安倍総理の誤った歴史認識がもたらしたもの:ここがズレてる。

 安部政権の平和?有事?軍事法制整備に向けて、積極的平和主義というスローガンと実際には戦闘に参加するリスクが高まり、かつ憲法の精神を逸脱した閣議決定との不整合に鈍感な姿勢の根は何処にあるのか。これはひとえに、内閣内部の歴史観の不一致、安部総理の教養の貧しさ、麻生副総理の歴史認識に起因していることではないだろうか。第二次世界大戦における日本の敗北と広島・長崎への原爆投下は日本の平和国家に向けての再建と、過去への深い反省をもたらした。そもそも、明治維新とは何であったのか。安部晋三首相は長州出身だから、維新の中心であった故郷への誇りをもち、吉田松陰などの世界観の影響を受けているに違いない。維新が薩長の若者たちによって推進されたことは歴史的事実だが、その成功が日本人の力によってのみ成し遂げられたわけではない。英国のロスチャイルドやアメリカのモルガンなどの金融資本が背景にあり、日本を属国にしようと企んでいた。グラバーなどは南北戦争で不要になった武器を日本に持ち込んで大もうけをした。そこを維新の指導者たちは良くわかっていた。特に、キリスト教に関しては、警戒心を怠らず、天皇を中心とした国家神道をもって、日本人が精神的、文化的に支配されないように心がけていた。条約改正というハードルがあり、これを跳ね除けるためには欧米の文化も吸収し、鹿鳴館なども作ったり、ミッションスクールを受け入れざるを得なかった。日露戦争までは、アメリカとイギリスの支援があって初めてアジアの近代国家足りえたのが当時の日本であった。アメリカとイギリスは日本を植民地には出来ないと諦めた。それは極東の島国にそれほど魅力を感じなかったのもあるだろう。アメリカはフィリピンの支配と中国市場に魅力を感じていた。しかし、対ロシアけん制の地政学的価値を認めていた。維新の前1855年にはイギリスはロシアとクリミア戦争で戦っており、ロシアの南進にはデリケートになっていた。ロシアはプチャーチンが日本に開国を求め、通商条約を結んだ。アメリカは南北戦争、ロシアとイギリスはクリミア戦争という19世紀では唯一の戦争が対外政策にも影響した。明治維新が日本人の力によって成し遂げられたかのような歴史認識は間違っている。欧米のバックアップがあったからこそ、薩長は巨大な幕府に打ち勝つことが出来た。明治のリーダーたちはこのことを良くわかっていた。ところが、日露戦争後、思い上がった軍部と政治家が日本の偉大さを強調し、中国や朝鮮を蔑視しはじめた。このあたりから日本は常識を逸脱し、さらにはナチスと手を組むに至った。とにかく、ナチスドイツ、ファシストのイタリアと三国同盟で手を組んでしまったからには当時の人種政策とか、対中国政策では東京裁判で断罪されるほどの内容があったのではないか。日本はヒトラーユーゲントを日本に招待したり、犯罪的な人種政策を知らなかったはずもない。日本も中国では酷いことをしていた。そうした事に反省を込めた歴史認識が今の政権にはあるのだろうか。日本の破滅の原点がとうじの歴史認識にあったということなのである。村山談話で謝っているのだからもう謝らなくてもいいというのは損な態度である。日本の歴史は国際社会の中で位置づけられ、また、意味をもつ。安部政権は戦後70年の日本の成長が日本人独自が成し遂げたとは思っていない。アメリカのお陰で平和も、復興も成し遂げられたと思っている。そこが問題なのだ。だからアメリカの戦争政策に寄り添おうとする。ありゃ、戦前と逆ではないか。そうではない。日本の復興はアメリカの助けもあったが、我が日本国民の必死の努力が大きかったのだ。しかも、平和への強い願いと決意が、東南アジア諸国の共感を得て、軍備に費用をかけることなく、民生経済によって成し遂げた。安部お坊っちゃま政権は、謝ったり、反省することが大嫌い。談話を引き継ぐというより、新しい見解を出そうとしている。反省の無い見解しか期待できないだろう。
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by katoujun2549 | 2015-05-13 09:55 | 国際政治 | Comments(0)