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6時からの昔勤務していた会社の同期会まで1時間あったので、マロニエゲート銀座2の二階にあるサロン・ド・テ アンジェリーナに行ってみた。中は白のインテリアで優雅な感じ。客はご婦人ばかりでその時男性は自分1人だった。違和感はあったが、モンブランを食べたい一心で2人用の窓際の席に座り、早速コーヒーと正規サイズのモンブランを注文した。周りの客はスモールサイズのモンブランであったが自分は食べごたえのあるフルサイズとした。フォークを入れると、中のクリームがしっとり、しっかり詰まっている。マロンクリームも中のホワイトクリームも結構甘い。ここのモンブランは表面が茶色で土台がメレンゲである。これがパリのアンジェリーナの特徴だそうである。日本のモンブランは栗の黄色い色になったものが多い。
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上品な甘味を堪能。
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口にいれるとしゃリっとした底にあるメレンゲの舌触りが心地よい。
コーヒーと合わせて
1520円。やや高めだが、大いに満足した。アンジェリーナのものは自分が東の横綱といっている本八幡のドルチェとは違い、きわめてオーソドックスなモンブランの原型といえるだろう。今度は吉祥寺のアテスウエイのモンブランにチャレンジしたい。

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by katoujun2549 | 2017-06-12 14:50 | Comments(0)
子供のころ、市川市に住んだが、梅松園という6件の戸建ての長屋のような住宅街があり、近所に住んでいた自分はよくそこの子供たちと遊んだ。その最奥の一軒に和田さんという家があり、未亡人と2人の息子がひっそりと暮らしていた。昭和26年ころ、奥様が亡くなられ、母親がお通夜に行った時のことを今でも覚えている。近隣で太平洋戦争時の高級将校であった和田さんは尊敬されていたが、終戦直後のころ、敗戦の責任者の職業軍人であり、業績を語る人は世間ではいなかった。実際は多くの軍功のある立派な軍人であったと母は言っていた。2人のご子息とご長男のお嫁さんが暮しておられた。沖縄戦で戦死された和田中将のお宅だと子供でも知っており、今も記憶に残っている。沖縄戦では、牛島司令官、長勇参謀長、八原上級参謀が有名であるが、和田中将のことは語られていない。しかし、調べてみると、沖縄の砲兵の責任者であり、この洞窟陣地からの砲撃がアメリカ軍に大損害を与えていたことを知った。米軍司令官バックナー中将も砲撃が命中し戦死した。沖縄の日本軍の大砲の命中精度はアメリカ軍も認めており、驚異的な水準であった。千葉県市川市は国府台に首都防衛の高射砲部隊がアメリカの空襲に対する防衛拠点であったため、和田中将が沖縄に派遣される前に住んでおられたのだろうと推察される。沖縄は今もなおアメリカ軍の重要拠点であるが、アメリカ軍がどれだけ多くの犠牲を払ったかは、数値でも知られている。単なる統計であり、彼らの苦労は一般には意外と知られていないような気がする。映画、パシフィックやハックソーリッジで表現されて初めて知る。記録映画では安全なところからしか撮影されず、凄惨な場面は推定するしかない。もちろん日本は住民の損失も含め、米軍の10倍の損失を出したが、その内容が問題である。沖縄戦ではアメリカ軍の圧倒的な物量と砲爆撃、ひめゆり部隊や集団自決の悲劇が語られることが多い。日本軍の60日にわたる激しい戦いについては語られず、単なる負け戦で括られることが多いのではないか。

(注)アメリカ海兵隊の公式活動報告書でも「(日本兵は)よく訓練され、統制もとれた陸軍兵士で、特に士気の高さと、身体能力の高さは特筆すべきである」とか「日本軍の兵士は常に頑強で機知にとんだ戦法で戦い、絶対に降伏しなかった」等、その能力を高く評価している。

第5砲兵司令部司令官:和田孝助中将は ‐ 野砲兵第42連隊、独混44旅団砲兵隊、各歩兵連隊・歩兵大隊連隊砲大隊砲、師団および独混の速射砲を除く全砲兵部隊を指揮された。和田中将指揮下の部隊は対空砲部隊を除くと以下の通りであった。アメリカ側の軍備はあまりにも大きく比較にならない程で割愛するが、ドイツとの戦いのハイライトであったノルマンジー上陸作戦を上回るものであった。アメリカ軍はオマハ海岸やバルジ戦、イタリア戦線では優秀なドイツ軍に悩まされたが、沖縄ほど厳しい戦いはなかった。特に、特攻機による損失は甚大であった。沖縄は「捨て石」という言葉が誤ったイメージを与えている。まさに本土決戦の雛型であり、日本軍も精兵を送っていた。特攻も含め最後の力を絞って戦った。アメリカも弾薬がつきそうになったほどである。砲兵部隊の内容は物量面では鉄の暴風というほどで、米軍と比較にならないほどであるにもかかわらず、彼らを苦しめた。日本軍かく戦えりであった。

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沖縄の軍司令部地下壕の遺跡

自分は当時の軍司令部の将官を評価する知識は無いが、結果論からは、牛島司令官の下にいた長勇参謀総長の責任が大きく、沖縄日本軍の消耗を加速したように見える。彼は軍人であると同時に、政治力のある人物で、帝国陸軍エリート軍人の典型であった。彼の功績で、沖縄の総動員体制が実行され、陣地構築の動員力は
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素晴らしいものであった。ところが、戦術的には自信過剰で、米軍の物量と合理的な戦闘を理解できなかった。頭脳明晰な八原参謀は後に持久戦を指揮し、米軍に大損害を与えたが、この作戦が、結果的には多くの住民の犠牲を生んだことは否めないだろう。沖縄戦までは天皇陛下も何とか戦況を挽回しようと、沖縄の日本軍に総攻撃を期待していた。長参謀の無謀な突撃戦術はそこからきていた。沖縄の戦いで、米軍もバックナー中将や司令官が戦死しており、彼らにとっても過酷な戦場であった。フィリピンと違い、今日もアメリカが沖縄を手放すことはありえないという印象を持つほどである。日本側の悲劇は伝えようとするマスコミだが、あまりアメリカの損失を報道しない。
沖縄戦の敗北から日本の本土を戦場にすることなく平和を得た我が国の判断は正しかったと思う。一方では、アメリカが九州上陸や本土決戦をあきらめ、原爆投下によって一気に終戦まで漕ぎつけようとしたことは、この沖縄戦が彼らに与えた恐怖からきている。これは歴史の常識である。日本人としては原爆投下のような無差別殺人は許されることではない。アメリカも、実際は日本に原爆投下をしたことは、日本の報復を恐れ、日本が核武装をすることを絶対に認めない原因にもなっている。沖縄の犠牲といってよいのかどうかわからないが、結果的には戦争の終結をもたらし、今日の平和の礎となった戦いであるという評価をきちんとすべきだと思う。沖縄、広島、長崎の悲劇のおかげで今日の日本の姿がある。しかし、ロシアのスターリングラードや、ベルリンなどが軍事基地になっていない。むしろ平和の象徴になっている。沖縄は、残念なことに、今なお軍事拠点である。悲劇の島であったことから早く脱却し、世界平和に貢献する日本の重要な拠点となるように努力すべきだと思う。

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by katoujun2549 | 2017-05-15 12:16 | Comments(0)
国土防衛はロシアとの平和条約とハイテク兵器の開発で

⒈経済制裁と兵器開発

北朝鮮の核兵器開発は従来の外交努力が限界となっていることを示している。日本はどうすべきか。ネックとなるのが中国の経済封鎖を無力化するロシアのトンネル的な北朝鮮支援である。中国にはアメリカのトランプ政権が要求を通すだろう。問題はロシアである。アメリカはシリアの爆撃でプーチンとは対立したままである。プーチンはむしろ北朝鮮を煽り、自らの外交カードを有利に使いたい。アメリカも今は戦争などしたくはない。
日本はロシアには経済封鎖に協力してもらわなければならない。そのためにも、北方領土交渉での経済協力ではなく、対北朝鮮防衛のために北朝鮮のロシアとの交易を止めることに見合った貿易量を増やし、北朝鮮の経済封鎖を貫徹し、そのためにも平和条約を締結する。アメリカは日本とロシアの交易が進むことを望まない。しかし、このことがアメリカの軍事利益に通じることをトランプ政権に主張することが良い切っ掛けである。北方領土交渉で経済を交換条件にするのは間違いである。北朝鮮の軍事対決よりはるかに安上がりである。今こそチャンスである。

もうひとつ重要なことはロシアと丸腰で交渉しても何も得られないという現実である。ロシアは歴史的に暴力国家だ。しかし、わが国は兵力では到底ロシアの敵ではない。日本がロシアに存在感を見せつけることができるのは兵器の開発力。核ミサイルを完璧に叩けるのはレールガンとレーザー兵器である。この開発である。実戦配備には膨大な電気エネルギー、1機12万キロワットのエネルギーが必要である。これは既存の原発を利用する。原発は軍事利用すべきだ。何も原発を軍事基地にする訳ではない。その電力をレザー砲とレールガンに振り向ければ良いだけである。原発の周囲はロボットの警備員、ミサイルや侵入者を無力化する超音波兵器で固め、コマンドがどこにいても身動きできないようにすれば良い。従来の大砲の原理は1000年前のものであり、火薬の爆発力以上の速度はでない。弾丸はせいぜい音速の2倍程度だ。レールガンは7倍にまで加速し、火薬を使わないから弾丸の連続発射も可能だ。アメリカでは実用の寸前まで開発が進んでいる。日本の民生技術によって小型化や実用化が進む。
軍事技術は矛と盾であるが、核という矛を持てない以上、盾で備えるしかない。

2.ハイテク兵器

また、海上配備には発電能力の高い専用船を開発し、レーザー兵器とレールガンを備えたイージス艦を建造することである。その為には20年を要するかもしれないが、日本を核武装すするより、はるかに効率的で国内の民意も通しやすい。核武装はアメリカが望まないし国民合意が得られない。日本がこの分野でアメリカと並ぶ先進性を持てば日米が世界の兵器開発の最先端となる。イスラエルはイランの核の脅威に備えアメリカと共同開発で、既に実用段階に入ったレーザー兵器を保有しているという。日本より遥かに核の脅威に怯えるイスラエルに学べば良い。答えは出ているのである。国内では平和主義者の学者が中心に反対するに違いない。そこで、これは宇宙からの飛来物の隕石の破壊研究とか、リニア技術の民生技術の応用とすれば良い。もともと軍事と民生の区分は曖昧だから、日本は民生、アメリカで軍事と分野を分ける。日本のカーボンファイバーやステルス塗料がアメリカでは軍事に使用されている。官民共同で行うことが前提である。大学などという厄介な機関はパスすべきだ。学問的な基礎技術分野は企業研究者をアメリカに留学させて日本の大学はこれもパスすることだ。頭のかたい日本の大学人は無用なのである。こうしたハイテク兵器はイスラエルが熱心に開発し、特にセキュリティでは群を抜いている。超音波兵器は既に実用化されている。原発はこれで守れる。
超音波兵器はLRADといい、電磁波兵器ADSは、サイレント兵器であり、電圧を上げて人体に照射すれば心筋梗塞で死亡してしまいます!

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3.レーザーガンとレールガン

アメリカ海軍の実験中のレールガン
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2014年4月7日、アメリカ海軍は、2016年会計年度中にレールガンの試作機を最新鋭の高速輸送艦ミリノケットに据え付け、洋上での実証試験に入ると発表した。日本では、防衛省の平成27年度概算要求にて、「艦載電磁加速砲の基礎技術に関する研究」を記載している。特に宇宙空間では空気抵抗が無いために、高速で運動する物体の破壊力(運動エネルギー)は発射から命中までの間、ほぼ無期限に保存される事、また電源として大気越しではない太陽光が利用できる事から、レーザーと並んで宇宙兵器の有力候補に挙げられている。
レーザー兵器は電力を使うが、一発当たりのコストは安い。ミサイルの迎撃のロケットは価格がたかすぎる。トレイニングにも制約がある。レーザーが距離的には光の直進性から限界があるが、ミサイルの迎撃や現代の科学力からは最も実戦的である。アメリカがすでに艦船搭載の兵器として実戦配備しているから、アメリカの技術に全面的に依存するだろう。日本としては脊に腹変えられない。その交換技術としてもレールガンは日本が主導すべきであろう。gigazine.netによると

2012年に、ドイツのミサイル開発会社MBDAが40KWのファイバーレーザーを搭載したapproachで、2キロ離れた対象を破壊することに成功。MBDAのマーカス氏は従来のロケットなどの爆発物に比べ、レーザー兵器は標的以外への被害を最小限にすると主張していますが、レーザー兵器の本格的な運用には3年から5年はかかるだろうと予測されています。一方で、ロッキード・マーティン社は、走行中のトラックのエンジンを破壊することができるATHENAと呼ばれるレーザー兵器の存在を既に報告しています。なお、先進技術専門家のポール氏によると、霧が立ち込める場所では、ロケットなどの通常兵器がまだまだ有効であるので、5年から10年ぐらいたてば、レーザー兵器が米軍の一部で本格的に配備されるかもしれないとのことです。

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既に実際に搭載されているレーザー砲
ミサイルや迫撃弾を破壊しており、イスラエルでは実用段階



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by katoujun2549 | 2017-05-03 15:16 | Comments(0)
ボロディンのオペラ、イーゴリ公は壮大なロシアの異民族との戦いを描いた物語である。しかし、これがどんな史実にもとず、時代的背景があるのか、あまり知識が無かった。調べてみると、これはモンゴルの来襲以前のロシアの異民族との混乱の時代の話である。このオペラはロシアでは人気のある演目でボリショイ劇場改修のこけら落としでも演じられた。you-tubeでも見ることができる。
このオペラでダッタン人の躍りというのがあり、その雄壮かつ美しい調べはこのオペラのハイライトである。しかし、このダッタンというのは正確にいえば誤りで、ポロヴェツ人の踊りというのが正しく、西欧ではpolovitsion danceとされている。ポロヴェツ人もハザール人も13世紀のモンゴルの襲来によって完膚無きまでに破壊され、歴史から消えた。

ボロディンはこの作品を完成させる前の1887年に逝去し、リムスキー=コルサコフグラズノフの手により完成された。楽譜には「このオペラはリムスキー=コルサコフが序幕と第1・2・4幕、第3幕の「ポロヴェツ人(韃靼人)の行進」の編曲されていなかった所を編曲し、グラズノフはボロディンに残された断片を使い、第3幕を構成し作曲し、ボロディンが何度かピアノで弾いた序曲を思い出しながら再構成と作曲をした。」と書かれている。

初演は1890年

この踊りには振り付けが2通りあり、ボリショイ劇場やキーロフ歌劇団などで選択され、最近のものでは 民族衣装を考証し、ロシア的な雰囲気が表現されている。12世紀のことで遊牧民族ポロヴェツ人のことは不明であるが、かなり野蛮な連中だったようだ。彼らは13世紀になるとチンギス汗の子、バトゥに追われ、東欧に逃げる。アジア系のダッタンとは全く別の民族である。ハザール国との国交を目指したイスラム旅行家イブン・ファラドンの記録では、トルコ系のこの地域の民族グズ族は裸で、女も陰部を人前で平気で掻いたりびっくりするほど野蛮な連中とされている。だからオペラでも、ヘソだしスタイルの奔放な衣装で女性は踊るので、エロチックであり、これが意外と史実に忠実ではないだろうか。
http://kotobank.jpより:『イーゴリ遠征物語』は、1185年の春にノヴゴロド・セヴェルスキー公イーゴリが遊牧民ポロヴェツ人コンチャーク)に対して試みた遠征の史実に基づいた物語である[1]。はじめポロヴェツに対して勝利し、やがて敗れ囚われの身となったイーゴリ公が、ポロヴェツ人の協力者を得て脱走し妻ヤロスラヴナのもとへ帰るまでが、韻律散文で書かれている。また作者は、祖国の南方ルーシをこの遊牧民の脅威から守るため、諸侯が内紛を止め団結して立ち上がるよう呼びかけている[2]。本文は南方の古東スラヴ語で書かれており、作者はキエフ人かチェルニーヒウ人であったと考えられる[3]ロシア文学史上高い評価を受け、アレクサンドル・プーシキンが「わが国文学の荒野にただひとつ立つ記念碑[4]」と呼び、ソ連時代に出版された日本語訳の解説などでも「中世ロシア文学の頂点[5]」と紹介される。古フランス語叙事詩ローランの歌』などと比肩される。
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by katoujun2549 | 2017-04-27 21:26 | Comments(0)

カトリックでは輪廻転生といった考えに関してははっきりNoと言う。中世のフランスで異端カタリ派がそのような考えを持っていた。聖書にもとずく信仰を持っていたが同時に、マニ教やグノーシス的な考え方をもった異端カタリ派がラングドック地方、カルカッソンヌなどで勢力を持ち、多くの諸侯が信奉していた。カルカッソンヌには巨大な城壁をもつ城塞があり、ついにはアルビジョワ十字軍が編成され、カタリ派との戦いが繰り広げられた。当時の時代背景としてローマ教皇庁内部の腐敗に対して、カタリ派のもつ純粋な信仰と、清貧な生活に対して共感を持つ人々も多かった。カタリ派の教義は複雑で自分には説明できるほどの知識はないが、当時腐敗しつつあったローマ教皇庁への批判という意味においては後の宗教改革の布石となったといわれている。 アルビジョワ十字軍によってその拠点、カルカッソンヌがあっけなく落城し、カタリ派のみならず、多くの民衆が略奪暴行処刑によって命を落とし、フランス史における汚点ともなっている。「カルカソンヌを見ずして死ぬな!」と作家メリメが明言し、欧米ではモンサンミッシェルに匹敵するほど有名な、南仏の偉大な世界遺産となっている。全長3kmの城壁内では中世の街並みが広がり、寺院や野外劇場など多くの見所があるが、この城塞都市がカトリックの異端の中心であり、異端審問や大殺戮があった場所であることを観光客はどう見ているのだろうか。カタリ派の信仰は現代のキリスト教信仰にも示唆を与えてくれるが、教義的には誤りであると自分は思う。カタリ派ではこの世は穢れ、魂の救いは清貧の生活と選ばれたものが与えられるとするが、キリスト教では行為義認や自力救済は否定される。プロテスタントもカトリックも同じような禁欲を是とするが、結果は同じでも救いは神によって行われる。輪廻という考えもない。カタリ派はキリスト教の経典を利用した全く別の宗教で、これは今日のエホバの証人や統一教会にもみられる異端の特徴である。

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カタリ派は善悪二元論である。神は天、霊、魂を作った。地、肉体、物質は悪しき神が作った。ヨハネによる福音書を根拠にしているとも言われ、物質世界という悪しき牢獄を脱して真の故郷である天に還ることが人間の救いであると説いた。彼らは信仰共同体を成立させた。カタリ派では完徳者と言って、聖職者階級とは違うのだが指導的な階層で一般信者もいずれ完徳者になるのだが、それまでは普通の生活を営み、多くの一般信者は死を悟った時に唯一の秘蹟であるコンソラメントウム(救慰礼)を受けて完徳者として死去するため、肉体の枷から解き放たれるのである。

南仏では人口の半分がカタリ派となった地域もあった。カタリ派の考えは神・霊・キリストの三位一体を基盤とする神学を有するローマ教会と対立した。キリスト教はパウロの時代から聖書や教会の成立時からこうしたグノーシス主義の考えと戦いを続けてきた。これに対してローマ教会は、異端審問を制度化しアルビジョワ十字軍を送ってカタリ派の殲滅(改宗か火刑)を図る。イノケンティウス3世は、1208年には十字軍の招集を最終的に決断し、異端幇助者たち(南仏の地方領主)の財産を没収するというアメを十字軍に与えた。かくして、シモン・ド・モンフォールが大活躍する。しかし15年を費やしたアルビジョワ十字軍は最終的には敗退する(1224年)。南仏全体を接収するためには、やはりフランス王の出馬を仰ぐしかなかった。こうして異端撲滅とフランス王家による南仏併合が同時進行したのである。1229年のパリ和約によって、シモン7世の広大な領土はフランス王ルイ9世の手に渡ることになった。1244年にはカタリ派の拠点、モンセギュールが落城する。そして、フランスのラングドック進出が最終的に完了したのは1258年のことであった。


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by katoujun2549 | 2017-04-24 12:16 | Comments(0)
>2016年のノーベル賞はベラルーシの女性作家スベトラーナアレクセイビッチnに与えられ、村上春樹ファンをがっかりさせた。今日その作品の翻訳を手掛けている松本妙子さんを囲む会が中野中央町のモモガルテンという民家改造の喫茶店で行われた。
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チェルノブイリの事故で何が起きたのか、消防隊の死者が出たことや周辺住民の半径30キロメートルのエリアが立ち退きとなり、多くの人々の人生が狂ったのみならず、共産主義の夢がゴルバチョフ政権と供に崩壊していった契機ともなった事件であった。このチェルノブイリの祈りはそこにいた人々のノンフィクション取材による多くの物語を記したものである。死にゆく消防士の家族の声が聞こえてくる。
事故が起きたとき、周辺のアパートに住んでいたのは原発で働く人々だが、皆アパートのベランダから燃えている原発を見ていた。炎から様々な色の光が輝き実に美しく、これを見たいために他人の家に行って見物していた人もいたそうだ。驚くのは逸話、周辺地域では養蜂が盛んであったが、事故が起きたとたん30キロメートル四方の蜜蜂やスズメバチが消えてしまった。政府が事故を発表したのは発生の10日後だったが蜂は1日で逃げてしまった。事故翌日から釣りをるためにミミズを掘っても、どこにもいない。何と1メートル掘ったら出てきた。
昆虫やミミズは何故か危機を直ぐに察知出来たのだそうだ。チェルノブイリ周辺の市場でリンゴを売っていた。汚染されているかもしれないリンゴを買う人などいないだろうと売り子のおばさんに聞いたらよく売れるという。えっ誰が買うのだろうと聞くと、女性が姑のお土産買うんだそうだ。・ーーーというブラッジョークでした。こんな話題もー淡々と語る松本妙子さんのお話の夕べを過ごしました。</div>

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by katoujun2549 | 2017-04-22 00:06 | Comments(0)
ブータンという国がある。人口70万人の小国。昨年、日本に国王夫妻が来日し、皇室とも親交を結び、マスコミはGDHの高い国として、貧しくとも国民が幸せと思っている国として、紹介されることが多い。我々はブータンに関してはネパールに近いヒマラヤの麓にある農業国位しか知識がない。この国が人権抑圧国家であることも知らない。この国がなぜ成り立っているかというと、ヒマラヤから流れる河川で水力発電を行い、外貨を獲得し、これを医療費や教育費にあて、社会福祉を行って国民の不満を抑え、一部のエリート以外は海外の情報を遮断、国民の個人主義をコントロールし、消費を拡大しない政策を行っている。これは江戸時代の日本のように鎖国政策を行い、情報を遮断、GDPならぬGNH(GrossNationalHapiness-国民幸福度指数)という訳の分からない指標で国民の目くらましをしているのである。ブータンは、政策決定に当たって経済的発展より国民の幸福を優先した政策決定を行うことを国是としている。よく誤解されているように、「GNHが高い=国民すべてが幸せ」な国であるわけではない。この国がネパール人10万人を国外に追放し、彼らが今なお難民生活を送っていることは報道されない。現在ブータンの名目GDPは約20億ドル(2015年、国際通貨基金による)。調査対象となっている189カ国中166位と、世界でもかなり貧しい国のひとつであり、GDPが支配的な評価基準となっている国際社会で存在感を示すには、それ以外の尺度が必要だった。
Huffingtonpost オカチヒロ氏のブログを要約すると次の通り
http://www.huffingtonpost.jp/chihiro-oka/the-country-of-happiness_b_9467046.html

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経済は人間の幸福において重要な役割を果たすが、物質的な豊かさのみならず、精神面、文化の安定と繁栄、環境保全が経済と同様に重要である。経済的な発展は達成しても、同時に独自の文化が脅かされたり環境破壊が進んだりする恐れがある。ブータンでは近年、道路が整備され外国資本と外国人が流入し、税制や教育制度など近代国家としての体制が出来上がり、現在に至っている。といっても近代化が本当に進んだのはここ20年程度のことで、テレビ放送が始まったのは1999年だ。それまではテレビ受信機の所有は原則として違法、インターネットが解禁されたのも同年である。首都への一極集中、貧富格差の拡大、そしてブータン人そのものの価値観の変化に直面している。政府は地方の活性化と農業促進を目指すが、都市部での生活を知った若者は田舎に帰りたがらず、親が子どもに農業をやらせることを望まないという。少子化も進んでいる。環境問題にも熱心に取り組み、無農薬感心が強い。世界の多くの国が半世紀以上をかけて経験したことをブータンはその半分以下の期間でやった。数年前までは世界でも最貧国の1つだったが、水力発電と観光業を主軸に据えた経済政策で国は発展を遂げている。発展途上国の中で貧しいなりに最低限の生活は保障されている。医療は基本的に無料だし大した産業が無いから、失業者が無くならない。医療水準が低いから、金もかからない。その程度なら日本だって無料にできる。2007年に実施された議会制民主主義への移行後、国民によって選ばれた初の政府となったティンレー政権がGNHを前面に押し出したのに対し、2013年の選挙で景気拡大を公約に掲げて当選したトブゲ首相はGNHのプロモーションに慎重な姿勢を見せている。経済界を始め知識人の間では「GNHは諸刃の剣」という意見も多い。経済発展と精神的な豊かさ。近代化と伝統。開発と自然保護。これらのバランスを取ることは難しい。理想の国をめざし、鎖国政策のようなことを行った北朝鮮やソ連のような悲惨さはない。この世の楽園を標榜し、地獄を生んだ中央集権国家は歴史上多いのだ。ブータンはその点平和である。

ブータン政府はGNHの定期的な調査により「心理的幸福」「時間の使い方とバランス」「文化の多様性」「地域の活力」「環境の多様性」「良い統治」「健康」「教育」「生活水準」の9分野で33の指標の達成率を見る。指標には「世帯収入」「識字率」「睡眠」といった数値化が比較的容易なものから、「人生の満足度」「地域社会との関わり」「政治参加」「技芸」など多岐に渡り、達成率が77~100%は「非常に幸せ(deeply happy)」、66~76%は「広範囲で幸せ(extensively happy)」、50~65%を「かろうじて幸せ(narrowly happy)」、0~49%は「幸せでない(unhappy)」と定義される。

2015年の調査では全人口の約1%に相当する7,153人を対象に対面で各人に148の質問をし、「非常に幸せ」は8.4%、「広範囲で幸せ」は35%、「かろうじて幸せ」は47.9%、「幸せでない」は8.8%という結果が出た。若者はともかく、国民の識字率が半分に満たない国の調査なのだ。イギリスのレスター大学のエイドリアン・ホワイト教授の調査(2006年)ではブータンはスウエーデンの次で8位、日本は90位なのだそうだ。日本は中国より低い。しかし、別の調査では逆転している。そもそも、このような主観的な調査にどれだけ意味があるのだろうか。今の日本人でこの国に住みたいと思う人は少ないだろう。


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by katoujun2549 | 2017-04-12 16:08 | Comments(0)
2012年に制作されたロシア映画。見たくないものを見てしまったというのが感想。すりガラスをでかいたようなある種の不快感のある後味がした珍しい映画。これはロシア革命時、赤色テロに従事した青年の姿を描いたもの。you-tubeで見ることができる。
Chekist Чекист '1992' Russian film 'Eng-Subs' (full)
1918年8月30日、レーニンが会合での演説を終え帰途につこうとするとき3発の銃声と共にレーニンは倒れた。そのうちの2発が彼の肩と肺に命中した。レーニンは他の暗殺者の存在を恐れ病院への搬送を拒絶した。医者は動脈に接した銃弾の摘出は危険すぎたので手術しなかった。レーニンはどうにか回復したものの、暗殺未遂による負傷が、死因となった脳梗塞に大きく影響したと考えられている。なお、この時現場にいたエスエル党ファーニャ・カプラン逮捕され、即決裁判の後9月4日に処刑されたが、彼女は既に失明同然で犯人は別人だった可能性がある。いずれにしても、この事件から「報復」と称して事件とは無関係の512人もの旧貴族や臨時政府の閣僚を含む政治家、軍人が、ただ帝政派であるとして逮捕、処刑された。赤色テロが始まった。
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レーニンはフランス革命の失敗を引き合いに故意に恐怖政治を作り出した。犠牲者の数は定かではないが、数万人が裁判もなく殺されていった。チェカという国家秘密警察、「反革命・サボタージュおよび投機取り締まり全ロシア非常委員会」の略称。議長はジェルジンスキー。チェーカーとも表記する。後のGPU、KGB。その作業に従事したのは若いインテリのリーダーと、処刑に従事した無教養な、はみ出し者の若者たち。彼等には次第に心を病むものが出てくる。単なる処刑マシーンであり、革命の名のもとに殺人が正当化されてゆく。チェキストのリストに載ったらおしまいだ。地下の収容所に入れられ、呼び出されると五人ずつ丸裸にされ、ドアが五つある部屋に追いやられ、ドアに向かって後ろを向いたとたんに拳銃で頭を打ち抜かれる。そして、天井の穴から効率よく足をロープで縛られて吊り上げられ、表のトラックに丸太のように並べられてどこかに捨てられる。このシーンが延々と続く。

レーニンの罪については評価は曖昧で、ソ連崩壊直前にようやくレーニンがロシア革命初期のころにテロリズムを頻繁に行っていたことが明らかとなり、チェーカーの恐るべき実態も徐々にわかってきたのだという。レーニンの政策で死んだロシア人は餓死や追放、流刑で1000万から4000万人と言われ、殺戮に加担した人も殺されて真実は分からない。

「チェキスト」からは、ソ連秘密警察の根っこの部分にある思想を読み解くことができる。「おれたちは市民法廷じゃない。大量抑圧のための剣なんだよ」「革命は哲学じゃない」などと語り、彼らはテロリズムを行っていると自覚していた。無実の人を大量に巻き込んでいることも知っていたし、目指す革命が平和で平等で豊かで行儀の良い社会を作るとも思っていなかった。暴力と殺戮と即決裁判で、ロシア全土に地獄を作り出していることをよくわかっていた。チェキストの多くは民族的少数派で貧困層に位置し、十分な教育も受けられず、貧困の中で抑圧され、絶望と憤怒の中で少年時代を過ごした人々。銃殺班の多くは17歳ぐらいのティーンエージャーで、やさぐれた非行少年、彼らが今や、どんな金持ちでも貴族でもやりたい放題に殺して良い。彼らはサディストや殺人者・犯罪者、大企業の元熟年労働者、元ロシア兵、、元水兵、地方大学の闘士、非行少年たちなどだった。中には14歳の少年が甲高い声で「革命の名の下におまえを逮捕する!」ととある将軍のアパートを令状もなく急襲したというから驚きである。この作品はそうした不愉快な時代をグロテスクに描いている。怖いものを見たい方にはおすすめである。


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by katoujun2549 | 2017-04-02 14:39 | Comments(0)
日本剣道形についてはは昇段審査の時に試験があるので、剣道を修行している人は必ず学ぶ。剣道連盟の講習会では七段、八段の先生が何十人もの講習者を一度に教えることが多い。もちろん、お手本を見せてくれるのだが、習う方も、普段あまり形の稽古をしていないものもいて、とかく手順に解説を加えただけのものになりがちである。先は順番を覚え、互いの木刀の使い方、形を指導するのだが、実際は真剣を前提とし、また、理合いや気合、気勢といった形の稽古の重要な部分までいかないうちに終わってしまう。刀特有の峰や、角度を生かした捌き方は分からないことが多い。高名な先生から普段の竹刀稽古における応用とか、そこでの理合いの活用が大切であることを話されることもあるが、そもそも、普段あまり真剣にやってこなかったことは反省すべき、よく理解できないまま、日頃は稽古している。しかし、先般、大義塾の藤野圭江先生(七段教士)から、三井住友海上の百練館でご教授頂く機会を得て、これは日頃も形を意識し、竹刀稽古においても忘れてはいけないことを幾つか感じたので、書いてみたい。

 1.理合
  仕太刀は打ち太刀をリードするように、打ち太刀はただ、仕太刀の後で打ち込むのでは稽古にならない。あくまでも、後の先、気持ちを高め、相手が打たなければこちらが出るぞという気迫と気勢を忘れては意味がない。このことは日頃の稽古でもそうで、互角稽古でも常に意識しておかなければならなないことであると感じた。要は打ちこむ前に気勢をもって攻めに入る動作があり、これは足を使って気攻めをするということである。打ち込んだら、必ず出した右足に左足を引きつける。仕太刀に反応して相手が打って来れば出鼻、抜き、応じの技を繰り出せばよい。相互の攻防がそこにあるのは竹刀の稽古も同じではないか。これが一方的に打ちに入ったり、じっとしていたのでは稽古も意味がない。無理して打てばよいというものでもないし、打ってくるのを待つのでもない。中心のやり取りをしながら足捌きによって相手を攻めていくことが大切である。 

2.気合い

剣道において気合は重要である。竹刀稽古では立ち会いで向かい合い竹刀を構えた時に大きく気合いをかける。気合いにより、相手を気で押すのみならず、自分の呼吸も整う。しかし、形では何も発しない。自分には理由は分からない。どの流派でも、形では気合いを入れるのは打ち込んだ時だけである。しかし、呼吸は構えたとき、特に上段の構えでは大きく息を吸い込み、打ち込んだ時には大きな声を発する。中段でも足を進める中で息を吸い込み、打ち込むときに気合とともに一気に吐くべきである。

3.目附

常に相手の目から自分の目線をはずしてはならない。どうしても打つべき部位に目がいってしまう。これは避けねばならない。竹刀稽古でも同様だ。打ちたい部位に目を向ければ相手に動作を予知されてしまう。特に七本目は交差するから離しがちだがそれでも目を離さないのである。この目付の練習はしない稽古でも意識して行いたい。

4.気勢

互いに3歩歩み足で打ち間に入り、仕太刀は気合いとともに打ち込むときに、必ず剣先から3寸の物打ち部位に相手の小手や面が来るように打ち込む。打ち太刀はこれを抜き、擦り上げするなどして、打ち込む。問題はその後である。残心である。この残心が竹刀稽古に生きる。残心の時にただ剣先を付けるのではなく、相手の目と鼻先に向けて制圧する。打った後の気勢を失わないことが大切である。特に三本目の突きの残心に向かう気勢において間髪を入れず、制圧する動作で行いたい。さらに、竹刀稽古においても残心を取れる打ち込みを心がけたい。

5.作法  
正式には入場から始まるが、審査などでは省略される。しかし、日本刀の刃挽きを持った気持ちで木刀を持ち、9歩の間合いを頭に叩き込んでおく。蹲踞で木刀を構えるときも日本刀を抜き、納刀することも大切である。立つときもヨッコラショとならないよう真っ直ぐ頭からつり上げるように立つと美しい。     


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
 2.形
 3.気合
 4.作法

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by katoujun2549 | 2017-03-27 13:55 | Comments(0)
 1.「チェ・スンシル疑惑」
チェ・スンシル(崔順実)氏の関連疑惑は、現在大きく二つだ。一つは、ミール・Kスポーツ財団を設立し、資金調達の過程で青瓦台やチェ氏が介入したかどうかであり、他の一つは、大統領の演説をはじめ、外交・安全保障機密文書と不動産開発、大学入試などの青瓦台資料が民間人であるチェ氏に渡された経緯などである。
 朴槿恵大統領と崔氏との関係は、朴大統領夫人の暗殺事件から始まっている。父親の朴大統領の暗殺事件にも関係があると今になって言われているが、実際は不明である。しかし、彼女の裏にこうしたバックがあったことは大統領になる前から言われており、韓国では有名な話だったようである。
 今回の事件が明るみに出たのは崔氏の彼氏であった元フェンシング選手がUSBメモリーを流出させたことがきっかでである。取り巻きの仲間割れのような形で明るみに出た。朴大統領が今後弾劾され、政界から追放されることは間違いないだろう。その場合、日韓の慰安婦問題など、次の政権が再び国民の関心をそらすために、再び慰安婦問題や、竹島を取り上げ、これまでの約束が反故にされるリスクもある。

2. 日本攻撃に備える
 日本はそのような時、事前に反撃の準備をしておくべきだろう。彼らは国内の混乱を日本に向けてそらそうとするのが従来の常である。この際、韓国側がこれまでの交渉を無視するような方向に出てきたら、彼らの歴史認識も変えるように要求し、最初から出直すくらいの作戦を立てるべきだと思う。慰安婦問題の中で、20万人という数字のでっち上げや、海外における慰安婦像、うその証言を韓国の混乱に乗じて覆す準備である。先方が朴大統領の約束は無効だといってきたら、逆に、そもそも、先方の主張そのものがいい加減で、日本はやむを得ず承諾したと世界に訴え、韓国の外交の無能ぶりを喧伝したらよいではないか。そして、さらに、韓国が第二次大戦中の「戦勝国」というより、むしろ協力関係であったことも発信すべきである。

3.歴史認識
 日本の厚生労働省(1990年、1993年返還名簿・当時厚生省[17])の統計によれば、朝鮮人の軍人軍属は24万2,341人であり、そのうち2万2,182人が第二次世界大戦で死亡または不明である。朝鮮人も徴兵されたが、そのうち、毎年6千人ほどが志願兵として、50倍の倍率で採用されていた。朝鮮半島は日本の一部であり、日韓併合は植民地化ではなかった。当時は日本人慰安婦も多く、何も、強制的に拉致されていたわけではない。
 今の公用語はハングルであるが、このハングルこそ日本人が学校教育の中で普及させたもので、今の韓国文化も、近代的な教育制度も、土地所有制度も基礎は日本がつくった。朝鮮の両班支配の中で、国家として機能していなかったことこそ、東アジアの安定を損なうことであり、これを恐れた日本が、李朝に干渉した歴史を世界に知らしめるべきである。ロシアの朝鮮半島進出を日本は阻止すべく、日露戦争で血を流したのである。韓国側が求めているのは、日本政府の一方的な謝罪である。しかしながら、歴史的には微妙な認識の差がありこれは一致させることはできないだろう。慰安婦問題の虚偽と、韓国の歴史認識の修正を朴政権との交渉の中から探り、日本が譲歩したことも見直すという圧力をかけなければ、再び日韓の話し合いは振り出しに戻されてしまう。真の和解は一方的な謝罪では成立しない。もし、さらに、村山談話の原則をさらに蒸し返して要求されたら、日本はただちに、歴史認識の一致を求めるべきである。
 日本は併合という形をとったが、朝鮮人のプライドを国家を解体したことで傷つけてしまったこと。戦前の日本人に人種的偏見があり、関東大震災の朝鮮人虐殺、戦時下の徴用、独立運動弾圧に関する謝罪の用意は必要だが、同時に、彼らの慰安婦問題や、日韓条約の際の合意に達した、日本の情報による韓国側の了承事項などを再確認し、問題を再燃させない方向に周到な備えをすることである。

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by katoujun2549 | 2016-11-21 11:34 | Comments(0)