日本の国境問題 孫崎亨 ちくま新書

日本の国境問題 孫崎亨 ちくま新書

孫埼 亨氏は外務省国際情報局長と防衛大学教授を務めた経験、国際条約と軍事の豊富な情報を元に、国境紛争の歴史を語っている。特に、中ソ国境紛争とイランイラク戦争の現場に外交官として情報収集したことから、紛争の状況を真近にし、領土紛争が戦争に発展する危険性、何故起きるか、そして平和的解決の成功例などをこの本で挙げている。
特に、戦後、ドイツがEUを志向し、犬猿の間柄だったフランスとの敵対関係を解消したことに注目している。国境紛争が何故起きるかに関しては、為政者が国内的問題の目をそらすことや時の政権の権力闘争などが関係している。
国民国家と民族主義、民主主義と全体主義、市場経済と統制経済といった国家運営の違いを乗り越えて国境問題を解決することが出来るのだろうか。中国とロシアというかつての戦勝国であり、かつ中央集権を志向する国家が国連の常任理事国として拒否権を発動できる状態で、利害関係人が中国やソ連であった場合は国連は機能しない。国際司法裁判所も当事者国双方が調停に応じなければ調査も協議すら出来ない。日本が抱えている竹島、尖閣諸島、北方領土はいずれもこのパターンである。こうした交渉で100%一方的に認め、認められる交渉は成立しない。中国、ロシアの軍事力からみて、日本が軍事的圧力で解決することはできない。日米安保条約は国境紛争には頼りにならないと見たほうが良い。領土問題を巡る紛争の場合、軍事力に差がある場合、圧倒的に弱いほうが不利である。公平の基準は働かない。領土問題の解決策として孫崎氏はドイツのアデナウアーの手法を高く買っている。領土紛争の最も合理的解決方法は棚上げ方式である。ドイツはナチスの侵略戦争に負い目があるため、自国の領土主張は殆ど放棄せざるを得なかった。彼は国境の問題は将来平和条約の完成まで停止とした。領土を取り戻すために平和条約をしようとしたのではない。日本の場合、領土を主張し、取り戻すために日ソの平和交渉を主要な外交課題とし、他のことを行なうと領土は固定してしまうという恐怖に束縛されてきた。その為に、国民世論をどのように納得させるかに関する努力を怠ってきたといえる。国民感情ばかりを煽っては進まない。1956年の日ソ共同宣言でも、1972年の日中共同宣言、1965年の日韓紛争解決交換公文でも、領土問題はたなあげにして、他の諸条約を先行させた。このことが今日の友好的な交流の礎となっている。今も未解決になっている理由はそこにあるわけで当たり前の話なのである。紛争の原因となる周辺の事柄、例えば資源、漁業や墓参の通行の問題など、整理をして合意できるところから進めていく。解決したときの方法はそれほど選択肢が多いわけではなく、他の事例によるしかないのだろう。相手から奪い取るばかりが勝利ではない。逆に管直人のように「そもそも、領土問題は存在しない」という態度も相手を怒らせるだけだ。正解は、いろいろ問題はあるが、他の重要な問題を優先し、一時棚上げしたいという交渉を行なうべきだった。相手は押しかけてきているのだから。韓国に関しては既に貿易協定、TPPの推進、中国とはインフラ投資や高齢化対策、ロシアには医療やエネルギー、天然ガス、シベリア開発といった双方を利する要素がある。幸いにして、尖閣も、竹島も、北方領土も日本の生存をかけた重要地ではない。国民に対して交渉に望む政権に対する国民の信頼度と説明のしかたによる。勝った負けたの結果で国民に説明することは得策ではない。アデナウワアーは欧州鉄鋼共同体を結成し、領土問題を棚上げにし、EU結成のリーダーシップをドイツが取ることで実を取った。アルザスロレーヌが無くともドイツはヨーロッパの筆頭国家であり、経済力もトップである。この戦略に習うことである。ヨーロッパと違い、日本は韓国、北朝鮮、中国と近代国家や民主主義の基盤が弱いところに合わせなければならず、リードしていくだけの政府の力はまだ無い。そこを経済的、文化的にどこまで築き上げられるかである。領土紛争は武力衝突や戦争に発展しやすい問題であるだけに、何としてでも軍事弱小国であるわが国は自らの国力を経済文化面で高めていくことこそ、隣国との国境問題負担を軽くする道である。

[PR]
by katoujun2549 | 2015-12-10 15:40 | 書評 | Comments(0)