ウクライナ

 ウクライナにはコサックが部族社会のように軍団とロシア正教が一体になった社会が存在した。1649年ポーランドリトアニアと対立していたフメリニツキー率いるコサックがペレヤスラブ協定をロシアと結び、コサックの領土を安堵し、ロシアと同盟を結んだことが、カトリックのポーランドに対する大勢力となり、第二次世界大戦まで、ロシアと対立する原因となった。また、ロシアにとってもロシア帝国を確立した記念すべき協定であった。このフメリニツキもペレスラブ協定もわれわれ日本人は全く習ったことがない。ポーランドはリトアニアとタンネンベルグの戦いでドイツ騎士団に勝利し、大帝国であったのだが、これを機に衰退の一途をたどるのである。
 クリミアもタタールが長く支配し、タタールとの戦いを克服したロシアが勝ち取ったところであり、このセバストポールハクリミア戦争から第二次世界大戦でも多くのロシア人の血が流されたところである。セバストポールは黒海艦隊の本拠地であり、ウクライナの行政化にあってもロシア艦隊の重要な寄港地である。この地をプーチンは住民投票でロシアに編入したことがNATO諸国、特にドイツとアメリカがロシア制裁の急先鋒となりヨーロッパとの関係が悪くなった。しかし、クリミアはウクライナ同様ロシアが歴史的にアイデンティティのためにも大切にしたところで、それがアメリカの策謀によって、グルジアもそうだがアメリカの策謀によってNATOに組み込まれるというのはあまりにも耐えがたいことであり、それが今のロシアの領土感覚である。そのために、12月のプーチン、安部共同記者会見ではロシア側の新聞記者の唐突な質問となったのである。

[PR]
by katoujun2549 | 2017-01-26 13:16 | 国際政治 | Comments(0)