カテゴリ:書評( 116 )

  遠藤周作の「沈黙」に続く作品で、野間文芸賞を受賞した。沈黙があまりにも有名でその陰に隠れているが、内容は沈黙に並び立つ優れた作品だと思う。日本人とキリスト教という課題を海外の視点から語っている。かつて歴史に埋もれていた支倉常長の7年にわたる長い旅の記録である。資料は殆ど無い中、遠藤は自らの渡欧体験や海外取材で優れた描写を行なっている。

 明治になって、岩倉使節団がヨーロッパを訪れたとき、ヴェネチアで支倉が訪問していた事を知り驚愕したという記録がある。ローマ法王に謁見し、拝領した当時の法衣や教皇の肖像画、短剣が仙台に残されている。また、彼の肖像画はベネチアで発見されたのである。今年、仙台では東日本大震災で破損した復元船の改修と記念館の再開が渡欧250周年記念に併せて行なわれる。

ローマ法王に謁見した時の支倉常長像
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震災前のサンファンバウティスタ号;流石に大きい。日本でこれだけの船が建造された事が凄い。しかも、5ヶ月で完成し、スペイン人もびっくり。
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スペイン側の記録にある支倉常長の雰囲気を表していると言われる肖像画

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東日本大震災により損壊した記念館とサンファンバウティスタ号の補修工事が進んでいる
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 支倉常長の渡欧と信仰の物語であるが、この物語はべラスコという日本宣教に情熱を燃やす神父の語りによって構成される。侍(長谷倉殿)と表現される彼は伊達藩の支倉常長のことである。支倉常長は太平洋をサンファンバウティスタ号に乗って、メキシコを横断し、大西洋をわたってスペインに行き、さらにローマ法王に謁見している。彼が、日本に帰国した時は既に禁教令が出され、鎖国に向けて日本が進んでいた時であった。なぜ彼はこれほどまでの大旅行を行い、何を見、異国の地で何を考えたのか。作家の想像力を大いに刺激する歴史的な出来事であった。この物語は、どんな事情で支倉達の大旅行が7年もかかったのかを語る。彼らを待ち受けたスペインや修道会の日本に対する宣教の方針転換の時期であり、語るポーロ会(フランチェスコ会)のべラスコ修道士と彼に敵対するペテロ会(イエズス会)のヴァレンテ神父との対決に物語が進む。支倉一行は仙台藩の家臣に過ぎない。幕府が公式の使節として派遣したわけではない。しかも、幕府はキリスト教を禁止する方向にあるというのが反対派の見解である。当時は既にキリスト教が秀吉によって禁教令をだされ、殉教も始まっていた。宣教と国交ー貿易とを一体にして国交を進めるスペインの外交は、日本に対して後退期に入っていた。日本の宣教が失敗であったとされると、支倉達がスペイン国王に謁見する理由がなくなる。そこで、使節一行は洗礼を受けるのである。使節団を案内したバレンンテ神父の勝利である。彼らはスペイン国王に会うことができる。しかし、同時に、仙台藩でもキリスト教の迫害と殉教者がでたという情報が伝えられる。

 支倉達の改宗はいかなるものだったのか、という疑問が次に起きてくる。彼らのスペイン国王との謁見を実現するために、敢えて信じたくもないキリスト教の洗礼を受けたのだろうか。さらに、支倉はローマ法王に謁見することで事態を打開しようとする。しかし、1612年の禁教令により、日本はキリスト教の宣教を禁じた。ローマ法王庁も、スペインも、支倉達の国交に向けた外交交渉を行う理由を失った。彼らの渡欧の目的は失敗であった。しかし、最後に法王は支倉達一行と謁見を行う。そして、彼らは伊達公の書状を読み上げることに成功する。
 「宗教に現世の利益だけを求める日本人。彼らを見るたびに私はあの国には基督教のいう永遠とか魂の救いとかを求める本当の宗教は生まれないと考えてきた。」「日本人たちは、奇跡物語や自分たちのどうにもならない業の話には心ひかれるが、キリスト教の本質である復活や自分のすべてを犠牲にする愛について語ると、とたんに納得できぬ興ざめた顔をすることを私は長い経験で知っているからである。」これはあくまでも遠藤のキリスト教と日本人というテーマである。

 支倉は日本に帰国後信仰を捨てたということになっているが、史実はどうも違うようだ。彼の女婿や下僕等、周囲の人々がキリシタンとして殉教しているのである。彼だけが棄教したとは思えない。彼は日本に帰国後2年で病死している。遠藤は、イエスキリストの受容、さらにキリスト教の信仰が日本という土壌に馴染まない理由をこの作品の登場人物の思考を自身に重ねて語っている。しかし、史実は必ずしもそうではないようだ。常長の子常頼は1640年、禁教令を破り、斬罪に処される。召使い3人と弟常道がキリシタンであったことの責任を問われたもので、召使い3人も殉教。また、支倉の旅の報告は伊達藩から幕府に対しなされており、闇に葬られたわけではない。支倉の信仰にしても、当時の日本の対応にしても、遠藤の描く日本は矮小な感じがするのが残念である。遠藤自身の問題意識を超えた所に支倉の真実はある。
<2013-07-09 16:10/span>

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  書評 遠藤周作 「死海のほとり」 

 遠藤周作著作集の三巻に支倉常長のことを書いた「侍」を読もうと図書館から借りた。ところが、この間の半分は「死海のほとり」だった。もう、20年くらい前に読んだ本だが、憶えているかどうか、気になったので、読み始めたら一気に読んでしまった。やはり殆ど記憶になかったが、コバルスキー、「ねずみ」というあだ名の修道士のことはかすかに残っていた。遠藤のキリスト観の集大成のような作品である。この作品は主人公のイスラエル旅行と、戦中でのカトリックミッションスクール (多分上智大学) の思い出、そして聖書のイエスのガリラヤ伝道と最後の十字架の受難の物語が三層になって組み立てられている。
 主人公は大学時代、熱心なカトリック信者となった友人とイスラエルで再会する。友人は聖書学を現地で学び、国連職員として駐在している。主人公の旅の目的は、イエスの旅を辿り、イスラエルにいる強制収容所の生き残りから「ねずみ」というあだ名であったコバルスキーという修道士の消息を知る事でもあった。戸田と違い、常に迷いの中にある作者は、イエスにこだわり続け、小説家として、13番目の使徒という作品の取材に行くのである。友人の戸田はイエスを歴史的存在として調べるほど、信仰は薄れ、かつての情熱はすっかり無くなっていた。そこで、この小説では、戸田の描くイエス像に従って、主人公がイエスの受難の道を辿る物語が並行して語られる。この受難物語のイエスは、無力で、奇跡など起こす事が出来なかった、最後は周りから見捨てられたイエスである。しかし、愛の人という点では、古代の常識を超えた行動を示した姿が描かれる。この小さき者にしたのは、すなわち私にしたのである。この物語に織り込まれたイエスの受難物語は、友人の戸田から作者が受け止めた歴史的イエス像である。

 何故、主人公は「ねずみ」という修道士の最後を知りたかったのだろうか。ねずみは、修道士としては情けない、自己保身欲の強い、計算高い人物であったが、これは主人公の負の自分自身とも重ねている。そして、その対局に、強制収容所で、餓死刑を宣告された囚人の身代わりになって亡くなった「マディ」という神父の事が詳しく書かれている。この部分は実話として知られる、ポーランドのコルベ神父の話をモチーフにしている。遠藤周作は、自分自身を「戸田」と「ねずみ」を自分の分身、そして、学生時代に戸田に影響を与えたノサック神父と「マディ」神父をコルベ神父に重複させてモチーフにしている。自分のような自己中心的な人物に救いはあるのか、俗世間にいる人々にイエスの救いはどう関わるのかというテーマである。
 ネズミがドイツのゲルゼンという架空の収容所に収容され、そこでの彼の振る舞いを見せつける。コルベ神父をモチーフにしたマディ神父の逸話を対比させて我々の信仰を対比させている。
 ここでは、マディ神父や、学生時代の寮監だったノサック神父、さらには巡礼団のリーダー的存在だった大森牧師という正当派の信仰に見られる「勝利」するイエスと信仰が語られると同時に、戸田や作者、さらには「ねずみ」に代表される、敗北した信仰心、挫折と後悔に満ちた人生、無力な人間の姿である。遠藤はここで、ネズミの最後を通して、イエスは両方を支え、働きかける復活のイエスを語りたかったのである。

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「スターリンのジェノサイド:ノーマンMネイマーク著・みずず書房 根岸隆夫訳」

 赤色テロルとスターリンの血の粛清は知られている。あまりにも大きな規模と犠牲者の多さから、何も、当時の秘密警察の一次資料が無くても覆い隠せない。いまさらという感じもあるくらいだ。ところが、本家のロシアでは過去の出来事となりつつある。反省も無い。ナチスの反省から民主主義をスタートさせたドイツとは全く違う。この粛清は政治行動ではなく、むしろスターリンの蛮行、ヒトラーと並ぶジェノサイドであった。語りつくされたようで実際には国際社会では忘れられつつある。過去ではなく今日的問題。何故、今ロシアがシリアの混乱に冷淡なのかも関係しているように感じる。彼の名言に「一人の人間の死は悲劇だが、数百万人の死は統計に過ぎない」というのはまさに彼が行った出来事だったのです。

 スターリンの行状を歴史的に精査すると、彼の行動はレーニンの時代から始まっている。そしてその恐怖政治の創始者はレーニンなのだ。ロシア革命の理想も、目的もレーニンは少数グループとして横取りし、功績のあった人々を反革命と烙印を押し、弾圧し始めた。そうした暴力行為はすでにレーニンの権力奪取行動から始まり、スターリンにおいて開花したといってよい。ロシア革命の正体をあからさまにする歴史の見直しを伴う大事件なのである。自分は革命の主体であったボリシェビキがなぜスターリンに弾圧され抹殺されたのか、不思議に思っていたが、その答えはここにある。赤色テロルは歴史の教科書や授業ではまったく語られないことなのである。この点はトロツキーも同様である。だが、レーニンは多くの教養ある革命家とは違い、その暴力に関しては容赦なく実行した人だった。レーニンの蛮行にかかわったカーメネフ以来、スターリンの直下のNKVD(秘密警察)幹部であった、ヤゴーダ、忠実なスターリンの殺人実行者エジョフ、そして最後に生き残ったべリアもすべて銃殺されている。このことを東京外国語大学の亀山郁夫氏は「大審問官スターリン」という大著で詳しく語っている。
 
 この本は、最後に訳者のあとがきに著者の目的と日本が今後ロシアと国交を考えるにあたっての着眼点、視点が書かれている。是非ここだけでも読んでほしい所。ジェノサイドは今も国際法庭で裁かれる犯罪。何故あのような事が繰り返し行われるのか、共産主義者の行った大量殺戮をどう定義していくのか、又、スターリンの行った粛清や民族抹殺を狙った強制移住、政敵とみなされた民衆や軍人に対する容赦無い処刑、さらにウクライナでの農民餓死政策などもジェノサイドとして歴史的に再定義しなければならない。著者が本著で訴えているテーマである。ソ連も中国も戦勝国であり、特にソ連はナチスに2000万人の犠牲を払い、収容所を解放したために当時のリーダー、スターリンは国家犯罪首謀者とはなっていない。しかし、彼は紛れもなくヒトラーと並ぶジェノサイド首謀者であり、犯罪者である。20世紀にいったいどれだけの人々が荒唐無稽なユートピアのために殺害されたか。また、独裁者の権力を維持する為に、その反対者や将来に敵対するというでっち上げのため、また、巧妙な密告や逮捕、拷問の為に殺された人々がいたのか、未だに全貌は歴史的に位置づけられていない。敗戦国のドイツはナチスのホロコーストを世界から裁かれたが、それにも劣らないソビエトの殺戮は国家システムによって実行に移されていった。

 歴史上で最大最悪の犯罪はジェノサイドである。国家犯罪でもある。アフリカのウガンダでのツチ族フツ族の抗争やセルビアのミロシェビッチの犯行、ポルポトの殺戮、あのナチスのユダヤ人絶滅計画などが代表的である。歴史が繰り返された。ソビエトでの蛮行が彼らを正当化し、影響していないとは言えない。何故か共産主義者の犯行である文化大革命での1000万人を超える犠牲者やスターリンの犯行はそうではないのか?ジェノサイドという言葉の定義はやはりナチスの行為がモデルになっている。しかも、ユダヤ人ばかりが脚光を浴びる。ナチスはロマなどの少数民族。共産主義者をはじめとする反体制派、ロシア軍の捕虜なども合わせれば数の上ではユダヤ人以上の殺戮を行った。中国共産党、特に毛沢東は同じ穴のムジナである。ソヴィエト共産主義幻想によって多くの人々が抹殺された。

 日本共産党はこの問題に関してスターリンの過ちとして他人事のように説明するのである。むしろ被害者であるかのように。実は彼らも同類。戦前ソ連に亡命した日本人共産党員は多く、国崎定洞はじめ、演出家の杉本良吉もスパイとして処刑された。彼らはこれをスターリンのせいにして、共産主義政府の欠陥とはみなしていない。ジェノサイドは今も国際法庭で裁かれる犯罪。何故あのような事が繰り返し行われるのか、共産主義者の行った大量殺戮をどう定義していくのか、又、スターリンの行った粛清や民族抹殺を狙った強制移住、政敵とみなされた民衆や軍人に対する容赦無い処刑、さらにウクライナでの農民餓死政策などもジェノサイドとして歴史的に再定義しなければならない。著者が本著で訴えているテーマである。彼は紛れもなくヒトラーと並ぶジェノサイド首謀者であり、犯罪者である。そのように叫んだところでいったい何が起きるのか。
 
 ソビエト崩壊後、スターリンの行為に関しては膨大な資料が公開され、その犠牲者の全貌が明らかになるかと思われたが、実際は現体制に都合の悪い情報は公開されていない。更に困難な状況もある。当時の報告書は犠牲になった逮捕者をNKVDの担当者が水増しし、自分の功績を過大にしようとした形跡があり、正確には分かっていない。しかし、1930年〜1953年に110万人〜120万人のソビエト国民が処刑され、150万人が強制移送で死に、強制収容所で160〜170万人が早死、これに意図して仕組まれたウクライナ大飢饉やポーランド人バルト3国民、集団化に抵抗した農民、処刑された少数民族の抵抗者300万人〜500万人、更に反革命のかどで銃殺されたボリシェヴィキ、クラーク、僧侶など膨大な死者の全てにスターリンが主人公であった。社会集団と政治集団の抹殺をジェノサイドとしない1948年の国際法は戦勝国ソ連が国連条約に影響を行使した結果であり、このことは修正されるべきであると著者は主張している。農業集団化で流された血以来、彼の工業化や農業集団化の全国計画の失敗は政治的粛清と同様に憎悪と復讐心をもってソビエト住民全集団のせいにされた。数十万人のクラークのレッテルを貼られた数十万人が銃殺された。敵性民族の反乱を抑える為の攻撃はポーランド将校への大量処刑、カチンの森事件に象徴される。チェチェン、イングーシ、クリミアタタール、朝鮮人も敵性民族として処分された。スターリンとソヴィエト政権は政敵集団を発明して彼らを裁き、訊問し、拷問のうえ処刑した。スターリンの地位を脅かす古参ボリシェヴィキ、共産党エリート、将校団、ノーメンクラトウラとその友人、家族、同僚を無実の犠牲者を構わずに処刑していった。それらは迫り来る戦争に備えるという大義名分の元に実行されたのである。この著者の告発は今更という感もあるが、歴史は繰り返されてきた。スターリンとヒトラーは全く同質であり、国家犯罪であることを改めて告発したのである。未だにスターリンを賞賛するグループが存在し、今もシリアで行われていることは内戦の最も最悪の形態でありジェノサイドになりつつあるのに、これをロシアが容認しようとしていることに国際社会はどのように行動するのだろうか。スターリンの犯罪に目をつぶった国連の限界を見せつけられる思いである。

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ジパング展−沸騰する日本の現代アート

10月6日(土)−12月2日(日)の間、開催されているので行こう行こうと思いつつ遂に最終日、閉館まぎわの5時に入館した。ほんの1時間ばかりであったが、充実した鑑賞ができた。5階の展示室はいつきても気持ちよく作品を鑑賞できる。前回のシャガールも内容のある作品が多かったように思う。今回は日本人の現代作家ばかりである。殆どの作家が1970年代に生まれ、40才代の油ののりきった世代だ。その内容の豊かさに感銘した。日本人の想像力と繊細さ、緻密さ、感性のすばらしさを感じた。こうした展示会が新潟で開かれていることは新潟の美術、創造への意欲が高いことを示している。コンピューターグラフィック、アニメ、細密なペン画、人形、彫刻など多種多様な作品が会場を刺激している。この世代の作家は、宮崎駿の影響を受けているような印象があった。天空の城ラピユタのような小宇宙的都市、あるいは街を凝縮して描いた作品が何点もあったからだ。
写真撮影は禁止だが、出口付近の作品は許可となっており、ご紹介する。
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 服部龍二著 「日中国交正常化 」 中公新書

 尖閣諸島の問題は容易には沈静化しない。その理由が本書で少しは分かるように思う。40年という歳月は社会の世代交代をも意味する。その世代交代の中で、歴史が継承されていない。当時の政治家がいかに言葉を選び、中国との交渉に当たったのか。今も変わらない問題を抱えている。それを忘れたかのような政治家とマスコミの無責任な言動が、この本を読むと分る。40年前から尖閣諸島の領有権は中国としては石油利権の問題として捉えていた。周恩来はこの問題をニ国間で解決するのは当時の限られた時間では無理とみて次世代の知恵に委ねるとい名セリフでパスした。当時は中国としてはソ連の脅威に晒され、そこで米中首脳会談そして日本との交渉へと進んだのである。中国もこの交渉は失敗が許されない状況であった。ソ連の脅威が薄れ、経済力も世界第二の大国となった今、中国は尖閣諸島の領有権を持ち出す好機と見た。彼等は国民教育も含め虎視眈々と布石を打っていた。

 この問題の大きな背景を見失うわけにはいかない。奇跡ともいえる成果をもたらした日中国交回復での時の運、そして人の縁も忘れることが出来ない。田中角栄と大平正芳、そして毛沢東と周恩来という首脳と多くの外務省官僚達が見事に役割をはたした。政治家が官僚を使いこなし、官僚も能力をふるに発揮した。素晴しい日本のパワーが開花したのだ。今はどうだろうか、人材がいない。歴史観もお粗末。この惨状である。
 この本で知ったのだが、当時、台湾との交渉が並行して行なわれ、特使であった椎名悦三郎一行は台湾のデモ隊に囲まれ、材木で車を壊されたり旗を奪われたりした。まさに官製デモであった。これと同じ事が今回も起きたが、マスコミは当時の台湾のことを一切説明しない。日本は中国との国交の代りに台湾を無視せざるを得なかったが、見事に民間ベースの交流は維持している。これはアメリカおも唸らせる外交工作であった。

 本書では当時のの姿がドキュメンタリーとして語られている。周恩来はこの条約を結ぶにあたり毛沢東との調整、当時は4人組も健在だったが上手にまとめた。その最大の恩義は賠償請求の放棄である。この本に登場する政治家、椎名悦三郎、竹下登、多くの外務官僚たちがもうこの世にはいない。あの台湾派だった青嵐会の中川や浜田幸一渡辺美智雄も世を去った。残っているのは、神の国発言の森喜朗、そして石原慎太郎が、軍国主義者として、当時の努力を踏みにじっている。彼等がどれだけ中国を相手に苦しい交渉をして来たか。井戸を掘った人々の苦労を偲ばねばならない。日本は中国との関係を無視しては生きて行けない経済になっている。いくら、ミャンマー、インド、ベトナムといってもまだまだ限界があるのだ。もちろん中国がダメなら地政学的には不利な方向で頑張らねばならないだろう。当時、一番の難題は台湾の位置づけをどうするかであった。尖閣問題を考える上で、今後の台湾との関係と、ロシアとの北方領土が中国の態度を決定するだろう。これらを上手くやるほど彼等は動きにくくなると思う。このあたりに鍵があろう。小を捨てて大を取る工夫である。日中国交回復時に取り残した台湾との関係をどう処理するかが尖閣列島に関しても言えるのではないか。台湾は当面は領有権よりも漁業権を主張しているだけのようにもみえる。彼等の漁業権を認めて味方に取り込む事も作戦上悪くない。これを領有権の放棄と見るのか、マスコミの見識も求められよう。


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 日活を創設し、実業家として手腕を振るった梅谷庄吉の伝記である。日比谷公園にある松本楼の常務である著者はそのひ孫にあたる。梅谷庄吉の養女の千世子は著者の祖母である。その祖母が残した文献には梅谷庄吉と、昨年百周年を迎えた辛亥革命の父、孫文との交流記録が詳細にわたり残されていた。それをまとめたものがこの本である。孫文が辛亥革命の父であり、中国という国の創始者であったことは現代共産党支配中国も否定できない歴史である。梅谷庄吉の当時の活動は日本の映画史でもある。日活という会社が「日本活動写真株式会社」であり、梅谷庄吉は必ずしもこの経営に成功していない。しかし、日本の映画が近代的企業となるきっかけを作ったのである。彼の制作した記録映画、白瀬南極探検隊は日本の映画史に残るもので、自分もこれを見たことがある。彼は、孫文の革命支援に多額の資金を、この日活の資金も使ったに違いない。そうした不透明なところを批判されて日活を辞した。

 その孫文は、当時の日本の知識人や政治家とも親しくなり、また、多くの援助を得ながら辛亥革命を成功させた。孫文が革命中に日本に亡命していたことは有名な話で、鎮西学院卒のクリスチャン宮崎 滔天や頭山 満などが親交があり支援した。しかし、この梅谷氏が財政的支援を始め、もっとも強力な支援者であったことは歴史の中に埋もれていた。何と、あの宋慶齢と孫文の結婚式は、梅谷庄吉の自宅で行われたのであった。梅谷の妻が仲を取り持ったのである。第二革命が失敗した後多くの革命の志士が日本に亡命してきた。中国革命の中心には多くのクリスチャンがいた。孫文も、その妻となった宗慶齢もキリスト教徒であった。孫文は革命の中で、最初からリーダーだったわけでない。多くの志士たちがいたが、その人格と指導力によって次第に頭角を現した。彼あってこそ革命が進むところまでこぎつけるには、宋慶齢や梅谷庄吉などの支援があったからであり、この本においてそうした秘話が語られている。

 孫文は「革命今だならず」という名言を残してこの世を去った。孫文の妻の宋慶齢の妹が宋美齢で蒋介石の妻であった。孫文が作った士官学校の政治部副主任が周恩来であったから、周恩来が日本との国交回復に熱心に取り組んだ理由が理解できる。辛亥革命の最終段階は、軍閥との戦いであり、その中心の袁世凱との対決であったが、孫文はこれに勝利する。しかし、孫文の死後、ロシア革命の影響から力を得た共産党と国民党の対立は、孫文の心を痛めた。孫文は58歳で肝臓がんでこの世を去る。日本の中国進出と、毛沢東の共産革命の前夜はこのようにして日本と中国の緊密な関係があったことをこれまでの歴史は語らなかった。2008年胡錦濤は松本楼を会場とする福田康夫首相の私的夕食会で孫文が残した記念の資料を見て、中日友好世世代々と記帳された。実はこのことを最も知っているのは中国なのである。

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太平洋戦争最後の証言 大和沈没篇 門田隆将 

 この大和篇は戦艦大和の体験者の証言である。「大艦巨砲」主義の象徴、要するに役に立たない無用の長物ということである。しかし、3,000人を超える兵士がこの船に乗り、日本の未来を守る為に出撃した。生き残りは280人程、航空支援もない中、無謀な特攻だと批判することは簡単だ。しかし、そこで死と直面した人々にそんな説教は無意味である。
 今、第二次大戦を生き抜いた人々は急激に少なくなっている。零戦、特攻、玉砕といった修羅場の生き残りが証言出来る時間は僅かである。彼等は多くの友を戦場に残して生き残り、戦後必死に仕事や家族、社会の為に格闘して来た人々である。感謝の気持をもって門田氏は筆を運んでいることが分る。この試みは、太平洋戦争を戦ったアメリカからみた証言、さらには、戦場になった土地の人々へと展開することが出来ないだろうか。

 戦艦大和のプラモデルを中学生の時に作ったことがあった。現代の兵器として見事なまでに完成された姿に魅了されたものである。大和が沖縄の海に海中に眠っている姿は、かつて、潜水調査で撮影されている。あの力強い姿は、今の日本人の心おも揺さぶる力がある。戦艦というのはその国の象徴でもある。宇宙戦艦ヤマトという漫画もあったが、やはり日本人にとって大和は永遠である。

 沖縄特攻に参加した人ばかりではなく、最初に建造したときからの体験をまとめている。現在の海底の大和から遺物を引き上げた時、出てきた茶碗などの仲間の生の痕跡を見て生き残りの方々は絶句した。この部分が印象的であった。圧巻はやはり最後の姿、大和と運命を共にした時の多くの兵士の姿である。

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太平洋戦争最後の証言 大和沈没編 門田隆将著 小学館

これで、証言シリーズ3部作は終了した。門田氏が全国の当時の生き残りの方々を訪ねて書き下ろした力作である。小説ではない。とにかく、証言をひたすら集めた結果の作品である。大和の巨大な主砲が発射された時はどんな具合だったのだろうか、興味が湧くところは全て抑えて書いて頂いた。
今、第二次大戦を生き抜いた人々は急激に少なくなっている。この試みは、太平洋戦争を戦ったアメリカからみた証言、さらには、戦場になった土地の人々へと展開することが出来ないだろうか。

戦艦大和のプラモデルを中学生の時に作ったことがあった。現代の兵器として見事なまでに完成された姿に魅了されたものである。大和が沖縄の海に海中に眠っている姿は、かつて、潜水調査で撮影されている。あの力強い姿は、今の日本人の心おも揺さぶる力がある。戦艦というのはその国の象徴でもある。宇宙戦艦ヤマトという漫画もあったが、やはり日本人にとって大和は永遠である。

自分が学生時代は、先輩の中には学徒動員で戦地で過酷な体験をした方々がいた。合宿の打ち上げの時など、先輩が来られて当時の話を聞く機会があった。その中で、T先輩は戦艦大和の最後を目撃した方であった。大和の僚艦、冬月に乗艦しており、機銃士官として防空戦を体験したのであった。
米軍のパイロットが、大和を雷撃し、僚艦の真横を反転して猛烈なスピードで通り過ぎて行く。その時、横を向いたパイロットが機銃座にいたT先輩と目が合ったんだそうだ。若いパイロットで少年のような顔をしていたのが印象的だったという。

大和は、最後に大爆発を起こして、沈んで行ったが、その時、びっくりしたのは、天から人がバラバラになって降ってきたという凄い経験をされたといっていた。海に放り出された大和の乗員を、必死で救出したが、最後はいつまでもいられず、現場を離れなければならなかったのが辛かったと言っておられた。吉田満氏の著書、「戦艦大和の最後」で駆逐艦「初霜」が大和乗組員を救助する際、軍刀で生存者の手首を切ったとする部分については、現在も論争の原因となっているのだそうだ。しかし、T先輩は海で浮いていた大和の乗り組員を探して、懸命に救おうとしたといっていた。彼等を放置して行ったというのは噓だと憤慨していた。
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 戦争の真実というのはなかなか伝わらず、無責任なフィクションや、言い伝えが主流になってしまうことが多く、困った事である。大平洋戦争の証言には段階がある。最初は将官や参謀が回顧録を出す。そ彼等は、当時の年長者であった。次第に将官、兵士とそれぞれの階層に下りて来る。今、実際に戦った当時の若者が既に80歳代〜90歳代と高齢になり、次々と鬼籍に入っている。門田隆将氏は、それらの生き残りと直接インタビューをし、証言で全てを構成する。

 この大和篇は「大艦巨砲」主義の象徴、戦艦大和の体験者の証言である。要するに役に立たない無用の長物ということである。しかし、3,000人を超える兵士がこの船に乗り、日本の未来を守る為に出撃した。航空支援もない中、無謀な特攻だと批判することは簡単だ。しかし、そこで死と直面した人々にそんな説教は無意味である。
 沖縄特攻に参加した人ばかりではなく、最初に建造したときからの体験をまとめている。さらに最後に海の墓場となっている現在の海底の大和から遺物を引き上げた時の話も最後を語っている。圧巻はやはり最後の姿、大和と運命を共にした時の多くの兵士の姿である。

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ユーロ危機と超円高恐慌 日経プレミアシリーズ  岩田規久男著

 円高、ドル安、そして我が国のデフレ。これが世界のなかで、きちんと語られているだろうか。日本のデフレに対する政府と日銀の対応は果して効果は上がっているのだろうか。さらにドル安はドルの基軸通貨としての価値が失われる危機をもたらしたのだろうか。そうした疑問に答えてくれるのが、本書である。ギリシャの金融危機がユーロ安と金融収縮、経済の停滞を招いている。欧州金融ファシリティ、欧州中央銀行の機能とは何かについて分かり易く解説してくれる。EUとアメリカは金融収縮による企業の衰退やデフレを警戒し、3〜4%のインフレ目標をもって経済運営している。では、日本はどうだろうか。デフレから抜け出せず、日銀は金融政策による経済活性化をしようとしない。

 本書では通貨に関する基本知識を新書で説明することにかなり分量を割いているのであれもこれもになっているが、結局、彼の主張は日本は2~3%程度のインフレ容認策で、日銀は貨幣供給を増やせと言っているわけで、目新しいものはない。この1年野党が言い続けていることである。デフレ対策に大きな影響があるのが、今後、迷惑垂れ流しで世界を汚染する中国と元の行方である。共産党の支配する一党独裁国家は民主国家を越えるのだろうか。また、消費税、さらには税と社会保障の一体改革がどこまでできるかだ。ココまでアホな政党による改革はかえって病状を悪化するだけだ。底辺層へのバラマキと、一番の問題である中間層や、若者への支援が全くないという。震災復興も政府やマスコミが言っている事と現実の差が激しい。デフレ脱出の目標がが分っていない。

 中国は元高を避けようとドルを買い、元を売ってアメリカ国債を買い続けてインフレや土地バブルなど資産高となった。しかし、金融引き締めについては昨年金利を上げたが、それ以上は行なおうとしない。金融を引き締め元高になると、バブルは崩壊、中国の輸出は打撃を受け、海外の資金が流入する。経済不況が中国経済を襲うだろう。投資マネーが国内に溢れ、金利が上がり、資金の行き場が無くなって産業が活性化しないのに、かつての日本のプラザ合意以後のバブルのように土地が高騰したりする。元の切り上げをしないように中国は懸命に外交努力を続け、EUの支持を得ようと金融支援を行なう。

 最大の輸出国、米国の金融政策が固定相場の為に機能しない。結局アメリカ経済の悪化が中国の輸出に影響し、中国のバブルは崩壊する。中国も変動相場制に移行すべきというのが筆者の考えである。
 共産党独裁政権という実態をどう考えるかだ。この視点が中国を考える場合見落とせない。中国は史上初めて登場した国家と党、企業が一体となった構造を持つ国だ。彼等は貿易黒字で溜ったドルを使って軍備を拡充することを考えるだろう。海外からハイテク機器を買って軍事に活用する。これを使って周辺諸国を恫喝し、アフリカや北朝鮮を軍事支援し、資源確保を企んでいる。彼等は、手段を選ばない。国民が不平等であろうと共産党が維持出来ればいい。3,000万人が餓死しても平気な国。北朝鮮が中国に支えられているのは政体が同じだからだ。恐ろしい国だということを民主党の小澤や鳩山は分っていない。中国のスーパーコンピューターは何に使われているのだろうか。宇宙開発やハッカー、軍事利用に違い無い。流石に餓死や粛清は無くなった。これは鄧小平の功績だ。国民の所得や生活格差などは昔より生活が向上すればそれで国民は抑えられると共産党政権は考えているのだろう。

 ドルが基軸通貨としての権威を昔のようには持っていないかもしれないが、今日も尚、安定通貨としての価値を失った訳ではない。ただ、日本円だけが、ドルに対して極端なドル高なのである。ユーロ危機において、各国はドルに回帰していることが、著者の数値データで示された。ドルはもう終わりという訳ではない。また、アメリカ経済はリーマンショック後巧みな金融政策を行ない、経済は回復しつつあるが、10%近い失業率の回復は遅々としている。国内製造業の復興が課題という事である。

 著者は,日本のデフレと円高の原因が、日銀の金融政策にあるという。日本も3〜4%のインフレ目標を持つべきであり、マネーサプライを増やすことを提言している。しかし、日本のデフレの原因が、社会保障費の増大と、若年労働力の減少などの金融政策を越えた課題を持っている以上、そうした構造改革を並行して断行しなければデフレからの脱出はできない。消費税を5%上げて、GDPが下落し、税と社会保障の一体改革の中身がガタガタだったらデフレも止まらない。TPPで貿易収支が向上しなければ円高メリットも消える。マイナスだらけでは金融政策という治療も効果がない。また、日本のように政治の意思決定が遅く、日銀の対応の硬直した感じからするとインフレを金融政策でコントロールする力がどれだけあるかである。目ざとい政治家がマネーに群がる姿が目に浮かぶ。彼らは選挙の事しか目がないからだ。それを目の当たりにしている日銀はなかなかインフレ政策を取らない。また、円高により国際競争力が低下しては産業の活性化も望めない。特に東日本震災復興による経済活力の再建が急務である。これをバネにイノベーションによる日本製品の国際競争力がどこまでついて来るかが今後の鍵である。


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 中国共産党 支配者達の秘密の世界 
  リチャー・ドマクレガー著 草思社

 政府と軍、国営企業、企業、報道など中国共産党は細胞を巡らせ、神経のようなネットワークを形成、中国という広大な地域、民族、都市を支配してきた。その秘密に覆われた構造を長い間
中国報道に携わってきた リチャード・マグレガー氏が明らかにする。氏は多くの中国の要人と直接接触し、また、現地の情報に基づく様々なケースを集め、分析の要点を外さない。こうした、実体験と、様々な分野に長い間関わってきた記者の目で見た「中国モデル」の実態である。日本では、こうした分析的かつ、実際の調査を積み重ねた中国関連図書は少ない。過大にそのパワーを喧伝したり、また、その脅威を恐ろしげに表現したものなど、極端な作品が多く、客観性にかけるものがある。本書はエコノミストやフィナンシャルタイムスの推薦図書になっている。

 共産党における支配体制がどのようなものであるか、汚職は何故どのように行なわれ、今はどうなっているのか。様々なエピソードからその実態を明らかにする。自分は中国には旅行経験も無ければ、これまで殆ど中国の文学も、紀行文も読んだことが無かった。大好きな、麻簿豆腐にはじまる中華料理の知識は豊富だが。これも、せいぜい、中華街に行ったくらい。改革開放政策後、特に天安門事件以後、日本の衰退に反比例して急速に発展した中国。その実情に関しては全く分っていない。上海のみならず、至る所の都市に高層ビルが聳え、高級な施設やレストランが生まれる。

 環境問題で地道な調査を行なって、政府に警鐘を鳴らした活動家が、逮捕され、有罪になって投獄された。太湖の水質汚染はその後緑藻の大量発生で国際的にも注目された。地方の不正を訴えて陳情した為に、見せしめの刑に処される人、マカオのカジノで一晩で何百万円も使う共産党幹部の子弟など、不条理な国でなぜそんなパワーが生まれるのか。伝統的な官僚制のなせるわざか。日本人の理解を超えた世界の根源が共産党という支配構造だ。面白い逸話がある。党の幹部に、中国共産党の仕組みと、カトリックのバチカンを比較すると、極めて類似している。党中央委員会の内部は全く秘密主義、トップダウンの縦割り組織などそれぞれの重要部局など、そっくりなのである。そこで、党幹部は、このことを否定しなかった。ただし、「バチカンは神に仕えているが、我々が仕えるのは悪魔なんだがね」と言ってのけた。
 今やロシアを越える予算を誇る人民解放軍。宇宙開発からステルス戦闘機、空母など、世界が軍備を自制している中で、奔放な増強を続け、領土問題で脅威となっている。何故だ。春節を機に観光旅行だろうか、お金持ちそうな中国人が東京駅に家族連れで来ている。彼等は一体何をしている人か、それに対して、地方と都市部の格差、汚職、死刑、臓器売買、環境汚染など暗い話題も多い。これからも、アメリカ以上に貿易でも日本は中国に依存しなければならないのに、その知識は乏しい。先は様々な疑問の原点と思われる共産党が今までどんな形で中国を支配してきたかを、本書は解き明かしてくれる。

 

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