聖ロシアの惑乱 野田正彦著 宗教国家ロシア

聖ロシアの惑乱 野田正彦著

プーチン政権が14年、ウクライナ領クリミア半島を武力で自国に プーチン政権が14年、ウクライナ領クリミア半島を武力で自国に編入し、東部にも軍事介入したことで、ウクライナではロシア正教会離れが急速に進んでいる。15年の世論調査によると、モスクワ系の教会への支持は20%、一方のキエフ総主教庁の支持は44%に伸びた。14年以降、60~70の小教区がモスクワ総主教庁系からキエフ総主教庁にくら替えしたというロシア正教会はモスクワに本拠をおき、ロシアにおけるキリスト教の総本山である。プーチンは熱心な信徒であることは今日よく知られている。
宗教戦争はイスラム教のISのように凄惨な大量殺戮になりやすい。ヨーロッパの30年戦争ではドイツの人口がペストの流行と相まって半分になった。ロシア革命はソビエト政権という唯物論的な共産主義活動が実は宗教改革の無かったロシアにおける宗教戦争であり、ソビエト政権は共産党の一党独裁という「無神論的」党を偶像とする一神教の布教者であった。だからこそ、3000万人もの犠牲が出た。ナチスもカルト集団であった。ウクライナはキエフを中心としたキエフ総主庁がモスクワ総主教庁からの独立を画策している。ロシアのモスクワ宗主教庁傘下の約3万の小教区の3割はウクライナにある。「伝統的な宗教と核の盾がロシアを強国にそひ、国内外の安全を保障する要だ」といっている。
ロシア正教会はプーチン政権の一機関なのである。ウクライナはキエフ・ルーシ公国のウラジミール1世がコンスタンチノーブルから洗礼を受けたことから始まるロシア正教会発祥の地である。ところが、モンゴルの来襲により、ロシア正教は本拠をモスクワに移さざるを得ず、ロシアのツァーリズムと結合するニーコン改革を行い、ロシアの支配階層としての役割を果たした。レーニンは教会を否定、フルシチョフも弾圧した。ところが、スターリンはグルジアの神学生だったこともあり、第二次世界大戦を乗り切るために教会を利用した。かつて、教会で告白するとOGPUに通報されて逮捕されたり、教会はソビエト政権とも癒着を繰り返した。今のキリル宗主教はクレムリンに公邸を構え、親欧米に転じたウクライナを邪悪な一派として闘争を呼び掛けている。
そもそも、プーチンは祖父の代からニーコン改革に異を唱えた古儀式波という家系だったこともあり、ロシア正教の一分派であっった。ロシア革命当時は1000万人の信徒と3000人の神父がいた。革命政権から厳しい弾圧を受け壊滅的な減少となったが近年息を吹き替えしてきた。分離派ーラスコリニキ、スターロオブリャーツィという。今のロシアには西欧からバプテスト、メノナイト派などのプロテスタント、アジアからは統一教会、また、新興宗教がペテルスブルグのべサリオ、キエフの白い兄弟といったカルト集団も生まれ、終末論と救済を軸にロシアにおける精神的空白に取り入っている。ウクライナ正教の分離独立はロシアの解体に繋がる危機と見てプーチンの核の使用発言があったのだ。彼らの危機感は半端ではない。ウクライナ周辺ではコサックの再興、帰還運動、又、ドイツ人コミュニティの復活など民族運動もあり、民族運動としての古来宗教行事を復活させようという偶像崇拝正教といったグループも活動している。1991年のウクライナ独立はサボロージェコサックの夢でもあった。この野田氏の著作はロシアにおける様々な宗教、民族の活動を取材し、旅行記の形でロシアの宗教的実態を我々に示し、共産党政権時代も脈々と流れ続けられたロシア人の宗教世界を見せた作品となっている。

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by katoujun2549 | 2017-04-20 18:27 | 書評 | Comments(0)