である。その割りにはミッションスクールとか、クリスマスとか、文化としてのキリスト教は西欧文化の一つとして結構なじまれている。日本のキリスト教会は学校教育の世界で大きく貢献した。特にICUとか上智、青山学院、立教といったミッションスクールは人気校でもある。東洋英和、聖心とか雙葉、白百合などはお嬢様学校として都会の教育ママのあこがれでもある。しかし、何故かクリスチャンは育たない。お隣の韓国に比べるとその差は大きい。韓国はキリスト教国といってもいいくらいキリスト教徒が多い。韓国統計庁が2005年発表したところによると、韓国の宗教人口は総人口の53.1%を占め、非宗教人口は46.9%である。このうち、仏教が22.8%、プロテスタントが18.3%、カトリックが10.9%、儒教0.2%となっている。プロテスタントとカトリックを加えたキリスト教全体では29.2%となっていて仏教より信者の数が多い。キリスト教信者数は約1376万人となり、韓国はアジアでの信者絶対数では中華人民共和国、フィリピン、インド、インドネシアに次ぎ5位である。国民全体に占めるキリスト教信者の割合ではフィリピンに次ぐアジア第2のキリスト教国である。人口の30%とか日本の比ではない。かつてローマ法王が日本の枢機卿に理由を尋ねたが、上手く答えられなかったそうだ。まあ組織としてはいろいろ報告もするだろうが、「分かりません」ということだったそうだ。しかし、日本でクリスマスや日曜学校に教会に行った事のある人は人口の6割はいるだろう。その多くの人は無宗教ということだろうか。日本のキリスト教会が関心を持って教会を訪れた人をつかみきれていない事は確かである。
 韓国においてキリスト教は歴史的に大きな役割を果たして来た。このことを知っている人は少ない。伊藤博文を暗殺した安重根、日本からの3.1独立運動で多くのキリスト教徒が日本の官憲に逮捕され、迫害されたクリスチャンが国民から英雄視されている。今年の3月初めて知った事だが、東京神田猿楽町の韓国YMCAで朝鮮独立運動の記録が展示されている。この場で朝鮮からの留学生(女子学院の生徒など)が運動を起こしたのである。このことを日本のキリスト教徒はどれだけ知っているだろうか。神社参拝拒否運動とか、朝鮮民族意識の高揚に大きく貢献した。朝鮮の独立運動などの指導層にクリスチャンが多かった。社会的に尊敬され、社会に貢献したことの差が影響していると思う。
 日本においてはむしろ明治維新後、日本の西欧化にキリスト教は貢献した。ところが、国の近代化や国際化がある程度進んだ段階でキリスト教の魅力はどんどん薄れている。かつては教会が西欧世界の窓であったが、今や教会がなくとも教育も、福祉も、医療も不自由無くその恩恵に浴せるようになった。日本の西欧へのあこがれは日本人が年間15,987千人(08観光白書)が海外旅行する時代には無意味となった。クリスマスやハロウィンに海外でこれを体験し楽しむ時代である。むしろ、日本人としてのアイデンティティが求められる時代であり、これにキリスト教がベクトルをあわせられないことが問題である。国際化しつつある生活様式の中で心の中まで西欧化するには抵抗があるのだろう。教育者が今日それほど尊敬されていないことも影響がある。教会の力は、礼拝であり、説教である。この内容が日本人の共感を受けていない事もあるだろう。一体何が今日のキリスト教環境に影響しているのかを考えたい。

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