カテゴリ:剣友サロン( 14 )


1.日本人クラブでの稽古
 2016年8月21日から9月10日までクアラルンプールに滞在し、地元剣道クラブと稽古と講習会を行った。マレーシアには七段の先生は3人、いずれも日本人でマレーシア人はまだ6段が2人いるだけだが、初心者含め皆さん剣道大好き。26日水曜日夜の稽古には、新潟から松川七段、小生、地元の増田七段、シンガポールから東野さん(東大OB)、マレーシア丸紅伊藤忠の合弁会社責任者の駒木さん(慶應OB)、前田さん(阪大OB)東京外語OBも加わり大いに賑わった。道場はホテルから徒歩10分の位置にある日本人クラブの地下ホールである。増田さんは茨城出身でメーカーにお勤め後、MM2HでKLで悠々自適の生活。何事も前向きな駒木さんのリーダーシップで稽古が進められた。
e0195345_12385113.jpg

]宿泊したCITITEL HOTELから見た日本人クラブ(中央の林の中にある)ホテルから近いが、車で行くとインターを大周りするので20分もかかる。
e0195345_1238154.jpg

28日には市内の日本人小学校で、松川先生の指導で、試合と審判の講習を中心に稽古を行った。朝の9時半から午後4時までの長丁場だ。9月にはマレーシア大会がサバサラワクで開催されるということから、松川師範から基本技、出鼻、小手擦り上げ技の指導があった。現地の皆さんは試合が大好きで、勝っても負けてもさっぱりしている。午前中はとても暑くて、お昼前の地稽古ではクタクタになった。
e0195345_12272185.jpg
駒木さんの初心者指導
e0195345_12275593.jpg

松川七段の指導での技の稽古と審判講習ガ行われた
e0195345_12282619.jpg

e0195345_12294373.jpg


2.第二道場
  稽古後地元の名物スチームボート(鍋料理)を囲んで懇親会となった。この鍋はまるで、日本の「闇鍋」のようにキャベツや練り物、魚などのごった煮で、最後はチキンラーメンのような麺でしめる。とにかくスープがうまかった。エアコンのない体育館の1日で疲れたが打ち上げのビールの味は格別であった。
e0195345_1231849.jpg

e0195345_1229229.jpg


日本人学校の体育館で1日剣道講習会終え、第二道場でスチームボードを囲んでの懇親会 

[PR]
e0195345_21172135.jpg

e0195345_21183269.jpg
5月22日 国立の一橋大学有備館で甲野善紀先生の古武道講習を受けた。一橋剣道部OBのN君の世話で、この会は月1回行われている。今日は先生の下段の構えに対する剣の使い方から始まった。 甲野先生は古武道の中に、現代人が忘れている体の使い方を掘り起こし、現代剣道に親しむ我々に、ハッとするような知見を与えてくれる。言葉と実技の両方で自ら体を使って説明される。甲野師が15年程前、ナンバ歩きが本来の日本人の動作であることを唱えられたのは衝撃であった。明治以降、我が国は富国強兵と洋化政策で古来の日本人の生活動作を捨てたのであった。現代人が手足を互い違いに動かして歩いたり走ったりするのは西欧人の動作で、ヨーロッパの平坦な野山を駆け回るのに向いている。しかし、我が国は山が多く、坂道を歩く動作には向いていない。方やナンバは平地を隊列を組んで行進するには不向きであった。これは幼稚園から学校教育の中で修正され、左手と左足、右手右足を同時に動かす体捌きを放棄してしまったのである。昔の侍の歩き方は今では能や歌舞伎の中で見ることができる。西欧式の歩行は銃を持って行軍するのには向いているのだろう。今でも我々は山登りの時はよいしょと右手右足左手左足を同時に動かしてバランスをとることが多い。甲野ナンバ理論はオリンピックの陸上選手やバスケットボール、ラグビーの選手にも活用されている。ナンバはスピードより持久力に優れ、おそらく、昔の駕籠かき、飛脚はナンバで今のオリンピック選手並みの持久力を出していた。もちろんナンバ歩きが全てだったとは思わないが、武芸者や侍の体のさばき方の基本であっただろう。
 甲野先生の体の動きは一種の「振動」のような体の使い方があり、目にもとまらない体捌きができるのである。多分、臍下丹田を軸に体を使い、刀も腕や手ではなく、丹田を重心にした体の使い方なのだろうと思うが、我々は普段意識していないのでなかなかそれが分からないし、出来ない。この日の講習は下段から小手を打つ技を見せてくれた。刀の使い方も、刀の柄頭を出して握っている。これは現代剣道が竹刀の柄頭を包み込むように握るのと違うし、居合でもそれほど大きく出さない。しかし、鍔元に重心を置いた方が振り回すにも技を出すにも都合が良いことはあるだろうと
e0195345_01104468.jpg
思う。上下の北斎漫画などでもそうした使い方が描かれており、これは間違って書かれたものではないと思う。甲野師の姿勢はこれに近い。
e0195345_00540282.jpg





[PR]
001.gif016.gif日本サッカー男子のオリンピックアジア最終予選の決勝で韓国に3対2で逆転勝ちして優勝した。11時からテレビを見ようと思ったが、つい寝てしまった。目が覚めて、風呂に入ってからテレビを点けると2-2の同点ではないか。録画していて良かった。アジア王者としてリオデジャネイロ大会に臨むことは自信と共に相手へのプレッシャーにもなり、韓国に敗退するのと大きな差が出る。この勝利は日本のサッカーだけではなく、世界における日本のあり方を見せてくれた。ノーベル賞やラグビー、サッカー女子も含め、経済も世界で戦うにはこのようなパワーが必要だということを示してくれた。又、近年の韓国の日本への露骨な侮辱的行動は国際大会で負けられない気持ちを見る側には与えてくる。政治とスポーツは同じではないが、結果は影響する。韓国は戦勝国になりたくて仕方が無い。中国の威を借りて日本に優位でありたい、嘘をついてでも、日本を貶めたいという卑屈な国民性を破るにはスポーツや経済で負けてはならない。彼ら選手はそんなこととは別に必死にプレーしてくれたと思う。韓国の選手は政治的発言を試合前にしている。韓国の「オンライン中央日報」は「慰安婦のおばあさんのために日本を」と題し、26日に行われた準決勝カタール戦後のファン・ヒチャンのコメントを掲載。「最近は慰安婦のおばあさんの話もたくさん出てくるし、歴史的な部分もある。最後の戦いは無条件で勝つ」と話したと報じた。
カタールの首都ドーハで行われた20年前のワールドカップ予選ロスタイムでの逆転負けを今でも鮮明に記憶している自分にとって日本のサッカーの新しい地平を感じさせてくれた。世界で戦えるサッカーの世が開けた。このような逆転に転じるパワーというのは運だけでは出ない。地力があるということだ。
準決勝から先発4人を入れ替えた日本は序盤から、韓国の鋭い出足の守備からのカウンター攻撃に苦しみ、前半20分にゴールを許して、今大会初めて先制されて前半を折り返した。後半も開始2分に右サイドから崩されて追加点を奪われ、2点を追う展開となった。しかし、彼らのチームワークは守りにおいては発揮され、韓国の猛攻を抑え、後半追加点を許さず、矢島慎、浅野などの個人技で疲れた相手の隙をついた鋭い攻めが効を奏した。かつては、あの様な攻撃を日本は出来なかったと思う。まさに、日本がワールドカップに出るようになって以来、サッカー少年があのように育ったのだなあ、という感懐に。また、手島森監督の采配も素晴らしかった
。新時代がはじまった、日本のサッカーが変わってきた。

[PR]
新潟東港の漁港で夕方釣りを楽しんだ。
11月3日 午前中大学のオープンキャンパスに出たが、午後は役も無いので失礼した。午前中雨で釣り船もお休み。当日は鯛江丸でアオリイカ釣りを予定したのだが、風が出たせいか船が出ないので午前中は学校に行ったのである。どうも釣りマインドが収まらない。予想通り天気も回復したので新潟東港の漁港にある導入堤防に入り、アジ釣りを試みた。3時から5時半までの間、ミンチコマセのパックを使って6本針のサビキで落してみた。既に年配の釣り人が20匹ほどアジを釣っていたので、魚はいるなあと思ってコマセを周囲に撒いてあたりを待った。暫く音沙汰が無かったが、やがてブルッと竿先が震えたので上げてみると15センチくらいの豆アジ。餌を入れ替えて試みるがあたりが遠のいた。そこで竿を上げたら、仕掛けが防波堤の下で根掛かりしてしまった。引っ張ると浮きのところからプッツンとすっぽ抜けてしまった。サルカンの糸の結びが甘かったのか。仕方が無いので、仕掛けを換えても再度チャレンジ。コマセを周辺に投げて肴を集めてみたら、いるわいるは、水中に銀色に魚体が光っている。なんでこんなにいるのに掛からんのだとコマセの煙幕にサビキを落とすとたて続けに掛かった。今度は一段と強い引きで上げてみると25cmくらいのコノシロ。コマセを入れ替えて落とすとその度にアジがかかる。10匹ほど取れたが、下を見ると、あの根掛りした仕掛けが、小型のコマセかごと共に浮いているではないか。そこで、使っていた仕掛けで引っ掛けてもう一度引っ張ると上がってきた。ところが、サビキ仕掛けが絡まって
ドウシヨウモナイ。 もつれをほどいている内に日が暮れてきた。シマッタ、ライトを車に忘れてきた。モウ4時45分にハ辺りは暗くて糸が見えない。そこで、納竿とした。まあ、大した釣果ではなかったが、夕食のおかずには充分だ。夕食は昨日買っておいたアオリイカを使ってサトイモとイカの煮付け、それと、仕込んであったボルシチで食べきれない。日曜日に買って置いた越後杜氏の純米酒カップを煮酒に少し取った後ちびりちびりとやりながら、アジのから揚げを食べたが、やはり取れたてだけあって、美味かった。

[PR]
マークシティーからヒカリエ

 夏休みに上京し、中野と市川の雑事をこなし、渋谷に行った。長女が宮益坂の渋谷郵便局に勤務しているので、半年ぶりに会って夕食をともにした。会うまでしばらく時間があったので、マークシティからヒカリエまで、散策してみた。渋谷駅南口にあった東急プラザは解体され工事が始まっていた。まさに渋谷は東急の町として再開発されつつある。ハチ公前の交差点はクロス歩行のスクランブル交差点として世界的名所になりつつある。外国人観光客が、あれだけの群集が、クロスしてぶつからずに交差点を渡る行動に驚異の目を向けている。
e0195345_16195748.jpg
渡りながらスマホで映像を取っている外国人が多くいた。この交差点はもう20年も前かrこうなのだが、外国人にとって驚きだと言うことは気がつかなかった。多分、you-tube などで、世界に配信されて有名になったのだろう。そんなに面白いのかねー!
 
 マークシティは東急エクセルホテルがあるし、井の頭線とJRが通路でつながっている関係と、道玄坂の賑わいを取り込んだ形になって、若者が多いせいか、活気溢れている。井の頭先は吉祥寺という日本有数の高級住宅地―住みたい町ナンバー1の駅とつながっており、中高年も使うから、JRからの乗降客も通過し、洗練された駅前商店街となって賑わっている。道玄坂に向かう通路と井の頭線の連絡口を通る人の憩いの場として、スターバックスやライオンなどが盛況である。渋谷東急百貨店や文化村が中高年も引き付けている反面、かつて、渋谷国際文化会館のあった青山方向、宮益坂方向は若者とビジネスの街だ。
 ヒカリエはJR通路から駅前広場の上を通って直接人の流れを呼び込むようになっている。昔もあった映画館、今はシネコンがあり、これに上部階17 - 34階オフィスが複合的に組み合わされている。地階から5階までは専門店街、6階から上が3階分飲食店街だ。専門店街はファッションからワインショップまで趣向を凝らした店舗が並ぶ。しかし、どちらかというと50代までの比較的若い実働層を中心として展開しているように見える。だから、自分のような68にもなるオジンには魅力を感じない。団塊世代は、ホビーとか、旅行、山、釣り、音楽といった文科系が望むところだが、この国際文化会館だったところにしては、金儲け中心、情報中心の空間となっている。もう少し博物館とか、お化け屋敷などもあったほうがいい。オフィスはKDDIとか、LINEといった今を花とする企業、最前線のビジネス空間となっている。あまりにも健康的な人造都市で体力の減退した年齢層には疲れるのである。飲食店も、趣向を凝らした新メニューが並んでいる。自分にとっては昔なじんだ味が安心で、美々卯もあるのは許せる。ヘルシーか?なんだか分からないものは食べる気がしない。どちらかというとOLの昼食場のような店舗が揃っているから、ディナーには向かない。コートドジュールロティとか、フレンチもあるが、何だか、ヤングビジネスエリートのわいわいやるレストランの雰囲気が合わない。セストセンソアッカもそうだ。大体名前が憶えられない。単価はそれほど高くないが、ここのオフィスに入っているサラリーマンはもっぱら、弁当ではないか。気がついたのは、このヒカリエのコンセプトは健康志向、そしてベンチャー尊重なのである。この押し付けが鼻につく。韓国料理も水刺斎とかいうわけ分からん名前。健康と美容を追求した韓国料理店美肌効果抜群“女性人気”の「水刺斎」とあるが、こちらは多少健康に悪くともジュウジュウ油滴る焼肉をサンチェとかの野菜で毒消ししながら食べると言うパターンがいいのだ。あまりにも健康志向を押し付けすぎではないか。不愉快になってこのヒカリエで食べるのはやめた。
大体、美味いものとか、食べて楽しいものは、健康には悪いのだ。この統制された店舗空間に嫌気がさしてヒカリエを後にした。
e0195345_14502029.jpg

 その点、マークシティは15年前自分が現役だった時代に建っただけあって、親しみやすい。お店の名前と内容が分かりやすい。ビールならライオン、寿司なら梅が丘美登利寿司とか名前と内容が一致している。ヒカリエはなんだか得体が知れないのだ。長女をつれて夕食に行くにはこちらだと思った。そこで、いま、この最上階にあるフレンチに行ってみることにした。25階にはフレンチのア・ビエントと和食の旬彩という店があって、どちらかというとフレンチのほうが価格に幅があるだろうと見て、フレンチにした。地上100mのところにあり、いまどきそれほど高い階ではないが、周囲に高い建物が少ないため、眺望が抜群である。夜景がきれいでデートコースとしても有名らしい。フレンチのシェフお薦めコースで8000円のところ、飲み物、税金、サービス料込みで、2人で2万円で、内容として決して高く無かったと思う。渋谷は南口も東急プラザが建て替えで高層ビルになるし、駅の再開発も進み、自分があの世に行く頃は昔の面影は無くなるだろう。未練は無いからちょうどいいや。

e0195345_11285262.jpg
e0195345_14522320.jpg
e0195345_14545156.jpg
e0195345_14525577.jpg

オジンの自分には近寄りがたい若者とベンチャーのビル「ヒカリエ」

e0195345_11443255.jpgマークシティと25階アビエントからの眺望
e0195345_11544148.jpg

[PR]
29日から31日日本武道館で開会された第16回 WKC世界剣道選手権を見に行った。武道館に8時50分に到着.昨年マレーシアに行って稽古したクアラルンプールのチームで構成された、チームのサポーターとして、秩父の合宿にも参加した。
マレーシアチームからチケットは手に入れる事が出来た。長々と退屈なスピーチが続いた後、高校生の太鼓が演奏された。ピッタリ息の合ったパフォーマンスに感謝。我マレーシアチームは予選リーグで全員敗退。
e0195345_19221366.jpg
個人戦は兵庫県警の網代6段が昨年の全日本覇者竹之内を破り優勝した。見事な小手。準決勝で対戦した韓国選手は2mの長身で、何本かは危うい場面があったが、延長戦で、見事な面が決まった。イタリアやハンガリーなどの新しい強豪が生まれている感じがした。今回の大会はこれまでの最高の56ヶ国を集めた盛大なものになった。中でも、選手の巨大化には驚く。ヨーロッパの東欧などの2mもある選手が、今の日本の剣道の基本を守り、闘う姿は壮観だ。しかし、この事に疑問もある。真っ直ぐな面を尊ぶのは良いが、合面で、ガチンコ勝負なら大型の選手が得。韓国のMジャン選手は2mもあり180cmの網代選手が小さく見えた。面偏重の日本人選手の弱点を突いてあのような選手を鍛え上げ、送り込んで日本を凹ます彼らの意図が見える。武道の良さは理にかなっていれば、体格は問題にならない事を見せる事。柔道はとっくに体重制になりつまらなくなった。しかし今回網代選手は巨漢の相手に見事な面を決め、日本武道の健在ぶりを示してくれた。決勝も大型の竹之内選手をコテにしずめた。しかし、殆ど小手しか技が出ないのが、今の試合実態であり、突は1本で勝ちとか、逆胴、逆ゴテはなかなか一本にならない。きちんと気剣体一致して当たれば1ポイントとして良い。中でも、選手の巨大化には驚く。、決勝も大型の竹之内選手をコテにしずめた。しかし、殆ど小手しかてがないのが、今の試合実態であり、突や逆胴もポイントになるルールがあって良い。きちんと気剣体一致で当たれば1ポイントと2ポイントで1本になるルールがあって良い。女子も男子も決勝は韓国勢となる。やはり、韓国のパワー剣道に対しては油断がきんもつ。大した技はないが、鍔迫り合いから分けぎわに必ず攻めてくる。相手の鍔元を抑え込んで、分かれようとする時に打ち込んでくる。あの鍔迫りを外国人の審判は反則にしない。今回の韓国戦でも次鋒の勝見選手が引っかかった。さすがに安藤や正代は上手く対応した。2ー1、2分けで極どかったか、1点差を上手く逃げきり、危なげはなかった。かなり必死に勝ち取った感じはある。今の韓国との実力差を反映した試合だった。後日談だが、韓国では、決勝戦の審判が、公平でないとクレームをつけている。見た限りでは、逆に、韓国の選手の鍔ゼリの解消に乗じた卑怯な技が目立ったのに、何故審判は注意しないのかと思ったくらい。韓国人はいつも不正工作がお得意だから、そのように言うのだろう。三等民族の悲しさ。
e0195345_19260843.jpg
e0195345_2219231.jpg
e0195345_22181778.jpg

[PR]
3月10日は新潟は冬になりました
今日は私大連のマネジメント研修で上京。一旦、新発田の大学に寄って、書類を持ってから9時6分の西新発田発白新線で新潟に行き、10時16分のトキで上京した。新潟国際情報大の佐々木事務局長も同じ車両。長岡に差し掛かった頃から車窓を見ると雪であった。あれー、新発田が雨模様なのにこちらはまだ冬だ。
e0195345_22181099.jpg

研修が終われば、今日は日帰りで、16時16分のトキで新潟に向かう。帰路トンネルを抜けて越後湯沢に入ると、まるでホワイトアウトの吹雪じゃないか。今年は年を開けてから積雪はほとんどなかった。春が2週間は早い。白鳥もどんどん北に向かって帰って行く。何でまた、今日になって雪なのだ。こんなこともあるかとは思うが、何だか春が来る予感に心許した分ショックが大きい。長岡まで真っ白。浦佐も吹雪。風も強そうで、荒れた天気であった。ところが、燕三条まで来ると、雪の痕跡はない。しかし、車内アナウンスは、強風のため羽越線特急は運休と告げている。新潟には雪は降っていないのだ。
 春はやはり新潟まできているはずで、吹雪のわりにはほとんど積らない。ところが、市内で一杯やって白新線で新発田に向かうつもりで駅に行くと、電車が動いていない。ホームには横殴りの雪が降り始めた。40分ホームで寒風にさらされ、家に帰ったのは11時半。疲れたなーもう。
e0195345_22212554.jpg

[PR]
 
e0195345_1110056.jpg
福井の東尋坊を訪れた。天気は曇りで、折角2月の寒い時なので、雪の吹き付ける厳しい天気の中で荒れた日本海を見たかったが、当日は比較的穏やかな曇り空。それでも波が激しく岩礁に押し寄せていた。まるで、東映映画のオープニングタイトルシーンのような荒磯で記念撮影をした。記憶違いで、自分はこの東尋坊は能登半島だとばかり思っていたが、福井海岸であった。松本清張の推理小説、ゼロの焦点は能登のヤセの断崖だったらしいが、この東尋坊と混同していた。この海岸が舞台になっていた映画は他にもあったのだろう

e0195345_13474192.jpg

海岸から駐車場までの土産物店と食堂
e0195345_13502037.jpg

もの凄く多種類の海鮮丼が並んでいた。結構価格も高い。2500円〜3500円くらいはする。
町の中にあった魚店で、一匹1万円以上のタッグ付き越前蟹が売られていた。福井というのは近江商人と並ぶ関西圏の商人の供給源ではないか。なかなか商売熱心で、新潟県のようにのんびりしていない。東京でも、甲府とか群馬などから商売人が流れて来る。関西は岡山、徳島、近江、福井といった周辺県から来るがめつい商人が多い。
ガサ海老というご当地の特産の海老丼が、1600円だがとても美味しかった。この海老は日本海特産で他の地には出てこない。甘エビと同じところにいるが数が少ない。甘エビの旨味を増幅させた様な感じで満足度は高かった。
e0195345_1111179.jpg

[PR]
 武道の世界では「気」という要素をどう理解するべきかが、課題である。誰でも、生理的に電気的信号として神経系においても、また、それ以外にも、様々なパルスを発している。医学的に、心電図とか、脳波計などで計測することも出来る。また、体温など、赤外線も発しているし、手の平や皮膚感覚でそれを感知することが出来る。剣道は防具をつけているから、そうした微細な感覚は欠如してしまうのだろうか、いや、むしろ、隠しているからこそ眼や構え、竹刀の動き、感触などで捉えようと感覚が研ぎ澄まされるのだろうか。よく、気の力で相手が倒れたり、何かを感じたりする術も見たことがある。しかし、その程度で本物だとしても、それほど強力なパワーのようには見えない。
 稽古をしていて、そうした「気」を感じることが自分はうまく出来ない。いや、そうした気を感じてから動くのでは剣道は後れを取ってしまうのではないかとも思う。「気」というのは自分が感じるものではなく、相手がどう感じるかなのではないだろうか。自分が信仰するキリスト教においても、イエスの多くの奇跡が記録されている。触れただけで病気が治ったり、眼が見えるようになったり、皮膚病が治ったりしているのは一体何かというと、霊の力なのであるが、これはイエス様がそうした気の力を持っていたことを想像させてくれる。イエス様は荒野で修行したと新約聖書で書かれている。超自然的なパワーを人は身に付けることが出来るのだろうか。今回、住友海上の皆さんと小松警察所長の安江八段に稽古と第二道場での懇談を頂く機会があったが、安江先生のお話にはそのヒントがある。それは超自然的パワーではなくとも、誰でも身につけることが出来る気の話であった。
 それは全てにおいてプラス思考という行動の流れである。物事に前向きに取り組むことから生まれるパワーである。安江先生は1回であの難関の八段に合格された。その秘訣はいろいろお話になられたが、自分が一番感銘したのは、全てにおいて前向きに取り組む先生の行動であった。もちろん剣道を通じての話である。我々一般剣道愛好者にとっては剣道の稽古は時にはつらいと思うことがある。時間的、距離的制約、また、様々な役割や子供達の稽古相手になったり、道場に行けば自分の思うとおりになるようなことは少ない。稽古に行くということがプレッシャーになることも自分にはある。弱点である。それを転換しなければならない。
 防具を運ぶこと、着替えること、素振りをしたり、先生に挨拶をするといった事柄が道場に行くと待ち構えている。それは当たり前のことであるが、こうしたことを義務感とか、人から言われてやるようなことではいけない。鬱病や精神の病になる人は、そうしたことが重圧になって、頭にこびりついて寝床から出られない。気が抜けてしまった状態である。しかし、その逆に気を作るためにそうした予測されることに前向きに頭を切り替えてみてはどうなのであろうか。何事にも先んじる。稽古時間前に道場に行き、誰もいなければ鏡に向かって素振りをしたり、自分の構えを点検したり、やることはいくらでもある。よし、これを次にやっていこうとか、常に前をみながら、先先との稽古もお願いしていく。これが気であり、自分の稽古を導いていく。面をつけたら一番早く立ち上がって、その日の課題として、どのような先生と、どんな相手と稽古をし、その相手の癖や考え方を想定して頭に叩き込む。そして立ち会う時も気持ちが高揚したところで気合をかけること。そうすると、相手に何かが伝わる。それが「気」である。自分の気が相手を包み込むと相手は自分の動きに目が居ついてなかなか先が取れない。そうすれば地稽古もしめたものであろう。そこで相手からは何やら理解しがたい雰囲気が伝わってくるのではないだろうか。試合のときも、審査のときも、同様である。
 凡人はどうしても、方法論に耳を傾け、なにか良い方策があると得したような気になる。しかし、それは一時的なことで、到底、気とは無関係である。
 小松警察に伺ったときも、安江八段は、既に稽古着に着替えてお迎えくださり、道場に案内してくださった。
そこで既に我々は先をとられているのである。安江八段のお話を伺うと、審査に関しても、相手が問題なのではなく、自分自身の行動に関して、きちんとプログラムを作って、審査においても臆することなくそれを実行されているのである。先生は自分より下手の相手との稽古を大切にされている。自分より強い相手とは自信をなくすことが多い。特には叩き潰され、それに慣れてしまうと帰ってマイナスである。よく、大先生の追いかけグループがいるが、そのような人に強い人は見たことがない。自分より弱い人と稽古すると気は高まるのである。
 安江先生は八段審査のときは審査員に目を向けて頂く工夫をプログラムされている。稽古もそれを意識して組み立てたそうである。 まさに、剣道においてもPDCAサイクルが出来ている。相手においては常に先を取られ、気を取られ、後手に回って打ち込まれるのである。審査も、試合も、立ち会う時間はほんの3分とか試合でも5分。そこで勝負がつく。しかし、その前に勝負はついていると考えて行動することである。 そうした収穫をこの小松での武者修行で得たからには変わらねばならない。これからの稽古が楽しみである。自分はそうした剣道に対するある種の姿勢が気を作るのではないかと思っている。何も、電気的信号に基づいて稽古や試合をしているわけではないのである。さあ。やるぞーという気持ちが気を発し、相手に何かあると思わせるのである。そのような意味でなら気を高めた稽古と日常生活を組み立てたいし、武道に取り組む意味はまさにそこにあると思う。

[PR]
 剣道稽古の後、熱中症になってしまった。
21日、オジン剣道研究会の探検隊に参加し、大光銀行の若手と稽古した後、全く予期せぬ出来事に直面した。それは熱中症による脱水症状である。前日の原信剣道部との稽古は久しぶりに元立ちで若手の選手も含め、全員と稽古をした。その日は夜中の12時まで日本酒とビールで飲み明かした。たぶん、その時の胃腸の疲れもあったのだろう。翌日の稽古は元に立っていると疲れたので、最後の10分ほど残して面を外してしまった。ホテルに帰って着替えた後、麻生の湯という長岡市郊外の温泉に出かけた。後から思うと無茶だったんだが、水を全く飲んでいなかった。温泉に入るとき、水をコップ一杯飲んだだけで、湯上りにビールをジョッキ一杯グイと空けたのが不用意だったのかもしれない。自動販売機で乳飲料も飲んだがそれどころではなかった。長岡の料理屋で宴会となったが、ノド黒はさすがに美味い。とはいえ、豪華なお膳を前に食欲が出ない。さらに折角のノド黒の塩焼きとか、日本酒を頂いたのに、どうも吐き気がする。皆さんに悪いので、一人黙って退席し、トイレに行ったとたんに、「げーっ」ときた。吐いているうちに、お尻のほうから水が漏れている。何と、水のような下痢になってきたので慌ててトイレにしゃがんだが、これが止まらない。何だーー。お腹も痛くなってきた。加治川という立派な料亭で、立派な料理が出てくるが、一向に箸が進まない。宴会最中のオジン武道研究会の皆さん、みな、ビールや新潟の銘酒に酔いしれて、新潟剣連会長の談義に盛り上がっているがこちらは、さらに盛り下がってきたのだ。我慢がならなくなって、ロビーで休んでいるとまた「げー」ときた。水を飲むと吐いてしまう。例のノロウィルスだとこの高級料亭が大騒ぎになるだろうなあと思いつつ熱を測ると平熱なのである。一体なんだ!これは?そういえばあの温泉でビールを飲む前に、森永の乳飲料「うるおうグルコサミン」を飲んだことを思い出した。あれは古かったのか?気がつかなかったのはまずかったなあ。問い合わせると、森永の担当者が恐縮して至急調査しますという電話。一方、仲間のN君が植木いじりで熱中症になった人と同じ症状だという。水を飲んでホテルで休んだらどうだとアドバイスしてくれるが、水が飲めないんです。これはてっきり当たったかと思い、とにかく救急病院外来にタクシーで乗り込んだ。長岡中央綜合病院という大きな病院。夜間の休日診療で子供連れの急患が溢れているではないか。我慢がならなくなって、ベンチで横になっていると、病院も気を使って順番より早く呼ばれて医者の診察に入ることが出来た。症状と飲んでいる薬、直前に食べたものを話すと、胃腸炎を起こしていることは確かだし、脱水しているから、先は血液検査と点滴しましょうと、別室のベッドに横になって点滴を受ける。CTで検査しましょうというので、何でかと聞くと膵臓炎かもしれないというのでびっくり。点滴で直らなかったら検査しましょうという。看護師が右腕の手の甲に注射針を入れようというのでそこは痛いからいやだというと、腕の関節に太い針をぶすっと入れ、いてー、素直に従わないからやりやがったなと思ったが、先は点滴開始。なかなか液が落ちない。そうしているうちに、腹痛も治り、下痢も出ていない。なんだか直ってきた。医師がやってきて、どうしたんでしょうか、直ったなら、胃腸薬など薬を出すから帰っていいとつれないお話。原因は何でしょうかと聞いても、救急は原因を追究するところでは無いとおっしゃる。血液検査も血圧なども悪くない。とにかく、点滴を続けましょうというが、何と、点滴が終わったのが12時過ぎ。2時間もかかったのだ。要は、脱水症状で、ネットで見ると、熱中症の症状なのである。熱中症は吐き気とか、ふらつきはあるのだが、腹痛は無いと思っていた。ところがこれがあるのだ。むしろ、下痢が入ると脱水が進むから結構危険なのである。医師に聞くと、そうかもしれないという。何でー。こちらの方が正しい自己診断なのか。そして、タクシーで長岡駅前のホテルに帰ったが、もうすっかり回復。翌日は朝から腹が空いて、早めに7時過ぎに食堂に行った。皆様に恐縮してことの顛末を説明した。早朝なのに、また、森永から電話がかかってきたが、説明すると安心したご様子。もう9月も後半で涼しくなってきたからまさか熱中症になるとは思わなかった。稽古で汗をかいたので、涼しくなっても同じこと。お騒がせしてすみません。稽古のときは水を飲みましょう。塩分、カリウムなどミネラル入りの水です。
この年になって貴重な体験であった。

[PR]