松本清張「熱い絹」とキャメロンハイランド

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マレーシアに旅する人、中でもキャメロンハイランドに行った方はとても楽しめる作品である。1968年に失踪した、タイのシルク王ジム・トンプソンの事件をヒントに清張は日本とマレーシアを舞台とする推理小説を書いた。物語は赤坂の骨董店を訪れた織物デザイナーが軽井沢でl印籠を買うことから始まる。このエピソードとは関係がないように見えるが、軽井沢の別荘地でアメリカ人婦人の殺害事件が発生する。被害者はタイシルク王の妹であった。実際はマサチューセッツで殺された姉の事件も迷宮いりとなったが、清張はこの事件にインスピレーションを得た。作品の舞台はマレーシアのイポーに近い標高1600mの高原。キャメロンハイランドはタナラタ、ブリンチャンといった街からなり、周辺の地名が物語に出てくる。今回自分の訪れた訪問地はまさにこの小説の足跡を辿ったもの。高原名物の茶畑も謎解きの重要な要素として登場する。昭和59年に清張はこの作品を書いたが、彼は文壇の大御所となり、まさに油の乗りきった時期の作品である。軽井沢の米人女性殺人事件からマレーシアのシルク王失踪の推理へと長野県警の刑事は現地に行きさらに次々と起きる殺人事件に遭遇する。1968年当時のベトナム戦争が泥沼化しつつあった不安な時代に起きた事件。イギリス軍もまだマレーシアから完全には撤退していなかったし、ジャングルには先住民族と共産ゲリラが潜んでいた。タナラタのホテルからイギリス調のプチホテル、スモークハウス。周辺のゴルフ場から坂道を車で10分ほど登った丘の上にある月光荘は小説では南十字星荘となっている。吹き矢を使うオランアスリーは山岳民族サカイ族として登場。謎の日本人舞踏団や透視の念力、蝶の収集ツアーに加わった青年の惨殺事件を刑事の長谷部は追っていく。現地警察のオスマン警視と部下ダウドウとの情報交換がすれ違い、2つの事件のやり取りの中でドラマが進展する。デザイナー山形と美人の透視術の女助手の関係が事件の全体が見えてくるに従い明らかになる。長谷部の推理が失踪事件の謎を解き明かしていく。様々なエピソードや事件が失踪事件に集約され、奇妙な事件の連鎖が推理の中で浮き上がってくる。清張の円熟した物語展開力ガ光る。現地取材の感動が伝わってくる。熱帯雨林の描写はさすがである。ホテルでの舞踏団の公演が始まり物語はクライマックスとなり、大団円を迎える。清張ワールドが展開する。どんどん物語に引き込まれて行く。清張のジャングル描写はさすがだ。自分も山道を車で走ったときに見た光栄を次のように表現している。正にその通りだった。清張の作品としての評価は高い方ではないだろうか。

渓谷にはところどころ陽が当たっている。それは熱帯森林特有の高い樹の先についた天蓋のような葉の繁茂がきれるところからだった。多少の伐採が樹と樹の天蓋の接続を断ち切れらせているのだ。高度が上がるにつれて、樹林の様相も変わってきた。全てが棒のように高く直立した樹林と、その幹を部分的にしか露出させていない大波のような葉のうねりであった。椰子のような掌状葉から広潤葉にいたるまで、およそ何千何百種もの植物が精力的に自生しているように思われる。林の根方も下草の縺れた繁茂に深く埋められていた。その昏い奥にも、樹上にも、どんな動物がひそんでいるか分からなかった。シダも、日本で見るような地を這うような矮小なものではなく、並木のように亭々と高くそびえていて、その先に葉を傘状に四方へ広げていた。すでにシダの感じはしなかった。
(松本清張 熱い絹262pから)

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by katoujun2549 | 2016-09-18 23:43 | 書評 | Comments(0)