カテゴリ:国際政治( 206 )

 20世紀の世界と日本の歩みをどう考えるか。私たちが20世紀の経験から汲むべき教訓は何か。
 日本は、戦後70年間、20世紀の教訓をふまえて、どのような道を歩んできたのか。特に、戦後日本の平和主義、経済発展、国際貢献をどのように評価するか。
 日本は、戦後70年、米国、豪州、欧州の国々と、また、特に中国、韓国をはじめとするアジアの国々等と、どのような和解の道を歩んできたか。
 20世紀の教訓をふまえて、21世紀のアジアと世界のビジョンをどう描くか。日本はどのような貢献をするべきか。
 戦後70周年に当たって我が国が取るべき具体的施策はどのようなものか。
これから日本がアジア太平洋地域のために、そして世界のために更にどのような貢献を果たしていくべきか、これから日本はどのような国になることを目指すのか、といった点について答申を求めたもの。
この懇談会は安部首相に答申をするが、安部首相がお好みの内容になるようメンバー選定から配慮されており、中国やフィリピンなど戦場になった国々に村山談話を受け継ぐとはいえ、謝罪の内容を望むのは無理と思っていた。日本郵政会長の事なかれ主義者、元東芝会長の西室氏や、国際大学長の北岡氏では、集団的自衛権の拡大解釈を進め、憲法第九条を変える方策を狙っている連中である。戦争で親兄弟を失った方、被爆者、特攻隊生き残りは当然入っていない。懇談会の答申を読むと豈図らんや、謝罪は首相のご判断と逃げてしまっている。予想通りである。問題はお詫びだろうか。過去に村山談話も、小泉もお詫びしている。論点がずれていないか。
 先ずは今も中国とは十分な「和解」はできていない。従って今後も日本は第二次世界大戦の結果に関して批判を受ける可能性を残し、結果として日本が国際社会において孤立する危険性を残している。経済大国になったことを自画自賛である。
 まずアメリカに関しては、新憲法を含む戦後改革とサンフランシスコ講和の精神を受け入れたのかどうか、日本側の態度は判然としないままごまかしてきた。憲法が押し付けであると主張して東京裁判は事後法だから無効だという保守も、憲法を護持すると言いながら米国の政策にことごとく反発してきた左派も、どちらも「米国との真の和解」を考えていない。戦没者の慰霊に関しても、日本の首脳が真珠湾献花をしておらず、米国の首脳が広島献花をしていないという「異常な状況」ではないのか。有識者はこの事を知らないのだろうか。天皇陛下はやっとサイパン、パラオに行ったばかりで、硫黄島には未だに1万以上の遺骨がねむっているというのに。
 欧州に至っては、ドイツと旧連合国はノルマンディーにしても、ドレスデンにしても、アウシュビッツにしても敵味方を越えた共同追悼を行っているが、日本はアジア地域で、そのマネができていないばかりか、欧州戦線におけるような和解や共同追悼への参画を検討する声すらない。何が有識者だろう。無知の集まりで、ヨーロッパの教訓もまなんでいない。お粗末!
 中国と韓国に関しては、国家間の和解はそれぞれ条約によって完了しているが、両国の世論を十分に納得させるような「和解のレベル」には到達ができていない。サンフランシスコ講和条約に今の中国や韓国は参加していない。その時々の政権が「戦前の日本への批判」と「現在の日本への批判」を「ごちゃ混ぜにして求心力に使う」という「禁じ手」を繰り返す。日本は言い訳的論調で、ここを中国はついてくる。お詫びの言葉が無ければ当然批判が出るが、問題は内容である。わが国は戦場になった国々に加害者としての感覚が希薄である。だから、慰安婦の問題や、強制労働補償の問題は繰り返される。この辺りで損切りするつもりで、謝るべきと答申出来ないのか。韓国も中国も金目当てで、ここで謝ったら、キリがなくなる。お粗末な警戒心ではないか。できない理由は何か明らかにしてはいかがか。
webの識者の受けうりだが、共感。
 1.現在の日本人は戦前の日本を代表していない、従って戦前の行為への批判を行うことは日本人にとっては自己卑下にはならないし、海外からの批判も「現在の日本および日本人への批判とはならない」という「厳格なケジメ」を確認し、一歩も譲らないということ。次にいつも夏もなると起きる靖国問題。本当に必要なのは
 2.靖国ではなく追悼という行動をという意見に賛成。真珠湾で、広島で、そしてできれば9月2日に、「戦争終結70周年」を日本を中心にアメリカも中国も欧州も含めた関係国で厳粛な「共同追悼の儀式」として歴史に残るような形でおこなうべき。

 安倍首相による「どのような和解の道を歩んできたのか?」という問いかけへの答えは、「極めて不十分であり、この70周年の年に意識的に和解の作業をしなくてはならない。具体的には日本として戦前と戦後の峻別を行うこと、そして関係国が一同に会しての共同での追悼行事が必要」ということになると思います。安部首相は祖父、岸信介を尊敬している。彼こそ戦前の怪物で、だからあれ程激しく安保反対闘争があった。
そして、戦後70年有識者懇談会答申が昨日7日に提出された。
日本の戦後について、総括的な報告となった。日本の戦後の発展と周辺国、特にアメリカ、韓国、中国について歴史的な見解を述べている。この戦後史は歴史教科書にしたいくらいだ。中学の歴史教師は最初の授業にこれを使って討論し批判し合うべきである。アメリカに対しては随分好意的だ。イラク侵攻に日本も付き合ったが、触れていない。中国については日中戦争で、中国が戦場になった事、民族的差別を行い、ナチスと同調した反省も陳謝も無い。これでは中国はむしろ怒るのではないか。中国は9月に戦勝記念パレードに安部首相にも招待状を出すだろうが、日本が戦ったのは国民党であんたらじゃあない、よと言わなかったのは良かった。中国は自分達を悲惨な目に合わせたのは軍国市議者で日本人民ではないという解釈で日本は中国に対する賠償から免れた。ところが、安部首相はあの軍国主義者であり、満州を差別的に支配し、ナチスと連んだ内閣のエリートで大臣まで務めた岸の孫なのである。孫に罪はない。軍部と民衆と分離した日中友好なのだから安部首相は出席して度量を見せたらいかがか。


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武藤衆院議員が若者の安保法制反対に対して奇妙な持論を展開し、自民党自体も困惑している。安保法制とは安全保障関連法案(安保法案)ー7月16日、衆院本会議で可決された内容とはどんな法案なのか。
法案は、新しくつくられる「国際平和支援法案」と、自衛隊法改正案など10の法律の改正案を一つにまとめた「平和安全法制整備法案」からなる。
•集団的自衛権を認める
•自衛隊の活動範囲や、使用できる武器を拡大する
•有事の際に自衛隊を派遣するまでの国会議論の時間を短縮する
•在外邦人救出や米艦防護を可能になる
•武器使用基準を緩和
•上官に反抗した場合の処罰規定を追加
•後方支援
などで、これまで日本が湾岸戦争、イラク戦争、カンボジャやスーダンなど自衛隊の派遣で自衛官が法的制約のために危険にさらされたり、国際評価を得られなかった反省に基づき立法されるものと、アメリカとの集団的自衛権容認の閣議決定とがラップし、戦争法案と野党から批判を浴びている。アメリカの軍事戦略に組み込まれるから戦争法案だといっている。こんなことは今に始まったことではないのに、このデマにまんまと乗ったのが、SEALsである。野党やマスコミにしてみれば格好の炎上材料である。こうした挑発に乗りやすい発言をこの武藤議員は無防備にも、参議院で審議中に発信するという政治感覚の無さにはあきれるばかりだ。しかも、さらに持論として、基本的人権の尊重を批判し、これまで安保法制が憲法違反という専門家からの批判に防戦一方の与党にいながら、自民党若手議員の百田尚樹講演事件に続くオウンゴールを演じているのだから、どうしようもない。世論に敏感であるべき国会議員にこれほKYが沢山いたとは驚きである。いい加減な連中が多数である自民党の主導で日本の国防の基本が決められて良いのかと思う。そもそも、昨年の集団的自衛権の閣議決定に関してはアメリカからも何も急がなくてもよいといったアドバイスがあった。アメリカにしてみれば、とにかく普天間の辺野古移転に集中してくれればいいのである。今回の安保法制はむしろ国連憲章に基づく国際貢献の徹底から論じたほうが論理的には受け入れやすい。それを憲法改正しなくても済むという誘惑に駆られ、ナチスの手法を研究した政権幹部の思いつきで全く混迷が予測される方向を取ってしまった。安部政権の歴史認識や議論の甘さが露呈したものである。与党多数という優位に甘えて暴走したことの付けが来ているのだ。祖父の岸元首相をこよなく尊敬する安部首相は同じように辞任でけりをつけてはいかがだろうか。

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 今回、安保法案の委員会通過は日本の民主主義の危機である。それは、憲法違反だけではない。採決時のプラカードを持った反対行動は誰の発案かわからないが、組織的に行なわれており、何が狙いなのか。マスコミを意識し、国民運動に持ち込もうというのだろう。あれには広告代理店とか、マスコミの知恵が見え隠れする。彼らのプラカードは皆テレビカメラの方に向いていた。かつて、80年前、日本のマスコミは戦争報道に好戦的記事を作り続けた。これによって、大いに利益を上げた。彼らは混乱こそネタなのである。昨日の党首インタビューは首相の話の5倍くらい反対意見が揃い、論調も反対ムードをあおる口調だった。世論に火をつけて大騒動にすれば新聞も、視聴率も上がるという見えみえの手口である。違憲の議論は今始まったことではない。昨年から議論していたことではないか。戦争法案反対という言葉を外国人、特に、中国が見たら、中国人は日本は自分たちを攻める準備をしているだろうと思う。
 衆議院での論点は「朝鮮半島有事」「ホルムズ海峡での機雷掃海」「シーレーンでの後方支援」「離党防衛」である。スプラタリー諸島の中国による領海侵犯、離島防衛と個別の議論もあったのだが、野党の追及も首相の答弁もかみ合っていなかった。報道では首相のあいまいな説明しか印象に残っていない。

2.中国は戦争一歩手前までいっていた。

  尖閣諸島問題がピークになったときは中国は本気で武力衝突も辞さない構えだったのだ。自分のいる大学には中国人留学生が50人ほどいるが、当時、故郷では戦争の懸念が高まり、心配の声が出て、彼らは日本が全くその状態ではないことを説明したら、とても驚いたくらいだ。恐ろしい事態があったのに安部首相は軍事情勢の厳しさを訴えることが何故「厳しい」としか言えないのか。北朝鮮の核開発は進み、拉致問題は解決の兆しが無い。首相の答弁を中継で聞くような閑人は少ない。国会の答弁も断片的にしかマスコミは報道しない。マスコミのコントロールで安部首相の都合の良いところが強調される風潮なのだが。中国は国民をでたらめな情報によって煽り、戦争に向かっていた。彼らは簡単に戦争が出来る国なのだ。周辺にこれだけ危険な状況があって、これにどう対処するのか。もっと根幹のところで議論が無ければ保守層からも不信感は増すだろう。実際、あの石破氏も批判派である。野党の扇動的、揚げ足取り的な議論で終始されては日本の将来はもたない。しかも、反対の論調がばらばらではどうしようもない。
 問題は、中国と北朝鮮の核なのだ。日本が核武装できない以上、アメリカの核に頼らざるを得ない。アメリカの安保タダ乗り批判に対して、日本が核武装することはアメリカが最も恐れていることだ。そうなれば、アジアはアメリカの手には負えない。パワーバランスをいかに維持するかである。この議論が全く欠けている。安部首相は中国の習近平と仲良くしたい。だから思い切ったことがいえない。拉致問題も解決したい。だから、北朝鮮の経済制裁を徹底できない。そこを野党は突かない。いくら沖縄があっても、アメリカは自分たちが直接攻撃されない限りは日本の為には海兵隊を派遣したりはしない。中東のISILに対しても空爆以外手を出せないのだ。アメリカ兵は死者を出せない。若者の死は日本に代わってもらいたい。あの好戦国アメリカですら、第一次大戦ではルシタニア号撃沈、第二次大戦ではパールハーバーが無ければ戦争できなかった。ベトナム戦争はトンキン湾事件、イラク戦争は大量破壊兵器のでっち上げが必要だった。中国や北朝鮮は簡単にゴーサインが出る国だ。野党の国際情勢感覚を聞きたいものだ。

3.憲法違反

 集団的自衛権の憲法問題にせよ、武力攻撃事態法、有事法制関連法等に関して、安倍首相の説明のまずさ、法律論を語る力量など、失敗だったと言える。もともと、安倍首相の姿勢には昔から疑念があったのだから、よほど説明に説得力が無ければ内外の理解は得られなかった。また、これから、戦後70年談話に関しても、謝罪の言葉が無いとすると、中国や韓国との関係改善も危うい。特に、先月、憲法学者の反対がクローズアップされ、国会に招聘された憲法学者
>長谷部恭男さんは衆議院憲法審査会に自民党の参考人として招かれた際、質問に答える形で、「集団的自衛権は違憲」と発言。集団的自衛権の行使
が違憲である旨訴えたことは打撃だった。彼は、憲法第九条を改正して、戦争の出来る国家にしたいという立場で、何も平和を守ろうと言う人ではない。全くの人選ミスであった。彼が何故あのような意見を出したのか。改憲論者にとっては、解釈による憲法骨抜き論によって、憲法改正の機を失ったことに対する憤懣があったに違いない。

4.三頭政治の力量

 安倍政権は麻生、谷垣との三頭政治である。国会答弁は安倍、財務や経済問題は麻生、選挙や党内の調整は谷垣という組み合わせである。国会運営の安倍首相の一角に穴があいた格好なのである。自民党若手(当選1〜2回)議員の勉強会での講師選定ミス、暴言などが結局安倍首相の謝罪も含め、自民党の危うさを露呈した。安倍氏の答弁はかなり官僚が原稿を書いているから足を掬われ難い。しかし、自民党のHPでの談話などになると、突然、思考の甘さが見えてしまう。そんな彼が、微妙な有事法案等11法案を一気に国民に理解させ、国会を通そうという事自体無理なのである。今日、日本の置かれている国際的緊張は対応を誤る事が出来ないし、安保条約の実効性が問われている中で、議論が出来る首相でなければ、国家の方向を誤ることになるだろう。弁護士や官僚など法律論に長けた野党質問者に対してきちんと答弁出来ない。その無能ぶりが露になっている。アメリカにとってみれば、中国との領土紛争は、日本を助けるどころか、漁夫の利を狙えることなのである。日本はF31やオスプレイを買ってくれるし、対中封じ込めに日本を活用できるのだから。そんな大国の思惑を日本は読み取って、野党も議論をしてもらいたい。安部総理ははぐらかす様な答弁が多い。それでは国民の信頼は得られない。法案そのものは結構複雑で、これを国民に正しく理解せよと言っても無理だ。
「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(武力攻撃事態対処法) ・同法施行令・指定公共機関を指定する公示
「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律
(国民保護法) 同法施行令
・国民の保護に関する基本指針
「武力攻撃事態等におけるアメリカ合衆国の軍隊の行動に伴い我が国が実施する措置に関する法律 」
といった内容、これらが11もある法律を子供に分からせるように説明するのは相当な学識が必要だ。詭弁のようなたとえ話では国民は納得しない。参議院での議論がこれまでの繰り返しにならないことを願う。> 

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 集団的自衛権の議論がマスコミを賑わせている。自民党の高村氏はしきりに、昔と戦争の状況は変わった。ミサイルが飛び交う戦争をイメージしている。しかし今日も戦争の悲惨は弱者に襲いかかる。彼らの戦争のイメージは戦闘とか、政治家が扱う部分だけを前提にしているように見える。艦対艦ミサイルが発された時が交戦と見なすと言った規定は結構だが、戦争は様々な形態で始まる。よく使われる口実が自国民の保護、領海領土侵犯、近年はサイバー攻撃もあり得る。事前に反撃に至る方法を準備し難い。その前にスべき事があると言いたい。軍事攻撃の一撃は防御出来ないと見ても良い。それより戦争をどうとらえるかである。戦争とは殺し合いであり、破壊行為である。国家の承認のもとに行なわれる暴力である。これを何も起きていない時に法制化し準備することには抵抗が大きい。安倍首相は何故大戦での日本軍の行為を謝罪しないのか。賠償金を要求されている訳ではないのに。謝罪すると金を取られるのだろうか。日本は戦後賠償は行なって来たが、勿論充分ではない。そこを突かれないようにしているのだろうか。よくわからない。

 団塊の世代である昭和22年生まれは第二次大戦が終結して二年後に生まれた。戦中派が自分の親や叔父叔母の時代で、子供の頃、親類の集まりや、戦中派の教師などの大人達の会話から戦時中の体験を漏れ聞いたりした。自分の両親も戦中派だったが、子供に戦争中のことを敢えて語ろうとしない場合も多い。つらかった時代を忘れようと懸命に働き、高度成長を実現した世代は、辛かった時代を思い出したくない。戦争は不条理な体験を強いる。体験者も整理がつかないこともあるのではないだろうか。

1.父の場合
 自分の父親は戦時中、三井鉱山の社員で、召集も受け、検査の後九段の近衛師団に入営したが結核痕があったので即日帰郷となった。1945年に朝鮮で半年の兵役があっただけで戦地には行かなかった。父の会社には社宅があり、友人宅に遊びにいくと、戦地帰りの方もいて、将校だった人が多かった。短剣や将校用の装具、刀なども持っていて、子供ながらに、何で自分の父親は持っていなかったのか、気になってよく聞いたものだ。その父も朝鮮から引き上げる時には引き揚げ船が沈没しそうな海域を通ったり、友人が帰国直前に病死し、遺体を荼毘に付した時の辛い気持を語ったのは2004年に82歳で亡くなる1年前であった
軍人の勇ましい行進や戦闘シーンの陰に多くの不条理な悲劇が起きていた。ドイツのホロコーストの犯罪も全貌は不明なことが多い。強制収用所のことは歴史的に証拠の多い犯罪であるといわれている。しかし、膨大な事実を前に、ソビブル、ヘウムノ、トレブリンカのことはあまり分っていない。ニュースや映像には載らないむごたらしい話も含めてである。特に、第二次大戦以後も戦火は続き、朝鮮戦争、ベトナム、イランイラク戦争、バルカンの紛争、アフリカの内戦や中東戦争で軍事行動の周辺に何十万人もの市民の犠牲が生まれるようになった。多くの人々の死、離散、生活苦、自由の束縛など悲惨と苦難の時代を戦争は生み出してきた。戦後生まれだが、団塊の世代である自分の記憶にある戦争を描き出してみよう。

2,西南戦争の現実
 日本が明治に入り、10年目に起きたのが西南戦争であった。戊辰戦争の恨みを晴らそうと多くの会津の若者が政府軍に従軍した。気の毒なことに、その戦死者も4割が戦病死だった。当時流行ったコレラに感染したものが多かった。戦場では不衛生、感染症などの病気、寒気、雨や雪も敵である。太平洋戦争でも、実際に戦場で戦死した軍人より、餓死、病死、輸送船の沈没による水死が多かった。亡くなった方々は無念であったろう。戦争では思いがけない死が迎えに来る。
 
3、会社の上司
 自分が会社に入ったとき、人事部長のWさんは中国で終戦を迎えた。彼は杭州付近で駐屯し、中国人の民家で暮らしていた。その家の娘と恋愛関係になり、家族からも信頼されていたが、突然転戦命令が来て、移動となった。中国人の家族は自分の後を追い、1日かけて見送ってくれた。凄惨な話の多い中国だがそんな戦地もあった。ところが、ある日山地を行軍していると、銃声がして皆もの陰に隠れた。突然、斜面にいた自分に向かって石ころのようなものが投げ込まれ、コロコロころがって爆発、手榴弾だった。気がつくと腹から血が出ている。やられた、と思ったが身動きできず担架で病院に運ばれた。何日か治療で寝ていると、部隊が中国から離れ、船で出発して取り残された事が分かった。ついていないと嘆いたが、後にその船はフィリピンに向かい、途中で撃沈され、部隊は全滅した。運が良かったのである。戦場は理不尽がつきものなのである。戦争体験者は運が良かった人々である。

4.剣道部の先輩
 剣道部のS先輩は学徒出陣で出征、情報将校としてミャンマーに赴任することになった。船団を組んで南下、ベトナム沖でアメリカの潜水艦攻撃を受けた。暑い夜だったのでデッキに出ていると僚船が爆発し、沈没。呆然と海を見ると魚雷が自分の船に白い線を引いて向かってくるのが見えた。船長の操船が巧みで次々と回避。魚雷は避けることが出来るとは知らなかったが、夜が明けると残ったのは自分の船だけだった。ベトナムからマレーのポートディクソンで暗号作成の業務に携わった。終戦でフランス軍の捕虜になった。そこで知ったのは、自分たちが苦労して作った暗号は全て解読されていたことだった。愕然としたそうである。
門田隆将氏の「太平洋戦争最後の証言」は既に90歳を超えつつある戦中派の最後の証言を綴ったドキュメンタリー三部作(特攻編、玉砕編、大和沈没篇)である。 九死に一生を得て今日まで生き、戦後活躍された人々の証言集である。しかし、加害者の側に立った兵士の証言や多くの市民の受けた苦しみも語られなければならない。戦場になった土地では弱者に戦争の牙は荒れ狂ったのだ。

5.婦人会のHさん
 教会の婦人会にいたHさんは終戦の時の思い出を語っていた。JR市ヶ谷の駅を出て橋を渡り、外堀を越えて左側に自衛隊の本部がある。ここはかつて大本営のあった所で、三島由紀夫が自殺したり、東京裁判が行われた場所。終戦の数日後、大本営の入り口の前の道に疲れきったご婦人が何やら叫んでいた。自分の子供三人の名前を呼んでいた。戦死したようだったが、建物に向かって三人の子供を返せ!と大声で狂ったように何度もさけんでいたそうである。その声が耳について離れなかった。彼女は大本営の教育部に勤務していた方だったのである。

6.中学時代に見た戦争の名残
 自分は、中学にはいると千葉県の市川市八幡から都心の中学校に通っていた。総武線が新小岩の駅を出て荒川の鉄橋を渡る手前に大きな鐵工所があり、スクラップの鋼材が積んであった。何百という鉄兜が真っ赤に錆びて山のように積まれた光景を毎日見ながら電車から見ていた。そのスクラップは流石に東京オリンピックの頃にはなくなっていたように思う。自分が中学生の頃はまだ戦争が終わって14年しか立っていなかったわけだから、当時の生き残りも多かった訳である。インパールで敗残兵となった生き残りの兵士、中国兵の捕虜の首を刀で切った剣道の達人、満州からの引き上げで、ソ連兵が街に入ってきて機関銃で通行人を蜂の巣のようにして撃ち殺した目撃談、病気の友人を背負って空襲から逃げる中友人に弾が当たって自分は助かった人の話など自分もよく聞いたものだ。団塊の世代にとり、戦争はそう過去ののことではなかった。だからこそ70年安保闘争やベトナム反戦もあれだけ盛り上がったのであろう。戦争の記憶は40年で風化する。戦後70年、歴史に学ばない政治家の傲慢さが怖い。

  

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 韓国の朴槿恵大統領の日韓の歴史認識は独善的で、日本にとっては迷惑だが、彼女にはそれなりの理由があるのだろう。慰安婦問題では国民を煽り、日本を貶めることによって政権の失敗を国民の目からそらそうとしている。これは、あの李 明博(イ・ミョンバク)前大統領が使った手だ。確かに、1965年に戦前の日本の国としての債務は無くなった。そこで、個人請求権はどうかということになった。この部分は国際法上の議論点である。
 当時、日本が尖閣諸島の領有権問題で中国と関係が悪化し、さらに2011年の東日本大震災で苦境にあった時、その弱みに付け込んで竹島に上陸、韓国の実行支配を正当化し、日本攻撃を始めた。これは彼の経済政策の行き詰まりを打開するための人気取り政策とも言われるが、当時、韓国経済はサムソンなどの好調に支えられ、反面、経済の長期低迷と政権の交代で日本は弱りきっていたことに乗じたものであった。政権を受け継いだ朴槿恵大統領は、前大統領の政策とは違う形での日本叩きで韓国人の共感を得なければならなかった。初めての女性大統領であるという重圧もある。そして問題は、彼女が、日韓基本条約を締結した朴大統領の長女であるということである。朴 正煕(パク・チョンヒ)は日本と韓国の国交回復の立役者であり、このときの賠償金を元手に韓国経済は活性化し、今日の姿がある。朴 正煕は1979年10月、暗殺された。彼は、何度も暗殺の難に遭遇したが、彼の夫人をその際誤射によって亡くした。朴槿恵にとっては両親をそうした政治的な事件で失うという悲劇を味わった人である。今でも父親の朴は歴代の大統領で最も人気の高い人物である。
 韓国では、歴代大統領は政権交代後、告訴されたり、全斗煥のように死刑判決まで受けたり、悲惨な結果を迎えた例が多い。日韓基本条約は独裁政権下で、日本の賠償義務は国家間では存在しないことになった。朴槿恵は両親の悲惨な結末や、歴代大統領の退任後の不名誉を考えると、どうしても、日本批判のターゲットが欲しい。父親の締結した条約の韓国人にとっては不備であった個人補償に目をつけた。そこで登場したのが、慰安婦問題であり、また、徴用工の賠償裁判である。朴の方針は一貫しており、この点は彼女の生命の危険も合わせ、守らなければならない点ー建前なのである。親日の父親の背負った「負の遺産」を彼女がかかえているという現政権の宿命を頭に入れて、今後の日韓関係も考えねばならないのである。
 慰安婦問題は日本をターゲットにした国内問題であることは以前からいわれてきたが、その中身を見るべきだ。最近、竹島(独島)問題は殆ど話題にならなくなったことに注目したい。
 日韓条約はクーデターで政権をとった朴の強権的政策の中で行なわれ、民意は無視された。統制的な軍事政権下では民主化などの運動は徹底して弾圧され、人権上問題のある拷問や政治犯の投獄なども行われた。日本との友好姿勢も国内の民族主義者から敵視される背景となった。後に大統領になった全斗煥、盧泰愚らも朴のクーデター支持者として大統領の地位を得たし、金鐘泌らも軍閥が首相などの地位を独占していた。

 日韓基本条約は1965年に締結された日本の韓国に対する莫大な経済協力、韓国の日本に対する一切の請求権の放棄、それらに基づく国交正常化が取り決められた条約であるが、今も、韓国の戦前の債権請求拒否に関する根拠となってきた。韓国人は外交に関しては当時の軍閥政権には反対できる時代ではなかった。最近、韓国高等裁判所が戦時徴用された韓国人の日本企業に対する賠償請求を認めた。戦時、日本が韓国民に多大な苦痛を与えたことは事実であり、そのことについては反省やお詫びをしてきた。しかしこのような話は、1965年の日韓基本条約や請求権協定で最終解決したはずだという日本の理屈は、韓国人にとってなかなか納得できることではないのだろう。しかし、日本は国際法上のルールに従って交渉もしており、その条約の結果韓国経済の今日の発展があるという歴史的事実も韓国側世論は認めようとしていない。
 
 何を言いたいかというと、今の韓国の朴槿恵大統領の頑なな態度は、父親の朴元大統領の偉業から脱して、自己の政策を構築するというより、過去の大統領の悲惨な末路から見ても自分の生存をかけた戦いであり、日本に妥協することは死を意味するのである。彼女にとって、妥協は許されない。1965年当時と比べると、セクハラや女性蔑視の韓国であるにもかかわらず、その反動、その現実を隠すかのごとく、慰安婦という幻影を登場させざるを得なかった。もともと、韓国は男尊女卑の国。1965年当時はもっとひどかったろう。アメリカの韓国人に慰安婦問題において過剰反応する人が多いのは時代の変化を物語っている。朝鮮においても女性の権利の高まりは徐々に訪れている。これは歴史認識の問題という彼らの手に乗ってはいけない。彼らはこれを解決するつもりなど無い。声高に叫ぶことが現政権の生存の道だということだ。だから、彼らの認識を正そうとか、歴史的事実を検証するといったことは全く無駄である。こうした姿勢を正すためには、韓国経済が崩壊して、彼らが日本の支援を欲しがるまで待つしかない。



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 安部政権の平和?有事?軍事法制整備に向けて、積極的平和主義というスローガンと実際には戦闘に参加するリスクが高まり、かつ憲法の精神を逸脱した閣議決定との不整合に鈍感な姿勢の根は何処にあるのか。これはひとえに、内閣内部の歴史観の不一致、安部総理の教養の貧しさ、麻生副総理の歴史認識に起因していることではないだろうか。第二次世界大戦における日本の敗北と広島・長崎への原爆投下は日本の平和国家に向けての再建と、過去への深い反省をもたらした。そもそも、明治維新とは何であったのか。安部晋三首相は長州出身だから、維新の中心であった故郷への誇りをもち、吉田松陰などの世界観の影響を受けているに違いない。維新が薩長の若者たちによって推進されたことは歴史的事実だが、その成功が日本人の力によってのみ成し遂げられたわけではない。英国のロスチャイルドやアメリカのモルガンなどの金融資本が背景にあり、日本を属国にしようと企んでいた。グラバーなどは南北戦争で不要になった武器を日本に持ち込んで大もうけをした。そこを維新の指導者たちは良くわかっていた。特に、キリスト教に関しては、警戒心を怠らず、天皇を中心とした国家神道をもって、日本人が精神的、文化的に支配されないように心がけていた。条約改正というハードルがあり、これを跳ね除けるためには欧米の文化も吸収し、鹿鳴館なども作ったり、ミッションスクールを受け入れざるを得なかった。日露戦争までは、アメリカとイギリスの支援があって初めてアジアの近代国家足りえたのが当時の日本であった。アメリカとイギリスは日本を植民地には出来ないと諦めた。それは極東の島国にそれほど魅力を感じなかったのもあるだろう。アメリカはフィリピンの支配と中国市場に魅力を感じていた。しかし、対ロシアけん制の地政学的価値を認めていた。維新の前1855年にはイギリスはロシアとクリミア戦争で戦っており、ロシアの南進にはデリケートになっていた。ロシアはプチャーチンが日本に開国を求め、通商条約を結んだ。アメリカは南北戦争、ロシアとイギリスはクリミア戦争という19世紀では唯一の戦争が対外政策にも影響した。明治維新が日本人の力によって成し遂げられたかのような歴史認識は間違っている。欧米のバックアップがあったからこそ、薩長は巨大な幕府に打ち勝つことが出来た。明治のリーダーたちはこのことを良くわかっていた。ところが、日露戦争後、思い上がった軍部と政治家が日本の偉大さを強調し、中国や朝鮮を蔑視しはじめた。このあたりから日本は常識を逸脱し、さらにはナチスと手を組むに至った。とにかく、ナチスドイツ、ファシストのイタリアと三国同盟で手を組んでしまったからには当時の人種政策とか、対中国政策では東京裁判で断罪されるほどの内容があったのではないか。日本はヒトラーユーゲントを日本に招待したり、犯罪的な人種政策を知らなかったはずもない。日本も中国では酷いことをしていた。そうした事に反省を込めた歴史認識が今の政権にはあるのだろうか。日本の破滅の原点がとうじの歴史認識にあったということなのである。村山談話で謝っているのだからもう謝らなくてもいいというのは損な態度である。日本の歴史は国際社会の中で位置づけられ、また、意味をもつ。安部政権は戦後70年の日本の成長が日本人独自が成し遂げたとは思っていない。アメリカのお陰で平和も、復興も成し遂げられたと思っている。そこが問題なのだ。だからアメリカの戦争政策に寄り添おうとする。ありゃ、戦前と逆ではないか。そうではない。日本の復興はアメリカの助けもあったが、我が日本国民の必死の努力が大きかったのだ。しかも、平和への強い願いと決意が、東南アジア諸国の共感を得て、軍備に費用をかけることなく、民生経済によって成し遂げた。安部お坊っちゃま政権は、謝ったり、反省することが大嫌い。談話を引き継ぐというより、新しい見解を出そうとしている。反省の無い見解しか期待できないだろう。
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今、中東では特攻自爆がさかんに行われている。これは元祖が日本の特攻である。鹿児島旅行で知覧に行って学ぶことは大事だと思うが、どのような展示が行われているのか心配だ。
特に最近、百田尚樹の永遠のゼロが特攻と愛を表現して喝采を受けている。小説も映画もよい出来だった。しかし、これと歴史認識は別だ。そこでどんな真実が語られるのだろうか。あんなスーパーパイロットは存在しなかったし、戦争後期は全くアメリカには歯が立たなかった。
知覧に行き特攻の悲劇を学ぶというのは大切なことである。しかし、自分が研究した範囲では、とにかく嘘が多く、ドラマ仕立ての話が多い。特に知覧は宣伝がうまいですね。その理由は、海軍が特攻では最も効果を上げ、犠牲も出している。しかし、海軍の鹿屋はあまり話題にならない。その理由は何かである。

陸軍は洋上航法の訓練が出来ていないために、半分は戻ってこざるを得なかった。片道燃料は嘘です。目的地にたどり着くことが出来ない無謀な作戦だったということで、それだけ陸軍は悲惨だった。戻った隊員は、福岡の振武寮という宿舎(福岡女学院)に隠蔽され、つらい生活を強いられ、そこから再度出撃した隊員も多かった。自分の父は三井で赤とんぼという複葉練習機を戦中作っていたが、それが特攻機に使われたことを絶句していた。あんなヨタヨタの飛行機では沖縄には到達できないし、発見されれば即撃墜で死にに行くようなものであった。特攻が志願であったというのは、当時の幹部の責任逃れで、実際は拒否できなかったし、指名もあった。学徒兵は優秀な順に指名されていた。当時の日本人の心情から拒否はできなかった。
海軍はゼロ戦で初期は成功率が高かった。海軍の基地は米軍の爆撃を避け、朝鮮の元山に基地をおき出撃の数日前に鹿屋に着いた。もちろん立ち寄り基地は一箇所ではない。だから鹿屋にはドラマがない。知覧はその意味で脚光を浴びている。航空戦では海軍は合理的だった。陸軍は海軍に負けじと、そんなことも張り合い、失敗ばかり。特攻はとにかく悲劇です。尊い若い命が喪われ、損失ははかりしれない。しかし、実際に礼賛する人もいて、右翼に利用されている。現実は、特攻隊員、特にベテランは怒りをもって出撃した。搭乗時に泣いたり、食事を捨てる人もいたそうである。殆どの隊員が学徒兵で、44年の学徒動員は最初から特攻要員をかき集めることが計画されていた。しかも、立案責任者は戦後、議員になったり、裁かれた形跡が無い。回天も含め、4000人を超える犠牲が出ている無謀な作戦だった。

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クルド人女性兵士とISIL


 

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トルコとの国境にある都市コバニがISILによって包囲され、90%が支配されようとした。この地域はクルド人が多く、シーア派の彼らはスンニーのISILから敵視されてきた。昨年の10月以降形成は逆転。今年の1月にクルド人の軍事勢力YPGによって奪還された。この戦いの状況を分析すると次のISIL壊滅に向けての手がかりが得られるかも知れない。イスラエルには昔から女性兵士が徴兵されていたが、これは必ずしも人員不足が理由ではなく、アラブ人は女性兵士との戦闘を嫌うことからきている。
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ISILの戦闘員は死を恐れぬ勇敢な攻撃でこれまでイラクやシリア政府軍と戦ってきたが、信念だけで強いわけではない、イラク軍やアメリカの捕獲兵器はじめ、戦力の予測が付かない中、戦闘員も麻薬を使ったり、逃亡兵を処刑、恐怖で支配した結果でもある。イラク軍はとにかく、マリキ政権には全く忠誠心が無かった。ISILに攻撃されれば司令官が真っ先に逃げ、自分達の兵器を破壊もせずに放棄してしまう。兵士は司令官が逃げるのに何で戦う必要があるのかと戦意喪失。アメリカが供与したM1エイブラム戦車まで取られてしまった。ティクリート攻防戦では流石に変わったようだが、とにかく、形勢不利となると情けない状態に陥るようだ。
 これに対して、コバニのクルド人達は約10万人が街を脱出し、トルコに難民として受け入れられた。クルド人達は民兵としてコバニ奪還のために戦い、アメリカも空爆で支援をし、一日に6回を越える空爆を行った。特に、女性兵士達の貢献が大きかった。主力はペシュメルガ(クルド自治区の治安部隊20万人)であるが、彼らはイラクからの独立を目指しており、自治区の人口も800万人を超える。

 クルド人はイランからトルコ、イラク、シリアにわたり、4000万人がいるが、国を持たない。彼らは、不思議なことに石油の取れる所に多い。おそらく、緑の多い、オアシスには住めず、石油やガスの噴出する荒地に追いやられた結果だろう。それが、逆転した。イラクのキルキークなどにも多い。クルドYPG兵士は14,000人ほどだが、その40%が18〜20才の女性兵士であり、彼女達の勇敢な戦いは戦闘の結果に大きく貢献した。その理由は、イスラム原理主義では女性の地位は低く、常に保護されるべきもので、黒い衣を着ている姿が見られる。彼女達が戦闘に参加することは考えられない。それどころか、彼らに撃たれて死ぬことは地獄に堕ちることも意味する。そこでISILの兵士は彼女達と対峙することを嫌うのだそうだ。そこをアメリカなどは利用し、武器を供与して軍事訓練をして前線に立たせている。山岳地帯に住むクルド人達の女性の地位は決して低くない。かれらにとって、女性は命の源なのだそうだ。

 ISILからのイラク諸都市の解放は将来、これまで国を持たなかったクルド人達の独立も後押しすることになるかもしれない。彼女達の貢献がISILからのイラク、シリアの解放をもたらしたという功績を認めざるを得ない状況になれば、クルド人国家の成立がこの数年のうちにあるかもしれない。アメリカにしてみれば、ISILに油田を支配されるよりは、もともと、彼らの地である場所の石油は彼らに支配させ、イラクをクルド地区と政治が機能しないイラクと分離した方がましなのかもしれない。クルド人は世界史上、多くの役割を演じてきた。一説によるとモーゼもクルド人ではないかといわれている。あるいは、十字軍と戦い勝利した、名将サラディーンもクルド人であった。

  
 

イラン、イラク、アフガニスタン、イスラエル、コーカサスと冷戦構造終焉後、大きな変化を余儀なくされた。アメリカの石油戦略と覇権、ロシアの後退と民族対立と、21世紀の動乱の目玉となる情勢である。昨年末のイスラエルガザ攻撃、グルジアの北オセチア紛争、米軍のイラク撤退からアフガニスタン増派、パキスタンの北部での戦闘など、この地域は不安定度と混乱を増している。6月にはイランの大統領選挙後の混乱とアフガニスタンでのテロ下での選挙等波乱は続いている。このことは日本とどんな関係があるのだろうか。昨年の石油騒動も忘れかけた今日、1974年の第4次中東戦争でのオイルショック混乱から、全てつながっているこれらの地域情勢を学びたい。アメリカのオバマ大統領から遡って、ブッシュ、クリントン、ブッシュ、レーガンと何を残して来たのだろうか。


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ならず者にはかなわない

 ISILの蛮行に先進諸国は呆然とするのみ。やっとイラク軍がスンナイ派の中心ティクリートを制圧したとの報道があるが、結局はモグラたたきのようになってしまうかもしれない。捕虜の首を刎ねたり、焼き殺したり、さらし者にして処刑するなど、こんな蛮行が現代に許されるのか、国際的な憤りをわざとネタにして宣伝する連中に、欧米、日本などの先進国は唖然とするばかり。そうこうしているうちに、ウクライナではヒトラー並の手口でプーチンがクリミア半島を奪い、ウクライナを窮地に陥れ、ロシアは全く反省の色が無い。これは、ナチスの台頭以来の世界史の転換(後退?)かもしれない。文明は常に発展し、よい方に向かうという楽観主義の限界が見える。ボコハラム、エボラ出血熱、中国のチベットやウイグル迫害、ロシアの横暴、ギリシャの無茶苦茶な政治経済など、20世紀に生まれた、民族自決、民主主義、科学技術の進歩、さらに国民国家の成立といった多くの人類の財産が破壊されて行く時代に来たのかもしれない。ロシアとアメリカ、中国の3極が新帝国主義を形成し、力の支配を頼りに世界中に混乱と悲惨をまき散らす時代が来るのだろうか。
 自分は必ずしもそうは思わない。逆に世界は今、内向化している。パックスアメリカーナの終焉、ユニバーサリズム、グローバリズムも先が無い。その結果がわが国で言えば、象徴的に円安、海外留学生の減少、海外からの観光客増であり、軍事体制の強化である。TPPが難航するのもその反映であろう。ロシアもルーブル安、日本も円安、ドルは対外戦争を避ける限り、基軸通貨としての安定性を維持出来る。アメリカも、ロシア、中国も、いざ自国の課題解決、特に、中国は汚職と富の格差解消に向けて注力する。中国は海洋は制覇できない。尖閣問題は日本の海上武装強化、潜水艦とヘリ空母増強で対応できる。1000億円の上乗せで戦意を喪失させ、戦火にならなけば安いもの。隙を見せてはいけないし、それ以上もいけない。ロシアも、ウクライナで制裁を受けて、自国内に閉じこもり、国内産業を育成する方向に向かう。ユーロもギリシャの破滅的経済からユーロの価値が不安定になり、経済に関しては崩壊寸前で国内の問題に追われる。そんな状態から次の段階ー外向に移った時の行動が怖い。かつて、ナチス不況を克服したかのように見せかけ、戦争にまっしぐらに突き進んだ歴史がある。
 こうした悪の帝国が出来上がった場合、周辺の紳士的な文明国は手がつけられない。ならず者には弱いのである。しかし、悪人に逆らって、彼らと同じ手に乗ってしまうのは良く無い。悪はいつか内部崩壊する。それを待つしか無い。聖書の中にも、悪人に逆らうなということばがある。必ず、いつかは神の審判が下ると言う楽観論である。

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1.アメリカ合衆国は、この70年間に変質してきた
 
 アメリカンドリームは正に悪夢になろうとしている。第二次大戦後のアメリカは民主主義の勝利と世界をリードする産業の力を誇示していた。70年たち、形骸化しつつある民主主義、キリスト教的モラル、大統領のリーダーシップなどどのように変化したのだろうか。変質の原因は戦争であり、軍事力の突出した肥大化である。
 アメリカ合衆国はイギリスから戦争によって独立した時から、暴力的な面を持っていた。独立戦争後、莫大なイギリスの資産を没収、手に入れることとが出来た。自由と平等という影には、南部の奴隷制度が人種差別による抑圧が暴力を伴って機能していた。フランスからルイジアナ、カリフォルニア、テキサスなどの領土を武力でメキシコから奪い、今の国境を確定させた。南部と北部の均衡は破れ、南北戦争という80万人という犠牲を払って、国家の統一を成し遂げた。その時に発達した強力な武器を使って、西部のインデアンを駆逐し、滅亡させた。こうした事を行なわずとも、カナダなどのように緩やかな人種政策も可能であったはずである。西部開拓はさらに暴力性を増しつつ太平洋に向かった。日本の開国はそのあおりである。ハワイ、フィリピンに対する帝国主義的支配に向かい中国の利権を巡り、日本と衝突した。これが第二次大戦である。日本も帝国主義であったから、似た様なものだが、結局失敗した。成功者アメリカは朝鮮戦争からベトナム、また、中米の共産主義勢力との戦いを通じ、長い戦争体験が、次第にアメリカをローマ帝国の様などん欲な支配欲を持った国家に変質させて来た。アイゼンハワーは大統領辞任演説で参軍複合体の危険を訴えた。もっとも、この国の体質は独立戦争以来変わっていなかったのであるが。1920年代は下層90%が全体の16%の富を所有し、上層0.1%は全体の25%を所持していたのですが、1929年の大恐慌(株価大暴落)により、富裕層がいったん崩壊して逆転した。ところが、今や0.1%の富裕層が90%の資産を占有する国になった。平等という理念はこの国には無い。
 ドイツ帝国とナチスドイツからのヨーロッパの解放、東西冷戦という大きな犠牲も払い、アメリカは何を世界にもたらしたか。インターネットは核攻撃に対するPCネットワークの保護から生まれた。物凄い情報の量が処理できるのだが、これが人々に幸せをもたらしているのだろうか。アメリカンライフスタイルは今はあまり人気がない。経営学、ハリウッド映画、マクドナルドもどうも最近は元気が無い。文化的には旧大陸の方がすぐれたものが多い。ミュージカルの殆どはイギリス製だし、テレビ中継はナチスがベルリンオリンピックを中継、ロケット、映画、文学、医療制度なども原理はヨーロッパから来ている。アメリカオリジナルのものは兵器が突出している。
 戦争を常に続けた背景には、この国の暴力的な側面が他国より強く、産軍複合体という大きな化け物、魔物に支配された巨大な帝国になった。民主主義やヒューマニズム、キリスト教的なモラルがその陰に隠れるほどになってしまっている。もちろん、民主主義もヒューマニズムも、宗教も健在であるが、あまりにもその暴力装置の規模が大きくなってしまった。その象徴がケネディ後のベトナム戦争、中東での横暴、ニカラグアなどでの共産勢力との戦いによって帝国化し、民衆と共に歩く大統領から、まるでローマ帝国の皇帝のような専制的な大統領の存在に変質した。その分岐点がレーガン、ブッシュである。この二人の共和党大統領はアメリカを凶暴な軍事国家に変質させた。湾岸戦争とイラク戦争、アフガン戦争という泥沼の始まりである。アメリカは9.11ショックの後、何も戦争をせずに、オサマビンラーディンを暗殺すれば良かっただけなのである。アフガニスタンではなく、パキスタンの安定に力を注げばよかった。オサマもパキスタンにいたのだから。そこでつぎ込まれた膨大な軍事費の代わりに産業や仕事、教育にお金を使えば随分違った世界になったはずである。この戦争によって多くの若者の命と中間層が疲弊し、チェイニーなど戦争屋がぼろ儲けをし、ロッキードなどの軍需産業は息をつくことができた。今後、軍需産業はますます血に飢えて世界に悲惨をもたらすであろう。

2.アメリカの無責任が今日を生んだ

 イラクの混乱の原因を敢えて言えば、イラク戦争の後のアメリカの執政ミスといえる。解任されたが、政治家として凡庸なマリキ首相が多数派シーア派を中心にしてスンニーを弾圧した結果だ。アメリカはフセインの築いた国家機構を解体、それを民主国家として再構築しようとした。その拙速な手法が今日の混乱を生んだ。日本やドイツが崩壊しなかったのは、東西冷戦の対抗策として、旧政権の官僚機構を温存したからだ。権力にあるグループは少数派を立てなければならない。その反対をやって、ことを複雑にした。武装集団のなかにはアメリカによって訓練された軍人が多数いるはずである。あのファルージャ掃討戦のアメリカのやり方、また、イラクの傀儡政権の作り方が悪かったのであろう。そこからすべてが出発し、反省なしには何も出来ない。かつて、フセインは近代国家に見せかけて、実は部族支配国家を作ったのであり、族長のように統治した。民主主義を錦の御旗にアメリカはすべてを破壊してしまった。多くの官僚達が軍人も含め失業した。彼らがISILに流れている。さらにはこれはアルカイダとオサマビンラディンが何故生まれたかと同じではないか。ISILに関しては既に出来たものは一定期間泳がせて、組織的に成長した段階でまとめて葬るということでは遅いことが分かるだろう。アメリカは早く軍事介入すべきだが、イラク戦争や、アフガニスタンの過ちを繰り返してはならない。あくまでも、現政権の支援に徹して、地上軍は派遣すべきでは無い。これはがん細胞のようなもので、壊滅させても、飛び散った分子がまた、どこかに転移する。従って、再発しないような環境づくり、また、新たな集団がコンセプトを変えて生まれたら、早期に叩き潰すしかない。早期発見早期切除である。かつて、アメリカもフォードなどが応援していたナチス。この時ももそうだったが、時機を逸した。出来るだけ、世界が、カルト的グループの共通定義をして、それに類するものをマークし、禁止、殲滅することである。この組織の特徴は、がん細胞やウイルスのように近代国民国家の構築したものに実は依存し、そこから栄養を吸収している。ISILの資金源は健全と思われる国から流れている。サウジ、アメリカも含む一部の偏屈な富の所有者や石油利権、武器産業などが背景にあると見てよいだろう。オサマビンラーディンという怪物が生まれたのと同じ構造である。この連中は、国民国家や民主主義などを無視して闇の帝国を築いてきた。ヘッジファンドなども同類かもしれない。ISILの存在は現代社会のある側面、裏の顔である。

3.アメリカの二枚舌

 スンニー・ワッハブ派のサウジアラビアの中にもISILを支援するグループがいる。ISILの蛮行でやたらに首狩りがニュースになるが、サウジではインドネシアなどから出稼ぎに来るベビーシッターの女性が殺人のかどで死刑になっている。冤罪も多いのだが、一方的な裁判で皆斬首刑である。アメリカはこの超偏屈ムスリム国家のサウジとは大の仲良しなのであるから、アメリカ式民主主義もいい加減である。自分に利する者なら味方、イスラエルに敵するものも含め、敵対するものはテロリストである。かつて、イランコントラ事件というのがあった。アメリカはイランのホメイニ革命に手を焼いたが、その後イランイラク戦争が始まりイランは窮地に陥った。その時期にイランに兵器を売り、また、イラクにも武器を売っていた。実は当初イスラエルが売っていた。父ブッシュ大統領がこれを考えたと言われている。米国政府関係者は、イランに武器を売却した収益を、左傾化が進むニカラグアで反政府戦争(コントラ戦争)を行う反共ゲリラ「コントラ」に与えていた。東西冷戦の時代だった。この事がばれて大騒動になったが、今もCIAは遊んではいない。その謀略が中東で大賑わいのはずなのである。
 これはたまたま、中東や北アフリカの紛争地で発生したが、ドイツに出来ればナチスだし、ロシアなら共産党であっただけなのではないだろうか。アラビア半島から中東、イスラエルの地の風土的な解決の伝統が旧約聖書において語られている。3000年人間は変っていない部分があるのだろう。

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