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  8月31日のクアラルンプールは独立記念日で道路は規制され、渋滞がひどいということから、王さんが郊外に行こうということで、北に1時間ほどのクアラセレンゴールに出かけた。この町は海辺の港町で、イギリスの要塞があった。第二次大戦中は日本軍も駐屯した。高速を北に1時間、道は空いていた。車中、王さんが「目のマッサージ機」を貸してくれた。日本にはない機械でゴーグルをつけると目玉を圧迫して気持ちが良い。思わず寝てしまった。海辺の町には海鮮料理屋が並んでいた。まだお腹が空いていなかったので、中国風の仏教寺院を見学した。孫悟空からきているようだが、猿が祀られていた。町の中心にも猿が多い。バツーケーブの猿と違い、バッグをひったくったりはしない大人しい猿だ。ニンニクの茎のようなものをあげると美味しそうに食べる。砦の上には砲台と白く輝く灯台がある。丘の上にはトラクターに牽引されたトラムで行く。切符を買って待っている間、猿がたくさんいて寄ってくる。暑い日なのでこのトラムは助かる。砦の上には大きな大砲が海と海岸を睨んでいるが、この大砲で海岸を通る船を狙ったのだろうか。昼食はカニ料理が美味という海鮮料理屋「新海濱海鮮楼」に行く。空芯菜の炒め物と、海老の蒸し物、カニのお粥、焼きそば、サメ肉の揚げ物をいただいた。いずれも美味。この国の料理はあまり器にはこだわらない。洗面器のようなプラスチックの入れ物に。やはりプラスチックのお皿である。しかし、カニの味の沁みたお粥と焼きそばは実にうまく、体裁を超えている。
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ムラワティの丘の上にある灯台。 この丘は、かつてスルタンの王宮があったり、オランダ〜イギリス軍の砦があったところ。トラムで登っていくと楽
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町と丘をめぐるトラム
こんな大砲で一体何発撃てば当るんだろうか。
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猿が放し飼いだが、ここの猿は大人しい
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海辺の町クアラセレンゴールは夜の蛍ツアーで有名
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孫悟空を祀った中国風の寺院
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8月29日KLのミッドバレーを9時30分に出発し、セントラルバスセンター10時45分のバスで、キャメロンハイランドに向かう。高速から一般道に入ると山道となりぐんぐん高度が上がっていく。2時頃標高1600m程の高原町タナラタのバスステーションに着く。現地で生活している「剣士」大手さんご夫妻が迎えに来てくれた。商店街がメインストリートから1段高いところに歩道と土産物店、飲食店が連なり、その前にアーケードのように屋根付きの歩道がある。歩行通路沿いに椅子やテーブルが並んでいる。

タナラタの街並み
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大手さんはこの地に静岡からやってきて8年にもなるという。昼食後、横手さんのお宅を訪問した。ヘリテージホテルのあるエリアの一角でタナラタの中心から徒歩10分の好立地。グリーンハウスというコンドミニアムである。途中でドリアンを買って家で食べることになった。小高い丘の上にホテルと賃貸住宅が並んでおり、その一角にお住まいであった。緑に囲まれ景色もよい。当地にはキャメロン会という日本人会があって日本人のロングスティをサポートしてくれるが、大手さんは会員になっていないという。多分、この会は高齢者の集団で、まるで老人ホームにいるようなもので、当初60代のご夫婦だと入るのには躊躇されたろう。
 ドリアンを食べたが、とにかく臭いがすごい。都市ガスについた匂いを思い出す。しかし、硬く棘のある殻の中にはねっとりと、甘い果肉が種を包んでいる。これを食べたあとは絶対に酒を飲まないでくださいと大手さんは助言してくださった。相性が悪い人がいてお腹の中が大変なことになるらしい。
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大手さんはご自分で木刀を製作され、素振りの稽古をされるそうである。ロングスティ8年目になるご夫妻から、キャメロンハイランドでの生活の気に入った部分やご苦労など、お話を伺うことができた。マレーシア生活の様々な側面を率直に話され、とても参考になった。テレビなどで見る良いことづくめの話とは若干違う。何事も生活の拠点を変えるのは大変なことだというのが実感である。
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ホテルのスモークハウスまではバスターミナルから車で5分ほどだが、山道を登るので歩けば40分はかかるだろう。スモークハウスは英国のカントリーハウス風の西洋館で、美しいイングリッシュガーデンがある。トロピカルな花と観葉植物が珍しい。夕方大手さんご夫妻が車で迎えに来てくれた。
夕食はご夫妻と共にした。ご夫妻の住まいのお隣さんが経営している鍋料理スチームボートのレストラン、鍋料理で、スープが絶品。前日も夕食は鍋だったが、中味は違う。体調も良くなったせいか、こちらの方が美味い。茶畑が見える。この茶畑は年中刈り取ることができる。
BOCH teaというお茶で有名。
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翌日に行ったのが月光荘、管理人が立ち入禁止といってきたが、写真は撮らせてくれた。
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翌日シルク王ジムトンプソンが失踪した現場。月光荘はタクシーで10分ほどだが山の上にある。松本清張がその失踪事件にヒントを得て「熱い絹」という長編推理小説を書いている。CIAのスタッフでもあった彼が失踪した事件は日本ではあまり知られていないが、現地とアメリカでは大騒動になった事件だそうである。あらゆるケースを想定し、捜索したが結局不明に終わった。散歩中虎に喰われたという説もある。この地にはマレー虎が生息している。最近も女性が行方不明になったそうである。トレッキングで人気の場所、自然の宝庫だが、危険もあるのだ。特に危ないのが道路に散見される野犬である。狂犬病のウイルスを持っているものがあり、日本人の長期滞在者が噛まれたそうで、急いでワクチンのある日本に帰国してしまった。狂犬病は潜伏期間が長い。半年後に発病することもあるらしい。発症したら最後、死亡率は100%とのこと。
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さらに、ここにはキングコブラやグリーンスネークのような毒蛇も多い。アマガサヘビ、サンゴ蛇などマレーシアは毒蛇の楽園か。コブラは基本的には蛇を捕食するようで、人間には威嚇することにとどまるようだ。結局皆びっくりして逃げてしまうのでコブラよりはグリーンスネークの小さなやつが家に入ってくる時が危ないそうだ。連中は夜行性で滅多にお目にかかれないが、ジャングルは別とのこと。熱帯には危険が満ち溢れている。泥棒も金持ちと思われている日本人を狙ってくる。タクシーも日本人とみれば吹っかけてくるから油断は禁物。国内生活には無い苦労がある。
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キャメロンハイランドのジャングル。ジムトンプソンもこの森に消えた。熱帯の巨木の上に美しい赤い花が咲き、霧がわく光景は素晴らしい。この森にはオランアスリーという原住民が保護されて暮らしている。彼らは土産物の籠とか、吹き矢、山の果物、タケノコを露店で売っている。特にジャックフルーツが多い。巨大なえんどう豆のようなものも売っているが匂いが強烈だそうだ。彼らは精霊信仰で木彫の仮面が面白いが、非常にシンプルなデザインで珍しとみえ、10万円以上するので出が出なかった。収集家がいるらしい。高原なので雨が多い。傘は突然の雨と野犬対策で必須とのこと。
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渓谷にはところどころ陽が当たっている。それは熱帯森林特有の高い樹の先についた天蓋のような葉の繁茂がきれるところからだった。多少の伐採が樹と樹の天蓋の接続を断ち切れらせているのだ。高度が上がるにつれて、樹林の様相も変わってきた。全てが棒のように高く直立した樹林と、その幹を部分的にしか露出させていない大波のような葉のうねりであった。椰子のような掌状葉から広潤葉にいたるまで、およそ何千何百種もの植物が精力的に自生しているように思われる。林の根方も下草の縺れた繁茂に深く埋められていた。その昏い奥にも、樹上にも、どんな動物がひそんでいるか分からなかった。シダも、日本で見るような地を這うような矮小なものではなく、並木のように亭々と高くそびえていて、その先に葉を傘状に四方へ広げていた。すでにシダの感じはしなかった。
(松本清張 熱い絹262pから)

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2年ぶりのクアラルンプールだが、久しぶりに御目にかかったものがある。この国で1日何度かお世話になるトイレである。ホテルのトイレは清潔だし、洋式なのだが、駅や飲食店となるとそうはいかない。郷に入れば郷に従わざるを得ない。先ずは日本式のウオッシュレットは日本人クラブにしかないだろう。御当地では、すべて水洗であるが、柄杓かホース状のもので手を使って洗うのが原則なのである。
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もう一つ奇異なのが、しゃがみこみ方式でドアに向かって用を足す。逆だと微妙に位置が変わり、水流の関係か、全く流れないことがあるから要注意。そして、紙がないことも多い。救いは、流し損なった山盛りとか、飛び散って便器が汚いようなものは少ない。日本の昔のボッチャン式とか、山小屋のトイレよりはましである。ホテルでも、紙のロールは付いているが、背中側の壁につている。だから、最初に紙を取って用を足す。紙は最初に用意するものである。頭にくるのが、駅などの公衆トイレが有料で、大抵インド人の爺さんなどが2~30セン:日本円で7~10円ほどの金を取る。ところが、そのトイレが汚いのだ。茶色の水があふれて、ケツ洗い用のホースが中に放り込まれている。何でこれが有料なのか全く理解できない。一方ホテルの水洗も、水の勢いがコントロールできないのがあって、猛烈な勢いで出てくるから、痛いのだ。うっかりすると、はみ出した水がパンツを水浸しにすることがあるのも要注意。水量の調節ができるものもある。ただのホースでシャワーになっていないものもある。一般のトイレは基本的には昔の日本式のかがみこみ型である。感心するのが、イスラム寺院のトイレで、ホース洗浄型と、柄杓型と2通りあって、清潔感があった。次が中国寺院のトイレ、最悪がインド人の多いところの有料トイレだった。ドア側に向かって用をたすのに慣れた頃帰国となり、我が家のトイレでホッとした次第。

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 8月21日から、9月1日まで、マレーシアに剣道の指導と観光を兼ねた旅行に行きました。原油価格下落と世界経済の低迷から、2年前とは変わったかと思いきや、全く相変わらずの活気に溢れた街の様子に驚きました。町にはヨーロッパと中国の製品が溢れ、日本は自動車と回転寿司、うどん屋、100円ショップ、イオンなどの量販店で何とか存在感を保つ程度です。若者と人種の坩堝で沸き立つように見えます。ガソリンが40円/Lというのは日本の3分の1であり、LNGと石油資源に恵まれたこの国は経済活性化のため、石油輸入国でもある。原油安が必ずしも経済発展にそのままつながらない日本とは違い、消費国として経済循環している。かつて、マハティール大統領がルックイーストとして日本に学んだ結果、経済発展したが、その陰には産油国のメリットもあった。クアラルンプールは今もなお、猛烈な建設ラッシュである。そして、開発地には巨大なショッピングモールがあり、日本のイオンや伊勢丹なども進出し、多くの人々でにぎわっている。KLからジョホールバルまで、シンガポールまで2時間半で行ける高速鉄道を計画中で、新幹線の売り込みに日本政府は力を入れている。
 
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 この国は、プミプトラ政策で人種差別的な制度をあえて行い、多数派のマレーシア人を優遇し、多民族政策で中国人やインド人をコントロールし、彼らの権利を抑えることで、逆にエネルギーを増大している。強いもの、多数派を生かして弱者や底辺を底上げしている感じなのである。日本では、平等が良いことであるが、この国では不平等をてこに底あげしようというのだ。途方もない金持ちと底辺の移民労働者が、それなりに幸せに暮らせる社会、都市というのはこの国を盛り立てている。もちろん、国民に不満や、テロリストを生むような要素もあるだろう。しかし、治安警察によって押さえ込まれ、今はインドネシアやフィリピン、タイより社会の安定には成功しているように思えた。はっきり言って、プミプトラ政策で満足しているのはマレーシア人だけかもしれないが、その壁を乗り越える活力がこの国にはある。移民にしても、弱者保護に関しても規制緩和が必要である。我が国ほど平等社会にむけて社会制度が行き届いている国は先進国でも少ない。ルックイーストに成功したマレーシアに今度は学ぶ時期に来ているのではないか。消費と人種のるつぼが生み出すパワーに日本が構造改革に向けて学ばねばならない時かもしれない。
キャメロンハイランドのタナラタにあるヘリテージホテルの一角にある日本人ロングスティの多く住むコンドミニアム
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対日感情が良く、物価が安いし、食べ物も豊富、英語が通じるといった住みやすさから、ロングステイや永住権をMM2Hという制度を利用し、3000人以上の日本人がKL、ペナン、キャメロンハイランド、イポーなどに暮らしている。皆60歳以上のリタイヤしたご夫婦が中心である。しかし、旅行に来るのと居住するのでは大きな違いがある。英語力も必要だが、結局日本人同士で付き合うことになる。高齢者が多く、結局老人ホームにいるのと変わらない。かなりの日本食が揃うが、日本の米や酒は高い。治安は良い方だが、ひったくりやこそ泥は多く、日本人は狙われやすい。タクシーは乗る前に交渉しないとふっかけられる。シートベルトをしていないなど、警官に罰金をぼったくられるといった日本では考えられないことが起きる。ゴルフやトレッキングは楽しいが、山岳地帯に近ければ、虎やキングコブラ、ニシキヘビ、グリーンスネークなどの毒蛇、サソリ、巨大な蚊やそれが媒介するデング熱にも警戒が必要だ。特に危険なのが野良犬。狂犬病を持っているものがいる。日本では絶滅したが、世界では毎年5万人が犠牲になっている。海はランカウイなど綺麗なところもあるが、ペナンなどはたいしたことがない。マラッカとか、キャメロンハイランドも良いところだが、1週間もいたら飽きそうだ。日本の方が綺麗なところは沢山ある。問題は日本に残した資産を維持しながらだと、使わない住居の維持や税金など、トータルコストはかえって高くつくことだ。金持ちで日本に味わえない贅沢がしたければ良いところだが、ただ、安く生活するだけなら結局メリットは無い。ロングスティ派も、年に数回は日本に帰っているから、ご夫婦だと結構費用がかかる。昆虫採集や熱帯へのこだわりとか、余程の決心と、現地のマレーシア人と友達が多いという前向きな条件がなかったら、日本の田舎に住む方が気楽で良いような気がする。

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朝10時にYapさんがホテルに迎えに来てくれた。これから、バトゥーcaveのブラックケーブに行くという。ミッドバレーから30分ほどのところにある。ヒンドゥの聖地で二年前に行ったが、大きな階段の上に寺院がある。その中腹に横に抜ける道があり、鍾乳洞につながっている。国立公園になっている。
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海鮮中華が並んでいる郊外の商店街で
繁盛しているお店だった。何だか種類は分からないが大きなベラの
ような魚のカレー煮を食べた。美味であった。
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松川先生がみつけたKLでは珍しい温泉。
中にいた人に聞くと後三ヶ所あるらしい。
裸になって入ろうとすると、先客から、パンツを履いて
入ってくれと言われた。日本とは勝手が違う。
女性も入ってくるからスッポンポンはまずいのだそうだ。
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KL郊外にある温泉
温度が熱く、透き通った
質の良い心地よいお湯であった。



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 OECDによると、人口の上位10%の富裕層の所得が、下位10%の貧困層の所得の9・5倍に達した。企業経営者ら「スーパーリッチ」の所得が増えたためだ。1980年代には約7倍だったが、「貧富の差」は広がっている。
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 格差を表す指標とされるジニ係数で80年代と直近のデータを比較すると、過去分を入手できる21カ国のうち16カ国で格差が拡大している。係数が1なら格差は大きく、0に近いほど平等なことを示す指標で、格差が小さくなったのはギリシャとトルコだけだった。
 日本のジニ係数は0.3を超え、OECD諸国の中でも高く、高度成長期のような中間層の拡大は過去のものになっている。格差拡大の原因は地方の賃金が上がらず、大企業のベアも出し渋り、そして派遣社員の拡大だ。自由な生き方を尊重するというお題目の中、低所得が固定化されるのである。安倍政権は昨年、派遣業法を改正し、若者の自由な生き方を尊重し、派遣社員の流動化を図ったとされるが、これは派遣社員の固定化と、給与格差を広げるだろう。同じ企業なら人事異動は活性化につながるが、誰でも慣れ親しんだ職場を変えることは苦痛だ。派遣社員を3年で打ち切る職場は経営が悪くなる時以外は少ない。3年で職場を変えるとなると、派遣社員はいつまでもベテランにはなれない。経営側に雇用の継続を制限し、派遣社員は3年を過ぎると派遣会社が派遣先を変えねばならない。自由な生き方といっても雇用は不安定化し、派遣社員の所得は上がらないだろう。同一労働同一賃金といっても、経営側は安い賃金の固定化に流れる。同一労働を誰が判定するのか。言葉だけのかけ声ではないか。終身雇用の労働者が減少し、労働組合の賃上げ交渉によって恩恵を受ける層が減少し、やせ細っている。
 OECDはこうした格差が「経済成長率を押しさげる」と指摘する。親の所得が低くて教育の機会に恵まれない子どもが増え、労働の生産性などが上がりにくいためだという。誰でも知っていることだが、東大や慶応などの難関校には富裕層の師弟が溢れ、低位校には学費をローンで調達する中間層ぎりぎりの家庭の子弟が多い。もちろん底辺は専門学校か高卒就職で、こき使われ、数年で派遣社員で職を点々とする。こんな形が常態になっていることに政治家は目を向けない。経済が活性化しない理由はこうした格差社会に国民が気がついて、意気が上がらないことも大きい。金融操作だけではどうにもならず、黒田バズーカは体力の弱った病人である国民に劇薬を調合したのである。

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私たちは中国でなにをしたか元日本人戦犯の記録

著者:中国帰還者連絡会編 

発行:新風書房(四六版 234頁)

発売:1995425日 定価:1800

 戦争というものがいかに狂気に満ちたものかを、また、大日本帝国陸軍の非人間性、残虐性を証言している。このような告白は、ベトナム戦争においても「Winter Soldier(1975年)ベトナム帰還兵の証言」という映画で行なわれている。ナチスのSSによるロシアやフランスでの多くの殺戮も同様明らかにされているのである。これらが、無かったこととはいえないだろう。戦争だから、日本軍だけではなく、国民党軍も共産軍側に対しても互いに酷いことをしていたはずだ。もちろん米軍の原爆投下や東京大空襲は戦争犯罪である。戦場になった所は悲惨である。勿論戦勝者のこれらは明らかにされない。この本に書かれていることを洗脳による虚偽の告白と言う御仁もいるだろう。しかし、この本だけではなく、自分自身、戦時中に中国戦線を体験した先輩達から似たような告白を聞いたことがある。友人の家に行ったとき彼らの父親の中国での従軍写真にむごい写真が沢山あった。大日本帝国陸軍は何も正義の軍隊ではない。中国人から見れば鬼の軍隊なのであることは間違いない。自分の祖父は九州で牧師をしていたが、教会に来た中国帰還者が、捕虜の首を刎ねた罪悪感に悩まされ告白してきたことも、祖父から聞いた。皆忘れようとして語れないことが多くあるのだ。数が過剰だとか、証人の所属部隊が間違いだ。だから無かったというのあまりにも無責任である。戦闘行為は殺人でも不法行為では無い。戦争は殺人を正当化するが、負けた途端に、犯罪となる事も多い。

 大日本帝国陸軍が中国で行なった中国人に対する残虐行為、友人の家にあった写真集、満州で首を切られた捕虜の死体などの写真で見たが、日本軍が中国で行なった行状に関しては惨い事が多々あったのだろうと推測は出来る。多くの兵士が突刺し訓練と称し、捕虜や民間人を殺した。ゲリラへの尋問後無実でも拷問の痕跡を消すために殺した。強姦は認められていなかった。厳しく処罰されるが故に殺した。当然証拠隠滅、軍規が厳しいから略奪婦女暴行は無かったなどという事を信じる人はいないのではないか。日本軍は補給無視の現地調達である。南京での写真が、虚偽だと言って、全てが無かったと言っても日本人でも信じない。特に八路軍のゲリラ活動が行なわれた地域は日本軍は相当手を焼いたはずで、ゲリラ活動を抑えるには住民もその一味と考えて、しばしば皆殺しが行なわれることは、ナチスのフランスレジスタンスに対する戦法、ベトナムでの米軍の村落での残虐行為などを見ても明らかで、戦争の最も過酷な一面である。当たり前に行われた時代もあった。日本軍にこうした行為が無かったとみるには無理があるだろう。しかも、これを行なった兵士が公に証言することは難しい。中国はこのことを歴史的記録に残すことに躍起となった。そこで、彼らは、シベリアに抑留されていた日本軍の捕虜1100名を中国に移送し、彼らが中国で行なった残虐行為を自白させた。中には誇張もあるし、立証が難しいものがある。中国での日本人戦犯(中国抑留者 )は2組に大別。 一組はソ連に抑留後、1950(昭和25)年に中国に引き渡された969人、降伏した日本軍の投降官となった閻錫山(えん しゃくざん)の強い要請で、山西省に残留した第1軍関係者だった。ソ連からの969人は「撫順戦犯管理所」に、後者の140人は「太原戦犯管理所」 という「監獄」に収容された。収容者のほとんどは、1956(昭和31)年に帰国(起訴免除)した。短い人で中国に6年間、ソ連に5年間、あわせて約11年間の収容所生活を余儀なくされた。帰国者たちの「手記」の一部が本として公になり、これがあまりにも酷い内容で、彼らは特殊な環境の中で「洗脳」されたという見解を持つものも少なくない。自分はこの証言集を年末に読んだが、彼らは毛頭洗脳されたと言う感覚が無いが、洗脳やマインドコントロールというのはそのようなものかもしれない。 彼らの証言を洗脳の結果として葬り去るには、無理がある。中国側の対応や、彼らがどのような行動を収容所で取ったかという証言を読むとそのリアリティに心を動かされる。これらを嘘だと言って葬り去るのは簡単だが、戦時中の日本人の中国人に対する蔑視感情や、731部隊で生体実験を行なったことを否定することも出来ない。日中戦争だって、国内では不拡大路線を主戦論者が押し切り、時には暴走し、防衛で済むところを侵略と言われても抗弁できないところに至ってしまった。その政策ミスを反省もせず、責任者を弾劾することなく、正当性を主張している連中は世界を説得できない。加害者の常套句は命令には逆らえなかった、召集されたので好んで来たわけではない。天皇の命令は絶対だということで、これはナチスのアイヒマンも使った自己弁護で被害者には全く説得力が無いのである。洗脳かどうかはともかく、中国の狙いは戦争中の日本人の国家観、また、中国から無事に帰還した兵士達が、中国で行なった行状を無かったかのごとく封印し、又、告白した人々を異端視する一部の右翼連中に対して、中国は国際社会において、その記録を公開し、訴え続けるだろう。裁判記録は2015年になって中国各所で公開されている。まさにこのために撫順での彼らの工作は周到に行なわれたのである。この加害者証言と被害者証言が一致していれば歴史的にはもう否定できない。いくら日本会議の連中が帝国陸軍は正しかったといっても、安倍の取り巻きがわめこうが、石原慎太郎が怒っても、桜井よし子が吠えても、弁護士出の稲田朋美が百人切りは無かったと言おうと、残念ながら世界で認める国は無い。過去の解釈に勝ち目がないのである。中国が日本に要求する歴史認識というのは大日本帝国の犯した中国人に対する犯罪行為を忘れるなということである。しかし、過去を日中で共有することは実際は難しい。それぞれ言い分があるからだ。自分は何を言いたいかというと日中国交回復時に田中角栄と大平正芳が周恩来と交渉したときのguilty conscious という前提を忘れてはならない。そしてそこから未来志向を互いに共有し合うことである。


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 あの、人の良さそうな、お坊ちゃま宰相、安倍晋三総理の別の側面を海外のマスコミは鋭く取り上げている。安保法制から70年談話にいたる安部首相の言動は憲法改正を少しも切り出すことなく、韓国や中国との政治交流回復に向け着実に成果を上げている。経済再生途上であるが、株価も円高も是正され、TPPも合意した。ここで国民は安心してよいのだろうか。しかし、外国人記者は別の側面を見ている。日本の事情を知らない外国人記者がいい加減な記事を書いているということではすまされない内容ではないだろうか。我々の気づかない部分を見ている。彼の背後にいる怪しい勢力の正体か、いや、何もしないフリーメイソンか?フランスの週刊誌L’Obsの記事を紹介しよう。安倍首相の影の勢力を、何故か日本のマスコミは取り上げない。怖い怖い!
Japon
LA FACE CACHÉE DE SHINZO ABE(アベシンゾーの隠された顔)

それは国際政治で、大幅に無視されているとはいえ、主要な事実だ。世界第三の経済大国である日本は、数か月前から、(総理大臣、安倍晋三も含めて)閣僚の4分の3が、歴史修正主義で権威主義の極右団体、「日本会議」と呼ばれる、目立たないが影響力のある団体に属していることだ。

 2012年12月に政権に復帰したとき、安倍晋三が、新自由主義的であると同時に戦前に郷愁を抱く強硬な右翼出身の政治家であることを知らない者はなかった。プーチンやインドの国粋的指導者モーディを称賛していることも知られていた。 祖父の岸信介が1932年に大日本帝国によって併合された満州のナンバー2であり、1945年の敗戦の後、A級戦犯として投獄されていたことも、誰もが知っていた。

  しかし明らかに、反動的で反民主主義的なイデオロギーへの安倍晋三の政治的根強さは過小評価されていた。「数か月前まで、安倍の最終目的は有名なアベノミクスによって日本経済を立て直すことだと多くの人が考えていた」、と上智大学‘国際教養学部)教授の中野晃一は分析する。

 「今日、平和的で自由で民主的な憲法の根本的な改変を日本人により容易に”売り込む“という目的のためだけに 経済的成功を追及しているのではないかと疑問視されている。 そうして、彼が1997年の創設時から加入している団体、日本会議に特有の、帝国主義に憧れを持つ、古い秩序への回帰を押しつける目的でも。」

 「逆説的だがこの非常に重要な団体は 日本では未だに真価を認められていない」、「その出発から、日本会議はレーダーに現れないようにあらゆる注意を払ってきた。広告も出さないし、テレビにも出ない。戸別訪問的な活動をしながら、視線の及ばないところで前進していた。その集会はメディアに開かれていない。そして、会員たちには会談の間も、写真を撮る権利もない。」 

 この信じられない「ステルス性」にはもう一つの理由がある。 「日本会議は、より反動的な、地方で発展してきた」と、日本の右翼運動の専門家である法政大学の政治学者、山口二郎は説明する。 「2012年12月の安倍内閣の指名と、さらに昨年秋の内閣改造後、日本会議所属の閣僚の数がさらに増えて、その強大さに面食らうまでは 大手メディアは、元々ローカルだったこの団体を見下していた。」

 日本会議は1997年、一つは満州侵略を率いた帝国軍元司令官によって、もう一つは主に神道の宗教団体によって設立された、二つの極右団体の合併により生まれた。 「反動的で1930年代に郷愁を抱くこれら二つの集団は、日本が戦争中に行った残虐行為の過ちを告白することに耐えられなかった。彼らによれば、日本人は帝国に誇りを持たなければならなかった」と、山口二郎は説明する。

 1995年8月15日、村山首相が有名な謝罪宣言を述べた。 日本が、「植民地支配」を押し付けるためにアジア諸国を「攻撃した」ことを、日本の政府のトップが初めて、公に、そして公式に認めたのだ。 その日、世界は第二次世界大戦終結の50周年を記念していた。 

 反動主義者と超国粋主義者には、もう我慢できなかった。「分裂したままではイデオロギー闘争に敗北しつつあったと理解したときに、合併した。」 反論し、新しい運動、つまり日本会議を建設することが急を要した。 新しい団体の事務総長職は、1970年代の極右学生のリーダーで、今も強大な力を持つ、椛島有三なる人物に委ねられた。そしてこの団体は今、3万5千の会員と200の支部を数える。

289 PARLEMENTAIRES MEMBRES    (289人の議員メンバー)

 安倍晋三は1997年に国会議員になると同時に 「日本会議」に、次いで日本会議を支持する議員団体に加入する。 「当時彼らは、保守のジミントーでも周辺的だった」と、中野晃一は言う。 「20年近く経った今日、彼らはジミントーと内閣を席巻している。そして日本会議は、国会の40%に相当する、289人の議員を集めている…」 

 彼らのスローガンとは? 戦後の日本、「アメリカに押し付けられた」制度と生活様式から決別することだ。 彼らは、「勝者の正義」、戦争犯罪人を裁いた東京裁判の正当性を認めない。 彼らは歴史を自らの味付け、敗者の歴史を書き直したがっている。 日本帝国はアジアの民衆を「解放した」と声高らかに断言したい。 1938年の日本軍による南京大虐殺は作り事であり、 民間人に変装した数百人の中国兵が死亡しただけだと 主張する。

 日本会議の歴史修正主義者らは、 「慰安婦」は勇敢な日本兵を慰めて月末に手取りを増やして喜ぶ、単なる自発的な売春婦だったと断言する。

CHANGER LES LIVRES D'HISTOIRE   (歴史書を変えること)

日本会議の目的は、歴史書を書き換えることだ。 中学校の教科書は、歴史学者の視点と同じく論争中の問題に関して「政府の公式の立場」を言及しなければならなくなる。 「別の言い方をすれば、歴史修正主義のぱっとしない教師が、南京で民間人の死者はなかったと断言すれば、それが我々の子どもたちの教科書に書き込まれることになる」、と政治学者の中野晃一は説明する。 教育に関して、日本会議は「愛国」教育への回帰を熱望する。 彼らの夢は、1890年代の帝国時代の法 (天皇への全面的な服従) にできるだけ早く近づくことだ。 

 これで全てではない。「アメリカの圧力下で」採択された、1947年の平和憲法を、日本会議は根本的に変えようとしている。 その最初の標的は、第9条だ。 この中で日本は「戦争を、永久に放棄」している。

 国粋主義者は世界のどこでも(派兵でき)、そして「自衛力」だけではない軍隊を望んでいる。 「安倍と日本会議にとって、第9条の廃止は決定的に重大だ。なぜならこの条文が軍国日本との決別を意味している からだ」>
 運動は既に進行中だ。 昨年7月、政府は初めて、「自衛隊」が日本の国土を離れて同盟国を助けることを憲法9条が認めていると断言して、同条の解釈を変更した。 それが最初の突破口だ。 日本会議は他の条文、最初に婚姻における男女の平等に関する第24条と決別するために、そこに殺到しようとしている。 彼らにとってもちろん、夫は全ての領域で配偶者を支配しなければならない。 彼らはまた、戦前の風習に戻ることを望んでいる。 学校では、まず男子、次いで女子の五十音順で点呼されること…  

 戦後の裁判で裁かれた戦争犯罪人を含む、死亡した兵士が祀られる、靖国神社に国家が関わることを邪魔する、宗教と国家の分離に関する16条も廃止することを目指す。 最後に、明らかに、日本会議は天皇が、日本の政治の中心に戻ることを望んでいる。

 安倍とそのお友だちの反動主義者は、どこまで行くことができるだろうか? 日本の誰もが、第二次世界大戦終結70周年記念の8月15日に首相が発するに違いない声明を待っている。 前任者と、どの位まで距離を置くことになるだろうか?

 「ホワイトハウスは、地域の他の同盟国を失う恐れがあるため、余りにも反動主義の臭いがすることは受け入れられない。」 

 安倍の目的は、2016年7月の参院選を利用して、国会で憲法を変えるために必要な圧倒的多数を得ることだ。 それができるだろうか?  「日本会議はエリートの運動だ」、中野晃一は 「大多数の国民は、その思想の大部分に反対している。 しかし受身的な国民性のため、 アベノミクスが上手く行っていれば、国民は されるがままになりかねない。」 と言う。

 今のところ 思いがけない人物が これに対する抵抗勢力となっている。 それは81歳の天皇、明仁だ。 さる1月、新年の祝辞に際して、天皇は暗に、 歴史の反動的な解釈に反対であることを示した。 2月、長男である皇太子、55歳の徳仁殿下はさらに雄弁だった。 極めて稀な記者会見の席で、皇太子殿下は、戦争の歴史が「正しく伝えられる」ことを望んだ。

皇室は今や、日本の自由民主主義の最も優れた盾となっている。
                                               L’OBS/No2637-21/05/2015

 これは 日本の週刊誌の記事ではない。 『フランス』のものだ。 日本の テレビや新聞などよりも はるかに詳しく掘り下げた報道をしているる。 フランス人が いかに 文化的であろうと、 一般庶民が日本に対して これほどの情報を望んでいるとは思えない。 そういう 知識階層に向けた記事であろう。

 日本での情報と言えば、『火病』に陥った 韓国の大統領が あちこちで「日本の悪口」を言いまくっているが、 諸外国からは 迷惑がられ 最も嫌われた国になっている。 「慰安婦」の ねつ造がばれて、にっちもさっちもいかなくなっている、というたぐいの話ばかりである。 現に このブログを書く時にも どなたかが書かれた 「韓国崩壊」の本のCMが ずいぶん前から出ている。

 中国に関しても、 世界から嫌われている --反対に 日本は好かれていると言いたいのだが -- その原因が 「平和の国」であることを理解していない人々が そういうのも 滑稽だが … と数多の情報があるが、 中国を直接 調べてみると 連日のごとく 欧米をはじめとする首脳が 訪問している。 中には 「日本」と親しいと思われる国でも、 すぐそこまで来ているのに 日本によらずに 訪中している。 とても 「世界が敬遠している」とは思えない。

 イギリスの「ウィリアム王子の訪日」の際に 「英国王室」が発表した写真に 「安倍総理との写真がなかった」ことや、 ドイツの 「メルケル首相訪日」の際に 「朝日新聞社で講演会を開いた」ことなど、 -- そして 今回の『G7』の記事の写真に 安倍総理の姿がないことを含め -- 日本情報では とても理解できないことが 繰り返されている。 「慰安婦問題」では、 どう転んだところで、 日本の主張に「ヨーロッパ諸国」で賛成してくれる国は 1か国もない、と何度か書いたが、 そういう雰囲気しか 感じ取れないのである。

 日本という国、 そして 『日本人社会』が このようなものであるという認識が広まれば それこそ おおきな「国益を損なう」ことになるだろう。

彼の
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1.天皇陛下のフィリピン訪問計画

 菅義偉官房長官は平成28年にフィリピンとの国交正常化60周年を迎えるため天皇、皇后両陛下が来年初めにもフィリピンを訪問する方向で調整していることを明らかにした。天皇、皇后両陛下のフィリピン訪問は戦後、初めてとなる。この意義は極めて大きい。この事は日中、日韓の関係改善にも通じることだからである。日本人はフィリピンを貧困、政情不安の二流国としてしか見ていない。特に、小泉政権以来この傾向が強く、フィリピン国民をフィリピンバーのダンサーの国とか、売春の盛んな国といった無礼な見方すらあるがとんでもないことである。

2.日韓関係を改善できるだろうか

 菅氏は記者会見で、「日本とフィリピンは長年にわたり、幅広い分野で協力関係を進展させている」と述べ、両国関係の緊密化に期待を示した。日韓関係が悪化したのは何も、今に始まったことではない。韓国人は李王朝の末期が悪政で危機的だったことを国民にひた隠しにし、日本の統治を植民地化と決めつけ、さらには、ナチスと同列に扱おうとする姿勢を崩そうとしない。日韓条約も国民には説明できていない。歴史認識を改めるべきは韓国だ。こんな相手とまともに交渉しても日本は失うものの方が多いだろう。相手が真に関係改善の意志を示すまではスポーツ、文化、科学など様々な共通分野で彼らに遅れを取らないよう頑張るしかない。何も関係改善を諦めるのではない。それには手順がある。東南アジア諸国や台湾とは良好な関係にあり、それらとのパイプを優先的に太くし、韓国人に自分達が遅れをとったことを見せつける手順が必要である。日韓関係だけで改善するには限界がみえるのである。フィリピンやミャンマー、インドネシア、マレーシアなどは戦場になった国々であるが、かつての怨恨を乗り越えて日本とは関係が良好である。台湾、韓国は戦場になっていない。にもかかわらず、日本に対して尊大な態度を取ろうとする。彼らは世界の中の韓国という観点が全く欠けた3流国である。そもそも格が違う。日本はアジア諸国に功利的な見方しかできなければ、彼らも日本には歴史認識の点での批判をするようになるであろう。

3.恩讐を越えることができた理由

フィリピンのレイテ、バターン、マニラでは対戦末期激戦地となり、マニラ市民は10万人もの犠牲となり、3000人が日本軍に処刑され、米軍の無差別砲撃は犠牲者の60%に上るという。フィリピン全体では110万人の民間人が犠牲となった。その責任は全て日本軍に押し付けられ、山下奉文大将、本間中将などが処刑され、多くの将兵がモンテンルパ刑務所で処刑された。戦後賠償は1900億円を支払った。キリノ大統領の計らいがあった。しかし、死刑宣告を受けたBC級戦犯は恩赦で解放され、当初の賠償額80億ドルは縮小された。彼は、戦争末期に市民10万人が犠牲になったと言われるマニラ市街戦で妻子4人を日本兵に殺された。彼の恩讐を超えた決断はアメリカの不評を買い、マグサイサイに政権をうばわれた。「永井均・広島市立大学准教授の近著『フィリピンBC級戦犯裁判』(講談社)によれば、キリノ大統領が議会での承認を必要としない特赦で日本人戦犯を釈放、減刑した背景には、冷戦の世界情勢や日本との賠償交渉の行き詰まり、53年11月の大統領選、助命嘆願運動の高まりや刑務当局の財政軽減などがあったとされる。」(Wikipediaより)

4.キリスト教との関係を誰も言わないが

そもそも、日本とフィリピンは宮崎滔天などを中心に、アメリカの支配からの独立運動を支援し、友好関係にあった。しかし、キリノの日本の戦争犯罪や賠償に関し、カトリック教徒として、恩讐を超えた許しの心をもって対応したことを日本は全く忘れくてしまった。この事を一番恥じ、フィリピンに対して感謝の気持ちを持ち続けているのは天皇陛下である。中国との関係でも、国民党の総統であった蒋介石がその妻宋美齢がクリスチャンであり、恩讐を超えて日本に賠償を求めなかった事を想起すべきである。その事を考えると、台湾の国民党政権との関係も無視できない。今日の日中、日韓の関係において日本が批判されることの根源は何かである。彼らにとって日本が経済力にものを言わせ、ご都合主義的に過去の清算を勝手にすることへの警戒感は強い。歴史認識への批判とはその意思表示であり、右翼が影響力を持つ安部政権への赤信号と捉えた方が良い。石原慎太郎や櫻井よしこなどの右派が、アジア諸国の大戦被害を忘れているかのような無神経な言動で改憲論議を進めている。日韓の問題は先づは、大戦で犠牲者を出した、フィリピン、中国というより台湾国民党との丁寧な対応を優先し、外交面で約束を守らず、慰安婦強制連行やデタラメな南京問題を押し付けるグループとは距離を置くことである。

5.友好や尊敬は国との関係の柱

天皇陛下がフィリピンを訪問されるが、その事を世界にアピールし、100万人の犠牲を出した国との友好関係を一層確かなものにすることは中国、韓国も注目している。 中華民国の蒋介石総統は、日中が戦っているさ中にあって、拉孟・騰越において全員が玉砕するまで戦った日本軍の勇戦を讃え、「東洋道徳の範とせよ」と二回にわたって全軍に布告した(昭和十九年六月)。また昭和二十年八月十五日には重慶から全国に向けて、いわゆる「以徳報怨」の演説を行なった。その中で彼は「旧悪を思わず、人に善をなせ」「敵をも愛せよ」と述べ、偉大な中国国民としての誇りを訴えた。この蒋介石の声明により中国にいた100万の日本軍将兵、民間人が無事に故国へ帰還することができた。ドイツはチェコやロシア、ポーランドから追放されたドイツ人が戦後200万人も殺害されたことと対象的である。(南山大学論文参照https://www.ic.nanzan-u.ac.jp/EUROPE/kanko/documents/2013_no.20/06_kondo_20.pdf。)精神的に愚劣な共産党政権である今の中国はこうした度量のない欲望の国。日本は戦場になった国の日本への好意を語り継ぐという意味において、歴史認識を新たにすべきであって、皇国史観や、東京裁判の否定を主張すべきではない。このフィリピンとの関係を向上させることに複雑な感情を抱くのは実は世界大戦でフィリピンを破壊し、ベトナム、イラク、アフガンをめちゃめちゃにして反省のない国アメリカ合衆国である。

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 呉善花さんの意見は確かに日本人にとって心地よいが、多分、韓国人には怒り心頭なのだろう。本質を突いているが、馬鹿な奴ほど、お前は馬鹿だというと怒るのに似ている。ああ、しつこい女房だなあ、20年前の浮気がばれたのをまだ根に持っている。散々謝らせて、高級品を買わせた挙句、海外旅行代も出してあげたのに、又蒸し返してきやがる。いい加減にしろというのが、日韓関係だなあ。昔の楽しかったことを言っても埒が明かないのと同じだ。呉さんは戦前、朝鮮では日本人と韓国人は仲良くしていたことをインタビュー方式で証言をまとめた本、日韓併合を生きた15人の証言を出している。これも日本人にわが意を得たりということだが、実はこれも、韓国人にとっては逆に全く腹立たしいことなのである。呉さん、日本人にヨイショが上手ですね。
 慰安婦問題を解決しなければ歩み寄れないというなら、日本は仕方が無い、突き放せばいい。今は仲良くする時機ではないということである。政府と政府はそうであっても経済関係や個人の交流、学術交流などルートは沢山あったほうが良い。これらを毛細血管のように張り巡らせ、バイパスを作ることが解決の道である。夫婦間だって、いくら確執があっても、子供のこと、住宅ローンや病気などで互いに手をつなぐべき時がある。そんなことで関係は修復される。父さんは昔浮気をしたけしからん人物だと子供に言い聞かせても、大学に行くには父さんの年収が必要だし、父さんは一緒にディズニーランドにも連れて行ってくれて自分は母さんが怒るのも無理ないが、ここで決別は困ると言えば、収まることもある。
 
 日本は、韓国がいずれ、中国の支配的な韓国に対する態度に気がついて、事大主義を止めることが国益であると気がつくはず。中国経済の行き詰まりが見えた時に、日本に顔をむけるでしょう。その時がチャンスです。過去のことを棚上げにして、TPP、FTA金融面での通貨スワップなど、日韓経済人会議で共同声明を出したこと、日本への韓国人の観光客が減っていないことなど、良い材料があるのでそこから再出発していくしかない。この点は呉先生と意見は同じだが、彼女も、大学教授だけあって、韓国を語り、日本人をほめまくりながら、上から目線でものをいっている。状況が変われば、彼女の日本批判だってあるに違いない。自分が言いたいのは、日韓問題はとにかく慰安婦問題も、竹島も棚上げするというより、国民レベルでは実はあまり関心の無いことである。これらは棚上げにする以前に、未来に降りかかる問題を一緒に解決するとか、今の韓国人の心情、日本人の心情を交歓する方法を同じ目線で模索したほうが良い。
芸術、映画、文化、衣食など互いに共感できる部分は多い。そこから積み上げていくしかないのではないか。
 ただ、今回の慰安婦問題はむしろ、アメリカやユネスコなど海外で仕組まれている活動もあり、これには断固外務省は戦うべきである。行司や審判がいる戦いは大いに行なうべし。

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