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辻褄が合わない事実:慰安婦問題、南京事件、原爆投下

1.謝罪すべきは嘘を重ねている韓国と中国だ

 安部首相は中国やアメリカから、随分右よりの政治家という評判であったが、その内実に関しては、4月の訪米とオバマ大統領との会談以来多少誤解が解けてきた感じもある。しかし、自分は、今回ユネスコの世界記憶遺産登録で問題になった中国の南京事件資料や慰安婦問題が過去の出来事としてお倉入りすることは無いだろうと思う。当時南京事件を世界に報道したのはアメリカだし、慰安婦問題を拡大し、韓国系アメリカ人の要請に答え、慰安婦像を設置した。これらの歴史が明るみに出されたのは、中国とアメリカにおいてである。パリセイズ・パークをはじめ、9箇所も設置されている。これは韓国がアメリカを利用して日本人を世界から締め出そうとする陰謀である。南京事件も、慰安婦も、原爆も、邪悪な日本帝国というイメージ作りに格好な材料であって、これは中国やアメリカの悪しき国民感情にかなっている。それに悪乗りしているのが、何とか戦勝国の一員でありたい韓国なのである。従軍慰安婦の問題は、日本のみの問題ではないにもかかわらず、韓国は日本叩きをして、自分の政権維持に利用しているのみならず、嘘を重ねている。これはむしろ、大統領自ら日本に謝罪すべきことではないか。海外に展開している日本人の名誉に関わることなのに、マスコミもその部分には触れない。捏造記事を出した朝日新聞などは国辱をもたらしたことをどこまで自覚しているのだろうか。アメリカにいる韓国人も、中国人も偽りの歴史教育を受けた結果、アメリカで日本を叩くことが正義であると思い込んでいる。慰安婦像の要求は主としてアメリカで行なわれており、アメリカ異民族社会の根底にも関わる民族対立の問題でもある。与野党挙げて世界に日本の無実を訴えるべきことである。
 そもそも、日本は韓国を西欧諸国のような形で植民地支配しなかった。むしろ、近代化を進め、日本国内と同質化することで近代化を図った。少女を官憲が何万人も強制的に拘束して拉致したりはしなかったし、そんなことをしたらいくら日本軍がいても武力闘争になっただろう。日本国内でも、遊郭の脱走事件などは、一部の官憲が業者側に立って軍の慰安所からの人数要請がああり、女性を捕まえたりしたことがあったことは想像できる。今のパチンコ屋同様、斡旋業者には警官退職者が多かったという。勿論、当時朝鮮人の警官も60%いたのである。ナチスのような政府の関与はなかった。ナチスですら、ユダヤ人のホロコーストに関しては証拠隠滅しているが、これと同質ではない。日本はそれ程緻密な人種政策はできなかった。日本の朝鮮支配は戦争という問題で彼らにも犠牲が出たが、戦場になったわけでもなく、むしろ、米軍の空襲もなく安全であった。朴正熙元大統領は日本の士官学校を優秀な成績で卒業した。軍務も平等であった。これを支配というのは無理がある。海軍の特攻基地も元山などの朝鮮半島にあった。朝鮮の人々と日本人は表面上良好な関係であった。それを破壊したのは米ソと李承晩である。その政治的伝統が今も続いている。彼らは自分たちが近代化に遅れを取り、夷狄である日本にしたがわざるをえなかったことを屈辱とし、慰安婦を象徴にしている。慰安婦は気の毒に、多くが親に売られたのである。それは日本も同様。
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2.南京事件と原爆投下
 先は南京事件は第二次上海事件で1937年に起きた。東京裁判での告発までに13年経っていた。しかも、戦勝国の一方的な断罪であった。敗戦国日本は、中国の告発を受け入れざるを得なかった。東京裁判は戦勝国が敗戦国を告発するという世界史ではじめての裁判で、法理上裁判を維持するには、日本軍が犯罪組織であるナチスと同列である必要があった。南京事件の証拠写真がでっち上げだからといって、そこで何も起きなかったとするのは無理がある。ドイツは250万人以上のソ連軍捕虜を餓死、銃殺により殺害させた。しかし、ユダヤ人殺害を行なったことと同列ではない。20万人しかいなかった南京市で30万人が虐殺されるわけが無い。そんな簡単なことも国際的には反論されていないし、アメリカも日本の主張を認めていない。何故だろうか。慰安婦問題は、韓国の現体制維持のため、南京事件は中国の共産主義体制に正当性を与えるため、また、東京裁判はアメリカの原爆投下と以後の核戦略に関わることなのである。今年日本が提唱した核兵器廃絶の国連活動に関しても米国、中国などは反論し、日本の反核行動を非難した。
 日本人にとって安部首相が日本人の名誉を傷つける、戦前の日本軍の蛮行を否定したいという気持ちは、充分共感できる。しかし、この事は安部首相の系譜からみて戦前の国家体制復帰への疑念を生じさせるリスクが高い。70年談話においては、過去の村山談話を踏襲している。だからといって、安部首相の取り巻きも含めて、全体主義的な風潮をもっているのではないかとする懸念はある。とはいえ、戦前の日本は全て間違いで戦後から民主主義の歴史が始まったわけではない。また、靖国参拝や、南京事件を否定することで戦前に回帰する計画を安部総理が抱いていると勘ぐられることも変わりが無い。

3.日本の過ち
 
 そもそも、日本が戦争に突入した最大の誤りは、日独伊三国同盟であった。ファシズムというより、犯罪組織であったドイツ、ヒトラー政権に歩み寄ったことは、東京裁判の格好の口実になったし、そのために、南京事件は必須だった。慰安婦問題はそこでは全く取り上げられていない。ナチス並みで規模が大きかった731部隊の生体実験もうやむやで、むしろ、九州大学の米軍捕虜の生体事件(8名の犠牲)が断罪された。日本は第二次大戦におけるアジア諸国を戦場にしたことへの反省と国民教育が足りないことも確かである。日本が敗戦国であったことを知らない若者がいること自体驚きである。

 また、大日本帝国陸海軍が世界的に非常識な思考と国際感覚の欠如から、無謀な真珠湾攻撃に走ったことは、日本国民にとっても、また、軍の兵士にとっても悲劇であった。軍首脳部の不見識は、特攻の失敗や作戦の過ちなど断罪されるべきものであった。兵士といえども、生命の軽視と、さらに捕虜の扱いの過酷さを世界から指弾されても仕方が無い。軍部の無能こそ日本にとっては最大の悲劇だった。東京裁判史は確かに不条理な問題を抱えていた。しかし、このことは今日の核兵器保有の問題にも通じる根の深いことである。ナチスと結託した旧日本軍部の蛮行が、原爆投下に正当性を与えているが、これも真の原因ではない。
 沖縄の地上戦の激しさは米軍にも1万2500人以上の戦死者が出た。しかし、日本は、ポツダム宣言をソ連の侵攻を機に受け入れたので、原爆が原因ではなかった。原爆はむしろ、アメリカが東西冷戦を見据えてソ連を牽制するために使用した感じが強い。従って、日本は原爆のお陰で、日本列島をソ連、米国、イギリス、中国に分割されずにすんだのであって、広島長崎の犠牲者は無駄ではなかった。東京や大阪の空襲とは全く違う25万人以上の同胞の犠牲によって今の日本は支えられている。
 慰安婦問題は、韓国の朴槿恵大統領にとっては人気取りのために必須なアイテムである。そもそも、韓国は男尊女卑の国だが、大統領になったことだけでも風当たりは強い。さらに朴 正煕を父とすることで、親日というレッテルを貼られる事を避けるためにも慰安婦問題は最後まで譲れない。さすがに、彼女は竹島に上陸して人気を取ろうというような前大統領の手は使いたくない。そもそも、人口二千万人しかいなかった朝鮮で、二十万人もの女性を官憲が拉致したら、当時の社会で何が起きたのか、むしろそれが見過ごされたとしたら、韓国人は無策の集団ではないか。韓国はサンンフランシスコ講和条約の時も戦勝国に入ることを拒否された。だから、今回、中国の戦勝パレードに朴大統領は恥知らずにも列席してアメリカから見識を疑われた。そもそも、あのパレードは対日ではなく、台湾の来年の選挙に対する威嚇行為であることに気がつくべきである。慰安婦問題はアメリカの韓国人が熱心で、70年前の出来事を現代のアメリカ人の感覚で糾弾するという歴史に対する根本的な間違った取り組みである。戦争中だから、軍の後方支援で割りの良い仕事があると言われて、親から仕事に出された女性は多かった。そこは日本人も同じだった。

4.南京事件の真実
南京事件は確かに多くの犠牲があったと思われる。早稲田大学の秦郁彦教授の分析が中公新書「南京事件」で詳細に分析されており、これが自分は最も現実的だと思うが、笠原十九司氏著南京事件(岩波新書)もあり、いずれも多く見ても5万人以下である。自分も根拠は無いが恐らく3万人ほどの市民を巻き込んだ犠牲者が出たと思う。責任の半分は当時の国民党軍で、南京市撤退の杜撰さにある。日本軍に対する降伏手続きもしなかった。脱出者を督戦隊が銃撃したり、脱出を手順よく行なわなかったために、軍服を脱ぎ捨て、市民の家にもぐりこんだり、多くの便衣兵がいたことなどが原因で、占領者としてはこれらの摘発に手荒なことを行なわざるを得なかった。南京に駐留しても、こうしたことに気づかなかった日本軍部隊もいたのである。だから、数年前、名古屋市長の河村隆氏が姉妹都市である南京で、南京市民が友好的であったと発言し問題になったのである。彼の父親は兵士として南京に突入した。しかし、共産党政権にとっては、この事件は国民党軍が日本軍と戦った当事者であることを打ち消す格好の材料なのである。共産党政権は日本軍と戦ったのはゲリラ戦だけである。日本と戦っていたのは国民党軍であって、かれらは対戦集結までに日本軍と戦いには勝利していなかったし、消耗を招いたことが共産党軍に敗北した原因である。国民党政府はティンパーリーやベイツなど外国人に依頼し、大虐殺を捏造したと主張する東中野修道氏の見解もあるが、結果的には東京裁判で日本軍の蛮行を証明するために使われたことは確かである。今の中国政府はユネスコの記憶遺産に取り上げたが、かつて、毛沢東自身はこのことには殆ど触れたことがなかった。むしろ記念館はその後、鄧小平や江沢民政府によって広報施設として建設されたといってよい。アメリカのアイリスチャンの「the Rape of Nankin」などはそうした反日機運に乗じたフィクションである。

5.核兵器を正当化したいアメリカと中国
 
 国連総会第1委員会は2日、日本が提出した核兵器廃絶決議を賛成多数で採択した。同様の決議案提出は22年連続だが、初めて世界の指導者らに被爆地訪問を促すことを盛り込んだ。中国と北朝鮮、ロシアの3カ国は反対した。中国代表は「広島・長崎の悲劇は日本が始めた侵略戦争の必然的な結果だ」と主張、再び歴史問題を持ち出し対日批判を繰り返した。決議は賛成156票で可決した。韓国や米英仏、イランなど17カ国は棄権した。共同提案国は107カ国だった。昨年共同提案した米英は、核兵器の非人道性を訴える非保有国に態度を硬化させ棄権に回った。アメリカの核の下にいる日本は被爆国でありながら、この決議の法的整備に関する決議は棄権したのである。この核兵器の問題こそ、南京事件や今回の安保法案の核心部分である。それぞれの思惑から歴史を歪曲しているのは韓国、中国、そしてアメリカだということである。

6.日本の名誉は傷ついた
 安保法案騒動から早くも3ヶ月。自分は自衛隊がこれ以上拡大することは反対だし、憲法第九条は日本の誇りだと思っているが、日本も国際社会にあって、様々な国と接し、親善と同時に攻撃対象になっていることも現実である。日本はアメリカという超軍事大国の傘の下にいるため、国防という問題に関しては国民の意識が高くない。3.11によって、日本が先行き不安な状態になったときに、台湾や韓国からも多くの支援金が寄せられたが、同時に、尖閣諸島など領土問題においてはこれに付け入ってきたのがロシアや中国、竹島問題では韓国が日本の政権運営の間隙をついてきた。暴漢に銃を突きつけられて、話せば分かるといっても無意味なこともある。軍拡で人民解放軍は政府の制御が聞かなくなりつつある。中国、北朝鮮の核。再び強いロシアを目指すプーチンなどの動きは日本の安全に脅威である。また、紛争やテロに対して国連は武力行使の定義を変え、国際社会の役割分担の意味から、また、国連に自衛隊を派遣する日本はこれらを無視できない。そうした中で、安保法案をどう考えるかである。沖縄の米軍基地も、一地方自治体の意向をどこまで尊重すべきなのか。普天間などを返還することから沖縄の負担軽減は始まる。辺野古の埋め立て以外に方法はあるのだろうか。ここまで進んだ沖縄米軍基地をめぐるアメリカとの交渉を去らない進めるためにはどんなロードマップが必要なのか、国はそれを示すべきだと思う。安保法案反対、安部政権の右傾化への警鐘を含め、大学では安保法案反対の署名も行なわれたが、自分は国防のことを考えると参加する気にならなかった。日中韓三カ国会談で、日本の首相に昼食会も用意できない朴大統領は相変わらず慰安婦問題で日本を攻め続け、中国は南京のでっち上げを正当化しようとしている。歴史を直視せよというなら、韓国、アメリカ、中国が、これらの歴史を検証し、真実を知るべきである。真の解決策はこれしかない。日本の歴史的汚点といわれる南京事件と慰安婦問題、さらに広島長崎の悲劇をどう考えるかについて自分の率直な感想を述べた。

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なぜ安部政権は集団的自衛権容認を急いだか

1.安保法成立後の与党の対応

 アベノミックスは第3の矢が打てない。アメリカの利上げでドルがアメリカに還流するとさらに円安になり、エネルギーや輸入原料、食料コストが上がり、今の安部政権を支えている大手企業の業績向上と株高の構図は成り立たなくなる。当面の原油安がどこまで続くかは分からないが、今の経済はそのお陰で何とか失速していない。これが上昇し始めたときが利上げの引き金だろう。しかし、アメリカとイランの和解が進めば、イラン原油が大量に市場に出てくる。このインパクトは大きく、長期的には原油は70ドル/BL以下に安定する。経済は戦争によっても潤うが、平和によって得るものは人間の命と富である。どちらが良いかは自明である。今回の違憲行動は野党の攻撃ターゲットとして参議院選挙までセクハラを受けた女の復讐のように、非難を受け、国会においては廃止法案が、さらに実施においては裁判に持ち込まれ、延々と公判が続けられる。恐らくこのことくらいは予測しているだろう。今の政権には相当な悪がいて知恵を絞っている。第3の矢はイノベーションや産業構造の転換による経済の再生であるが、容易ではない。何年もかかるし、今の教育制度ではイノベーションを起こす人材は生まれない。消費税2%増の期日も迫り、参議院選挙は来年の夏である。既に決まっている近い政治スケジュールが見えないわけが無い。いやその為に急いでいる。前回の参議院選挙で回避したように来年の参議院選挙では防衛問題は論点にしないように画策するはず。

2.国民の関心を安保からそらす

 アメリカは大統領選挙、そして、TPPが決着する。経済問題や消費税延期を種にはぐらかしにかかるに違いない。そして、いんちきな景気回復が図られる。集団的自衛権に関する法律は、外務省や防衛省の官僚が周到に計算し、勉強を重ねて作ったはずだ。現政権は憲法の改正をせずに、解釈を閣議決定で行い、法案を成立させようと言う手法を考案した。首相ブレーンの中にはナチスのやり口をまねようとする輩がいる。ナチスは全ての権限を総統に集中させ、議会を無力化した。そして、このとんでもない仕組みを国民はいつかなれてしまい、問題点を忘却するというヒトラーの「わが闘争」に書かれた手口を今回使おうとしている。そんなにうまくいくはずはないのだが。しかし、国民は経済がうまくいけば批判は収まるということもドイツではあったのだ。その仕組みの一つがベルリンオリンピックだった。2020年東京オリンピックは与党にとって重要な祭典である。来年、リオが終わればさあ東京だと大騒ぎ。これで官僚どもの作戦は軌道に乗る。

3.経済再生は軍事費から
 
 その主な狙いは立派な軍隊に成長した自衛隊の活用、そして、安部政権が1年前手がけた武器輸出3原則の緩和の実行である。経済の再生の切り札はこれである。アメリカと共同作戦を行なうには、アメリカが日本に合わせるわけが無い防衛資材、武器などの手直しである。特に電子機器とか装備品の共通化は急務だ。これによる波及効果は大きい。産業界は期待している。来年度の防衛予算も過去最高で、今回でこれは確定したようなもの。さらに経済界の期待も大きく、彼らの殆どが充分議論をしてもらいたいとか言っているが、結論は先に出ていて賛成なのである。景気のカンフル剤、いや覚醒剤として、早速この分野が水を得た魚のようになるだろう。来年度予算でも、防衛費は拡大の一方だが、これで予算は満額通るのだろう。予定の行動だ。南スーダンに派遣した自衛隊の駆けつけ警護に関する施行規則は早速作成される。安部の国会での事例説明にあったホルムズ海峡の機雷除去とか、半島有事の米韓による日本人婦女子を乗せた船の警護などは故意にありえない事例を出して、国会を紛糾させ、審議時間稼ぎをするための作戦だろう。

4.アメリカと歩調を合わせれば政権安泰

 何も失うことの無いアメリカは大喜びだ。いつの間にか、こうした防衛装備の一元管理のための防衛装備庁が10月1日から発足。ずいぶん手回しの良いことではないか。安部政権も安泰。憲法違反を訴訟にかけてきても、最高裁判決はいつ出るか分からない。そんなところは彼らは当然読み込み済み。悪賢い連中だ。普天間はのどに刺さった骨のごとく、痛い部分だが、いずれ、沖縄県知事は民生が疎かになり、政府の支援もなくなるから県職員からの支持を失う。失点があった時に攻撃すればそれで済む。とにかく、アメリカに逆らわないこと。これが日本の安全を脅かそうとも、政権安泰で自民党多数が維持できればよいという姿勢なのである。そんなにうまくいくのだろうか。国民は馬鹿なのだろうか。

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1.国防論議が足りない

 国家と国民の安全を無視し、政権維持のため、アメリカに媚びた安倍総理の責任は重い。今般の安倍政権の安保法案に関する憲法違反行為は断罪されるよう野党は総選挙か辞任に追い込むまで今後も追及し続けねばならない。国会での乱闘などもってのほかだ。これは、国民の審判が下されるべき事である。国防に関する議論が足りない。結論を先に言おう。日本は国防体制を見直す時期に来ている。違憲の自衛隊は解散すべし。専守防衛に徹した防衛隊に改組し、徴兵制を行なえるように、憲法第九条を変えるのではなく、憲法憲法18条を改正し、国防に従事することは苦役ではないことを明示する。これが結論だ。もう、アメリカに期待するのは止めよう。

2.今も多くの人が国のために犠牲なっている

 世の中ではわが子を殺すなとかいっているが、警察庁によれば、5年間で警察職員による殉職者数は20人から30人。交番や駐在所に奉職する「地域警察官・おまわりさん」に限っても、00年~05年で17人の殉職者が出ている。消防官は警察官よりもさらに多く消防職員の殉職者も同様であり、わが子を警察官にするなとか、消防士はだめとは言わないだろう。安部首相は「徴兵制度については認められない」とはっきり答弁しているが、これは間違い。国防は危険も伴うが国民の義務であり世界で認められているのである。 第18条を改正すべきである。今の自衛隊は集団的自衛権を志向する憲法違反の運営を止めるべきである。集団的自衛権は我が国においては憲法で禁じている。憲法の条文を見ながら考えてみよう。

3.憲法改正
 1.日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇、又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として、永久にこれを放棄する。2.前項の目的を達成するために陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない、国の交戦権はこれを認めない。 これに対して、国会の解釈において個別的自衛権は認められている。9条は日本が世界に誇る素晴らしい資産でありこれからも国是であリ続ける。しかし、内外の情勢は憲法制定時とは全く違っている。国連の活動としての部隊派遣と日米安保とは分離、国連の平和維持軍には協力すべきである。状況の変化に対して憲法は指一本も手をつけないと言うものではない。法的安定性とは別に状況の変化に対処することは矛盾しない。これだけでも、国防は可能だと思うが、現代の国際情勢は、一国だけで今や国は守れないというのが安部政権の解釈である。自分の国を独自で守れないような軍事力は無意味という感じがする。だいたい、抑止力としての戦力によって戦争を未然に防ごうという自民党の論理も軍事力による威嚇が禁止されている以上破綻しており、そんなことはできないではないか。アメリカの軍事力によって日本の防衛が成立していることは認める。しかし、アメリカは他国のために自国民が戦死することはしないと思うのが普通だ。ミサイルを飛ばすのはやってもらいたい。自分は一つの提案としてのようになることを日本は目指すべきである。それは軍隊無き国家コスタリカがモデルだ。すぐにでなくとも良い。ビジョンとしてである。コスタリカは軍隊はないが、軍事同盟は結んでいる。警察がその代わり有事の初期対応を担っている。日本はこの長い海岸線を守ることは出来ない。だから、核攻撃や、第一撃においては安保条約で米軍に対応をお願いする条約を結び、国民を総動員して上陸してきた敵を叩く。海上部隊は補給を絶って物資不足になった敵を孤立させ、後は国民の防衛部隊が皆殺しにすればよい。

4.戦力なき軍隊と言われた自衛隊は成長し、軍隊になっている

 何故今日政府が今回安保法案に躍起となっているかというと、自衛のための日本の軍事力は、世界一であるアメリカ軍と共同作戦を展開するところまで成長し、武力による威嚇が可能なレベルに達しているからである。そうなればアメリカはここまで軍事力として立派になった日本の自衛隊に対して、日本に肩代わりさせたいと思うのは自然なことである。量は少ないが、質が高い自衛隊とアメリカ軍との共同作戦において、武器の共通装備とか、産業ニーズも高まる。安部の意図の背景を何故突かないのか。安部はアメリカの要請に基づいて一生懸命になっている。これは訪米時、議会での演説でも明らかではないか。受け狙いの演説でスタンディングオベーションを何度も受けている。アメリカの国力が落ちたからではない。日本の軍事力が大きくなったからだ。それならばもう一度しぼませてしまえ。アメリカはそんな柔な国ではない。戦争能力は今なお世界一である。
 自衛隊の武力が凄いレベルになっていることは海上自衛隊の実力が世界有数であることで分かる。今の海上自衛隊は帝国海軍の伝統も受け継ぎ、日本近海に攻めてきた中国海軍などは相手ではない。ヘリ空母のいずも型、ひゅうが型などは今はヘリだけだが、国は既に次期戦闘機をF35に決めており、これは機種を変えれば垂直離着陸でき、今は出来ないが、ヘリ空母の耐火性能を改造して向上させれば立派な空母に変身できる。まさに連合艦隊の完成であり、政府は、改造できないとしているが、F35の製造元のアメリカは、そんなことは簡単にできることを知っている。陸上自衛隊が保有している10式戦車は国内に限ればM1以上に優秀な機種である。M1は確かに優れた戦車であっても、日本防衛には役に立たない。重過ぎて、日本の道路や橋が使えないことを鑑みれば、日本国内ではこれに代わる戦車はないだろう。対戦車ミサイルも100発100中の精度を誇っている。こんなところまで、成長した自衛隊は憲法第九条を骨抜きにする実質を持っており、既に憲法違反である。

5.今の時点で自衛隊は憲法違反
 
 結論として、自衛隊は憲法違反だし、集団的自衛権の議論になるのは間違いだから、一旦全て廃止にして、列島防衛に必要な武器以外はF35やオスプレイなど全部韓国に売ってしまえ。自主防衛にそんな高価でデリケートな兵器は使い物にならない。山だらけの日本では平地の戦車戦などはありえないから、10式の装甲を改善し、市街戦や山岳戦に耐えられるようにする。そして、自衛の戦力としてのモノを充実させる。ヘリや対戦車ミサイルと戦車は必要だ、そして、外国の軍隊が攻撃してきたら、個別的自衛権を行使するために、徴兵制を発動出来るようにすべきだ。国民は国を守るために命がけで戦う。コスタリカも軍隊はなくとも、その有事のための警察と最小の軍事力は持っている。イージス艦やヘリ空母は海上保安庁で管理する。


6.自衛隊は解散し再編すべきである

 憲法第九条の1,2はそのままに、有事の際には徴兵する条項を第3項に作成し、その代わり一旦自衛隊を解散する。肥大した組織は自力では縮小できないからだ。現職自衛官は武器の維持要員を除き予備役とし、徴兵時に必要な訓練教官を育成すればよい。これなら警察並みである。軍隊なき大国日本を世界に示し、世界をあっと言わせるのである。そのためには日米安保条約は必要だが、向こうから断ってくるかもしれない。そうすれば沖縄も引き上げてもらえないか?パナマやグレナダのように軍隊の無い国もあるが、これはアメリカの軍事基地がある。しかし、沖縄もあれほど巨大な基地を持つ根拠は無くなり、縮小されよう。まあ、その時は日本に軍事的主権は無くなるのである。それでよいのではないか。民主党も野党として、自民に対する真摯な国防論を展開してもらいたい。自民党の趣旨は、アメリカに従い、自己の政権を維持したいだけだ。そこを突くべきである。集団的自衛権でなくとも日本は自国を守れるという確信が野党の質問から出てこない。揚げ足取りや、安部政権の説明の稚拙さを叩くばかりでは前に進まないではないか。国民の支持は政権時の失政もあわせ批判が広がり、益々遠のくだろう。

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 20世紀の世界と日本の歩みをどう考えるか。私たちが20世紀の経験から汲むべき教訓は何か。
 日本は、戦後70年間、20世紀の教訓をふまえて、どのような道を歩んできたのか。特に、戦後日本の平和主義、経済発展、国際貢献をどのように評価するか。
 日本は、戦後70年、米国、豪州、欧州の国々と、また、特に中国、韓国をはじめとするアジアの国々等と、どのような和解の道を歩んできたか。
 20世紀の教訓をふまえて、21世紀のアジアと世界のビジョンをどう描くか。日本はどのような貢献をするべきか。
 戦後70周年に当たって我が国が取るべき具体的施策はどのようなものか。
これから日本がアジア太平洋地域のために、そして世界のために更にどのような貢献を果たしていくべきか、これから日本はどのような国になることを目指すのか、といった点について答申を求めたもの。
この懇談会は安部首相に答申をするが、安部首相がお好みの内容になるようメンバー選定から配慮されており、中国やフィリピンなど戦場になった国々に村山談話を受け継ぐとはいえ、謝罪の内容を望むのは無理と思っていた。日本郵政会長の事なかれ主義者、元東芝会長の西室氏や、国際大学長の北岡氏では、集団的自衛権の拡大解釈を進め、憲法第九条を変える方策を狙っている連中である。戦争で親兄弟を失った方、被爆者、特攻隊生き残りは当然入っていない。懇談会の答申を読むと豈図らんや、謝罪は首相のご判断と逃げてしまっている。予想通りである。問題はお詫びだろうか。過去に村山談話も、小泉もお詫びしている。論点がずれていないか。
 先ずは今も中国とは十分な「和解」はできていない。従って今後も日本は第二次世界大戦の結果に関して批判を受ける可能性を残し、結果として日本が国際社会において孤立する危険性を残している。経済大国になったことを自画自賛である。
 まずアメリカに関しては、新憲法を含む戦後改革とサンフランシスコ講和の精神を受け入れたのかどうか、日本側の態度は判然としないままごまかしてきた。憲法が押し付けであると主張して東京裁判は事後法だから無効だという保守も、憲法を護持すると言いながら米国の政策にことごとく反発してきた左派も、どちらも「米国との真の和解」を考えていない。戦没者の慰霊に関しても、日本の首脳が真珠湾献花をしておらず、米国の首脳が広島献花をしていないという「異常な状況」ではないのか。有識者はこの事を知らないのだろうか。天皇陛下はやっとサイパン、パラオに行ったばかりで、硫黄島には未だに1万以上の遺骨がねむっているというのに。
 欧州に至っては、ドイツと旧連合国はノルマンディーにしても、ドレスデンにしても、アウシュビッツにしても敵味方を越えた共同追悼を行っているが、日本はアジア地域で、そのマネができていないばかりか、欧州戦線におけるような和解や共同追悼への参画を検討する声すらない。何が有識者だろう。無知の集まりで、ヨーロッパの教訓もまなんでいない。お粗末!
 中国と韓国に関しては、国家間の和解はそれぞれ条約によって完了しているが、両国の世論を十分に納得させるような「和解のレベル」には到達ができていない。サンフランシスコ講和条約に今の中国や韓国は参加していない。その時々の政権が「戦前の日本への批判」と「現在の日本への批判」を「ごちゃ混ぜにして求心力に使う」という「禁じ手」を繰り返す。日本は言い訳的論調で、ここを中国はついてくる。お詫びの言葉が無ければ当然批判が出るが、問題は内容である。わが国は戦場になった国々に加害者としての感覚が希薄である。だから、慰安婦の問題や、強制労働補償の問題は繰り返される。この辺りで損切りするつもりで、謝るべきと答申出来ないのか。韓国も中国も金目当てで、ここで謝ったら、キリがなくなる。お粗末な警戒心ではないか。できない理由は何か明らかにしてはいかがか。
webの識者の受けうりだが、共感。
 1.現在の日本人は戦前の日本を代表していない、従って戦前の行為への批判を行うことは日本人にとっては自己卑下にはならないし、海外からの批判も「現在の日本および日本人への批判とはならない」という「厳格なケジメ」を確認し、一歩も譲らないということ。次にいつも夏もなると起きる靖国問題。本当に必要なのは
 2.靖国ではなく追悼という行動をという意見に賛成。真珠湾で、広島で、そしてできれば9月2日に、「戦争終結70周年」を日本を中心にアメリカも中国も欧州も含めた関係国で厳粛な「共同追悼の儀式」として歴史に残るような形でおこなうべき。

 安倍首相による「どのような和解の道を歩んできたのか?」という問いかけへの答えは、「極めて不十分であり、この70周年の年に意識的に和解の作業をしなくてはならない。具体的には日本として戦前と戦後の峻別を行うこと、そして関係国が一同に会しての共同での追悼行事が必要」ということになると思います。安部首相は祖父、岸信介を尊敬している。彼こそ戦前の怪物で、だからあれ程激しく安保反対闘争があった。
そして、戦後70年有識者懇談会答申が昨日7日に提出された。
日本の戦後について、総括的な報告となった。日本の戦後の発展と周辺国、特にアメリカ、韓国、中国について歴史的な見解を述べている。この戦後史は歴史教科書にしたいくらいだ。中学の歴史教師は最初の授業にこれを使って討論し批判し合うべきである。アメリカに対しては随分好意的だ。イラク侵攻に日本も付き合ったが、触れていない。中国については日中戦争で、中国が戦場になった事、民族的差別を行い、ナチスと同調した反省も陳謝も無い。これでは中国はむしろ怒るのではないか。中国は9月に戦勝記念パレードに安部首相にも招待状を出すだろうが、日本が戦ったのは国民党であんたらじゃあない、よと言わなかったのは良かった。中国は自分達を悲惨な目に合わせたのは軍国市議者で日本人民ではないという解釈で日本は中国に対する賠償から免れた。ところが、安部首相はあの軍国主義者であり、満州を差別的に支配し、ナチスと連んだ内閣のエリートで大臣まで務めた岸の孫なのである。孫に罪はない。軍部と民衆と分離した日中友好なのだから安部首相は出席して度量を見せたらいかがか。


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武藤衆院議員が若者の安保法制反対に対して奇妙な持論を展開し、自民党自体も困惑している。安保法制とは安全保障関連法案(安保法案)ー7月16日、衆院本会議で可決された内容とはどんな法案なのか。
法案は、新しくつくられる「国際平和支援法案」と、自衛隊法改正案など10の法律の改正案を一つにまとめた「平和安全法制整備法案」からなる。
•集団的自衛権を認める
•自衛隊の活動範囲や、使用できる武器を拡大する
•有事の際に自衛隊を派遣するまでの国会議論の時間を短縮する
•在外邦人救出や米艦防護を可能になる
•武器使用基準を緩和
•上官に反抗した場合の処罰規定を追加
•後方支援
などで、これまで日本が湾岸戦争、イラク戦争、カンボジャやスーダンなど自衛隊の派遣で自衛官が法的制約のために危険にさらされたり、国際評価を得られなかった反省に基づき立法されるものと、アメリカとの集団的自衛権容認の閣議決定とがラップし、戦争法案と野党から批判を浴びている。アメリカの軍事戦略に組み込まれるから戦争法案だといっている。こんなことは今に始まったことではないのに、このデマにまんまと乗ったのが、SEALsである。野党やマスコミにしてみれば格好の炎上材料である。こうした挑発に乗りやすい発言をこの武藤議員は無防備にも、参議院で審議中に発信するという政治感覚の無さにはあきれるばかりだ。しかも、さらに持論として、基本的人権の尊重を批判し、これまで安保法制が憲法違反という専門家からの批判に防戦一方の与党にいながら、自民党若手議員の百田尚樹講演事件に続くオウンゴールを演じているのだから、どうしようもない。世論に敏感であるべき国会議員にこれほKYが沢山いたとは驚きである。いい加減な連中が多数である自民党の主導で日本の国防の基本が決められて良いのかと思う。そもそも、昨年の集団的自衛権の閣議決定に関してはアメリカからも何も急がなくてもよいといったアドバイスがあった。アメリカにしてみれば、とにかく普天間の辺野古移転に集中してくれればいいのである。今回の安保法制はむしろ国連憲章に基づく国際貢献の徹底から論じたほうが論理的には受け入れやすい。それを憲法改正しなくても済むという誘惑に駆られ、ナチスの手法を研究した政権幹部の思いつきで全く混迷が予測される方向を取ってしまった。安部政権の歴史認識や議論の甘さが露呈したものである。与党多数という優位に甘えて暴走したことの付けが来ているのだ。祖父の岸元首相をこよなく尊敬する安部首相は同じように辞任でけりをつけてはいかがだろうか。

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 今回、安保法案の委員会通過は日本の民主主義の危機である。それは、憲法違反だけではない。採決時のプラカードを持った反対行動は誰の発案かわからないが、組織的に行なわれており、何が狙いなのか。マスコミを意識し、国民運動に持ち込もうというのだろう。あれには広告代理店とか、マスコミの知恵が見え隠れする。彼らのプラカードは皆テレビカメラの方に向いていた。かつて、80年前、日本のマスコミは戦争報道に好戦的記事を作り続けた。これによって、大いに利益を上げた。彼らは混乱こそネタなのである。昨日の党首インタビューは首相の話の5倍くらい反対意見が揃い、論調も反対ムードをあおる口調だった。世論に火をつけて大騒動にすれば新聞も、視聴率も上がるという見えみえの手口である。違憲の議論は今始まったことではない。昨年から議論していたことではないか。戦争法案反対という言葉を外国人、特に、中国が見たら、中国人は日本は自分たちを攻める準備をしているだろうと思う。
 衆議院での論点は「朝鮮半島有事」「ホルムズ海峡での機雷掃海」「シーレーンでの後方支援」「離党防衛」である。スプラタリー諸島の中国による領海侵犯、離島防衛と個別の議論もあったのだが、野党の追及も首相の答弁もかみ合っていなかった。報道では首相のあいまいな説明しか印象に残っていない。

2.中国は戦争一歩手前までいっていた。

  尖閣諸島問題がピークになったときは中国は本気で武力衝突も辞さない構えだったのだ。自分のいる大学には中国人留学生が50人ほどいるが、当時、故郷では戦争の懸念が高まり、心配の声が出て、彼らは日本が全くその状態ではないことを説明したら、とても驚いたくらいだ。恐ろしい事態があったのに安部首相は軍事情勢の厳しさを訴えることが何故「厳しい」としか言えないのか。北朝鮮の核開発は進み、拉致問題は解決の兆しが無い。首相の答弁を中継で聞くような閑人は少ない。国会の答弁も断片的にしかマスコミは報道しない。マスコミのコントロールで安部首相の都合の良いところが強調される風潮なのだが。中国は国民をでたらめな情報によって煽り、戦争に向かっていた。彼らは簡単に戦争が出来る国なのだ。周辺にこれだけ危険な状況があって、これにどう対処するのか。もっと根幹のところで議論が無ければ保守層からも不信感は増すだろう。実際、あの石破氏も批判派である。野党の扇動的、揚げ足取り的な議論で終始されては日本の将来はもたない。しかも、反対の論調がばらばらではどうしようもない。
 問題は、中国と北朝鮮の核なのだ。日本が核武装できない以上、アメリカの核に頼らざるを得ない。アメリカの安保タダ乗り批判に対して、日本が核武装することはアメリカが最も恐れていることだ。そうなれば、アジアはアメリカの手には負えない。パワーバランスをいかに維持するかである。この議論が全く欠けている。安部首相は中国の習近平と仲良くしたい。だから思い切ったことがいえない。拉致問題も解決したい。だから、北朝鮮の経済制裁を徹底できない。そこを野党は突かない。いくら沖縄があっても、アメリカは自分たちが直接攻撃されない限りは日本の為には海兵隊を派遣したりはしない。中東のISILに対しても空爆以外手を出せないのだ。アメリカ兵は死者を出せない。若者の死は日本に代わってもらいたい。あの好戦国アメリカですら、第一次大戦ではルシタニア号撃沈、第二次大戦ではパールハーバーが無ければ戦争できなかった。ベトナム戦争はトンキン湾事件、イラク戦争は大量破壊兵器のでっち上げが必要だった。中国や北朝鮮は簡単にゴーサインが出る国だ。野党の国際情勢感覚を聞きたいものだ。

3.憲法違反

 集団的自衛権の憲法問題にせよ、武力攻撃事態法、有事法制関連法等に関して、安倍首相の説明のまずさ、法律論を語る力量など、失敗だったと言える。もともと、安倍首相の姿勢には昔から疑念があったのだから、よほど説明に説得力が無ければ内外の理解は得られなかった。また、これから、戦後70年談話に関しても、謝罪の言葉が無いとすると、中国や韓国との関係改善も危うい。特に、先月、憲法学者の反対がクローズアップされ、国会に招聘された憲法学者
>長谷部恭男さんは衆議院憲法審査会に自民党の参考人として招かれた際、質問に答える形で、「集団的自衛権は違憲」と発言。集団的自衛権の行使
が違憲である旨訴えたことは打撃だった。彼は、憲法第九条を改正して、戦争の出来る国家にしたいという立場で、何も平和を守ろうと言う人ではない。全くの人選ミスであった。彼が何故あのような意見を出したのか。改憲論者にとっては、解釈による憲法骨抜き論によって、憲法改正の機を失ったことに対する憤懣があったに違いない。

4.三頭政治の力量

 安倍政権は麻生、谷垣との三頭政治である。国会答弁は安倍、財務や経済問題は麻生、選挙や党内の調整は谷垣という組み合わせである。国会運営の安倍首相の一角に穴があいた格好なのである。自民党若手(当選1〜2回)議員の勉強会での講師選定ミス、暴言などが結局安倍首相の謝罪も含め、自民党の危うさを露呈した。安倍氏の答弁はかなり官僚が原稿を書いているから足を掬われ難い。しかし、自民党のHPでの談話などになると、突然、思考の甘さが見えてしまう。そんな彼が、微妙な有事法案等11法案を一気に国民に理解させ、国会を通そうという事自体無理なのである。今日、日本の置かれている国際的緊張は対応を誤る事が出来ないし、安保条約の実効性が問われている中で、議論が出来る首相でなければ、国家の方向を誤ることになるだろう。弁護士や官僚など法律論に長けた野党質問者に対してきちんと答弁出来ない。その無能ぶりが露になっている。アメリカにとってみれば、中国との領土紛争は、日本を助けるどころか、漁夫の利を狙えることなのである。日本はF31やオスプレイを買ってくれるし、対中封じ込めに日本を活用できるのだから。そんな大国の思惑を日本は読み取って、野党も議論をしてもらいたい。安部総理ははぐらかす様な答弁が多い。それでは国民の信頼は得られない。法案そのものは結構複雑で、これを国民に正しく理解せよと言っても無理だ。
「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(武力攻撃事態対処法) ・同法施行令・指定公共機関を指定する公示
「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律
(国民保護法) 同法施行令
・国民の保護に関する基本指針
「武力攻撃事態等におけるアメリカ合衆国の軍隊の行動に伴い我が国が実施する措置に関する法律 」
といった内容、これらが11もある法律を子供に分からせるように説明するのは相当な学識が必要だ。詭弁のようなたとえ話では国民は納得しない。参議院での議論がこれまでの繰り返しにならないことを願う。> 

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 集団的自衛権の議論がマスコミを賑わせている。自民党の高村氏はしきりに、昔と戦争の状況は変わった。ミサイルが飛び交う戦争をイメージしている。しかし今日も戦争の悲惨は弱者に襲いかかる。彼らの戦争のイメージは戦闘とか、政治家が扱う部分だけを前提にしているように見える。艦対艦ミサイルが発された時が交戦と見なすと言った規定は結構だが、戦争は様々な形態で始まる。よく使われる口実が自国民の保護、領海領土侵犯、近年はサイバー攻撃もあり得る。事前に反撃に至る方法を準備し難い。その前にスべき事があると言いたい。軍事攻撃の一撃は防御出来ないと見ても良い。それより戦争をどうとらえるかである。戦争とは殺し合いであり、破壊行為である。国家の承認のもとに行なわれる暴力である。これを何も起きていない時に法制化し準備することには抵抗が大きい。安倍首相は何故大戦での日本軍の行為を謝罪しないのか。賠償金を要求されている訳ではないのに。謝罪すると金を取られるのだろうか。日本は戦後賠償は行なって来たが、勿論充分ではない。そこを突かれないようにしているのだろうか。よくわからない。

 団塊の世代である昭和22年生まれは第二次大戦が終結して二年後に生まれた。戦中派が自分の親や叔父叔母の時代で、子供の頃、親類の集まりや、戦中派の教師などの大人達の会話から戦時中の体験を漏れ聞いたりした。自分の両親も戦中派だったが、子供に戦争中のことを敢えて語ろうとしない場合も多い。つらかった時代を忘れようと懸命に働き、高度成長を実現した世代は、辛かった時代を思い出したくない。戦争は不条理な体験を強いる。体験者も整理がつかないこともあるのではないだろうか。

1.父の場合
 自分の父親は戦時中、三井鉱山の社員で、召集も受け、検査の後九段の近衛師団に入営したが結核痕があったので即日帰郷となった。1945年に朝鮮で半年の兵役があっただけで戦地には行かなかった。父の会社には社宅があり、友人宅に遊びにいくと、戦地帰りの方もいて、将校だった人が多かった。短剣や将校用の装具、刀なども持っていて、子供ながらに、何で自分の父親は持っていなかったのか、気になってよく聞いたものだ。その父も朝鮮から引き上げる時には引き揚げ船が沈没しそうな海域を通ったり、友人が帰国直前に病死し、遺体を荼毘に付した時の辛い気持を語ったのは2004年に82歳で亡くなる1年前であった
軍人の勇ましい行進や戦闘シーンの陰に多くの不条理な悲劇が起きていた。ドイツのホロコーストの犯罪も全貌は不明なことが多い。強制収用所のことは歴史的に証拠の多い犯罪であるといわれている。しかし、膨大な事実を前に、ソビブル、ヘウムノ、トレブリンカのことはあまり分っていない。ニュースや映像には載らないむごたらしい話も含めてである。特に、第二次大戦以後も戦火は続き、朝鮮戦争、ベトナム、イランイラク戦争、バルカンの紛争、アフリカの内戦や中東戦争で軍事行動の周辺に何十万人もの市民の犠牲が生まれるようになった。多くの人々の死、離散、生活苦、自由の束縛など悲惨と苦難の時代を戦争は生み出してきた。戦後生まれだが、団塊の世代である自分の記憶にある戦争を描き出してみよう。

2,西南戦争の現実
 日本が明治に入り、10年目に起きたのが西南戦争であった。戊辰戦争の恨みを晴らそうと多くの会津の若者が政府軍に従軍した。気の毒なことに、その戦死者も4割が戦病死だった。当時流行ったコレラに感染したものが多かった。戦場では不衛生、感染症などの病気、寒気、雨や雪も敵である。太平洋戦争でも、実際に戦場で戦死した軍人より、餓死、病死、輸送船の沈没による水死が多かった。亡くなった方々は無念であったろう。戦争では思いがけない死が迎えに来る。
 
3、会社の上司
 自分が会社に入ったとき、人事部長のWさんは中国で終戦を迎えた。彼は杭州付近で駐屯し、中国人の民家で暮らしていた。その家の娘と恋愛関係になり、家族からも信頼されていたが、突然転戦命令が来て、移動となった。中国人の家族は自分の後を追い、1日かけて見送ってくれた。凄惨な話の多い中国だがそんな戦地もあった。ところが、ある日山地を行軍していると、銃声がして皆もの陰に隠れた。突然、斜面にいた自分に向かって石ころのようなものが投げ込まれ、コロコロころがって爆発、手榴弾だった。気がつくと腹から血が出ている。やられた、と思ったが身動きできず担架で病院に運ばれた。何日か治療で寝ていると、部隊が中国から離れ、船で出発して取り残された事が分かった。ついていないと嘆いたが、後にその船はフィリピンに向かい、途中で撃沈され、部隊は全滅した。運が良かったのである。戦場は理不尽がつきものなのである。戦争体験者は運が良かった人々である。

4.剣道部の先輩
 剣道部のS先輩は学徒出陣で出征、情報将校としてミャンマーに赴任することになった。船団を組んで南下、ベトナム沖でアメリカの潜水艦攻撃を受けた。暑い夜だったのでデッキに出ていると僚船が爆発し、沈没。呆然と海を見ると魚雷が自分の船に白い線を引いて向かってくるのが見えた。船長の操船が巧みで次々と回避。魚雷は避けることが出来るとは知らなかったが、夜が明けると残ったのは自分の船だけだった。ベトナムからマレーのポートディクソンで暗号作成の業務に携わった。終戦でフランス軍の捕虜になった。そこで知ったのは、自分たちが苦労して作った暗号は全て解読されていたことだった。愕然としたそうである。
門田隆将氏の「太平洋戦争最後の証言」は既に90歳を超えつつある戦中派の最後の証言を綴ったドキュメンタリー三部作(特攻編、玉砕編、大和沈没篇)である。 九死に一生を得て今日まで生き、戦後活躍された人々の証言集である。しかし、加害者の側に立った兵士の証言や多くの市民の受けた苦しみも語られなければならない。戦場になった土地では弱者に戦争の牙は荒れ狂ったのだ。

5.婦人会のHさん
 教会の婦人会にいたHさんは終戦の時の思い出を語っていた。JR市ヶ谷の駅を出て橋を渡り、外堀を越えて左側に自衛隊の本部がある。ここはかつて大本営のあった所で、三島由紀夫が自殺したり、東京裁判が行われた場所。終戦の数日後、大本営の入り口の前の道に疲れきったご婦人が何やら叫んでいた。自分の子供三人の名前を呼んでいた。戦死したようだったが、建物に向かって三人の子供を返せ!と大声で狂ったように何度もさけんでいたそうである。その声が耳について離れなかった。彼女は大本営の教育部に勤務していた方だったのである。

6.中学時代に見た戦争の名残
 自分は、中学にはいると千葉県の市川市八幡から都心の中学校に通っていた。総武線が新小岩の駅を出て荒川の鉄橋を渡る手前に大きな鐵工所があり、スクラップの鋼材が積んであった。何百という鉄兜が真っ赤に錆びて山のように積まれた光景を毎日見ながら電車から見ていた。そのスクラップは流石に東京オリンピックの頃にはなくなっていたように思う。自分が中学生の頃はまだ戦争が終わって14年しか立っていなかったわけだから、当時の生き残りも多かった訳である。インパールで敗残兵となった生き残りの兵士、中国兵の捕虜の首を刀で切った剣道の達人、満州からの引き上げで、ソ連兵が街に入ってきて機関銃で通行人を蜂の巣のようにして撃ち殺した目撃談、病気の友人を背負って空襲から逃げる中友人に弾が当たって自分は助かった人の話など自分もよく聞いたものだ。団塊の世代にとり、戦争はそう過去ののことではなかった。だからこそ70年安保闘争やベトナム反戦もあれだけ盛り上がったのであろう。戦争の記憶は40年で風化する。戦後70年、歴史に学ばない政治家の傲慢さが怖い。

  

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 韓国の朴槿恵大統領の日韓の歴史認識は独善的で、日本にとっては迷惑だが、彼女にはそれなりの理由があるのだろう。慰安婦問題では国民を煽り、日本を貶めることによって政権の失敗を国民の目からそらそうとしている。これは、あの李 明博(イ・ミョンバク)前大統領が使った手だ。確かに、1965年に戦前の日本の国としての債務は無くなった。そこで、個人請求権はどうかということになった。この部分は国際法上の議論点である。
 当時、日本が尖閣諸島の領有権問題で中国と関係が悪化し、さらに2011年の東日本大震災で苦境にあった時、その弱みに付け込んで竹島に上陸、韓国の実行支配を正当化し、日本攻撃を始めた。これは彼の経済政策の行き詰まりを打開するための人気取り政策とも言われるが、当時、韓国経済はサムソンなどの好調に支えられ、反面、経済の長期低迷と政権の交代で日本は弱りきっていたことに乗じたものであった。政権を受け継いだ朴槿恵大統領は、前大統領の政策とは違う形での日本叩きで韓国人の共感を得なければならなかった。初めての女性大統領であるという重圧もある。そして問題は、彼女が、日韓基本条約を締結した朴大統領の長女であるということである。朴 正煕(パク・チョンヒ)は日本と韓国の国交回復の立役者であり、このときの賠償金を元手に韓国経済は活性化し、今日の姿がある。朴 正煕は1979年10月、暗殺された。彼は、何度も暗殺の難に遭遇したが、彼の夫人をその際誤射によって亡くした。朴槿恵にとっては両親をそうした政治的な事件で失うという悲劇を味わった人である。今でも父親の朴は歴代の大統領で最も人気の高い人物である。
 韓国では、歴代大統領は政権交代後、告訴されたり、全斗煥のように死刑判決まで受けたり、悲惨な結果を迎えた例が多い。日韓基本条約は独裁政権下で、日本の賠償義務は国家間では存在しないことになった。朴槿恵は両親の悲惨な結末や、歴代大統領の退任後の不名誉を考えると、どうしても、日本批判のターゲットが欲しい。父親の締結した条約の韓国人にとっては不備であった個人補償に目をつけた。そこで登場したのが、慰安婦問題であり、また、徴用工の賠償裁判である。朴の方針は一貫しており、この点は彼女の生命の危険も合わせ、守らなければならない点ー建前なのである。親日の父親の背負った「負の遺産」を彼女がかかえているという現政権の宿命を頭に入れて、今後の日韓関係も考えねばならないのである。
 慰安婦問題は日本をターゲットにした国内問題であることは以前からいわれてきたが、その中身を見るべきだ。最近、竹島(独島)問題は殆ど話題にならなくなったことに注目したい。
 日韓条約はクーデターで政権をとった朴の強権的政策の中で行なわれ、民意は無視された。統制的な軍事政権下では民主化などの運動は徹底して弾圧され、人権上問題のある拷問や政治犯の投獄なども行われた。日本との友好姿勢も国内の民族主義者から敵視される背景となった。後に大統領になった全斗煥、盧泰愚らも朴のクーデター支持者として大統領の地位を得たし、金鐘泌らも軍閥が首相などの地位を独占していた。

 日韓基本条約は1965年に締結された日本の韓国に対する莫大な経済協力、韓国の日本に対する一切の請求権の放棄、それらに基づく国交正常化が取り決められた条約であるが、今も、韓国の戦前の債権請求拒否に関する根拠となってきた。韓国人は外交に関しては当時の軍閥政権には反対できる時代ではなかった。最近、韓国高等裁判所が戦時徴用された韓国人の日本企業に対する賠償請求を認めた。戦時、日本が韓国民に多大な苦痛を与えたことは事実であり、そのことについては反省やお詫びをしてきた。しかしこのような話は、1965年の日韓基本条約や請求権協定で最終解決したはずだという日本の理屈は、韓国人にとってなかなか納得できることではないのだろう。しかし、日本は国際法上のルールに従って交渉もしており、その条約の結果韓国経済の今日の発展があるという歴史的事実も韓国側世論は認めようとしていない。
 
 何を言いたいかというと、今の韓国の朴槿恵大統領の頑なな態度は、父親の朴元大統領の偉業から脱して、自己の政策を構築するというより、過去の大統領の悲惨な末路から見ても自分の生存をかけた戦いであり、日本に妥協することは死を意味するのである。彼女にとって、妥協は許されない。1965年当時と比べると、セクハラや女性蔑視の韓国であるにもかかわらず、その反動、その現実を隠すかのごとく、慰安婦という幻影を登場させざるを得なかった。もともと、韓国は男尊女卑の国。1965年当時はもっとひどかったろう。アメリカの韓国人に慰安婦問題において過剰反応する人が多いのは時代の変化を物語っている。朝鮮においても女性の権利の高まりは徐々に訪れている。これは歴史認識の問題という彼らの手に乗ってはいけない。彼らはこれを解決するつもりなど無い。声高に叫ぶことが現政権の生存の道だということだ。だから、彼らの認識を正そうとか、歴史的事実を検証するといったことは全く無駄である。こうした姿勢を正すためには、韓国経済が崩壊して、彼らが日本の支援を欲しがるまで待つしかない。



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 安部政権の平和?有事?軍事法制整備に向けて、積極的平和主義というスローガンと実際には戦闘に参加するリスクが高まり、かつ憲法の精神を逸脱した閣議決定との不整合に鈍感な姿勢の根は何処にあるのか。これはひとえに、内閣内部の歴史観の不一致、安部総理の教養の貧しさ、麻生副総理の歴史認識に起因していることではないだろうか。第二次世界大戦における日本の敗北と広島・長崎への原爆投下は日本の平和国家に向けての再建と、過去への深い反省をもたらした。そもそも、明治維新とは何であったのか。安部晋三首相は長州出身だから、維新の中心であった故郷への誇りをもち、吉田松陰などの世界観の影響を受けているに違いない。維新が薩長の若者たちによって推進されたことは歴史的事実だが、その成功が日本人の力によってのみ成し遂げられたわけではない。英国のロスチャイルドやアメリカのモルガンなどの金融資本が背景にあり、日本を属国にしようと企んでいた。グラバーなどは南北戦争で不要になった武器を日本に持ち込んで大もうけをした。そこを維新の指導者たちは良くわかっていた。特に、キリスト教に関しては、警戒心を怠らず、天皇を中心とした国家神道をもって、日本人が精神的、文化的に支配されないように心がけていた。条約改正というハードルがあり、これを跳ね除けるためには欧米の文化も吸収し、鹿鳴館なども作ったり、ミッションスクールを受け入れざるを得なかった。日露戦争までは、アメリカとイギリスの支援があって初めてアジアの近代国家足りえたのが当時の日本であった。アメリカとイギリスは日本を植民地には出来ないと諦めた。それは極東の島国にそれほど魅力を感じなかったのもあるだろう。アメリカはフィリピンの支配と中国市場に魅力を感じていた。しかし、対ロシアけん制の地政学的価値を認めていた。維新の前1855年にはイギリスはロシアとクリミア戦争で戦っており、ロシアの南進にはデリケートになっていた。ロシアはプチャーチンが日本に開国を求め、通商条約を結んだ。アメリカは南北戦争、ロシアとイギリスはクリミア戦争という19世紀では唯一の戦争が対外政策にも影響した。明治維新が日本人の力によって成し遂げられたかのような歴史認識は間違っている。欧米のバックアップがあったからこそ、薩長は巨大な幕府に打ち勝つことが出来た。明治のリーダーたちはこのことを良くわかっていた。ところが、日露戦争後、思い上がった軍部と政治家が日本の偉大さを強調し、中国や朝鮮を蔑視しはじめた。このあたりから日本は常識を逸脱し、さらにはナチスと手を組むに至った。とにかく、ナチスドイツ、ファシストのイタリアと三国同盟で手を組んでしまったからには当時の人種政策とか、対中国政策では東京裁判で断罪されるほどの内容があったのではないか。日本はヒトラーユーゲントを日本に招待したり、犯罪的な人種政策を知らなかったはずもない。日本も中国では酷いことをしていた。そうした事に反省を込めた歴史認識が今の政権にはあるのだろうか。日本の破滅の原点がとうじの歴史認識にあったということなのである。村山談話で謝っているのだからもう謝らなくてもいいというのは損な態度である。日本の歴史は国際社会の中で位置づけられ、また、意味をもつ。安部政権は戦後70年の日本の成長が日本人独自が成し遂げたとは思っていない。アメリカのお陰で平和も、復興も成し遂げられたと思っている。そこが問題なのだ。だからアメリカの戦争政策に寄り添おうとする。ありゃ、戦前と逆ではないか。そうではない。日本の復興はアメリカの助けもあったが、我が日本国民の必死の努力が大きかったのだ。しかも、平和への強い願いと決意が、東南アジア諸国の共感を得て、軍備に費用をかけることなく、民生経済によって成し遂げた。安部お坊っちゃま政権は、謝ったり、反省することが大嫌い。談話を引き継ぐというより、新しい見解を出そうとしている。反省の無い見解しか期待できないだろう。
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今、中東では特攻自爆がさかんに行われている。これは元祖が日本の特攻である。鹿児島旅行で知覧に行って学ぶことは大事だと思うが、どのような展示が行われているのか心配だ。
特に最近、百田尚樹の永遠のゼロが特攻と愛を表現して喝采を受けている。小説も映画もよい出来だった。しかし、これと歴史認識は別だ。そこでどんな真実が語られるのだろうか。あんなスーパーパイロットは存在しなかったし、戦争後期は全くアメリカには歯が立たなかった。
知覧に行き特攻の悲劇を学ぶというのは大切なことである。しかし、自分が研究した範囲では、とにかく嘘が多く、ドラマ仕立ての話が多い。特に知覧は宣伝がうまいですね。その理由は、海軍が特攻では最も効果を上げ、犠牲も出している。しかし、海軍の鹿屋はあまり話題にならない。その理由は何かである。

陸軍は洋上航法の訓練が出来ていないために、半分は戻ってこざるを得なかった。片道燃料は嘘です。目的地にたどり着くことが出来ない無謀な作戦だったということで、それだけ陸軍は悲惨だった。戻った隊員は、福岡の振武寮という宿舎(福岡女学院)に隠蔽され、つらい生活を強いられ、そこから再度出撃した隊員も多かった。自分の父は三井で赤とんぼという複葉練習機を戦中作っていたが、それが特攻機に使われたことを絶句していた。あんなヨタヨタの飛行機では沖縄には到達できないし、発見されれば即撃墜で死にに行くようなものであった。特攻が志願であったというのは、当時の幹部の責任逃れで、実際は拒否できなかったし、指名もあった。学徒兵は優秀な順に指名されていた。当時の日本人の心情から拒否はできなかった。
海軍はゼロ戦で初期は成功率が高かった。海軍の基地は米軍の爆撃を避け、朝鮮の元山に基地をおき出撃の数日前に鹿屋に着いた。もちろん立ち寄り基地は一箇所ではない。だから鹿屋にはドラマがない。知覧はその意味で脚光を浴びている。航空戦では海軍は合理的だった。陸軍は海軍に負けじと、そんなことも張り合い、失敗ばかり。特攻はとにかく悲劇です。尊い若い命が喪われ、損失ははかりしれない。しかし、実際に礼賛する人もいて、右翼に利用されている。現実は、特攻隊員、特にベテランは怒りをもって出撃した。搭乗時に泣いたり、食事を捨てる人もいたそうである。殆どの隊員が学徒兵で、44年の学徒動員は最初から特攻要員をかき集めることが計画されていた。しかも、立案責任者は戦後、議員になったり、裁かれた形跡が無い。回天も含め、4000人を超える犠牲が出ている無謀な作戦だった。

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