エマニュエル・トッド著「ドイツ」帝国が世界を破滅させる 文芸春秋

 著者エマニュエルトッド氏は歴史人口学という新たな視点から世界を俯瞰する。日本にはこのようなスケールの大きな学者が少ない。氏は独特の視点からソ連の崩壊、リーマンショック、アラブの春などを予言し、近年ではイギリスのEU離脱を独特の視点から予言してきた。また2015年1月に起きた出版社シャルリ・エプド」襲撃事件後の300万人のデモの正体を「シャルリとは誰か」で明らかにし、批判も浴びた。彼の鋭い視点はどこから来るのだろうか。
 歴史において経済と軍事、社会動態は重要な要素である。歴史学者である彼は、経済学とは違う視点で世界を見ている。経済の問題は軍事のように目に見えないことが多い。統計や消費、株式指標など、3か月~1年以上経ないと統計など判断材料がない。今日、グローバルな国の事情もあり、予測が困難だ。ところが、GDPや購買力実質GDP、人口動態統計、出生率、平均余命、高等教育就学率などから多くを読み取ることができる。トッド氏はフランスにおいてはカトリックの健在な都市や地域特性、家族形態と政治現象も重ね合わせ、新しいい着眼点を得ている。
 本書では今日のヨーロッパが置かれている現実が語られる。それはEU統合後のドイツの一人勝ち状態である。昨年のギリシャのデフォルト危機ではギリシャの経済統計の粉飾やギリシャ人の怠慢、お手盛り年金などが批判されたが、ギリシャの経済を追い込んだのはドイツの経済支配である。ギリシャ国内産業が脆弱になりつつあり、その真犯人はドイツであることを移民政策などから明らかにしている。ギリシャの経済指標粉飾はギリシャがEUに入るようにゴールドマンサックスが粉飾の手伝いをし、ドイツが優秀な人材を移民として吸収し、ギリシャの衰退を招いたことなどを暴露している。ギリシャが衰退することはドイツはメリットである。メルケルはギリシャの金融緩和を抑え、緊縮財政を取ることで締め上げる。
 歴史学者であるトッド氏はイスラムテロ後のフランスの軍事行動や世論が、第二次大戦時にナチスに占領されとときのビシー政権の対応と比較し、反ユダヤ感情をフランスが高め、多くのユダヤ人をアウシュビッツに送ったことを例に、反イスラム主義もカトリック信仰の空白地帯と重ね合わせてこうしたフランスの自由種主義の危機を訴えている。
 今や、メルケルは、ドイツがビスマルクによる大発展を遂げた時代と重なり、東欧、フランスを支配しつつあることを示している。イギリスのEU離脱も、イギリスの外交、経済の主導権をドイツに奪われつつあることの危機を訴えている。ドイツは出生率が日本並みに低く、人口問題を抱えているが、冷戦崩壊の後、旧東ドイツ、東欧やトルコからの移民を使い、また、低賃金の周辺諸国を下請けに、競争力ある工業製品を輸出し、ヨーロッパを支配する経済力を持つに至った。東欧諸国の人々は貧しいが移民は教育水準が高いフランスのオーランドもメルケルの顔色を見ながら追随しているのが実態なのだ。ところが、ドイツも、今回のシリア難民などや出生率sの低下によって、将来の危機を内蔵するリスクを持った国家である。ナチスの時代を生んだ下地はそうした人種差別的階層的な支配構造をもっており、統制的な政治も可能である。一方フランスは自由や平等の歴史を持っている。交通規制で警察が取り締まるときは、高速などで運転者はヘッドライトを点滅させてお互いに警戒を訴える。ところがドイツでは駐車違反をはじめ、違反があれば隣人でも警察に通報するようなカルチャーの違いがある。未来のドイツの崩壊はは即ヨーロッパの崩壊に結びつくほどドイツの影響力は巨大になっている。
 トッド氏はドイツを中心に、ロシア、アメリカの役割と可能性にも触れている。ウクライナはもともと国家基盤の弱いところであった。コサックを産んだアナーキーな地域なのである。クリミアの住民はロシアに親近感を持ち、住民投票の結果ロシアに編入する事態になったが、これをドイツを中心とするヨーロッパはかつてのナチスに重ね合わせたキャンペーンを行った。ウクライナのパイプラインはドイツが最終地点であり、新たに建設計画があるサウスストリームもドイツが支配している南欧が最終地点である。実態は日本では意識されない。氏は今、プーチンロシアはソビエト崩壊から立ち直り、また、アメリカも経済面でも復旧し始め、世界の帰趨はこの二国にかかっていることを主張している。ロシアの高等教育就学において女性は男性よりも高いということに驚く。遠いヨーロッパの出来事は日本では一部の現象しかニュースにならないが、その意味や背景はこうして語られていると世界の動きが見えてくるのである。世界の中の日本が特殊であるわけではない。移民の問題も少子高齢社会において受け入れる方向で環境を整備しなければならない。移民を多く受け入れるドイツの階層社会と統制力、かつて、ユダヤ人やロマなどを抹殺しようとしたご都合主義的なドイツをフランス人の危機感から批判的に書いた本である。しかし、ヨーロッパの危機がどこにあるのか、分かりやすく解説してくれる中身の濃い本であった。イギリスのEU離脱問題は、「問題は英国ではないEUなのだ」という著作で明らかにしている。氏の学問的方法論と世界の歴史的未来予測が語られており、別ブログで触れてみたい。
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by katoujun2549 | 2016-10-31 11:38 | 書評 | Comments(0)