日韓悲劇の深層 祥伝社新書 呉善花 西尾幹二

日韓悲劇の深層 祥伝社新書 呉善花 西尾幹二

日韓問題に関する両者の対談で構成されている。呉善花氏は韓国済州島で生まれ、軍勤務から東京外語大修士を経て拓殖大学の教授である。西尾幹二氏は国家論や日本文化論などに巾の広い分野で言論活動を行なっている。呉氏は客観的な事実を韓国民に理解させようとしたために親日とみなされ、故国への入国を拒否され、日本国籍を得たために、韓国からは売国奴扱いとなった。しかし、彼女は、真に日本人に韓国を理解してもらいたいという願いを持っており、それと同様に韓国にも、日本の姿や歴史的事実である日韓併合の歴史的事実や歴史学に基づく整理をした情報を伝えたにすぎない。しかし、日本では桜井よし子や産経グループの日本政府、安部政権派の論壇に取り込まれている。この事が、韓国からは警戒されている。西尾氏も歴史教科書問題で、新しい歴史教科書を作る会の初代会長だが、右翼グループの参入に嫌気をさして脱退した。しかし、彼は東京裁判に基づく歴史認識を自虐史観とし、慰安婦問題、南京事件、日韓併合などは政府や右翼とも同様な立場を取っているため、修正史観といわれても仕方が無い。西尾氏は日本人として当然の立場人に立って常識的に発言している言論人であると自分は思う。

この本では韓国人のものの考え方、歴史観、朴槿恵大統領の考え方などが、日本人と比較しながらよく語られていると感じる。しかしながら、安部政権の日韓問題や竹島領有権に関することに関してはあまり触れていない。呉氏によると、韓国人の反日の根拠は次の通り。日韓併合により韓国人は土地を収奪され、日本語教育を強制された、独立を主張して殺害された、拷問を受けた、強制徴用されたと知らされていく毎に心にやってくるのは、自分自身の身を汚されたかのような、いいようのない屈辱感であり、そこから湧き起こる「決して許せない」「この恨みは決して忘れてはならない」という、ほとんど生理的な反応といえる怒りであった。「日帝の民族抹殺計画」として挙げられているのは、皇国臣民化の名の下に、韓国人を日本人にして韓民族をなくそうとした、韓国語を禁じ日本語の使用を強要した、韓国の歴史の教育を禁じた、日本式の姓と名の使用を強要した、各地に神社を建てさせ参拝させた、子供にまで「皇国臣民の誓詞」を覚えさせた、というものだ。これらに関して、この本ではいちいち反論を行なっているわけではないが、それらの歴史的捏造がどのような韓国側の歴史、社会的文化的背景から生まれており、今の政策となったかが明らかになっている。

呉氏によると、韓国人は日本人と違い、先は理念とか原則によって価値判断を行い、日本人は考え方の軸が多様で韓国人からは捕らえようが無いということを指摘しています。この本で、呉氏が指摘しているのはまさに、韓国人としての呉氏の一種の韓国的観察によって反日の裏返しの親日的な見方を理念的に物語っており、その分、我々には心地よい。一種の日本人論、韓国人論である。しかし、よく考えると、今の日韓関係がそのような文化的な違い、歴史の差から暗礁に乗り上げたことばかりではない。安部政権の本質や、背後にいる右翼グループなどのリスクに対して反応していることもある。この本を韓国人が読んだら、恐らく、的を突いた部分もあって非常に嫌な気分になるだろうなとも思う。そして日本人として、これだけ差がある両国はどうやったら歩み寄れるのか途方にくれてしまうだろう。確かに、現在の韓国の日本に対する様々ないやがらせ、歴史の捏造には憤りを持つが、これが韓国人の性癖なのですよというのはあまり説得力が無い。呉善花氏はこうした文化的、精神的な違いを乗り越えて、親日になったし、韓国人に警鐘を鳴らしているのだと思うが、文化論や精神論による指摘は多分力にはならない。差ばかりが強調されるからだ。普通の韓国人は慰安婦のことなど本当は興味ないだろう。日々の暮らしに追われているだろうから。今求められていることは両国の共通項を捜し求めねばならない時だからだ。しかし、その作業において、相手のことをよく知ることは大切である。その意味において貴重な意見だと思う。

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by katoujun2549 | 2015-12-08 17:23 | 書評 | Comments(0)