西洋史学の先駆者たち 土肥恒之著 中公叢書


「西洋史学の先駆者達」土肥恒之著 中公叢書 を読んで

 日本人が何故西洋史を学ぶのか。特に学問としては研究しようにも日本には資料も乏しいし、語学の壁も厚い。日本の歴史研究は主としてドイツで学んだお雇い外国人教授からスタートした。その意味においては日本の歴史研究は欧州の研究から始まっており、今の中国や韓国の歴史家と違い、西欧的思想を基盤としている。日本の歴史学は学問的な普遍性をもっていると思うが、韓国や中国はどうであろうか。外交において歴史認識という言葉がしばしばキーワードとなる。日本の歴史学を概観するこの本によると、日本の西洋史研究は東京大学に招聘された、ドイツ人歴史学者ルードウィッヒ・リースから始まった。彼は近代史学の祖、ランケに傾倒し、厳密な資料批判に基づくランケの政治史学を基に弟子を育てた。その教え子達は坪井九馬三、村川堅固、幸田成友、坂口昴であった。日本では実証的資料が西洋史を研究しようにも乏しく、欧州留学における研究は無理と思っていた。当初は外交史、交流史から出発し、キリシタン研究、江戸時代の漂流譚、大黒屋光太夫に関する研究からギリシャ史、ヘレニズム研究など文献研究から始まった。 後に歴史を政治史から経済、文化へと幅を広げていく過程において、経済史は東京商科大学と慶應義塾大学理財科によって開花した。福田徳三は経済学のみならず、歴史学にいたる巾の広い見識をもち、両校の教授として後進を育てた。慶応義塾では最初にドイツで社会政策学会のシュモラーに学んだドロッパーズから始まり野村兼太郎の英国経済史研究で花開いた。一橋では福田徳三がブレンターノに師事し、その流れを汲んだ坂西由蔵と野村と同じイギリスのアシュリーに学んだのが上田貞次郎であり、福田門下がイギリスの産業革命を軸に研究を展開した。国立の一橋キャンパスに彼の銅像があるが、自分の学生時代は何をなされた方か知らなかった。第一次大戦後はロシア革命の影響で京都大学では河上肇がマルクス経済学を経済史の1ページに加えた。文化史においてはブルックハルトがイタリアルネッサンス研究で君臨したが、東北大学では大類伸が中世史をリードし、東大の堀込庸三に引き継がれた。マキャベリ研究、ダンテ、ルネッサンスを中心とする中世史を柱となした。大類は京都帝大でも講師を務め、彼の薫陶を受けた学者は多かった。ルネッサンス研究で会田雄次、ホイジンガの中世の秋を翻訳した塩見高年に受け継がれ、京都帝大と東北帝大がルネッサンス研究の拠点となった。東大では羽仁五郎が大内兵衛などとマルクス史観によるマキャベリ研究やルネッサンスに関する歴史学の重鎮であった。羽仁から刺激を受けた東京大学の教授は多く、明治維新研究の遠山茂樹、家永三郎などが出た。一橋は商法講習所が起源だが、大学として、リベラルアーツ的な教育と、哲学や歴史学、思想史、経済史の研究が盛んであった。特に、アダムスミスやマックスウエーバーについては学生は必ず学んでいた。

 当時のウエーバー研究の第一人者は東大の大塚久雄であり、あたかもウエーバー教の使徒のような位置にいた。この本の第4章は上原専禄、5章は大塚久雄を軸に展開している。上原は東京商大で三浦新七の弟子として、師と同様、ウィーン大学でランブレヒトやドープシェに師事した。ドイツ史を軸に西洋史においても原史料主義を基盤に史料批判という歴史学の方法を示した意義は大きく、この方法論は今日においても、阿部謹也などにも受け継がれた。上原専禄は日本の歴史学のバッハのような地位にいて、一橋の史学研究の礎であった。 自分が学生時代に、西洋史の増田四郎先生や、ビザンチン経済史の渡辺金一先生、日本史の永原慶二先生など、歴史学の巨匠が多くおられたが、大学紛争の渦中で講義を聞く機会が殆ど無かったのは残念であった。上原氏もまだご存命であった。当時の一橋は経済学は近代経済学が主流だったが、マル系の先生もおられ、東西冷戦時でもあり、民青学生のみならず、マルクス系の史学も盛んに勉強する学生がいた。この本にも出てくる三浦新七や上原専禄についてはこの本でその業績を知った。戦前の歴史研究は殆どがドイツに留学し、ドイツのウェーバ、マルクス、ブルックハルトなどの影響を受けた。実際は、20世紀に入り、フランスのアナール学派等の歴史学潮流があったのだが、帝国大学の研究者はドイツに向かった。ブローデルなどについて全く触れていないのは残念だ。この本では大塚久雄の功績を詳しく述べている。彼の学問の発展とウエーバーとの関係を簡略に整理し、大塚久雄の著作を読んだことの無い自分にも分かったような気にさせてくれる。大塚の師は本位田祥男であった。多くの学者が戦前ドイツで研究者となったが、当時起きていたナチスの勃興に関しては「無関心」だったが、日本が三国同盟を結び軍国主義化するにしたがって疑問を持ちながら取り込まれていったといってもよいだろう。1920~30年代にウェーバーは紹介されてきた。ドイツはまさに超インフレからの脱却に苦しみ、失業やナチスの全体主義に入ろうとしていた。大塚が株式会社の起源やイギリス毛織物工業の勃興を研究している間に、世界は軍需産業や鉄鋼業が全体主義と共産主義の勃興を生んでいた現実に目を背けていたように見える。日本もまさにその時代で、マルクシズムが弾圧され、軍国主義に突入していた時であった。世界の歴史を支配していたのが「暴力」であったことに全く触れずに経済のみを見ていたことが当時の歴史学の限界であろう。歴史学の先生方はそれに眼を背け、象牙の塔に籠った研究であれば自分も安全で良かったのである。大塚の師である本位田も、元官僚であり、大政翼賛的な経済統制の政府委員などもしており、体制批判は無理としても、全体主義に関しては肯定的であった。大塚史学とウエーバーの理論が敗戦日本の前近代性を克服する理論、民主的市民社会のエートスとして社会に受け入れられることになり、1970年まで日本の史学を支配した。特に、1962年に出された西洋経済史講座は40人の学者が加わり、高橋幸八郎、松田智雄と共に編纂されたもので一時代を画した。大塚史学はその後、マルクス系史学の立場から服部之総、イギリス経済史からは矢口高孝次郎、大塚の英国国教会とピューリタンの解釈から批判され70年以降精彩を欠くようになったが、日本の経済史に果たした功績は大きかった。
 日本の歴史学が今日的問題を読み解く形を取ることができるかは重要な問題点だ。戦前の軍国主義の嵐の中で、歴史学者がどのような立場をとったかについて、上原や大塚も又、日高六郎などの若手も戦時体制に本音を語れない。皇国史観からみて西洋史の立場は弱かった。帝大の史学科でも戦争を賛美し戦果を誇る新聞報道とさしてかわらぬ風潮があり、世界史的観点から発題した日高は追われる立場となった。イギリス殖民地政策の批判も行なった信夫清三郎の「ラッフルズ」も発禁となった。
 当時の西洋史も、イギリス帝国の没落や、植民地主義批判など敵国のイギリスを批判し、ドイツのヒトラー政権に対する評価を与えた「ナチス国家の基礎、構成、経済秩序」三巻の翻訳刊行で、「新独逸国家体系」は日独防共・文化協定による国家事業であった。上原はドイツ史のホッペの著作をナチスのドイツ政治との「幸福なる有機的調和として肯定的に評した。また、大東亜共栄圏の必然性を説くなど、戦争体制に沿った理論構築を行なった。彼の西洋史家の指導者としての立場は戦後、暗部となったが、彼は世界史という観点から歴史を述べる立場を展開した。歴史家としてはドイツの歴史の汚点であるナチスの暴力性を見抜くことは出来なかった。最初に登場した大類伸は91歳の長寿で、戦争中も文化史の重鎮として、西田直次郎と大政翼賛的な政府の学問統制に協力した。また、京都帝大講師も勤めた関係で、日本諸学振興委員会委員として活躍した。特に、京都大学の国史学者や西田幾太郎など京都学派哲学の重鎮と結びついた鈴木成高は「ランケと世界史学」を著し「民族」や国家の世界史的な意味を大東亜共栄圏の理論と戦争の意味を述べた。日本における西洋史の出発点に戻ったのだろうか。高坂正暁といった、今から見ると右翼歴史家の部類だが、当時としては世界史という観点から歴史を捉えた哲学的視野をもっていた。ランケ選集にも加わり、対談も出した東大の林健太郎は時勢に迎合的であった京都学派と一線を画した。戦時下を体験した歴史学者達は、自分が学生時代の70年代は当時まさに日本の学問の重鎮であった。全共闘運動はまさにそうした学者達のベトナム戦争や安保に関する学生の情念、意識に対する無理解への反発が大きかった。今日、イスラム圏で起きていることやテロリズムなど、まさに世界史的転換点にいる我々が歴史学者に耳を傾ける時代が来ている。

 あの東大紛争で総長を務め、運動鎮圧に功績があった、林健太郎元東大総長は東大紛争後どのような意識の転換をされただろうか。歴史を学ぼうとする多くの学生が失望し、大学を去ったのではなかったのか。その後遺症は今あるのだろうか。大塚久雄におけるマルクス史観からの批判とマックスウェーバーの近代資本主義の発展への史的洞察が70年代も論争が続いていたことを思うが、当時は大学も騒然とし、史学の先生たちも沈黙していたように思う。今ではあの大塚史学も輝きを失ったようである。 
大塚先生もICUに去り、沈黙してしまったように見える。あの大学紛争の影響は大きかったのだろう。その後30年の間、ベルリンの壁解体やソ連の崩壊、イスラムの混乱など新しい世界史的事象に今の歴史学はどこまで関わることができるのかが今後の歴史研究の方向を決めていくのであろう。残念ながら、21世紀の歴史学に関してはこの本は語っていない。

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by katoujun2549 | 2015-11-18 16:26 | 書評 | Comments(0)