カテゴリ:国際政治( 204 )

 本書はルトワック氏が2015年来日した時のインタヴューの訳である。氏は大手シンクタンク戦略問題研究所(CSIS)の上級顧問である。中国は2000年以降対外戦略を15年間で3回変更している。最初がチャイナ1(C1)である。平和的台頭であり、国際法を遵守、領海を守り、国際金融取引などを守り産業を発展させてきた。次がC2である。2009年リーマンショックがあり政界経済が低迷する中、中国は驚異的な経済成長を続け、巨万の富としての金融資産を得た。そこで、中国は金の力に頼るようになった。資源戦略などではアフリカの援助によって、しかも、政府幹部の買収も含め、横暴な金権外交を展開した。チャイナ3はC2の行きづまりから出てきた。周辺諸国に対する選択的軍事的攻撃である。日本の尖閣諸島や南沙諸島における領土に関する自己主張と軍備の強化である。九段線という勢力ラインを主張し始める。経済成長がさらに続くとみてフィリピンやベトナムの南沙諸島で自国領土主張を始めた。日本の尖閣諸島に関しても領土問題を主張し、漁船の侵入など国際法を侵害することを躊躇わなくなった。結果的にこれは間違いであることに気づいたのか、今度はC3となる。これまで幅広な領土主張をしてきたが、今度は選択的攻撃という手段に出た。抵抗の無いところには攻撃的に出て、抵抗があれば止めるということである。南沙諸島での石油採掘に関するベトナムに対する軟化策がそれである。日本が東日本大震災で弱ったところに尖閣問題がピークとなり、中国人の上陸や大規模船団の侵入が続いた。政府の抗議や日本の防衛力強化、アメリカの反発から今は手控えている。アメリカは航行の自由作戦を通じ、フィリピン近海諸島の実効支配を軍事的に牽制しはじめた。背景としては中国経済の成長がゆき詰まり、国内問題に手を焼いているからでもある。習近平の汚職撲滅キャンペーンは 中国共産党の体質改善どころか、自身の問題も含め、共産党幹部の離反も起こしかねない。中国の発展は汚職体質と無縁ではない。奇妙だが、汚職は中国経済発展のエネルギー源なのだ。
 ルトワック氏は戦略の性質を逆説的論理と位置付ける。戦略を理解していない人はデータなどによって「最初の一手を繰り出して、その次の手、そしてその次の手を繰り出していけばそれが最終的に勝利につながると考えがちである。ところが、実際には、自分が一手を繰り出すと、それに対する反応が周囲から起きてくる、相手も動くし、状況も変わり、中立の立場にいた国も動き、同盟国も動く、そこにはダイナミックな相互作用があるからだ。」内政に目を向け他国の情報に疎い中国は戦略を間違いやすい。 中国はベトナムに関しても、日本の尖閣問題に関しても読み違いをしている。日本は軍備を増強し、日米同盟を強化、安保法制を整えた。尖閣諸島に軍事的な行動に中国が出れば、日本もオスプレイや上陸作戦の演習を始めるだろう。もちろん今の日本はいたづらに中国を刺激することはしない。また、彼は国家戦略のパラメーターと変数に関して考察する。変数とはその時の国家の決定によって変化する政策である。パラメータは国家そのものの性質、要するに国体のことだ。例えば「英国は軍事的に強力な存在である」というものである。日本が第二次世界大戦でなぜ失敗したか、ベトナム戦争でアメリカは勝てなかったのか、ロシアの戦略と中国の比較などをこの論法で鋭く分析している。日本の真珠湾攻撃は大成功だったが、戦略的にはアメリカの反発も大きく、さらにアメリカ西海岸の攻撃は無理ということで先のない成功であった。戦略的には大失敗となり日本の敗戦につながった。また、リーダーへの情報がどこまで伝わっているかも問題である。習近平には党内部の情報や中国外務省、人民解放軍との間に情報のずれがあるという。かつて、ヒトラーは1945年まで暗殺の企てを乗り越えて命脈が続いたのは彼は良い情報も悪い情報もかなりぎりぎりまで正確に把握していたといいこれが自身の命脈を維持するもとになった。もちろん最後は妄想のような作戦で自滅したのだが。独裁者にはありがちな情報のボトルネックが存在している。
 ルトワック氏はチャイナC4を提案している。それは九段線の放棄である。また、C3、C2の誤りを修正しC1に戻ることだ。また、海洋パワーとシーパワーを区別して戦略を構築することだ。シ―パワーというのは海洋における軍備、戦力のことである。海洋パワーというのは海でつながる諸国との戦略的同盟関係のことである。   
  
習金平の米英外交は失敗続きだ。
エリザベス女王晩餐会のスピーチでは居眠りされてしまった。
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 習近平は、妻で人民解放軍に所属する国民的歌手である彭麗媛との間に、一人娘・習明沢をもうけている。 1992年生まれの彼女は、現在25歳。杭州外国語学校を出て浙江大学外国語学院に入学し、外国語の同時通訳を専攻。 大学卒業後にアメリカに渡り、名門ハーバード大学に入学したというウワサは広まっていたものの、未確認情報のままだった。
 しかし今回、ハーバード大学の名誉教授で、東アジア研究の大家であるエズラ・ヴォーゲル氏が、アメリカ合衆国政府が運営する国営放送「ボイス・オブ・アメリカ」のインタビューに答えたところによると、彼女は確かにハーバード大学を卒業し、すでに帰国したという。

 習近平は訪米時に2回ハーバードの学長と会っている。ハーバードに留学している学生の支援掌握金が中国企業から申し入れられているが、これは当然習の息がかかっている。彼女は最初に会った時にはまだ在学中だったのではないだろうか。鄧小平、江沢民、朱鎔基などの党最高幹部の子弟は皆アメリカの大学に留学している。習近平は、自身が党書記長に就任する1年前には娘を一時帰国させた。彼は汚職追放や腐敗幹部の取り締まりを政策の柱にしているが、批判を避けるために一時帰国させたが、やはり卒業していた。彼の娘は写真なども出ることがなく、母親似の美人ではないかといううわさがあったが、ハーバードの卒業写真から大したことがないことがわかり、日本の眞子様に比べ、習近平似の顔に中国人をがっかりさせたらしい。

 習近平は自信の財産は3鶯円程度と公表しているが、実際は彼の姉の橋橋が巨大な資産を保有し、ファミリービジネスの規模で見なければ正しい認識ではない。彼女が香港に所有している不動産だけで60億円以上の価値があり、父親以来の莫大な資産がある
彼は中国のレアアース販売のほとんどを手掛けている企業の株式の18%を保有している。これだけで時価230億円の価値があるという。
江沢民も、温家宝も同様に莫大な資産を保有している。ファミリービジネスのことは中国人も皆知っている。彼は汚職撲滅や不正摘発をスローガンにしているが、彼の権力システムを保存するために行っており、政敵を叩く手段に過ぎない。彼自身や太子党の仲間に関しては手つかずだという。こんなことでは、いつか習近平がテロに狙われる恐れもあるだろう。しかし、悪い奴ほどよく眠るというパターンもある。今彼が腐心しているのは自身の権力基盤の固定化だろう。

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習近平は、妻で人民解放軍に所属する国民的歌手である彭麗媛との間に、一人娘・習明沢をもうけている。 1992年生まれの彼女は、現在25歳。杭州外国語学校を出て浙江大学外国語学院に入学し、外国語の同時通訳を専攻。 大学卒業後にアメリカに渡り、名門ハーバード大学に入学したというウワサは広まっていたものの、未確認情報のままだった。

しかし今回、ハーバード大学の名誉教授で、東アジア研究の大家であるエズラ・ヴォーゲル氏が、アメリカ合衆国政府が運営する国営放送「ボイス・オブ・アメリカ」のインタビューに答えたところによると、彼女は確かにハーバード大学を卒業し、すでに帰国したという。

習近平は訪米時に2回ハーバードの学長と会っている。最初に会った時にはまだ在学中だったのではないだろうか。鄧小平、江沢民、朱鎔基などの党最高幹部の子弟は皆アメリカの大学に留学している。習近平は、自身が党書記長に就任する1年前には娘を一時帰国させた。彼は汚職追放や腐敗幹部の取り締まりを政策の柱にしているが、批判を避けるために一時帰国させたが、やはり卒業していた。彼の娘は写真なども出ることがなく、母親似の美人ではないかといううわさがあったが、ハーバードの卒業写真から大したことがないことがわかり、日本の眞子様に比べ、習近平似の顔に中国人をがっかりさせたらしい。

 習近平は自信の財産は3鶯円程度と公表しているが、実際は彼の姉の橋橋が巨大な資産を保有し、ファミリービジネスの規模で見なければ正しい認識ではない。彼女が香港に所有している不動産だけで60億円以上の価値があり、父親以来の莫大な資産がある
彼は中国のレアアース販売のほとんどを手掛けている企業の株式の18%を保有している。これだけで時価230億円の価値があるという。
江沢民も、温家宝も同様に莫大な資産を保有している。ファミリービジネスのことは中国人も皆知っている。彼は汚職撲滅や不正摘発をスローガンにしているが、彼の権力システムを保存するために行っており、政敵を叩く手段に過ぎない。彼自身や太子党の仲間に関しては手つかずだという。こんなことでは、いつか習近平がテロに狙われる恐れもあるだろう。しかし、悪い奴ほどよく眠るというパターンもある。今彼が腐心しているのは自身の権力基盤の固定化だろう。

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1.ロシア革命は失敗した

ロシア革命はソビエト連邦という巨大な官僚制国家を生んだ。共産主義という目標のもと、多くの人々が犠牲になった。この事は中国の内戦、文化大革命で、又、カンボジアのポル・ポトの支配でも起きた。共通していることは、市場経済を導入することに失敗し、農業政策を誤り、官僚制の貫徹のために粛清が行われたことで、これは今の北朝鮮でもおきていることである。特徴的なのは、その規模が大きく、犠牲者の数が戦争より多いことである。ロシア革命は今年で100周年となる。ツアー体制の転覆には成功したが、革命のめざした階級のない社会、貨幣の不要な平等な社会の実験は恐ろしい結果とともに失敗した。

2.スターリンの敵は農民

ロシア革命は国内生産力の極端な低下を招いた。NEPという市場経済を一部導入した経済政策である。レーニンは共産制に移行するのが無理と見て、市場経済を導入した。ゴスプランという科学的な統計手法を使い生産と分配、供給の理論を使い、計画経済を進めた。これは間違った理論であったが戦後も続けられ、ブレジネフの時代まで続いた。ネップは10年続き、農村は疲弊し穀物の国家保有量は1913年を100とすると2年間で94%も減少し、10年経っても75%にしかならなかった。このため、餓死者は300万人~500万人にのぼり、クリミヤタタール50万人の死体が放置された。人々は人肉まで食べ始めた。レーニンは対策と称して教会財産の没収を始めた。賛成した聖職者も含め、聖職者達の8000人が処刑された。5ヶ年計画による生産力の増強を行ったが食料の農民からの収奪は続き、備蓄は回復したが農業政策は見事に失敗し、食料不足は続いた。これを富農、中農ークラークのせいにして農村人口の5%40万人を絶滅させるべく追放した。

3.コルホーズ

これはコルホーズという集団化の過程で300万人がクラークのレッテルをはられ追放された。彼らは貧農と違い、実際は生産性の高い農業の担い手であった。1932年に5ヶ年計画は終了したが、500万人~700万人の餓死者が出た。農民の反乱は1930年には300万件、900件以上の武力闘争をOGPUや赤軍が鎮圧した。スターリンの敵は農民であり、その責任をクラークにして貧農の憎悪の対象とし、コルホーズの推進に利用した。農業生産が回復しても、穀物は輸出に振り向けられ、軍備に使われたので都市の労働者の配給は依然少なかった。革命が労働者を中心に行われたかというと、そうでもない。確かにロシアの課題は工業化の遅れであった。工場労働者は1%にも満たなかった。ロシアは農業国だった。工業化の推進は虚三島の悲願だった。しかし、工業化は進み、その成果は軍備増強に向けられた。その結果、独ソ戦には大いに兵器を供給することが出来た。民生品は依然乏しく、これらが供給されるのは戦後、1960年後半まで待たなければならなかった。軍備は収容所列島の強制労働によって進められた。核兵器や宇宙開発の基盤は彼らによってなされたといって良い。民生品の供給不足は女性用の下着や靴下にもおよび、1960年代にソ連のバレー団が日本に来ると団員が下着や靴下を買いあさり、日本の招待者はびっくりしたという。

4.責任者はスターリンだけではない

こうした弾圧を実行したのがモロトフやカガノビッチである。失敗に対して反スターリングループが生まれたが、これに対する大粛清が始まった。1933年春の17回党大会の参加者は4年後1966人中1108人が逮捕され848人が銃殺された。1934年のスターリンの盟友キーロフ暗殺後粛清はピークを迎えた。1936年カーメネフ、ジノビエフなどの旧左派の幹部13人がスターリン暗殺を企てたとして処刑された。OGPU長官ヤゴダもブハーリンとともに銃殺された。次のエジョフは治安担当の党書記となり、中央、地方を問わず辣腕を振るった。
チェリヤビンスク州では4000名の指示に対して14000人を銃殺した。しかし、スターリン、モロトフが1938年に銃殺指令を出したのは3167人、最高裁で最高刑を宣告されたのは1937年から38年で38679人。党幹部、経済官僚、軍人など72,590人が銃殺されたが、地方では5倍の30万人は殺された。エジョフは137万2393人を逮捕、68万1692人を銃殺した。これは正式に裁判を経たものだけで、ゴルバチョフが明らかにした数字である。エジョフが銃殺しようとしたべリアが長官になると彼も銃殺されてしまった。その後のベリアはスターリンの忠実な部下としてその死後も活躍したが、フルシチョフとの権力闘争に敗れ銃殺された。まるで国家がテロリストに乗っ取られてしまった様相なのであった。スターリンが幹部を処刑している情報に一番喜んだのはヒトラーだったという。ソビエト連邦が軍事的経済的に弱体化することはナチスドイツの利益だった。共産党右派が粛清されたことは若手の台頭を後に促進することになる。ブレジネフやアンドロポフなどの成長によって戦後のソ連の発展が用意されたのである。ブレジネフはマルクスレーニンの著作に関心がなかったという。

5.収容所列島

銃殺されなかった者は収容所に送られ、白海バルト運河、モスクワボルガ運河などの強制労働に従事し、多くが死んだ。1938年には225万9000人が収容所に送られた。独ソ戦開始時1941年230万人が収容され彼らは軍隊と経済生産要員に振り分けられた。第二次世界大戦での犠牲も凄惨である。ドイツ軍の捕虜になった者は開戦直後の1941年だけで380万人、全体では620万人であり、そのうち戦後解放されたのは4割、60%のほとんどが餓死した。解放された兵士も捕虜になったことを批判されシベリア送りとなった。レニングラード900日の攻防戦では市民230万人が餓死やドイツ軍の攻撃で死んだ。収容所列島は戦後も存在し、核開発のためのウラン鉱山、輸出のための木材切り出しなどの過酷な労働に従事した。

6.第二次世界大戦

第二次世界大戦で866万8400人が軍人として亡くなり、ペレストロイカ後の調査では国民の2760万人が犠牲となった。確かにスターリングラードなどの激戦で亡くなった兵士もいるが、無謀な突撃や人命軽視の作戦での犠牲も多かった。これだけの犠牲に対して全く反省のないのが、ソ連を支えたモロトフなどのスターリン官僚である。このような国と日本は国防や北方領土交渉でお付き合いしなければならないのである。我々が高校生当時、歴史の教員は共産主義に共鳴したものが多かった。彼らはこのような実態を知っていたが知らん顔をしていたか、本当に知らず、この実験国家をアメリカ資本主義の批判することでソ連を擁護していた。共産主義は歴史の必然とまで説いた。
我々は結果的には歴史の教員に騙されていたのである。彼らは唯物論的な歴史観を持っていた。自分が大学に入り初めてマックスウェーバーや近代経済学を学び衝撃を受けた。東大や京大、早稲田大学や法政大学ではマルキストとその歴史観を持った学者が主流だった時代である。彼らは今どうしているのか。モロトフ同様あの時は仕方がなかったと言っているに違いない。反省のない輩である。共産党は今や赤旗で食っている年金コミュニスト集団なのである。



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金正男がクアラルンプール空港で暗殺された。まるで古代帝国の権力闘争で親族内部の殺しあいの様相、その異常さにマスコミで驚きの解説がなされる。核実験やミサイル発射で世界から制裁を受け、さぞやへたっているだろうとおもいきや、北朝鮮は思いの外お元気なのである。その理由は北朝鮮は日本より凄い資源大国であるからなのだ。世界と仲良くして稀少な資源を売り、不足した食料を輸入すれば国民は豊かになるのだが。自分の一族支配が全てのような構造が国民の不幸をまねいている。しかし、戦前の日本もそれに近い姿だったと自分には思えてくる。天然資源の乏しい日本の資源は人である。

Wikipediaによると

朝鮮半島では「北の鉱工業、南の農業」という言葉がかつてあったほど、などをはじめ北部で様々な鉱物が採掘されてきた。大韓商工会議所が2007年に出した報告書によれば、マグネサイトタングステンモリブデン黒鉛蛍石など7種類の鉱物の埋蔵量が世界トップ10に入る。同年までに把握されている北朝鮮の鉱山は約760か所であり、そのうち30%が炭鉱である。同国の地下資源は200種類以上に達し、経済的価値を有する鉱物だけでも140種類を超えると見られる。

北朝鮮の資源で特筆すべきは無煙炭であり、その質は極めてたかく、製鉄やコークス、練炭、豆炭には欠かせない。中国は輸入を止めるわけにはいかない。

韓国貿易協会の統計によると、北朝鮮の中国への無煙炭の輸出額は昨年11億3218万ドル(約1330億円)となり、前年比で17.6%減少した。北朝鮮の対中無煙炭輸出額が前年比で減少したのは2006年以来。

 輸出量は1543万トンで、前年に比べ6.4%減少した。輸出量が落ちるのは2008年以来。無煙炭は北朝鮮最大の対中輸出品で、昨年の対中輸出に占める割合は39.8%に達している。経済制裁が徹底できない理由だ。この事をなぜマスコミは報じないのか。実は経済制裁が始まる前、10年前までは日本の製鉄会社も輸入していたのである。

 無煙炭の輸出が落ち込んだのは、2013年末の張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長の処刑が影響したとの見方が出ている。処刑当時、北朝鮮当局は張氏に対し、「石炭をはじめとする貴重な地下資源を(外国に)売り払った」と非難していたことから、北朝鮮が中朝貿易で無煙炭など鉱物の輸出を減らす可能性が指摘されていた。

 2番目の対中輸出品である鉄鉱石も昨年の対中輸出額が2億1858万ドルとなり、前年比で25.7%減少した。2010年以来の低水準となる。


もう一つの資源は人である。北朝鮮は寒さが厳しく、そもそも農業には適していない。気候次第では深刻な食料不足になる。忍耐強い北朝鮮の労働者は過酷な自然の国や3Kの仕事に従事し、賃金を送金している。

 無煙炭と鉄鉱石の対中輸出が減ったのは、北朝鮮の対中輸出額全体が2009年以来のマイナスになったことに決定的な影響を与えたとみられる。国連のマルズキ・ダルスマン北朝鮮人権状況特別報告者は北朝鮮当局が海外派遣国数は17カ国前後に上り、本国に送金された額は年間あたり12億~23億ドル(約1440億~2760億円)とみられると指摘した。

 同報告書によれば、出稼ぎ労働者の総数は少なくとも5万人。派遣国はロシアやポーランドに加え、中国、モンゴル、ミャンマーなどアジア地域、アルジェリアやクウェート、リビア、ナイジェリアなど中東・アフリカ地域。

 労働者は鉱山地帯や森林伐採場、裁縫工場、建設現場などで長時間労働を強いられ、月額給与は120~150ドルに抑えられ、その大半を北朝鮮当局に送金しているという。

北朝鮮の人々は勤勉で、また体格も良い。優れた身体能力で、貧弱な環境から突然、オリンピックの柔道やサッカーで好成績が出る。美人も多いそうだ。彼らが金政権を支える理由は一体何か。

(参考)

北朝鮮における鉱床は、生成時期別に以下のようなものがある



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1.国際情勢

12月の安部総理・プーチン大統領会談は北方領土問題を経済協力にすり替えられ、主権の問題も双方が譲らず、島内における両国の活動原則となる新しい法制度とは一体なにか、訳のわからないまま終わった。外交だから先方が折れればこちらも折れなければ何も進まない。そもそも、ロシアの領土問題はクリミアとウクライナ紛争が最優先事項である。クリミア半島の編入をしているロシアがそれに比べれば世界から忘れられた北方領土を返還することなどはあり得ない。明らかなドイツの東プロイセン、ケーニヒスベルグ等は占領後戦利品としてヤルタ会談で戦後処理上併合してしまった。軍事的支配と領土とが一体の社会がロシアだ。人もいない尖閣や岩礁のような竹島の領土主張も心もとない我が国が交渉で可能かだが、彼らが軍事基地やミサイルも置く実行支配下の領土を手離すわけがない。右翼連中は日露戦争でもしたいのだろう。ただ、プーチン大統領は東シベリアの開発にはとても熱心だということが分かる。このままでは北方領土問題と経済が不可分とされ、ロシアへの日本の重要な経済問題が領土と絡み暗礁に乗ってしまう。今後10年は動かない。

2.経済価値は政治の下か

千島はロシアにとって将来の北極航路の基地となりうる重要な領土である。その点は日本も同じだ。東シベリアのガス田は日本のエネルギー源として大切である。シベリアは製造業にはロシアの消費地に遠すぎ、輸送コストの点で不利。しかし、石油や天然ガスは日本と韓国という顧客が期待できる資源であり、資源大国の未来を左右する。日本にとって、裏日本はロシアと北朝鮮の国交次第で発展を左右される。国後択捉ならまだしも、歯舞色丹ではあまりにも経済価値がない。東北北陸の活性化には、日ロ平和条約の締結が期待される。

3.歴史的な大転換

ロシアとの国交は幕末以来の大転換点てある。明治維新後の関係は日露戦争で急速に悪化し、ロシア革命から日本はシベリア出兵という関係を経て、ソビエト連邦という体制では我が国とは良好な関係を築くことが難しかった。ロシアも、東西冷戦を経て20世紀の大きな転換点から今は安定した国家体制になり、広大な国土を1億4千万人の人口で支えねばならない。返還要求は続けるべきだと思うが、日本は国後択捉のような些末な領土を主張して経済活動の機会を失うことは大局的ではない。領土問題を経済に優先させる外務省の面子や一部の右翼の資金稼ぎのためにロシアとの経済協力が犠牲になっているような気がしてならない。

4.ロードマップを

政治解決だけで領土問題が解決できるとは到底思えない。経済活動や文化交流、さらには平和条約を締結して初めて話し合いができるのではないか。プーチン自身も経済を領土問題の取引材料にはしないといっている。今のままではお互いの主張を言い張るだけで終わってしまう。経済を先に持ち出すと、政治解決を所管している外務省は面白くないのだろう。会談の成果は無いような報道情報を流しているに違いない。そもそも、国後択捉で経済活動って何か?道路舗装、土木工事とか鮭やカニの缶詰め工場ろうか。観光くらいだろうが、沖縄のようにはいかない。北海道の経済すら沈滞しているのに島で一体何ができるのだろうか。裏日本の諸都市、新潟や秋田とウラジオストックの航空路線やガス田開発を進めてもらいたいものだ。今回の安倍首相のプーチンに対する主張やアプローチはそもそも成果を求めることが難しいので悪くないと思っている。日露関係のロードマップを描く契機である。

<参考1:北海道の経済成長率>
道内の経済は、平成 21 年度の経済成長率(名目)が 9 年連続でマイナスとなるなど、長引く景気低迷
から脱することができない状態にある中、東日本大震災により、水産業被害や観光客の減少、道産食品等に対する海外での輸入規制の強化などの影響を受け、厳しい経済状況が続いている。

<参考2:北海道の生産額>
北海道の総生産額は平成17年度から4年連続で減少しており、平成15年度の 19 兆 8,000 億円
から平成 20 年度には 18 兆 4,000 億円にまで落ち込んでいる。北海道の総生産額にみる経済状況は
厳しいと言える。一方で、産業別の産出額を見ると、全国に占める北海道のシェアは一次産業の農業、林業及び漁業でいずれも10%を超え、他都道府県との比較でも農業と水産業は1位、林業も2位となっている。
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宗教と地政学から読むロシア下斗米伸夫著:日本経済新聞出版社
プーチン大統領の政策の背景 (書評)

  やたら、馴染みのない人名が出てくるので往生したが、それだけ日本人はロシアのことを知らない。社会主義ソ連はスターリンの恐怖政治のことや、マルクス、レーニン主義の難解な理屈しかしらない。満州進攻とシベリア抑留、日露戦争もあったがロシア人については理解不能だ。トルストイやドストエフスキー、オリンピックのバレー、体操競技では親しみがある。北方領土問題では理不尽な態度を和らげない国。
下斗米氏はウクライナ危機の深層を現代ロシアと宗教との関係、国際秩序の変容を文明論、歴史的視点から解き明かしている。特にプーチン大統領の政策の根本は何か、ロシアについて予備知識の乏しい我々には目から鱗である。30年戦争からフランス革命にかけ、ヨーロッパは宗教と政治を分離した。現代の国際関係の基礎となっているウェストファリア体制では宗教的要素を棚上げにして、世界秩序を「主権国家」が織りなすパワー・ゲームとして構想した。共産主義と自由主義の対立を軸にした冷戦もまた、ウェストファリア体制の継続であった。しかし、冷戦の終焉を契機に、イデオロギーに変わる新たな政治の基軸として宗教の役割が見直された。ロシアのクリミヤ編入は西欧とロシアの分離さらにウクライナ自体の東西分裂という構造的問題が次第に明らかになるとともに、世界政治の焦点は、中東危機、IS(イスラム国)問題や難民問題の背景にある宗教に移ってきた。千年にわたる歴史的・宗教的経緯を抜きに、つまり文明論的・宗教的アプローチ抜きに、今のロシアのアイデンティティ、あるいはロシアとウクライナとの特殊な関係は理解できない。
このことを下斗米氏は詳細に説明してくれる。そして、理解するカギとなるのが「モスクワは第三のローマ」という世界観。もともと、17世紀半ば、正教とカトリックとの和解という当時の国際的な潮流に乗ってカトリック的要素を取り入れ儀式改革を進めようとした「ニーコン改革」に反発し、モスクワを聖なる都=「第三のローマ」と信じた「古儀式派」といわれる伝統重視の保守派が唱えたもの。「古儀式派」とこの改革をめぐる分裂は、これまでのロシア論では無視されてきたが、21世紀に入りウクライナ危機により注目されるようになった。なぜなら、この宗教改革をめぐる対立問題が、単に宗教上の争いにとどまらず、ロシアとウクライナ、つまりモスクワとキエフとの関係、そしてウクライナ危機やロシアのアイデンティティというきわめて現代的な問題の源流となるものでもある。さらに、2017年に100年目を迎えるロシア革命の解明にも、ソ連崩壊の理解にもつながる重要な要素であった。ソビエトというのは古儀式派のコミュニテーがモデルであった。この宗派の宗教生活やコミュニティがいかなるものかの説明はほとんどなかったので、自分で調べてみた。これはまさに、西欧のプロテスタントに相当する人々であった。最近バレンタインデーで日本では2月14日にチョコレートを買うが、その元祖、モロゾフもこの古儀式派の流れをくんだ亡命ロシア人であった。ベリコルーシー、マロルーシ、分離派である古儀式派、カトリックに近いユニエイトグループなどがウクライナには入り組み、ウクライナ人も東西に分かれている。ただでさえ複雑な政治にさらに宗教が入り混乱する。プーチンのロシアはどこへ行くのか。文明論的・宗教的アプローチで、政治と宗教とが「交響」する、ウクライナ危機、現代ロシア政治の深層を解き明かす。ロシアにとって中東との関わりは深く、アメリカの比ではない。オスマントルコとの戦い、イスラエルの建国にも関わってきた。オバマのアメリカが中途半端に取り組んだシリア、さらにはイスラエルとの関係、以前のイラク政策の失敗を彼はじっと見続けてきた。昨年のプーチン大統領訪日時に記者会見でロシアの記者がクリミア問題をあえて質問したのは北方領土にこだわる日本に、ロシアにとって重要な関心事はこちらにあり、北方問題の解決はほど遠いことを知らせるサインだったといえる。この本でもウクライナ問題の複雑さは宗教と歴史が入り組み、政治にも影響していることは分かるが、パワーポリテックスの世界はそれでは語りきれないことも分かる。これからの世界で当面プーチン大統領の存在は嫌がおうにも増すことだろう。東シベリアの開発、北極航路の開拓こそロシアの発展を方向付ける。ここに日本の国益がある。しかし、下斗米氏はロシア正教の古儀式派を今のロシアを規定するには今一つ決め手に欠ける。多くのロシアのリーダーが関係していたが、その信仰的なな内実は不明なのである。

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 「トランプ米大統領による中東・アフリカ7カ国からの一時入国禁止や難民受け入れ停止をした大統領令の是非に関し、ロイター通信が全米50州で実施した世論調査で49%の人が賛成し、反対の41%を上回っていることが分かった。」ニュースは反トランプのデモや利害の反する人々、日本ではグローバルな情報産業の経営者などが困惑の発言を報道している。今彼が取り組んでいるのは、新しい彼に協力するスタッフ構築で、選挙の公約は速やかに実行する中で、政府内の敵味方を選り分けている。難色を示した輩は「FIRED]なのだ。 トランプの大統領令についてマスコミはトランプの独善と無知をあげつらうが、感情的な反発が多い。事情を知らないか思惑のある各国首脳の意見など何の意味も持たない。今日、木村太郎が言っていたが、その背景を見なければトランプは単なる馬鹿者である。逆にとんでもない策士だということだ。アメリカの民主主義において、公約の実現は厳しく投票者から評価される。むしろ、投票者からは良くやっているという行動だろうと言っていた。彼は利口な人物で、公約したことは、ただちに実行し、後からでてくる問題に備え、公約実行の結果から来る反発も含め乗り越えていく決断をしてると思う。しかし、選挙のとき、過半数は反トランプだから、今後は議会運営や、弾劾に向けての運動を抑える景気対策ができるかだ。結果は分からないが、アメリカにとっては、クリントンでは出来ないことをやっている。彼を正面から説得したり、近寄らない方が良いかもしれない。安倍さんは慎重に真意を聞き出してもらいたい。国防については、明らかに新たに任命された国防長官はトランプと違うことを言っている。トランプの大統領令に反発するのは<①「所謂リベラル派マスコミ」、②「既成の『ワシントンDC的』政治家」、③「旧発想から抜けられない失敗しつつある旧世界の国家指導者」たち、④おもに①に洗脳され、お仲間のSNSに触発された「多様な(!)世界市民」の皆さん。であることを念頭に今後の動向を見つめたほうがよいであろう。

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モロゾフ夫人の逮捕(モスクワのトレチヤコフ美術館の名画「モロゾワ夫人」)


 チョコレートの季節がやってきた。2月14日のバレンタインデーにチョコレートを贈るという習慣はどう日本に定着したのか。チョコレート業界の販売促進策にに消費者が乗ってしまったのだろうか。土用丑の日の鰻も日本古来の習慣ではないが、現代社会にも定着している。義理チョコなる言葉もあるが、多分日本社会においては、愛とか女性が男性にプロポーズするなどという男女の関係性はなじまず、むしろ義理とか人情の方が好まれるのだろう。チョコレートをギフトにするというのはイギリスのキャドバリーという会社が最初で、きれいな箱に上品に収まったチョコレートで板チョコだったと思うがバレンタインのギフトを始めた。しかし、欧米ではバレンタインデーはカードを贈る日であってプレゼントをするのは日本独自の習慣になっている。バレンタインチョコレートの元祖はモロゾフといわれている。今のモロゾフは一部上場企業で商標名、企業名はモロゾフだが創業者のモロゾフがオーナーではない。
モロゾフ氏は気の毒なことに創業時の共同出資者と裁判になり、和解の結果企業名と商標名モロゾフを剥奪された。しかし、彼の長男がコスモポリタン製菓という会社を再度立ち上げ、2006年まで経営していたが、今は廃業した。ロシア革命から家族で難民になった壮絶な歴史を持つが、モロゾフチョコレートの起源である事には変わりはない。共同事業者葛野友槌は京大を出て材木商になった人物で学生時代共産党シンパであった。共産党の野坂参三は弟で妻竜は葛野家から来た。今のモロゾフに発展した葛野友太郎はモロゾフを葛野に紹介した福田の娘と結婚した。モロゾフは難民であり、日本語も不自由だった弱みを衝かれていたのである。モロゾフの名前とチョコレート事業は最初から葛野に狙われ、難民であることを利用された。和解の条件も彼をソビエト政府に通告し、承諾しないと本国に送り返すぞということで恫喝したものだった。共産党の重鎮だった野坂参三は共同事業者の親戚であり、どこまでかかわったかはわからないが、ソ連のスパイであり、ソ連との関係にモロゾフは驚愕したに違いない。モロゾフは気の毒であり、葛野も野坂もひどい男である。ただ、当時の国情から、満州事変など、日本に来た亡命外国人には社会の目は厳しかった。
モロゾフのチョコレート
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新潟市マツヤのロシアチョコレート
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 バレンタインデーにチョコレートという組み合わせは神戸のモロゾフ洋菓子店が1936年に始めたのである。さらに、モロゾフにいた職人の原さんが1949年にメリーチョコレートを始めた。1958年に新宿伊勢丹で原さんの次男がバレンタインデーフェアを行った。これを機に伊勢丹や不二家が1970年代にバレンタインチョコというキャンペーンを始め全国的に盛り上がり、日本ではこの日1日で1年間の10~13%を売り上げてしまうほどになっている。メリーチョコレートも会社はリーマンショックで破たんし、今はロッテ傘下。

最初のバレンタインチョコレートの広告
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 このモロゾフという名前は帝政ロシア時代の大富豪モロゾフ家に由来する。多くの皇帝派のロシア人が革命を逃れて日本にきた。彼もシアトルに渡ったあと神戸でロシア菓子を売って生計を立てたのが始まりである。ロシア人というのはチョコレートが大好な国民である。新潟に、いまもロシアチョコレートの店マツヤというのがある。モロゾフ家はロシア正教の一派、古儀式派の信者であった。この古儀式派はロシア正教のニーコン改革という国家権力と結合した改革に反発し、キリスト教の原点に戻ろうとする運動であったが、ロシア革命の直前まで弾圧され、ニコライ二世が承認するまで苦難の歴史が続いた。ところが、ソビエト政権になってからの宗教弾圧で悲惨な銃殺処刑や流刑の対象になり、シベリアや満州、中国黒竜江省周辺まで逃げ、さらには日本に白系ロシア人と言われ逃亡を続けてきたのであった。モロゾフ氏は古儀式派と思われる。

この古儀式派は今もロシアとその周辺ラトビア、ポーランドなどに200万人いるといわれている。モロゾフ家は分離派(ラスコリ二キ:ドストエフスキーの罪と罰の主人公の名前はこれから取った)ともいわれる古儀式派の貴族がルーツである。ピョートル大帝の父の時代に最も権力のあった貴族だが、分離派として弾圧された。ニーコン改革でロシア正教は分裂し、教会を皇帝の上に位置付ける体制は逆転し、ロシア絶対王政のきっかけとなった。1671年フェオドシアモロゾワ夫人は逮捕され、ピョートル大帝の迫害の象徴となった。分離派の人々はキリスト教徒としての厳しい生活様式をかたくなに守り、禁酒、銀行から借金をせず、蓄財と勤勉を守る人々で、そうした生活を続けたことから、大富豪や富農になるものが多かった。ロシア革命のときにはまさに攻撃の対象になった。実は今の大統領プーチンもこの古儀式派の家系であり、祖父はモロゾフ家の屋敷に住んでいたレーニンのコックをしていた。レーニンは革命によってこのモロゾフ家のモスクワの屋敷を摂取し晩年はテロを恐れ、そこで暮らしたのであった。ロシア革命の弾圧の対象となった古儀式派の人々は離散し、ソビエト崩壊まで政府の圧迫を受けてきたが、実はロシア革命の支援者であり、中心的な人々を多く生んできた。スターリン時代の外相モロトフなどが代表的だ。ソビエトというのも古儀式派の共同体をコピーした仕組みであり、ヨーロッパ民主主義がプロテスタント教会をプロトタイプにしたのと似ている。古儀式派の人々は多くの優秀な人材を生み、ソビエトのコルホーズなどでも、好成績を収めていたという。モロゾフチョコレートの元祖がモロゾフ家の末裔だとすれば数奇な運命を経て、その一族が日本で生き延びていたのであった。もちろん、日本のバレンタインデーにおいてそんな歴史をかみしめてチョコレートを味わう御仁は自分ぐらいだと思うのだが。

大貴族モロゾフ家は、古儀式派の牙城であったばかりか、当主のボリス・モロゾフ(1590~1661)は、アレクセイ帝の義兄で、かつてはその教育係を務め、実権を握っていた。5万5千人の農奴を所有する大地主でもあった。61年にそのボリスが死に、67年にニコンが罷免されると、アレクセイ帝は、古儀式派の精神的支柱であったモロゾワ夫人(ボリスの弟グレープの夫人)の逮捕に踏み切る。

モスクワのトレチヤコフ美術館でひときわ目立つ名画「モロゾワ夫人」はまさに彼女が逮捕され、信者に見送られながら橇で連行されていくさまを描いたものだ(ワシーリー・スーリコフ作)。彼女はその妹とともに改宗を迫られたが拒否し、土牢で餓死させられた。絵の中で右手を挙げているが、これはニーコン改革で十字を3本の指できるよう強制されることに対する反対の意味で旧来の2本の指を掲げているのである。

近代にはモロゾフ家の家系は、1820年にサッバ・ モロゾフと4人の息子たちが、農奴の身分を1万7000ルーブルで買い戻して自由人になったことから始まる。 彼らが創設した綿紡績工場は、19世紀後半には大工場に成長した。
 モロゾフ家は、20世紀初頭には5万4000人もの労働者を抱え、 その生産額は当時の1億ルーブルをはるかに超す資産家となった。初代のサッバ・モロゾフ、息子のアブラハム、エリセイ、ザハール、 チモフェイ、そのまた息子たちは、ともに事業家でありながら芸術家のパトロンとなり、経済援助を惜しまなかった。
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モスクワのモロゾフ邸
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 ウクライナにはコサックが部族社会のように軍団とロシア正教が一体になった社会が存在した。1649年ポーランドリトアニアと対立していたフメリニツキー率いるコサックがペレヤスラブ協定をロシアと結び、コサックの領土を安堵し、ロシアと同盟を結んだことが、カトリックのポーランドに対する大勢力となり、第二次世界大戦まで、ロシアと対立する原因となった。また、ロシアにとってもロシア帝国を確立した記念すべき協定であった。このフメリニツキもペレスラブ協定もわれわれ日本人は全く習ったことがない。ポーランドはリトアニアとタンネンベルグの戦いでドイツ騎士団に勝利し、大帝国であったのだが、これを機に衰退の一途をたどるのである。
 クリミアもタタールが長く支配し、タタールとの戦いを克服したロシアが勝ち取ったところであり、このセバストポールハクリミア戦争から第二次世界大戦でも多くのロシア人の血が流されたところである。セバストポールは黒海艦隊の本拠地であり、ウクライナの行政化にあってもロシア艦隊の重要な寄港地である。この地をプーチンは住民投票でロシアに編入したことがNATO諸国、特にドイツとアメリカがロシア制裁の急先鋒となりヨーロッパとの関係が悪くなった。しかし、クリミアはウクライナ同様ロシアが歴史的にアイデンティティのためにも大切にしたところで、それがアメリカの策謀によって、グルジアもそうだがアメリカの策謀によってNATOに組み込まれるというのはあまりにも耐えがたいことであり、それが今のロシアの領土感覚である。そのために、12月のプーチン、安部共同記者会見ではロシア側の新聞記者の唐突な質問となったのである。

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 冷戦時、我々はロシアというより、ソビエト連邦として、共産主義国家の代表として、マルクスレーニン主義を学べばわかったような気になっていた。しかし、ロシアというのはロシア人自身もなかなか定義しにくい複雑な構造を持っているようだ。広大な国土、多様な人種、民族、言語、宗教が混在し、国民国家として統治することが難しい構造だ。しかし、今や、プーチンの支持率は85%を超え、今後混迷が予想されるEUやトランプ政権のアメリカよりはむしろ安定した国家ではないか。これをまとめたプーチンはかつてのツアー体制を作ったイワン雷帝やピョートル大帝に匹敵する指導者かもしれない。レーニンやスターリンは国民に人類史上まれな大悲劇をもたらしたリーダー。にもかかわらず二人は歴史的功績も認められている。同様に彼がチェチェン紛争を弾圧し平定したこと、さらに、クリミアを奪還したことは大きな支持につながっており、日本の北方領土に付け入るすきを見せないのは歴史的な経緯があることを日本のマスコミは報道しない。今の時点で北方領土の話が全くできる状態ではないことを安倍総理は分かっているのだろう。プーチンの日本での記者会見でロシアの記者が、ウクライナ問題について質問したことは、ロシアの事情を日本社会に知ってもらいたいというロシア人の願いが込められていたのだ。ロシアを理解するにはキリスト教との関係を先は頭に入れねばならない。
「古儀式派の人々と教会」
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ロシアは共産主義政権時代の唯物主義無神論の経験があるが、実はこの中にもキリスト教の影響は大きく残っており、ロシアの無神論者は今や純粋なキリスト教徒になっているという。歴史的に見て、ロシアの基督教はイスラムのコンスタンチノーブル支配で1453年によって東方教会が崩壊し、その後キエフでキリスト教に改宗した時代からロシア正教として東方教会を引き継いだのである。東方教会は第二のローマであるコンスタンチノーブル、エジプトのアレクサンドリア、シリアのアンティオキア、エルサレムに主教を置いており、988年にキエフのウラジミール大公が改宗したことでロシアに広まった。その後、モンゴルに席巻されたりしたが、イワン三世(1462年~1505年)がモスクワの大公として全ロシアを支配する位置を得たときにモスクワに東方正教は中心を移し、ロシア正教となった。それまで、聖書がギリシャ語で書かれ、守ってきたギリシャ正教が東方教会では中心的な地位を占めていたが、オスマン帝国に支配されてからはロシア正教によって国家と宗教が合体した。そのころ、ヨーロッパでは宗教改革が行われ、プロテスタントが生まれたが、ロシアではこれは無かった。このロシア正教も地域的にも幾つかの派がある。ロシア正教としてニーコン総主教が改革をしたときに反発があり、ロシアでも古代回帰の運動が起きた。プロテスタントもそうだが、キリスト教の改革というのは全く新しいものを作るというより、むしろ原始キリスト教のような創設期の過去に回帰しようという形で行われる。ニーコンの改革に反発し、古代キリスト教に戻ろうというグループが古儀式派と言われ、彼らの改革運動は19世紀まで国家から弾圧された。ロシアというのは3つのルーシーからなり、それぞれが宗教と政治を一体のものとした。ベリコルーシー、ベラルーシー、マロルーシーである。キエフルーシーの末裔としてマロルーシーがあり、コサックが中心であった。ロシアにとって重要なのは、カトリックポーランドと抗争していたフメリニツキーとペレアスラブ協定が1654年に成立し、ロシア帝国の基礎が作られた。その後、300年目にクリミアをウクライナ共和国にフルシチョフが譲渡し、今日のウクライナ紛争の種が植えられたのである。ロシア人がコサックの反乱の物語として隊長ブーリバ、タラスブーリバの物語をゴーゴリが書いたことを記念し、一大スペクタクル映画をその没後100年に制作したことも関係している。
 古儀式派というのはヨーロッパのプロテスタントに相当し、長い間、弾圧を受けてきた。その古儀式派は正式な教会としては認められなかったがゆえに、地下にもぐり、ロシア革命のソビエトの基礎となったと下斗米伸夫氏は「宗教地政学から読むロシア」という著作で述べている。この古儀式派がどのようなサクラメントを行っているかは自分は知らない。しかし、今も、この古儀式派信者は1924年時点で3500万人いたといわれている。唯物論無神論の共産党政権下、こうしたロシア正教の信徒はロシア民衆に根付き、独ソ戦においてもスターリンは彼らを弾圧することはできず、軍事的には利用したのである。ドイツ軍のモスクワ包囲を解放したシベリア師団はシベリア開拓に追われた古儀式派が主力だった。ソビエト崩壊ごロシアでのキリスト教が急速に復権したのだが、信仰は全く失われず、連綿と引き継がれ、プーチンなど現政権においても多くがキリスト教徒なのである。こうした現実は日本のマスコミは全く触れず、朝日新聞を中心に親ソ派が無神論ソビエトを報道し続けたのである。政治と宗教が一体となっていることは今回トランプの大統領就任いても教会で礼拝し、式典で聖書の上に手を置いて宣誓した姿が見られる。キリスト教がどれだけ政治と一体となっているかを日本のマスコミは報道しない。ウクライナやクリミアはロシアにとっての歴史的生命線、これらにNATOが食い込んできたことは約束違反でもあり、耐えられない国民感情といえるのだ。
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