ゴーゴリの外套、鼻

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「外套」(Шинель)は、1842年出版のニコライ・ゴーゴリの短編小説。本作は近代ロシア文学の先駆けとなり、多くのロシア作家に影響を与えた。ドストエフスキー は、「我々は皆ゴーゴリの『外套』から生まれ出でたのだ」と語ったと言われる。この短編の何が凄いのか、読んだ直後は良く分からなかった。一緒に入っていた「鼻」も読んだ。この外套の主人公も、鼻もロシアの官吏の話である。貴族や将軍の雄大な物語でもない。外套も鼻もある種の空想物語か、何のメタファか自分には見当がつかなかった。外套は糞真面目な大して給料も多くはない公文書の清書を仕事としているアカーキィ・アカーキエヴィチの物語。倹しい下級官吏が必死の思いで外套を買い、これが強奪され、そこから人生が終わってしまう気の毒な話である。取るに足らない庶民の姿をゴーゴリは愛情を持って書いている。彼の作品からはペトロクラードの寒々した街路や、うらぶれた街角のイメージが伝わってくる。鼻はある下級官吏の鼻が無くなってしまい、その鼻が一人歩きするという奇想天外な物語り。村上春樹の小説を思わせる。これが19世紀の初期に書かれたところが凄いのではないか。19世紀にはドイツではホフマン、アメリカではポーが怪奇な世界を描いている。その出発点がこの外套と鼻なのである。確かにスノビズムがあるかもしれない。サロンで話題になるような物語をゴーゴリは書いて、奇想天外な発想を読ませ、皆を唸らせたかった。ところが、そこが天才作家の凄みで、当時のロシア社会や人間の未来までも描いてしまう。外套や死せる魂にも役人や地主階級などが登場人物だが、半世紀後に凄惨なロシア革命が起きるなど予測できなかった。しかし彼はロシアの社会の行き詰まりを描き出していた。ドストエフスキーもトルストイも影響を受けた。鼻のメタファーは強烈だったのだろう。

鼻はショスタコビッチが書いた最初のオペラ。ソビエト社会主義の中で体制側としてスターリンの寵愛を受け、その批判との二枚舌に揺れた芸術家が何故これを書いたか興味深いそれまでの小説にはなかった革新性が二つの物語りの中にあるのだ。死せる魂も今読んでいるところだが、これも死んだ農奴の戸籍を集めるという奇妙な話なのである。19世紀の前半、ナポレオン戦争後のロシアは啓蒙思想や自由主義に揺れていた。ゴーゴリの生きた時代はロマノフ王朝末期のロシアである。ヨーロッパの近代化に遅れ、農奴制度や官僚制の重圧に社会は停滞する。デカブリストの乱『1825年』が鎮圧された後の、閉塞した時代をゴーゴリは生きた。近代化改革を行ったアレクサンドル2世が暗殺され、革命の扉が開く以前の古いロシア時代を生きた。官僚社会を見事に描き、それが当時の読者の共感を得たからこそ名作として残っているのである。ゴーゴリは社会改革者ではないし、フランスのビクトルユーゴのような社会批判を雄弁に語るのでもない。その時代の精神とは何か、自分はロシアの歴史や社会に関する知識もなければこれまで興味もなかった。しかし、昨年の暮れ、you-tubuでロシア映画のタラスブーリバを見て、これが昔のハリウッド映画の隊長ブーリバであり、その作者がゴーゴリであることを知って急に興味がわいたのである。ポーランドの大平原で繰り広げられる戦いの中にあって展開するコサックの父と兄弟の物語りにゴーゴリはロシアの自由な精神と大地が表現されたと思った。彼は他に名作『検察官』を書きこれも官僚制に辟易とした庶民の姿を描き喝采を受けたのだ。ゴーゴリの凄さはまさに彼の生きた時代の精神を見事に描き伝えたところにあるのではないだろうか
。話はかわるが、今なお化石のような社会主義?中央集権国家の北朝鮮の脅威が恐怖に変わろうとしている。世界から切り取られた鼻が一人歩きしてテロをはじめたとしたら。現代にも鼻は生きている。
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by katoujun2549 | 2017-04-10 00:59 | 書評 | Comments(0)