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太平洋戦争 最後の証言 第二部 陸軍玉砕編
門田隆将著 小学館

 大平洋戦線で、陸軍は165万人以上の戦死者を出した。この本の取材対象はニューギニア、ガダルカナル、インパール、サイパン、レイテ、ルソン、硫黄島、沖縄、守占島などである。著者の門田隆将氏は100人を超える、今は80歳台後半から90歳以上になる、激戦地での生き残り元兵士にインタビューし、その証言をこの本にまとめている。1人の死は悲劇だが100万は単なる統計に過ぎないとはスターリンの名台詞だ。ちなみに、これはE・M・レマルクの「黒いオベリスク」(山西英一訳、河出書房新社1958年).「たったひとりの死者は死であるのに、二百万はただの統計にすぎない」からスターリンが引用したもの。
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 門田隆将氏は、100人の証言を統計から解きほぐし、物語にする作業に取り組んでいる。そこには膨大な悲劇が埋もれているのである。名も無き兵士達が語った出来事を知り、我々は歴史通念を見直せるだろうか。この生存者達は、玉砕の島で戦い、捕虜になった。多くの悲惨な場面に出会って、最後まで生き残った人達はそこから生還したため、何度も地獄を味わったことになる。輸送中、魚雷攻撃で一瞬にして水死した場合の恐怖体験はその時であるが、ある兵士は生き残り、サイパンでさらなる地獄を体験した。

 何故生き残ることが出来たのかという著者の問いには、彼等なりに答を見出そうとしているが、結局のところ、共通しているのは運ということであった。確かに生存率3%の為には運がなくては無理だ。でも、それだけだろうか、何故生き残れたのか、という問いをこの証言から導き出せるであろうか。ある兵士は野球で鍛えた体力という。また、ある方は、戦死された上官の配慮で後方に回されたこと、また、自分を助けてくれた戦友は自分の身代わりになって帰らぬ人となった。そのために、証言者は一生忘れ得ぬ感謝と生き残り、捕虜になったことへの申し訳ない気持に苛められて来た。激戦地では兵士達は助け合う。生き延びる為にそこに知恵が働き、乏しい食料も分け合う。かつて、アウシュビッツの生還者ユダヤ人学者フランクルはその著書、「夜と霧」で、千分の1の確率で生き残った人々は希望を失わなかった人だという。過酷な環境では希望を失ったものから死んで行った。希望を持った人々は互いに支え合い、分かち合う心を持っているのである。

  塹壕の出来事を実際に体験した人は語らないという。それは、敵を殺す事もあれば、戦友を庇う事が出来ずに生き残った事、時には逃げたり、負傷して責任が果たせなかったり、強い後悔と罪悪感が心を責め続けるからである。語っても、分ってもらえっこないのではないかという恐れを抱くのである。この本で証言されているのは、戦死された戦友に対する思いと、これまで語れなかった残酷な死の姿であった。戦後、戦没者の遺族、親や妻、子供が元気な時に、その証言をすることを憚ったであろう。それだけ、戦友達の最後は無惨だった。実際、銃弾での戦死者よりも、撃沈された輸送船で無念の死、そして、餓死者が多かった。まさに地獄そのものの戦場で生き残る為、泥水をすすり、敵兵の血を飲み、傷口には蛆がわいた。そんな兵士の姿を見ぬふりをして酒を飲み、芸者遊びまでしていたインパール作戦の責任者無田口中将は戦後も非を認めず亡くなった。

 大日本帝国陸軍の優秀な兵士達が何故そのような犠牲とならなければならなかったのか。この問題は東京裁判でも裁かれていない。インパール作戦の無謀な計画立案者と司令官、ガダルカナルを餓島とした参謀、サイパンを見捨てたことを現地に知らせなかった大本営など戦争遂行責任者の無責任、無能は枚挙に暇が無い。その結果、前線では何が起きていたのか。歴史的に出来事としては明らかにされているが、それでは真実は伝わらない。アメリカ映画「Pacific」では蛆と死体で溢れた水たまりに嵌って驚く海兵隊員の姿があった。日本映画ではこのようなシーンは見られない。また、日本側の資料は極めて少ないだろう。証言によらざるを得ない事が多くある。実際に起きた事は聞くに耐えない程の凄じさである。我々が学んだことがある太平洋戦争はアメリカから見た歴史にもとづくものだし、我々の知っている戦争も、あの参謀達の頭の中にある姿に過ぎなかった。この証言集は我々を地獄の門へと導く。

 戦場の実態を、我が国のメディアは実は遠回しにしか伝えてこなかった。沖縄戦を描いたひめゆりの塔、大岡昇平の野火といった戦争映画や文学でも描く事が出来なかった。最前線で戦った多くの兵士は戦死され、語る事ができない。この本でも硫黄島での生き残りは搬送担当衛生兵や療養中の兵士であった。それも九死に一生である。
 また、戦争直後の記憶が生々しい時代には、戦争を語ることが忌避されていた。軍国日本に関わった多くの人々や元の指導者にとっては都合が良く、傷ついた国民も忘れ去ろうとした。勿論、アメリカに対する外交的配慮や圧力もあった。こうした過去を葬り去りたい人も多かったのである。イギリス軍のインパールでの残虐行為、米軍側の犠牲など、敗戦国の立場から陽の目を見なかった事実もあった。教科書の記載、表現問題は喧しいが、実態として学校では歴史の授業でもこの近代史までは教えない。もっぱら新聞や映像でまなんだものだ。多くの国民は体験者のつぶやきから知っていたのだ。真実を隠すことができない。この本での証言はもの凄い迫力だが、実は全く聞いた事が無いような内容ではない。何が起きたかは推測出来たし、知っていた日本人は多い。それらが風化しつつある今、門田氏は敢えて証言をもとにこの玉砕編を書いたのである。


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トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所 中田整一著 講談社創業100周年記念出版
第32回講談社ノンフィクション賞受賞

この本に関して保坂正康氏が書評を寄せている。http://book.asahi.com/review/TKY201005040109.html参照

 アメリカ陸海軍は1942年12月にカリフォルニア州バイロンに秘密捕虜尋問センター(暗号名トレイシー)を開設した。トレイシーは2年7カ月間、日本語に堪能なアメリカ軍将校が各地で捕虜になった日本軍将兵の中から重要情報をもつ者を選抜し、尋問した。総数2342人の捕虜が1万387回の尋問を受け、1718件の報告がワシントンに送られた。

 この内容は当時も戦後も一切秘密で、とくに日本側の捕虜は後ろめたさもあり決して洩(も)らさなかった。著者は、今はワシントンの国立公文書館で公開されている内部文書に目を通し、現地を訪ね、一部関係者の取材を含めて、トレイシーの実態を人道上の視点をもちながら読者の前に示した。アメリカが賢かったのは捕虜達を丁寧に扱ったことである。食事はもちろんであるが、尋問も、一定の捕虜としての立場を分らせるために、命令的な口調はあったが、丁寧に語りかけた。戦後、この尋問の事が表面に出なかったのは、尋問後に捕虜達が別室で会話した内容を盗聴していたことが、ジュネーブ条約に違反したからであるし、日本人も自分達が尋問に対して、抵抗せず、何でも話してしまったことから戦後帰国してもそのことを恥として誰にも言わなかったからである。その結果、近衛兵であった捕虜は、皇居の中に関して、詳細な配置図をかけるまでに答えているし、三菱重工の製造工程の位置などを話している。その為に、名古屋の三菱重工零戦工場は正確に爆撃された。

 日本人が戦争やビジネスにおいても情報を大切にしないことで、大きな損失を招いた事例は事欠かない。というより、アメリカのルール違反を起こしてでも情報を取ろうとする徹底したやり口には日本は全く無力である。1995年のアメリカ大和銀行の約960億円の巨額不正会計処理問題についてはCIAが徹底した盗聴を大和銀行だけではなく、政府内にも仕掛けていたと言われる。彼らは、日本経済は株価さえ下落させれば壊滅的になるのを見通していた。一方、日本財務担当者は、株が何%下落しようと何の心配もしないでBIS基準なども受入ていた。しかし日本経済が壊滅的になり気づいた頃、あわてふためいた頃は手遅れだった。さらに国内の外交重要情報がアメリカに筒抜けになっていたのだから何をしても無駄だった。当時、監督省庁であった大蔵省が隠蔽工作をしたこともばれてしまい、アメリカから大和銀行が追放された。日本の信用は凋落し、S&Pやムーディーズによる格付けが引き下げられることによるジャパンプレミアムがついた。その時以来、日本経済は低迷を続けていることを日本人は忘れてはいないだろうか。今、議論が行なわれているTPPで日本はどれだけ情報を集められるであろうか。

中田氏はトレイシーのみならず、ワシントン、フォートハントの秘密尋問センターの活動も調査している。そこにおいては佐官級の捕虜から、ヨーロッパ戦線末期にベルリンで捕虜になった、ドイツ駐在武官、さらには大島大使の尋問も行なわれた。捕虜達は自国への裏切りと、アメリカの実際の姿を目の当たりにして戦争を終わらせたい気持との葛藤に悩む。捕虜達の中からはさらに、サイパン発の対日宣伝放送がはじまり、また、そのスタッフに加わる者もいた。日系二世達は開戦前の日本しか知らない。戦争末期に捕虜になった兵士は国内の事情をある程度知っており、同時代の日本人に呼べかけるべき内容が分っていた。この本の最後に、トレイシーで捕虜の尋問に当たった、尋問官ウッダードは戦略爆撃調査団の1人として、日本の戦後政策にも関わることになる。彼は、靖国神社の存続と、宗教法人法の設立に関わった。彼は、戦後2年も経った時点で靖国神社の存続を決めたスタッフであった。戦争遂行に大きな役割を果した靖国神社は、終戦直後であれば廃止の憂き目に合ったはずであるが、ウッダードがその任に当たった時は、既に冷戦も始まっており、靖国神社の解体は困難になっていた。信教の自由の問題にも取り組みつつ、神社を宗教法人として存続させることになったのである。その担当官であり、日本文化への深い洞察が戦後の日本においても発揮された。

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宇宙で最初の星はどうやって生まれたのか(吉田直紀著)宝島社新書 

宇宙がどのように創造されたか。最初にビッグバンがあり、膨張が続いているということは、コンピューターのシュミレーションでも作られている。この本は、素粒子からはじまり、宇宙の形成、そして何処に向っているのかを分かり易く、分らないことは正直に分っていないと言っているところが、好感を持てる内容となっている。「素粒子宇宙論」という内容である。極小の素粒子世界と極大の宇宙の動向を結びつけようという野心的な試みである。素粒子の法則が宇宙進化を決め、宇宙の観測が素粒子の謎を解くと考えるのだ。暗黒物質、暗黒エネルギー、ブラックホールなどの存在理論がどのようにして生まれたか、天文学の歴史もひもときながら分かり易く語られている。

ビッグバン:何もなかったところから宇宙が誕生

宇宙の膨張:【宇宙誕生から10のマイナス36乗秒後~10のマイナス34乗秒後まで】ーー次から次へ とエネルギーが発生して宇宙が急膨張する。高温、高密度状態。インフレーション

素粒子:【宇宙誕生から10のマイナス27乗秒後まで】
     電子やクォーク、ダークマターなどの素粒子が誕生

物質:【宇宙誕生から10のマイナス10乗秒後】
    物質(粒子)と反物質(反粒子)が打ち消しあい、物質だけがわずかに残る

陽子と中性子:【宇宙誕生から10のマイナス5乗秒後】
    宇宙の温度が下がったことで、クォーク が結合し「陽子」と「中性子」が誕生

原子核:【宇宙誕生から3分後】
    さらに宇宙の温度が下がり、陽子と中性子が結合し、ヘリウムの原子核が誕生

原子:【宇宙誕生から38万年後】
  さらに宇宙の温度が下がり、原子核と電子が結合し、原子が誕生。「宇宙の晴れ上がり」

最初の星:【宇宙誕生から約3億年後】
    ファーストスターが誕生

太陽の誕生:【宇宙誕生から87億年後】
      太陽が誕生。その4億年後に地球も誕生

11月11日の日経新聞で次の記事が掲載されたが、この本はまさにその内容である。

http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E3E2E2E19B8DE3E3E3E3E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2

宇宙誕生から数億年後に生まれた宇宙で最初の星は太陽の40倍程度の重さだったとする研究成果を京都大学などのチームがまとめた。星が生まれて成長していく様子をシミュレーション(模擬計算)して結論を導いた。天文学の理論では、太陽の数百倍はある巨大な星と考えられていた。初期の宇宙を知る手がかりになる。米科学誌サイエンス(電子版)に11日掲載された。

 東京大学、米航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所との共同研究成果。これまでにも現在の宇宙に漂うガスの元素分析から最初の星の質量は太陽の数十倍とする試算があり、理論と観測結果が矛盾していた。

 研究チームは、約137億年前のビッグバンから数億年後の宇宙空間をコンピューター内で再現した。水素とヘリウムのガスが集まって原始の星が生まれ、さらに周囲のガスを取り込んで成長していく過程を、約10万年間にわたって計算した。


 その結果、星が太陽の約20倍の重さになる頃から成長が徐々に鈍くなった。星の中心で起こる核融合反応のエネルギーで周囲のガスが吹き飛んで、星の成長を妨げていた。最終的にできる星の質量は太陽の40倍程度にとどまるとわかり、理論と観測結果の矛盾が解消した。

135億光年前の宇宙をハップル望遠鏡が捉えた

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赤い三日月 小説ソブリン債務 黒木亮著

物語の舞台は1980年代終わりから90年代のトルコ。巨額の対外債務を抱えたトルコ、外国金融機関からの資金調達に奔走する女性財務官僚と国際協調融資団の維持に奮闘する東西銀行の但馬。この銀行は東京銀行を思わせる。政治家の介入や湾岸戦争、米格付け会社による格下げ、さらに米財務省も絡む。複雑な構造の国際協調融資を臨場感とともに学ぶこともできる。実際に国際金融の現場を踏んだ著者がシロオトにも分かり易く話が展開し、巻末には、基本的な金融用語が解説される。スプレッド(利息サヤ)、主幹事といった、金融マンが平常使う用語がちりばめられており、実際にその融資団の編成現場にいるかのごとき雰囲気でストーリーを追うことができる。金融機関に進みたい商学部などの学生には必読だと思う。ロンドンのシティとか、イスタンブールの町並み、トルコ料理などが結構頻繁に登場し、旅行気分も味わえる。銀行内部の勢力争いや妨害を乗り越え、奮闘する駐在員の奮闘が良く描かれている。自分の友人も、何人かが駐在員として海外の融資事業に取り組んでいたが、彼もこのような経験があったのだろうか。

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経済古典は役に立つ 光文社新書 竹中平蔵

 アダム・スミス、マルクス、マルサス、リカード、マーシャル、ケインズ、シュンペーター、ハイエク、フリードマンといった代表的な経済学者を取り上げ、彼等の生い立ち、エピソード、時代背景、そこから生まれた考え方・理論などを分かり易く解説してくれる。これだけの経済学者の理論を新書にまとめあげた竹中平蔵氏の力量を感じさせる。また、彼は功罪あるにせよ、財政担当大臣として、小泉政権を見事に支えた。経済古典を彼は役立てた政策を行なったのだろうか。小渕内閣時代経済再生会議における政策立案の中心として活躍し、理論派として政策を実行した希有な人物である。シュンペーターによると、資本主義は絶頂に向い、その後、内部崩壊して社会主義に落ち着くんだそうです。資本主義が成功して、所得が向上し、ゆとりができると、批評家ばかりが多くなって、折角のイノベーションを潰しにかかる。何だか、竹中氏が大臣をやっていた時の恨みつらみのような感じもあるのだが。少子化、高齢社会なども予測されている。竹中氏はケインズを尊敬しているみたいだが、シュンペーターに親近感がある印象である。とはいえ、もし、政治家がi現代に当てはまるからと言ってシュンペータのような台詞を吐いたら、散々叩かれるだろう。彼が政治家としてはあまり成功しなかった理由がその辺にありそうだ。

 小泉改革は政策目標として見事な内容だったと思うが、政府の実行レベルにおいては多くの無理があり、竹中氏は政治家やマスコミからアメリカ化を図る米国の手先とか言われた。改革の痛みについて無神経なところを突かれた。市場経済の原理や経済自由の原則によって政策を立てること自体は間違ってはいなかった。ただ、政府の介入と規制緩和の実施機会を誤った部分はあるだろう。功罪あわせた結果は彼の合理的精神の所産であったと思う。我が国では合理的な目標を実行する為には機の遠くなるような多くの利害関係人を説得し、調整しなければならない。それが出来ないと散々な目に遭うのである。学者にはそこが苦手で出来ない。彼はCool head だがWarm Heart ではなかった。結果的に不況の脱出はならず、郵政改革も中途半端、それも無作為で抵抗したに違いない官僚の責任だろう。部外者のリーダーシップに抵抗する彼等のやり口で自分達の業績にならない事は骨抜きにしようとする。毎年3万人の自殺者がでていることは小泉改革以降顕著なのであるが、これは官僚がきちんとセーフティネットを用意しなかったからだ。

 官僚にせよ、経済界のリーダーにせよ日本は理念とか目標に対する仕組みづくりは下手くそである。経済学の古典を理解して政策に関与したその結果が現在の経済状況である事は残念である。これは彼の責任ばかりではない。例えば労働者派遣法の規制緩和が経営の合理化には役立つが、労働者の権利を損ね、低賃金や雇用の不安定化、若者のフリーター化を招いた。デフレの一因だが、これは合成の誤謬を管理出来なかった経済界、行政指導の間違いである。
 経済学の古典は、現実の問題を読み解くことから生まれた理論として高い評価を得る事になる。マルクスの弁証法的唯物論と労働価値説は19世紀の劣悪な労働条件と、資本家の専横に対する憤りが背景にある。ハイエクもフリードマンもその時代を説明する理論を展開している。だから、それらは過去の現象を説明している。しかし、現実の問題については18世紀も今も似たことが時折起きる。アダムスミスもマルクスも部分的に今なお現代を見事に説明してくれる。

 小泉内閣の経済政策の功罪の話になってしまったが、本書は、アダムスミス、ケインズ、シュンペーター、そして現代のフリードマンとハイエクが中心である。高校生でもある程度理解出来るから、経済学部を目指そうという学生は必読だと思う。しばしば市場主義者がアダムスミスの「見えざる手」を自分達の強欲な経済活動を正当化しようとするが、アダムスミスの意図はそのようなものではない。この見えざる手という言葉は、国富論ではたった1箇所にしか見られない。なりふり構わぬ重商主義を批判した。彼は労働が富の源泉であり、生産性を重視し、それを分業が可能にする。消費を促進する事で市場が機能し、競争が働く事で過剰な生産や雇用は均衡する。理神論者であった彼が神の摂理を期待する前提には「道徳情操論」で述べた節度ある経済行動がある。自己の利益を追求する推進力と競争という抑制力が働く事で見えざる手が働く。竹中氏の古典の説明は簡潔明瞭である。これでは古典を読まずにすむというもの。
 ケインズとシュンペーターを対比させながら、近代経済学の要点を見事に要約してくれる。経済学の教科書で学んだ限界効用学派、ワルラスの均衡理論を思い出す。経済学は何もやがてとか、長期的にはという言葉で現象を整理したがる。「失業者が多いことについては賃金が下がればやがて雇用が回復する」といった説明では現実の問題は見過ごされてしまう。ケインズは現実の問題を説明出来ない経済理論は無意味だというリアリストである。貯蓄と投資が何処でバランスするか、資本の限界効率、有効需要の理論を簡潔に説明してくれる。ケインズの「雇用、利子および貨幣の一般理論」という著作は知っていたが、難解で小生の手には負えなかった。これが見事に要約される。
シュンペーターについては小生社会学部ではあったが、「資本主義・社会主義・民主主義」という著書を良いから読むようにと言われて買った。が、結局書棚の飾りになったことを思い出した。竹中氏のお陰で、なるほど、そんな事が書かれていたんだと分った。
 シュンペーターはワルラスの静態的経済原理に対して創造的破壊、イノベーションが発展させる動態的な経済発展をその理論とした。彼は「経済発展の理論」において「新統合」という概念で経済発展の原理を説明する。企業家、金融業の役割など、経済の構成要素を重視し、ケインズとは異なる理論を展開する。ケインズが大恐慌の解決を考えたのに対して、シュンペーターは不況はいずれ解決する、不況無くして経済発展無しといった、ニヒリスティックな考え方である。不況になると倒産が増える。それは非効率が排除されるメカニズムであるとして景気循環を説明した。竹中氏はシュンペーターの理論がいかに現在の我が国の経済停滞に当てはまるか、その実例も示してくれる。民主党のバラマキ政策は部分的には経済を活性化させる。政府支出による有効需要創出も然りであるが、政治がこれらをコントロール出来ずに、前例主義となり、無用な公共投資を続けた我が国の自民党政権が良い例である。竹中氏は古典理論を実例として、現在の我が国の実情を見事に解説してくれるのである。
 


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「通貨」を知れば世界が読める (PHPビジネス新書) 浜 矩子 著

複雑な通貨論を、分かり易く、その歴史に沿って解説している。1ドル50円という大胆な予測が面白い。構造転換を考える時には大きな目標設定が必要である。現状を維持するためのアイデアでは変革は生まれない。骨太な仮説に好感が持てる。何も1ドル50円を預言しているわけではない。氏は、近い将来50円に近づくのは予測不能なことではない。何時でも起こりうる事であると言っている。通貨の価値はその国の経済の繁栄であって、金融政策だけが景気や経済を動かしている訳ではない事を訴えている。むしろ必要なことは、かつて前川レポートが作成されたにもかかわらず、産業改革をせずに金融政策で乗り切ろうとした過ちを繰り返してはならないという。その結果起きたことがバブル崩壊であり、停滞の10年であった。金本位制の崩壊からポンド体制の崩壊とドルの台頭、ブレトンウッズ体制、ドルの基軸通貨としての衰退を物語ったプラザ合意、そして、リーマンショックと基軸通貨を巡る経済変動と通貨への作用を歴史的に説明する。次の構成である。

第1章 我々はなぜ、通貨の動きに一喜一憂するのか?
第2章 基軸通貨を巡る国家の興亡
第3章 通貨の「神々の黄昏」
第4章 こらからのドル、ユーロ、そして円と日本
終 章 来るべき「二十一世紀的通貨」のあり方とは?

通貨の価値は世界大戦などの戦争、天災、恐慌といった歴史変動によって大きく動いた。国内事情でも同様だが、国際的にはその時代の覇者が通貨の価値を支配してきた。ベルリンの崩壊。中国経済の台頭、日本のバブル経済などもドルの行方に影響を与えて来た。ユーロという実験通貨がギリシャの国家財政危機によって困難に直面している。中国の元は基軸通貨になり得ない。それはやはり、今後の経済に不安があるからだ。特に、国内格差、将来の高齢化によって中国経済は不安定になることが予想されている。通貨は経済の裏付けにおいて位置づけられる。元が基軸になることはない。日本の円は国際化されつつある産業の位置づけによって、国際的な必要通貨である。そのために、常に投機の対象になり易い状態である。円高を悲観するのではなく、いまこそ、この現象を活用して我が国の産業構造を転換し、中国や韓国、さらにはアジア諸国と我が国の経済が同一の土俵に立って不利な役割を果さないようにするべきである。エネルギー、環境、都市開発、自動車産業などの国際製品の形競争力、さらには先端性が新しい日本の仕組みを築く。高齢化も克服の仕方によって国際競争力の強化につながる。医療や製薬などである。輸出偏重の経済によってドルにお相場に一喜一憂する時代は終わろうとしている。浜氏の元気の良い提言を受け止めて国家の新しいビジョンを構築する良い機会であり、考えていきたい。

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幻日(げんじつ) 市川森一著 講談社

著者の市川森一氏の多彩な活動に驚いた。
彼は、戯曲「黄金の日々」などのみならず、『ウルトラセブン』(1967年 - 1968年、TBS)『コメットさん』(1967年 - 1968年、TBS)などのドラマのシナリオを書いており、その作品数は膨大である。テレビのコメンテーターとしても活躍しているようである。彼は諫早の鎮西学院中学の出身である。長崎が故郷であり、カトリック教徒として、江戸時代のキリシタンやその殉教には造詣が深いのである。島原の乱を描いた作品は多いが、長崎のキリシタン文化をこのように描いたものは少ない。

自分の祖父は天草市宇土の出身であり、この著者と同じ鎮西学院の卒業生であった。また、天草四郎も宇土の出身であったという。共通点に関心が向いた。島原のキリシタン遺跡の調査は意外にも新しい。1992(平成4)年から実施している発掘調査によって、本丸地区から多くの遺構・遺物が出土している。特に、十字架、メダイ、ロザリオの珠などのキリシタン関係遺物は、一揆にまつわる資料であり、興味を注がれる。この発掘では多くの人骨も出土した。有名な天草四郎の陣中旗は落城時に立ててあったものが捕獲され、鍋島家で保存されていたもので、世界的に貴重なものと評価されている。これを描いたのは山田右衛門作である。山田は天草・島原の乱の際、四郎軍の幹部の一人であり、原城にたてこもったが、篭城方の全員が玉砕したにも関わらす、ただ一人生き残った人物として知られている。立てこもった一揆軍3万7千人が殺されるという惨状であったが、彼は幕府側と内通しており、そのために生き残ることができた。幕府の取調べに応じた彼の口上書は原城での天草四郎軍の内部事情を知りうる唯一の資料となっている。この小説にも描かれており、彼の証言で一揆側の状況は記録として残っている。

陣中旗(重要文化財)
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島原一揆軍の総大将・天草四郎は、天正遣欧使節・千々石ミゲルの息子だったという推定。そして幕府軍を震撼させた長崎要塞化計画、文献をもとに、想像力を駆使している。日本史上最大の一揆といわれる島原の乱を詳細に描ききっている。当時の島原や長崎におけるキリシタン文化を良く研究し,脚本家だけあって、原城の様子、あるいは幕府軍の陣営などの様子が映像的に浮かんでくるような見事な描写である。天草四郎は益田四郎としての存在も知られているが、何故一揆軍の大将となり、それまでどのような人生を送っていたかは定かでないので、そのあたり大いに空想の余地がある。優秀な少年であり、外見も優れていた事が推察される。何らかのカリスマ性を持っていたのだろう、創造力を刺激するのである。ネタバレで申し訳ないが、彼に影武者がいて、その首級が四郎のものとされたという筋立ては最初から伏線があった。原城攻防戦の激しさが伝わってくる。

原城で演じられた宗教劇、城内診療所、反乱軍の実態など、著者の研究と資料に基づく表現に注目したい。実際に映像で見ているようである。キリスト教禁令が出る前の長崎に花開いたキリシタン文化の姿を彷彿とさせてくれる。実際の島原の乱は、松倉重治の圧政が原因であったが、当時の幕藩体制への反発を抱いた旧豊臣系浪士、キリシタン弾圧、さらにはキリスト教の終末論などが重なった複雑な一揆となった。天草四郎の出自は、記録として明らかだったのではないか。その母親もポルトガル人の娼婦であったというのは、作り込み過ぎだとは思うが、物語を面白くしている。日本の歴史研究ではキリスト教の影響が過小評価される傾向があるが、島原一揆も、マルクス主義歴史家からは苛斂誅求に反抗した農民反乱の面が強調される。しかし、3万人以上の農民が最後に棄教せず、死を選んだ結果をどう考えるのか。
 
 この小説の構成は、幕府側からみた島原一揆とキリシタン側の内部の様子が分かれて章立てされている。幕府軍の当初の司令官、板倉重昌の悲運の最期を生き生きと描写する。板倉重昌が討ち死にした後、松平信綱率いる討伐軍は増援を得て12万以上の軍勢に膨れ上がり、陸と海から原城を包囲した。兵糧責めが功を奏して圧倒的な軍事力により幕府軍は原城を制圧する。島原の乱がキリスト教徒の反乱であるとしたのは、自らの圧政を覆い隠そうとした松倉重治の主張が後世にも残ったもので、実態は奥の深い江戸時代最大の一揆であった。美少年として描かれる18歳の少年、天草四郎の存在は一体何だったのか、興味は尽きないが、この一揆は幕藩体制の200年を決定づけたといってもよく、幕府の鎖国政策を決定づけ、その後の農民政策などに与えた影響は大きかった。

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原城写真ライブラリーより引用させて頂きました。
http://www.castlefan.com/data01/hara/index.html

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「原発のウソ (扶桑社新書)、小出祐章著」

 原発を告発する出版物が増えている。著者の小出裕章氏は京大の原子炉実験所の助教として原発の危険性を常に訴えて来た。彼の専門は放射線計量、原子力に携わりつつ、その危険性を訴え、原発の推進に批判的な立場を取るということは、いわゆる原子力村の住民としては疎外されたのではないだろうか。しかし、原発周辺住民、さらに地域の人びとにとっては、こうした内部の人間の率直な意見が必要になる。我が国は原発を危険な施設であり、大きなリスクがあることを無視してきた。その結果が、今日の事故につながった。また、他の原発も何度かトラブルや事故があり、実情が隠蔽されて来た。

 安全神話にはじまり、原発や放射能の問題に関してはこれまで不透明、さらには噓が多かった。特に、3月の福島原発事故に至っては政府も、枝野官房長官の大本営発表的会見、原子力保安院、東京電力は情報の隠蔽、曖昧な言い回しや詭弁、誤った報告、ご都合主義的な国民を無視した発表が目立った。本書は原発推進側の噓や、勝手な解釈をひととおり暴いてみせている。福島原発で一体何が起きたのか。地震と津波が想定外という東電のいい訳に対して、人為的なミスー設計〜事故対応にいたる実態が説明されている。放射線被曝の危険性、特に内部被曝の恐ろしさ、また、これまで語られて来た火力発電に対する原発の優位性や経済性について容赦ない批判を展開している。こうした批判は、裁判でいえば一方的な検事の主張のようなものである。事故を起こした側からは、今は反論しにくいとことを叩きのめすように論陣が張られている。

 電力会社の噓や詭弁に関しては、「原発の闇を暴く(広瀬隆・明石昇二郎著)集英社新書」が原子力村ー原子力マフィアの実態を、また、放射線被曝の恐怖に関しては「内部被曝の脅威肥田舜太郎・鎌仲ひとみ著(ちくま新書)」が啓発書としては説得力がある。後者は東日本大震災の前に出版され、人類の原子力利用の歴史において、とくに第二次大戦後、内部被ばくによる健康被害が軽視され、ときには意図的に隠蔽されてきた事実を告発している。

 「原発のウソ」はこうした原発告発本のダイジェストといってもいいだろう。原子力研究者による分かり易い解説本という意味に於いては成功している。総論としては、批判の論調が一方的な感じも拭えない。例えば、電力会社の送電コストは、ひと言では言い尽くせない複雑さが特徴だ。市場主義ではあり得ない僻地にまで送電義務がある事も語られなければならない。地域別に九州や四国など、原発依存度の高い地位域は生活用のみならず、工業用も原発依存度型か40%以上と高く、中部地方は原発依存度が低い。関西以西と関東の発電サイクルの違いから電気の融通ができず、トータルな電力使用量がピーク時でも原発無しでやって行けるかどうかの検証はなされていない。被曝による被害においても、やや過剰な被害設定が見られる。実際はこれも分らないことが多いのである。とはいえ、原発が55も、しかも、津波や地震など甘い想定、さらに人為ミスも重なった場合のリスク対応がお粗末な実態をさらけ出されると、もう原発はこりごりという印象になる。

 しかし、今なお世界のすう勢は原発を推進しており、廃止する国はドイツ、イタリアなどだが、これらも、原発で作った電力までは別に拒否していない。日本の場合、周囲の国からの供給は無いから、原発を廃止するとやはり、電力不足から来る産業リスクは高くなる。福島原発の冷温停止が終わらない今は、完全な安全は無いのだから、放射線被曝の恐怖や今後の事故の危険性を訴えた方が論理上批判的な立場の方が楽だろう。沈静化に向いつつある今、必要なことは安全性向上や、原状回復がきちんと行なわれ、稼働再開の可能性があるかどうかである。これまでの杜撰な体制が何処まで改善されたかを見守らなければならない。喉元過ぎれば熱さ忘れる国民性を彼等はじっと観察しながら、体制の復活を狙っている集団があるに違いない。

 戦後、少なくとも10年間、我が国は電力不足に悩み、自分が子供の頃は突然の停電は頻繁にあり、家庭にロウソクは必需品だった。高度成長期以降は電力は原発の貢献を否定することはできない。地域によって差があるが、豊富に供給されるようになった、ところが、原発の建設、廃棄物処理による高コストを耐えなければならなくなった。そのせいでアルミ産業などは完全に消滅した。日本の電力料金は先進国では一番高い。自然再生エネルギーへの転換は好ましいが時間がかかる。原発も急に止めるわけにはいかない。産業用ロボットやIT産業は電力依存度が高い。電力不足がどれだけ産業の空洞化や医療などのリスクを高めるかといった検証も必要だろう。脱原発を語るのは簡単だが実行は難しい。原発のウソにウソが無いのか、公平な立場からのエネルギー論が待たれるところである。

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「本物の医師になれる人、なれない人」
 PHP新書 小林公夫

 医師になるには、難関校の多い大学医学部に入り、6年間の学生生活を経て、国家試験に合格しなければならない。専門職として、司法試験、上級国家公務員、公認会計士なども長い学業と修行で知識を蓄積し、スペシャリティを社会的に認められる。司法試験も公務員試験も面接で対人コミュニケーション能力を厳しくチェックされて世に出て行く。その中でも。医師は、医学部受験で作文とか、面接もあるがそれほど厳しくはない。海外では、高校卒業していきなり、医学部には入れないことを知っている人が、日本でどの位いるのだろうか。OECD諸国では大学卒業者でなければ医学部には入れない。我が国も医学部卒業後も、研修医として、2年間、現行制度では各種の専門を横断的に病院で実地研修しなければならない。私立の医学部に入れば、授業料も高く、学校によるが、数千万円は覚悟しなければならない。医師の卵として、患者を診察できるようになるには、凡そ10年はかかる。しかも、医師になって病院勤務中は当直や連続勤務で、1日のうち数時間しか睡眠が取れなかったり、食事も満足に取れない過酷な労働環境で耐えなければならない。精神的にも肉体的にも、優れた素質が要求される。医師として現場に立つまで、厳しい修行が続いて初めて仕事をすることが出来るようになる。社会的には尊敬されるべき職業であり、国家的にも知的資産なのである。ところが、日本の教育システムでは、一般に社会体験で培われるような諸能力、対人関係構築能力や価値判断、決断力、他人の社会経済背景などを理解する力は養われない。どちらかというと、学究オタクの製造所なのである。外国では、リベラルアーツや、学部卒が医学部入学の条件だから、そんなこともないのだが、日本は学力オンリーでそのまま医師になる人が多い。この点は官僚や法曹界も似ている。専門馬鹿が多く生まれる土壌で、このことが様々な問題を起こすのである。本書はそうした医師の能力に、学業以外に何が必要かを説いている。

 医師に対して厳しい見方、あるいはその本質を歪めて、人々に誤った情報を出すのがマスコミである。マスコミというのは権力に対して敏感で、女性的なまでに(女性に失礼)嫉妬深い。エイズ問題での血液製剤について、その権威者であった安倍英帝京大学副学長に対する櫻井よしこの訴訟、医療事故に関するマスコミ報道などは鬼の首を取ったかのごとくはやし立てる。政治家やタレントも含め、権力を持っている間は卑屈なまでにそのおこぼれを求め、話題を漁るマスコミが、一旦トラブルやミスで権威を失墜すると、容赦ない攻撃を加え、その彼等の真実は結構間違いが多い。しかし、小林氏は患者の立場からあるべき医療に向う医師の姿勢について述べている。

 この10年間の医療訴訟の実例を使って、医療の倫理とは何かを、本著では分かり易く世に訴えている。マスコミというのは、常に弱者の立場に立つという建前から、被害者ー患者の立場で批判を展開する。これが、さらに権力的なバッシングに発展する。医療の世界は、彼等が権威をこき下ろす格好のターゲットになり易い。医療側からの反論を無視するか、理解出来ない為に単に、正義感からの論点が多い。しかし、医療というのは技術的な世界なのである。

 この本は、本物の医師になれる人なれない人という、医師に対しては厳しい能力の要求をしているような題である。しかし、内容は、もっぱら、医療の患者への接し方とか、医療過誤、医療訴訟から見る見た、医師の判断力や注意点を述べた物である。著者 小松公夫氏は医事刑法の専門家であり、また、医学部受験の予備校メディカルアカデミー代表を17年間務め、多くの医学生を大学に送り出して来た。医療の現場、特に、病院での人間関係、医師のタテ社会での体験、患者の治療には距離があるだろう。医療の直接的関係者というより、応援団といった立場ではないだろうか。

医療群という言葉が登場する。医療界で技術的に標準治療とされている水準を外さなければ、仮にその治療で患者が死亡しても医療ミスではないという考え方である。なるほど、血友病のクリオ製剤と非加熱製剤の選択で、安倍氏が無罪になったのも、その考え方があったからなのだということである。ジャーナリズムは、結果主義で、医療行為が患者の死亡というような悪い結果になると、医師のせいにして攻撃する。しかし、医療というのは完璧は無い。治療努力を懸命に行なっても、死に至る事はがんの治療を始め、外科手術などでも頻繁にある事だ。そこで、医師が何処まで人間として誠実に治療に向かい合い、患者の利益の為に努力したか、情報を集め、技術を駆使したかが問われる。著者は医療事故の問題を扱って来たので、殆どの事例が外科である。実際は、投薬の問題、特に、抗がん剤や心臓病治療、高脂血症の治療などが、今、医療の課題として問題が大きくなっているのではないか。折角、クリオ製剤の問題を取り上げたので、内科のケースをもう少し取り上げてもらいたかった。

 医師というのは社会的な資産である。養成には長い期間がかり、また、技術革新の中で、陳腐化し易く、常時研鑽を続けなければならない。かつて、日本が零戦搭乗員を消耗し、人材を育成しながら戦線に投入すべきとこと、数合わせのようなことしかせず、消耗させつつある。我が国は人を育てるシステムを構築することが苦手である。新規に大学から投入される医師と、新しい技術革新に自己変革を続けられる医師の育成が日本では貧弱である。医師不足というのは数の問題より、現代の医療ニーズに対応した医師をイクセイ出来ていないという事なのである。

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再生可能エネルギーの政治経済学 大島堅一著 東洋経済新報社

 本著は昨年書かれたものだが、まるで、震災後のように感じる位、現実を予測している。福島後の議論を先取りした内容である。再生可能エネルギーへの転換を経済学的に見事に整理し、また、これまでの政策を追跡することからいかに、日本のエネルギー政策が原子力に偏った異常な状況だったかが分る貴重な分析である。脱原発というマスコミが使う言葉は前提が分らず、あまりにも現実を無視している。糖尿病の患者に脱メタボといっているようなもの。一言で語る必要は無いし、事態は深刻だ。

1.エネルギー政策の誤りを修正すべき
 これまでの原子力発電開発は失敗している。もちろん電気を送る機能はあるが、廃棄物処理と事故のリスクを考慮すると事業として成り立たなくなる。このことを踏まえて、脱原発という極論で、誤りを糊塗してはならない。55基の原発が存在する。これらは来春には全て止まるかもしれないという危機感が関係者には漂うが、そもそも、これから先、原発にはそれほどの未来は無い。日本のプルサーマル、増殖炉はその危険性、さらに高コスト体質から止めるべきである。「もんじゅ」は全く再開のめどが立たない。既に稼働している物は安全性を高め、あと40年の耐用まで存続すべきだ。しかし、全廃する必要は無い。国家管理でもよいから日本の国防上、原発は必要である。核兵器を作る能力を担保しておかなければならない。

(1)温暖化対策の失敗
 これまで、日本は京都議定書策定以降温暖化防止の為に原発依存を正当化して来た。ところが、電力会社は原発開発を続けて来たにも拘らず、二酸化炭素の放出量削減に成功しなかった。原発の稼働率の低下、事故などの不安から,石炭火力の増設を行ない、これに失敗した。

(2)安全性に対する信頼を失った福島第一原発事故
 今回の原発事故はその規模においても大きく、原発のリスクを国民全体に認識させ、安全神話が崩壊した。福島以外にも新潟での事故の隠蔽、浜岡の危険性など、潜在的な危険性や電力会社の利益第一主義が露呈した。政府の安全に対する仕組みとしての、安全保安院や原子力委員会の実態も批判に曝された。大規模事故がひとたび発生した時の影響の大きさは比類が無く、その対応能力も無い。二酸化炭素対策にもなっていない原発をそれを大義名分に原子力発電を大量に増設するならば放射性廃棄物が増加し、事故へのリスクが増大するし、これを抑える費用が増加し、採算が取れない状態になる。これまで、殆ど無かった自然再生エネルギーの研究支援、立地関係の予算が大きく配分される事になれば、電力会社も重視するだろう。
 
(3)異常な原発傾斜予算配分を修正

  炭素排出削減目標達成社会を実現するための、バランスの取れたエネルギー資源配分を行なうべきである。これまで、電源開発に関する予算の40%、国家予算一般会計一兆1000円を超えるエネルギー対策費の27.8%、立地対策費の7割が原子力という偏った配分である。この配分を再生エネルギー開発に振り向け,原子力は既存の施設の維持と、安全性確保に集中するならば、我が国のエネルギー事情は新しい時代を迎えるだろう。

(4)代替可能エネルギーの開発に軸足を変える
 原子力発電は将来的には資源問題から高速増殖炉と再処理サイクルが完成しなければ継続出来ない。しかし、現時点ではこの技術は破綻している。化石燃料とLNGによる発電は従来どおりの基本であり、地熱、風力、太陽光を含む再生可能エネルギーの開発が急務である。

2.原発の維持に向けての条件
 以下は、大島堅一氏の意見ではない。小生の見解である。原発は国防技術として位置づけを変えるべきだ。これを恐れる限り、原子力の技術は発展しない。自分はキリスト教信者だが、国防というのは宗教的な世界の問題ではない。平和を願う気持はキリスト者として当然である。しかし、人間には基本的人権として、他国からの侵略から自己を守る防衛権、抵抗権がある。原発を民生技術として考える限り、未来はないだろう。廃棄コストなどの将来コスト、事故対応コストを考えると民間で今後維持するにはリスクが高すぎる。

(1)安全性確保
 安全基準を高め、ストレステストなど、安全性確保に向けて、国際基準をリードする仕組みを日本は持つべきである。福島の事故はチェルノブイリと並ぶ最悪の事故である。これ以上の危険な状態に
陥らない様、福島を教訓にして、全ての原発を点検する。

(2)事故対応への準備体制
 今回の福島事故において、事故対応への準備がお粗末であった。ロボットは稼働せず、アメリカからの応援に頼った。事故の現場撮影もアメリカの商業衛星の方が頼りになる状態。放射線防御服も数は足らず、作業員は被曝の危険に曝され続けた。これらの教訓をもとに、各種装備を整え、国として責任を持つ。事故対応は国の責任とすることである。

(3)人材の確保
 未来の無い技術に優秀な人材は集まらない。技術者の高齢化、新しい原子力研究者の不足など、
原発をこれから40年以上維持する人材がどう確保されるかである。原発を国防技術として位置づけ、核兵器開発がいつでも出来る体制とすることが、周辺諸国への国防上の抑止力になる。
 

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