<   2009年 08月 ( 22 )   > この月の画像一覧

 07年頃は英国の医療、NHSによる医療体制は殆ど「終わっている」という評価だったと思うが、当時のブレア政権の懸命の努力が結実し、かなり再生しつつあるのではないか。医療費をGDPの9%位まで引き上げ、公費を投入、医療関係者の待遇改善などの実効的な政策を進めた結果である。いまだに、長い待ち時間という欠点はあるものの、医療を国民のものとし、患者の立場を尊重するとか、病院の評価、内部牽制の仕組み、トラスト間の競争等、新しい工夫がなされたという。GP、PPIなど、我が国でも応用できる仕組みが沢山あるように思える。イギリスではGPという医師の診断が無ければ大病院には行けない。病院のコンビニ化とか、その業績評価、医師、看護師の過酷な労働環境などはイギリスの仕組みで抑制できる。イギリス人というのは他のヨーロッパ諸国と違い、その創造性において、普遍的な価値を生む力があるように思う。フランスや北欧のものが優れていても即導入できるかというと、かなり、歴史的背景や独自性が強く、そのシステムそのものが応用しにくい。
 医療改革をブレア政権は決意を固めて進めたという。医療というのは一国の政治の根幹であり、政治の大きな目標であり、防衛、外交と並ぶ国家政策の中心として取り組むものであるということである。その点、国土が山や川の災害に弱いという特徴により、我が国は土建国家であり、公共工事の比率が高い。医療福祉が先進国家として中心政策になるのは当然である。これが、政争の道具になったり、マスコミの誤った報道により本来の姿を見失っていくことが今日の姿でもある。

民主党政権が医療の現場に根ざした政策を進めるように期待する。特に、秋からのインフルエンザ対応等新しい状況への対応が目前の課題として試されることとなる。
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1.戦場ではどのように戦ったのか
 武道は武士が戦いを前提に、その職業的な使命により、日々鍛錬した技術である。従って、武芸十八班、特に弓道、剣術、槍、柔術、砲術、泳法、薙刀、十手、手裏剣、抜刀術(居合)棒術、鎖鎌などで武術又は兵法として総合格闘技でもあった。武道となったのは明治以降、道としての教育的、道徳的要素を中心におくようになった。戦国時代から、江戸時代に入り武術としても平和な時代が続くにつれ、変遷を続けて来た。剣道はかつて、甲冑を着けた戦闘時の技術から、平和時、身分の象徴として侍が常時着装していた大小2本の刀の使用法へと変化した。特に、平和な時代、鎧を着けない武士の武器として刀は身分の象徴であり、常時携帯していたから素肌剣法の発達が進んだ。宮本武蔵の二天一流、小野次郎左衛門の小野派一刀流、柳生家の柳生新影流などであった。江戸時代初期において、戦国時代の格闘を実際に体験した古武士からは素肌剣法は邪道とする者もいた。戦国時代の戦いは我が国では映画など、特に、黒沢明の影武者などで映像美として、また、NHKの大河ドラマでも合戦の模様が描かれている。ところが、これらは映像効果を優先するため、実際とはかけ離れた形になる。
 実際の戦場の記録を読むと、映画等では見る事の出来ない様相であった。その一つをあげると、ある大名家における戦の論功賞等の記録には負傷者や死者の数等が詳しく書かれており、刀による被害は比率としては少ない。実際は鉄砲や矢傷、槍、投石による者が多かった。では刀は必要なかったかというと、決してそうではない。格闘や戦闘というのは基本技術というものを軸に発展する。その中心が刀と弓であった。これは軍事を考えるときに必ず突き当たる問題である。例えば、海兵隊が戦車やミサイルを軸に戦術や部隊を編成している。個人は鉄砲は不要かというとそうではない。核となるのはライフルを軸に個人格闘能力の単位を基盤として戦闘集団能力を決定する。
 江戸時代まで戦闘の基本単位として、刀は中心であった。ではどのように使われたかというと、これも切り合いのような事は最後の手段である。実際の戦いは、遠隔戦であり、鉄砲、弓矢、投石で大勢を決し、制圧時に槍や長刀、更には刀や鎧通しなどが使われた。実際に戦闘の大勢が決すると、戦わずとも戦線から離脱したり、合戦中に逃走したりする事で、自分の命を守らざるを得ないのが実態である。哀れなのは負傷したり、逃げ遅れて敵に包囲された武将やその家来である。槍や弓に囲まれ、最後に刀で仕留められる。その時首を掻き取られるが、戦場において短期間に首を取るためには短刀よりも刀を両手で押切りにしたり、足を使って一気に切り取ったという。また、戦死した同胞の遺体を持ち帰るときにも、遺体は持ち帰れないので、急いで首を持ち帰るために刀が使われた。刀が必需武器であることは間違いない。意外にも投石(石つぶて)による戦傷者が多かった。例えば、江戸時代に入ってからだが、島原の乱では新免武蔵が投石で無念にも負傷し戦線から離脱し、功ならず、面目丸つぶれであった記録が残っている。
 テレビでしばしば見られる騎馬軍団の一斉突撃というのはナポレオン軍のミュラー将軍が騎兵を機動部隊として率いた例、また、モンゴルの騎兵などが実例としてあったが、日本に騎馬軍があったとしても、ドラマのような集団の一斉突撃等は行われなかったと推定される。その理由の一つは一般的に日本の馬は小型であり、重装備の武士を乗せて長距離を走る体力が無かった事があげられる。中世の騎士道に出てくる鎧を着た騎士の突進と言う訳にはいかなかった。また、騎馬に乗るのは武士としてある程度以上の身分であり、家の子郎党を引き連れて戦場にでており、騎馬だけで単独行動はしない。特に、封建時代の身分制の中で、行軍から、戦場における集団戦においても秩序を崩す事は無かった。家を中心に主君を囲み、家来、小者などか集団をつくり、下馬していることもあり、長い距離を移動したり、逃げるときに使ったと言われている。幕末にペリーが浦賀で軍隊の行進を見せた時、幕府の侍は天地がひっくり返るような衝撃を受けた。身分を超えた部隊編成で、集団行動を取るのを見て、これが自分達より強力である事を悟った。このことは軍制の西欧化をただちに始めた事でも分るし、それを見抜いて改革を始めた武士のインテリジェンスには敬意を表する。鳥羽伏見の戦いや戊辰戦争、会津戦争などでも幕府軍は敵の首級を取る事にこだわったり、機動的な集団戦は出来なかった。むしろ、戦国時代の戦場の方がその時代なりの合理的な戦闘原理にもとづいて行動していたのではないだろうか。

 2.剣道と武道
 実際の戦闘に置いては経験則により、実際に敵を倒して勝ち抜いた経験が絶対的なものだったことは想像に難くない。例えば手甲に相手の刀を撃たせて、その隙に投げ飛ばして喉を突くと言った技である。とはいえ、過酷な状況を生き抜いて来た勇者は多くを語らないものである。塚原卜伝は150ほどの首級をあげたことで知られるが、彼が切り合いの結果これらを達成した訳では無い。彼は多くの家来を引き連れた塚原城主という殿様であり、集団戦で彼の功績になった首級数と思われる。当代無双の剣名を挙げる。「鑓合九度,高名の首廿一,其内鑓下の首,或は崩際場中の首七度有て武辺誉の者也」(『甲陽軍鑑』)とあり,弟子に多くの剣豪、室町幕府将軍足利義輝,伊勢国司北畠具教がいる。北畠具教は信長の計略で包囲され殺されたが、最後に19人を斬り殺したという強者で、また、足利義輝も最後は刀を何本も取り替え奮戦した記録があり、その師、塚原卜伝の力量はただならぬものであったことがわかる。
 では、現代の武道、剣道が剣術とは似て非なるものであったかどうかであるが、結論から言えば、現代剣道は未だに刀との関連で定義に曖昧なところがあり、技術的な基準が必ずしも明瞭では無い。そのような事情から比較しにくいのである。しかしながら、居合と竹刀剣道、古流の組太刀(形)などから、部分的にその技は引き継がれているとみてよい。逆に現代剣道においてこそ、そうした技は継承されていると言っても良いと思う。それ以外の流派は稽古の方法、伝承の仕組みがあまりにも個人的であり、かつての剣豪の技を形としては模写できてもその鍛え抜かれた神髄までは到底伝えられるものではない。しかも、組太刀は秘伝であったから一部の免許皆伝者のみが知った。
 全く我々の想像もつかない戦場の姿からは、実際の刀を使った戦いの実像は不明なのである。数少ない記録からみて、その時一番大切な事は「呼吸」だということである。重たい武具を身に付け、時には駆け足も必用とされる戦場では息切れした場合は致命的な結果をもたらす。打突においては形よりパワーが重視された。幕末の興武所で採用された流派は皆激しい打撃の技を持っているもので、形が華麗な柳生新影流は採用されていない。幕末の興武所では直心影流や小野派一刀流、明治になって北辰一刀流などが技においても、稽古の方法においても残されたのである。
 現代剣道の竹刀の使い方と実際の刀とはどう違うのだろうか。現代剣道では打突部位は小手、面、胴、突であり、(相手が上段の時には左小手、逆胴が認められるが)刀で行われる袈裟切り、左右の変化、足切り、諸手付きなどは否定される。これが居合いになると全日本剣道連盟制定居合などでも袈裟切り、諸手は組み込まれている。このあたりの整合性はどのように解釈されるのか、
竹刀を刀のように使うという事が抽象的な理解に終わっているのである。これが武術となり、古流になると、直心影流のように目突き、足切りと多様な技がある。本来的な刀の技は竹刀より実用から生まれたものであるため、むしろ技は多様なのである。剣道発展のためには昇段審査や試合だけでは限界が見えている。国際剣道の観点からも、海外からは日本文化としての剣道に関心を持たれている。武道からの新たな剣道観が展開されることを期待したい。

 
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イスラエルの存在に対して、パレスチナ国家設置と難民帰還はアラブの大義としてイラクやイランのイスラエルの攻撃理由となってきた。しかし、このアラブの大儀なるものはそもそも、かなりいい加減な歴史的経緯を持っている事を日本の報道は書かない。今日ではイラクのフセイン政権崩壊後死語になりつつあるのだが。イランは本来イスラエルと戦う理由がなく、閣僚に親イスラエルである事が分かって解任された奴がいたくらいだ。アフマディネジャドの過激な論調は国内の不満をそらすためだ。そもそもアラブの大儀なるものの正体は第一次中東戦争ーイスラエル独立戦争の真実において最近明らかになっている。ベングリオンの日記が公開された。ヨルダンのアブドゥーラ国王はシリアを自分のものにしようとイスラエルを巻き込んだ。ヨルダン川西岸含めトランスヨルダンはベングリオンと分割する話がついていてパレスチナ人の運命は決まっていた。イギリスの良い子だったヨルダンの覇権を防ぐためアラブ諸国はイスラエルを攻撃した。確かに映画アラビアのロレンスでもイギリス軍アレンビー将軍とファイサルは一緒にダマスカスに行って仲が良さそうだった。ヨルダンはイスラエルにシリアを攻撃させて、そのどさくさにシリアのイスラエルからの防衛という目的でダマスカスを支配しようとした。これはイスラエルに手を焼いていたイギリスの思惑に一致した。イギリスの中東間接統治に繋がってしまうとアラブ諸国は恐れていた。ヨルダンがシリアを諦めればアラブはやる気がない。第一次中東戦争はイスラエルを海に追い落す戦いではなかった。所詮これはアラブ諸国の王侯達の勢力争いでそこをイスラエルが善戦したため何も手を出せなくなったアラブの犬の遠吠えがアラブの大儀なるもの。はじめからパレスチナ人なんか目じゃない。彼らは今ではイスラエルのゴミ拾いかポンコツ自動車の修理でもやってりゃいいと思ってる。これがアラブの本音。「放火が実は火事場泥棒目的」というのは第二次中東戦争(スエズ動乱)でもイスラエルが使った。あの辺では一般的のようだ。イスラムも「商人の論理」だからね。シリアの動きとか…。独立戦争時、開戦の4日前、アンマンでアブドゥーラ国王とユダヤ機関(創建イスラエル政府)を代表して秘密裏に「独立戦争」の落としどころきを交渉していたのは「初代鉄の女」ゴルダ・メイア。国家独立を急いでくれるな」とのヨルダン国王の要請に対し「2000年待ちました。急いでるですって?」と一蹴した。日本人の理解する「アラブの大義」の胡散臭さは次のブログがよく表している。http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/dc9f3e95edd71f668722e90cd63c9054 ここの末尾のリンク「関連記事 パレスチナ」にも出てくるが、「ブラック・セプテンバー(黒い九月)」事件がそのヨルダンのパレスチナ人に対する本音の典型的な回答。それが「ミュンヘン」事件に連なり、ゴルダ・メイアがテロの下手人たちに対する報復「神の怒り作戦=Operarion Wrath of God」を発令することになるのは映画「ミュンヘン」で描かれた。

民主党はその外交政策でパレスチナに対する支援をうたうが、こうした歴史的経緯をどこまで学んでいるやら。アラブの本音を良くつかんだ上で外交やらなければ世界は渡れない。

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映画「ルワンダの涙」を鑑賞しアフリカを考える
 この映画はルワンダのフツ族によるツチ族虐殺を描いたものである。既にホテルルワンダという映画が昨年ヒットした中、地味ではあるが、ノンフィクションとしてなかなかの出来映えである。
 ルワンダは中央アフリカ、コンゴとウガンダの南に位置する。アフリカ諸国同様、ヨーロッパの植民地で、第一次世界大戦まではドイツ、第一次世界大戦以降はベルギーの植民地であった。ヨーロッパ人の植民地政策は民族対立を煽り、混乱に乗じて支配するやり方が多い。少数派のツチ族はキリスト教徒が多く、植民地下でツチを君主及び首長等の支配層とする間接支配体制が築かれ、多数派のフツとごく少数のトゥワはより差別を受けるようになった、1962年の独立の前にツチとベルギー当局との関係が悪化し、ベルギー当局は国連からの関係改善の勧告を無視し、社会革命としてフツによる体制転覆を支援した。第二次大戦後のアフリカは多くの国が独立したが、ウガンダ、ブルンジ、コンゴなど、過去の植民地政策の影響から混乱が続いた。米ソ冷戦下対立の代理戦争となったコンゴなど、苦しみは続いた。今日のアフリカの経済的、文化的近代化の停滞も、そうした、過去の負の遺産を抱えた事が背景にある事を知っておきたい。
 もう一つは20世紀になってから、ジェノサイド(民族虐殺)という問題が多く発生した。第一次大戦後のトルコによるアルメニア人、スターリンの粛正、ナチスの600万人にも上るユダヤ人、ロマの虐殺、中国の内戦と文化大革命、米軍のベトナム戦争時のラオス爆撃、カンボジャのポルポトの都市民虐待、ユーゴスラビアの民族浄化、そして、アフリカの内戦である。今日もスーダンのダルフール紛争など、100万人単位で犠牲者を数えられる事件は続いている。夫々の事件は必ずしも、単独に発生したのではなく、それらは前例として実行者の参考になっている、例えばアルメニア人虐殺は100万人を超えるが、ヒットラーは当時の国際社会が単なるる非難に終わって風化しつつあることを歴史的教訓にユダヤ人をガス室に送ったのである。こうした事件に特徴的なのは必ず、歴史の修正主義が現れて、その犠牲者の存在を否定して事件を無かった事にする政治的活動が行われる事である。この問題は国際社会の監視によって歴史的な非人道的政治犯罪として継承されるべきである。
 アフリカはかつての奴隷貿易に始まる西欧社会の搾取と支配の 長い歴史を背負って来た。しかし、来年のサッカーワールドカップ 開催など、新しい希望も見えて来た。ケニア、カメルーンといった安定した国々もあり、豊かな自然と豊富な天然資源に恵まれ、未来の人類の発展の鍵を担っている地域である。今日、中国やインドの経済発展が期待される中、その規模の利益もあり、僅かな経済発展が世界の貿易や経済にプラスの影響をもたらすという実例から、21世紀の人類の未来に大きく関わってくるはずである。日本はその意味に置いては無縁ではない。過去のしがらみの少ないアジアとも結びつきは、既に資源開発等で中国や北朝鮮などが先行的に活動しているといえる。日本はそうした利権獲得にシノギを削るだけではなく、医療、教育、先端技術の移転、経営技術などで貢献が期待されている。e0195345_22245214.jpg

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映画パラダイスナウ
『パラダイス・ナウ』はパレスチナ人監督ハニ・アブ・アサドがイスラエル人プロデューサーと手を組み、ヨーロッパ各国との共同製作というかたちで作りあげた。2005年作品
ゴールデン・グローブ賞受賞により大きな波紋を呼び、第78回アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされたが、アカデミー賞の授賞式前には自爆攻撃により亡くなった人のイスラエルの遺族たちから、テロを支持する映画ということでノミネート中止の署名運動が起きた。 
アカデミー賞は、これまでパレスチナは国家ではないと言う理由でパレスチナ人監督のエリア・スレイマンによる『D.I.』を選考対象から除外してきたが、今回はヨーロッパ各国との合作と言う事でノミネートされた。
映画は、パレスチナの幼馴染みの二人の若者が自爆攻撃に向かう48時間の葛藤と友情を描いた物語で、同じくアカデミー賞にノミネートされた『ミュンヘン』がユダヤ人監督スピルバーグによる、巨費を投じて製作したイスラエル人テロリストのエンターテインメント作品であることに対して、今迄語られる事のなかった自爆攻撃者の葛藤と選択を描いている。
 ナブルスという難民地区に住む若者が自爆攻撃に向かう。不思議と悲壮感はない、特攻隊のドラマに近い潔さを感じるがドライな印象。彼らの言葉でも神風という言葉が出て日本の影響の強さを感じる。サイード、ハレードという2人の青年がテルアビブに自爆テロに向かうが一人は中止し、主人公に止めるように説得します。彼のテロに向かう事情とか家族、恋人、送り出すグループなどがドキュメンタリー風に描かれます。全てがシステム的に流れていく。アカデミー賞にノミネートされ、ベルリンその他で賞を取った作品。
アカデミー賞が無理なのは当然ですが推薦します。テルアビブの西欧化された都会と難民地区のだらしない街の感じがシュールに見える不思議な作品です。自分はイスラエルとパレスチナ人を複眼で見たい。

小生の友人江面君も見てくれ、印象を語ってくれた。

重たいテーマの割りに(おそらく)あの地の風のように「サラッと乾いていて、妙に軽い」のがいい。パレスチナ人というのが、家族思いで誠実な「普通の人々」であることを「生活のディテール(たとえば母親たちの子供たちへの有り勝ちな小言とか、トマトのサラダを作るとかピタで弁当を作る姿とか)」を通して描くことによって、何の因果でこんな「普通の人たち」が「普通でない抗えない不条理」に投げ込まなければならなくなったのか?と言う重い問いかけになっている。

サイードとかハレードとかの「心優しいテロリスト」を見ていて、根拠はないが史的キリストっていうのは、意外にあの一帯でローカルなあの種の面差しに似ていたのではないか、との思いがフト頭をよぎる。
ナブルスとテルアビブの町並みの圧倒的な違い。しかし、イスラエル・ユダヤ人もパレスチナ人も結局、「グローバル・スタンダード(American Way of Lifeの完成の度合い)」という共通の価値観によって毒されている。(今は世界中そうなんだけど・・・。)
サイードとスーハの車の中の短い会話の中に、世界の此の一角のどうしようもなく拗れてしまったアプローチの違いがすっかり言い尽くされていた。 指揮官が語る「一分の隙もない」筈の作戦が、実は単なる行きががりで杜撰な計画であったかも知れないと思わせるが、なにはともあれ若者たちの命はあのように手軽に無意味に確実に消費される。(ピタをモソモソと食べながら自爆テロ実行者の遺言ビデオ撮影に臨む発令者!)
こういう「指揮官たちの迂闊さ」は、神掛かった負け戦には有り勝ちで、おそらく日本の特攻隊にもあったのだろう。その事実はたいてい特攻の間際に明らかとなるが、最後の刹那、彼等はどんな気持ちで突っ込んだのだろう。出てきた植生や風景が意外にも「カナンの地に相応しい可能性を秘めた豊かな自然環境」なので驚いた。とにかく映像の流れが自然で、「予め決められた筋書き」を意識させない監督の手腕に脱帽。
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(映画評)
 監督レニ・リーフェンシュタール作の幻の名作「意志の勝利」がシアターn渋谷で劇場公開されている。渋谷に行かず、u-tubeで見た。映画館で見る程の事はないと思ったが、やはり凄い映画だ。とにかくミュンヘンにヒトラーが党大会のため飛行機で入って最後の大演説をぶって終わるまで突撃隊SAやらSS、国防軍ヒトラーユーゲントが入れ替わり立ち替わり行進また行進。飽きることなくカメラワークだけで見せつけるその力量には脱帽。
 ついでにKolbergという悪名高い作品もu-tubeで公開されており、びっくりしたあまり、見てしまった。これは1944年大戦末期に国防軍を動員し、死者まで出したゲッベルスの作品とも言える国威発揚総天然色作品。あまりにも大戦末期でドイツ国内でも見ていない人が多いが、戦争映画としては名作の部類。ドイツでは当然上映禁止だろう。ファイト・ハーラン監督作品。今はポーランドになっている街コルベルグでのナポレオン軍とプロイセンの市民の防衛戦を戦意高揚のため描いた。ソ連軍がドイツに侵攻する直前、時既に遅しであるが、東部戦線から10万人引きぬくという暴挙を行った。それだけナチス幹部は現実感覚を失っていたわけだ。
 ナチス御用監督ファイトハーランの凡才振りに対して、レニの才能は時空を超えている。意志の勝利における冒頭の雲の映像。リーフェンシュタールの感性と画像的創造力の極致、光と闇(と血)。ナチスは原始ゲルマン土着宗教そのものというのが分かる。変な絶叫調のコメントが一切無いのが逆に説得力の由縁。ヒトラー自身の監督人選とはいえ、レニはあの映画の時はヒトラーと条件について直接話をつけた。然も題名以外「一切の口出し」を拒否したレニを、最初ゲッベルスは強烈に嫌ったらしい。ナチス党員でもないし、血塗られた「長いナイフの夜」からまだ3ヶ月足らず(ヒトラーの演説でも言い訳がましく何度もSAとの団結を訴える)。当初のシナリオと親衛隊の役割が直前に大幅に書き換えられたのは想像に難くない。ゲッペルスもこの映画の出来映えを見て「民族の祭典:ベルリンオリンピック記録映画の名作」で全面協力した。
 要するにナチス製作3大名画が「民族の祭典」、「意志の勝利」、「コルベルグ」であろう。ユダヤ人ジュースという変な作品もある。リーフェンシュタールの特徴は大胆な画角とパンフォーカス、陰影の美。黒沢明なんか完全にこれにハマってたと思う。人間の弱さを一切消し、虚像を実像にすり替えた手法はナチスそのもの、いや、それ以上だからゲッベルスも舌を巻いたわけ。彼女の晩年の作品、ヌーバという写真集を見たが、その力あるものへの憧憬といった姿勢は変わらない。純粋なる力への信仰と弱さの拒否こそナチス思想そのものだ。彼女は最後まで反省しなかったようだ。最後のナチス副総統ルドルフ・ヘス(ニュールンベルグ裁判で終身刑、シュパンダウ刑務所最後の囚人で自殺?) もナチスの制服を最後まで手放さなかったという。戦後生き残ったSS連中は反省しなかった連中が多いと聞いている。最近映画化された小説、朗読者(映画 愛を読む人)とか「黙って行かせて(ヘルガーシュナイダー著/高島市子訳)」も同じテーマ。

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 善きサマリア人として新約聖書にも登場して来る彼らはユダヤ人からは迫害されており、当時ユダヤ人と激しく対立していた。中にはキリスト教に改宗したものもいた。行き倒れた旅人に水を与えるサマリア人は律法主義のユダヤ教レビ人より神の恩寵豊かとイエスは説いた。現代も彼らは独特の生活を守って迫害を受けつつ生きてきたが、700人ほどに減った少数派。サマリア人は紀元前722年アッシリアにイスラエル北王国が滅ぼされてバビロン捕囚となったときイスラエルを去らずにアッシリア人と混血したグループであり、ユダヤ人からはイスラエルの血を汚したと迫害された。しかし小生の知るところでは今日もイスラエルのナプルスに住み、原始的なユダヤ教徒の宗教生活を続けている。ユダヤ教というのは母親の教育で継承されるから、アッシリアの宗教と一時は妥協したが、結局彼らは古代ユダヤ教を守ったのである。特に旧約聖書成立前の方式である全てを暗唱する方式を今も行っている事は注目すべき事である。旧約聖書が教典として成立したのは紀元前4世紀、それまでは暗唱によって継承されていた。
 サマリア人は今なおモーセ五書を暗唱できる事が元服の条件になるが、こうした厳しい宗教的慣習が現在彼らの繁栄を妨げている。そんな事を強要する家族には当然ながら嫁が来ない。旧約聖書ができる前はユダヤ人は特定の一族が暗唱して神の教えを継承していた。昔の宗教的継承はそのような超人的努力によってなされてきた。イスラム教ームスリムも当初はそのように神の言葉を伝えられた。あのコーランの美しい朗読によって。これは誰にでも出来る事ではない。ジハードによる戦争続きであまりに暗唱者が戦死するのでコーランをアラビア語で記した。アフガニスタンのタリバン神学校ではコーランを暗唱している姿が報道されたのを見た。サマリア人に話は戻るが、そのような民族が今もヨルダン川西岸からシリアにいる事は驚きであり、かつてはローマに滅ぼされたユダヤが離散、ディアスポラになった時も多くがパレスチナに残っていたと考えるのが自然だ。今後DNA検査を考古学に活用する技術の進歩で彼らこそ古代ユダヤ人のいきた化石として認識される時が来るだろう。
 一方、シオニズムを信奉してパレスチナに移住して来たユダヤ人(アシュケナージウム)の起源は最近の研究では奇妙な経緯を持っていることが分かって来た。第二次大戦前の1650万人というユダヤ人の90%がアシュケナジウムであった。例の南ロシア起源という説。これはパレスチナ人側のシオニズムを攻撃する論拠となっている。このような説を相手にする暇はないと、イスラエルからは沈黙されてるがその道では有力な説である。ヒトラーはヨーロッパのアシュケナージムをユダヤ人と勘違いして大殺戮したのだ。ユダヤ教を信じないユダヤ人も多くが犠牲となった。ユダヤ人も自分たちが南ロシア人である事を知らないでシオンの地を目指した。本当のモーセの子孫は今のパレスチナ人だ。今でもサマリア人がシリアに残っていることを考えるとローマ帝国にバラされた離散ユダヤ人はエリートたちで民衆は逃げる手もなくパレスチナに大多数は残ったことは想像に難くない。いくらイスラエルの神殿がローマに破壊されても遠い外国に逃げた人は地位のある要人か、移住する力のある人で、当時の多くの庶民、特に農民は土地を捨てて外国まで逃ない。
 DNA解析が考古学の必須技術になりつつある。前にも言ったがアブラハムはクルド人らしい。まあ今のイスラエルにはどうのこうの言っても始まらないが、実は結構気になってる事らしくあたらぬ神に祟りなしの扱い。要は今の大多数のユダヤ人は「モーゼに率いられてエジプトを出たユダヤの民」の末裔ではないのだ。今の彼らは約束の地ではないことになる。大部分は、ユダヤ教に国ごと改宗したタタール系民族で、南ロシアに七世紀から十世紀にかけて周辺諸民族を帝国支配下に置いていたカザール(英語で「Khazar」、ハザルとも記す)王国起源という説が有力なのである。彼らが南ロシアからヨーロッパに移住していったのである。ユダヤ人の中にはアフリカ経由でスペインに渡ったセファルデイという分類の系統もいるが、多分彼らの方が民族的には古代ユダヤ人に近い。
今のパレスチナ人はイスラエルの紅毛碧眼のユダヤ人よりはるかに本来的ユダヤ人だという事だ。この現実は現代イスラエル建国において困ったことだから、イスラエルは何としてでも無視しようとする。

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ヨム・キプール戦争全史 アブラハム・ラビノビッチ著を読んだ。500ページを超える力作であり、イスラエルの資料を丹念に拾っている。ヨムキプール戦争とは第4次中東戦争のこと。1973年にエジプトとシリアがイスラエルをスエズ側とゴラン高原から攻撃したが、イスラエルのヨムキプールという贖罪日で国民全体がお休みになる時を狙って行われた。我が国では産油国が石油の輸出停止と原油価格の高騰によってパニック状態になったことが記憶にあるが、その戦闘の実態はあまり知られていない。この本は、イスラエルの将兵の回顧を中心に編纂されている。エジプトやシリア側の資料は記録が無いため、一方的な記録であるが、当時のイスラエルの対応に関しても批判的に書かれており、イスラエルの自画自賛の本ではない。しかし、この戦争が、20世紀の世界史に与えた影響は極めて大きい。OPECの台頭、米国とイスラエルの関係が強化され、また、エジプトと当時のソ連との結びつきが後退し、パレスチナの難民の絶望的な孤立化の始まりでもある。湾岸戦争やアメリカのイラク侵攻もこの戦争に源を発している。この書においても、米ソ冷戦のパワーバランス下にあって、イスラエルが巧みに危機を脱し、キッシンジャーがソ連とイスラエルを調停する様子を克明に記録しており、近代史の重要な局面を明らかにしてくれる。第3次中東戦争は6日戦争と言われ、アラブ諸国・エジプトにとって屈辱的なイスラエルの勝利となったが、その巻き返しを図ったのがこの第4次中東戦争である。この戦争後、今日のエジプトとイスラエルの関係は固定化され、国境も決まる。シリアはゴラン高原を取り戻す事ができなかった。戦況として、緒戦においてはヨムキプールの隙を衝かれたイスラエルはシナイ半島とゴラン高原で後退を余儀なくされ、これまでの連戦連勝の自信を打ち砕かれる。この首謀者がエジプトのサダトである。エジプトとシリアはソ連製の近代兵器である、対戦車ミサイルSAGAや対空ミサイルSAM,対戦車兵器RPGを駆使して大規模な戦車戦を仕掛ける。当初イスラエルはアラブ側の近代戦能力を侮り、戦線を後退せざるを得ず、不敗神話は打ち砕かれた。しかし、ゴラン高原とスエズ運河の両面におけるイスラエルの奮戦で、後半戦で押し返される。これはほんの三週間くらいの戦争であるが、その規模はかつてのナチスドイツとソ連のクルクスでの大戦車戦以来のものであった。イスラエルの反撃に対して、後押ししている米ソの軍事的緊張も高まり、まさにその代理戦争の様相を見せ始めたとき、キッシンジャーの調停策が功を奏し、第3次世界大戦への道には至らなかったキワドい戦争でもあった。イスラエルはゴラン高原での奮戦と、スエズ運河を越えた巻き返しによって危機を脱する事が出来た。このときのスエズでの英雄が後のイスラエルの首相であったシャロンである。緒戦の情報収集の誤りは時の政権に大きなダメージとなった。これをきっかけに、かつてシオニズムを軸に建国の主体であった労働党は後退し、パレスチナ政策に強硬な右派、リクードが台頭するのである。この戦いには後半イラクも参戦しており、湾岸戦争へとつながっていく。このとき既にイスラエルは核兵器も所有していた筈である。
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Time for an Israeli Strike? 
Iranian President Mahmoud Ahmadinejad is the guy who is lack of international knowledge and common sense . He seems to makes efforts to keep power in his country with Islamic Revolutionary Guard Corps against peoples hope. It is true that he does not evaluate democratic system but not foolish enough to attack Israel directly neglecting assist of US power. Iran is developing nuclear weapons against threat of Israel, Iraq will resist Israel’s threat which is backed by the U.S..Iran opposes. Israel should choose efforts of negotiation besides military attack and declare to abolish own n-weapons .
Hezbollah and Hamas are backed up by Iran which behaves as a leader of the middle East aiming at keeping domestic power. I think Iraian does not want warfare with Israel and the U.S. pretending to deny Israel as propaganda, but we should protect terrorizm using nuclear power. Once Iran develop produce nuclear weapons, the military balance of Israel and Islamic countries would go out of order, but do they attack Israel?
Israel and the U.S. are worried that terrorist groups may use it. It is the big risk, but there are no ways to solve terrorism and to abolish nuclear weapons at once. We should solve the questions in different ways.
Israel had attacked nuclear facilities in Iraq and Syria successfully. Can Israel succeed in destroying Iranian facilities as well as past without diplomatic efforts? If Israel attack Iranian nuclear facilities using GBU-28 banker buster , they could not destroy all of them which are built defensive against air raid and located decentralized in more than hundred places . Iranian tactics are more complex and ingenious than Arab’s. Iran is assisted by North Korea.
We should seek the political efforts not to surrender.The only way to stop to develop n- weapons is opposition of the world through new international unities besides U.N. The third party is important in this case . They will submit to international call. Japan should be aggressive to establish it.
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Naoshima Masayuki DPJ (chairman of investigation committee for policy making) reported a view to oppose LDP’s policy of the anti-piracy mission. (http://www.dpj.or.jp/news/?num=15455)
1. DPJ said opinion as opposition party
He said it is urgent to guard ships off the coast of Somalia but we cannot violate Japan’s post-WWⅡ pacifist constitution tightly restricts its military. Previously, the Japanese force was only allowed to escort Japanese vessels, or those with Japanese cargoes or crews, and use weapons only for self-defence. Anti Pairacy mission is the role of Japan Coast Guard. DPJ understand the importance and necessity of the escorting ships off the coast of Somalia where Pirates have attacked shipping in what is one of the world's busiest sea lanes, capturing vessels and crews to hold for ransom. It is difficult to find difference pirate's boats and fishing boat. We can find pirates when they attack ships using guns. What is the role of the MSDF with their 2 ships , the Akebono and the Tokiwa in the anti-piracy mission? Can they use cannons, missiles against unknown ships or pirates using machineguns and RPG? Do they have discussed internationally to make co-operation? DPJ decided to send the Self-Defense Forces without answering the question.

2. My opinion
In 2001 Dec.24th Japan coast guard sank North Korean spy ship with 20mm machine-gun, now JCG can use 30mm. I think our equipment is affordable enough to carry out the mission. I think MSDF aim at the training two ships using P3C for the team play with foreign navy. P3C is very useful now. I believe MSDF is doing good jobs there,but there are various plans for corporations. I cannot understand the decision, sending MSDF is the only plan. In my opinion Mr,Aso who has low popularity , poor reliability, sometimes make mistakes ,but has always decided important political matters easily without both discussion and consensus with people in democratic way. He always get his ideas,make plans with his follower ,hangers -on in a hotel bar. This is quite the same way in 1941 when Japan began war.
At that time poor leadership of Tojo ,who respected Hitler,could not prevent it against military fascism group and made mistakes in military strategy.

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