プーチン :宗教と地政学から読むロシア:下斗米伸夫著

宗教と地政学から読むロシア下斗米伸夫著:日本経済新聞出版社
プーチン大統領の政策の背景 (書評)

  やたら、馴染みのない人名が出てくるので往生したが、それだけ日本人はロシアのことを知らない。社会主義ソ連はスターリンの恐怖政治のことや、マルクス、レーニン主義の難解な理屈しかしらない。満州進攻とシベリア抑留、日露戦争もあったがロシア人については理解不能だ。トルストイやドストエフスキー、オリンピックのバレー、体操競技では親しみがある。北方領土問題では理不尽な態度を和らげない国。
下斗米氏はウクライナ危機の深層を現代ロシアと宗教との関係、国際秩序の変容を文明論、歴史的視点から解き明かしている。特にプーチン大統領の政策の根本は何か、ロシアについて予備知識の乏しい我々には目から鱗である。30年戦争からフランス革命にかけ、ヨーロッパは宗教と政治を分離した。現代の国際関係の基礎となっているウェストファリア体制では宗教的要素を棚上げにして、世界秩序を「主権国家」が織りなすパワー・ゲームとして構想した。共産主義と自由主義の対立を軸にした冷戦もまた、ウェストファリア体制の継続であった。しかし、冷戦の終焉を契機に、イデオロギーに変わる新たな政治の基軸として宗教の役割が見直された。ロシアのクリミヤ編入は西欧とロシアの分離さらにウクライナ自体の東西分裂という構造的問題が次第に明らかになるとともに、世界政治の焦点は、中東危機、IS(イスラム国)問題や難民問題の背景にある宗教に移ってきた。千年にわたる歴史的・宗教的経緯を抜きに、つまり文明論的・宗教的アプローチ抜きに、今のロシアのアイデンティティ、あるいはロシアとウクライナとの特殊な関係は理解できない。
このことを下斗米氏は詳細に説明してくれる。そして、理解するカギとなるのが「モスクワは第三のローマ」という世界観。もともと、17世紀半ば、正教とカトリックとの和解という当時の国際的な潮流に乗ってカトリック的要素を取り入れ儀式改革を進めようとした「ニーコン改革」に反発し、モスクワを聖なる都=「第三のローマ」と信じた「古儀式派」といわれる伝統重視の保守派が唱えたもの。「古儀式派」とこの改革をめぐる分裂は、これまでのロシア論では無視されてきたが、21世紀に入りウクライナ危機により注目されるようになった。なぜなら、この宗教改革をめぐる対立問題が、単に宗教上の争いにとどまらず、ロシアとウクライナ、つまりモスクワとキエフとの関係、そしてウクライナ危機やロシアのアイデンティティというきわめて現代的な問題の源流となるものでもある。さらに、2017年に100年目を迎えるロシア革命の解明にも、ソ連崩壊の理解にもつながる重要な要素であった。ソビエトというのは古儀式派のコミュニテーがモデルであった。この宗派の宗教生活やコミュニティがいかなるものかの説明はほとんどなかったので、自分で調べてみた。これはまさに、西欧のプロテスタントに相当する人々であった。最近バレンタインデーで日本では2月14日にチョコレートを買うが、その元祖、モロゾフもこの古儀式派の流れをくんだ亡命ロシア人であった。ベリコルーシー、マロルーシ、分離派である古儀式派、カトリックに近いユニエイトグループなどがウクライナには入り組み、ウクライナ人も東西に分かれている。ただでさえ複雑な政治にさらに宗教が入り混乱する。プーチンのロシアはどこへ行くのか。文明論的・宗教的アプローチで、政治と宗教とが「交響」する、ウクライナ危機、現代ロシア政治の深層を解き明かす。ロシアにとって中東との関わりは深く、アメリカの比ではない。オスマントルコとの戦い、イスラエルの建国にも関わってきた。オバマのアメリカが中途半端に取り組んだシリア、さらにはイスラエルとの関係、以前のイラク政策の失敗を彼はじっと見続けてきた。昨年のプーチン大統領訪日時に記者会見でロシアの記者がクリミア問題をあえて質問したのは北方領土にこだわる日本に、ロシアにとって重要な関心事はこちらにあり、北方問題の解決はほど遠いことを知らせるサインだったといえる。この本でもウクライナ問題の複雑さは宗教と歴史が入り組み、政治にも影響していることは分かるが、パワーポリテックスの世界はそれでは語りきれないことも分かる。これからの世界で当面プーチン大統領の存在は嫌がおうにも増すことだろう。東シベリアの開発、北極航路の開拓こそロシアの発展を方向付ける。ここに日本の国益がある。しかし、下斗米氏はロシア正教の古儀式派を今のロシアを規定するには今一つ決め手に欠ける。多くのロシアのリーダーが関係していたが、その信仰的なな内実は不明なのである。

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by katoujun2549 | 2017-02-02 10:11 | 国際政治 | Comments(0)