新ローマ帝国衰亡史;南川高志著

  ローマ帝国という巨大な帝国は西ローマ帝国がBC476年に崩壊するまで続いた。国家が崩壊するというのはどのようなことなのか、また、何故そうなったのかは昔、世界史の授業で習って以来学んだことがなかった。このことに関してはフランスのモンテスキューの研究、イギリスのEギボンのローマ帝国衰亡史が有名だ。これらは大著で自分のような不勉強家には到底ハードルが高い。学説も200を超えるという。21世紀に入り、こうした研究が我々にどんな意義があるのだろうか。また、研究結果も時代背景が影響したものであり、21世紀においてはまた別の解釈も生まれよう。この書は極めて緻密にこれまでの研究結果を誠実にまとめたものとして中身の濃いものである。コンパクトに学問的検証を踏まえて自分のような浅学にも丁寧に帝国の崩壊の様相を伝えてくれる。
  ローマ帝国とは何か、また、滅亡の原因となった異民族の侵入とはどのようなものだったのか。崩壊を招いた政治の混乱と、さらに拍車をかけたキリスト教はどのように作用したのかである。西はブリタニア、北アフリカ、東はシリアからペルシャに接する大帝国は285年〜
293年に皇帝ディオクレティアニスが帝国を分割し、2皇帝、2副皇帝による4帝統治に移行した。皇帝の役割と軍、国境とローマ市民権、周辺部族との関係、周辺都市の姿がどのようであったかを説明することは難しい作業である。国家、民族、部族といった概念は時代の解釈を伴う。異民族の侵攻というと、20世紀ではドイツのソ連侵攻をイメージするし、現代であれば、民族移動は難民の移動などをイメージするかもしれない。しかし、考古学的に検証すると必ずしも、我々の常識とは違った世界が見えて来る。ローマ帝国はヨーロッパで国民国家が生まれた時代のギボンがイメージしたような国家ではなかった。国境があるわけではない。ローマ軍の砦や進出地帯と都市があった。これによって地域を支配した。そして、ローマ的生活、市民文化、そして宗教がローマであった。ローマ人はズボンを履かなかった。周辺部族とは何百年も一線を画してきた。本書で南川高志氏は緻密な文献研究を踏まえながら解説を進め、信頼感ある内容となっている。ローマ帝国の歴史はアウグスチヌスが帝政を確立して以来、476年もの間継続した。分割されてからも183年も続いた。勃興しつつあったササン朝ペルシャに対抗するため、分裂ではなく、広大な帝国を一人の皇帝では支配できない状況から分担し、東西に分けたのである。
  とはいえ、ローマ皇帝は東西に皇帝と副帝がいてこれらが目まぐるしく入れ替わる。東西に分かれたといってもこれらは連携しているので無関係ではない。名前もコンスタンチウスとコンスタンチヌスといった紛らわしさがあり、誰が何をどうしたのか混乱してしまう。あまりに多くの人名が交錯する。まともな皇帝が現れても、結構非業の死を迎えていく。皇帝位がどのように継承されるのか全く、混乱の極みであるがそれを文献や史書にもとづき丁寧に整理している。これだけで大変な作業であり、政策の評価まで説明することは困難である。
 ローマ市民は一種のライフスタイル、文化を共有した概念である。社会的地位でもあり、ファッションや生活様式にも関わってくる。彼らはトゥニカという布を体に巻きワンピースしか着ない。ローマ帝国は宗教でも自由であった。キリスト教が迫害されたのは皇帝礼拝を拒んだからである。コンスタンチヌス大帝がキリスト教を公認して以来、ユリアヌス帝のように従来のローマの神々の信仰やギリシャ哲学などを復興した皇帝もいたが、のちにキリスト教の一派であるアリウス派を弾圧したり、偏狭なキリスト教徒として異教を弾圧した皇帝にローマ市民の一体感は薄れた。また、勢力範囲の辺境地には強力な軍団が駐屯し有能な将軍が部族との戦いを指揮していた。次第に彼らはこれまでのイタリア人ではなく、周辺の部族から実力を認められて取り立てられた。ローマは有能な人間はどんどん取り入れる自由な国家だった。彼らは戦いに勝利したローマの副帝や将軍を皇帝にまつりあげようととしばしば反乱を起こし、皇帝をも暗殺したりした。皇帝は暗殺や交代、不慮の死などで、統治機能は低下したが、紀元400年前半までは帝国は形を保っていた。それが、後半30年であっけなく崩壊してしまう。ローマ人が自己のアイデンティを失い、皇帝の失政、異民族部族との誤った妥協が一挙に帝国の行政機能を低下させた。崩壊の直接的原因はローマ帝国内部にあり、ローマ人という概念の崩壊が国家機能を失わせたということが南川氏の解釈である。21世紀の新しい解釈がさらに歴史を塗り替えていくのだろうか。ローマ帝国は異民族の侵入によって滅びたというより、移民を排除し、異民族を排斥、キリスト教を強要したり、有能な皇帝が潰されたことで、指導力が低下し、内部崩壊したのである。強い権力が続いた東ローマ帝国は15世紀のオスマン帝国の侵攻まで続いたのである。ローマ帝国崩壊は現代の民主主義の限界。国民国家の機能不全、国境や民族、宗教に関する我々の認識に示唆を与えてくれる。

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by katoujun2549 | 2016-09-10 18:45 | 書評 | Comments(0)