カテゴリ:キリスト教( 62 )

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神戸女学院の階段
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青山学院の礼拝堂とパイプオルガン
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  NHKの朝ドラ、「花子とアン」は吉高由里子主演でヒットしたが、実像はドラマとはかなり違う。実在の文学者児童文学家の村岡花子(1893~1968)をモデルにしている。ヒロインの安東家はドラマでは貧しい小作農家である。甲府の出で、父親が奔放でもめ事が多かったことは同じだが、ドラマでは兄は奉公人、妹は製糸工場の女工と当時の貧農の典型である。しかし、実際は彼女が5歳の時上京し、品川で茶業を営んでいた。東洋英和女学校を10年かけて卒業し、系列の山梨英和女学校に英語教師で就職した。尋常小学校の代用教員ではなかった。
 昔から、ミッションスクールに通う学生は、市街地の商家、豪農の娘、高学歴サラリーマンの子弟であった。近年、異変が起きている。それは地方都市を中心に、中心市街地の商業が衰退、地方の大企業の工場は海外に移転、都心のホワイトカラーもエリートではなくなってしまった。こうした階層の変化に学校というのは容易に移転はできないし、学生の供給は地元に頼らざるを得ないから、自ずと学生募集に苦労するようになった。特に苦しいのが女子大である。また、地方都市のキリスト教会も同じ悩みを持っており、高齢化、信者の減少により、かつてのように学校を支えることができない。魚のいなくなった場所で釣りをしているようなものである。もちろん、地方の高校や大学は同じ悩みを抱えている。優秀な学生のみならず、低学力の学生も首都圏、阪神圏の大学に吸い寄せられている。地方都市に彼らをとどめる魅力がないのだ。
 このことは、当然、文科省も大学改革に頭を痛めているが、大学側が改革のスピードを上げない。高等教育というのは世界標準があり、先進国では4年間はリベラルアーツ教育で語学や幅の広い教養を古典などを通じて学ぶ。日本はドイツの制度をモデルにしてきたが、本質的に違うのは、ドイツは階級社会で、大学に行くのは、ゲルマンのエリートである。授業料はタダ。移民が多く、彼等は高等教育には進めない。形だけ真似した日本は特殊だから、国際的にも評価が低い。世界ではゼミナールなどで専門性を方向付け、大学院に進学して社会に出ることが人材育成の道になっている。医学や法学はこうしたリベラルアーツ教育を受けてから医学部やロースクールで専門家として育てるのである。職業大学院など、文部科学省はエリート育成のための方向付けを国立大学を中心に行っており、特に、理科系は大学院に進学する学生が増加しており、就職においても学部卒はむしろ不利である。
 国立大学は今後文系もそのような方向を取ると思われるが、私立学校はそうした余裕がない。大学院も無いところが多い。社会は文系においては大卒を就職試験で振り分け、選別している。企業は地頭の良い、高偏差値の学校を中心に優秀な学生を得ることに躍起となる。また、大多数の学生は大学での勉強や資格すら問われることなく、企業の人材育成にかなった素質を中心に選別される。体育系の教員養成の大学でも一般企業に就職するし、音大卒でも最近は採用される。
 こうした現実に対して教員はアクティブラーニングなど必死の努力を始めているが成果は出ていない。高校教員が大学の現実に無知だからだ。彼らの大学観は10年以上遅れている。そうした中で先は学生の確保でが最重要課題である。そのために、地方私立大学は何をしたらよいか。自分は
 1つはリベラルアーツ教育の徹底、2つ目は学生寮の整備を上げたい。全国からの学生を集め、市場開拓のためである。リベラルアーツ教育の柱は英語教育を中心とする語学力向上である。それは将来大学院に入学するためのもので、できれば海外の大学院に入学できるTOEFLレベルを目指すのである。学生寮は賃料を頂くが、当然赤字である。しかし、これがあれば来る学生の学納金と併せ収支を取れば採算は合うはずである。これとキリスト教教育を柱に全人教育を行うのである。そして、これは一つの大学で単独で行うのではなく、ミッション系の大学は合同してシステム設計を行い、必要なスタッフもFDなどで育成する。都市の応募者の多い大学はこうした人材育成に協力するという形である。勿論。ミッションスクールの第三の柱はキリスト教である。

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 オウム真理教事件で逮捕され、サリン実行犯のうちただ1人だけ死刑を免れ、無期懲役になったのが林郁夫でした。彼は慶応大学病院の心臓外科医でした。他の被告同様、何故彼がオウムに入信したかは謎です。彼は同じく医師の妻と子供を伴い、全財産を寄付して麻原の元に飛び込んだ。優秀な心臓外科医として、彼は様々な生命の神秘を体験したという。自分が完璧に成功したと思った患者が亡くなったり、その逆もあり医療はどうして無力なのかに悩んでいたという。人並みはずれて仕事熱心で突き詰める性格の彼が何らかの心理的トリックに嵌ったとしか思えません。
 しかし、自分も、社会人として東京医科歯科大学の医学部で介護と住宅の研究をしていたときに、多くの医師と接したが、彼らも同様の悩みを抱えていました。人間の身体は分からないことだらけである。常識も覆ることが多い。基本的とも言える現象が説明できない。例えば、偽薬(プラセーボ)が効いてしまう。何故、脳には薬が回らないのか。脳血管関門の存在がその理由だが詳しくは不明である。だから脳の薬は開発が難しい。薬、抗がん剤なども結果的に効いたので使っており、何故効くかは推定しているだけのものが多い。実際ペニシリンや抗がん剤なども偶然見つかったもの。完全に制圧した伝染病は天然痘とポリオなど数えるほどです。結核もマラリアも、新種が出来て、これまでの抗生物質が効かなくなってしまう。先進国では病気にかかりにくくなっているのも確かで、胃がんは冷蔵庫の普及、増加率と減少率が一致しています。それは保存のための塩分が食物から減少したからで医療行為で減ったのかは不明です。結核も、栄養状態がよいと感染はしにくく昔は隔離されたライ病も今は完全治癒できる。確かに進歩しているがそれは医療外の成果もある。癌の新しい分子レベルの治療法などが発見されたことが新聞では発表されるが、治療に結びつくのは10年後だったりする。今なお、20年も前に始まった抗がん剤が一番効いたりします。次から次ぎへと新薬が出る。抗がん剤は25%効けば承認されるから、新薬ほど効かないという見方もあります。20%が効くという意味で、治るという意味ではない。80%の人は全く効かず、副作用だけが残る。高齢者の場合は老化により様々な疾病にかかるが、動脈硬化、リウマチ、腰痛、癌、認知症などはほとんど治らないと考えたほうが良いでしょう。もちろん改善や現状維持はあるが、完治は難しい。病院での治療の常識も時代によって変化している。かつて、お産などは痛くて当たり前で、女性には我慢を強いたが、最近の周産期病室はまるでホテルのように立派。痛みを極力短くする工夫もなされてきた。癌の治療でもオピオイド系の麻薬を使った緩和ケアは常識となり、癌も昔のように疼痛で苦しみぬくことは稀になった。こうした、麻酔で苦痛を和らげたり、治療環境においては格段の進歩となっている。また、切断された体をつなげたり、心臓や脳の外科手術、臓器移植は昔では考えられない大進歩を遂げている。ところが、慢性病やインフルエンザ、昨年のエボラなど、現代医療では歯が立たない病気も多く存在する。病気になったときに感じるのだが、特に癌の場合は、一体何故自分だけが癌にならざるを得なかったのかとひとり悩むことが多い。病気は誰かのせいでなるものではない。もちろん、ストレスや伝染病の感染は大きな原因ではあるが、防衛することもある。しかし、癌は発見されたときは進行していることもあり、手術で除去したり、抗がん剤で消えても再発の恐怖は残ります。病と心は表裏一体。女性の場合、癌と宣告されて夫から離婚を申し立てられる場合が結構あります。ほんの10年前までは、癌になることを告知するかどうかが大問題でしたが、今は医師はためらわずに診断結果を伝えるようになりました。
病気というのは患者本人の治癒への意欲とか、周囲の思いやり、治療環境、病室なども大事な要素です。自分は在宅治療の場合の住宅改造のありかたで、論文を出し、修士をいただきました。2000年前、聖書ではイエス様が多くの病人を治癒させたことが記録されています。このヨハネによる福音書9章1~7はシロアムの池というところで、イエスが盲人の目を見えるようにされた奇跡物語です。このヨハネ伝には5章でベテスダの池でも38年間病気に苦しんでいる男を癒されたことが書かれています。この箇所と、シロアムの池の違いは、生まれながらの盲人をイエスが癒されたというところが違っています。昔は病気や不幸は何かの罪の結果であると思われていたのです。日本でも、何か悪いこと、病気などでも因果応報という考えがあります。イエスはこのことをキッパリと否定されています。38年間闘病していた人は、病気になる前は何か罪の行為をしたのではないかと決め付けられたが、イエスはそれを直された。この9章では生まれながらですから、何か罪の行為をしたわけではない。そこにイエス様の奇跡が働いた。
 
1 さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。 2 弟子たちがイエスに尋ねて言った、「ラビ、この人が盲目で生まれたのは、誰が罪を犯したからですか。この人ですか、それとも彼の両親ですか」。 3 イエスはお答えになった、「この人が罪を犯したからではなく、また両親が罪を犯したからでもない。それは、この人に神の業が現れるためである。
イエスはビックリするような方法で、目の見えない男を治されました。これは普通は信じられないことでしょう。この奇跡物語でもうひとつ聖書が語りたかったのは、イエス様がユダヤ人達の反感をさらに高めていく姿です。この9章の後半はイエス様が奇跡を行なったのが安息日であり、ユダヤ教の禁を破ったことから、パリサイ派の人々がイエスが神の子であることを否定し、イエスへの攻撃度合いを強めていった様子が描かれていることです。ベテスダの池の病人を癒されたのも安息日。イエスは、ユダヤ教の規則を乗り越え、苦しんでいる病人や盲人を救う行為を行ないました。多くの奇跡でご自身が神の栄光をあらわす力があることを示されました。
4 わたしたちは、わたしを遣わされた方の業を、まだ日があるうちに行わなければならない。だれも働くことができない夜が来る。 5 わたしは、世にいる限り、世の光である」。 6 こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で泥を作り、その泥を彼の両目に塗られた。 7 そして彼に言われた、「シロアム―遣わされたという意味―の池に行って洗いなさい」。そこで、その人は行って洗い、見えるようになって帰ってきた。
(ヨハネ9章8~16)
 14 イエスが泥を作り、その人の目を開かれたのは安息日であった。 15 そこで、ファリサイ派の人々は再びその人に、どうして見えるようになったのかと尋ねた。その人は彼らに言った、「あの方が泥をわたしの目に塗り、わたしが洗うと見えるようになったのです」。 16 そこで、ファリサイ派の中のある人たちは、「その人は、安息日を守っていないのだから、神のもとから来た人ではない」と言い、他の人たちは、「罪のある人がどうしてこのようなしるしを行うことができようか」と言った。こうして、彼らの間で意見が分かれた。

この言葉にあるように、私たちは様々な事柄を知ることが無く、特に若いころは盲目の状態にあります。それを象徴するようにイエスキリストは世の光であるとして、シロアムの池に行って洗いなさいと盲人を遣わされ、見えるようにされたのです。ところが、周囲の人々はそのことよりも、規則として安息日に奇跡の業を行なったことを根拠にイエスを否定しようとしました。
イエスキリストの奇跡の業には盲人を見えるようにしたり、足の悪い人を歩けるようにしたり、精神を病んだ人を正気にさせたりする医療の業が多くあります。こうした奇跡の行為は、イエスキリストだけではなく、当時の宗教指導者がしばしば行なっていたという説もあります。しかし、福音書に書かれていることはそれよりももうひとつ、この行為を行なったイエスが力を見せつけるためでしょうか。奇跡の目的は、この世界が神の支配にあって、そこをイエス様が規則を超えて、苦しんでいる人のために行なったことに意義があるのではないでしょうか。自分はこの奇跡を信じています。イエスはこの奇跡によって神の存在を見せ、人々は信じたのか。イエス様の十字架への道を考えると人々は離反した。聖書が言いたいのはそうではない。イエスは復活されて神の子であることを証明された。それを信じるから、この不思議な出来ごとも信じている。復活という信仰を前に、あらゆる奇跡の記録が、福音書においてもインパクトが弱くなる。まるで、太陽光線の中では電灯も光が消えてしまうのと同じである。

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 イエスのガリラヤ伝道に見られる様々な奇跡物語は、イスラエルにおいては必ずしもイエスだけのものではなかったと自分は思っている。史的イエスの問題としても、イスラエルの危機的状況の中から、バプテスマのヨハネなど多くの伝道者や奇跡物語などの記録が残されている。イエスの記録は福音書以外には無い。当時の状況はユダヤ戦記を書いたヨセフスの詳細な記録がある。       

 しかし、イエスの神は愛であるとか、死人の復活といった考え方は衝撃的だった。イエスの思想は伝統的なイスラエルのパリサイ派やサドカイ派の考え、さらには、ゼロテとか、熱心党などの政治集団とも違った。当時のユダヤ人の社会状況に対する宗教的な風潮はこれまでの律法とか、礼拝を厳格化し、ローマ帝国の支配状況にユダヤ人の自覚を促す民族的な先鋭化するものだったようだ。ところが、イエスはガリラヤの土着的な考え方を柔軟に取りこんできた。その柔軟性に注目したい。キリスト教が2000年にわたり社会に受け入れられたのは、まさに、その点にある。聖書は常にその様に読まれ、解釈されてきた。カルトとか、イエスを神性と人間性を切り離したりするとたちどころに色褪せたものになる。イエスの行動はむしろおおらかで、常にその目は民衆を向いていた。だから、聖書の記録されているイエスの言行は度々、既存の権威、通説、通念に挑戦的に表現される。革命家、改革者イエスの姿である。

 今日、キリスト教は世界人口の3割以上22億人が信仰している宗教だが、なぜそこまで広がったかの理由がそこにある。中世の異端審問とか、魔女裁判の暗黒時代をキリスト教的な非妥協性を指摘する人がいるが、全くの間違いである。クリスチャン、特にプロテスタントは聖書を読み、解釈し、現在の自分にその言葉を生かそうとして来た。先日、東京ではハロウィンで大騒ぎだったが、クリスマスだって、ローマ帝国の皇帝のお祭り、太陽祭りを取り込んで、実は何時かは不明のキリストの誕生日にしたのである。こうした柔軟性こそキリスト教の本質なのだと思う。日本のキリスト教信徒の中で、ユダヤ的なものだけをキリスト教信仰の規範に取り込もうとしたり、欧米の教会の習慣を正統であるかのように主張するのは間違いである。既に日本のキリスト教会も日本的なのである。
フロムは愛について、その著作「the art of loving 」の中で次のように語っている。愛は技術である。そして愛は学ぶ事が大切であるという。誰しもが愛されたいと望むと言う前提はあってよいだろう。しかし、一生懸命に努力しても愛されない人はいる。また、もって生まれた天性のように愛され、人気を得る人もいる。愛は本来人間がもって生まれた才能なのだろうか。E.フロムはこれに対して反論する。
1.愛について学ぶことはないと考える第一の理由は、たいていの人は愛の問題を、「愛する能力」の問題ではなく、「愛される」という問題として捉えているからだ。
つまり人びとにとって重要なのは、どうすれば愛されるか、どうすれば愛される人間になれるかということなのだ。
2.愛について学ぶことはないと考える第二の理由は、愛の問題は「対象」の問題であって、「能力」の問題ではない、という思い込みである。
愛することは簡単だが、ふさわしい相手をみつけることはむずかしい、人びとはそんなふうに考えている。
3.愛について学ぶことはないと考える第三の理由は、恋に「落ちる」という最初の体験と、愛のなかに「とどまっている」という持続的な状態とを、混同していることである。
4.愛の失敗を克服するただ一つの方法は、愛の意味を学ぶこと、その第一歩は、生きることが技術であるのと同じく、愛は技術であるということを知ることである。
愛の技術を習得するには理論に精通し、その習練に励み、その技術を習得することが究極の関心事にならなければならない。
5. 利己的な人は、自分を愛しすぎるのではなく、愛さなすぎるのである。いや実際のところ、彼は自分を憎んでいるのだ。

この本には愛に関する名言が満ちあふれている。
我々は人間として愛を語るにはあまりにも日常の雑事に追われ、また、弱く、自分の心を制御する能力に欠けている。時として、自らの愛の無さ、相手を知らずに傷つけてしまい、後からそれを知って愕然とする。そして愛することが出来ない自分に絶望する。その時にどうすればよいのか。フロムの見事な分析では解決しない。
 
 フロムはネオフロイト学派の心理学者、社会学者である。極めて明晰な理論で愛を語り、分析している。彼はフロイトの精神分析学を発展させた。フロイトの生理学的洞察から実存的次元へと移し変え、深めていったといってよい。
 しかし、自分はフロムの洞察にも限界があるような気がする。彼の述べる愛には限界があるということだ。人間の愛は裏切る事もある。愛せない自分、愛されない自分の悩みは続くのである。また、どんなに理論を学んでも、実践しなければ能力はつかないだろう。いくらピアノの演奏を聴いても、評論を読んでも、実際にドレミファと鍵盤を叩いてみなければ弾けるようにはならない。この本は必ずしも愛の指南はしてくれないのである。この時に一体どうしたら良いかの示唆はこの本から得られたなら幸いである。 
  誰からも愛されないのに人を愛することが出来るだろうか。これは人間同士の愛する、愛されるということであって、キリスト教の聖書に書いてあるアガペーとは違うのだろう。彼は第二章愛の理論で、愛の対象として、兄弟愛、母性愛、異性愛、自己愛、神への愛と分類し分析している。神の愛とは何か。最後の神の愛を至上のものとするキリスト教では神は愛であるという。イエスキリストは真の愛の人であり、自らを犠牲にして神と人との和解を示された。そして十字架の死と復活。愛されなかった自分、そして裏切られ捨てられた自分は他人をそれでも愛することが可能だろうか。愛について語るには、更なる状況を設定しなければならない。

  人間は他人を愛することが出来るだろうかという問いがキリスト教の本質的な命題である。その領域にどうした至ることが出来るのだろうか。

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 12月に入るとイエス様の御降誕を祝うクリスマスを待ち望むアドベントに入ります。クリスマスは自分にとってどんな意味があるのだろうか。イエスキリストと私、私とキリスト教を原点に返って考える季節であります。キリスト教において私達は罪人として生きている。人間は罪深い。そのような自分の発 見がなければ、恐らくキリスト教はただの儀式、クリスマスやサンタの世界になります。 私達の営みを歴史的に見ることが重要です。それに自分の人生を振り返ってみる。この6 0年間、自分は思う通りに生きて来たのだろうか。歴史と人生を重ねる。この習慣が日本 では薄いのかもしれないと思う事もあります。しかし、明治維新を見てみれば、どうでし ょうか。薩摩や長州は関ヶ原の恨みを戊辰戦争で晴らしたともいいます。結構過去の恨み を忘れていません。そんな復讐心に燃えた人間をどう思うかです。広島や長崎の原爆を忘れ てはならない。これはそこで亡くなった何十万人もの同胞の命を思い、その意味を問い続 けるということは大切です。でも、アメリカに報復の原爆を落とせと言っている人がいないことは日本人の心として素晴らしい事です。以前、ブログに書いたのですが、あの原爆は冷戦の始まりでもあり、日本が本土決戦を思いとどまり、日本が分割されなかったことに貢献しているのではないかと思う。彼らの死は無駄ではなかった。私達の人生においても忘れられない出来事、許せない友人の 行為、親にも厳しい思いを持つ事があります。やられたらやり返す。世界はその繰り返し でしょうか。

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 それは自分の姿に当てはめてみたい。 そうした自分自身を振り返り、何ともいたたまれない気持ちになることがあります。イエス様の癒しはそのような時に働かれるのです。自分の罪をどう扱ったら良いのか。自分 は完全無欠ではないし、人間全体にもこれは言える事です。そう思わなければ救いも求め ませんし、キリストの愛も分かり難くなってしまうのです。皆さんはいかがでしょうか。 日本はおおらかな社会です。もっと楽天的でもいい。でも、実際には様々な問題を抱えて しまいます。友情、親と子、兄弟の愛情などうまく行っている時ばかりではない。自らを 振り返って反省する事も多い。幾つかの思い出に中に罪深い自分の姿がうかんでまいります。

 何の問題も無い順調な時、和気藹々として交流を楽しむとき、そのような時には神の愛 は意識されない。相手に裏切られた時、怒りに任せる事、それもままならないとき。罪を 感じ、それをどうしたら良いか分からないとき。その感情を神のもとに持ちより罪が正し く処理されるために、イエスキリストの存在がある。御子イエスはあがないの供え物 としてこの世に使わされた。私達が神を愛したのではなく、私達が罪人である事を思うと き、誰にも相談出来ないとき、聖書は語りかけてくれます。私達を神は愛してくださって いる。この御言葉は伝えたい。神が愛と言うのはどのような意味か。 幾つかのエピソードを通して、自分が体験したイエス様の愛と癒しを皆様にお伝え出来 たら幸いです。何と言っても、アドベントに入りクリスマスの季節です。イエス様のご降 誕を祝うと意味は私達の罪からの解放が始まったことを祝う事でもあります。

 人より豊かな生活。地位、誰からも愛される自分。これらを追い求めているうちに疲労感が溜まってくる。ああ、そんな時にわかってくる。神様は何も、一生懸命にならなくても疲れたら支えてくれる。愛ということを真剣に向き合ったことがあまりなかった、今迄 自分はどうやったら多くの人々に愛されるかということばかり考えていた。出来るだけ外 観を良くして、学歴、試験に勝つ、試合では負けない、勝者になることは一角のものと認 められることであると思っていた。しかし、信仰というのはこれとは全く違う次元の事。 そして自分は人を愛せない情けない人物であるということを見せつけられた。 こんな自分を一体誰が受け入れてくれるのだろうか。人を愛 せなければだめだ。一体どうすれば人を愛したりできるのか。聖書に汝の隣人を愛せと か、十戒では自分の親を敬えとか書いてあるのに親を憎んでいる自分もあった、どうなってんだろうか。情けないではないか。それこそ罪人である自分の姿。イエス様はそんな自分を支えてくれる為にこの世に生まれ、そして、自分の様な人 間が十字架にかけたのだと思うと、教会に行って礼拝することが自分の心を癒す道かもし れないと思う様になった。皆様、クリスマスというのはそうした古い自分の終わりを示し てくれる日なのです。


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 イエスのガリラヤ伝道に見られる様々な奇跡物語は、イスラエルにおいては必ずしもイエスだけのものではなかったと自分は思っている。史的イエスの問題としても、イスラエルの危機的状況の中から、バプテスマのヨハネなと多くの伝道者や奇跡物語などの記録が残されている。イエスの記録は福音書以外には無い。当時の状況はユダヤ戦記を書いたヨセフスの詳細な記録がある。        
            ガリラヤ
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 しかし、イエスの神は愛であるとか、死人の復活といった考え方は衝撃的だった。イエスの思想は伝統的なイスラエルのパリサイ派やサドカイ派の考え、さらには、ゼロテとか、熱心党などの政治集団とも違った。当時のユダヤ人の社会状況に対する宗教的な風潮はこれまでの律法とか、礼拝を厳格化し、ローマ帝国の支配状況にユダヤ人の自覚を促す民族的な先鋭化するものだったようだ。ところが、イエスはガリラヤの土着的な考え方を柔軟に取りこんできた。その柔軟性に注目したい。キリスト教が2000年にわたり社会に受け入れられたのは、まさに、その点にある。聖書は常にその様に読まれ、解釈されてきた。カルトとか、イエスを神性と人間性を切り離したりするとたちどころに色褪せたものになる。イエスの行動はむしろおおらかで、常にその目は民衆を向いていた。だから、聖書の記録されているイエスの言行は度々、既存の権威、通説、通念に挑戦的に表現される。革命家、改革者イエスの姿である。

 今日、キリスト教は世界人口の3割以上22億人が信仰している宗教だが、なぜそこまで広がったかの理由がそこにある。中世の異端審問とか、魔女裁判の暗黒時代をキリスト教的な非妥協性を指摘する人がいるが、全くの間違いである。クリスチャン、特にプロテスタントは聖書を読み、解釈し、現在の自分にその言葉を生かそうとして来た。先日、東京ではハロウィンで大騒ぎだったが、クリスマスだって、ローマ帝国の皇帝のお祭り、太陽祭りを取り込んで、実は何時かは不明のキリストの誕生日にしたのである。こうした柔軟性こそキリスト教の本質なのだと思う。日本のキリスト教信徒の中で、ユダヤ的なものだけをキリスト教信仰の規範に取り込もうとしたり、欧米の教会の習慣を正統であるかのように主張するのは間違いである。既に日本のキリスト教会も日本的なのである。

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 信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することである。(ヘブライ人への手紙11:1)。

 復活を現代の我々が信じるには大きな壁を乗り越えなければならない。科学の垣根は高い。しかし、奇跡や霊の働きのことがキリスト教2000年の歴史を築いて来たことも確かである。そして我々がそれを受け止めるには聖書を読むしかないのだろうか。

 あの使徒達ですら、キリストの蘇りの姿に向かい合っても、手を傷跡に触れるまで分からなかった。自分はこのことを信仰する者であるが、これがどのような事実であり、どう受け止めるかを一生かかって追い求める事なのだと思っている。

 使徒達、そして多くのクリスチャンが、この信仰を守り殉教し、迫害を受けてきた。それが消えるどころか、ますます力を増したのだから大変な事である。信仰は個人の自覚において継承されてきたが、それは教会において育まれ、伝承されてきた。教会無くしては、初期の信徒達の命がけの信仰は引き継がれなかった。


 死人の復活はあるというのが、聖書の記述である。近代合理主義、あるいは自然科学では到底理解できない世界。しかし、復活の思想は、世界で受け入れられ、キリスト教の2000年の歴史を形成してきた。遠藤周作は小説「侍」の中で、宣教師べラスコの言葉でこう述べている。「宗教に現世の利益だけを求める日本人。彼らを見るたびに私はあの国には基督教のいう永遠とか魂の救いとかを求める本当の宗教は生まれないと考えてきた。」「日本人たちは、奇跡物語や自分たちのどうにもならない業の話には心ひかれるが、キリスト教の本質である復活や自分のすべてを犠牲にする愛について語ると、とたんに納得できぬ興ざめた顔をすることを私は長い経験で知っているからである。」我々は、聖書を今日、本屋で売っている様々な本と同様に読む事が出来る。しかし、約2,000年前に書かれた文書であるという事、また、聖書は皆に読まれるように書かれていた訳でもない。様々な証言や記録を、その信憑性に応じて編纂したもので、4福音書の記述は一つの事柄について異なる表現や記述となっている。この部分に研究の余地が多い。「イエスの復活とその福音」(レオンデュフール著:心境出版 三保元訳)ではその言語的差異、福音書、パウロの表現等詳細な比較検討を行っている。


 復活信仰は我々の文化的習慣と相容れない部分があるのだろうか。しかし、宗教というのはそもそも、そのような不合理な部分を敢て横において、「信仰」という価値観に従って生きるという事である。一人の人間の人生は多様である。生まれて間もない時に亡くなる子供もあれば、戦争で亡くなる人もいる。癌で病死することもある。人間の生というのは、生まれた人の数だけあり、合理的な整理は難しい。人生に関しては人間は明日を予測する事も出来ない。ひたすら、後ろー過去ーを見ながらその軌跡をたどるしかない。キルケゴールはそれを後ろ向きにオールをこぐボートに例えている。科学では分析する事は出来ない領域だ。もちろん、人間存在を行動面から経済活動や政治、医学、生理学などの視点から理解する事は長い間行なわれてきた。しかし、人間が何処から生まれ、何処に向かうのかを問うことは極めて哲学的な問題である。そしてこの部分に関わるのが宗教であり、そこから答えが出されてきた。この復活という考え方を受け入れるかどうかは、宗教的な行動を受け入れるかどうかの問題である。


 イエスの時代、今よりずっと死は人々と近いところにあった。疫病、戦争、処刑、そして幼児の死。彼らは死をどう受け入れるかについて、我々よりはるかに真剣であった。真剣であるがゆえに復活という概念も真実味をおびてくる、しかし、実際にそれを目撃したり、体験したりした人は聖書に記されたこと以外は見当たらない。ということは、復活は何らかの象徴として受け留められたのではないか。いや、メタファーではない。生と死は現実なのである。生と死、永遠と有限を橋渡しするものである。復活はイエスキリストで終わったのか。もしこれが、後の世でどこかの聖人によって度々おこるようなことでは意味を失ってしまう。信仰という点からいえば、復活とは何かを分析することは意味がない。この不思議な、歴史的な事象を信じることによって何が生まれるのかである。そこから何らかの力が生まれるのであればそれで充分である。


 旧約聖書がユダヤ人の歴史であるように新約聖書はキリスト者の人生を導く。人生を蘇らせることは実際に起きてきた。信仰によるrebirth、生まれ変わりである。パウロはエマオの途上で復活したイエスに出合った。このパウロなしにはキリスト教は形成されなかった。そしてパウロによって教会によって信仰が継承され、復活が語られ、体験される。そうでなければ原始キリスト教で終わっただろう。パウロの教会形成、さらに教団の基盤が彼によって出来上がった。イエスキリストの十字架の死によって、イエスの使徒たちの教団は解体された。しかし、イエスの復活によって再び生まれ変わり、使徒行伝にある伝道活動が生まれた。さらにパウロが新しいイエスとの出会いを体験し、キリスト教のさらなる発展の礎を築いた。私たちの信仰も、使徒たちの体験、そしてパウロの導きによって生れ、理解される。それは、使徒たちの経験した、実体験としての復活ではないかもしれないが、一人一人に与えられたイエスとの出会いがある。このことは死に打ち勝つ永遠の世界があることを知らせてくれる。これ以上の福音はあるだろうか。


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 キリスト教の中で、カトリックはマリア様に関しては殆ど神に近い扱いであり、むしろ、イエスキリストより、信仰の対象として信徒に近い存在である。マリア像も拝むし、かつて、キリスト教が日本に渡来したとき、人々は観音様の慈悲とマリアを入れ替えて、信仰の対象として浸透したといってよい。
ところが、宗教改革以来、ルターは聖書のみということで、以降のプロテスタント教会においてマリア様の存在はクリスマス以外には殆ど語られない。
 マリアという名前は、日本で言えば、花子さんとか、典型的な名前の一つで、聖書にも、マグダラのマリアとか、ラザロの兄弟のマリア、マルタの姉妹のマリア、復活の時にはヤコブの母マリアとか沢山のマリアが登場する。福音書においてマリアが登場するのは何といっても、マタイ伝とルカ伝にはイエス誕生の物語が語られている。しかし、ヨハネ伝、マルコ伝にはその記述はなく、洗礼者ヨハネの存在が大きい。マルコ伝は最初に書かれた福音書といわれ、何故マリアが出てこなかったのだろうか。自分の推測ではQ文書(福音書の論拠となる資料)が書かれたときには、マリアは生きており、マリアの残した記録はマリアの元にあって、その部分はマリアの死後に纏められたという推測も出来る。自分の事はそれにつけ加える形でマタイ伝、ルカ伝ではイエスの誕生とマリアに関しての逸話が書かれている。有名な処女受胎告知と、イエスのベツレヘムでのクリスマスの物語、ザカリアとエリザベツの話などである。しかし、マルコ、ヨハネにはそのイエスの誕生の物語は全く触れられていない。何故そのような構成になっているのだろうか。聖書の福音書をイエスの言行録とすれば、イエスの伝道と十字架こそ大切な事柄で、何も、生い立ちに関してはあえて触れていないということであろうか。また、マタイ伝やヨハネ伝は、編纂にあたった時代背景や、教会形成の段階が影響しているのかもしれない。
 とはいえ、イエスの誕生に関して、さらに、初期の教団の状況を記録し、また、語れる人はマリアとイエスの兄弟しか存在しないだろう。また、マリアも、かなりイエスとは行動を共にしている。さらに、イエスの幼少期にはマリアの宗教観が強く影響していた事は間違いない。ユダヤ人の家庭では母親がその子供を教育するのである。特に、イエスの宮詣の時期まではマリアの教育が無ければ成長しない。これは常識である。マリアはイエスの十字架以降も存命し、その生い立ちや伝道中の事柄を証言したに違いない。いや、それ以上に、イエスの思想の根源はマリアの宗教観だったかもしれない。それを考えると、プロテスタントのマリアに関する扱い、あるいは研究はもう少し低手に出会っても良いと思う。カトリックのマリア崇拝、また、昇天まではやり過ぎだと思うが、これもヨーロッパの宗教事情が絡んでいるのだろう。キリスト教伝道のために、マリアを大きく取り上げざるを得なかった。それではプロテスタントはどうか、日本においては仏教において観音様の慈悲を慕うという感性は根強い。日本のプロテスタントがなかなか、カトリックに及ばない原因はその辺りにある様な気がする。

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 新年初出勤である。会社なら、お神酒で乾杯という所だが、本学はミッションスクールでそうはいかない。朝から学生がカウンターにやってくるから、酒臭いと問題。そこで、自分が、聖書の酒に関する部分を読み、若干のコメントをして言葉の酒を振る舞わさせて頂いた。以下がその内容である.
酒は話だけ?と、がっかりした職員もいたかも。たまには職場で乾杯もしてみたいです。 

ヨハネによる福音書2章 ーカナの婚礼ー

 三日目にガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに「ぶどう酒がなくなりました」と言った。イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんな関わりがあるのです。私の時はまだ来ていません。」しかし、母は召使いたちに「この人が何か言いつけたら、その通りにしてください」と言った。そこには、ユダヤ人が清めに使う石の水瓶が6つ置いてあった。いずれも二ないし三メトテレス入のものである。イエス様は手伝いの人達に言われました。「水がめに水を満たしなさい。」イエスが「水がめに水をいっぱいいれなさい」と言われると、召使い達は、かめの縁まで水を満たした。イエスは「さあ、それを汲んで宴会の世話役の所へ持って行きなさい」と言われた。世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒が何処から来たのか、水を汲んだ召使い達は何処から来たのか知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いが回ったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取っておかれました。」イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行なって、その栄光を現された。それで、弟子達はイエスを信じた。
 
  召使い達はイエス様の言葉に従った。彼らはマリヤから言われたことを覚えました。 彼らの心の水瓶の中には、主の御言葉が縁まで一杯に満たされ、満ち溢れていました。 
 さらにイエス様は言われました。「さあ、今くみなさい。 そして宴会の世話役のところに持って行きなさい。」 手伝いの人々は自分達が汲んで来たものが何であるか、ただの水であることを良く知っていました。 しかし彼らは従いました。まるで、神の御心に従ったキリストのように、彼らはイエス様の言葉について行きました。
 
ヒエロニスム・ボスの作品 カナの婚礼
 
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 「持って行きなさい。」という言葉を聞いたすぐ直後に、 「彼らは持っていった」とあります。その時、不思議なことが起こっていました。 
 そう…、水はぶどう酒に変化していました。 宴会の世話役のところに運ばれたものは、すでに、ぶどう酒でした。 それは、常識を超えたぶどう酒、私たちの理性の領域を超えたぶどう酒、 この世のものではない、神から来るぶどう酒…。 

 宴会の世話役はぶどう酒になった水を味わってみて、花婿に言いました。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、人々が十分飲んだころになると、 悪いのを出すものだが、あなたは良いぶどう酒をよくも今まで取っておきました。」  新年にあたり、聖書の言葉を贈ります。今年も、様々なご苦労、試練、至らないこともあるでしょう。しかし、イエス様が水をぶどう酒に換えたようなことが必ず起きることを信じます。酒を水のように飲もうという事ではありません。ぶどう酒とは私達の心の元気とも言えます。万物の根源である水、そして パンとぶどう酒は象徴です。

何が私達を元気にさせるのでしょうか。水を葡萄酒のように変える力とは何かです。媼生私達の人生には毎日の日々に追われ、味わいの無い水のような生活があります。この物語はイエスの行なったしるしという事です。聖書は私達の心の世界を語っています。私達の心が水からワインとなって力を発揮することを願います。今年一年、皆様の日々が水のように満たされています。そして、それがイエスキリストを信じる事によって、いつの日かぶどう酒に変えられ、さらなる、よき働きをされることを祈り願っております。

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 日本のキリスト教人口は100万人くらいだろうか。そのうち、プロテスタント系の教会員は20万人ともいわれ、40万人といわれる共産党員の数より少ない。圧倒的に多いのはカトリックである。カトリックは聖職者も入れて452千人います。ふしぎにも共産党員数と同じくらいの数です。ついでですが、赤旗を取っている人は260万人くらいだそうで、シンパは6倍以上いる。今、日本人の女性で結婚式をキリスト教式でおこないたいと考える人が80%もいます。そうした意味で、洗礼は受けていないがキリスト教に共感を持っている人は600万人ぐらいいると思います。しかし、教会の日曜礼拝に行くというキリスト教徒の条件を満たす人は実に少ない。全部合わせても人口の1%はいないのです。かつて、1世紀前、賀川豊彦が日本でクリスチャン100万人を目標としようと言った事があり、あたかも、達成したかのように言う人がいますが、当時の人口からすると1%を超えようということで、その目標は全く達成出来ていません。こうした実態に対して、特にプロテスタント教会も、その中心と自認する東京神学大学もあまり反省の態度が見られないのが残念です。その原因は何かを考えてみたい。自分の行っている教会、そして、新潟の「老舗」教会は近年高齢化が著しく、特に大学生の礼拝参加者は殆ど消えてしまったと言っていいくらいです。しかし、こうした現実に対して、教団では真剣な議論が起きたという情報は自分には聞こえてこない。不思議な事です。
 自分は、団塊の世代として、大学生が急に教会に来なくなった時代を眺めてきたつもりです。我々の仲間が次々と教会を去って行った。我々の後に若者が続かなかったということは自分達にも責任の一端はあると自戒することも多いのです。高度成長時代に大学生になり、マスプロ教育に失望、さらにベトナム戦争や旧態依然とした大学経営に失望した学生は反乱を起こしましたが、教会はそうした若者の悩みに答える事が出来なかった。多くの学生が教会を去ったという失敗に対して教会は無能でした。去る者後を追わずというのは上昇時にしかあてはまらない。そんな事態ではない。
 団塊の世代が学園紛争をはじめとする状況の変化に4年間まともな勉強ができず、社会の矛盾に悩んでいた。大学生が教会に行かなくなった事は、大学生の期待に教会が答えてこなかったことにある。そうした若者の苦悩に答えるメッセージが聖書には多く含まれているにもかかわらずである。高度成長やオイルショックに企業に入って必死に働いた結果、日本は見事に乗り切り、経済大国になった。当時の大学生は、今のように世代人口の20%以下でしたから、今日のように高校生の50%が大学に行く時代とは違います。今の方が大学生の数は遥かに多い。それでも教会に若者の足が向かない。一方、お隣の韓国は4人に一人がクリスチャンです。今の教会も、そうした新しい若者の動向にも対応しません。無関心とは言いませんが、手をこまねいていることが多いのではないでしょうか。
 東京神学大学というプロテスタントの牧師を養成する学校があり、長い間学長を務められた故松永希久夫先生のキリスト論を読んでみたのですが、そこにヒントがあるような気がしたので書いてみました。先生はこうした教会の危機に対して、キリスト論、教会論を基盤にした教会形成ープラットフォームを呼びかけており、なるほどと思う所が多い。
 松永先生は、近代以降、イエス理解が多様化する中でイエスを
①体制の否定者 改革者 =ローマ帝国ー政治経済の体制否定者、革命拠点としての教会形成
②社会福祉家 人道主義ヒューマニスト 自己犠牲ー社会福祉センター
という整理をし、これらは教会の本来の姿としては除外する印象があります。
 さらに結論としてあるべき姿である
③信仰告白にもとづく教会形成におけるイエス
 罪の贖い主 復活のイエスによって新しい命を与えられる。イエスキリストへの感謝と賛美による教会形成といった整理をされています。

そうした基盤をもった教会から新しい民の出現を待ち望むということでしょう。さらに、我々がその未来に相応しいものとして召されている。そして、教会は古里であり、今を生かされている感謝の場として礼拝があり、そうした内容を説教において心を一つにする信徒の群れによって、教会が形成されていく。このことは、まさに望ましい姿であって、誰も否定しないと思う。しかし、自分は、何か物足りなさを感じてしまう。それは何かというと、聖書は①も②も③もイエスは訴えているのであって、全てが結びついているという視点を失ったら、世の中と隔絶してしまうのではないか。何も、教会は社会改革の拠点でもないし福祉センターでもない。でも、その顔は保っていなければならない。③だけでは社会に対して何のインパクトも与えられない講座的な関係でしかない。教会の形は礼拝全体によって整えられる。そこで、最もインパクトのあるものはやはり説教でしょう。その説教において、教会員の置かれている環境に関して全く関わらない牧師の説教が霊的な力を持つことはできないと思うのです。それは、牧界活動によって養われる。そのことに全く触れない理論であるならば、その結果はむなしい。松永先生の理論は立派だが、伝道という視点、牧会で信徒の声を聞くという観点が全く欠けている。学問の中の世界ではないかと思う。団塊の世代の若者が問題にしたのは、ベトナムで多くの人々が戦火で苦しんでいるのに、経済理論も文学も古典を学んでいればいいのか、そして、社会に入れば産業や企業活動でベトナム特需に組み込まれ、戦争に加担して行くことの空しさに悩んでいた。親達は一流会社に入ればそれで満足だったが、学生は満たされなかった。教会はそうしたアンバランスに何も答えなかった。教団は昔の戦争責任告白をすれば免罪かもしれないが、沖縄ではB52爆撃機が発着していた時代。当時、松永先生の説教を聞いているとまるで、別世界の出来事みたいに聞こえたものです。その傾向は今の東京神学大学の教育に残っているのではないか。それでは若者を引きつける何かは生まれない。

 ①→②→③という整理においてイエスが演繹的に結論として教会形成をしたという福音書の記述はない。新約聖書の半分はイエスの言行録であるが、残りの半分は使徒達の教会形成に向けての活動の記録です。そこには様々な問題を抱えた民衆の実態をうかがい知ることができます。イエスも、使徒たちもそうした現実を前に、様々なメッセージを語っているところを見なければ、聖書も空しい。そこには改革者としてのイエスもあり、ヒューマニストとしてのイエスも見えている。それらは、信徒の告白、証し、教会に対する訴えによって形作られている。それらに対して牧師は敏感でなければならない。そうした当たり前の視点を失った聖職者が最近増えている。これが現代の教会において若い人の慰めに繋がっていないからこそ、彼らは教会に来ない。この現実に対して東京神学大学は牧師を養成するうえで配慮しているようには見えない。信徒からは見えない神学理論、説教づくりの方法を教えているのではないかと思ってしまう。マニュアルによって出来た説教では人の心を打てない。世の中に関心のない牧師がいかに多いことだろうか。何も社会改革者になれとか、ヒューマニストであってほしいとか言っているのではない。牧師だからといって必ずしも一般信徒より信仰が強いとも思わない。彼らは職業上信徒よりは神学的な訓練を受けているし、知識も多いかもしれないが、それ以上のものではない。少なくとも、一般信徒が持っている世間常識、謙虚さ、コミュニケーション能力は持っていてほしいと思う。ところが、それが神学校ではまったく鍛えられていない感じがする。要するに、牧会に向けての準備ができていないのである。それでは若い人の心をとらえる教会になっていかないのは当然でしょう。牧師は羊飼いに例えれば、羊の気持ちをわからずに、指示ばかりしている。それでは羊はいうことを聞かない。羊飼いは羊を愛している。管理の対象だけではない。ところが、信者を管理しようとする牧師が多い。牧師のリーダーシップは何も地位で生まれるわけではない。信者の尊敬を人間として得られなければ信者は動かない。巧みな羊飼いは何もせずとも、彼らの気持ちをとらえた、ちょっとした合図で羊達はひとりでに群れをつくり、自分たちで小屋に帰っていく。

 いや、何もすべてを牧師のせいにするつもりはない。教会の構成員である信徒が、イエスキリストの使徒として、福音書に描かれているように野に出て福音を述べ伝える努力をしなければ同じことであると思う。何も、職場で伝道しろと言っているのではない。自分がよりどころとしている福音をためらいことなく世に訴える、あるいは告白する機会はどこにでもある。家庭でもいいし、友人関係、されには自分がキリスト教徒であることを隠さずに、イエスの復活と聖霊の働きが世に存在し、それによって生きていることを周囲に分かってもらえればいいのである。そうした信徒の日常の戦いを牧師が知り、説教において応答していけば、礼拝はもっと聖霊の導きが豊かになる。言い換えれば情熱を伝えることができるし、感動をもって礼拝参加することができる。それができるならば、これまでの努力も花開くのではないかと思うのである。今は、木を見て森を見ず、葉を見て木が見えない。そして、一所懸命育てているが一向に実を結んでいない。それがプロテスタント諸教会である。

 カトリックの場合、ローマ教皇がすべての権能を持っており、そのメッセージは信徒の手の届かないところから発してくるのですが、全世界に張り巡らされているネットワークにより、その対応は驚くほど現実的である。そして、そのメッセージも多くの信徒が直面している諸問題を逃しません。神父たちも礼拝においてはさらにわかりやすく噛み砕いた説教をします。昔、カトリックの説教はラテン語で行われ、信者は何を言っているのか理解出なかったが、その代わり、神父は信徒にじかに向かい合い、信徒の抱えている問題に取り組んできたのです。教育の世界でそれは良くわかります。カトリックのミッションスクールは受験校が多く、多くが有名校である。偏差値も高い。一方、プロテスタント系は人間教育を言い訳にして、学力の向上に対して不熱心な学校が多い。それも彼らの二千年の教会形成の成果ではないかと思う。それに対するプロテスタント諸教会はこれからの教会のあり方に関して転換期を迎えているのではないかと思う次第です。

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 イエスキリストは十字架に死して三日目に蘇り、その後多くの使徒たちの前に復活されたその体を示されたのみならず、共に食べ、語ったのである。そして、この後、離散した使徒たちは再び伝道の旅を行い、そのほとんどが殉教していった。これを事実とすると、復活という出来事は現実との接点をもつことになる。十二使徒だけではない、その後、ステパノやパウロも殉教していった。全く架空のことがこれほどの現実をもたらすものだろうか。ヤコブの殉教はユダヤ人史家、ヨセフスの記録にもあるから確かだろう。また、ペテロ、パウロなども実在し、殉教している。この歴史的な出来事は使徒行伝や新約聖書外伝に記されており、その時代の、原始キリスト教時代の存在は事実であるから、一連の出来事を空想の産物とすることはむしろ不自然である。聖書の記述はその一コマごとに切り離して解釈すると矛盾があり本質を見失う。旧約聖書の死人の蘇り、イエスの述べ伝えた復活とご自身の蘇り、さらにパウロの体験は全体としてとらえなければならない。古代ユダヤ教の呪術的復活の伝承はイエスによって新しい力を得、衝撃的に乗り越えられた。そして、パウロと使徒達の宣教、さらに殉教によって教会形成という新たな歴史的な歩みを始めたのである。

 ユダヤ教では死人の復活はないという。サドカイ派とのイエスの問答(マタイ22章23~32)にある。「復活の時には、めとることとも嫁ぐこともなく、天使のようになることもないのだ。」でも、旧約聖書列王記にはエリシアという預言者が死んだ子供を生き返らせている。(列王記下4-20~37、8-5)また、エリシアの墓に置かれた死体が生き返ったという記載がある。これは一体何か。昔の人は、仮死状態も死んだとしているのだろうか。この箇所は当時のユダヤにおいて、復活の信仰があったのではなく。こうした記述によって神の力を語っていると考えた方が良い。ラザロの場合、死んで腐敗まで始まっていた。気をつけなければならないのは、当然の事だが、聖書は信仰の書であって、何も医学やノンフィクションものではない。奇跡物語も信仰を持ってはじめて読む事が出来る。イエスが十字架の苦しみをかけて伝えようとしたことは、復活であるが、これは世界の終り、終末における復活のことである。イエスは宣教の中でラザロらを蘇らせた。ご自身の神性を示す行為である。イエスが十字架の後に示した奇跡である復活とは意味が違う。復活した体とは一体どうなるのだろうか。元の体にもどるのだろうか、あるいは霊魂のようになるのだろうか。聖書にあるように、まるで、透明人間か、魔術のようにドアをすり抜けたのか。聖書の復活の記述はそれを信仰した人の心の中で生じた事は確かである。物理的にどうのこうのではない。

 新約聖書ではもちろん、百卒長の中風の僕を癒し(マタイ8-5)、さらにナインの寡婦の子供を生き返らせ(ルカ7-11~15)、ラザロの復活の物語(ヨハネ11章1~45)など死人をイエスは生き返らせている。また、イエスが十字架にかけられ、いきを引き取られた時「幕が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そしてイエスの復活の後、墓から出てきて、聖なる都に入り、多くの人々に現れた」(マタイ27章52~53)

 死人の復活はあるというのが、聖書の記述である。近代合理主義、あるいは自然科学では到底理解できない世界。しかし、復活の思想は、世界で受け入れられ、キリスト教の2000年の歴史を形成してきた。遠藤周作は小説「侍」の中で、宣教師べラスコの言葉でこう述べている。「宗教に現世の利益だけを求める日本人。彼らを見るたびに私はあの国には基督教のいう永遠とか魂の救いとかを求める本当の宗教は生まれないと考えてきた。」「日本人たちは、奇跡物語や自分たちのどうにもならない業の話には心ひかれるが、キリスト教の本質である復活や自分のすべてを犠牲にする愛について語ると、とたんに納得できぬ興ざめた顔をすることを私は長い経験で知っているからである。」我々は、聖書を今日、本屋で売っている様々な本と同様に読む事が出来る。しかし、約2,000年前に書かれた文書であるという事、また、聖書は皆に読まれるように書かれていた訳でもない。様々な証言や記録を、その信憑性に応じて編纂したもので、4福音書の記述は一つの事柄について異なる表現や記述となっている。この部分に研究の余地が多い。「イエスの復活とその福音」(レオンデュフール著:心境出版 三保元訳)ではその言語的差異、福音書、パウロの表現等詳細な比較検討を行っている。

 復活信仰は我々の文化的習慣と相容れない部分があるのだろうか。しかし、宗教というのはそもそも、そのような不合理な部分を敢て横において、「信仰」という価値観に従って生きるという事である。一人の人間の人生は多様である。生まれて間もない時に亡くなる子供もあれば、戦争で亡くなる人もいる。癌で病死することもある。人間の生というのは、生まれた人の数だけあり、合理的な整理は難しい。人生に関しては人間は明日を予測する事も出来ない。ひたすら、後ろー過去ーを見ながらその軌跡をたどるしかない。キルケゴールはそれを後ろ向きにオールをこぐボートに例えている。科学では分析する事は出来ない領域だ。もちろん、人間存在を行動面から経済活動や政治、医学、生理学などの視点から理解する事は長い間行なわれてきた。しかし、人間が何処から生まれ、何処に向かうのかを問うことは極めて哲学的な問題である。そしてこの部分に関わるのが宗教であり、そこから答えが出されてきた。この復活という考え方を受け入れるかどうかは、宗教的な行動を受け入れるかどうかの問題である。

 イエスの時代、今よりずっと死は人々と近いところにあった。疫病、戦争、処刑、そして幼児の死。彼らは死をどう受け入れるかについて、我々よりはるかに真剣であった。真剣であるがゆえに復活という概念も真実味をおびてくる、しかし、実際にそれを目撃したり、体験したりした人は聖書に記されたこと以外は見当たらない。ということは、復活は何らかの象徴として受け留められたのではないか。生と死、永遠と有限を橋渡しするものである。復活はイエスキリストで終わった。もしこれが、後の世でどこかの聖人によって度々おこるようなことでは意味を失ってしまう。信仰という点からいえば、復活とは何かを分析することは意味がない。この不思議な、歴史的な事象を信じることによって何が生まれるのかである。そこから何らかの力が生まれるのであればそれで充分である。

 旧約聖書がユダヤ人の歴史であるように新約聖書はキリスト者の人生を導く。人生を蘇らせることは実際に起きてきた。信仰によるrebirth、生まれ変わりである。パウロはエマオの途上で復活したイエスに出合った。このパウロなしにはキリスト教は形成されなかった。そしてパウロによって教会によって信仰が継承され、復活が語られ、体験される。そうでなければ原始キリスト教で終わっただろう。パウロの教会形成、さらに教団の基盤が彼によって出来上がった。イエスキリストの十字架の死によって、イエスの使徒たちの教団は解体された。しかし、イエスの復活によって再び生まれ変わり、使徒行伝にある伝道活動が生まれた。さらにパウロが新しいイエスとの出会いを体験し、キリスト教のさらなる発展の礎を築いた。私たちの信仰も、使徒たちの体験、そしてパウロの導きによって生れ、理解される。それは、使徒たちの経験した、実体験としての復活ではないかもしれないが、一人一人に与えられたイエスとの出会いがある。このことは死に打ち勝つ永遠の世界があることを知らせてくれる。これ以上の福音はあるだろうか。

自分は気がついた時は自分だった。そしてどこに行くのだろうか。復活というのはその自分の復活でなければならない。何だか分からない「霊」なる姿になるのだろうか。自分の今はいない父や母
、そして妻と再び会いたい。その時の自分は何か。でも、それは幸せな自分でなければならない。惨めな自分が復活する人はどうだろうか。天国というのはそのような自分が永遠に続く事だろう。では苦難や惨めな境遇で亡くなった人々はどうだろうか。その人々は全く別の新しい世界を望むだろう。それに対して神はどのように裁かれるのだろうか。

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